GPS-GPF編 第9章 日本大会 第5幕
その日、俺は逍遥と聖人さんと3人で国際競技場に練習に来ていた。
数馬が魔法科の教室に訪ねてきた話をしたら、2人ともすごく驚いて、あの破壊魔法を食らって元気なのは珍しいと口ぐちに数馬を褒めている。
いや。ここにも元気な人、約1名いますけど。
特に聖人さんは、ほっとしているのがその背中でわかる。
俺に対しても一生懸命教えてくれるし指導方法はパーフェクトなんだけど、やはり、逍遥への愛は変わらない。(LOVEではないよ、LIKEの方)
たぶん、逍遥の俺に対する気持ちと同じなんだと思う。
俺の、聖人さんへの思慕はいつまでも変わらないけど、こればかりは一方通行で、例え聖人さんが俺のサポートをしてくれるとしても、心の奥底には逍遥への心配というか、やはり愛に溢れてるのがわかるから、切なくなる。
今年はサポーターとしてしか働けないけど、来年はサポーターではなく選手として全日本から参加するであろう聖人さんの指導を受けるのは、今回が最後かもしれない。
俺は言われたひと言ひと言を頭の引き出しに整理して、3D化することにした。映像シーンとして残せば問題ない。
そうして大切な、大切な1日が終了した。
寮に帰ると、サトルと数馬が一緒にいて、食堂でお茶を飲んでいる。
仲良くなったな、と思っていたら、数馬は俺に検査結果を直接伝えに来たという。
「で、どうだった?」
「まるっきり健康になってた」
茶目っ気たっぷりに舌を出す数馬。
ああ、本当はこんなにお茶目な人間だったのに、広瀬が同化したせいで落ち着いた雰囲気に変わっていただけなんだ。
俺はあらためて、同化の恐ろしさを目の当たりにした気分だった。
数馬の健康診断の結果は、どこも異状なし。
どうやら、数馬に同化した広瀬が絶対に病院へ行かないよう仕向けていた節もあるのだが、広瀬が同化し始めてからろくに病院に行っていなかったわりには健康が保たれていたということで、俺たちは心の底から安心した。
魔法技術科に属しているものの、数馬もサポーターとして全日本やGリーグ、そして薔薇6にGPSやGPF、最後は世界選手権と試合試合で忙しくなる運命にあるだろうから、健康のひとことは俺にとっても皆にとっても喜ばしいことだと思う。
数馬が明後日からサポートに入れるということで、俺たちは祝杯と言いつつジュースを買って乾杯した。
聖人さん、いくら高校生以上は酒解禁と言ったって、俺たちにむやみやたらとアルコール勧めるのは止めて。
これから闘いも佳境に入るんだから。
祝杯を挙げた後、数馬は魔法技術科の寮に帰り、俺たちもそれぞれの部屋に戻った。
いよいよ、公開練習を筆頭に、日本大会お披露目の本選がやってくる。
この大会だけは、いつも以上に命中率を上げたいと心から願う俺がいた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
日本大会の公開練習日がやってきた。
この日、絢人が生徒会書記として日本大会から生徒会役員として名を連ねることが発表された。
絢人は逍遥との不和でサポートが出来なくなった一面もあるし、生徒会役員は人数が少なくていつも忙しそうにしていたから、俺としてはナイス人事、というところだった。
本人もその方が良かったのだろう。
選手やサポーターに挨拶する絢人の表情は、逍遥のサポートをしていた時に比べ格段に明るくなり、もう心配要らないことを示していた。
また、数馬も1年八朔海斗のサポーター、1年魔法技術科大前数馬として正式に紹介された。
数馬はとうの昔に復帰していて、俺のパートナーとして練習を見てくれている。
あのマッサージも健在で、サポーターとしての技術は並以上のものがあった。
回数減ったけど・・・。
前は一日6回くらいしてもらってたけど、今は1~2回。
でも俺は以前同様すべてお任せで、あとは的を狙うだけ。
これなら広瀬が数馬を欲したわけだ。数馬のサポート力と、いずれ逍遥から還元を受けるであろう俺をターゲットにしたのもよくわかる。逍遥そのものに同化魔法は効かないだろうと思っていただろうし、宮城海音の件がそもそもの発端で、宮城海音が目の仇にしたのは俺だったから。
でも俺にはひとつだけ納得いかないことがあった。
俺に同化魔法を掛け続け、結局俺の顔が本当の八朔海斗で無くなったことから周囲も異変に気付いた。
まあ、聖人さんはそれ以前から気付いていたようだが、広瀬がどのように関わってくるか確信が持てなかったのだろう。「まさかこうくるとは」って言ってたのもある。
聖人さんのことは置いといて。
俺の顔がまるっきり変わってしまったら、逍遥からの還元を受けることなどできなかったと思うのだが。海斗の顔してない人を海斗だと思い込ませるのってできんのかな。広瀬は、皆の目をどうやって誤魔化す気でいたんだろう。
広域魔法でも使って、皆に催眠術でも掛けるつもりだったのかな。そんで生徒会で保管してる俺の学生名簿の写真を替えてしまえば誰にもバレやしないと。
聖人さんにはっきり聞いてはいないけど、広瀬も魔法部隊に所属する魔法師だったのでは?
そうだよね、聖人さんのお父さんから受けた命令を忠実に熟すあたり、まさに上意下達だ。
って、今頃そんな話持ちだしたら、逍遥に馬鹿にされそうだからやめとく。
公開練習前の練習では、ちょっと目が眩んで的を外すことはあったものの、日差しが差し込んでいたからであって、目眩ではない。
午後に行われる公開練習時には日差しもだいぶ傾いているだろうから問題ない。
実試合では日差しはコントロールされ全選手同じ状況下で進められていくし、何の支障もないはずだ。
今大会のメリットと言えば、全部日本語で競技が進められていくこと。そしてホームのギャラリーの声援が日本語であること。
ロシアやフランスでは、競技の実施そのものは英語で進められていったからわかったものの、アウェーのギャラリーの会話は母国語だったから周囲から聞こえる声援がちんぷんかんぷんで、耳に入れるとメロディのようにくねくねして調子を崩すので、耳栓が欲しいと叫んでたくらいだ。
日本大会ではそうしたトラブルも無く、すべて順調に物事が進むはず。
ま、これは各地域に共通した悩みなので俺だけが不利を被るわけでもない。
今回はGPF事務局から全日本やGリーグ予選で使ったホテルとはまた別のホテルを指定されたらしい。
日本大会の公開練習に備えて俺たちは寮からホテルに移動していた。今日も昼に食堂に駆け込んだのだが、公開練習前の食事でも、バイキング形式の食堂にはメインの日本食がどさりと並ぶ。
海外の選手にも人気なのが「寿司=SUSHI」
海外の選手用に色々な寿司が並べられている。俺は食材に疎いので何が入っているか説明できないのだが、日本人の俺としては邪道だと思うようなネタがたくさんあった。
なんだ、アボガド巻?
カリフォルニアロール?
意外にも、そういった邪道ネタを海外の選手は好んで食していた。
食文化は多様だと目から鱗の思いだ。
ここに宿泊する国の選手は、日本チームの他にも結構いたようで、食堂ではSUSHIを食さない外国の選手たちから驚きの声やたまにはブーイングも聞こえてくる。
自分の国で食べてる料理が無かったら、そりゃ凹むよね。
でも、そういうことをみんな経験してるんだから諦めの境地に入るべきだと、俺としては思うんだが。
俺だって、アメリカのデカいハンバーガーやロシア料理にフランス料理と、わけわかんない食事しか出なかったことだってある。ホテルはほとんどバイキング形式だったから悩みは少ない方だと思うけどさ。
特にフランスのレストランでは、すごくお洒落なエスカルゴ料理とかあるんだが、ゴロっとあの形のまま大皿に乗せられていたかたつむりを見ると、何だか哀しくなってしまう俺。
宮城も田舎になるとまだかたつむりが田んぼ界隈にいたから・・・。それ、取って食べないでしょ、日本人は。え・・・食べる人いるの・・・知らなかった・・・。
でも考えてみれば、アサリやホタテ、ムール貝などの貝類はごろっと皿に乗せられていても気にならない。
やっぱりかたつむりが悪くてムール貝ならいいと言うのは、俺の偏見なのかもしれない。
さて、昼食の休憩時間を終え、午後2時から公開練習が始まった。
ここまで1位のアレクセイや2位のホセは、相変わらず鋭いショットを決め30分で50枚前後の命中率を誇っていた。
ルイは顔色が冴えないような気がする。実際、命中率は低く35枚程度。通常は35枚命中すればGPFへの切符は掴んだも同然なのだが、今年の選手たちはレベルが高過ぎる。
俺ですら、過去最高の45枚でフェードアウト。
魔法を勉強し始めて約半年とはいえ、皆のレベルに辿り着くまでには練習を重ねるしか道は無いと思い知らされた。
逍遥クラスになれば、ここ一番というところで最高のパフォーマンスを見せられればそれでいいんだろうが、俺はその最高のパフォーマンスに届いていない。ここは俺なりの最高を貫かなくてはならない。
特に、開催国だからという気負いもある。
その緊張感は計り知れないものがあると今、知った。
公開練習が終わり、俺と数馬は一旦ホテルの俺の部屋に行ってクールダウンのストレッチとマッサージをしてもらう。
右腕全体と、本来使っていないはずの左腕上腕二頭筋?、そして肩甲骨。
数馬がちょっと、テンション張り詰めてる感じ。
「今回で45枚だから、本選は50枚を目標にしないか」
俺は目が点になる。
「50枚なんて神の領域だよ。俺じゃとてもとても」
「自分を解放しなくちゃ」
俺は思わず起き上がった。元広瀬先輩が好んで使っという「力の解放」というフレーズを思いだしたからだ。
「君、まさか広瀬がまだ身体に残ってないだろうな。解放とか聞くとぞわぞわする」
「僕はもう1個人だよ、四月一日くんと聖人さん、2人の魔法は凄かった。こうして実世界に戻れるとは思っても見なかったから」
「そうか」
「でもね、ああいった中で勉強できた部分もあるんだ。力を解放するということは自分を解放すると同義だろ?自分がサポートした選手の身体の奥底に眠る見えない力を引き出した時、僕らはサポーター冥利に尽きるのさ」
「そうかもしれないな」
「今までいろんな国を彷徨って勉強してきたけど、力の解放という単純なサポートは無かった。でも自分を解放すればその人は飛躍的に伸びることになる。これはどこの国でも、1流選手でも同じだと僕は思ってる」
「俺は絶賛解放中、ってことか」
「そうだよ、海斗。さ、もう少しだけマッサージしてからシャワー浴びて。僕は部屋に戻ってるからあとでくるといい。食堂に行こう」
「了解」
数馬はそういうとまたうつ伏せになった俺に、丹念にマッサージをしてくれた。俺は案の定、直ぐに寝てしまった。
一度起こされ数馬が俺の部屋から出ていくときに内側から施錠し、俺はそのままシャワーを浴びて頭を洗う。ノーマルタイプとクールタイプのシャンプー剤が準備されていて、俺は勿論クールタイプを選んだ。
頭の中がすっきりとし眠気も覚め、何だか身体が段々と覚醒していくのを肌で感じる。力の解放ってこういうことなのかなと思ったりもする。
広瀬の置き土産というところか。
あの時を思い出すとまだざわつく感があるが、逍遥も聖人さんもその後何も言ってないところを見ると、数馬の言うとおり魔法は成功したんだろう。
何より、南園さんが俺を俺と認めてくれた。
あのときはまるで別人の顔だったと言いながら、目から一筋の涙を流してくれた南園さん。本当に心配を掛けた。
俺は数馬と食堂に行くために制服に着替えた。
なぜ、このホテルが今回の大会で使用されたのかわかる様な気がする。
ここは日本にしては珍しい、インターホン付きで画像が内側から確認できるシステムを採用していたのだ。
全日本のときはこういうホテルじゃなかったし、Gリーグの時は、俺と逍遥はエントリーを自ら外したから、試合中の宿舎=ホテルには行ってない。
もしかしたら、インターホンのないホテルに宿泊した外国人生徒たちから不満が続出したのかもしれない。そういったことを含めてGリーグにおける対外国人への環境が問題視され、今回の大会ではインターホンと画像付きのホテルになったのかも。
俺はリアル世界におけるホテル宿泊さえ記憶にないほどだから(中学の修学旅行は除くよ)日本のホテル事情はよくわからない。
全日本と薔薇6でのホテルはインターホンなし画像なしのホテルだったというだけだ。
でも幽霊騒ぎのあとアメリカ大会に行って、俺は画像付きのホテル推進派に変わった。
幽霊騒ぎなんて、あんな思いだけは二度としたくない。
制服に着替えようとしていたのに、外国のホテル事情を考え手が止まる。
アメリカ大会で宿泊したホテルはセキュリティのしっかりしたところだったろうに、リュカはどこで禁止薬物を飲まされたというのだろう。
まさかドリンクもらってすぐに飲んだわけじゃあるまい。
風邪薬の成分が見つかったらしいから、風邪気味のところを狙われたか。
いずれ、スポーツ調停委員会に申し立てたとしても証拠の列挙は難しいだろう。良くて今シーズンの大会出場取り消し、もっと悪い材料があれば2~3年の出場取り消しになり高校退学に追い込まれるかもしれない。
国分くんがそうだったように・・・。
そこまで考えて、俺は手が止っていることに気が付いた。
だいぶ数馬を待たせている。これ以上待たせるわけにはいかない。
最後に鏡を見ながらネクタイを締めて、俺は部屋を飛び出し数馬の部屋に急ぐ。同じ階なので走るような真似もどうかなと。
数馬の部屋のインターホンを押すとすぐに数馬は出てきた。もう、とうの昔に着替え終えていたんだろう。
ゴメン。
「遅れてごめん。飯食いに行こう」
「いや、今着替え終えたところだから。気にしないで」
いや、ちょっと怒り気味に小さな声で言うその言葉で、ずっと待ってたのがわかるよ、俺には。
なんというか、本人は気を遣っての言葉なんだろうけど、最後の気にしないで、がね。
別に気にしろと言ってないにしても、事実は違うよ?と言ってるように感じられる。
そういうことって、ない?
でもま、これが数馬本来の性格で、明るいけどちょっぴり神経質なんだろう。時間に正確でないと嫌な性格。
でもって、嘘や演技が下手。演技したつもりが嫌味に聞こえる損な性格だ。
広瀬のときは大人っぽかったから全然感じなかったけど、本質的に数馬はある意味、自分に正直ときている。
俺も今度から時間には気を付けないと。
たぶん、今までは広瀬が覆いかぶさっていたためにある種鷹揚な部分もあったのかもしれない。往々にして、人はそれを大雑把と呼ぶのだが。
試合を翌日に控えた晩飯。
食堂に向かいながら、俺は何を食おうか本気で思案していて、隣にいる数馬と言葉も交わさずに黙々と歩いていく。
俺としては腹八分目以下にしておきたい。
朝になって身体が重く感じられるのは勘弁してほしい。
食堂に入ったとき、ようやくその旨を数馬に伝えた。
敢えて和食を選ばずイギリスパンとコーンスープとトマトサラダに・・・もう、メインディッシュを選ぶのが面倒で席に着こうとすると、数馬が白身魚のフライを皿に取り俺のトレイに加えた。
ありがたき。
2人とも会話も少なく時間をかけず食事を終わらせ、食堂を後にする。何というか、イメージを膨らませるには会話で頭を使わないほうがいいだろう、という数馬のアドバイスと、俺自身、ある意味必要な部分の緊張を残しておきたかったからだ。
逍遥と聖人さんは食堂には現れなかった。俺たちがいくらか早めに食堂に入ったんだと思う。
数馬は学年こそ1年とはいえ実年齢は俺より年上なんだが、時間にルーズにさえしなければ明るくてとても頼れる良い奴だ。奴なんて呼び方すること自体失礼なんだけど、本人はそれで構わないと言うのでそうすることにした。
そういう部分では結構気さくな数馬。
その辺が、なんとなく聖人さんとダブる。
数馬は呼び捨てに出来るのにどうして聖人さんは呼び捨てに出来ないんだろうとか、考えても仕方のないことを頭の中でぐるぐる回しながらホテルの廊下を歩いていたら、廊下の向こうから逍遥と聖人さんが歩いてくるのに出くわした。
さて、数馬はどんな反応をするんだろう。
「やあ、聖人さん、四月一日くん。これから食事?」
数馬の問いに対し、向こうは聖人さんが反応する。
「おう。そっちは食い終わったのか」
「海斗が食欲なくてね、お蔭でこっちまで小食になっちゃいそうだ」
聖人さんの陰から逍遥が首を出す。おい、首だけお化けみたいだからやめろ、逍遥。
「数馬さん、海斗は全然食べないから指導してやってください」
珍しく、逍遥が高飛車に出ない。沢渡元会長にでさえも高飛車に出る奴なのに。
「そうなんだよねえ、僕もそれが一番の悩みだよ。何か食べさせる方法ないかな」
「たくさん皿にとって食えるだけ食わせてみたら限界が見えると思うけど」
逍遥たち3人は、俺を除け者にして輪を組んで、あーでもないこーでもないと案を出しあうが結論までは至らないようだった。
俺は右手を上げて3人の中に入り反対意見を述べる。
「自分の中のルーチンとして、食べ物残すのは嫌なんだ。昔から出されたものは全部食え、って躾けられたから、残せないんだよ。食べられる量しか皿に取らないだけ」
「躾、って君、犬じゃないんだから」
逍遥、おい、誰が犬だ。
逍遥の言葉に、大いに気を悪くして俺が押し黙っていると、聖人さんがふっと口元に笑みを湛えながら数馬の方を向く。
「じゃ、メインディッシュだけ数馬に取ってもらうのはどうだ?」
それを聞いた数馬はあからさまに、そこまでサポーターが面倒見るの?という顔をしている。今まで気が付かなかったけど、ドライな一面もあるんだな、数馬は。少しずつ自分のキャラを出してきてるのかな。
数馬の心情をすぐさま読みとったのか、サポーターの先輩として聖人さんが数馬の背中を押しながら励ます。
「俺たちはプレーヤーが試合で輝けるようにいろんな面からサポートするのが仕事だからな。試合の面倒だけみればいいってもんじゃない。俺なんて逍遥の何から何まで面倒見てるから疲れるのなんのって」
「はあ?聖人に面倒見てもらったことなんて1回もないけど」
「お前の目に見えないとこでサポートしてんだよ」
おっと、ここで聖人VS逍遥の戦闘勃発。
俺と数馬は2人から離れ、速足で、半ば逃げるように俺の部屋へと向かった。部屋の前に着くと数馬が早口で指示を出す。
「今日の風呂はぬるめの温度でゆっくりと湯船に浸かって。こういうとき日本の風呂は良い。外国じゃシャワー設備しかないところだってあるからね」
「何度くらい」
「自分がぬるめだと感じるくらいでいいから」
広瀬が中にいた時は、夕食後もマッサージしてくれた。1日6回くらいは当然のように。
今にして思えば、あれって、同化魔法を掛けるために日に何度もマッサージしてくれたんだ。
そして、何でも俺の言わんとすることを忖度して先回りして動いてくれた。最初はえらく親切だなあって思ったけど、今になってやっと、広瀬が中から数馬を動かしているんだ、ってわかったよ。
数馬は外国生活も長いし言うべきところははっきりと言う。
ただのアイドル青年でもなければ根っから親切な天使様でもない。さっきのようにドライな一面も見せる。
だから、たまに俺はどうしていいかわからない時がある。
「?」という顔をしても数馬には通じない。
俺も言いたいことははっきりと言わないと、数馬とはやっていけない。「察してくれ」じゃ通じないんだよね。
亜里沙や明なら「察してくれ」とひと言いえば察してくれるけど、そこには12年間もの時の流れがある訳で。
「了解。明日のスケジュールは?」
「朝の6時半、君の部屋に迎えにくるから。そして30分、マッサージとストレッチ。終了後はシャワー浴びて朝食、ここを出るのは8時半かな」
「わかった」
「寝るときはイメージ記憶を優先しないように。イメージ記憶を呼び覚ますのは朝起きてからでも十分待にあう」
「俺、夜寝れない時は色々考えちゃうからなあ」
「ホットミルクをフロントに頼めばいい」
アメリカ大会だったかな、英語がしゃべれないので逍遥と聖人さんに馬鹿にされたことを思いだし、俺はふふっ、と口角を上げた。
「前にも逍遥たちに言われたことある」
「眠れただろ?」
「いや、頼まなかった」
「どうして」
「英語がしゃべれないから。リスニングだけなら何とかなるけど」
「トライしないと。身振り手振りで話せば相手も分かってくれようとするものさ」
「電話じゃ無理だよ」
「ホットミルク、部屋番号、それだけで充分だと思うけど」
何か国語も操るその裏側では、相当な努力もあったと思う。
一朝一夕にして10か国語マスターはならず。
俺は外国人に話しかけられると、意味はある程度分るから、相手が怒っていない限りはにこにこと笑って誤魔化していた。
それじゃ前には進まないんだよなあ。
「了解。眠れないときはフロントに電話するから」
「じゃ、明日の朝、ここで。すぐマッサージに入れるよう、ジャージのままでいい。くれぐれも、寝過ごさないでくれ」
「うっ・・・お休み、数馬」
最後、強烈なパンチを繰り出すのは前の数馬にはなかったこと。今は気さくに接してくれるけど、時間にルーズなのは余程いやと見える。
明るくて気さくで、それでいてちょいと神経質ではっきりしてて。
あの大人っぽい数馬は何処に行った。と、前の数馬は広瀬だったことを思い出す。
早く今の数馬に慣れなくちゃいけない。
怒らせたら明より怖いような気がするから。
数馬と別れ自分の部屋に入った俺は、言われた通りに自分がぬるめだと感じる温度の風呂に普段より時間をかけて長く入り、風呂から上がるとジャージに着替えて、冷蔵庫を漁る。
そして、まず冷たいドリンクを手にすると徐に口に含んだ。
おー、喉から食道へと、じわじわとしみゆくこの感じ。
風呂に浸かった身体の内側から、キンキンに冷えたドリンクが体中に広がっていく。
またやりたーい。
でも、何度も風呂に浸かって長風呂し過ぎるとのぼせてぐでんぐでんになりそうなので、今晩は控えることにした。なんたって、明日は試合だもん。
それにしても、ぬるめの風呂って何度ぐらいを指すんだろう。
38℃くらいの風呂に浸かってたけど、ぬるめなのか?俺には熱く感じなかったから・・・。
その辺、はっきり教えてくれればいいのに。
自分にとってぬるめの、と言われても今一つピンとこない。
数馬は自分で考えさせるタイプなんだ、きっと。
聖人さんや広瀬のように先回りしてすべて受け止めるタイプでは無いように思う。広瀬の場合は、邪道な目的が第一だったから俺に優しくしただけなんだが。
聖人さんは誰でも受け止めてしまう、あの逍遥でさえも。
数馬と逍遥はタイプが似すぎてて一緒に組んだらはじけ飛んでしまう感じ。絢人とはまた違った意味で、バディになりきれない。
俺は逍遥とウマが合うくらいだから数馬とも大丈夫だと思う。そうだよ、ありゃ逍遥を思い起こさせるんだ。サポーター版逍遥といった風情で。
くくく、と1人で不気味とも取れる笑いをかましながら、いつの間にか俺はつかの間の眠りに就いた。




