GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第6幕
次の舞台はフランス、パリ。
サンクトペテルブルクの空港から約3時間半。
こちらからパリに向けては、一番遅いフライトでも午後3時半ということで、今日中に移動するのではなくもう1泊して明日の午前の便でパリ入りすることになった。
夜は恒例のプチ立食パーティー。
今回はホテルの宴会場を借り上げ、日本国のみで祝杯を挙げる。
俺は相も変わらず壁際にいる。
今までと違ったのは、数馬も一緒に壁際にいてくれたこと。
今まで休学していた分、知り合いはほとんどいないのだという。何年休学していたんだろう。数馬は俺の昔話はとことん聞いてくれるのだが、自分のことはといえば、そんなに話さない。俺も別に聞きたがりではないので、俺たちの会話は、もっぱら俺のリアル世界のことや競技に関すること、魔法そのものに関する意見だったり情報交換だったりする。
数馬の性格は掴みづらい。
優しくてアイドル顔で、それでいて落ち着いている。
俺等と同じような年齢なら、まだまだ子供っぽさが抜けないのが普通だと思うんだが、数馬はいやに落ち着き払っているし、どちらかと言えば、その落着き具合はサトルをもっと大人にしたような感じだ。
でも、サトルはビビリだけど数馬はビビリというわけではないらしい。
頼もしき友よ、俺に会わせてくれた皆に感謝申しげたい!!
と。
俺たちが立っているテーブルに、逍遥と聖人さんが2人一緒に近づいてきた。
数馬は逃げの体勢に入っている。そんなに2人が苦手なのか?
聖人さんが、逃げようとする数馬の襟首を持って掴まえる。
「おいおい、逃げるこたぁないだろう」
アルコール漬けの聖人さんはプチ説教でもするのかと思いきや。いや、数馬は本気でそう思ったことだろう。俺だってそう思った。俺の場合、順位も5位と伸び悩んだんだからしかたない。
数馬が聖人さんに謝っている。俺の成績のことで。
「すみません、もう少し順位を伸ばしたかったんですが」
俺は2人の間に割って入った。
「今日の成績は数馬のせいじゃないよ、俺がへぐっただけだから」
逍遥は前から数馬に興味があったようで、何事か話しかけていた。何を話しているか傍で聞こうとしたら、俺の前に聖人さんが立った。もちろんアルコールは抜けていないはずだ。
なんだろう。やはり、プチ説教か?
聖人さんは別に怒った顔はしていなかったが、何を考えているのかまでは俺には想像がつかない。
「今日の出来、どうだった?」
「5位」
「前回と変更なしか」
「うん、でも数馬の対応は俺に合ってるんだ。聖人さんなら、ハイスペックプレーヤーへのサポートが合ってると思うよ」
「そんなことないさ」
「今回の逍遥だってそうでしょ」
「逍遥だっていい加減大人になる」
「世界選手権もあるし、少なくても逍遥は聖人さんにサポートしてもらいたいと思ってるはずだよ」
しばらくの間、聖人さんは言葉を発しなかった。俺にはそれが、俺と聖人さんを遠ざける垣根のように思われた。
「悪いな、当初はお前に就くはずだったのに」
そういわれると、俺もしばし考え込んでしまう。
すぐに「はい」と返すのも向こうが困るだろうし、「いいえ」じゃ、もう要らんわと間接的に言ってるようなものだ。そういうときは、スルーに限る。
そして、究極の魔法。
話題を変える。
魔法になってないじゃないかと自分でも思うけど、このままこの内容で会話を続ける勇気は・・・俺にはない。
「ところでさ、聖人さん。聖人さんは数馬のこと知ってたの?」
「いや、俺が入学したときにはもう休学して海外回ってたはずだな」
「そうなんだ。じゃあ沢渡元会長と同学年なのか」
「たぶんな」
「でも数馬は聖人さんの前に出ると緊張するみたいだよ。知り合いじゃないの?」
「さて・・・向こうが俺を知ってる可能性はないでもない」
「そうなんだ・・・」
俺が聖人さんが飲んでいるビールをグラスに一気に注いだら、泡が吹き零れてしまった。聖人さんの制服の上衣が少し濡れた。
慌てて自分のハンカチで聖人さんの上衣を拭う。
「ごめん!グラスに注いだこと無いから分かんなかった!」
「いいよ、あとで修復魔法かければ済む」
「ホントにゴメン」
宴もたけなわとなりそこらじゅうで大声が響く中、聖人さんは酔ってんだか酔ってないんだかわかんないような表情で、俺に念を押した。
「海斗」
「何?」
「数馬のことで何かあったら、すぐ俺のところに来い」
「どうして?何かって、なに?」
「とにかく、何か困ったことが起こったらすぐに俺のところに来い」
「聖人さん酔ってるんだね」
「たまたま素面でないだけさ。約束だぞ。忘れんなよ」
「はいはい、わかりました」
聖人さんは俺の頭を撫でまわすと、数馬に絡みついている逍遥を引きずりテーブルを離れて何処かへ消えた。
数馬、なに言われてたんだろう。逍遥、だいぶしつこかったようだ。
「数馬、逍遥しつこくなかった?」
「いや、それほどでも」
「あいつ、酒飲んでなかった?」
「たぶん飲んでたと思う」
「まったく、ばれたらどうするんだろ」
「こっちの世界じゃ高校生になったら飲酒や車の運転OKだから大丈夫だよ」
「えっ?そうなの?」
「あれ、誰も君に教えなかったの?」
「誰一人として教えてくれた人はいなかったよ」
「ほとんどの人が飲んでないしね。そういうシチュエーションがなかったんじゃないかな」
「そういえば、俺の周囲で飲んでるのは亜里沙と明だけだったな。あの2人はリアル世界にいたときから酒飲んでたし」
「そうなんだ」
そういえば、酒宴の席に亜里沙と明は姿を見せなかった。
軍務に戻ったんだろうか。
俺に身分明かしてからは、誰に断ることなく2人は姿を消したり現れたりしていた。生徒会でもたまに居所を把握していないときもあるほどだ。
ああ、なんだかクラクラする。熱気に当てられたのだろうか、いや違う。これはクラクラを通り越してグラグラだ。頭の圧迫感もある。
目の前がぐるぐる回って物がよく見えない。こう、何かに物が吸い込まれていくようにぐるぐる回っているのだ。そこにもってザーザーという耳鳴りとともに、俺は立っていることができなくなった。
両手を壁に付けて必死に立とうとするが、膝ががくがくして上手くいかず、遂に俺はその場に蹲ってしまった。
「海斗、どうしたの。海斗!」
数馬の言葉さえ遠くで誰かが叫んでるようにしか聞こえない。答えようとして、立とうとして足を踏ん張るのだが足にも力が入らない。
なんだ、これは・・・。
GPSからGPFに引き続く大会では、海外を連戦するため万が一の病気や怪我に対応するため、日本人の医師であるチームドクターが同行していた。
俺が動けないので周囲で俺を見つけた誰かがチームドクターを呼んだらしい。いや、呼んだのは数馬かもしれない。
俺の元に来たチームドクターが問診する。
「八朔くん、聞こえるかい」
耳鳴りはザーザーという音からキーンという金属音に変わっていて、やはり遠くで誰かが叫んでるようにしか聞こえない。
それでもなんとか返事をする。
「・・・はい・・・」
「どこか痛いところはある?」
「・・・いいえ・・・いや、頭が痛いです・・・」
「目眩がするかい?」
これはたぶん、目眩というやつだと思った。これまで俺は目眩というやつを経験したことがない。
「・・・」
「目の前がぐるぐる回ったり、真っ暗になったりしてる?」
「・・・はい・・・」
「そうか。ではここを出て、医務室に行こうか」
「・・・はい・・・」
チームドクターが待機してる部屋に行くことになった。数馬が一緒についてくる。
目眩はまだ止んでおらず、先程よりはいくらかよくなったかのように思われるのだが、足下のグラグラは直らないし、耳鳴りも大きな音だったり小さな音だったりで続いている。
目の焦点も合わなくなっていた。モノを見ていられない。
俺は目眩が治らない中、何とか立ち上がらせてもらって、数馬の肩を借りながらゆっくりとした足取りで医務室に向かった。
医務室には2台のベッドが置いてあり、2台とも空だった。
その中の1台に寝せられて、またチームドクターの問診が始まる。
「吐き気はある?」
「・・・少し・・・」
「顔面蒼白になってるね、こういうことは初めて?」
「・・・はい・・・」
「目眩止めと吐き気止めと精神安定剤の薬を用意するから、今晩から飲むといい」
「・・・はい・・・」
このころになって、ようやくチームドクターの声が近くに聞えるようになった。いくらか症状が安定してきたに違いない。ベッド脇をみると、数馬が心配そうに俺を覗き込んでいた。その後ろには、逍遥と聖人さんの姿も見える。
皆に心配をかけた。
ベッドから起き上がろうとすると、まだ目眩は続いていて、目の焦点がまだ合わないし、身体がふわふわするような、吐き気をもよおすような気がして口に手を宛がった。
「皆、ゴメン」
逍遥が前に一歩進み出て俺の言葉を制する。
「どういたしまして、ゴメンなんて水くさい」
「祝勝会は終わったの?」
「そろそろ終わったんじゃないかな、僕は飲むだけ飲んだから、あとは帰って寝るだけだし」
隣に移動してきた聖人さんが俺の額に手を当てて熱を測る。
「熱はないようだな、まだぐるぐるしてるか」
「耳鳴りは少し直った。ぐるぐるはまだ。1人では歩けない感じ」
聖人さんはチームドクターに声を掛けた。
「しばらくここでお世話になってもいいですか」
「いいよ、ベッドも空いてるし」
医務室に大挙して来た逍遥たちは、自室に帰ると言って医務室から出た。
数馬が俺にドリンクを差し出したが、俺は自前で買ったものしか飲まないため丁寧に断った。
「ごめん、数馬。数馬を疑ってるわけじゃないけど、聖人さんに言われたんだ、サポーターが用意したドリンクさえも飲んではいけない、って」
数馬は頷きながらドリンクを仕舞う。
「謝ることじゃないよ、海斗」
この会話を聞いたチームドクターが、室内の冷蔵庫からドリンクを出し、俺に向かって投げて寄越す。
「ここにあるドリンク類は大会事務局に納品して成分検査を受けた上で承諾を得ているから、飲むと良い」
その様子を見て、数馬も安心したんだろう、部屋に戻るという。
「先生、どうぞよろしくお願いします」
「今晩一晩寝ればいくらかよくなると思うよ、明日移動日だよね、朝に迎えに来て」
「はい、わかりました」
逍遥たちや数馬のいなくなった室内では、チームドクターが何やら書類を整理していた。
俺のように具合が悪くなる生徒は少なからずいるんだろう。
特に炎天下の応援では。
でも、今時季のロシアは炎天下とは言えないし、目眩を起こしたのは室内だから、その理由は定かではない。
とにかく、俺としては明日の移動日、飛行機で3時間半先のパリ、フランス大会に思いを馳せていた。
チームドクターに睡眠薬を処方すると言われた。大丈夫なのは重々承知しているんだが、薬物検査で何が起こるかわからないとして、俺は服用を断った。ただでさえ目眩止めと吐き気止めと精神安定剤の薬の薬を服用したのだから、
頑固だなと呆れられたが、こればかりは俺の中の防波堤。
ベッドのカーテンを引いて、俺はつかの間の眠りに就いた。
その晩、俺は夢を見た。
父さんと母さんと、高校入試でのバトルを繰り広げる夢。
かなりリアルだった。
明と同級生らしき数馬が出てきて嘉桜高校の優れた点、トップクラスの成績を出し続ければ内申書も良くなる上に推薦で大学に行けると言う利点を滔々と説いてくれた。
両親は渋々OKを出した。
その代り、嘉桜高校でトップクラスの成績を出し続けることを確約させられた。
俺としては、第1志望は嘉桜高校で、第2志望が泉沢学院桜ヶ丘高校であることを両親に告げたところまたもやバトルが勃発し、泉沢学院に入らない根拠を求められた。
中高一貫校のリスクを何と説いたらいいものかと思案していたら、聖人さんが予備校の講師、逍遥が予備校仲間として出てきて、これまた中高一貫校の泉沢学院でも姉妹校の泉沢学院桜ヶ丘高校でも、成績さえよければ将来的には泉沢学院大学にストレートで合格することができるし、男女共学であっても総じて女子の方が成績が良いことから、別の大学に行く際は発奮材料になることを切々と説いてくれて、ようやく両親は首を縦に振った。
その場面で俺は目が覚めた。
ありがとう、明、数馬。
ありがとう、逍遥、聖人さん。
何やらリアル世界が出てきた夢に紅薔薇のみんながいることが可笑しかったが、ああそうか、こういう風に交渉すれば親も頭ごなしに俺を押さえ付けることはできないのだなとなんとなく可笑しく感じた。
こっちが感情的になるから喧嘩になるのであって、冷静に、を心掛ければ両親に言いまかされることもないだろう。
もっていたスマホ時計を見ると、6時半。もう朝だった。立ち上がってベッドのカーテンを開けて、部屋の中を見回した。
よかった。
もう目眩はしないし、吐き気もない。
チームドクターは2名が24時間体制で交替勤務を行っているらしい。俺を見てくれていた人とは違うドクターが椅子に座っていた。
俺は目眩が無くなった旨を伝え、ドクターの許しを得て、自室に戻るため医務室を出た。




