GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第1幕
亜里沙たちがいなくなった途端、逍遥が駆け寄ってきた。
「僕は大丈夫だから、聖人をサポーターに就けた方がいい」
俺は逍遥に向かい、首を傾げてふっと笑みを漏らした。
「もし聖人さんが俺のサポートに付きたがってたらこんなに反論してないよ。聖人さんは君のサポートがしたいんだ。還元した後輩だもん。亜里沙だってその辺は分かってたと思う」
聖人さんは右手で頭を掻きながら俺の真正面に立った。
「海斗、お前のサポートに就かなきゃいけないことは分かってるし、逍遥のサポートを辞めることはやぶさかではないんだ。でも、俺は逍遥のことを知り尽してる。逍遥が心配なのも確かな事実なんだ」
「分かってる、聖人さん。亜里沙や明が俺を心配するように、聖人さんが逍遥を心配する気持ちも」
「そうか」
「亜里沙たちは普段軍務に就いてるんでしょ、だから時間を区切って俺と逍遥の練習を見てもらえないかな。本選では逍遥のサポートをしてもらって、俺はできる限り亜里沙たちに就いてもらうから」
すべて俺の本心じゃないけど、この場を収めるにはこの方法しかない。
逍遥を誰もサポートしないなんて、あまりに逍遥が可哀想すぎる。いくら魔法部隊で特訓してて誰の力も借りず戦うことができても、逍遥だってまだ俺と同じ、精神的には幼いんだから。
「いや、僕は君と違って幼くはないよ。全日本も、薔薇6だって自分の考えだけで戦ってきた。僕を可哀想だなんて思わないでくれ。何度もいうけど、僕は1人でも大丈夫だから。聖人は君のサポーターとして現地入りすべきだ」
俺は床に向けて、ほんの小さく溜息をついた。
「逍遥、やっぱり君読心術できるんじゃない。僕が君を可哀想と思ってる、とか、幼い、とか」
「この場合、君は遠慮して聖人と僕が組めるように配慮してくれてる。それは僕が可哀想だと思うからにほかならない。僕の実力だけ見ていればそんな考えには及ばないからね。とはいえ、僕も君と同じ1年に在籍しているから精神的に幼い、と君は考えた。君と同じレベルなら皆そうだから。これが答えさ」
俺は肩の力が抜けていく。強情なやつだ、逍遥は。
「君はこの場においても絶対に認めないわけだ。ま、それはそれで。聖人さん、俺は練習だけ見てもらおうと思うんだけど、それでどう?」
「山桜たちが認めるなら、それが一番だと思う。『デュークアーチェリー』と『エリミネイトオーラ』の競技開始時間が重ならない時は、試合で俺がサポートに入ることもできるけど」
「でも試合時間や競技順によっては被る可能性だってある。亜里沙と明は俺が説得するから、その方法で行こうと思う」
「お前はそれでいいのか」
「俺自身、人に頼るだけの生活を止めなければと思えてきて。人に頼れば、言い方は悪いけど裏切られた時の悲しみは半端ないから」
そう。この大会、はっきり言って俺は聖人さんに頼りきりだった。逍遥の気持ちも何も考えずに。だから逍遥のサポートに聖人さんが就いた時、裏切られた気分になり、泣いた。
でも、人に頼りきり、と思った時、この世界でもそうなんだけど、ホントはリアル世界の両親に頼り切っている自分を思い出した。
私立だったら金もかかる。休学するまでの授業料、嘉桜高校の制服、どれもが両親が汗水たらして働いた金で賄ってた。それを俺は当たり前のように受け止めていた。
俺が今年のGPSでどれだけ力が出せるかわかんないけど、自分のことを自分で完結している逍遥を見習うことだって、還元のひとつに入るじゃないか。
亜里沙と明はやっぱり俺のことが心配で、いざとなると何かを犠牲にしてでも俺が立てるようにしてくれてる。
すごく有難いことだよ、ブラックの上意下達さえなければ・・・。
俺と逍遥、聖人さんの3人は連れ立って会場近くのタクシー乗り場からタクシーに乗った。行き先は宿泊先のホテル。なぜか今日は道が混みあい、タクシーは30分ほどでホテルに到着した。GPSでは表彰式は無い。ポイント制でGPF出場者を決める大会だから。
というわけで、試合を終えた俺たち紅薔薇高校組はアメリカでの最後の晩餐として、ホテル近くにある洋食屋さんで祝杯を挙げた。
夕方4時を回った頃。アメリカに赴いた総勢20名ほどが洋食屋さんに集結する。
最初に、光里会長が挨拶した。
「今回の大会では皆が持てる力を出し切っていい位置に付けている。このまま他の大会まで好調をキープしていこう。乾杯!」
「乾杯!」
今日は軍務も無いらしく、亜里沙と明、聖人さんは酒を飲んでいた。
亜里沙よ、明よ、お前たち、20歳過ぎてるんだな。だからリアル世界でも酒飲んでたんだ。今ようやくわかったよ。あの時分は、不良高校生と思ったものだ。
亜里沙がほろ酔い加減で俺に近づいてきた。
「で、話は纏まったの」
「少なくとも、ロシア大会での練習は時間を区切って聖人さんが両方見ることにして、試合の時は聖人さんに逍遥のサポーターとしてベンチ入りしてもらう。自分のことを自分で完結させるのだって、還元のひとつではあるんだろ」
「まあね。でも海斗。本選で誰もあんたのサポートしないのは余りに危険すぎるわ」
「競技時間が重ならない時は聖人さんに入ってもらうけど、なるべくなら、亜里沙と明に入ってほしい」
「なんで」
「俺が一番に信頼してるのがお前と明だ、ってわかったから」
「ふーん、明にも聞いてみる。なるべく試合の日は仕事入れないようにシフト組んでもらうから」
「ありがと、助かるよ」
酔ってる時の亜里沙は、絶対に怒らない。これも12年間の付き合いで学んだ成果だ。
明には亜里沙から情報が入るだろう。
と、全然酔った素振りを見せない明も近づいてきた。
「亜里沙から聞いた。大丈夫か?」
「練習は見てもらえるわけだし、本選はお前たちにお願いするし。これでOKだよ。仕事のシフトは本選の日だけは入れないでくれよ」
「了解」
2人が去って行くと、俺は壁際に移動した。
紅薔薇の一員にはなったものの、まだ俺は遠慮していて、人間観察をしようと思って近くの炭酸ジュースが入ったグラスを手に取った。
「よう、八朔」
沢渡元会長と光里会長が2人でグラスも持たずに歩いていた。
慌てて俺は会長たち用のグラスを探す。
自分のグラスをテーブルに置き、ノンアルコールのシャンパンモドキのグラスを2つ持ってきて、3人で乾杯した。
「律儀なやつだな」
沢渡元会長会長の言葉に、光里会長がクスッと笑った。沢渡会長、もしかして、酔ってます?
「今回は山あり谷ありだったようだが、お前の実力からして、もう少しレベルは上がるだろう。今後も鍛練に励め」
「はい、ありがとうございます」
「ところで、宮城がお前のサポートを外れたというのは本当か」
「え、あ、はい・・・」
「今後は誰が就く」
「あ、いえ、山桜さんと長谷部さんにお願いしようと思っています」
「向こうは忙しいだろう。どうだ、若林を付けるか」
「若林先輩は沢渡会長のサポーターです。申し訳ないどころの話ではありません。僕はどんな状況にあっても勝ちを目指したいと思います」
「良い心掛けだな」
沢渡元会長は一度だけ頷いた。光里会長もそれに倣い、2人は俺の元から去っていった。
ふう。やはり沢渡元会長の前では緊張する。
心を見透かされていそうで。
そういえば、生徒会役員連中の顔を見ていない。ここでも幹事役を仰せつかっているのか?まさに、大変な仕事だ。
次に俺のところに酔って近づいてきたのは、聖人さんだった。シャンパングラスを手に持っている。
いいですねー。俺も酒が飲みたい。
今すごく酒が飲みたい気分なんです。
「ごめんな」
もう、謝る必要なんてないんですよ。聖人さん。
俺は俺の成長のためにも、1人で練習する気概をもたなきゃいけないから。
「お前の気概のほんの少しでも逍遥に飲ませたいよ」
そんなに逍遥は聖人さんにべったりなのか?
「精神的に俺を頼っているのは確かだ。俺がいなくなったらどうするんだか」
聖人さん、どっか行っちゃうん?
「まだはっきりとは決めてないけどな。紅薔薇出たらどっかに行くだろ」
あ、そうか。卒業したら・・・やはり皆、自分の進路を決めてるよね。
俺くらいのもんだよ全然決めてないの。
3月末には亜里沙に報告しなくちゃいけないというのに。
俺を悩まし現実を直視すべき事態は、刻一刻と迫っているのを感じる。
でも、大会の時くらいはそれを忘れて一球入魂じゃないけど、自分を追い込んで行きたい。
午後5時。
飛行機の搭乗時間があるため、アメリカでの最後の晩餐は1時間もしないうちにさらっと終わった。
夜7時には、サンフランシスコの空港からヘルシンキにある空港を経由してサンクトぺテルブルクへと移動する。
凡そ30時間以上の長旅が始まる。
長崎行きのバスを経験しといてよかった・・・というのが俺の偽らざる気持ちだった。
生まれて2度目の飛行機で、またもエコノミークラスに乗車した俺は、前回同様、窮屈と言えば窮屈な空間にいた。
光流先輩は、調子そのものは戻ったらしいと聞いた。でももう競技には参加しないとのことで日本に戻ったのだが、四十九院先輩だけがサンクトぺテルブルクのロシア大会に派遣されるのかなと思っていたらそんなことはないといわれた。
サポーターが多ければ、俺のような問題も起こらないかと思ったのに。
生徒会は俺と逍遥のサポーター事件を知らなかったわけではあるまいが、(実際、絢人は生徒会に逃げた)、敢えて俺たちのことに口出しはしなかった。
亜里沙と明が一枚かんでいるから、というのが本音だろう。
ま、俺如きのことに生徒会を巻き込むつもりもないが、絢人はこれからどうするんだろう。あ、もしかしたら絢人はサンフランシスコから日本に強制送還されたかもしれない。
機内の何処を見ても、絢人の顔はなかった。同時に、亜里沙と明の姿も無かった。
絢人の場合、俺にも逍遥にも、サポーターとしての働きを見せることができなかったという理由は大いにあり得る。
別に俺は絢人が嫌だったわけじゃない。あの時は聖人さんがいなくなり、亜里沙たちもいなかったから不安だったんだ。
ごめん、絢人。
君を信じないで己に負けた俺が悪かったのに、君になすりつけた格好になった。本当にゴメン。
ヘルシンキの空港で1回乗り換えるために席から立ち上がった時は、またもや身体中がバキバキしていた。
聖人さんが俺を見て目を爛々と光らせてる。
「向こうに着いたら、身体中解してやるぞ~、覚悟しとけ」
それはそれで、怖い。
聖人さんさんから、俺の心を読んでるような発言が飛び出す。俺の周りは読心術ばかり。声にならない声まで全部拾われてしまう。
「大丈夫、それだってサポーターの役割だ」
「げっ」
「なんだよ、げっ、て」
「マッサージはこちょこちょが苦手だから。逍遥にやってあげて」
「お前さ、どこまで慎ましくやるつもり?この世界、盗るか盗られるかだったりするんだぞ」
「こういう生き方しかできないから。この世界に合わないなら・・・」
そこまで早口でいうと、ピタリと俺は押し黙った。
“リアル世界に帰るだけ”と言いそうになったのだ。
もちろん、俺の心を読んだであろう聖人さんさんも何も言わなかった。
そうだよ、ここに来てなお、俺には逃げ道があるんだ。
皆のように逃げ道さえなくて悩むことがない。まるでお坊ちゃまみたいに生活してる俺。
だから俺は競技に勝てない。
ハングリー精神が足りないから。
一時はもう帰れないと思いこちらに馴染もうとしたが、帰れる家が復活したことにより、また、俺の決心は揺らいでいたのだ。
中途半端が一番まずいことは知っている。
でも、競技だけに集中できない俺がいるのもまた確固たる事実。
ここに来て俺の中の神経質細胞がまた目覚めた。
ああ、今日の夜は眠れそうにない。
思った通り、乗り継いだ後の飛行機の中では、寝ようとしたが全然眠れない俺がいた。逍遥は隣でイビキまでとは言わないけど、もそもそ寝言か何かを呟きながら寝入っていた。
俺は窓側の席を逍遥に譲っていたので、トイレに行くふりをして立ち上がった。
俺が後ろの席の脇を通り抜けようとしたとき、逍遥の後ろに席を取ってる聖人さんが左手を上げて俺に応答した。
離話で話そう、そういっているように見えた。
するとすぐに離話が来た。
「眠れないのか」
「まあね」
「ヘルシンキでの言葉か」
「それもあるけど」
「他にも?」
「何もかも中途半端だな、って思ってさ」
「何もかも?」
「こっちで上手くいかなくてもリアル世界に帰る家があって、それを心のどこかで最後の砦にしてるからハングリー精神も生まれない。結果、試合には勝てない。その繰り返し」
「なるほどな」
「俺はメンタルが強いんじゃなくて、周りが俺を支えてくれるだけ。他の選手より恵まれてる環境にあるだけ」
「それは違うんじゃないの。お前、自分が蝶よ花よでここまで来たと思ってないか」
「そう思ってる。事実そうでしょ」
「じゃあ、周りは蝶よ花よの人なんていない、とも思ってるだろ」
「うん。第3Gのときから俺って特別扱いだった。こんなに特別扱いされる人見たこと無いよ」
「確かに、周辺の人たちはお前を励ました、でもさ、魔法をこんだけの速さで習得したのはお前自身だよな。他の誰でもない、お前自身」
「まあ、魔法についてはそう思うけど」
「だからさ、面倒なこと考えないで、目の前のことだけ考えればいいんじゃねーかな」
「今なら的に当てることだけ、ってことでしょ」
「そう、逍遥も俺も何もなくて、目の前にある的だけ」
「それができないから難しいんだよねー。どうやったら的のことだけ考えられる?」
「逍遥じゃないけど、絶対に1位で折り返す」
「逍遥は世界的に見てもすごいもん。てか、魔法部隊所属の高校生って、反則でしょ」
「他にも自国の魔法部隊に所属してるやつたくさんいるぞ。逍遥は日本軍魔法部隊」
「そうなの?」
「そうだよ、お前すごく賢そうでいて、たまに思いっきりヌケてるよな」
人の前でヌケてると言うのもどうかとは思ったが、それより何より、各国の魔法部隊関係者がこの大会に出ているという事実が、俺の興味を引いた。
「聖人さんはそれが誰だかわかるの?」
「今のやつらは若いからわかんねーけど、俺が魔法部隊にいた時は高校にも所属してこういう大会に出てたやつがいたよ。今も変わらんはずだ」
「そか、聖人さん高校行かなかったんだっけ」
「その対価かは知らんけど、大佐さまよ」
「あの事件さえなければ、今頃大将殿モンだったね」
「そ、人間欲出すとダメな。俺も欲出した直後に引っ掛かったわ。なあ、海斗、考え過ぎても朝は来るし、何も考えなくても朝は来る。どうせなら良い方向に何か考えたほうがよくねー?」
聖人さんは、酔っているのか何なのか、いい加減な発言が増えてきた。
少しだけでも寝よ。
俺は酔っ払いをひとり置き去りにして、席に戻りぐるぐると毛布にくるまった。




