魔法W杯 全日本編 第8章
南園さんは、汗をタオルでふき取ると、男子の方に手を振った。
・・・あたりを見回す。誰も応えてない。・・・もしかして、俺?
でも、もし違っていたらこんなに恥ずかしいことはない。
そちらの方をガン見しながらも、俺は手を振ることができなかった。
「八朔さん、八朔さん。南園です。もう忘れちゃいました?」
やはり南園さんは俺に向かって手を振ってくれていた。
嬉しさダイナマイト級ではあるのだが、人前ということを鑑み、ちょいとクールに対応してみる。
「南園さんは運動がお好きですか」
「そうね、身体を動かすことは好きです」
「う・・・うらやましい・・・」
「何か言いました?」
「いえ、なにも」
何を話していいのかわからない。
その時、俺と南園さんに割って入る不届き者がいた。
亜里沙。やっぱりお前か。
「ねーねー、授業終わったら生徒会室なんでしょ?彼女に連れて行ってもらったら?」
クールな俺の立場はどうなる。
「うるさい、亜里沙」
「何よ、1人で歩いたら迷うよ、絶対。あんた方向音痴じゃない」
「お前や明は場所わかるのか」
「知るわけないでしょ」
くるりと南園さんを見たあとは、クールな芝居を続ける余裕が無かった。
「すみません、南園さん。あの・・・生徒会室まで連れて行ってもらえますか?」
「お安いご用です。そのためにいるのですし」
亜里沙がまた吠えた。
「申し訳ない、方向音痴なんです、こいつ」
優しそうに語る明。
「亜里沙、そんなことを言うもんじゃない。ここは1人で送り出してあげようじゃないか」
明。
お前、俺を1人で行かせる気だったのか・・・。
ゲスだな。
何はともあれ、俺は南園さんのあとに引っ付いて、生徒会室を目指した。
なぜか亜里沙と明も後からついてくる。
「なんでお前らまでついてくるんだよ」
「ひ・み・つ」
亜里沙はたまに意味不明の言葉を繰り出す。
南園さんに後れをとるまいと、必死に後を追った。
南園さん、歩くのすんごく速いんですけど・・・。
何回も校舎の角を曲がり、階段を下り、そして昇り、やっと南園さんは止った。
そこは、「生徒会室」と看板の出ている部屋だった。
「八朔さん、こちらです」
南園さんは俺を招き入れるようなポーズをとったあと、生徒会室のドアを静かに3回、ノックした。
「入れ」
中から声が聞こえる。
たぶん、生徒会長である沢渡先輩だ。
「入りましょうか」
ドアノブに手を添えて、ドアを開ける南園さん。
何て優雅な立居振舞なんだろう。
亜里沙とは大違いだ。
“悪かったわね、あたしがガサツで”
亜里沙だったら間を置かずにそう答えるだろう。
でも、今の亜里沙は何も言わない。
あの亜里沙でさえ、生徒会室に呼ばれると緊張するのかもしれない。
南園さんが部屋に入る。
続けて俺は部屋に足を踏み入れた。
重苦しいというか、重厚感半端ない空気感が部屋中を覆っていた。
中にいたのは、沢渡生徒会長と、三枝副会長、入間川副会長と弥皇企画広報部長、それに、俺の前に名前を呼ばれていた四月一日逍遥、瀬戸綾乃、国分龍之介だった。
なぜかちゃっかりと明まで居る。なんで?
「さて、ここに集まってもらったのは、1年で大会に出る諸君だ」
沢渡会長があらためて皆の名前を呼ぶ。
「魔法科男子の四月一日くん、国分くん、八朔くん。女子は瀬戸くん、そして生徒会書記の南園くんだ」
皆、入学したばかりで栄えある大会に出場するとあって、少なからず緊張している様子が見てとれる。
そしてひとりひとり、名前を呼ばれた順番に短い挨拶が始まった。
何を喋ればいいんだろう。
ああ、何も思いつかない。
四月一日くんと国分くんが挨拶を終えた。晴れがましく光栄の極みですとか、大役を任され身の引き締まる思いですとか、なんと立派なご挨拶。
次は俺の番。
もー、ここから消えてしまいたーい。
でも、消える魔法をかけるわけにもいかなーい。
仕方がない。ここはオーソドックスに。
「魔法科1年の八朔海斗です。魔法は初めてなので、どうぞよろしくご指導願います」
先輩たちから拍手が起こる。
すると、入間川副会長だけは俺を見下した目つきで拍手もせずにそっぽを向いた。
俺、あんたにそんな真似される筋合いないんですけど。
その様子を見てとったのかどうか、沢渡会長が咳払いをした。
「そして1年魔法技術科の山桜亜里沙くんと長谷部明くん、八神絢人くんには、魔法技術スタッフとして5名をサポートしてもらう。メンバーについては以上だ」
弥皇部長は大会に向けた一切を仕切るということで、席を立って選手たちに向き直る。
「さて、これからのスケジュールですが」
紅薔薇高校では、生徒会に属する企画広報部がイベントを仕切るらしい。
今回は特に、前回の優勝校として大会そのものを運営するのだとか。
もちろんそこには教師などの大人も介在するわけだが、大まかなスケジューリングから始まって個々の生徒の状態まで、すべて生徒が先頭に立って進めていくという。
泉沢学院とは全く別。
あそこは教師たちが生徒を動かしていた。
それでも、生徒が自分たちの意志を持っていないからこそ教師が前面に出るしかないのかもしれない。
生徒の自立。
紅薔薇高校くらいでなくともいいから、高校生になったら自分たちで自立した生徒会運営とかイベント運営をできればいいのに。
大人の陰に隠れるだけでは成長もしないよなあ。
そんなリアル世界のことを考えている俺。
魔法W杯全日本高校選手権に初めて参加する1年生の為に、大会に関して弥皇部長から説明があるということで、1年生5名とサポーター3名は弥皇部長の方を見た。
1年に1度、日本国内で開かれる魔法W杯全日本高校選手権。
全日本高校選手権は国内各都道府県から1チームが参加し、選手は1学年5名、合計15名。
1学年ごとに3名のサポーターが付く。
6種類の競技種目があり、各種目の総合勝ち点「総合ポイント」で勝敗を決める。1位のチームには100点、2位は80点、3位は60点、4位は40点、5位は20点、6位以下は0点とポイントが加算される。
総合優勝校は第1Gと称され、世界大会、いわゆるW杯に出場する権利を得る。
それとともに、翌年の大会運営を任される。
紅薔薇高校は総合優勝常連校らしく、大会開催のために国がイベント用の建物を用意しているということで、そこには屋内コート=アリーナ2つ、屋外グラウンド=メインスタジアム2つ、サブグラウンド2つがあり、すべての種目を陸上競技場の周辺で行うことができるのだそうだ。
ラナウェイはサブグラウンド2つとアリーナ2つ、メインスタジアムの周辺における公園など公的な建物に限り、使用することができるらしい。
デッドクライミングの壁はアリーナの中に4つ、ロストラビリンスの迷路はアリーナの中に2つ作られるそうだ。
2つのメインスタジアムでは、アシストボールとプラチナチェイスが行われ、マジックガンショットは2つのサブグラウンドで試合が行われる。
準総合優勝校は第2Gと称され、第1Gに問題が起きた場合にW杯の出場と翌年の大会運営を引き継ぐ形をとる。
第3Gと呼ばれる異世界からの転移組は、総合優勝校だけが配置することができる。
昨年の総合優勝校は紅薔薇高校。
ゆえに、今大会の運営は全て紅薔薇高校で行うことになっており、第3Gも配置した。
しかし残念ながら、昨年のW杯、予選で苦汁をなめる結果となったという。
「そういえば、ここがどこかも知らなかった。宮城じゃないの?」
思わずひとりごとが口をついて出た。
誰にも聞こえてないといいけど、と思ったら、入間川副会長が首を竦めて笑った。
「宮城なんて田舎に総合優勝できる力はないよ」
ちょっとだけ頭に血が上り、きょろきょろと声の主を探した俺。
そんな姿を見たんだろう、沢渡会長が口を挟む。
「ここは神奈川だ。神奈川県横浜市に紅薔薇高校はある。だがな、八朔。去年の第2Gは京都府京都市だし、3位は石川県金沢市、4位は鹿児島県指宿市、5位は北海道札幌市だ。日本中の高校が全日本高校選手権を目指す。都会や田舎など関係なく」
そして入間川先輩を直視した沢渡会長。
「都会とか田舎などという言葉は慎むべきだな、入間川」
入間川副会長は横を向いて、小さく舌打ちした。
入間川副会長に向け、腹ん中であっかんベーをする俺。
横浜には人口で勝てないけど、仙台は住みやすい街として有名だ。
転勤族が終いの住家を求める際、仙台を選ぶ人が多いのだと父さんが言ってた。
な?亜里沙、明。
「おいおい君たち。イベント運営を考えるに当たり、もう少し細かく説明させてくれ」
弥皇部長は、がっくりと肩を落とした・・・。