GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第5幕
アリーナに入った俺たちは、他の人間が実際に的へ矢を射る練習をしているのを尻目に、とにかく身体を伸ばし柔らかくすることに注視した。
俺の場合、回数を重ねて練習し過ぎると猫背になり逆効果になる。
効果的な方法として、身体を伸ばし体温を上げることで命中率を上げる、それに終始していた。
「じゃ、あたしたちは一度生徒会の連中のとこに行ってくる」
「そうだね。順番近くなったらまた来るから」
亜里沙と明は生徒会役員のいる応援席に行ってしまった。
数馬にとっては緊張が解けたらしく、亜里沙たちがいなくなると口数が増えた。
「あー、緊張した」
「そうか?怖いけど、踏んではいけない地雷さえ踏まなきゃ大丈夫だよ。あとは、酒飲んでるときは絶対に怒らない」
「地雷ってなに?」
「三白眼になって口がへの字型になったら終わり」
「じゃ、そこまでならOKだと」
「伊達に12年間幼馴染やってないから」
「そうか、向こうの世界では幼馴染だったんだね。頼りになる幼馴染だったろ」
「そうでもないな。あいつら、リアル世界じゃ猫被ってたらしくてさ」
「リアル世界?」
「向こうの世界の事」
「なるほど、君にとってリアルなのは向こうなんだ」
「15年も暮らしたから、もう向こうのがリアルだろ?俺自身、ここにこうしていることが不思議だけど、ここで暮すことが定めなんだとしたら、この大会も気を抜いちゃいけないんだよな」
「そう、その意気で」
「ありがとう、数馬」
前回のサンフランシスコよりも全体的に緊張の度合いは弱かったように感じるが、それでもポカミスで的に命中しない人は何人かいた。緊張の糸は緩んでもいけないし、張りすぎてもミスに繋がるんだ。
なかなか厄介だが、平常心というやつが一番大事というやつか。
前回アメリカ大会は25番までかなり時間があったように思ったが、今日はあっという間に20番まで終わってしまった。
ここまでの1位はロシアのアレクセイ。45枚命中。
2位はスペインのホセ。43枚。
3位はドイツのアーデルベルト。ホセと同じ43枚。
40枚命中させても4位以下。こりゃ、かなり分が悪い。
それでも40に近づけるよう頑張らないと。
明だけが応援席からベンチに戻ってきた。試合開始ギリギリになって、亜里沙がベンチに顔を見せる。
2人とも言葉にはしないが、俺の手をぎゅっと握って送り出してくれた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
俺のロシア大会『デュークアーチェリー』が始まった。
身体の方はとても調子がよく、左腕の張りもないし、右腕はそのままでもほとんど疲れない。胸を張っていられることから猫背になってるようでもないし、自分で言うのもなんだが、綺麗な姿勢で撃ってると思う。
おまけに俺の得意技の3D記憶(イメージ記憶を頭の中に3D映像として蓄える)を作動させればより命中率が上がるはずだ。
今回も、名前を呼ばれてから位置につき、足幅を決め、拳骨をつくったまま右腕を大きく上に上げてから徐々に下げて定位置で止め、手のひらを上に向けて人さし指と親指を伸ばす。この一連の動きだって、数馬と練習するようになってからもイメージ記憶に蓄えてきた俺のやり方だ。
そのやり方で、的に照準を合わせテンポよく撃っていく。
今回はアメリカ大会にも増してイメージがはっきりと手にも伝わっている。
俺が思っていたよりも命中する枚数が増えてきたような気がした。
もしかしたら、40いくかも!
そう思った瞬間、1枚外した。
ああ、努力なしに命中は有り得ないってことか。一気に何十枚も命中するわけじゃない。1枚1枚、丁寧に行かなければ。
もう一度右腕を上にあげてから真っ直ぐにおろし、拳1個分手のひらだけ上げる。
そして、もう1枚、もう1枚と丁寧な魔法を心掛けた。
30分の時間制限の中、最終的に、40枚命中。
数馬の目標とした数字まで届いたことで、俺は小さくガッツポーズを決めた。
だが、敵は手強い。
26番目に現れたイギリスのアンドリューが、とても綺麗な姿勢から力強いショットを見せるその技で41枚命中させて、俺は5位に陥落。
そのまま試合は終了し、ロシア大会の俺の成績は5位に終わった。
数馬の言うことを聞いておけば良かったと反省する俺。
「数馬、ごめん。数馬の言うとおり40枚を目標にしてればもう少しいけたかもしれない」
「もう気にしないで。この大会がキーポイントになるから、あとは精度をあげていくだけさ」
亜里沙と明も満足そうな表情で俺を迎えた。その割に、いうことはキツイ。
「目標を上げて臨むべきだったかもね」
亜里沙、お前いつでも容赦ない言葉で攻めてくるな。
明、お前はそんなこと言わないよな。
「でも、自分で決めた目標をクリアした意味は大きいよ」
よかった、明。
優しくなったよ、お前。
俺はあの小学5年の遠足を今でも覚えてるよ。てか、絶対忘れない。
もうロシアでの試合が無くなった俺と数馬は、紅薔薇高が出る他の試合を応援するために亜里沙や明と別れた。亜里沙たちは生徒会連中と再度合流するという。
俺は逍遥がどんな試合運びを見せるのか、それがとても気になった。亜里沙から言われた「残り全部1位」という途方もない要求。逍遥なら超えて見せるさ、と思いつつも万が一を考えると怖かった。
万が一、1位を逃したら逍遥はどうなるのか、魔法部隊に戻されてしまうのか。
こちらに来て最初にできた友人で、冷静な判断力や時に冷徹なまでの行動力を併せ持ちながらも根は温かいやつ。常にクールに見せる反面、ほんとにたまーにやらかすドジっぷりが笑いを誘うやつ。
俺は、逍遥とできる限り長い時間を過ごしていきたいと思っているし、逍遥もそう思ってくれていれば嬉しい。
逍遥の試合は午後からで、それまで光里会長の『バルトガンショット』を見に行くため、一旦グラウンドへ足を向ける。
光里会長はもう演武を終えていた。
100個撃つのに要した時間は9分台後半。
暫定2位。
暫定首位は、オランダの選手で100個撃つのに要した時間は8分台後半。
光里会長の強みは、マルチな才能をどの競技にでも活かせる点にある。
今回だって、本来は『プレースリジット』に出場するはずで、練習環境は限られてたはずだ。『バルトガンショット』の練習をしているのは見たことがないし、サブの種目としても考えてはいなかっただろう。
でも、急な出来事があり『バルトガンショット』をほとんどぶっつけ本番でやってのける高い運動能力と冷静な判断力。これこそが、光里会長の心身を構成する要素になっている。
あと1人で、出場者が全員演武を終える『バルトガンショット』。
俺は、手に汗しながら内心で「二桁台に乗れ!」と祈る。そうすれば、ロシア大会2位確定になる。
俺の祈りが通じたのかは知らないが、最後の選手は上限100個11分前半という数字でフェードアウトした。
やった、光里会長、ロシア大会2位確定。
俺の種目もそうだが、やはり欧州勢が軒並み記録を伸ばしているようだ。光里会長だから2位に踏ん張ることができるのだろう。
あとの種目は、逍遥の『エリミネイトオーラ』も午後だし南園さんの『スモールバドル』も午後で、沢渡元会長の『プレースリジット』も午後だ。
いずれ俺と数馬は応援だけなので、昼食を食べに競技場内の軽食コーナーに行くことにした。
『エリミネイトオーラ』の応援用にドリンクを買い求め、軽食コーナーでサンドイッチを頬張り時間をつぶす。
「光里会長、すごかった。9分台後半だって。俺なんて練習しても12分台しか出ない」
肩を竦めながら俺が愚痴とも取れるような発言をすると、数馬はにこにこしながら首を振る。
「一度見て見ないと何ともいえないけど、君の実力なら10分台くらいに乗せられるんじゃないかな」
「動体視力は良い方なんだけど今一つなんだよね。聖人さんには、動体視力から脳に伝わってそこから手に伝わるタイミングがずれてるんじゃないか、っていわれた」
「へえ、聖人が・・・」
押し黙った数馬を見ると、なぜか宙を見ているその眼はギラギラとしていて、炎が宿っているように感じられた。
聖人さんはかなり優秀なサポーターだけど、数馬もしかしたら張り合ってんのかな。
どっちが上とか、俺には何とも言えない。
パフォーマーが優秀であればあるほど聖人さんに軍配が上がるような気がするし、数馬は全方位に対応できるサポーターだ。
何も自分と比べることないのに。
「数馬、もう行こうか」
数馬は何も答えない。どうしたんだろう。
「数馬、数馬ったらどうしたんだよ、グラウンドに行こう」
数馬は数秒間、目を開けたまま身動き一つしなかった。
寝てる?
いや、違う。
もしかしたら、てんかんの症状?
俺は数馬の肩を掴んで揺さぶった。
「おい、大丈夫か?数馬!」
「え?あ、どうかした?」
「君、固まってたよ。大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ」
「気分とか悪くない?」
「ホントに大丈夫だから。『エリミネイトオーラ』の応援に行くんでしょ、良い席取らないと」
「大丈夫ならいいんだけど、なんか心配だな」
「僕のことなら心配いらないよ、行こう」
俺は数馬に背中を押されるようにしながらグラウンドの応援席へと向かう。
数馬、ホントに大丈夫なのか?
今日は晴れていて、気温の割には温かく感じられる。熱中症になるほどの暑さじゃないからいいけど、数馬に倒れられたら、俺、どうしていいかわかんない。
そうこうしているうちに、逍遥の『エリミネイトオーラ』が始まった。
ついつい興味はそちらに移ってしまい、数馬の体調を心配していた俺はどこかへ吹き飛んでしまった。
俺は応援席を隅々まで眺めた。一番後ろに亜里沙と明が陣取っているのが見える。やっぱり、試合見に来てたんだ。
逍遥は出だしから攻勢をかけ、2丁のショットガンを有効に使い次々とオーラを消し去っては地上へと降り立つ。そしてまた、勢いをつけて上空に昇り敵のオーラを消し去っていく。
心配された背後だが、今日の逍遥は違っていた。聖人さんと一騎打ちしたときとは異なる動きで、真後ろに立った敵の背後に素早く回り返すという素晴らしいプレーで観客の度肝を抜いた。
結果、全ての敵選手はオーラを消去され地上に降り立ち、最後まで残ったのは逍遥だった。
やった。逍遥1位。見事に亜里沙との約束を果たした。
南園さんは今回は3位。
準決勝で当たったロシアの選手が1位になったとかで、すごく悔しそうにしていた。南園さんの悔しそうな表情を初めて見たような気がする。紅薔薇に来てからほとんど記憶にない。
次のフランス大会に向けて、気を引き締め直すという短いコメントだけがプレスに出された。
俺、何もプレスに出してない。生徒会からも指示は出てなかった。
つーか、俺の場合はプレスが寄ってこない。逍遥は早速プレスの連中が周りを取り囲んでいた。
俺はさして重要な生徒ではないということか。ま、ホントの事だからしかたない。今回も5位だし。
最後まで結果の出なかった『プレースリジット』も今しがた結果が出たところだ。
今回も圧倒的な要素で1位を決めた沢渡元会長。見ていてヒヤヒヤすることがない。
これこそが、真の勝者なのかもしれないと、数馬と話し合っていたところだ。
沢渡元会長はやっとプレスの連中から解き放たれたと言って俺と数馬の前に姿を見せた。
「沢渡会長、1位おめでとうございます」
俺と数馬がハモって仲良く挨拶したのを見て、機嫌を良くしたかに見えた。
数馬を紹介してくれたのは沢渡元会長だったから。




