GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第6幕
先日のバランスボールのように、どうやら数馬は俺に対し様々な練習方法を考えているみたいだが、それを今、敢えて強要しようとはしない。俺の心身への負担を推し量ってのことだと思う。
今回GPFに残れない場合は、日本に帰り練習メニューを大幅に変えるのは往々にしてあり得る。
俺としても、いくら魔法を始めて7カ月ほどで、まだまだ伸びしろがあるとはいえ現在のGPSでの順位は不本意であり、なんとか新人戦までに順位を押し上げたいというのが人には言えない本音だった。
でも、その前に、イタリア大会。
この大会での順位が大事だ。
いくらかでもいい順位をキープして、できることならGPFに出たい。
今回のイタリア大会に限っては練習方法を特段変更することもなく、俺は数馬のサポートを受け公式練習に向けて汗を流していた。
マッサージやストレッチを行いながら、姿勢のみ矯正してソフトを使用しながら的に当てる練習を繰り返す。
根本的に、姿勢が崩れるのは体幹の矯正を行っていないからではないかと思い数馬に尋ねたのだが、数馬は言葉を濁しながら次の練習の準備に取り掛かる。
読心術じゃないけど、数馬の態度を見てれば、体幹の矯正が俺にとって魔法上達への足掛かりであり、それは時間を争う問題であり急務なのだとわかる。
GPSさえ終わってしまえば体幹を鍛える練習を開始するのだろうが、今の段階では数馬が言い出すのを待つしかない。
何か物足りないものを感じつつも、GPS最後のイタリア大会を明日に控え食事も終え部屋に引っ込んでた夜、数馬が俺の部屋のインターホンを押し、部屋に入ってきた。
「海斗、準備はいい?」
「今俺に出来ることはやったよ」
「そう、じゃあ今日も早めに寝ること。明日は朝の6時半に君の部屋まで迎えにくるから」
「了解。おやすみ、数馬」
数馬が去って、俺は風呂に入る準備をしに風呂場に向かった。
ガーン・・・。
日本のように湯船にどっかり浸かる習慣があるせいかどうか、ちょっとがっかりと肩を落とす俺。
こちらのホテルでは申し訳ついでに湯船がくっついているような錯覚に捉われる。これじゃゆっくり浸かることも出来やしない。
前にぬるめの風呂に入れって言われたっけ。シャワーもそうなのかな。俺は数馬の言いつけに従い温度を下げシャワーを浴びた。
・・・寒いよ・・・。
温度を上げてシャワーを浴び直し、全身を洗う。
湯船は胸すら出てしまうくらい深さが無い。
意味ないじゃないのさ、この湯船。
風邪を引いては大変とばかりに、俺はもう一度熱いシャワーを浴びると風呂から上がりジャージに着替え、そのままベッドに潜り込む。
明日の朝6時半に数馬を部屋に迎え、GPS最後のマッサージをお願いするつもりだ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・◇
スマホがジャカスカ鳴っている。
ああ、こりゃアラームの音だ。
どれ。
スマホのアラーム音を消すために、俺は一度起き上がり机の上に置いてあるスマホを操作してアラーム音を消した。
もう朝6時か。
今更ながらにACアダプタも一緒に持ってきた良かったと思う。こっちの世界じゃスマホそのものがないんだから。
こっちじゃ電話を携帯するという概念が無いんだよね。
それって離話もあるからだと思うし、万が一の時は瞬間移動魔法で会えるからだと近頃気が付いた。
誰にも言わない。馬鹿にされる姿が目に浮かぶ。
でも、普通科生徒のように魔法を使用しない人たちはどうやって遠くの人と連絡をとっているんだろう。
公衆電話みたいなものが町中にあるんだろうか。
少なくとも寮の近くでは公衆電話を見たことがないけど。
そんなことに思いを馳せながらスマホで時間を確認する。
あと20分、何しようか。
二度寝は絶対に無い。
消去法で考えれば、シャワー浴びてストレッチか。
大会が終わっても日課になりそうだな、これ。
ざっとシャワーを浴びて身体の血の巡りを良くした後、上半身から下半身へとストレッチで身体を伸ばす。シャワーの後だから思うように身体が伸びてくれる。
開脚で足のつま先に触ろうとしていると、部屋のインターホンが鳴った。
数馬か。
俺は一応、画面で数馬かどうか確認する。
幽霊だけは絶対に嫌だ。
と、数馬が手を振りながら早く入れろと何度も何度もドアを叩いていた。
はいはい、わかりました。
俺は立ちあがってパタパタとインターホン画面に近づくと、向こうで何やら騒いでいる数馬の声が聞こえる。
ホント、こういうところまで逍遥にそっくりだよ、数馬は。
「おはよう、数馬」
そういいながら、俺は勢いよくドアを開けた。
ゴン!!
今度は数馬の顔がドアにぶつかった。
鼻に炸裂したのか、手を鼻に添えたまま上を向き、ティッシュペーパーを要求する数馬。
「ごめん数馬、わざとじゃないんだ」
「わかってる。君のとこにばんそうこう、ある?」
「ない」
「じゃ、僕の部屋に行こう」
俺はジャージ姿のまま、廊下に出る羽目になってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
今着てるジャージは寝る時用。こんなことになるなら、外出用ジャージ着とくんだった。
数馬はなおも上を向きながらカードキーを探して制服の上着のポケットに片手を突っ込んでいたもんだから、身体が安定しない。
よろよろとまるで重病人のようにヨタヨタする数馬。
鼻血だけじゃないのか?
「鼻というより前頭葉をぶつけたんだ。そっちは腫れてると思う。部屋にある絆創膏を貼りたいんだけど、一緒に探してくれる?、海斗」
「了解。どこにあるの」
「机の上に薬箱があるから。その中に消毒液と絆創膏が入ってるはずだ」
俺は言われたとおり、机の上に置いてある薬箱を徐に開けて絆創膏を探す。
と、目を疑うようなものが薬箱に入っているのを目にしてしまった。
『アンフェタミン』と名の付いた白っぽい顆粒の薬だった。
なぜ、数馬がこの薬を持っているのか。
俺は咄嗟にその薬を俺の目の届かない奥へと押しやり、消毒薬と絆創膏を出して数馬に渡した。
『アンフェタミン』のことは、どうしてなのかわからないけど、聞けなかった。聞かなかった。
ああ、広瀬が数馬だったころに何処からか仕入れて薬箱に入れ、そのままだったのかもしれない。そうだよ、そうに違いない。
「いや、それは広瀬が買う前に、自分用に僕が入手した薬さ」
ドキッ。
数馬の読心術は俺の心を掴んで離さない。
となれば、遠慮する必要はない。
「なんでこんな薬がここにあんの」
「撒き散らそうと言う魂胆は無いよ。この薬を飲むと心身がどうなるか知りたかっただけさ。サポートする側として、薬にどんな効果があるのか、実際にどんな弊害を産むのか。自分の身体で実験してるんだ」
「これは依存性がある、って国分くんから聞いたように思うけど。大丈夫なの?今も飲んでるの?」
「GPSに誘われた時点で薬は止めたよ。誰が追い落とそうとするかわからないからね」
「何か後遺症出なかった?」
「特には。気分は高揚した、実際に。でも止めたらすぐに抑うつ状態になってねえ、疲労も重なって動けない程だった」
「数馬・・・それを後遺症って呼ぶんだと思う・・・」
数馬は不敵な笑いを浮かべた。
鏡でしかそれを目撃できなかった俺だが、数馬に対しイエローカードが何枚も頭の中を駆け巡る。
いくらなんでも禁止薬物を自分の体内で実験するなんて正気の沙汰じゃない。
短期間の使用ではあったのだろうが、サポーターが禁止薬物飲んでたらサポートしてる選手も疑われるに決まってるし、万が一抜き打ち検査なんて受けたら今までの苦労が水の泡と化す。
俺、今のままサポート契約続けてていいんだろうか。
「大丈夫だよ、あれから何か月も経ってるし薬は抜けた」
読心術により考えを読まれることも忘れて、俺は本気になってサポート契約の見直しを考えていた。
「そういう問題か?」
「大したことじゃない。海外ではそうやって自己犠牲の精神に基づいて魔法大学の論文書く人間だっているくらいだ」
え・・・。
そういうことって非日常的じゃないの。
数馬は洗面所の鏡を見て絆創膏を額に上手に張りながら俺の心に湧いた疑念ともいうべきマイナスの感情を撃ち砕く。
「日本ではアンフェタミンが覚醒剤取締法によって規制されているからその手の論文は書けないけどね。だから単純な好奇心で飲んでみただけ」
「やっぱり犯罪」
「おやおや。どうしても心配なら、その薬は処分するけど」
「いますぐ投げて来てよ」
「いますぐは無理。ホテルの一室からアンフェタミン見つかりましたなんて知れたら、それこそGPSの危機だ。それに海斗、投げたら瓶が割れてそこらじゅうに飛散してしまう」
「あー、仙台弁では投げるは捨てる、の意なんだよ。捨てて来て、ってこと」
「なんだ、方言か」
数馬は口笛まで飛び出す始末で、俺を安心させてくれようとはしなかった。
洗面所で絆創膏を額に張り終えた数馬。
アンフェタミンの入った薬箱を閉めるとスッと右手を翳した。
「なにしたの」
「開けられないように隠匿魔法をかけた。薬箱そのものが他人の目には見えないようにね。ところで海斗」
「なに」
「イントネーションおかしいよ。それも方言?」
お。
普段イントネーションにも気を付けて標準語を話しているつもりが、ちょっとどころじゃない驚きの事実を知って頭の中はそれどころでは無くなっていた。
「方言だわな。こんな事実が目の前にあって我を見失わない方が変だろ」
「そんなに驚いた?」
「なんでそんなに平静でいられるんだよ」
数馬はふうっと大きく息を吸い込み、少しずつ息を吐きだしながら俺の正面に回り込んだ。
「心配は要らない。この薬はもう捨てるし、海斗に迷惑はかけない」
俺は怒りとまではいかなかったけど、数馬の闇を見たような気がしてなんだかやるせない気持ちになっていた。
「俺のためっていうより、数馬の心身に影響がないか、その方が心配だよ。なんでまたそんなもの飲もうなんて思ったんだか。その薬の異常性は計り知れない。もう、犠牲者は国分くんだけで十分だ」
顎に右手を当てた数馬は、しばし瞑想の中に取り込まれたように見える。瞑った目を開けた数馬は静かに言葉を選びながら俺に話しかけた。
「そういえば彼はこの薬を飲まされて退学に追い込まれたんだっけ」
「実際には退学は取り消されたはずだけど。色々な事情も絡み合って薔薇ネットワークに載せて、最終的に白薔薇に行った」
「哀しい出来事だったね、君らにとっては」
「だから俺はその薬があること自体許せない。数馬は海外にいて知らなかったから仕方ないけど」
「悪かったよ、GPSが終わったら日本に帰る前にこの薬箱ごと消去するから」
「あ、消去魔法」
「そう」
「なんで今消去しないの」
「色々あってね、今はまだ消去できない」
数馬は口角を緩やかに上げて微笑み、俺の頭を軽く撫でた。
俺としては、ゴミ箱に捨てられないからGPS後だとばかり思ってたからだけど、消去魔法でサラサラにできるんだったら、今すぐにでも消去して欲しいほどだ。
あ、でも、消去魔法は一流どころの魔法師でないと使えないって聞いた。いや、充分な効果がでない、だっけ。
聖人さんや明なら十分のその効果を発揮させる消去魔法を使えるはずだ。GPSが終わってひと息ついたら、聖人さんか明にでも頼むんだろうか。
あーあ。俺の考えることはみな数馬に丸わかりだから、もう話さなくてもいいよね。
数馬は俺の顔をちらっと見て、頭を振った。
なんだ?
俺の思ったことがわかっていて頭をふるということは、あの2人に頼むのではないということか?
それならどうやって消去する。
まさか、数馬、君、消去魔法使えるのか?
「さあ、どうかねえ」
えーーーーーーーーーっ。こういう時の数馬は、いつも自分の力を隠して俺を惑わせる。
もしかしたら、聖人さんや明並の魔法力を身体の奥底に隠してるのかもしれない、大前数馬という人間は。
「そこまで優秀じゃないよ、僕は」
「でも亜里沙が言ってた。並の魔法力じゃ無理なんだろ?」
「海外で危険に晒されることも多かったから。破壊魔法や消去魔法は最後の手段として入手しただけの話さ」
そこで俺はハタと思い出す。数馬が広瀬に同化魔法をかけられていた時のことを。
「なら、なぜ広瀬を破壊とか消去しなかったの」
「やったら僕まで粉砕されるから。自分の身が惜しかった。あの時はホントに迷惑かけたね」
「広瀬はもういないからいいじゃない」
「まだ残ってるじゃないか、君を目の仇にしてる宮城海音が」
「そういやそんなやつ、いたな」
「彼には気を付けた方がいい。どこで邪魔してくるかわからない」
「まさかこの会場にはいないでしょ」
「退学後は家にいるみたいだけど油断は禁物。聖人さんがその辺は気付きそうなもんだけどね」
宮城海音か。
今どうしてるか知らないし、知りたくもない。
異母兄である聖人さんを、まさに自分の奴隷のように扱い、俺の命さえ軽々しく奪おうとした最低なヤツ。
でも、ヤツがGPSの聴衆として現地にいないという絶対の保障はない。
広瀬がこの世から消滅した今、新たな人物を手懐けて、俺や聖人さんを狙っているかもしれない。
重要な事案が増えた。
アレクセイ、リュカ、数馬のアンフェタミン、宮城海音。
でも一番重要なのは、今から始まるイタリア大会。
数馬を突き、食堂へ行こうと誘う俺。
今日はもう食事前のストレッチやマッサージを行う時間がないし、俺が部屋で胴衣に着替えて食事に行って、そのまま『デュークアーチェリー』の実施会場に向かうしかあるまい。
数馬もさすがに額の絆創膏は気になったようで、俺の部屋で俺が着替えてる間、ずっと洗面所で鏡を見ながら正面、右45度、左45度と角度と表情を変えながら飽きずに何回も見ている。
ごめん、数馬。悪いことをした。
けど、そのお蔭で薬箱の存在を知った。
この怪我がなければ、俺は数馬所有の薬箱の存在を知らぬまま大会に出場していただろう。
でも、薬箱の処分、なんでGPSが終わってからなんだろう。
普段は薬箱の存在を隠しているようだから、逍遥や聖人さんも知らないだろうと思われる。明だって同じだろう。
だから彼らの的確なアドバイスを受けることもできない。
読心術で俺の思いを知った数馬。
今度は深く溜息を吐いている。
「ホテルの中で消去魔法を使うとフロントにばれるんだよ。君も知ってのとおり人一人あの世に送れる強力な軍隊用魔法だからね」
なるほど。
GPSが終了しホテルを出てから皆にわからないように消去魔法をかけるというわけか。
ああ、今日の大会、俺の心は脈打ってうまく的に当たるかどうかわからない。動悸が激しい。まだ運動もしていないのに。
胴衣にベンチコートを引っ掛けてそのまま食堂へ向かった俺と数馬。
俺は薬箱のことを話題にあげまいと必死で目の前の勝負飯・パンケーキを頬張っていた。
数馬はもう慣れたもので、俺と同じような食事を摂りつつ、メインディッシュの鶏のから揚げを皿に取る。日本風に言えば鶏のから揚げなんであって、イタリアでなんという料理なのかは知らない。
美味しそうににこにこする数馬を見て、強心臓だなと、つくづく自分が嫌になる。
そうだよ、やはり俺はメンタルなんて強くない。




