GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第2幕
30時間以上という長旅の中、飛行機はやっと目的地の空港に降り立った。
あー、やっとサンクトペテルブルクに着いた。
ロシア西部のこの都市は、モスクワとは直線で600キロ以上離れている。北海道から東京経由で九州手前まで離れてる勢いだ。
ロシア帝国の首都だった時期やソ連時代はレーニンにちなんでレニングラードと呼ばれたこともあるこの地。帝国時代より様々な建造物もあり、ロシアの観光名所としても有名だそうだ。
運河が縦横に流れるその街並みは「北のヴェネツィア」とも称されるほど美しいという。
世界遺産であり世界三大美術館のひとつとされる「エルミタージュ美術館」から始まり、玉ねぎの形をした屋根?とドーム型天井の「血の上の救世主教会」や世界遺産に指定されている聖堂もあるという。「聖イサアク大聖堂」、「カザン聖堂」、「トロイツキー大聖堂」この聖堂は、木造の教会建物として世界最大級を誇るんだそうだ。他にも、世界遺産に登録されている「ペテルゴフ(夏の宮殿)」など、様々な観光名所がある。
近年はモスクワから首都機能の一部が移転し、その役割を果たしているらしい。
歴史ある街並みと近代国家の象徴。
とても魅力ある街だと思う。
さて、俺たちは観光に来たわけではないので、ホテルへと直行する。
ロッテ系列のホテルが今度のお宿。
外に出るなというお達しはいつもの事。
しかし、この地の場合、危険とかそういうレベルよりもまず、寒い。今年は地球温暖化の煽りをうけていくらか気温が高いようだが、それでも、寒い。
ジョギングなんてしようものなら身体が凍ってしまいそうな(これは言い過ぎかもしれないけど)気がする。
10月のロシアなんてそんなもんだって?
俺は初めてのロシアだからわかんないんだよ。
とにかく、全員がホテルに入りチェックインを済ませる。
あとは休憩時間となった。
練習は明日から。公開練習は試合の前日に。そして本選へと繋がっていく。
サンクトペテルブルクに着くまでの便にも、亜里沙や明の姿は無い。あいつら、一緒にいるからとかうまいこと抜かしといて、全然いないじゃないか。
1人部屋にいると、頬っぺたがぷーっと膨らんでくる。
ふぐみたいに。
ふぐってなんでほっぺ膨らむんだっけ。
怒るから?
違うか、毒吐くから?
違う。
こういうとき、スマホあると助かるよなーなんて思ってみたりする。
リアル世界は情報国家だったんだと初めて知った俺。
ふぐに気付かされるのが、ちょっと情けないけど。
とーにーかーくー。
明日からの練習を前に、余計なことを考えないよう、俺は部屋の中でできるストレッチに励んで身体を解す。
総ては、明日から・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日から練習が始まった。
ロシアのこの練習場は、どこかの高校か大学なんだろうか、若い人がたくさんいる。
でも、日本のようにロリータ趣味の学生はおらず、みな大人っぽい。
練習そっちのけで、俺はまたそういういただけないことばかり考えていた。
俺の場合、聖人さんが逍遥に付いている間は1人なので、はっきり言って何をどうしていいものやら、まったくわからない。アメリカ大会のとき聖人さんに言われるままに何も考えなかったことも、今から考えると失敗だった。
ソフトでもあれば1人で練習できるんだけど、それすらどこにあるのかわからない。あるのかないのかさえわからない。
でも考えてても仕方ない。
またストレッチで身体を伸ばし、イメージトレーニングを行い時間を潰す作戦に入った俺。
でも、周りはちゃんと『デュークアーチェリー』を練習している。ソフト付きで。
いくら俺でも、焦らないと言えば嘘になる。
あーあ。
亜里沙や明が俺の練習を見ることができない事情は分かったけど、あいつらの顔が見えないと何となく不安になる。
聖人さんは相変わらず逍遥の練習につきっきりだし。
ま、亜里沙から1位奪還命令受けたからには、もう2位は獲れないわけだから練習にも熱が入るだろう。
俺のことを忘れても仕方のないことだ。
きょろきょろと辺りを見回しても、知っている選手はいなかった。
まずい、こりゃ本当に由々しき事態だ。
俺の動きがよほど不審だったのだろう、譲司とサトルが近づいて来た。この二人は、たぶん俺がここに1人でいる訳を知っている。
「もしよかったら、僕とサトルが練習を見てあげる」
「ほんと?」
「1人だと何をどうしたらいいのかわかんないみたいだったから」
サトルには俺が気の毒に見えたのだろう。少しだけ怒っている。
「逍遥は誰もサポートに就かなくたって優勝できるくらいの才能もあるし知力もあるよ。でも海斗は全部が初めてで、その中で結果を残せ、なんて単なるイジメじゃない」
「怒るなよ、サトル。エントリーを断らなかった時点で俺の負けなのさ」
「断るなんて僕でも無理。さ、愚痴はこのくらいにして練習始めようか」
サトルは、自分が矢を撃つとした場合の姿勢を見せてくれた。そして2,3発、的に当てる。
とても綺麗で無駄がない。そりゃそうだ。逍遥に続く魔法科2番手のサトルと、優秀な成績ながら思うところあって魔法技術科に入った譲司。
サトルは思ってないかな、なんで自分より才能のない俺が選ばれたのか、って。
俺はたぶん、そのことを考えて萎縮してしまったのだと思う。
「海斗、姿勢が悪いよ」
突然、離話でサトルの声が聞こえた。
「ここで他のことを考えちゃダメ。真ん前にある、あの的だけを見て、的だけを射抜くことを考えて」
「ごめん」
「さ、もう一度」
俺の姿勢をチェックしながら、譲司とサトルはあーでもないこーでもない、体幹が曲がっているのでは、とか腕のしなりが足りない、とか俺を操り人形のように扱っている。
生徒会の仕事を休みながら俺の練習に付き合ってくれる、俺のために一生懸命動いてくれる二人に、感謝以外の何物もない。
その夜、サトルたちとの食事を終えた俺が部屋に戻ろうとしたときだった。
後ろから来た沢渡元会長が俺を呼び止めた。
「八朔。今、ちょっといいか」
「はい、なんでしょうか」
「お前の専属サポーターとして、日本から呼び寄せようと思っているやつがいるのだが」
「沢渡会長、僕は今の練習方法で充分満足していますが」
「いや、栗花落と岩泉がな、生徒会のことを後回しにして昼間はお前の練習を見ているから、毎日徹夜で仕事をする気なのだ。さすがにそれはまずいということで、俺と光里、麻田で考えた」
俺は正直驚いた。
2人とも何も言わず俺に寄り添ってくれていたから。
ああ、そうだよな、生徒会の仕事はここでもたくさんあるはずだ。どうして俺はそこに気が付かなかったんだろう。
2人に悪いことをした、今晩から徹夜なのだろうか。
「お気遣いありがとうございます。それで、日本からは誰が?」
「魔法技術科の1年、大前数馬だ。身体検査はしてある。お前の邪魔をするような奴ではない。万が一そいつと合わないときはまた考えよう」
「何から何までありがとうございます」
大前数馬、聞いたことの無い名前。譲司に聞けば何か分るか。
俺は早速譲司の部屋に行きインターホンを鳴らす。
「おう、オレオレ」
「どうしたの?」
「沢渡元会長が君らの激務を見かねて日本から俺のサポーターを呼んでくれるって」
「誰?」
「大前数馬、知ってる?」
「うーん、知らない名前だなあ」
「目立たないか、よほど影の薄い人間なんだろうな」
「でなきゃ、転校生かも。僕たちずっと学校にいなかったでしょ。9月だって練習ベースにして授業日程組んでたし」
「うん、沢渡元会長たちには悪いけど、会って決めようと思う」
「そうしたらいいよ。僕やサトルのことは気にしないで、君が一番安心できる相手にサポートしてもらった方がいい」
「ありがとな、でも、君たちに迷惑かける訳にもいかないからさ。良い人であってほしいと願うよ」
俺は譲司と別れ自分の部屋に入った。
大前数馬、か。1年魔法技術科ではあまり目立った存在でもなかったらしい。それがどうして沢渡元会長や光里会長の目に留まったんだろう。
八雲のように取り入ったわけじゃないだろうな。
もうあんな奴だったら、一日でお役御免にして差し支えないよな。
少なくとも譲司+サトル以上。
聖人さんや亜里沙と明クラスまでのものは望まないけど、俺の神経質細胞が疼かないような人間でないと、俺は信用しない。
初対面は明日と聞く。もう、日本を発っているのだろう。
はてさて、一体どんな人間が現れるのやら。
はっきり言って、俺は大前数馬とやらに過剰な期待を寄せていなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日、朝の食事と午前の練習は譲司とサトルが付き合ってくれた。沢渡元会長から舞台裏の話を聞いていたので、だいぶ遠慮しながらの練習になってしまい、サトルのダメ出しは物凄い。
そうなんだよ、サトルがこの競技に出ていれば、もっと活躍できたはずなんだ。サトルはそんなこと思ってないかもしれないけど、サトルの席を奪った俺としては、何としてでもいい結果を残さなければサトルに合わせる顔が無い。
結局考えは堂々巡りで、人前で笑うことさえ苦しくなる。
そんな俺に気付いたのかどうかわからないが、沢渡元会長は練習の合間に俺を呼んだ。隣には見知らぬ男子が立っていた。当然、譲司もサトルもそこにいたのだが、俺が沢渡会長のもとへ走る直前、譲司はやはり知らない顔だと首を振った。
俺が行くと、沢渡元会長は機嫌よく俺を迎え入れた。
「八朔。こちらが昨日紹介した大前数馬だ」
相手は、まるでアイドルといった端整な顔立ちの中にも落ち着いた雰囲気を漂わせていて、同じ1年とは思えないほどの風格の持ち主だった。
はて、これくらい目立つ顔立ちなら、譲司が知らないわけがないんだが。
俺が値踏みしているように捉えたのだろうか、沢渡元会長が1回だけ咳払いをした。
「学年は1年だが、大前は紅薔薇を休学しながら、世界各地の魔法技術を日本の魔法技術に応用したデバイス作製や、古典魔法のルーツを調べるなど、魔法技術における世界では有名な人間だ。お前のサポートも必ずや満足のいくものとなってくれることを願っている」
俺は前に出て、挨拶するとともに握手のために右手を差し出した。
「八朔海斗です。俺なんかのためにわざわざお越しいただき光栄です。ぜひ、色々なことを教授いただき競技の中に生かしていければと思っています」
全日本のときの俺の挨拶に比べたらなんと進歩したことか。
最初なんて、名乗って、どうぞよろしくしか言えなかった。
それが今じゃ、腹の中に無い事さえすらすらと口から出てくる。
成長するって、こういうことなのかと可笑しくなった。
大前数馬も1歩前に出て、にこりと笑った。あ、めちゃくちゃアイドル顔。紅薔薇高校内に、いや、薔薇6や全日本レベルでファンクラブが出来てもおかしくない。
「大前数馬です、君のような才能あふれる若者のサポーターをするのが夢でした。これから、二人三脚で頑張って行きましょう」
大前数馬とやら、掴みはOKだな。
譲司もサトルも向こうで嬉しそうな顔をして、やがて去っていった。おい、その前に魔法技術の世界で本当に有名なのか教えてから行け、譲司。
俺の見立てがどう変わるかは、これからのこいつの指導による。
大前数馬の方を見ながら、俺はストレッチで身体を解していた。大前くんはまず、ストレッチで伸びきらない筋肉を見つけ、上から身体を押したり捻ったりしながらストレッチの手伝いをしてくれる。
肩甲骨のストレッチで代謝を高めながら全身を解すと言うのだが、行ったストレッチがこれまた気持ち良くて、マタタビの中にいる猫状態の俺。
「終わったよ」
大前に声を掛けられたとき、俺はうつ伏せに寝ながらよだれを少々垂らしていた。いや、何ともお恥ずかしい。
その後実地練習に出た俺たちは、まず10枚、試射してみる。的に当たったのは8枚、移動後の初試射にしてみれば、悪くない。
先程の肩甲骨ストレッチが効いているような気がした。
身体がじんわりと温まり、細かい神経細胞まで脳から運動命令が出ているように思える。
そのまま、20枚、30枚と連射するが、18枚、27枚という俺にしては珍しい命中率。普段なら、途中で何回も身体をフラットにして姿勢を安定させなければならなかったのに。
俺は自然と大前くんに感謝の念を抱いた。
「ありがとう、さっきの肩甲骨ストレッチが効いたみたい。俺のことは海斗でいいよ、大前くん」
「僕のことも数馬と呼んでくれ。試合前の肩甲骨ストレッチは秘策なんだよ」
「うん、肩甲骨は初めてだった。じんわりと身体中が温まって、すごく身体の調子がいいように感じる」
「それなら良かった」
実際、魔法力だけでサポートを見るとするならば、聖人さん、亜里沙や明はパーフェクトなサポート能力を発揮している。彼らはどちらかと言えば一流プレーヤー向けのサポーターだと思う。
だが、身体能力を上げていく、つまり魔法プラス身体のサポートを組み入れた場合、数馬が取り入れてる方法は他の誰よりも俺の身体の改造をしてくれるような気分になる。
魔法に頼り切った改造ではないので、俺のように発展途上人間でも素直に受け入れられるのが嬉しい。聖人さんたちに感じてた負い目が無くなるんだ。
それにしても、この爽快感。
禁止薬物をおそるおそる摂取したり禁止魔法を自分にかけて自己の能力をあげるよりも、正当な方法で身体の能力が上がるのだからこれに越したことはない。
明日の朝からも、肩甲骨ストレッチを朝早くから入念に行い、そのあと姿勢の確認をして試射するというメニューで行くことを決めた数馬。
俺はそれから、数馬と過ごす時間が増えた。
朝昼晩の食事でさえ、数馬と一緒に摂り、数馬の言う栄養が偏らない食事を摂る様心掛けた。もちろん、量は食べられなかったけど。
逍遥は常に聖人さんと一緒にいたし、サトルと譲司は生徒会関連でいつも一緒だったから、サトルが1人で寂しさを感じることもない。OH!オールハッピー。
その晩も、俺の部屋でしばらくマッサージをしてくれた数馬。明日は公開練習の日。
普段ならくすぐったくてリタイアしてしまうのだが、数馬のマッサージは特別で、俺の筋肉と要らない贅肉を分離していくような錯覚にも捉われる。
俺は第3G時代からの自分の過去を話し、数馬は聞き役に回った。あっという間に門限の10時を過ぎた。
「もうこんな時間か。おやすみ、数馬」
「おやすみ、海斗。明日は朝6時半に迎えにくるから」
そう言い残すと、数馬は自室に向かって歩いていった。歩き方もモデル並み。どうして魔法の世界に身を置こうと思ったのか分らないほどだ。
俺は一回背伸びをする、マッサージ後の身体はどこも凝り固まった部分が無く、このままシャワーを浴びて寝れば、すぐ寝入ることができそうだった。
そんな風に考えていると、インターホンが鳴った。
画像を見ると、こりゃまた珍しい。
逍遥だった。
俺は急いで部屋のドアを開けた。
逍遥はいつものように知らぬ間に部屋に入りベッドを占領するという感じではなく、俺の返事を待って応接椅子に座った。
なんか、どうみても遠慮がちだ。
そういえば、数馬がこちらに来てから、俺は逍遥とほとんど顔を合わせていなかった。
「どうしたの、逍遥」
「いや、この頃全然話す機会が無かったなと思って」
「お互い忙しいもんな」
「うん・・・どう、新しいサポーター」
「数馬?すごく良いよ、俺に合ってると思う」
「そうか」
やはり逍遥はどこか遠慮がちに見える。いつもの逍遥らしくない。聖人さんのことを今も引きずっているんだろうか。
俺は逍遥に、ひいては聖人さんにも心配をかけたくはない。かけるわけにはいかない。
「このところずっと思ってた。聖人さんや亜里沙たちは一流のパフォーマーをサポートしてこそ、その能力が発揮できるって言うか、神髄見せたり!って感じだよね」
「そんなことはないさ」
逍遥にしては控えめな返事。
おい、逍遥、どうした。聖人さんと喧嘩でもしたか。
「いや、別に聖人と喧嘩した訳じゃない」
相変わらず、読心術だとしか考えられない返事。俺はちょっと笑った。
「じゃあどうしたのさ」
「僕は君に魔法を還元するために紅薔薇に入った。全てを還元させるためには己の強さが必要だから、今聖人にサポートしてもらってるつもりだ。でもね、時々思うんだよ。僕の父のことを思いだし、聖人なら何でも言うことを聞いてくれる、って甘えが出てるんじゃないか、って」
「甘え?」
「そう、やはりどこかで僕は聖人に甘えてる、父の下で働いた聖人にね。聖人も心の中では知ってるんだ、君のサポートに就くべきだって」
「本来どうあるべきか、って大切かもしれないけど、亜里沙との約束を果たすのも大事じゃない?これからの4連戦、君は常に1位を取り続けなきゃいけないだろう?」
「それなら聖人なしでもできる自信はある」
「聖人さんの心配はそこにあるんだ、逍遥。自信を持つことはいいけど、自信が暴走したら大変なことになる。これは団体戦じゃなく個人戦なんだから」
「聖人なしでも、ぶっちぎりのトップで折り返す自信はあるんだけどなあ」
逍遥は、俺が何を言っても聞きやしねえ。
「大丈夫、今のサポーターは俺の心身改造から入ってくれてる。俺の昔話とか色々聞いてくれてさ、まるでカウンセラーみたいなんだ。ロシア大会では一定の結果を残せると思うよ」
「僕も聖人も心の中ではかなり心配してるんだけど」
「大丈夫だから。俺の心配は要らない」
「わかった、明日の公開練習を見させてもらうよ。晩くに悪かった。おやすみ」
「逍遥も、おやすみ。腹出して寝るなよ」
逍遥の顔に笑みが漏れることはなく、終始ぎこちない表情だった。
俺は少々心配になったが、俺に出来ることは何もない。出来るとすれば、明日の公開練習で自分の力を解放することだけだ。
力の開放とは、数馬が言っていたフレーズ。
これこそが言霊ではないかと、俺は感じてる。
逍遥が部屋に帰ってから、身体が少し硬くなったように感じ、俺はシャワーを浴びてからストレッチでじんわりと身体を温めた。
よし、これで大丈夫。
寝よう。




