GPS-GPF編 第9章 フランス大会 第2幕
サトルとの離話が終わったところに、ジャストなタイミングで数馬が現れた。
心配そうに数馬が尋ねる。
「調子、どう?」
「よくなったから大丈夫」
「ドクターは何だって?」
あれ?
あのとき生徒会に行くと言って数馬がいなくなってから聖人さんがリュカに頼み込んで病院紹介してもらったんだけど、よくわかったな。
俺、そのあと何か言ったんだっけ。
ま、いいや。
「断定はできないけど、メニエール病じゃないか、って」
「そりゃ大変だ、試合、棄権する?」
「もったいない。今は大丈夫だし、薔薇6の時だってぎりぎりまでやってきたんだから、出るよ」
「そう。でも試合中に目眩とか耳鳴りとか吐き気とか、そうなったらすぐに競技止めて棄権するんだよ」
「了解。でももう大丈夫だから心配要らない」
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
俺は数馬にストレッチとマッサージを頼み、俺の部屋に行くことにした。
まず最初にストレッチから始める。
「あのリュカって人、知り合いなの?」
数馬が少々不機嫌な声色ながらも不思議そうな表情で俺に尋ねた。俺が日本から出たことがない、と常々言っているからだ。
「アメリカ大会で会ったんだ。でも薬物検査で引っ掛かったらしくて自国に戻されたらしい」
「大丈夫?そんな人に紹介してもらった病院」
「本人はやってない、って。全日本の時も紅薔薇でそういうことあったんだ。禁止薬物をこっそり摂取させて追い落とす、みたいな」
「そういうことあったの?紅薔薇で」
「同じ1年だったから衝撃的な展開だったよ、俺、こっちに来たばかりの頃だったし」
「そりゃそうだよね、僕が回った国々では、少なくともそういうことは無かった」
「熾烈な争いを繰り広げる国ほど選手同士のいがみ合いもあるのかも」
「で、摂取させられたほうはどうなったの」
俺は国分くんの名を明かしたくはなかった。今は白薔薇の選手として頑張っているわけだから。昔の話を穿り返すのはマナー違反じゃないかと思った。
「退学したみたい。俺たちが全日本に出てる間の話だからその後は分からない」
「そういえば、禁止薬物もそうだけど、禁止魔法を自分にかける人も少なからず存在するんだ。僕の見てきた国ではそっちの方が多かったかな」
ほっ。
リュカの話で言えば、フランスのクロードが一番怪しいわけだけど、そっちに話題が飛ばなくて良かった。怪しいだけで根拠もなしに人を疑うわけにはいかない。
俺は数馬の話に合わせて会話をリュカから外した。
「禁止魔法?」
「そう」
「どんな風に?」
「筋肉増強剤、っていえば解り易いか」
「ああ、アメリカの野球とかロシアのオリンピックとかで有名になった・・・」
「そうそう。敢えて見逃してきた感は否めないんだけど、昨今の状況があまりにも酷いから、それを禁止する法律ができたんだ」
「どうして?」
「身体がぼろぼろになるんだよ、これは禁止薬物も同じ」
「そこまでして記録残したかったんだろうなあ。残るのは記録じゃなくて記憶なのに」
「海斗、上手いこと言うじゃない」
すまん、数馬。これはリアル世界で実際に言った人がいるんだ。
俺たちはあはは、と笑いながらストレッチを続けていた。
ストレッチの次は全身マッサージ。
前にもいったが、数馬のマッサージは超絶気持ちがいい。俺はいつも寝てしまう。
今日も俺はよだれを垂らしながら「起きて」という数馬の声で目が覚めた。
「さ、今日はこれでお終い。ご飯、どうする?」
サンクトペテルブルクを午前中に発ち、こちらの空港に着いたのが昼。亜里沙や明と軽くご飯を食べようとしていたらあいつらが消え、ホテルに着いてからリュカに会い病院へ行った。
ホテルに戻ってマッサージを施術して、今は午後3時。
晩飯には早いけど昼を抜いてしまった。
何か軽いものが食べたい。
食べたいということは、吐き気が収まった証拠だ。
善きかな善きかな。
俺と数馬はホテル内のレストランでクロワッサンとサラダと紅茶をご所望。店の外に並んだカフェコーナーもあるが、俺は恥ずかしくて外では食べられない。
ゆえに店内でちまちまと食べるわけだが、フランスにはフランスなりの食事情というものがあるらしく、俺と数馬は好奇の目に晒されたような気がする。
いいじゃない、何を食おうが。ここも一応バイキング形式なんだし。
さっさとレストランを抜けた俺たちは、俺の体調が戻ったこともあり街へ繰り出そうかという計画を立てた。立案者は、もちろん俺。
花の都、パリ。
あんなにたくさん観光名所があるのに行かない手はない。
少しぐらい観光したいじゃないのさ。
しかし、生徒会の返事は、NO。許可は下りなかった。
生徒に万が一あったら保護者達に顔向けできないというのが表上の規則らしいが、その実は、1人認めると済し崩し的に他の生徒も認めざるを得ないからだ。
ケチだなとひとしきり文句を言う俺に対し、数馬は冷静に話しかけてくれた。
「海斗、練習の無い日に観光したくなる気持ちは分からないでもないけど、日本と違って外国は何が起こるかわからない土地柄だ。ここは生徒会の意向に従おう」
考えてみれば、俺は日本にいるような感覚で観光を考えていた。でも、昔ほどでは無くなったにしても、今もこちらの世界では日本人が狙われるという図式は変わらないという。
絶対に中国人の方が金持ちだって。
でも、誰も俺の言い分を聞く人はいない。
暇だ、ヒマだ、ひまだ。
今回のホテルでは全身鏡が備え付けられていたので、明日の練習に備え部屋の中で姿勢を正してみたり、3Dイメージ記憶を呼び起こしてみる。
ところで、俺は、ダーツや『デュークアーチェリー』は人さし指で行う競技だと、紅薔薇入学以来ずっと思っていたんだが、あれは人さし指をショットガンや弓に見立てたデバイスなんだと今更ながらに気付いた。
逍遥に言えば絶対に馬鹿にされる。聖人さんに言えば一発で逍遥にバレる。
サトルや譲司、南園さんは生徒会業務で忙しい。
亜里沙や明にいったところで阿呆呼ばわりされるのがオチだ。
何で俺今まで気が付かなかったんだろう、ショットガンは形状がごつくてデバイスと呼ばれているから気が付かなかったのか。
いや、宮城海音のデバイス操作のとき、気付くべきだったんだ。
デバイスは色々な形状がある、南園さんの『スモールバドル』で使う羽子板とバドミントンラケットの中間みたいなのだってデバイスだし、マルチミラーだってデバイスだ。
俺、やっぱりマヌケかも・・・。
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夕食まで時間があったので明日の下準備をしたのち、リアル世界から持ってきた『異世界にて、我、最強を目指す。』を紐解いてみる。
そうそう、そうなんだよ。
まるで俺視点での日記のように書かれた文章。
次々と起こる事件。まあ、事件といっても高校生レベルだけど。
解決していく俺や逍遥。
こないだ拾った時もそうだったんだけど、これから先のことは書いてない。
やっぱり、日記みたいなものだからかな。
でも、ちょっと複雑なことなんかも書いてあって、「これって伏線?」と思ったりもする。どっちに転ぶかは、もしかしたら、俺次第なのかもしれない。
俺が最後のページを捲ろうとしたその時だった。部屋のインターホンがなった。
誰だろう。もうすぐ夕飯だから数馬かな。
でも、さっき食べたばかりだからお腹はそんなに空いてない。俺は読み終えたページに、栞代わりにスマホを挟んでガラガラキャリーバッグの中に入れた。
インターホンの画像を見ると、そこにいたのは逍遥1人だった。珍しい、近頃はいつも聖人さんと一緒にいるものだとばかり思ってた。
ああでも、前にもこんなことがあった。
言霊、という言葉を聞いた時だ。
全日本以降、1人でいる時の逍遥は廊下で派手に入れろコールをやらかすため、無視して入れないわけにもいかない。
待ったなし。
俺は部屋の中をドタバタ走り、急いでドアを開けた。
肩で息をするふりをして逍遥にアピールする俺。
「珍しいな、どうしたの」
逍遥は俺の言葉も聞かず、ずけずけと部屋に入り、お定まりの行動でベッドにちょん、と腰かけた。いつもより身振り手振りが大袈裟だ。
「いや、聖人に君が大変だった、って聞いて駆け付けたんだよ」
「お蔭様で体調は良くなった。大丈夫」
聖人さん・・・どんだけ逍遥が心配するようなフレーズ流したんだよ・・・。
俺は溜息を堪え、一応逍遥の心配もしてみる。
「君の方はどう?体調じゃなくて練習」
「頗る快調だ。油断はない」
「だからそれが怖いってみんな言ってるでしょうが」
「うん、みんなの言うことも理解してる。その上で前後左右と上下に目を張り巡らせてあるから」
目がいくつあってもしょうがないだろーが。
「網の間違いじゃなくて?」
「目だよ」
「一体にして、君の目はいくつあるんだ?」
「背中に大きいのが一つ。あとは動きを見切る程度の小さい奴が左右と上下に」
「それが聖人さんとの練習の成果なわけ?」
「そうだよ」
2人とも、ふざけてんのかよ、おい・・・。
逍遥は、ふふふと不気味に笑いながら俺を見る。
「体調が戻ったなら何よりだ。万が一何かあったら、僕か聖人に相談して。それが難しいならサトルにいうんだ。絶対だよ」
これまた数馬の名が出てこない。
なんでだ?
ああ、まともに会ったことがないからそう思うんだよね、聖人さんだって俺が病院に行った時に数馬はすぐにいなくなったから。
でもロシアでのプチ祝勝会の時は話もしたはずだよな、自己紹介くらい互いにしたと思うんだが。
数馬だって頼りになるサポーターだよ。
少なくとも、俺の力では一流のサポーターを就ける意味がないし、就けようとする理由だってわからない。
亜里沙、よく考えてくれよ。
聖人さんに俺のサポートさせたって暖簾に腕押し、じゃないか、猫に小判?だ。逍遥やサトルクラスであれば、聖人さんだってサポートし甲斐があるんだって。
俺は数馬と一緒に成長していきたいと思うし、数馬のことをもっとみんなに知ってほしいと思ってる。
だけど肝心の数馬は、いざというとき俺の傍にいない。
たまたまなんだと思うけど。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
絶対だよと念を押され、うんうん、と何も考えずに返事をした俺。
それでほっとしたのか、逍遥は鼻歌をフンフン口ずさみながら自分の部屋に戻っていった。
逍遥が部屋を出てから数分。
今度は制服姿の数馬が俺の部屋を訪ねてきた。
「海斗、少しマッサージしてから食事に行こうか」
もちろん、数馬からの提案を俺が断る理由がない。
俺は早速ドアを開け数馬を招き入れると、そのまま早足でベッドにうつ伏せに寝転がった。
マッサージが始まると、ものの数分で寝てしまう俺。
数馬は本当にマッサージが上手い。
いつも数馬に起こされて初めてマッサージしてもらった時間を知るくらい。
今日は60分。
「数馬、いつも長々とマッサージさせて申し訳ない」
「そんなことないよ、海斗が寝たらテキトーに休みながらマッサージしてる」
「そうなの?」
「なーんてね」
俺たちはまた2人で笑い、俺は紅薔薇の制服に着替えた。
2人でゆっくりとホテルの廊下を歩きながらレストランの前まで着くと、徐にドアを開けた。
今日は珍しい光景が見られた。
サトルと譲司、逍遥と聖人さんが4人でひとつのテーブルに座り魔法談義に花を咲かせていた。
サトルと譲司は生徒会の仕事が一段落したのか、ちょっと疲れも見えるような気もするが、逍遥たちとの会話が息抜きにもなるのだろう。どちらかといえば、サトルと譲司が主導権を握って会話をリードしているように見える。
逍遥と聖人さんが、俺と数馬に気付いたように顔をこちらに向ける。
やった。
正式にではないけど、数馬を紹介するいい機会だ。
「やあ、みんな。こちら・・・」
「大前数馬君だろう?」
逍遥が俺の言葉を受け取り、みなの考えを代弁したようにぶっきら棒に言い放つ。
悪意のある言い方をすれば、逍遥は数馬を上から下までじろじろと見ていた。
聖人さんは会釈をしただけ。
サトルと譲司は無視に近い。
そりゃ、聖人さんと逍遥は前にちらっと会ってるし、サトルと譲司は書類で数馬のことは知ってるだろうけど、失礼すぎやしないか?
「みんな失礼じゃない?せっかく紹介したのに・・・」
俺は、はらわたが煮えくりかえりそうな怒りを覚え、口を真一文字に結んでしまった。
「行こう、数馬。俺、腹減ってないし」
くるりと向き直り俺がドアの方に行こうとすると、逍遥の声が後ろから聞こえた。
「ごめんごめん、悪気があったわけじゃないんだ」
サトルと譲司も数馬に対しての詫びの言葉を発した。これが詫びかどうかは別として。
「僕たちも悪意なんてこれっぽちもないよ。食べていきなよ」
でも、聖人さんだけは何も声が聞こえない。病院に行ったとき、傍に数馬がいなかったことを気にしてるのかな。あれはたまたま数馬がそこからいなくなったときにリュカとの間で病院の話になり診察にいっただけで、別に数馬が悪いわけじゃない。
サトルと譲司は、わざとらしく席を立った。
「もう時間だ。海斗、大前くん、今度時間があったらゆっくり話そう」
サトルはそういうと、皆に手を振って譲司と一緒にレストランの扉に向けて歩き出した。
俺はちょっと憤慨していたのでこのままレストランを出るか、食事するなら逍遥たちから遠い席に座ろうと思ったんだが、逍遥が俺と数馬を呼び止めた。
「ちょうど席も空いたし、ここにおいでよ」
俺は拗ねたような声で抗議した。
「俺たちがいたら邪魔みたいだし」
「邪魔?そんなこと無いよ。ね、聖人」
「ああ。別に何も言ってねーけど」
「聖人さんの言葉遣いが悪い」
「海斗・・・俺は昔からこういう言葉遣いだと思うぞ、違うか?」
そうなのは知ってるけど、数馬に対して申し訳ない。
俺は数馬に見えないように頬を膨らませて聖人さんを睨んだ。
「わかったわかった。綺麗な言葉で話すから。頬っぺた膨らますの止めてこっちこいよ」
数馬の顔を見ると、恐縮した様子が見てとれる。
「数馬、どうする?ここの席でもいい?」
「僕ごときがこんなハイスペックな人達の前で話すのは気が引けるけど、もしお許しがでるのなら」
逍遥が間髪入れずに話の腰を折る。
「許すも何も、僕たちは紅薔薇高生じゃない、仲間だよ」
俺はまたそこで逍遥の目を見て項垂れた。
「それが君、逍遥だってことは俺は分かるからいいけど、数馬は初めてなんだから気を遣ってよ」
聖人さんは、じっと数馬の顔を見ていた。それこそ舐め回すように。
少なからず皆に怒りを抱いていた俺は、聖人さんに聞き返した。
「聖人さんはどうして数馬の顔そんなに見てんの」
「知り合いに似てるからさ」
「魔法部隊の?」
「ま、そんなとこ」
今度は逍遥が俺を咎める。
「聖人の前歴は言いっこなし。今は紅薔薇の1年なんだから」
俺もハタと気付く。
「あ、ごめん」
その瞬間、数馬の目が輝いた。
「魔法部隊に関わりあったんですか?宮城先輩」
聖人さんは少し引き気味になったが、隠し立てするまでではなかったのだろう。学内ではもう有名になっていたから。
「昔ちょいと働いたことがあってね」
「でも、そんな方がどうして紅薔薇に?」
すると、逍遥が突然冷酷な表情に変貌した。つっけんどんに立ち上がり、数馬の言葉を遮って自分のトレイに手をかける。
「聖人、時間切れ。タイムオーバー。行こう」
当の聖人さんも数馬の質問に答えることなく席を立ち、素早く2人はいなくなった。
呆気にとられる俺。
数馬は恐縮したように、また、下を見た。
「なんか、四月一日くんと宮城先輩を怒らせたみたい」
俺はあまりのことに、心臓が口から飛び出そうになっている。
それくらい、みんなの数馬に対する態度は酷かった。
「いいよ、みんな酷いんだから」
「僕なら気にしてないから。軽いものだけ食べて部屋に戻ろうか」
腹立つ。
腹立つ。
あーーー、腹立つ!!
みんな、あの態度はなんだ!
俺だって紅薔薇に来て以来あんな態度取られた覚えもないのに、どうして数馬に厳しいというか、嫌っているというか。あんな不遜な態度が取れるんだろう。
あ。でも入間川先輩とかいたな、そういえば。
いやいや、あれはレアケースであって、みんな俺に良くしてくれた。
なのに、みんな、数馬に対してとても冷たい。
数馬はちょうど沢渡元会長と同学年だったはずだから今の3年から情報くらいは入れるだろうけど、あまりにも酷いじゃないのさっ。
沢渡元会長は数馬のことを信じて俺のバディにしてくれたわけだし、何も他から言われる筋合いもない。
あー、腹立つっ!!




