GPS-GPF編 第9章 日本大会 第2幕
公欠扱いで寮に缶詰めになって2日目。
俺は昼寝をしていて、不思議な夢を見た。
いつものように数馬が隣にいて、俺の身体をマッサージしてくれていた。
肩甲骨を中心に、最初は仰向けで、次にうつ伏せになりコリを解していく。うつ伏せになり俺が寝息を立てた時だった。
数馬が寝息を立てている俺を確認して、俺の身体に向けて呪文のようなものを唱え、背中、足腰、腕、首と順々にマッサージの要領で身体を触ったあと右手を丁寧に翳していた。
俺は空中の天井辺りから自分を見ているような感覚に捉われていて、その行いがとても不思議に感じられた。
夢の中の俺は魂が空中に、身体はベッドの上と分れていた。
目を覚ました俺が何事かと聞くと、「君の身体は僕の一部、僕の魂は君の一部」という答えが返ってきた。
俺は思わず「同化していくのか」と聞くと数馬は「そう、君と僕はひとつになるんだ」そう言った。
そして俺はまた眠りに就き身体と魂が2分され、俺と数馬の2人が1つになる瞬間までそれは続き、俺の魂は行き場を失って闇に消えた。
次の日も、昼にうたた寝していると同じ夢を見た。
数馬は優しく俺の身体をマッサージしながら手を翳していた。
「君の身体は僕の一部、僕の魂は君の一部」と繰り返し、「君と僕はひとつになる」と結び、俺の魂は行き場を失って闇に消えていく。
その翌日も同じ夢を見て、俺の魂は結局、闇に葬り去られた。
どうして3日間も続けて同じ夢ばかりみるのか誰かに相談したかったが、もう、逍遥たちとはあんな別れ方したあとだし、今さら謝って話をする気もない。
それよりも、数馬に会ってこのところ見る夢の内容を聞いてみたい気持ちに駆られた。
本当に数馬はそう思っているのか、ただ単なる夢なのか。
でも、所詮は俺の夢。
数馬が関係しているはずもない。
それにしても、どうして俺は同じ夢ばかりみるのか。
そして、数馬が俺を訪ねてこない理由は何なのか。
もしか、逍遥たちが数馬に何らかの手出しをしているとしたら・・・。
いや、逍遥はまだしも、聖人さんがいる限りそれはないだろう。
聖人さんは冷静に物事を判断できる人だ、すぐに手は出さないはず。
それよりも心配なのは亜里沙と明だ。
亜里沙は沸騰しやすいから、今回の件に関して情報が伝わったら、数馬に対し何らかの暴力を働くかもしれない。逍遥にでさえあんな暴力振るったくらいだ。
俺は公欠ではあったが、別に伝染病にかかっているわけではないので、学校に行って生徒会で数馬の居住地を聞きに行こうと決心した。生徒会にはサトルがいるかもしれないけど、譲司か南園さんに聞けばいい。
なるべくならサトルとは口を利きたくない。
俺は制服に着替え外に出た。
もう、銀杏の樹から葉が落ちてきて、歩道は実で物凄い臭いを放っている。ああ、樹にもオスとメスがあるんだなと空を見上げながら銀杏の実を探す。
これが全部下に落ちたら、冬がやってくるのか。
銀杏の実を踏まないように気を付けて歩きながら、俺は学校までの5分を楽しんだ。
同化。
俺は夢に出てきた同化という言葉がとても気になっていた。
帰りに図書館に回って、魔法大全でも読んでみようか。聖人さんから借りたやつはとうの昔に返していたから。
生徒会室に行くと、運悪くサトルしか部屋にいなかった。
「おう」
俺はバツが悪くなって一言だけ声を掛ける。
サトルは俺の顔を見て、胸ポケットの名札を見て、すごく驚いたような顔をした。
「海斗?」
そして、俺の左腕を引っ張ったかと思うと、勢いよく部屋を飛び出し生徒会室の脇にあるトイレに入っていく。
俺とサトルはトイレに篭った。
「海斗だよね、君。自分の顔見てきた?」
失礼だな。顔くらい洗って鏡くらい見るよ。
俺は余裕のあるふりをして答える。
「ああ、別に変わりないけど」
サトルがOH MY GOD!と叫んでいる。
「なんてこった」
サトルはそのまま目を瞑り誰かと離話していた。
そしてトイレの鏡に右手を翳し、俺に鏡の前に立つよう命令した。
「ほら、自分で顔見てごらんよ」
俺を鏡の前に無理矢理立たせる。
はて、サトルが何を言いたいのか、俺には把握できかねた。そこに映っているのは紛れもなく俺だったから。
「何も変わりないよ、サトル、何言ってんの」
サトルは恐怖に顔を引き攣らせ、わなわなと震えだした。
「海斗!本当に変わりなく見えてるの?自分が?」
「どこも変わりないさ」
「ちゃんと見て!本当に変わりない?」
「何度も言わせんなよ」
そのうちに、バタバタと廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。
男子トイレに入ってきたのは、逍遥と聖人さん、そして亜里沙と南園さんに譲司。
南園さんを男子トイレに入らせるわけにもいかないので、俺は一旦廊下に出た。
「おはよう、南園さん」
「・・・失礼ですが、どちら様ですか・・・?」
え?
俺だよ、南園さん、わかんないの?
離話で話しかける。
「八朔、さん?」
南園さんは驚いたように目を見開き、まるで幽霊かお化けでも見たかのように何が何だかわからないといった表情を見せた後、気を失ってバタリと廊下に倒れ込んだ。
亜里沙が周りの男子に声掛けし、譲司によって南園さんは医務室に運ばれる。
俺たちはまた男子トイレに入った。事を大きくしたくないから。
皆が俺の顔を見てもう一度、目を疑ったかのように黙り込み、沈黙する。
沈黙が何秒続いたのだろう。俺には長く感じられたが。
沈黙を破ったのは亜里沙の低い声だった。
「あんた、目をやられたのね」
久しぶりに会う幼馴染に、突然目をやられたのねと言われても、何のことやら俺にはわからない。
「何言ってんだよ、亜里沙まで」
「これはあたしじゃどうにもならない」
「何が」
「あんた、同化魔法かけられたのよ。誰かに」
「なに、それ」
亜里沙は、俺の前に立ち説明を始めた。
「いい?海斗。同化魔法って言うのはね、何回も何回も相手に魔法をかけ続け、少しずつ相手の身体を乗っ取る魔法なの。そして相手の精神を啄みそこに自己の精神を巣食わせるのよ。防御魔法や破邪魔法、自己修復魔法も他者修復魔法も効かないわ」
「で?それが俺に何の関係があんのさ」
「最初に言ったでしょ、誰かに同化魔法かけられた、って」
「なんでそんなのわかるわけ」
「あんたは今、元々の八朔海斗の顔じゃないわ。それにも気付かないということは、目を乗っ取られて今に至ってんのよ」
「誰がかけたっていうんだ?これも数馬のせいか?」
「あんた、大前数馬の前で意識失ったことあるでしょ、意識消失というより、寝てたっていったらいいか」
「まあ、マッサージしてもらうと気持ち良くて寝てたことはあるけど」
「その時に同化魔法かけようと思えばかけられたはずよ。昔話とかしながらマッサージしたでしょ」
「ああ、リアル世界のことな。聞きたがるから喋ったよ」
「あんたの過去をも全て把握したうえで自分とあんたの間に隙間なく、周到なまでに同化魔法をかけていた、って考えるのが妥当でしょうね」
数馬のことを悪く言われ俺はまた沸騰しかけたが、自分も3日間同じ夢を見ていたことをやっと思い出した。
それまで周りで皆が騒ぐから忘れていた。
「そういえば、3日間同じ夢見たよ」
俺は夢の内容を皆に話した。
『君の身体は僕の一部、僕の魂は君の一部』という数馬の声。
『同化していくのか』との質問に『そう、君と僕はひとつになるんだ』との答え。
そして俺はまた眠りに就き身体と魂が2分され、俺と数馬の2人が1つになる瞬間までそれは続き、俺の魂は行き場を失って闇に消える、というストーリー。
夢で「同化していくのか」と数馬に聞いたシーンがやけに印象的で。
亜里沙は、いつものごとく苦々しげな表情に変わったかと思うと、頭を抱えだした。
「聖人さん。これってそういうことよね」
「そういうことだな」
「どうすれば魔法を止めさせられるかな」
「もう止めて逃げてる可能性はある」
「でなきゃ、海斗の身体に張りついてるとか」
「そっちの可能性もなくはない」
「まずいでしょ、かなりまずい」
亜里沙はかなり焦っている。
俺は亜里沙がこんなに焦っているのを、12年の幼馴染生活の中でも見たことがない。
「でもほら、俺はちゃんとお前たちのことは認識してるぞ」
「それは脳に同化魔法かけてないからで、徐々に蝕まれるわ。てか、今はまだあんたからこっちが見えるようになってないと可笑しいでしょ」
逍遥が聖人さんに食って掛かる。
「聖人、魔法大全に乗ってないの?同化魔法の解除魔法」
「ない」
「じゃあこのまま数馬になるのを見てないといけないの?」
「とどのつまり、そういうことになる」
サトルは蹲ってわあっと泣きだし、逍遥も腰に手を当て上を見ている。どうやら涙を隠そうとしているらしい。
聖人さんと亜里沙は、どこかに離話していた。
しばらくすると、沢渡元会長がトイレに入ってきた。
いや、あの・・・このトイレ使いたくても使えない状況だと思うんですが・・・。
「廊下に出て話しませんか」
俺の声を受け、亜里沙が沢渡元会長を迎えた後に皆を廊下に出し、話を復活させた。
「沢渡くん、大前の身体検査、したはずよね」
「はい、特に問題はありませんでした。どうしたんですか」
「海斗に同化魔法かけやがったのよ」
沢渡元会長は顔面蒼白になり、亜里沙に向かってすぐに頭を下げた。
「申し訳ありません、こちらの不手際で」
亜里沙はもういいというように沢渡元会長の肩に手を置いた。
「あなた方のせいじゃないのは知ってる。だから頭を上げて」
聖人さんが思い出したように沢渡元会長に問いただした。
「ところで、身体検査した大前は、英語を話せたか?」
「もちろん。全部で10か国語くらい話せたと記憶してる。特に英語はネイティブ同様に話していた」
「やっぱりな」
聖人さんの言葉に、皆が黙って目線を送る。
「ロシアとフランスでの大前は英語が話せなかった。まるっきりな」
気持ちが落ち着いてきたのだろう、涙をこらえていた逍遥が聖人さんに尋ねた。
「ってことは」
「大前自身も誰かに同化魔法をかけられた可能性がある」
「まさか」
「俺たちは大前の元々の顔を誰一人として知らない。知ってるのは今の顔だけだ。沢渡会長もそうだろ?」
「魔法科ではなかったから一度面接の時にみたくらいだ。恥ずかしながら、もう忘れているほどだ」
「黒幕がいるんだ。どうやって大前の前に現れ同化魔法をかけたのかはわからない。でも、最終的に海斗を狙ったものに間違いないだろう」
以前数馬が不思議な行動をとったことを今、俺は思い出した。
「そういえば、前に聖人さんのことを“聖人”って呼び捨てにしたり、何かの時に舌打ちしてたことがあったよ。緊張するから、って聖人さんたちには近づかなかったのに」
「そうか。俺には近づきたくない、か」
「でもまさか、あの数馬にそんな高等魔法の能力なんてないよ、一回も魔法使ったの見たこと無いよ」
「同化していることを本人に気付かせないのが同化魔法の極意だ。たぶん今回は大前の精神がまだ生きてて、海斗にSOSシグナルを送ったんだろう。海斗自身に起こってる事を知らせるために。それが夢、という形に変化したのかもしれない」
「ただの夢じゃなくて?」
聖人さんは俺のいうことなど耳に入っていないかのように続けた。
「海斗は、今はまだ脳ミソまで同化していない。だが確実に破滅の道に踏み込んでいる。俺たちにはどうしようもない道にな」
サトルがまた肩を震わせて泣きだした。
俺が俺でなくなる、らしいことがそんなに悲しかったのか。
逍遥もいつもの冷静さ冷酷さはどこへやら、今度はしゃがんで下を向き嗚咽を洩らしながらサトルと一緒に涙していた。逍遥の涙は初めて見た気がする。
俺はどうして気が付かなかったんだろう。
みんな、俺のことを心配してここにいるのに。
数馬が本当の数馬でなかった、黒幕が数馬を襲っている可能性があるらしいことも、俺は気付きもしなかった。
気付くことができた可能性はゼロではないのに。
もしかしたら俺のせいで数馬自身が襲われた可能性もあるのに。
そんなこと全然考えもしないで、皆のことを遠ざけようとしていた。
なんて不甲斐ない。
本当に、不甲斐ない。
「俺、最後まで戦ってみるよ、この相手と。でも、もし俺が100%同化されてしまったら、もう俺を消し去って。俺という存在を壊してもいいから」
沢渡元会長が俺を励ましてくれた。
「お前が踏ん張らないでどうする。相手が誰であったとしても、お前がお前である限り、100%同化はできないはず。今から魔法部隊とも連携して同化魔法への対抗魔法を探し出すから、お前は絶対に諦めるな。いいな、八朔」
「ありがとうございます、沢渡会長」
「俺はもう会長ではないぞ」
笑いながら、沢渡元会長は亜里沙と一緒に速足で校舎内に消えた。
サトルは泣き崩れてしまい、今日は何もできそうにない。
逍遥も冷静さを失っている以上、今日はこのまま寮で休んだ方が良さそうに見えた。
ただ一人、聖人さんだけはいつも以上に研ぎ澄まされ、事の次第を、本質を見極めようとしていた。本当に魔法部隊の大佐だっただけのことはある。
「どうする、寮に帰るか」
「いや、授業が終わるまではここにいるよ。寮で1人だと色々考えるから」
「じゃあ、みんなで図書館に行くか」
サトルも逍遥も一旦泣き止んだ。図書館で泣いてるわけにはいかないし、何より、魔法大全があれば対抗魔法が見つかるかもしれない。
さっき聖人さんに「ない」って言われたばかりだけど。
聖人さんを先頭に、俺とサトル、逍遥は互いに手を繋ぎ前に進んだ。
図書館の前に着いた聖人さんは、「シッ」と唇に指を立てて俺たちを図書館に入れる。
魔法大全のある場所まで移動すると、4冊取ってバラバラに対抗魔法を調べる。
しかし、同化魔法そのものが魔法大全には載っておらず、聖人さんの言うとおりそれに対する対抗魔法を知る術はなかった。
あとは、魔法部隊からの情報を待つしかない。
本当なら逍遥も魔法部隊での情報収集に行かなければならないところ、亜里沙はわざと逍遥を外した。万が一を考え、いくらかでも逍遥を俺の傍に置いておきたかったのだろう。
図書館を出た俺たち4人は、真っ直ぐ寮に帰ることにした。
本来なら、もう練習に入るべき時期だ。逍遥は油断さえしなければ1位をキープできるとして、俺はまずい。少しでも練習した方が良いのだろうが、もう数馬は俺の前に4日も姿を現していない。
日本大会前の大事な時期であることを皆に伝えると、応援すると言ってくれた聖人さん。
俺たちは寮に着くと4人で聖人さんの部屋に入り俺は自発的にベッドに転がり、日本大会に照準を合わせるために、聖人さんが俺のストレッチとマッサージを引き受けてくれた。
俺は数馬譲りの肩甲骨ストレッチを聖人さんに伝授した。
サポーターとしても優秀な聖人さんはすぐにコツを掴んだようで、逍遥やサトルにも試している。あとは姿勢を見直しイメージ記憶による練習を積み重ねるしかあるまい。
何でも数馬任せだった俺は、練習用ソフトさえも手元に持っていなかったから。
自国開催の利があると安心した日本大会だったが、一番の試練が俺を襲っているように感じられてしまう。
「メニエール症候群が最後の砦かもな」
聖人さんの言葉に、皆が注目する。
「海斗のメニエール症候群は、海斗自身が同化魔法を身体に入れたくないというバリアのようなものじゃないかと。3度の夢は、本当の大前の、自分が同化されていることへの反発や哀しみを海斗に伝えようとしていたのかもしれない」
そういえば、病院で思い出した、数馬はフランスでも日本でも、何故俺が体調を崩した時、一緒に付いて来なかったんだろう。
もしかしたら、メニエール症候群が、同化を阻む俺の身体反発だと知っていたのか。
さもなくば診察で同化魔法と分られるのが嫌で病院自体を避けた可能性がないでもない。
本来、数馬はサポーターという仕事柄、俺と一緒に病院に付いて来てどういう診察結果になるか聞きたかったはずだ。それなのに付いてこないのはちょっと変だし、サトルのいうとおり各大会の練習前に病院にいくようスケジュール調整してまで病院に行っただろう。
俺の顔が変わっているのは自分では気が付かないとしても、皆が言うことが真実なのだと、やっと認めることができた俺。
涙で顔を腫らしたサトルが聖人さんの考えに賛同する意を見せた。
「聖人さんの言うとおりだ。たぶん、大前数馬は何者かによって同化魔法を発動された。でも、大前の顔は誰も知らなかったし、別にそのままでも差し支えなかったんだろうね。その方が黒幕にとっては動きやすかったのかもしれないし」
俺は意味を理解しかねた。
「てことは?」
「大前に掛けられてると思われる同化魔法は、海斗のと違ってある意味中途半端、ってこと」
サトルの言葉を受けた聖人さんが椅子の背にもたれて行儀悪く座っている。
「道具に過ぎない大前の身体は、敢えて容姿を含め全部替えることはしなかったんだろう。でも、大前の身体を乗っ取ったやつの本当の狙いは海斗だった。それこそ丹念に同化魔法をかけたはずだ」
こういう時だけ、時間は早く過ぎていく。
もう夕飯の時間だった。
知らない奴が飯食ってると思われるのは心外だが、みんなでいけばどうにかなるかも。
変装するのもおかしいから、そのまま4人で食堂に行きご飯を食べる。みんなが言うように俺の顔が変わったのなら、俺はもう一人で飯は食べられないような気がする。
俺は周囲の目ばかりが気になって、その日の献立、大好きなカレーさえも味が分らなかった。




