GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第2幕
食事を終えた俺たちは、何も話すことなくトレイを返却口に戻し食堂を出た。
廊下の向こうから、アレクセイとサーシャが歩いてくるのが見えた。
数馬が不敵な笑みを浮かべアレクセイを見ているのが横顔でもわかった。
「海斗、あの2人知ってるんだろう?紹介してくれないか」
「あ、うん。いいよ」
俺は数馬を立たせたまま、アレクセイたちの方に走り寄った。
「やあ、アレクセイ」
アレクセイは俺を直ぐに認識したようで、目尻にシワを寄せながら速足で俺の元に近づいてくる。
「海斗、調子はどう?」
英語で話すアレクセイに対し、俺はいつものごとく日本語で返す。
「まあまあかな」
そこに数馬が寄ってきた。
「海斗、こちらは?」
「ロシアのアレクセイだよ、向こうにいるのが同じくロシアのサーシャ」
数馬はにっこりと好青年の顔を作りだし、右手を差し出した。
「君の演武はとても素晴らしい。お手本のような演武だね。どうやったらあんな結果を出せるのか不思議なくらいだよ」
数馬の右手を握り返しながら、アレクセイはロシア語と思しき言葉で何か言っている。英語ではなかったから、たぶん、母国のロシア語だと思う。
日本人にロシア語はわからないだろうという上から目線の表情に変わっていくさまが見て取れた。
ところが数馬がロシア語で返事をしたものだから、アレクセイは目を見開き、あははと笑った。この笑いがどんな心の内を表してたのか、俺には見当もつかなかった。
それから二言三言会話した後、お互いの手をもう一回固く握りしめ、数馬はその手を離した。アレクセイたちはバイバイといって手を振ると、食堂の方に向かって歩き出した。
「数馬、何話してたの」
「ロシアにいたことあるのか、って聞かれたからいたことあるよ、って返したのさ」
「ロシア語も話せるんだ」
「それなりにはね。それより海斗、君、彼の表情で何か気付かなかった?」
「上から目線の表情に変わったのは気付いたけど。結構ストレートに挨拶したからねえ、数馬は」
「そうか。僕のことは知らないんだな。何も情報が入ってない証拠だ。ところで、僕がなぜ彼に握手を求めたと思う?」
「挨拶でしょ」
「違うよ、彼の右手を調べたかっただけ」
「調べる?」
俺が怪訝な顔をすると、数馬は俺の耳元に口を寄せて小さな声を出した。
「ありゃ、やってるかも」
「やってる?何を」
「禁止魔法」
「えっ!」
数馬がシッと唇に指を当てる。
俺が驚いて数馬の目をみると、数馬は茶目っ気丸出しの笑みを浮かべたと思うと、次の瞬間にはきりりとその口を真一文字に結んだ。
「数馬、どうしてそう思うの」
「握手した時の握力がとんでもなかったのと、もうひとつ、右手の筋肉が異常に発達してた」
「どうするの、生徒会に行って話す?」
「いや、僕が感じただけだし、今、事を大きくすることは僕にとって本意ではない」
「どうして?」
「もしかしたら国ぐるみで禁止魔法を掛けていることもあり得るじゃないか。今僕たちが彼を挙げてしまったら、トカゲのしっぽ切りになってしまう公算が大だ」
「でも、このままじゃGPFもアレクセイが優勝して終わっちゃうよ」
「他の競技の状況も調べないと」
「『プレースリジット』は沢渡元会長が1位キープしてるから、禁止魔法はないんじゃない?『エリミネイトオーラ』だって逍遥の独壇場だし」
「さて、どうだか。2位以下にロシアの選手が混じってるかも」
「どうしたらいいんだろ」
「海斗、君はこのことを胸にしまって練習に打ち込んでくれ。まだ誰にも話すんじゃないよ。僕はちょっと出かけてくるから」
数馬は俺に練習用のソフトを渡すと、足早に廊下の向こうに消えた。
たぶん、どっかに提訴する前に種目ごとの順位を調べるんだと思う。あとは、ロシアの出場選手の所属先も。魔法部隊の出身なのか、それとも一介の高校生なのか。
禁止魔法か。
禁止薬物同様、身体をボロボロにすると聞く。
俺の周囲では今までそういう事例は無かったけど、数馬は様々な禁止魔法を見てきたのだろう。広瀬が抑え込んでいる数馬が言ってたのは、強ち間違いではあるまい。
アレクセイといえば、前にガムもらったっけ。
生徒会に持っていったはずだけど、あれ、どうなったんだろう。
俺は禁止薬物入ってるのかと思ったんだけど。
薔薇大学あたりで調べれば、禁止薬物がはいってたかどうかわかるのかな。
俺にその後何も知らされていないということは、俺の勘違いだったのか。
練習ソフトを手にしたものの、俺はちょっと気持ちが高ぶってしまって、今すぐには練習できるような心情ではなかった。
「海斗、どうしたの?」
気が付くと、そばに逍遥と聖人さんが立っていた。
逍遥が俺の手にあるソフトを指さし怪訝な顔をする。
「1人でソフト持って立ってるってことは、数馬どっか行ったの?」
数馬はさっきのことを胸の中にしまっておいて、と言ってた。誰にも話すなとも言ってた。
「俺が前にロシアの選手からガムもらったんだけど、それに禁止薬物混入してたのか確認に行った」
逍遥が上から目線で俺に問う。
「それ食べたの?君らしくもない」
「食べてないよ、でもなあ、あの時結構混乱してたからな」
「なんでまた」
ああ、聖人さんのことで悲しんでた時だ。
まさか真実を言うわけにもいかない。
俺は嘘をつくのが苦手なのに。
嘘といえば、数馬は沢渡元会長に誘われて紅薔薇に入学し、馴染めなくて休学の末海外を放浪したと聞いた。
でも、沢渡元会長は同化魔法事件のとき、数馬の顔を覚えていないと言ってた。
なんか、話がクロスしてる。
身体検査のときは数馬と沢渡元会長は顔を合わせているはずだから、沢渡元会長は数馬の顔を覚えていてもよさそうなもんなんだが。
よくわからないな。
・・・わからないことは、考えない。
俺が今考えるべきは『デュークアーチェリー』の練習であり、GPS最後の決戦であり、そこに至るまでの意味合いは、GPSでポイントを稼いでGPFへの出場権をもぎ取ることにある。
でもやはり、少しでも疑問があるとそちらに脳ミソがもっていかれる俺。
そうなんだよ、あそこで沢渡元会長、あるいは数馬が嘘をついても何もならない。
数馬の話だと、沢渡会長は元々の数馬の顔を知ってて、紅薔薇に誘っている。
3年近くも前だ、顔なんておぼろげにしか覚えてなかったかもしれない。それに成長期だから顔だって変わってくる。
そして今回呼び戻し面接をした際もその顔とさほど変わりはなかったから特に違和感を抱かなかったのだろう。
万が一これがまるっきり違った顔になっていれば、頭の片隅にでも顔面不一致の記憶が残ったはずだ。
広瀬は、そういったことも踏まえて面接の後に数馬に近づいたものと考えれば辻褄が合うか。
そうだよ、広瀬が数馬に同化魔法をかけたのは面接が終わってからだったに違いない。
黒幕だった広瀬がなぜ数馬の顔をそのまま残したのか、少しばかりその理由が疑問ではあったけど、現3年は魔法科に優秀な生徒が集まっていて、若林先輩や千代先輩などの魔法技術科の生徒もいた中で、数馬の顔そのものを変えてしまったら気付かれるだろうし、不審に思われる危険性もあったのだろう。
でもそしたら、なぜ俺の顔だけ変えたんだ?
聖人さんや逍遥、サトル、南園さん。殆どの人が俺の顔の変化に気付いた。
公欠で休んでいた間に、急変したとしか思えない俺の顔。当時魔法部隊に駐留していたであろう広瀬が遠隔魔法でも掛けたか。
俺がぼーっと考え事をしているように見えたのだろう。
逍遥が俺の頭のてっぺんに自分の中指を突っ立てている。
「海斗、何考えてんの」
「その前に頭の指、離してよ、逍遥。いや、なんで広瀬は数馬の顔を変えなかったのに俺の顔は変えたのかなと思って」
「現3年の優秀さを知ってたこともあるし、現1年をバカにしてた節もある」
「逍遥の出た競技見てなかったのかな。サトルの才能に関しては、ほとんど知らなかったろうし」
「薔薇6までは団体戦だからね。なにより、宮城海音は君に対し異常なまでの嫉妬心を燃やしてる。それは今も変わらないんだろう。となれば、ターゲットは自ずから君となる。そして僕の還元を受けようとしていたわけだから、僕に直接同化魔法をかける気はなかったんじゃないかな。ね、聖人」
聖人さんはタバコを吸うように人さし指と中指を口に近づけるような仕草をしながら俺たちを見ていた。
「俺も現1年の魔法技術について聞かれたことはない。広瀬は昔から必ず自分で情報収集するやつでな、俺には一切聞かなかった。自分の思ったように情報収集が進むと、いつ何時でもニヤニヤ笑って、1人悦に入ってたものさ」
逍遥は俺の頭から手を離し、聖人さんの話に聞き入っている。
「情報収集に長けてたのか。だから大前のことも直ぐアンテナに引っかかったわけだ」
「たぶんな」
「そして大前を絡め取り、最大のターゲットである海斗の元に近づく機会を狙ってた、と考えるのが合理的だ」
俺が考えてたのは、何で俺の顔は変えるつもりだったのかなということだったんだが・・・。
第一、顔変えたら逍遥が俺だと気付かないじゃないか。
「ああ、それは君が前に思った通り、広域魔法で君の新しい顔を八朔海斗と認識させるつもりだったんだろう。普段会わない人なら、成長して顔が変わったと思ってお仕舞だろうしね」
もう、今更読心術のことなど考えてもまた逍遥は能書き垂れるようなものだから、その辺はスルー。
案の定、逍遥はそのつもりでいたようで、腰を曲げて俺の方に顔を近づけてたが、俺が何も口にしないものだから呆気にとられていたようだった。
「さ、いくぞ。お喋りは今夜宿舎でやってくれ」
聖人さんは逍遥を引きずってグラウンドの方に顔を向ける。
逍遥はといえば、投げキッスを何度も俺に向け飛ばしてくる。
うっ、逍遥、俺にそんな趣味は無い。勘弁してくれ。
俺は暫し一人になったのだが、数馬は練習しとけと言ったわけだから、何もしないでいたらまたプロレス技のお仕置きが待っている。
ここは一心不乱に競技と向き合うべきか。
俺はそのままアリーナへと向かい、ソフトを使って練習を始めることにした。
しかし・・・。
ソフトの使用方法が今一つわからず、俺は悪戦苦闘を繰り広げた。
まず、スイッチの入れ方がわからない。これではソフトが起動しないわけだから、練習も何もあったもんじゃない。
どうしよう、数馬が来るまで待つべきか。
“このままソフトをぶっ壊したらお仕置きだけでは済まないだろう。やめちゃえ、練習なんか”と俺の中のミニ悪魔が甘い誘惑を仕掛けてくる。
一方、ミニ天使は“ソフトを使わなくても出来る練習があるじゃない。姿勢を保つ、体幹を強くする、考えて色々試せばいいのに” と釘を刺す。
悪魔の囁きに傾いたり、天使の呟きにハッとしたり。
それでも俺はどちらも選べずにいたのだが、ついに悪魔と天使を乗せた天秤は釣り合わなくなりカターンという小さな音が俺の脳の隅で鳴っていた。
俺は指先を震わせながらソフトの箱を持ったまま、アリーナからその身を隠そうとしていた。
悪魔の勝利だ・・・。
誰の目にも留まらないように、そーっと静かに音を立てないように一直線に歩く。
アリーナ出入口まで来た時、誰も見ていないのを確認するため、ヒョイと後ろを振り返った。
よし。誰も俺には気付いてないようだ。
俺はそのまま後ずさってアリーナを出るはずだった。
そう、そのはずだったんだ。
出入口から外に出ようと後ろ向きに歩いてた俺。
途端に、ドン!と何かにぶつかった。
人ではない。何かこう、柔らかいもの。
左手で背中を探った。
生ぬるい。
なんか蛸みたいな感じで吸盤に吸いつけられているような、ぬるぬるした感触に感じられ、これはいったい何だろうと後ろを振り向こうとするが、肝心の首が動かない。
どうしてだ?
もう一度、身体に渾身の力を込めて後ろを向こうと首を動かした。
なぜか、俺は金縛りにでもあったように全身が動かなくなっていた。
「何をしているのかな?海斗くん」
まずい・・・。
数馬だ・・・。
「数馬?俺練習しようと思ってたら身体に力入らなくて。一度グラウンドに出て走ろうかなと・・・」
「嘘つかないの。さっきからずっと見てたよ。ソフトのスイッチ入れられなくて、痺れ切らして練習止めたんでしょうが」
あ、見られてた。
最悪のパターン。
「で、数馬は何してたの」
「話を逸らすでない」
「気になってさー」
「ま、それは分らないでもないな」
途端に身体の反発力が抜けたというか、さっきまでの金縛りから解放された俺は回れ右しようとして、足下で何かにけつまづき転んでしまった。
「いでっ」
「普段は共通語なのにいざとなると東北訛りになるね、君は」
「大きなお世話だ。東北訛りで何悪い」
「僕は各地の方言や言葉のイントネーションの違いが好きでね。例えば君の住んでたリアル世界では、“くず”の3段活用とでも言うべき言葉が存在するんだ、まるで中国語だよ」
「くず?ああ、屑と靴と口か」
「地元民は違うな、すぐわかった」
「馬鹿にしてんの?」
「決してそんなことはない。愉しいもんだよ、同じ日本語でも各地で違う言い回しになるんだから」
「数馬はどこの出身なの」
「僕はロサンゼルス。日本の東京に来たのが15歳の時。そこで沢渡と会って紅薔薇に入学した」
「だから英語はネイティブなのか」
「話しやすいのは確かだね。で、海斗。僕らは語学のお勉強するためにここにいるんじゃない。わかってるね?」
俺の口元は引き攣ってしまい、イエスやノーさえ言葉に出来ない。
「ほら。なんで君がぬるぬるした物があるなと認識したかというと、これだよ」
読心術者・数馬が俺に見せたのは、バランスボールだった。
「これで体幹を鍛えるトレーニングができる」
「これってどっから持ってきたの」
「横浜から」
「でも飛行機の荷物になかったよ、こんなの」
「簡単さ、横浜まで戻って取ってくればいいだけ」
「戻る?」
俺の腑抜けた表情が余程おもしろかったのだろう。数馬はあっはっはと大きな声で笑い出した。
「いや、ごめん。君のことだから色々考えてしまうだろうね。僕は移動魔法で一度横浜に戻っただけ。一度戻ると色々仕事押し付けられるから、早々にお暇したけどね」
いや、考えるというか、頭から花火が上りそうな勢いで驚いてる。
俺も移動魔法そのものは1回くらい使ったことあるけど、リアル世界からこっちに来る時に一度。それも恣意的に使ったくらいのもので、やったら何となくできただけ。
何百キロも離れた場所に狙いを定め、瞬時に移動する魔法なんて誰も教えてくれない。
「逍遥たちは徐々に教えるつもりだったんでしょ。気にしない気にしない」
いや。気にするよ。
数馬の魔法力は、本当に人並みなのか?
「もちろん、人並み。それなりにしか使えないよ。今回の魔法競技だって僕が出たら高順位は狙えない」
「そうなの?使えてたら、魔法科に入った?」
「僕の時は沢渡以下、優秀な生徒が多かったんだ。僕なんぞ足下にも及ばなかったよ。若林とか千代と気が合ったのも手伝って、魔法科は諦めて魔法技術科に入ったんだ」
「でも海外放浪を選んだんだよね」
ふっと遠くをみるような、宙を舞う数馬の目。その時々の場面を思い返しているのだろうか。もしも思い出したくないことがあったら、済まない、数馬。
「全然。僕はいつでも自分のやりたいようにやってきたからね。さ、もう練習に入ろう。身の上話はまた今度」
数馬から手渡されたボールは結構大きくて、辛うじて両手に収まるほどだった。
でも適正な大きさがあるという。
まず、座って足裏全体がつくかどうか。あとは、足裏つけたままで90度に膝が曲がってるかどうか。なんとかこれもクリア。
よくTVとかブログで見てたから、扱いは簡単だと思っていた俺は、訓練方法も何も聞かないで直ぐにバランスボールにヒョイとケツを乗せた。
だが、猫背の俺がバランスボールに乗っかると、すぐにゴロンとひっくり返ってしまう。俺の運動神経のなさがモロに出た。
そこで数馬は手本を見せてくれた。
背筋の伸びた綺麗な姿勢で腰かけると、バランスボールは安定する。そのまま腰かけていると、自然と、なんだろう、下腹部に力が入っているのが見て取れる。腹筋運動の代わりにもなっているのかもしれない。
奮起を誓った俺は恐る恐る、バランスボールに再挑戦する。
ゆっくりと自分のケツの下にボールが来るように座るのだが。
ゴロン。
ゴロン。
やっぱり落ちる。
簡単そうに思ってたわ、TV画面観て。
あれって高等な運動神経の持ち主が乗るからそう見えるだけだったんだ。
イタリア大会を前に、ホントなら体幹トレーニングをモノにして全体的な姿勢の崩れを防止したかったんだろうが、たぶん、俺がバランスボールを習得するまでには人の何倍も時間がかかると見た。
俺は数馬にその旨を伝えると、数馬は首を捻った。
「そうか、時間がかかるとなれば、今回だけは今までどおりの方法で訓練するしかない」
「ごめん、せっかく持ってきてもらったのに」
「僕らはGPFの出場権が欲しいだけだから。今回の目標枚数と順位を指標として頑張る方向で考えよう」
数馬から示された目標。
枚数は50枚。
順位は4~6位。
そこそこの結果を出せば、今のポイントでGPFへの出場が叶うはずだというのが数馬の見立てであり、意見だった。
俺としては日本大会以上の成績を残せる自信がなかったので、数馬の立てた目標に異論はない。
そこで俺たちは今までどおりマッサージと姿勢の矯正を中心に練習メニューを熟し、最後のGPSを迎える準備に当てることにした。




