GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第5幕
翌朝、スマホのアラームで目が覚めた俺。
時間は午前7時だった。
やべえ、シャワー浴びないと。
さらりと身体を洗った後に髪を洗ってシャワー室を飛び出した。
が。
制服に着替え頭をぶるぶるっと振ると、髪の雫が床に落ちる。
髪が乾ききらないのだがもうそんなことは気にしていられない。
タイムリミットは7時25分。1分でも遅れると数馬が何を言い出すかわからない。
アイドル顔しといて、いうことは半分悪魔のサポーター。
俺は部屋を飛び出し向かい側の数馬の部屋の前に立ち、そっとインターホンを鳴らした。
「やあ、おはよう」
数馬がステキ顔で俺を迎えた。
「なんだ?海斗。シャワー浴びたばかり?」
バレるよな、やっぱり。
「そんなんじゃ風邪ひくから僕の部屋に入って髪乾かしなよ」
「悪い、少し寝過ごして」
俺は早々に数馬の部屋に入り、洗面所にあったドライヤーを手に取り鏡の前で髪を乾かす。
ああ、こんなとき、聖人さんのようなサラサラ髪だったらすぐ乾くのに。
残念なことに、俺の髪はサラサラとは言い難い。
硬くて太くて多いときてる。
それでも自分なりにスッキリするよう髪を纏めると、後ろで数馬の声がした。
「乾いたら食堂に行こう」
「乾いた」
数馬は部屋の中を綺麗に片付けて、カードキーを片手に俺の方を向く。
「カードキー持ってきた?」
「あれ以来、忘れないようにしてるよ」
「ならよろしい」
部屋を出た俺たちはEVの手前で逍遥と聖人さんの後ろ姿を捕えた。
「どうする?」
数馬が俺の背中を抓る。
会話しようか、それとも別々にEVに乗りたいかを聞いて来てるんだ、数馬は。それに対し、俺は少しぶっきら棒に一言だけ返した。
「別々に乗る」
「OK」
俺があの2人と距離をおこうとしているのを、数馬は肌で感じてる。
読心術ではなく、俺への思いやりとして。
俺たちはホテルの反対側にある従業員用EVに向かって歩き出した。こっちは誰も使ってない。
そういった経緯もあって、数馬は雄弁に語りだした。
「公式練習まであと3日だ。今大会の目標はこないだ示したとおり、50枚で4位から6位。アレクセイは抜き打ち検査に引っ掛かるはずだから、GPFへの出場者は1位繰り上がると見て間違いない」
「全体検査は無くなったとしても、そううまくアレクセイだけ抜き打ちにできるもんなの」
「噂の根源だからね、事務局は必ずアレクセイを引っ張るさ。そうそう、君がもらったガムだけど」
「薬物入ってたの?」
「いや、ただのガムだった」
「なーんだ。俺ビビリ屋だな」
「それが大切なんだ。一度あそこで食べてたら、次は禁止薬物が紛れ込んでいたかもしれない。ロシアと言う国は一事が万事そういう国だから」
「なんでもあり、ってこと?」
「そう。他の種目でもどうやら禁止魔法が使われていると僕は見てる。ただ、それをもってしても倒せない相手がいるから噂に上らないだけさ」
「逍遥とか、光里先輩や南園さんとか沢渡元会長のこと?」
「そうだ。女子も胡散臭いんだけどそこまでは調べがつかなくて」
「昨日の調べものってやつ?」
「それもある」
「他にもあるってことだよね」
「あとは内緒。時が来ればわかるから」
従業員EVの前に着いた。数馬はフフフと俺に不気味な笑顔を見せて下に行くボタンを親指で押す。
ゲスト用と違い、こちらは従業員専用の荷物EVなので、来るまでに時間がかかった。
それまでの時間、暇つぶしの面もあったのだろう、数馬は禁止魔法の主な種類を俺に教えてくれた。
一番使用者が多くて簡単な禁止魔法が、筋肉増強魔法。禁止ドリンクで筋肉増強剤を飲む場合も同じ効果が得られる。
この2つは、ほとんど同じ働きを見せるが、外国では禁止魔法を使う比率が多い、というのは前に数馬が言ってた。
筋肉増強魔法を使用すれば、文字どおりあらゆる場所の筋肉が引き締まり腹筋は6つに割れ、握力がとんでもない数値を表す。まるでボディビルダーの如く見事な筋肉を持った身体に変化する。
そしてそのメリットは、少々手持ちのデバイスが軟弱でも身体から繰り出す熱気だけでデバイスの役割を果たすということだ。
今回のアレクセイの場合がまさにそうで、ある程度引き締まった体型とはいえ、アレクセイの利き腕である右手を触った数馬でさえ、異常なほどの筋肉の盛り上がりを感じたようだ。
現状第2位のホセは元々がっしりした体型だし、出身がスペイン。ホセの体型はどちらかといえばエアロビダンサーのそれに近い。
スペインの人は練習などの時間にはルーズだが国を挙げて禁止魔法は厳しく取り締まっているらしく、スペイン選手が抜き打ち検査で引っ掛かるのを数馬は見たことがないと言う。
一方、禁止薬物は何か月たっても身体から抜けず、依存症の傾向が強まる。それが大きなデメリットとして諸外国にも伝わっているし、おまけに、入手ルートを調べられたら一環の終わり。
ジ・エンド。
しかし、医療用として開発されたアンフェタミンなど多くの薬品が、さもありなんと言わんばかりに病院などから盗まれたり、病気を装って処方された横流し品が闇のサイトで流通しているという。
外国語に秀でた人間なら、誰でも購入、使用できるのが実情で、五月七日さんのように、敵を陥れようと使用される場合も多々あるらしい。リュカだって敵の手に落ちた。
こういった禁止薬物は、眠気と疲労感がなくなり闘争心を高め、同時に集中力をも高める作用があるのだから自ずと使用する人間もいるのだろうと思われる。
その点、禁止魔法もすぐに身体から抜けていくわけではないし魔法の痕跡は残るので見つかる確率は高いそうだが、禁止薬物のように非正規ルートを探す必要がないので証拠が見つかりにくく、それ相応の検査機関が抜き打ち検査をしている現状で、大会主催者側は大会前から大会開催期間中はどこでもピリピリムードになるのだとか。
2つ目の禁止魔法は意図的に躁状態を作りだし、アドレナリンを大量に放出させる魔法なのだという。
自分の脳に直接電気信号を送り無理にアドレナリンを放出するのだから、試合が終了しても躁状態は治らない。
それを通常の状態に戻すために己に対しもっと強い魔法をかけるというのだから、試合後は廃人の如く運動能力はおろか、知性さえも二重人格ではないかと思える程人格が変わってしまうと言うのだ。
試合前後で人格が変わったように見えるため、こちらはすぐに見分けがつくらしく、今ではこの禁止魔法を使用する例は余程のことがない限り、見受けられないのだそうだ。
最後の禁止魔法が、能力低下魔法を対戦時に相手に向かって掛ける魔法で、『スモールバドル』のような対人戦に多く用いられる。
同化魔法とは種類こそ違うが、遠隔魔法で相手の調子を崩すことから、魔法の痕跡を消される前に抜き打ち検査をすることが重要になってくるという。
今回のGPSやGPFでは南園さんがその脅威にさらされていることになるわけだが、近頃考案された自己保身魔法や防御魔法で相手の魔法を跳ね返すことが可能になったということで、こちらは段々下火になっているという説明を数馬から受けた。
魔法の数としてはそんなにないんだなと思って聞いていると、俺の微かな心の変化を覗いた数馬がメトロノームのように規則的に人さし指を動かす。
亜種のバリエーションを加えると、禁止魔法は際限なく増えていくものなのだと言う。
各種大会事務局や各国の魔法大学では、亜種を見つけだし禁止魔法として登録していくが、それを遥かに上回るペースで禁止魔法が編み出されていくということで、取り締まりにはどうしても時間を要してしまう部分も間違いなくあるようだ。
法律の目をかいくぐった禁止魔法。
取り締まる各大会の事務局。
これはもう、いたちごっこというやつだ。
今現在、数馬の見立てで禁止魔法を使っているのはアレクセイだけだという。
俺はいつ抜き打ち検査が行われるのか、それが試合前なのかとても気になっていたが、数馬は俺の心を読みつつも、その話には乗ってこなかった。
俺たち2人は、従業員EVで階下に降りると、食堂に入った。
逍遥と聖人さんは、食堂の一番奥に陣取り、何やら激戦を交わしている。さては、練習方法に逍遥が根をあげたか。
逍遥の方が熱心に聖人さんを口説き落とそうとしているようにみえたので、練習方法を変えて欲しいという要望なのだろう。
数馬が俺の背中越しに2人を見ていたのはわかってた。
でもこういう質問が出るとは思っても見なかった。
「あの2人、何話してると思う?」
少し慌てた俺だが、先程の見立てで間違いあるまい。
「逍遥が練習方法に不満表明、ってところかな」
数馬は低い声でヒューッと口笛を吹きながら俺の肩を1回だけ叩いた。
「少し残念。あれは練習の方法を変えて欲しいという要望じゃなくて、もう少し練習量を増やしてほしいという要望」
「今のも読心術?」
数馬はにっこりとステキ顔で笑う。
「君が“逍遥が練習方法に不満表明”っていったのは、正解。あの顔を見ればわかるよね、逍遥がひっきりなしに話しかけてる」
「それで?」
「聖人さんが渋い顔してるのも見えるだろ、ここからだと。ありゃ、逍遥の発言を認められないっていうサイン」
「それは読心術なの?外観で感じたもの?」
「残念ながら読心術ではないよ。逍遥がいつも君に仕掛けているのが読心術」
「やっぱり?あれを読心術と言わんで何を読心術と定義づけるんだ」
「ただ、ある程度の会話などの組み立てを知らないと読心術は構築できない」
「そうなのか?」
「ああ。今回のあの2人の場合で言えば、2人とも笑顔が消えてるところから会話の組み立てを考えていく。逍遥の不満顔からして、今の段階なら練習に対する不満だと踏んで聖人さんの顔を見る。するとやはり顔つきが厳しい」
「なるほど、そこまでは状況判断でいくんだ」
「ここで練習に関する何が不満なのか、その心理の奥底を読むんだ」
「読心術のお出ましってわけか」
「そう。逍遥は練習量に拘ってて、今よりも増やしてほしいと思ってるし、躊躇することなく聖人さんに口頭で伝えてる」
「聖人さんは?」
「反対の立場だね。今でも他の人より練習量は多いらしい。聖人さんからしてみれば練習については量より質を重要視してるから、ここにきて量を増やす意味がない」
「で、朝から二人であんな顔突き合わせてるわけか」
「そういうこと」
それにしても、やはり逍遥のアレは読心術だったか。
だって俺が考えたことストレートに言葉にするんだから、いくら言い訳したところで読心術ってバレるよね。
バレないとしたら、よほど・・・放送禁止用語だから止めておく。
俺も早く読心術と瞬間移動魔法、教えて欲しいなあ。
数馬でもいい、逍遥でもいい。
GPFが終わったら教えてくれるかな。
12月半ばにGPFがあって、あとは3月まで大きな試合は無いから魔法を教わるには充分な時間もある。
世界選手権の新人戦も気になる。
日本の枠は3つ。
逍遥の出場は間違いないから、残り2枠の争いになる。サトルと国分くんあたりがいい勝負をしているといったところか。
俺はいくらGPSに出してもらえたからといって、新人戦に選出されるとは限らない。
選考方法もわからないし。
何より、サトルや国分くんに勝てる気がしない。
今の序列的には、俺、4番目の男。自分でいうのもなんだけど。
「新人戦の選考方法か、それはまだ公開されてないねえ」
早速数馬の読心術が始まった。
「日本の枠が3なのは間違いないと思う。ワールドと同じ数字になるだろうから。海斗はトップ3に入れるかどうかの瀬戸際というわけか」
「俺としては4番目だと思うんだ。逍遥、サトル、国分くんあたりで決まりじゃない?」
「どうだろう、GPFの結果次第ってところかな。サトルはGPSやGPFにこそ出ないけど、あの力は本物だし予選会でもあれば2位か3位あたりに食い込める能力は充分にある」
予選会か。
よく大学駅伝とかで予選会やってるよね。
シードに入らなかった大学が予選会に出場して、上位10大学あたりまでが本選に出場できるってやつ。
魔法でも予選会ってあるのかな。
『バルトガンショット』や『デュークアーチェリー』『マジックガンショット』あたりなら、予選会を行えば十分その役割は果たせそうだけど。
「新人戦に関しては年明け辺りに方針が発表されるだろうから、僕たちも心の準備だけはしておこう」
少し自信を深めたような数馬の言葉に、口には出さずとも俺は大きく頷いた。




