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第一次「異」世界大戦  作者: 七十八十
新世界暦1年
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どこかの海上

??? どこかの海上 


穏やかな海上を大規模な船団が進む。

見る人が見れば形と煤煙から1940年代の船だと思い至るであろう、重油焚き蒸気タービンと初期のディーゼルエンジンの群れである。


船団の外周は駆逐艦、軽巡洋艦が固め、内側には大量の雑多な輸送船と戦艦、重巡洋艦が溢れかえっている。

一見するとD-Day(ノルマンディー)を彷彿とさせる大船団だが、軍艦のほうはともかく、輸送船のほうはまさにかき集めたといった感じの雑多な船が含まれていた。


そんな船団の中枢、雑多な輸送船の中にあって、数少ない軍用輸送艦といえる灰色の船から1人の男が船団を眺めていた。


「なんとかかき集めはした。あとは決行を待つのみ、か」


不安要素が無いわけではない。

まず本上陸作戦において、事前の航空攻撃は行われない。

陽動のため、航空攻撃は全く別の上陸候補地点に対して集中されることになっている。

さらに、一部戦艦による艦砲射撃もそちらの地点に行うことで、敵に対し上陸地点を誤認させることを目論んでのものである。


上陸と海岸陣地の制圧自体は容易と見られているものの、敵の機動戦力である第一機甲軍団が増援に来てしまうと、戦車の揚陸前に海に叩き落されてしまうので、別の場所に行ってもらおうという作戦である。

一度目的地を定めて動き出してしまえば、その目的地を変更するのは、部隊規模に比例して困難になる。

そのことを突いた作戦ではあるが、成功するかどうかはやってみるまでわからない。


陽動の航空攻撃と艦砲射撃を別地点で開始してから4時間後に、本命のこちらは艦砲射撃を開始することになっている。

とにかく短時間で橋頭堡を確保して、重装備を揚陸することが求められるので、艦砲射撃の開始と同時に上陸が開始されるという、決死の上陸作戦である。


「中将、こちらにおられましたか」


船団を眺めていると、主席作戦参謀が声をかけてきた。


「慣れているつもりだが・・・やはり大作戦の前は気持ちが昂る」


船団を見遣ったまま、作戦参謀に応える。


「陽動にも輸送艦を割かねばならないのが辛かったですね」

「まったくだ」


この船団に民間徴用船が多い原因は、陽動船団にも輸送艦を割かないわけにはいかなかったためである。

というよりも、防諜の観点からも軍が造った輸送艦はほとんどが陽動船団にまわされている。


「とはいえ、こちらにもエルムト級輸送艦4隻、上陸正面に一挙に8千名の兵士を上陸させることができます」

「他の船からデリックで降ろせる上陸用舟艇も合わせればざっと1万名近い将兵を上陸させられるとはいえ、これから行くのは敵の本国。果たして多いのか少ないのか・・・」


上陸地点は狭い範囲に集中させ、海岸陣地を食い破ってから橋頭堡を広げるのが今回の作戦である。

その1万名が押し開いた橋頭堡に仮設港を設け、後続部隊や重装備、物資を揚陸したのち、船団は一度本土に帰還。増援部隊や物資をピストン輸送する手筈である。


「この100年戦争で初の本土上陸です。成功させねばなりません」


作戦参謀は自分に言い聞かせるように言った。


「気負い過ぎるな。準備できることはした。あとの結果は戦場の神のみが知ることだ」


彼らの国、アズガルド神聖帝国とホリアセ共和国は海外領土を巡って100年以上も戦争を続けていた。

実際には200年近い戦争状態なのだが、語呂も悪いので100年戦争と呼ばれるそれは、両国が海を隔てた隣国であるにも関わらず、暗黙の了解として、「本国は戦火に巻き込まない」というルールが存在していた。

戦場にされる海外領土は堪ったものではないが、途中に休戦期間のような小康状態を挟みながら飽きることなく戦争を続けていた両国も大概である。そして、ついにその決着がつき、アズガルド神聖帝国は、全ての海外領土からホリアセ共和国を駆逐することに成功したのである。


これはむしろ、大陸国家であり、本国も広大な国土を有するホリアセ共和国に対し、島国であり、海外領土がなければ弱小国に転落しかねないアズガルド神聖帝国の執念の勝利だったが、話はそう簡単には終わらない。

ホリアセ共和国が禁じ手とされてきた本土空襲を行ったのである。


帝都アガルダも空襲により軽微とはいえ損害を受け、帝国議会は荒れに荒れた。

ちなみに、国名から受ける印象と異なり、アズガルド神聖帝国は立憲君主制の議会民主主義であり、ホリアセ共和国は民主共和制の名を騙る事実上の一党独裁である。


「結局、戦争はいつの時代も相手の首都にこちらの旗を立てないと終わらないということか」

「我々が終わらせます。必ず」


帝国議会が出した結論は、ホリアセ共和国に対する本土侵攻。

戦争の原因を元から断つ選択をしたのである。


「そろそろ陽動開始時刻か」

「上手くいくことを祈るしかないですね」


無線封鎖を徹底しているこの船団は、念には念を入れて無線機の電源も切られているので、彼らに陽動の成否を知る術はない。




戦艦2隻の35センチ砲計16門と巡洋戦艦2隻の28センチ砲計18門。

そうそうお目にかかれない火力の暴力が解き放たれる。

作戦開始時刻になり、予定通りに準備砲撃が開始される。


海上からの砲撃で、それほど精密に海岸線を狙えるわけも無く、海沿いに広がる市街地にも着弾している。

一般市民が巻き込まれることに良心の呵責がないわけではないが、そもそもホリアセが先に本土市街地に爆撃を仕掛けてきたのが原因である。

ざまぁみろという気持ちのほうが大きかった。


「いよいよか!」


上陸部隊旗艦である輸送艦エルムトのデッキから、上陸部隊指揮官の中将は続々と発進していく上陸用舟艇を眺めていた。

視線を横に向ければ、同型艦のケルムトの艦尾ハッチからも同じように上陸用舟艇が発進している。


これこそがアズガルド神聖帝国を海外領土紛争で勝利に導いた秘密兵器である。

これまでの上陸作戦は、甲板に積んだ上陸用舟艇をデリックで海面に降ろし、その後兵員は縄梯子を使って乗り移る必要があった。

必然的に準備に時間がかかるうえ、一度に運べる上陸用舟艇も兵員の数も限りがあった。


そこでアズガルド神聖帝国は、上陸用舟艇と兵員を輸送し、迅速に上陸作戦を行える専用の艦を考案し、建造したのである。

構造は簡単で、海面と同レベルの下層デッキに上陸用舟艇を搭載し、艦尾にハッチを設けることにしたのである。

兵員が上陸用舟艇に乗り、準備が完了すればバラストタンクに注水し、艦尾ハッチを開放。内部の上陸用舟艇が順次発進するという画期的なものだった。

その結果、従来より少ない船舶により遠方で大規模な上陸作戦が行えるようになったのである。


「しかし妙ですな」


作戦参謀が疑問を口にする。


「艦砲射撃が始まったにも関わらず、敵陣地からの反撃がありません」

「そういえば陸地は静かだな」


中将も作戦参謀に言われて陸地を見るが、そこから反撃が来ている様子はない。


「というか、陣地そのものが見受けられません。地形も微妙に違うようですし、本当にここが作戦区域なのでしょうか?」

「もともと防御陣地が薄い場所が選定されている。事前情報以上にホリアセの海岸防御陣地の構築は遅れていたということではないかね?いずれにせよ、こちらの被害が少なくて済むのは良いことだ」


陸地からの反撃が無いのを見て、重巡洋艦も陸地に接近して砲撃を始めた。


「この分では橋頭堡の確保は容易そうだな」

「機雷もないようで、小規模ながら港湾設備も使える状態で手に入りそうです」


数時間前の不安げな表情などどこかに吹き飛び、楽観的な観測が2人の間で次々交わされる。


「中将!大変です!あの陸地はホリアセではないかもしれません!」


と、そこに突然、青い顔をした通信参謀が、受信したであろう電文を持って走ってきた。


「なんだと!?どういうことだ!」

「本国参謀本部からの通信です。昨日0時を持って、全ての海外領土との通信が途絶、同様にホリアセを含む全ての在外公館の電話も不通となり、本土北方50キロの海上に突然未知の島が出現したとのこと!この状況に、参謀本部も含め政府中枢は極度の混乱状態にあり、ただちに作戦を中止し帰還せよとのこと!」


中将の頭の中が???という文字で埋め尽くされる。

本土北方といえば、ホリアセがある側とはちょうど本土を挟んで反対側になる。

そこには陸地などなく、極地まで海が広がっているはずである。


「つまりどういうことだ?」

「詳細は不明ですが、気候も狂っているらしく、本土はまるごと全く未知の場所に転移したのではないか?という荒唐無稽な話が語られているようです」


そんなバカな話があってたまるかと全員が思ったが、何よりも


「もしそれが事実なら何か?我々は全く無関係の国を砲撃して、上陸作戦を敢行したと!?」


気付けば海軍の砲撃も止んでいた。

艦隊全体が戸惑っている様子が伝わってくる。


戦場の高揚感が引いて、冷静になった頭でもう一度陸地を見る。

そこには砲撃によって廃墟と化した市街地が広がっている。

冷静になってみれば、事前情報と地形が異なっている時点で確認をとるべきだった。

反撃も無かった。


気付くチャンスはあったはずである。

しかし、誰が思うだろうか。

予定通りに異常なく進んだ先にある陸地がすり替わってしまう。などということを。


詳細不明の国を相手に戦争を始めてしまった。それも無抵抗の一般市民を虐殺することで。

その事実に気付いてしまった中将は、押し寄せる不安感と罪悪感からこみ上げてくる吐き気を押さえるのに必死となるのであった。


後に新世界歴1年1月2日とされる日の出来事である。

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