GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第7幕
俺は不安だった。
逍遥は明らかに聖人さんを必要としている。
全日本や薔薇6じゃ見せなかった逍遥の一面。
逍遥は、俺が聖人さんを奪ったと考えてはいないだろうか。
絢人を嫌ったりしてないだろうか。
俺を、八朔海斗を嫌ったりしてないだろうか。
さっきのは夢?幻?現実?
いや、俺が両親を捨てたのは事実で、こちらの世界で役に立っていないのも事実。
その俺が亜里沙たちに近づくなど言語道断で、向こうは上意下達の先鋭を突っ走っているような組織の中にいる。
ああ、絢人が言いたかったのはこれか。
亜里沙と明には上意下達の前衛的な部分があると俺に伝えたかったのだろう。
皮肉なもんだ。
やっと上意下達から抜け出そうとしてる紅薔薇高校に、半端ない上意下達の流れがあるなんて。
生徒会そのものは上意下達から何とかして変わろうとしているのに、魔法部隊から派遣されている生徒は全然違うというわけか。
その割に、逍遥はそれを良しとしていないようだが。
聖人さんは今のところ上意下達の考えはないようだが、元々が魔法部隊大佐の身分だったわけだから、それそのものが身に付いていないわけがない。
もう、何が何だかわからなくなった。
誰を手本にしていいのかも、誰に頼ったらいいのかも。
俺は自力で立つことは出来るようになったけれど、心が追いつかず、何も手に付かない状態になってしまった。集中力がまったく無くなった。
もちろん、練習どころではなく『デュークアーチェリー』の的さえ前にすることができなかった。
こんなんで、公開練習大丈夫なんだろうか。公開練習欠席もできるよな、たぶん。
でも、公開練習もできないメンタルの人間が、翌々日の勝負に勝てるわけなどないと思わないか?
聖人さんがアリーナから俺を引きずりだした。何を思ったのかは知らないが、俺はひとりタクシーに乗せられた。行き先は、宿舎のホテル。
そうだよ、俺はもう不必要なモノ。
聖人さんは逍遥のサポーターとしてこの先進むつもりなんだろう。
どうやってタクシーを降り、どうやってホテルの自室に着いたのか覚えていない。
でも俺は、ユニフォームから着替えもしないで洗面所に駆け込んでいだ。涙が溢れるのを、止めることはできなかった。
我慢しても溢れてくる涙。
俺はどうしたらいいのか。
もう、ここから逃げ出してしまいたい。そうすれば、悩むこともない。
昼。誰にも会いたくなかった俺は、時間になると早々にレストランに降りて野菜ジュースを2本、トレイに載せた。
何も食べる気にはなれなかった。
何らかの栄養補給は不可欠だったが、この状態では公開練習にも行けないだろうから、特段栄養を摂る必要もない。
っと。
誰かが俺の前に立った。
この顔は・・・確か見たことがある、なんだっけ、欧米チームの、ほら・・・。
「僕はロシアのアレクセイだよ。こっちはサーシャ」
簡単な紹介を英語でゆっくり話してくれるので、俺にも聞き取り易い。訛りとかそういったものもあるんだろうが、挑戦するってだけで、俺はその人を尊敬する。
ちなみに、俺は日本語でしゃべり向こうは英語で返してくるという、ミラクルな会話術である。
赤く腫れた目を隠すように下を向きながら挨拶する。
「こんにちは」
2人は心配そうな顔をした。
「調子が悪いの?」
「まあ、そんなところ」
「じゃあ、これを食べるといいよ。栄養剤さ」
アレクセイの手の中にあったのは、たったひとつのガムだった。
「ありがとう」
「公開練習前だろう、噛んでしまうといい」
そこでやおら我に返った俺。
「ゴメン、俺、今歯が悪くてガムダメなんだ。あとで食べさせてもらうよ」
そういってガムをユニフォームのポケットにしまった。2人の顔は優しげだったけど、どこか、そうだ、目に異様な感じがあったんだ。
ロシア勢と別れると俺はすぐに部屋に篭った。
ユニフォームからガムを出す。
たぶんこれは、禁止薬物のはず。
どうして俺に?
ああ、先日の練習で調子が良かったからか。
敵は潰すに限る、ってか。
でも、あからさまな方法だよね。俺は今ぼーっとしてるから間違えて飲んだかもしれないけど、普通の選手なら警戒するところだ。
なのに平然としてガムを渡す2人に、ある意味感動してしまう。
さて、俺はこれを何処に持っていけばいいだろう。
紅薔薇高校から運営に持っていくのが一番組織として正しいやり方だと解した俺は、上の階まで階段で上がり、生徒会役員室のインターホンを押した。
「はい」
南園さんの爽やかな声とともに、ドアが開いた。
亜里沙や明がいるかもしれないのは分かっているけど、あの(=上意下達)話を聞いた後なので、いるのかいないのか問いかけるのは止めた。
もしかしたら、2人とも俺のタメ口に閉口していた可能性は・・・大いにある。
ひとこと言ってくれれば、ここに着てまでタメ口なんて止めたのに。
恥ずかしいという気持ちもあったけど、上意下達を決して良しとしていない俺にとって、亜里沙たちのさっきのような行動、そう、逍遥を叱咤しパワハラしてる場面はみたくなかった。
と、今はパワハラの話じゃなかった。危なく忘れるところだった。
「さっき、ロシア代表の選手に栄養剤としてもらったんだけど」
俺の片手にはガムが一つ。
皆がこっちに近づいてきて俺の右手を見る。
最後に亜里沙が明と一緒に奥から出てきた。なんだ、帰ってたのか。
なんか、目つき悪い。俺は飲まないで持ってきたんだから褒められると思ってたのに。
「ロシアのどっち?」
「2人揃って」
明は頭を掻いていた。明としては珍しいリアクションだ。
「こりゃ参ったな」
亜里沙も欠伸をしながら明と一緒に俺の前に立った。
「海斗、とにかくありがとう。今回のように、もらったものは直ぐに服用しないでね」
「了解」
あ、これも言わなくちゃ
「俺、やっぱり絢人にサポートお願いするよ」
亜里沙の目の色が変わる。お願いだ、白目をむかないでくれ。
「なんで」
「もう争いたくないから」
「あんた、何しにここに来てんの」
「GPSに出るため」
「あんたの地力はまだまだ発展途上なの、聖人さんのようなベテランに見てもらう必要があるのよ」
そんなこと言われてもなあ。
俺は皆に助けられてんのに、逍遥は常に1人きりってのは俺のポリシーに反する。
人って、孤独になったとき自分のベストを尽くせるとは限らないから。
明が俺の頭を掴んで右に左にぐるぐると回した。
「今回は緊急避難的に俺と亜里沙が試合の時にサポートするよ」
「お前たち忙しいんじゃないの」
「試合は観に来るつもりだったから大丈夫」
絢人には申し訳なかったが、亜里沙と明がサポートしてくれるのなら、それに越したことはない。
「じゃあ、公式練習は?」
「ゴメン、その時間は打ち合わせがあるんだ」
「そうか・・・」
「お前の言うとおり、聖人さんから絢人にサポートを交換して、本選は俺たち俺たち2人が見るから」
「了解」
昼飯でホテルに帰ってるはずの聖人さんに連絡をとり、絢人にサポートを交換し、俺に関する諸事項をレクチャーしてもらった。レクチャーと言っても姿勢だけなので、楽々とまでは行かないものの悩むほどのサポート内容でもないだろう。
「よっ、海斗」
聖人さんが一度俺の部屋に来た。
はっきり言って、涙が出た。
本当は聖人さんに教えてもらいたかった。
でも聖人さんは何も言わず、サポートが変わる旨の挨拶だけすると部屋を出た。
俺が気持ちを読心術に引っ掛からない程の奥深くにしまったのか、聖人さんが気付いていながら無視したのかはわからない。
やはり、俺はこの場に相応しくないということか。
午後2時からの公開練習。
ホテルを出る俺の傍らにいたのは絢人だった。
公開練習では、亜里沙と明が観ていないということもあったのだろうか。
俺の結果は散々で、30枚中5枚しか命中しなかった。
もちろん絢人はレクチャーどおり俺の姿勢に気を付けてできる限りのことをしてくれたし、俺も落ち込んだ気分を元通り、とまではいかないけど、明日の本戦のことを中心に考えてきた。
それでも、集中力が全くと言っていいほど欠けていたのだと思う。
あまりにも拙劣な出来。
絢人が涙ぐみながら頭を下げた。
「ごめん、海斗」
ここは絢人が謝るシチュエーションではないわな。
「俺が集中力切らしたのが原因だよ」
落ちこむ絢人にデコピンしながら、俺は一旦1人でアリーナを出て、外の空気を吸いながら天を仰いだ。
真っ青な空。
遠くに見えるうろこ雲。
何やってんだ、俺。
なんのために憔悴しきった父さんや母さん置いてまで、この世界にきたんだ。
俺、なんのためにここにいるんだ。
絢人泣かせてまで。
腕を上げて背伸びして、深呼吸した。
何か、力が少しだけ漲って来るような気がした。
もう、今日のことは仕方がない、命中しなかったモノは仕方がない。
本番は、明日。
俺はまたアリーナに戻り、帰る用意をして絢人と一緒に外に出た。
絢人はまだ落ち込んでいた。
「ごめん、何の役にも立たないサポーターなんて要らないよね」
「絢人のせいじゃない。もう忘れよう。悪いイメージ持ち続けたら明日に持ち越してしまうから」
俺は絢人の背中をドン!と叩いて前を向いて歩きだした。
「ほら、前を向こう。本番は明日だ」
絢人は泣き腫らした顔を、下を向いたままの顔を、ようやく上げてくれた。
俺たち2人は、前を向きながらタクシー乗り場まで歩いた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「海斗っ!!」
あーあ、聖人さんの声がする。こりゃー相当怒ってるな。
「どういうことだっ!!」
仕方ないでしょ、やっちまったものは。
でも、これで俺に対するマークは確実に減ったと思うんだけど。
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
自分でも集中力切らした原因わかんないっす。
「こーなることが心配だったんだ」
大丈夫だよ、明日は亜里沙や明も試合でのサポーター席に入るし。
「そうでないと俺が困るわ」
んー。ノーコメント。
聖人さんの読心術と会話した結果だ。
読心術ってスゲー。
昼間はみんなの前で、努めて明るく振舞っていたけど、取り敢えず夕食済んで部屋に戻った俺は、ガタガタと手足が震えてしまって、もう部屋から外に出られそうになかった。
明日、イメージ通りに的に当てられるだろうか。
それより何より、こんなに震えていたら会場に行けない。
逍遥みたいな人間にはある程度の緊張が必要なのだろうけど、俺は元々こういう煌びやかな世界は苦手だったりする。
そうだよ、人前に出るのは苦手中の苦手なんだよ。
目立ちたがり屋はこういう機会を「よっしゃー」とばかりに活用するんだろう。いや、決して逍遥のことを言ってるわけじゃない。
逍遥は目立ちたいとも思ってないはず。
ただ単に、目立つことを怖れないタイプなんだ。
逍遥と少し話してみたら、目立つことを怖れない心境のお相伴に与れるかもしれない。
俺はジャージ姿のまま、カードキーを持って逍遥の部屋を訪ねた。
「はーい、どーぞー」
相変わらずの軽い応答。緊張感のきの字もない。
逍遥に聞いても無駄だと知りつつ、部屋の中に入って開口一番、一応言葉にしてみた。
「緊張感を失くす方法知らないか」
「知らない」
「じゃ、緊張感の中でも普段通りに出来る方法は?」
「うーん。信念を持つことじゃないかな」
「信念?」
「そう。例えば薔薇6のマジックガンショットのとき。僕は君のタイムを見て自分のタイムを割り出したろ?」
「最後なんて有り得ないタイムだったな、君は」
「そこが信念なんだよ。絶対にやり遂げてみせる、って」
「絶対にやり遂げる、信念か・・・」
「今の君に必要だとすれば、絶対に射抜いてみせる、といったところかな」
「射抜いて見せる・・・」
「言葉にはマジックがある。言葉は言霊になる。言霊は信念に通じる」
「言霊?」
「なんていったら解り易いかな、一般的には呪力や霊的な力と言われたりするけど、うーん、僕は呪力とか霊的な力というよりも、希望を宿したフレーズだと解釈してる」
「言霊か・・・」
「信じる信じないは人それぞれさ」
「いや、俺は信じるよ。俺自身の過去がそれを物語ってる。中学とか高校受験の時、母さんはマイナスの言葉しか言わなくてさ。それじゃ、受かりっこないよな」
「でもそこには自身の努力も入ってくるよ。何もしないでプラスの結果を求めても無理に決まってるでしょ」
「そりゃそうか」
俺は笑って逍遥の頬っぺたを抓りながらおどけた。
「言霊って、魔法の言葉かもしれないな」
逍遥もくすっと笑みを浮かべながら頷いた。
俺は何となく気持ちが楽になったように感じた。
別に逍遥と仲違いしたわけじゃないし。こうしてアドバイスもくれる。そのアドバイスは、俺にとってピンポイントで効くようなものばかりだ。
逍遥の言った「信念を持つ」ことの大事さを俺は噛みしめていた。
そう。俺だって今までサボって寝てたわけじゃない、それなりに練習を熟してきたつもりだ。
明日は明日でどうなるかわかんないけど、逍遥の言うように、絶対に的を射ぬいてみせる。いや、きっとどうにかしてみせる。
それが俺の言霊だ。
逍遥の部屋を暇して自分の部屋に帰った俺に、聖人さんから便箋一枚のメモが届いていた。
「俺はもうお前と行動を共にしない。お前の健闘を心から祈ってる」
聖人さん、俺、今までのこと心から感謝します。
皆に見守られて今がある。恩返しじゃないけど、明日俺は自分のために、みんなのために的を射る。
俺は軽くシャワーを浴びストレッチを入念に行って、もう一度シャワーを浴びた。
まだ午後の9時。いつもの俺の睡眠開始時間よりちょっと早いけど、俺はTシャツとハーフパンツで布団にくるまった。




