普通潜水艦は水上戦力と連携しない(できない)
新世界暦1年10月18日 ラストール王立海軍第一艦隊旗艦 戦艦「イヴ」
「対空レーダーに感あり、方位295、距離40キロに敵編隊!」
「直掩機に邀撃管制!艦隊、対空戦闘用意!」
地球基準で見れば原始的ともいえるレーダーだが、低空飛行もせずにまっすぐ固まって向かってくる編隊を見落としたりすることは(レーダー手が明後日の方向にレーダーを向けていない限り)ない。
「連中の航空隊はあまり練度が高くない印象しかないが・・・」
「まぐれ当たりでも決戦前に被弾は避けたいですね」
「海軍司令部からの返答がまだだから決戦ができるかわからんがな」
「やられっぱなしではあのバカどもを図に乗らせるだけですよ。断固やるべきです」
搭載機を墜とされた艦長は怒り心頭、といった感じでヤル以外の選択肢はないと息巻いている。
「直掩機、交戦を開始します」
その報告に、司令と艦長は双眼鏡で方位295を見るが
「雲で見えんな」
「レーダー様様ですな」
そう言って2人は諦めて双眼鏡を置いたのだった。
新世界暦1年10月18日 人民統制員会 潜水艦26号
「正面敵艦隊、よりどりみどりです」
どこか抑え目だが艦内に通る声で聴音手が報告する。
「モーター停止、舵中立、潜望鏡深度までゆっくり浮上」
海底地形図はおろか、海図すらろくにないのに潜水艦を運用とか、狂気の沙汰だが、そんなことが問題にならないくらい狂気に支配されている国なので、普通に従来通り潜水艦を運用していた。
今回もこの作戦のために15隻が投入されたが、すでに6隻が事故で沈没するか、行動不能、作戦続行が不可能になる損傷を負っていた。
もっとも、その6隻全てが革命後に艦委員長になった指揮官の艦で、革命をなんとか生き抜いた指揮官の艦は慎重に、さほど深度をとらずにここまで忍び寄ったのである。
「しかし、圧潰音がないところを見ると、このあたりの海域は思ったより浅いのでしょうな」
「暗礁や海底山脈のようなものではなく、海底にぶつかったってことだろう。せいぜい200、あっても300から400で海底ってことだな」
艦委員長は副委員長と先ほど海中に響いた衝突音について話していた。
「しかし、そもそもこの艦の潜航可能深度は150、他も全て同型艦のはずですが」
200で海底に衝突するということ自体がおかしいのでは?と副委員長は疑問を呈する。
「革命後の潜水艦士官教育では潜航可能深度250と教えているそうだ」
「それ、圧潰深度では・・・?」
艦委員長はそれには答えずに肩を竦めた。
「その深度を持って我が国の潜水艦は世界一だと喧伝してるそうだ」
「そりゃどこの国も圧潰ギリギリまで潜航なんて普通しませんからね」
「幼稚園児が国を治めとるんだから仕方ないさ」
「それに付き合わされて死んだ人間の無念はどうすればいいんですかね」
そのとき発令所に1人の女が入ってきたのを見て、委員長と副委員長は口をつぐんだ。
艦内スペースの制約が大きい潜水艦に女なんていうのは(2020年代の地球でも)珍しいケースだが、艦長を差し置いて艦内で唯一の個室を占有しているのはもっと異常だった。
それもこれも、彼女が革命管理委員というポストにあるためである。
まぁ、要するに政治委員の権限をさらに強化したような連中である。
「同志艦委員長、攻撃準備は整ったようだな」
「間もなく潜望鏡深度です。魚雷は装填済みですから、斉射したら直ちに退避します」
先ほどまでの話題など無かったように艦委員長は管理委員に告げる。
「しかし、ラストールの反革命どもも他愛のない。革命精神を持たない堕落した連中など我々の敵ではないということですね」
一人で勝手に熱くなっている管理委員を冷めた目で見ながら、そもそも見つかってもないのにすでに数隻沈んでるけどな、と艦委員長は心の中で呟いた。
「あれだけの規模の艦隊です。陣形内部の艦のソナーは役に立たないでしょうし、外縁艦も対空警戒に気を取られているのでしょう」
あと、普通の頭なら水深もわからない海で潜水艦の運用なんてしないけどな、とは副委員長の心の声である。
「艦を潜望鏡深度に固定」
「潜望鏡上げ」
艦委員長は面倒な管理委員を意識の外に追い出し、艦長帽のつばが邪魔にならないよう後ろ前でかぶり直し潜望鏡を覗く。
「どんぴしゃ」
ちょうど敵艦隊の針路前方真横である。
その艦隊の中でも大型の艦、敵の最新鋭戦艦に潜望鏡を向ける。
しかし、ここでこの国特有の問題が発生する。
「速度計測開始」
速度計測、とは言ったものの、ストップウォッチのボタンを押したときと一定時間経過後の角度を測っているだけなので、速度は測れていない。
そもそも敵の速度を測るためには、まず敵までの距離を割り出す必要がある。
計測開始時と終了時の目標までの距離と、潜望鏡の旋回角度から敵の速度と針路がわかり、魚雷攻撃の射撃諸元を割り出せるのである。
敵艦までの距離は、敵艦の喫水線からマスト頂上までが潜望鏡視界内のどの範囲で見えるかで割り出せるのだが、それには各種水上艦のデータが不可欠である。
例え未知の水上艦でも、データのある艦船が船団にいれば、そこから高さを推測できるからである。
が、この国は革命で膨大な量の情報が失われており、艦の識別台帳もその1つである。
つまり、潜望鏡を覗く艦長の経験と勘が全てであり、距離を取れば取るほど誤差が大きくなり、他国の潜水艦以上に当たらなくなる。
「・・・こんなもんかな」
白紙の紙に計測開始時の角度と距離(勘)と、計測終了時の角度と距離(勘)を記入し、敵艦の速度と予測針路を割り出す。
それを元に、魚雷の速度と発射角度を決め、方位盤に入力する。
「前部発射管6門を5度ずつずらしての斉射を行う。前部全発射管開放」
6門の55センチ魚雷発射管が、その獲物を求めて口を開いた。
新世界暦1年10月18日 ラストール王立海軍第一艦隊旗艦 戦艦「イヴ」
一方のラストール艦隊は、まさか潜水艦がいるとは思っていないので、対空見張りに注力しており、意識は完全に空に向いていた。
一応、ソナーを装備した外縁部の駆逐艦では聴音手が聞き耳を立ててはいたものの、20ノットで走っている自艦や僚艦の騒音でまともに機能しているとは言えなかった。
もっとも、速度を落として聞き耳を立てていたとしても、モーター駆動でゆっくり針路上に忍び寄った潜水艦を見つけられたかと言うと疑問の性能だが。
「空戦はこちらが優位なようだな」
「とはいえ、数ではこちらが不利ですし、全部防ぎきるのは不可能でしょう」
第一艦隊は戦艦が主力なので、配備されている空母は艦隊防空が主任務で、副次的に偵察や対艦攻撃をこなす軽空母が2隻だけである。
その偵察にしても、実際には他の大型艦が搭載している水上機に任せているのが実情というくらい搭載機はカツカツである。
「敵艦隊と会合するまでに無傷、とはいかんだろうな」
それに対して、敵は主力艦隊総出撃なので、意味不明な巨大航空戦艦2隻に、大型空母3隻、軽空母4隻、さらに水上機母艦も複数隻投入している。
いくら練度不足の相手でも、直掩機で全滅させられる数ではない。
「やれやれ、第二艦隊がいれば圧倒できたのだが」
第二艦隊は大型装甲空母2隻と大型空母4隻が主力の航空機動艦隊だが、その主力のうち3隻が定期修理や大規模改修でドック入りしているので、王女の出迎えや今回の緊急出港の候補にはならなかったのである。
「やはり艦種ごとに固めて艦隊を運用する方法はデメリットが大きすぎる気がします」
「まぁ、平和ボケの一種だな。式典艦隊と言われるわけだ」
ラストールは一応アズガルドと共にホリアセと交戦状態にはあったものの、ドラスト大陸に派遣部隊を出している程度で、どちらかというとアズガルドの後方で予備戦力として睨みを利かせるのが主任務だったのでさほど実戦経験があるわけではない。
普通は艦隊を分けていても、その時の練度やドック入りのスケジュールに応じて組み替えて艦隊を編成したりするケースが多いのだが、式典艦隊と言われるほど見栄えを気にするのがラストール海軍なので、基本的にそういうことはしない。
「今後、装備の大規模な入れ替えも必要になるようだし、組織改編も必須だな」
「すんなり式典艦隊の汚名も返上できるといいですが」
そんな戦闘前とは思えない話をしていた司令と艦長だったが、突然すさまじい衝撃と轟音に見舞われ、艦橋の壁や操舵設備に叩きつけられた。
「何事だ!?」
「左舷に被雷!被害状況確認中!」
「潜水艦だと!?海底地形も不明なのに!?」
想定していなかった脅威の出現に、艦隊は混乱に包まれることになるのだった。
週一を目指します




