GPS-GPF編 第9章 日本大会 第1幕
日本の羽田空港に便が着いたのが午後3時台。
飛行機を降りる頃になってようやく目眩や耳鳴り、吐き気の症状が治まってきた俺。
これなら、寮に帰って寝られる。
そう思うと、いくらか活力が戻ってきた。
空港から紅薔薇の校舎まで専用バスがお目見えし、複雑な乗り換えも無く安心した。
交通機関の乗り換えは知識も無ければ記憶もないのですぐ迷う。
空港から学校までの移動時間は、周りの広告やお店も全て日本語で書かれてて、雰囲気的にやっと祖国の地を踏んだという気になってくる。
え?高校生如きが祖国を語るなって?
今まで日本を出たことの無い俺が1か月前後外国にいたんだ、言って悪いか。
学校に着いたバスから降りたのが午後5時前後。
科が違うと別々の寮になる紅薔薇では、数馬と俺の寮も別々だった。飛行機の中で寮に住んでいることだけは聞いていたから、別々に帰ることだけは認識していた。
数馬とはバスを降りた場所で別れて、寮まではサトルに付き添ってもらうことにしたのだが、紅薔薇の専属ドクター(校医ってやつだな)がまだ学校にいる時間だったので、サトルの勧めもあり診察を受けることにした。その頃にはもう、少し眼の焦点が合わずフラフラしながらも1人で歩けていた。
逍遥と聖人さんが俺とサトルの荷物持ちで付き合ってくれて、2人は荷物をもって直ぐに寮へと戻ってくれた。
俺とサトルは、そのまま校舎に入って医務室を訪ねた。
専属ドクターは、ぽよぽよしたおじいさん先生。判断はあまり頼りにはならないが、大病院への紹介状を書いてくれると専らの噂。
俺が症状を並べ立てて診断を仰ぐと、ひと言。
「脳震盪じゃない?」
「のうしんとう?」
「頭ぶつけなかった?」
「いいえ、全然」
脳震盪ではないかとも言われたが、俺はどこにも頭をぶつけてはいない。
やはりドクターだけでは診断がつかないと言われ、大きい病院を紹介された。
明日病院にいくことをサトルと約束して2人で寮に戻り、紹介状はサトルが保管することにして、俺は自室に入ってジャージに着替えた。
久しぶりに自分のベッド。
1ケ月ぶりのマイベッドは、どこの高級ホテルのベッドよりも俺を深い眠りに誘ってくれた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝、サトルが俺の部屋に顔を出した、一緒に病院に行こうという。
数馬は生徒会の策戦会議に出席しなければならないということで、寮にも来なかったし、病院にも付いて来なかった。
逍遥と聖人さんは朝早くからどこかに出掛けてしまったようで、サトルと2人で病院に行ってくれとのメモが残されていたという。
医師の診断はフランスの病院と同じでメニエール病ではないかということだったが、試合の時は全くそのような兆候がないことを医師も疑問視していた。
俺だって不思議だよ。
ああ、試合では緊張してるから目眩起きないのかな、と言ったら、「そんな気楽な病気ではありません」と目を三角にして怒られた。
じゃあなぜ試合後から移動日だけメニエール病の症状が現れるのか。
一重に、ストレスは関係してくるかもしれないという。
でも試合前なら未だしも、試合後にストレスなんて俺としては有り得ない。
「HOW ABOUT NO!」
英語のスラングで「有り得ない」と言う意味だそうだ。
俺はスラングまではわからない。
医師は5日間の休暇を取る様俺に申し渡し、その旨を診断書に認めた。
俺とサトルは一旦寮に戻り、サトルは俺の診断書を出しに学校に、俺はそのまま5日間の休暇と相成った。
5日もすることないなんて俺としては困るのだが、それが診断ということであれば守らねばなるまい。ドクターの言うことを聞いて寮にいながら、日本大会目指してイメージトレーニングを続けることにした。
午後になると、どこかに行ってた逍遥と聖人さんが寮に戻ってきた。
俺のメニエール病らしき症状が治まったのを見て、2人とも安心したようだった。
「逍遥に聖人さんまで、いったいどこいってたの」
「内緒」
逍遥は相変わらず言い方が冷たい。
いつものことなのでスルーして聖人さんを落そうと必死に言葉を探す。
「ね、聖人さん。どこ行ってたの」
「逍遥のお父君のところに行っただけさ。これまでの大会の報告を兼ねてな」
「ふーん」
「ふーんってなんだよ」
「聖人さんは嘘が下手だからさー」
「何だよ、俺嘘なんてついてねーぞ」
「ホントはどこ行ってたの」
頭を掻きながら、深刻そうな表情を垣間見せる聖人さん。あと一歩で、落ちる。
「俺のことで何か調べに行ったんじゃないの」
聖人さんは時折逍遥の方を見ながらぐったりと項垂れた。
落ちた・・・。
「やつの身辺を洗ってたんだよ」
「やつって誰」
「大前数馬」
俺は別の意味で目眩を起こしそうになっていた。
なんで数馬がそんな仕打ちをうけなくちゃいけない。
数馬が一体なにをしたってんだ。
「もう、どうしてみんな数馬を嫌うのかわかんない。俺がよければそれでいいじゃん」
俺の言葉に鋭く逍遥が反応した。
「君は気付いてないかもしんないけど、不審なんだよ、やつは」
「やつ、って呼び方、止めてくれる?腹立つ」
「じゃあ、大前数馬」
「数馬が何で不審者になるんだよ、あんなに一生懸命に俺のサポートしてくれてるのに」
「君、自分の身体がどうなってるかわかってないんじゃない?」
「俺の身体が何。メニエール病は数馬に関係ないだろ」
「大前数馬が君のサポートについた後から君の身体の異変が始まってる。でもメニエール病ではない。メニエール病なら試合の時だけ治るはずがない」
「それでか?それだけで数馬を不審者扱いするなんて、どうかしてるのはそっちだろ」
「海斗、いい加減気付けよ。普段、君だって鏡くらいみるだろ。自分の顔や身体、よく観察するんだね」
「なんだよ逍遥、その言い方。俺が毎日何もしてないみたいじゃないか」
聖人さんが仲裁に入ったが、俺の意見に同調するはずもなく。
「海斗。俺自身、お前に魔法かけたからわかる。これは病気じゃなくて、たぶん、魔法だ」
「大佐殿が知らない魔法なんてこの世にあんの?どうあっても数馬を陥れたいわけ?」
「俺にだって知らないものはあるさ」
「ちょっと。知らないなら口出さないでくれる?」
俺の口調は段々と悪くなり、声も大きくなっていったらしい。
それこそ普段なら、聖人さんにこんな酷い台詞は吐かない。
そこに、学校から戻り俺の様子を見に来たというサトルが突然部屋に入ってきた。
「君ら、なにしてんの。大声は廊下に響きっぱなしだし、ノックの音だって聞こえてなかったでしょ」
俺はサトルに助けを求めた。
「サトル、聞いてくれよ。2人とも変なんだ、俺の調子の悪いのは数馬のせいだ、って」
サトルはサッと顔色が変わり、頬は紅潮し神妙な顔つきになった。
「2人がそういったの?」
「そうだよ」
一呼吸置くサトル。
俺は心のどこかで、サトルの父親に逍遥や聖人さんを罰して欲しいと思っていたのかもしれない。
だから、サトルが俺と同じ考えを口にするものだとばかり思っていた。
そう、俺と同じ考えを・・・。
「海斗。僕も逍遥たちの考えに近いものを持ってることは確かだ」
俺は耳を疑った。
なぜ?なぜサトルまでがそんなことを言う?
「おい、サトル。なんで君までそんな風に言うんだ?」
「考えてもごらんよ、海斗。僕は今日病院についていったけど、君がメニエール病とは思えなかった。僕らでさえそう思うんだ、大前数馬は君の体調について日頃から把握し生徒会に報告する義務があったはずだ」
「俺が具合悪くするのが試合後の移動日だけだから。みんな見てただろ、俺試合の時は調子悪くなかったよな?」
「だからこそ、だよ。大前数馬が君を病院に連れて行くべきだったんだ。なぜ彼はそうしなかった?チャンスは2回もあったのに」
「普段は練習で精一杯で行く暇なんてなかった」
「それを止めてまでも行くべきだったと思うけど。その辺はややこしい事情がありそうだね」
サトルにも俺の言い分は通らなかった。
段々俺は面倒になってきた。
俺のひとりっこの悪い気質がここで出てきた。
その昔小さい頃、自分のいうことが通らないと駄々をこねるのが昔からの俺のやり方だった。小学生も高学年になると駄々をこねることこそやめたが、代わりに貝の口のごとく口を閉ざし相手を無視する。亜里沙や明は、ちょくちょくその餌食になっていた。
今回はモロにその癖が出て、俺は口を閉ざして皆を無視する方法をとり、ゆっくりと立ち上がると皆がいるにも拘らず自分の部屋から廊下に出た。
誰も俺を追いかけてくる者はいない。
みんなで数馬の悪口で花を咲かせてるのかと思うと、無性に腹が立つ。
たまたま外出にも耐えうるジャージを着ていたので、俺はシューズボックスにあるランニング用のスニーカーを履いて、寮を出た。
何キロか走ろう。
疲れてくるうちに嫌なことを少しでも忘れよう。
あれ?疲れ?
もしかしたら、俺は疲れが溜まるとメニエール病のような症状に陥るのかもしれない。で、試合で疲れて症状が出て、移動中は症状が俺を襲い次の会場がある国に渡ったところで段々症状が無くなってくる。
これじゃないのか?メニエール病もどきの原因は。
よし、日本ならどんだけ走っても安全な国だ。
走り込み過ぎるくらいに走り込んで疲れたら、またあの目眩を経験するかも。
俺はペースを上げて、走り出した。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
何キロ走っただろう。
俺は息も絶え絶えで寮に戻り自分の部屋のドアを開けた。
当たり前だが、もう、誰もいない。
それでいいや。
数馬のことをあんな風にいうやつらとつるむなんて、まっぴら御免だ。
俺はもう、傍に数馬さえいればそれでいい。
あんなに息が切れるくらい走ったのに、目眩や耳鳴りは襲ってこない。
俺の場合、疲れがメニエールもどきの原因ではないことが実証された。
では、原因はなんだろう。
ストレス。
これは毎度毎度のことで、俺は試合の度にストレスを感じてた。
全日本から薔薇6経由してGPSに出場してるから何試合こなしたかわからない。
果たして突如として起こった目眩の原因がストレスと言い切れるかどうか。
でも、俺に考えられる症状の原因要素はこのくらいのものだった。
数馬は学校に行ってるんだろうし、俺はあと4日もこの寮にいなくてはならない。
おや?確か・・・
俺たちGPS組は、授業は公欠扱いのはず。
だから逍遥たちは朝から出かけていたし、サトルも診断書だけ出して寮に戻ってきた。
今、数馬はどこで何をしてるんだろう。ああ、生徒会に行くとかなんとか言ってたような気もするけど。
でもそれなら、俺の診察結果も聞いてるはずなんだが。
そしたら普通は俺の寮に顔出すよなあ・・・。
もう俺の体調は戻ったのだから、数馬に会って調整を続け日本大会に出なければ。
自国開催の利を生かし、今度こそ上位を狙いたいと思っているのに。
でもその日、数馬は俺の寮に現れなかった。
俺は数馬の住んでいる場所もわからず、公欠扱いの5日間は数馬の居住所を調べるために学校にすら行くこともできないため、自分でイメージトレーニングするしかなかった。




