GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第6幕
リュカの後釜で『エリミネイトオーラ』の練習していたのは、クロードと呼ばれる男子らしい。ルイはクロードへの挨拶もそこそこに自分の練習に取り組んでいたが、サポーターと思しき男子が何から何まで教えていたし、サポーターが何度も名前を呼んでいたので、選手として出場するのはクロードなんだろう。
同じ国の代表選手なのに、ルイとクロードは何か雰囲気が違った。
クロードが『エリミネイトオーラ』を気に入ったような仕草を見せると、ルイはちょっとヒステリック気味に自分のサポーターを呼んだ。そして、すぐさま『デュークアーチェリー』の練習に切り替えた。弓道のように姿勢を正す動きが見られたので、きっと出場種目を変えたに違いない。
そしてルイはちょっと引き攣った表情でグラウンドでの練習を止め、1人アリーナへと向かった。
一旦グラウンドで逍遥の練習を見ていた俺。理由は、聖人さんが逍遥にアドバイスをしていたから。逍遥ときたら、絢人の面目丸つぶれじゃないかと思うんだけど、それを超えてでも、GPSを勝ち越しGPFに前進することが第一の目的なのだろうと思った。
逍遥の言葉でいうところの「還元」
もしかしたら、聖人さんは逍遥少年に魔法を還元したのだろうか。
特にそう思ったことに理由は無いんだけど、逍遥の聖人さんへの信頼度の高さは半端じゃない。
聖人さんがサポーターに就けば、逍遥はもっともっと力を出し切れるかもしれない。
ごめんな、俺が聖人さん盗った格好になって。
絢人は良い奴だし頭も切れるし1年の中では譲司の次くらいに、いや、譲司と並んで魔法技術に精通しているけれど、サポーターとしては新人だし、相性というものもある。
生徒会では逍遥の魔法力が人並み以上であることから、勉強の意味も込めて絢人を付けたのだろうが、生憎、逍遥の御眼鏡に適うサポーターとしての働きには不十分だったようだ。
俺としては、教えてもらえるなら聖人さんが第一候補だけど逍遥の邪魔をするつもりもない。
一度はGPSも諦めかけたくらいで、絶対勝利の4文字は俺の頭の中にはない。このままサポーターを交換しても異議はないという、ないない尽くしの心境だった。
公開練習ということで、今日は午前中の通常練習から生徒会役員もこぞってギャラリーの中に顔を見せていた。誰に言えばサポーターを変えてもらえるんだろう。サトルや譲司じゃ無理っぽい。やっぱり光里会長だろうか。
俺が練習もそこそこに紅薔薇生徒会役員たちが集まってる場所へ行こうと駈け出したそのとき。
「このタコ!さぼってんじゃねえっ!!」
逍遥の練習を見ていたはずの聖人さんが俺の方を向いて大声を出した。
いや、あの。
お二人のために俺なりに考えた答えなんですけど。
何もサボってたわけじゃ・・・。
絢人はここにはいない。
たぶん、逍遥のサポーターを降りたんだと思う。
あ、やっぱり生徒会役員の人たちと一緒にいる。
となれば、サポーターで空いてるのは光流先輩が棄権したために急遽その任を解かれた四十九院先輩だけ。
四十九院先輩のサポートがどのくらいのものか俺には分らなかったけど、俺はおまけでここにいるようなものだし。
「いでっ!!」
頭頂部と後頭部に一発ずつ、拳骨が命中した。
誰だよ、人が一生懸命考えてるのに。
と思ったら、逍遥と聖人さんだった。
「タコ助、何考えてやがる。お前は立派な選手であって、おまけなんかじゃねーよ」
「君の悪い癖が出たね。絢人は生徒会の書記にと要望があったから、今大会中にその任をサトルと二人で熟してるんだよ」
「いや、それでも四十九院先輩がいるじゃない」
「光流先輩と一緒に帰ったよ、日本に」
「え、じゃあ俺のサポート誰やるの?ああ、亜里沙と明か」
逍遥は俺の言いっぷりを聞いて、かなり渋い顔をする。声も1オクターブ低くなり、俺の耳元でぼそぼそと囁く。
「前に言いそびれたけど、あの2人は従軍しているため普段はいないんだ。昔の友だちだった時代とは立場も階級もレベルも違う。友達だった時代を忘れた方がいいと思うよ」
すると、俺の中で、砂時計が壊れて砂が一斉に零れ落ちるような感覚がひらひらと舞う。決して重い発言では無いけれど、もう時間が巻戻らないというその一言は、リアル世界にいる憔悴しきった俺の両親を思い起こさせた。
俺が両親を捨てたように、亜里沙と明は俺を捨てた。そういうことだよな、あんとき約束したのも嘘だったんだ。
俺の中で、もう一人の冷めた俺が、これまでこっちの世界でやってきたことは全て無駄だったのさ、と囁いている。今まで頑張ってきたもう一人の熱い俺は、氷の世界に跪き、氷と同化しようとしている。
もう、起き上がれない、立てない。
立っているのは、俺の抜け殻だけ。
「おい、海斗、タコ。聞いてんのか」
聖人さんが何回か俺に声を掛けたようだったが、俺にはその声が聞こえなかった。アリーナに動くべき時間が来て、逍遥が隣に付いていたらしかったが、何を話したのか覚えていない。
聖人さんがアリーナの中で『デュークアーチェリー』の練習をさせようとしたらしいのだが、俺の身体はそれを拒否って腕を上げられなかったという。自分では、何も覚えていない。
公開練習は午後なのに、あと少しでやってくるというのに、俺は全く魔法が使えなかった。というより、使おうとしなかった。
これではリアル世界に帰される。
そうか、俺、リアル世界に帰るべきなんだ。
ひとりで生きればいいんだ。
3月末に答えを出さなくとも、今、答えを出せばいいじゃないか。
俺は自らアリーナを出ようとしたらしい。
バシッ。
俺は左頬をビンタされた。続けて右も。
鈍い痛みだけが感触として俺の脳に伝わる。たぶん、俺は死んだ魚のような目をしていたと思う。
「何やってんの、あんたは」
ようやく、亜里沙の声が遠くに聞える。
でも、それだけ。
今度はもっとすごい一撃が俺を襲った。左と右頬に、強烈な一発を食らった。
亜里沙が逍遥や聖人さんと喧嘩している、というより一方的に説教しているような声がおぼろげに聞こえた。
目の前に、ぼんやりと明の顔が見えた。
「どうしたんだよ、海斗」
俺は返事をしなかったらしい。
するともう2発、左頬にビンタを食らった。
「海斗、俺だよ、明だよ、どうしたんだ」
それまで俺は立っているのがやっとで、聞きなれた声が鼓膜に響いた瞬間、俺は床に崩れ落ちた。
気が付くと、俺はアリーナ外の壁際に座らされていた。
目の前には、三白眼になり口元はへの字に歪み、眉をつり上げている亜里沙が立っている。
亜里沙の前には逍遥が立っていて、亜里沙が平手打ちを右、左と逍遥に浴びせている。
声にならない声で、俺は必死に亜里沙の足下にしがみついた。
「や、め、ろ」
亜里沙は俺の方を見ずに尚も逍遥に平手打ちを続けていた。
「亜里沙・・・止めろ・・・」
俺の声は亜里沙に届いていなかったと見える。
「四月一日。これは私たちの決定事項であって、お前如きが口を挟む問題ではない。出しゃばるな」
亜里沙に平手打ちされるなんて逍遥にとってはプライドが許さなかっただろうに。
でも、思いのほか、逍遥は悔恨の情に駆られていたらしい。
「申し訳ございません、言ってはいけないことを言ってしまいました」
聖人さんは誰に味方するでなく、黙ってその様子をみているだけだった。
俺が足下に縋りついているのがようやく分かったのか、亜里沙は逍遥への平手打ちを止めた。
「海斗、気が付いたの」
「もう・・・そんなことは・・・止めてくれ」
亜里沙は俺の頭をポンポン叩く。
「四月一日。練習に戻りなさい」
「了解しました」
亜里沙の表情がいつものワンパク亜里沙に戻っている。
逍遥が表情を硬くしたまま、グラウンドに去っていく。
俺の目は、耳は、やっと正常範囲に戻ってきた。
「亜里沙、今のパワハラ。訴えられたら負ける」
「あーら、あんなの序の口よ」
そこにやや厳しい顔つきをして口出ししたのは聖人さんだった。
「で、どうする」
亜里沙も明も、心底困ったような顔をする。
「ああ、もう。絢人は逃げちゃうし。聖人さん、あなたはどうしたらいいと思う?」
「俺が逍遥を見るか、明が見るか。この2択だろ。あの我儘を見られるのは俺たちくらいのもんだ」
明はいつもの優しい声ながら、結構はっきりものを言う。
「四月一日は1人でも大丈夫でしょう。本人は還元と称してますし。ただ、海斗は発展途上です。俺たちが軍務で一緒にいられないとなれば、メンタルが落ちるのは周知の事実です」
「試合は重ならないからいいとして、問題は練習なんだよ。逍遥はあれでいて考え方がまだ子供だから、1日中ほったらかすと練習しなくなる」
「俺や亜里沙が言ったら直りますか」
「直るだろうけど、軍務あるだろ?」
「そうですね、明後日の海斗の試合には間に合わせますが」
俺は別に、GPSでなくてもいいし。
でなけりゃ、俺と絢人が一緒になればいい。
簡単なことだ。
すると亜里沙が目をむいて怒る。
「あんた約束したでしょ、GPS出る、って」
亜里沙お得意、読心術というやつか。
「お前たちが一緒に行くのが条件だった」
「試合は大丈夫、見るけど、練習までは難しいの。今回はたまたま来れたからいいけど」
「じゃあ、俺が絢人とチーム組めばいいだろ?」
皆が黙り込む。
「別に、聖人さんに姿勢とか教えてもらったし、的に当てるだけだから」
本心では、聖人さんに付いて練習するのが理想的だとは思ってる。
でも、自分の我儘をとおせるくらい、俺は強くない。
なら、別に絢人でもいいじゃない。
「やっぱり絢人にサポートしてもらうから。姿勢の部分だけ絢人にレクチャーしておいてよ」
聖人さんも亜里沙も明も、まだ黙ったままだった。
もしかしたら、全日本や薔薇6のショットガンは絢人が作ったものではなかったのかもしれない。亜里沙や明が詳細まで設計し、絢人がデバイスに作り上げただけだったのか?
あの時はブレーンという言葉だけしか知らなかったから、プログラミングなんて誰がやってるか上の空で聞いてたんだよ。
俺の前で立ってる3人は何を悩んでいるのだろう。
別に、悩むほどのモノでもないのに。




