魔法W杯 全日本編 第9章
弥皇部長からの大会概要の説明が終わり、次に、三枝副会長から競技種目に関する説明を受ける。
その前に、1年生5人はグループを作り、弥皇部長も混じって、誰がどの種目に挑戦するか策戦を練った。
結果、俺は4種目に出場決定とあいなった。
国分くんや瀬戸さんは、まだ話をしたことがないので少々近づき難かった。
でも大会前までにはきちんとコミュニケーションをとっておかなくては。
なんとはなしに、やる気になってる俺。
自分には不向きだと思っていた魔法の世界。運動神経マイナスの俺。この二つが微妙に絡み合う不思議な感情が俺を支配しつつある。
出場科目も決まり、1年生は、三枝副会長の綺麗な声に耳を傾けた。
マジックガンショットは、射撃に似た競技。
拳銃型のデバイスに魔法力を注入し、何カ所かから自分を襲う魔法陣の中、100個のレギュラー魔法陣を全て撃ち落とせばオールクリア。
ただし、似たような形のイレギュラー魔法陣も出てきて、そっちは射撃者を攻撃してくる、らしい。レギュラー魔法陣も同じように攻撃してくるのか、その辺は練習を行ってみてのお楽しみだと言われた。
え・・・そんな大雑把な説明ってありですか・・・。
俺は食い下がりたかったんだが、周りはもうこの競技に関しては周知いるらしく、質問も出ないし誰も俺の方を見て確認しようともしない。
俺もなんとなく聞きづらくなってしまって。
練習が始まってみればわかることだろうといつものように甘い考えで終わってしまった。
とにかく、早くレギュラー魔法陣を見つけだし撃ち落とせるかがこの競技のポイント。
マジックガンショット用の拳銃型デバイス(ショットガンというらしい)は、2つまで所持可能とのことだった。デバイスに不調があった場合に取り換えるのか、両手打ちしてもいいのかな。
俺は両手打ちなんて高度な技を出せるわけがないので黙っていた。
この競技は遮蔽物のない場所(=グラウンド)で行われる。
俺と南園さん、四月一日くんが出ることになった。
ロストラビリンスは、迷路に各校から3人がチャレンジする競技。
複数人が時間差でに迷路に入る。出口を探すために魔法を使えるが、飛行魔法は使えない。他選手との協力も可だが、その場合、与えられる点数は半分になる。
ポイントは、迷路の壁の向こうを透視できるための技術。
これなら俺の運動神経は関係なしで迷わないかは別として、魔法競技の中では俺向きということで出場決定。南園さんと、瀬戸さんも出るようだ。
デッドクライミング。
この世界で行われるのは、現代にも実際あるスポーツクライミングを模した競技といえる。
手と足でほとんど地面に直角のボードを昇っていくんだが、ただでさえ難しいのに、互いに相手の人工物を消し、自分のホールドを楽なところに出現させるというなかなかハードなルールがある。
この競技は俺に不向きとされ、出なくて済むようだ。ここではサブ=補欠も何も、エントリーすらなかった。
女子は早いよね、デッドライミング。
男子用と女子用は別の壁が設けられており、記録によって勝敗が決まる。
ここには、国分くん、南園さん、瀬戸さんが出場。
アシストボールは、ハンドボール+サッカー風の競技。
複数人で魔法を使いながらゴールポストを狙う。GKは魔法の盾でボールをかわすことができる。手も足もOKで、3秒ルールや3歩ステップルールはない。どちらかといえば、サッカーに近いルールなのだろうが、オフサイドのルールは適用されない。
戦術としてはオフサイドルールがあった方が考えやすいのだろうが、オフサイドがないとなると、GKとの1対1対決が待ち受けている。
プラチナチェイス同様ひたすら動き回る競技なので、持久力がないと酸欠になる。
この競技は俺に不向きとされ、出なくていいといわれた。とはいえ、サブ=補欠だ。
四月一日くんがFW。国分くんがDF、瀬戸さんがMF。南園さんがGKを務める。
ラナウェイは、基本的に拳銃型のデバイスを用いてゲリラ戦のように行う競技。
相手を見つけて魔法を放ち相手を全員倒したチームの勝利。
直接相手に向けるため、強い魔法は使えない。
グラウンドのような遮蔽物のない場所では行わない。
飛行魔法を使った上からの攻撃は認められない。
ここには、四月一日くんと国分くん、俺が出場する。
プラチナチェイスは、魔法をかけたプラチナのボールを追いかけ奪取する競技。
1学年5人全員が競技に出場する。
2チーム対抗で試合は進む。全員が飛行魔法を使い、ボールを手中に収めたチームの勝ち。
全員で作戦を練り、配列を組み全体で追いかけることがポイントなのだという。
これは出たくはないものの、全員参加種目とのことで俺もしぶしぶ参加決定。
魔法W杯全日本高校選手権では、47都道府県の高校1年生が出場するため、一堂に会しての競技には無理がある。
そのため、昨年の実績により、シード校が8チーム決められる。
今年度については、あらかじめ予選会が行われるとか。
予選会を乗り切ったチーム8校が出場し、合計16チームで競技が行われるのだそうだ。
ほとんどの競技は、30分1本勝負。
マジックガンショットとデッドクライミングは速さを競う競技なので延長戦もない。
30分で勝負がつかない場合、ロストラビリンスとラナウェイは引き分けになる。
アシストボールは休息10分15分の延長戦の後、PK戦になる。
プラチナチェイスは、休憩5分で10分ずつ、エンドレスの延長戦が続く。6種類の競技の中では一番過酷な競技とも言える。新人戦は休憩5分で5分ずつの延長戦。
紅薔薇高校はシード校なので、全ての競技においてベスト16からの出場となる。
**********************
読者のみなさんに伝えるのを忘れていた気もするが、デバイスというのは、電子回路を構成する基本的な素子と考えられており、この世界では魔法力を注入することで使用可能になる。
デバイスには色々な形状があり、拳銃型やバングル型など多岐に渡る。形状ごとに用途が違う。
**********************
俺みたいなヒヨッコは、デバイスに注入できる魔法力が少ないため、時間の長くかかる競技には出場することができない。途中で息切れしてしまう可能性が高いからだ。
でも、プラチナチェイスは全員参加ゆえにデバイスを複数持ちすることで出場しなくてはならない。
本当なら出たくはないが、こればかりは、いまさら文句も言えないのだった。
ラナウェイと聞いて、あの卵事件を思い出した。
「ちょっといいですか」
皆に向かって手を上げる。
「授業の時、十字を切ったら卵みたいな硬い殻に入って抜けられなくなったんですが、どうしたら解除できるのですか?」
その言葉を聞いて、国分くんと瀬戸さんが笑い出した。弥皇部長と四月一日くん、南園さんは笑っていなかった。
「そりゃ君、魔法じゃなくて夢じゃないの?」
「そうそう、樹の下に隠れて、安心して眠ったんじゃない?」
俺は顔と耳たぶが熱を帯び、真っ赤になったのを感じた。
夢のことを皆に話すなんて、なんてカッコ悪いんだろう。
「そういえば亜里沙には見えてたようだし、やっぱり夢だったのかな」
少し間をおいて、弥皇部長が俺の肩を叩く。
「君の魔法力はどんどん進化しているね」
南園さんも驚いたという顔をしながら笑みを浮かべうなずいた。
「来たばかりなのに、もうそこまで」
四月一日くんは立ち上がると、俺から少し離れて、人さし指に力をいれて前後左右に切った。
すると、四月一日くんの身体が見事に消えていくではないか!
夢と断罪した他の2人はとても驚いていた。
やっぱり、悪い夢ではなかったらしい。
「四月一日くん、どうやれば解除できるの」
ふふふ、と少々な不気味な声と笑顔とは言い難い冷めた表情を浮かべる四月一日くん。どうやら、国分くんと瀬戸さんの目を覚ましてやりたい、という心理が働いたと見える。
「指を切った反対順に、もう一度切れば解けるよ」
国分くんも瀬戸さんも感嘆の言葉を洩らした。
「え?そうなの?」
「本当だったのね、ごめん、八朔くん。信じてあげなくて」
四月一日くんは、今度はさばさばとした表情になった。皆が信じてくれたからだろう。
「試す考えはなかっただろうからね。同じ方向に切ると、ますます殻が厚くなるんだ」
俺は腹の中で「ほら見ろー」と2人に言葉を投げかける。
助かった~。
たぶん、無我夢中で指を切り、自分で解除したから亜里沙が見つけてくれたのだと思う。
安心したところで、もうここに用はないんだろうと思い、帰り支度を始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
「八朔、待て」
南園さんの声が早いか、沢渡会長の声が早いか、とにかく俺は生徒会室の中に留め置かれることになってしまった。
「はい?なんでしょうか」
沢渡会長が咳払いをして、他の生徒を部屋から閉め出した。中に残ったのは、俺と会長だけ。
どうしたんだろう。
何を言われるんだろう。
「お前はすべての試合形式を知らない。寮にパソコンはあるか」
「いえ、持ってないです」
「モニターとDVDプレイヤーは?」
「残念ながらそちらもありません」
「では、これから大会期間中も、生徒会室のパソコンで種目別の映像を観ておけ。参考になるし、何かわからないことがでてくるはずだ」
「は?」
「お前には薔薇6対抗戦やGPSにもエントリーしてもらうことになると思う」
「はあ?」
なに、それ。
何も聞いてないよ?
薔薇6対抗戦?GPS?
エントリー?
ここで俺の脳ミソはぐるぐると回りだす。
紅薔薇高校は、1学年だけで約100人。全部合わせて300人弱もいるのに、なぜに俺がその任を享受されなければならんのだ。
サラリーマンのヒヨッコが、上司に「じゃ、これもお願い♪」なんて都合よく仕事押し付けられてる感、満載。
「あの、会長、よろしいですか」
「なんだ」
「なぜ僕が出るのですか。総勢300人からなるこの高校です、もっと実力のある人が沢山いると思うのですが」
「そうだなあ」
「たとえば、さっきの四月一日さんなどは、僕より遥かに上を行っています。でるなら彼のような人物が・・・」
「薔薇6対抗戦は8月の夏休みに行われる姉妹校の対抗戦。GPSは、冬季に世界各地で予選が行われたあと、12月に本選が行われる」
「それで・・・」
「四月一日は既にすべてにエントリーしてある。我が高1年のエースだからな。2年、3年からも数名エントリーしている。薔薇6対抗戦の最終エントリーはまだだが、全日本が終わったら正式なエントリーを出す」
「おかしいとお感じにならないのですか、異世界転移など」
「そうか?もし君の魔法がもっと順調に伸びるようなら、定期戦へのエントリーも可能だ」
俺は思わず普段語になる。
「おかしいでしょ、その流れ」
「ま、とにかくこちらにいる間はこちらの世界を楽しめ」
そういうと、沢渡会長はこの話題を避けたようで、別の話題に変えられた。
残された俺は、言うことを聞くしかない、らしい。
それで授業が終わったら、ここに毎日通えというわけね。部屋に帰っても何もするわけじゃないから、それは構わないけど。
入間川副会長だけしかいなかったらどうしようか。
ピーン。
調子が悪いので、と言い訳してから帰ればいいや。
あ、俺はデバイスとやらを持っていない。
学内に在庫なんてあるんだろうか。
引き返そうとすると、ちょうど沢渡会長が部屋を出るところだった。
「あの、沢渡会長。僕はデバイスをひとつも持っていないのですが、学内のものをお借りできるんでしょうか」
「それについては、鋭意作成中だ。少し待て」
「はい・・・?」
誰が作るんだ?教師か?技術会社が提携でもしているのか?
ま、いいや。そのうち自分専用のデバイスが届くのだろう。
取り敢えず、薔薇6対抗戦やGPSはまだ先のこととして、俺は全日本高校選手権用にDVDやらHDDに入っている競技を観ることになったのだった。
と、異世界はおかしいと言いながら、魔法鍛錬に余念のない俺。
どうしてなのか、自分でもその理由をつかみ損ねていた。
リアル世界では、余りにも目立たなくて、みんなの輪にも入っていけなくて。
たぶん俺は、目立ちたいわけじゃなく、みんなの輪に入っていきたいだけなんだと思う。
親友と呼べる友が欲しかっただけなんだと思う。
幼馴染の亜里沙や明は別として。
ここにいれば、リアル世界じゃないから親友など要らなくて、目立ちたいだけ目立っても誰も何も言わない。誰かが何かを言ったとしても、さっきみたいにブーメランで相手に返るだけ。
面白そうじゃないか。
こちらの世界では、俺は魔法を使えるらしい。
そして、“こちらにいる間はこちらの世界を楽しめ”という沢渡会長の言葉。
存分に自分の持てる力を発揮したときの俺がどうなるのか、見てみたい衝動に駆られるのは確かだ。