GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第5幕
ふう。
無事こちらの世界へ帰ってきたな。
もうリアル世界との行ったり来たりはないと思っていたから、今日のリアル世界は驚いたなんてもんじゃない。
父さんは俺の正体に気付いてたような気がするし。
俺は早速、生徒会役員室に向かった。
部屋の前で呼吸を整えてから、インターホンを押す。
しばらく誰も出てこなかった。ちょっとばかり怒りにも似た心境でもう一度インターホンをじゃかじゃか鳴らす。
亜里沙と明にひと言だけでも言わねば気が済まない、そんな思いだった。
5分は待たされただろうか。帰ろうかどうしようか迷ったが、これは伝えておくべき事実でもあるだろう。ドアが開くまで待ち続けた。
やっとドアが開いた。南園さんが受付嬢のように立っている。
「どうしました、八朔さん」
「亜里沙と明は」
「お2人は今しがた到着されて、会議中ですが」
「終わるまで待たせていただきますので2人に伝えてください」
「私が言付かりましょうか」
「いえ、俺の口から話したいことですんで」
「承知しました」
南園さんは、衝立で仕切られた応接セットへと足を運び、何やら隣の会話が途切れた。
何分も待つつもりでドアのところに立っていたので、亜里沙が出て来た時、俺はちょっと驚いた。もう会議が終わったのか、と。
亜里沙は何が何だかわからないといった表情だった。
「今、あんたのことが議題に上がってんの」
「リアル世界に戻った話か」
「そう」
「どうなってんだよ、向こうも俺のこと覚えてたぞ。お前魔法に失敗しただろ」
「失礼な。あたしの魔法は完璧だったわ。でも、あんたのご両親の子供を想う心が勝ってたのね」
「とにかく、母さんは未だしも、父さんは俺が海斗だって気付いてたようだし」
「そうか、気付いちゃったか」
「記憶喪失かなんかだと思ってるみたいだ。俺、向こうに帰る気ないからね」
「また、どうしてそんなに意地張るの」
「海斗として帰った直後くらいさ、あの人たちが優しいのは。すぐに俺は人形としての生活に戻される。それだけは絶対に嫌だ」
「嘉桜の制服まで買ってくれてんのに?」
「いなくなって半年くらいだからだろ、反省してんの」
亜里沙は深い溜息を洩らしながら俺をじっと見つめた。
「あんたさ、今日はこっちの世界に帰ってこれたからだけど、帰ってこれなくなる事態だってあり得るでしょ。そん時はどうするつもりだったの」
・・・。
痛いところを突かれた。
そう、今日だってたまたま移動魔法がうまく作用してこっちの世界に戻っただけかもしれない。
「そうだな、俺が不必要なモノになったら、こっちの世界ではただのガラクタでしかないわな」
「誰もモノとは言ってないわよ」
「もしもガラクタ判定されたら、今年度が終わるまでに俺の進退も考えないと」
「今年度?3月末ということ?」
「それくらいが目安だろ。切も良いし。ただし、ガラクタ判定されたらね。何でか知らないけど、競技に関連して寮を離れた時に限り、この現象が起きてる気がするんだよ」
「それもそうね」
「だから、それまで波動とやらを綿密に監視してくれ」
「了解。じゃあ半年後にあんたの考えを聞くことにするから。それまでは波動がおかしくならないよう監視しとくわ」
俺は、今年度の試合が全て終わるまで自分の考え方を纏めて、考えを実行に移さなければと感じていた。どっちに転ぶにしても、自分で選択しなければ。
「頼むよ。折角の練習や人とのかかわりを無駄にしたくない」
亜里沙が急に聖母マリア様のような優しい顔で微笑んだ。
「変わったわね、あんた」
「何が」
「昔なら、練習とか嫌いだし人とのかかわりなんて持ちたくない、そういってたのに」
「そうだっけ」
「あら、記憶喪失?」
「うるせえ」
後ろを向いて俺に手を振ると、亜里沙は衝立の陰に消えた。
部屋の時計を確認した。もう夕方5時。そろそろ食事の時間だ。
嫌な時期に戻ってしまった。
あんなに一気に年をとったような父さんや母さんには会いたくなかった。
でも、でもだよ?可哀想な両親とは思うものの、今までのように玩具として扱われる生活だけは御免被る。
でも、魔法が通用しなくて、こっちの世界で用無しになることだって往々にしてあるだろう。その時俺はどうすればいいのか。
ああ、考えが纏まらない。
そうだ、今考えるべきは、両親のことではなくGPSの試合。
明日の公式練習で気が散るのも気がかりだ、というよりか、現在進行形で思い出したくもない思い出だけが俺をがんじがらめにする。
姿勢を真っ直ぐにして的を思い浮かべてみるが、どうにも気が散って仕方がない。
両親のことを忘れられる魔法でもないものだろうか。
聖人さんなら、何か知ってるかな。
俺は自分の部屋を出て、聖人さんの部屋のインターホンを押した。
聖人さんは制服姿で俺を出迎えた。
「今呼びに行こうと思ってたところだ」
でも、俺がどうにもこうにもやりきれない顔をしていたことにすぐ気が付いたようだった。
「どうした、何かあったか」
俺は一旦聖人さんの部屋に入れてもらい、先程起こった事の顛末を語った。
聖人さんの意見を聞きたかったわけじゃないけど、亜里沙と明以外の誰かに話したかったんだ。逍遥にはなぜかわからないけど、話しづらかった。
「お前は戻ろうかこっちで生きようか迷ってんだな」
「そんなことない。もう、戻る気はないよ」
「なら、何を悩んでる」
「なんで今の大切な時期に戻されるかな、と思って」
「お前の波動とやらが暴走してんだろう、ほんとに向こうのことをお前自身が忘れたなら、暴走なんて起きないだろうが」
「聖人さんも俺が向こうに行った方がいいと思ってるの」
「そういうわけではないさ。親子の間には切っても切れない血が流れてる。俺も何だかんだと父を否定してきたけど、こうして離れてみて、やっと自分の立ち位置がわかった程度だから」
そうだ、聖人さんは勘当された身だった。
でも、ここで比べたら聖人さんは気分を害してしまうだろう。
俺だって、両親がまるっきり嫌いなわけじゃない。ただただ、あのヒステリー母さんとお金に託けて泉沢学院にいくことを強要した父さん。2人に挟まれて人格すら否定されかねい生活を送りたくなかっただけだ。
それが解決されれば、今日リアル世界で経験したような生活に戻れれば・・・俺はいったい、どうしたいと思うだろう。
俺たちが2人で神妙な顔をしているところに、ご機嫌絶好調の逍遥がやってきた。
「2人とも、答えを出すのは今でなくてもいいじゃない」
まるで俺たちの会話の内容がわかっているかのような言葉を発し、俺たちをレストランへとギリギリ引っ張って連れて行く。
レストランに入る前、ついに俺は逍遥に対し嫌味とも取れるような発言をしてしまった。
「逍遥、君はいつも元気でいいねえ」
「それは僕に対する嫌味かい?僕だっていろいろ悩んで今があるんだ。海斗だって、そのうち答えが出るよ。聖人は・・・どうかな」
聖人さんがサラサラの髪をかき上げながら逍遥に拳骨をかまそうとしている。
「おい、落とすくらいなら俺の名前はだすな」
レストランでは、珍しく光里会長と沢渡元会長が食事をしていた。
2人とも和食。1日1回は米だよ、うん、そう思う。
俺たちが入っていったときはちょうど食べ終わったところのようで、席を立つところだった。
沢渡元会長がレストランに入った俺たち3人に気付いて近づいてきた。
「悩みは尽きないだろう。だが、それぞれに自分の役割を果たせ」
誰に向かって言ったのかは定かではないが、これは俺やに聖人さんに対する言葉だとも感じられた。
だって、逍遥に尽きない悩みがあるとは思えないから。
朝、昼、夜とバイキング方式で食べたいものが食べられるレストランは俺にとって非常に有難い。
でもその実態は、学生が多いと、固定メニューでは量が足りないとか、洋食でも自国の料理をメインにしろとか結構クレームを入れられるそうで、そんなに食いたいなら選んで食え、という方式に変わったのだとか。
それに、チップの問題もある。俺たちは学生だからお金はほとんど持っていない。
日本のようにチップ文化が根付いていない国からアメリカに行くと、双方が悲惨な目に遭い、嫌な思いをする。だからチップを廃止して定額をお給料に上乗せするんだとか。
でも、ウェイターやウェイトレスさんからの評判はあまりよくないと聞く。そりゃそうだ。通常なら、自分の接客次第でチップの額も変わってくるのだろう。それが、適当にしているウェイターと同じ額を給料に、と言われても納得がいかないはずだ。
あ、でも、このチップ話は俺の妄想が過度に入ってる。だって俺、外国に旅行したこと無いもん。
俺たち3人はトレイを持ってうろうろし始め、聖人さんはすぐにテーブルに着いた。
逍遥はこれまた珍しく洋食中心にトレイに乗せていく。
俺は相も変わらず今度はフランスパンとコーンスープ、野菜ジュースとレタスの種類豊富なサラダをチョイス。また聖人さんにメインのおかずを取れと言われて肉コーナーへと移動する。
あまり食べたくないんだよねえ。今日の今日だし、寿司食ったし。から揚げがあったのでから揚げを3つだけ皿に取ってテーブルに戻った。
聖人さんは今日の出来事を知っていたから、それ以上文句は言わなかった。逍遥は、ご機嫌絶好調のまま。競技の薀蓄を俺に垂れ流す。聖人さんと漫才をしながら。逍遥なりの気遣いなんだろう、これが。
それが嬉しくもあったが、俺の心の曇りを晴らすまでには至らなかった。
今日は欧米勢が食事に来ていなかった。
食べ終わって部屋に戻ったのかは分からない。
ただ、フランスのあの2人の顔が妙に脳内の片隅には残ったが。
いつもは頗る上機嫌といった顔つきでいつも過ごしているように見えたのに、あんなお通夜に出てますみたいなどんよりとした空気感は初めてだった。
まあ、俺だって今日はかなりどんよりな顔つきではあるんだろうけど。
夕食が終わり、3人でEVまで歩いてる時の事。
聖人さんが俺の肩を叩きながら、逍遥はボディブローをかます。いだいっつーの。
「今日は早めに休め。ホットミルクでも飲めば眠れるだろ」
「気を遣わせてごめんなさい。それって冷蔵庫にあるの」
逍遥はまたもやボディブローの体勢をとりながら、呆れた声を出す。
「冷蔵庫で冷やしたらホットになんないでしょうが」
「そんなの知ってるよ、レンジでもあるのかなと思って」
「ルームサービス頼めば持ってきてくれるよ」
途端に俺は緊張する。
「だってそれってフロントに電話して持ってきてもらって。英語しゃべらないとダメじゃないか・・・あ、ほら、チップとか。俺、金持ってないし」
聖人さんと逍遥はくっくっくと苦笑いで俺の言葉を受け止めた。
「お前さ、英語聞けばわかるんだろ」
「その前にフロントに電話しないといけないんでしょ」
「部屋番号とホットミルクっていえば持ってきてくれるんじゃない?」
2人とも流暢に英語が喋れるから俺のような凡人の悩みが分らないんだ!!
「いいっす。俺、飲まなくても眠れますよ」
「俺が頼んで持ってってやろうか?」
「前に、聖人さんが持ってきた物でも飲むな、っていったじゃないすか」
「そりゃそうだ」
逍遥はもう、俺の悩みなどお構いなしに突っ走っている。
「海斗、シャワー浴びてゆっくりストレッチすれば眠れるって。ホットミルク気にするよりその方が現実的だろ」
俺は心が折れそうになっているけど、皆には見せられない。
プライド高いのかな、俺って。
「いいよ、今日は部屋に帰って寝るから」
俺は自分の部屋に帰るまで無口だった。逍遥と聖人さんの漫才にも耳を傾けず、ぽっかりと空いた心の穴をどうすれば塞げるのかもわからない。
「おい、海斗。猫背になってるぞ」
自分の部屋に入る直前、聖人さんに指摘された。
「うん・・・わかった・・・」
つまるところ、何もわかっていなかったのだが。
俺は猫背を加速させ、しょんぼりと自分の部屋に入り、制服のままベッドに転がった。右膝の部分が汚れていた。
そうだ、あれは夢ではない。
すべて現実に起こったこと。
聖人さんに言わせれば、俺がリアル世界のことをすべて忘れていれば、波動がおかしくなるはずがないという。
亜里沙の持ってきた薬が効かなかったとき、もっと抗議すれば良かった。
もうすべて忘れて、こっちの世界で暮したかった。
過去2回、リアル世界に戻った時はこんなに気分は落ち込まなかった。
過去のときは両親の態度に腹をたてていたのも理由のひとつではあったんだろうが、こちらに戻り易い環境が整えられていたかもと思わざるを得ない。俺がこちらに戻りたいと願えば、直ぐにでも戻れる環境にあったのかもしれない。
でも、今回は何か違うような気がした。
移動魔法が上手くいったから戻ってきたようなもので、魔法を知らなければ、魔法を巧く使えなければ俺は戻ってこれなかったはずで。
正直に言うと、今の俺はリアル世界に戻るより、ここで競技を行い良い成績を残し、講堂で俺に対しバッシングを浴びせたやつらに一泡吹かせてやりたいと思う気持ちの方が強かった。
・・・だから戻ってきたのか。
総ては俺の心のままに、というやつか。
親不孝な息子かもしれないけど、俺は自分の力に賭けてみたいし、どこまで通用するか、上まで登れるか試してみたい。
リアル世界に居た頃のように、できないからと決めつける性格をぶっ壊して上に進みたい。ここで暮してようやくそう思えるようになったのは確かだから、俺は今ここからいなくなるようなことはできない。
でも、両親の狼狽ぶりは、俺にとってかなり堪えたのも確かだった。
半年ほどいなくなっただけなのに、あんなに老け込んだ父さん、いつもはキーキーうるさかったのに声が小さくなった母さん。
ごめんなさい、親不孝な息子で。
あそこで帰っていれば、父さんたちをこれ以上悲しませないで済んだんだよね。
亜里沙との約束の日まであと半年。
俺はある覚悟を持って、これからの生活を送る、そう決めたのだった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
色々と考えているうちに、制服姿のまま寝てしまったのだろう。
翌朝起きると、顔は腫れぼったいし制服はシワシワだし、俺は発狂しそうになっていた。
こういうときは聖人さんが何か知ってるはず、と早速聖人さんの部屋のインターホンを鳴らす。
う、まだ寝てる時間かも。ピンポンダッシュするわけにもいかず、そのまま立ち尽くす俺。
「んん。まだ朝の6時じゃねーか。いくら昨夜早く寝たからって、起きんの早すぎ」
そういいながらも、聖人さんは俺を部屋に入れてくれた。
「顔もパンパンだし、制服シワシワだし。どうしたらいい?」
「顔はどうにもなんねえなあ。服は脱いで魔法かければどうにかなるけどさ。右脚の膝ンとこ擦れてるけど、それも直すか?」
正直、迷った。
あの両親の寂しげな背中を忘れてもいいのか。
それとも、すべて忘れて今を生きるか。
「それも直して」
この先はどうあろうとも、俺は今を生き、目標を達成する覚悟を持たなければならない。
「じゃあ脱げ」
「え?今?」
「あたりめーよ。誰も襲いやしねえから大丈夫だ。俺にそういう趣味はない」
うかうかしてると強行採決されそうなので、聖人さんのジャージを一時借用して制服を脱いだ。聖人さんは180cmほど身長があるらしく、俺が穿くとジャージの裾はよれている。
はあ、もう少し身長が欲しかった。
聖人さんは右手を翳し、上から下に手をおろした。
すると制服は綺麗な状態に戻った。自己修復魔法。服にも応用できたんだ。でも、サトルは確か「ホーリー」と呟いてから右手を翳していたような気がする。高等魔法ともなれば、デバイスや呪文も必要ないのかもしれない。
「ありがとう、聖人さん」
「顔は、一旦シャワー浴びてから冷蔵庫の氷枕使って目の部分だけでも冷やせ。だいぶ変わるはずだ」
「うん、今日の公開練習は何時から?」
「非公開の練習が10時からで、公開練習は2時からだ。少し動いて絞れば、顔つきも元に戻るから心配すんな」
「わかった」
聖人さん大好きの逍遥には悪いけど、本当に、聖人さんが俺のサポーターでよかった。他の人ならこんなこと相談できなかった。サトルや譲司は生徒会のことで忙しいし、絢人はしっかりしてるけど俺の本当の闇を知らない。
制服を持って部屋に入り、自分のジャージに着替えて聖人さんの分を返しに行く。ほんの数分だけだから洗わなくていいかなあ、それとも一般の礼儀として、ここは洗って返すべきなんだろうか。
うーん。
そんなどうでもいいことで悩む俺。
「おう、そんなん気にしなくていいから持ってこい」
思った通り、聖人さんは優しくて、強い。
朝の7時過ぎまでシャワーを浴びたり腫れた目元を冷やしたり。
どうにか見られる顔になっかたどうか。自分ではまだ腫れててカッコ悪いと思うけど、他人様って、思ったほど俺の顔に興味ないんだよね。
興味というか、空気を読まず突っ込んでくるのは逍遥だけ。
今朝も、ほらきた。
「海斗、どうしたの?顔腫れてる」
「そこは突っ込まないでくれよ」
「ああ、昨日の余波か」
「そんなとこ」
生徒会役員とは時間がずれたから合わなかったんだと思う、亜里沙はこないだ会って少し話したけど、明なんてしばらく顔も見ていない。元気にやってんだろうか。波動の乱れを監視しているのは明だと前に聞いた。それで忙しい部分もあるだろう。
ま、元気でなければそれこそ亜里沙から知らせが来るはず。元気でやってると信じたい。
現地時間の午前9時半。
俺は聖人さんとともに市の国際競技場までタクシーを飛ばし会場まで向かう。他で調整を続けていた逍遥や絢人も今日は一緒だ。
「どうだ逍遥、調子は」
「絶好調」
絢人が助手席から後ろを振り向きながら聖人さんに直訴してる。
「昨日ソフトが届いたから特別に夜の会場借りて練習したんだけど、逍遥ったら絶好調とか言い出して練習止めないんだモン。本戦に影響でないかヒヤヒヤしたよ」
聖人さんは胸元のサングラスで遊びながら爽やかな笑いを絶やさない。
「絶好調か。ならそれをイメージ記憶に蓄えて、本選まで持っていけるな、逍遥」
「もちろん」
「絢人、逍遥の暴走はいつものことだから気にするな。ただ、体調面の水分補給や塩分補給だけはお前が見ててやってくれ」
「わかりました」
逍遥が隣に乗った俺の顔をじっと見つめる。
「朝よりはいくらかマシになったけど、海斗は大丈夫なの」
「向こうでやってみないとわかんない」
「聖人、海斗のこと、よろしくね」
絢人も俺の顔を見て何かあったくらいに感じたのだろうが、何も突っこんでこなかった。ありがとう、絢人。
タクシーが会場に着いた。
最初に絢人が、次に聖人さん、逍遥、俺の順でタクシーから降りる。
会場のグラウンドでは、すでに『バルトガンショット』『エリミネイトオーラ』の練習を開始している国もあった。
どうしてか、光流先輩の姿が見えず、変わりに光里会長が『バルトガンショット』の練習を始めていた。
聖人さんが蘇芳先輩の元へ駆け寄り、何やら互いに低い声で話しあっている。
しばらく話をしていたが、聖人さんが首を横に振り、蘇芳先輩から離れた。
「光流の調子が今ひとつみたいで、日本に戻るそうだ。光里が『バルトガンショット』に回る。『プレースリジット』は沢渡先輩1人で臨むらしい。お前らも体調の変化には気を付けろ、絶対に無理はするな。今回はGPSの初戦だが、今日で全てが終わるわけじゃないから」
逍遥が俺の分まで返事する。
「了解」
「よし、じゃあ2人の分、順番とってこよう」
「僕が行きます」
絢人は走って施設管理者の部屋に入っていく。
絢人が来るまでの間、俺たちが目にしたのは、様々な競技にトライしている外国勢の姿だった。中でも『バルトガンショット』の練習者が多い。
日本選手の出来不出来を見ながらエントリーを変えて臨むつもりらしい。
うん?ルイの姿は見えるがリュカの姿が見えない。いつも仲良く行動していたのに。ルイもソフトを使い『バルトガンショット』の練習を行っている。なんだかあまり楽しそうではなかった。
国分くんは『エリミネイトオーラ』の練習を続けている。ソフトを使って。
絢人はしばらく戻ってこなかったが、施設管理者の部屋から出て近づいてきたと思ったら、声に出さず俺たちに両手で大きく丸を作ってみせる。
逍遥は何か気付いたようだったが、声にも態度にも表さない。
タタタッと軽やかに俺たちの元に走ってきた絢人は、ある一つの情報を俺たちに齎した。
「フランスの選手が禁止薬物で引っ掛かったらしい」
「なんでそこで丸印」
逍遥のツッコミにもめげず、絢人は事実らしき伝聞を俺たちの前で披露する。
「フランスの選手、リュカっていったかな、エフェドリンが検出されたって」
「風邪薬の成分?アンフェタミンと似た作用があるらしいけど」
俺は残念ながら薬物については素人以下だ。
「どんな作用?」
逍遥は眉を顰め俺の耳元で囁く。
「眠気と疲労感が無くなる,そして闘争心や集中力が高まるといわれてる。国分事件の時話さなかったっけ」
「聞いたかもしれないけど忘れた」
すると絢人は自分の方を見ろとでもばかりに、大きく手を振る。
「本人は風邪薬も飲んでない、って言ってたみたいだけど。まさか国分事件と同じように食べ物に入れられたわけじゃないよね」
逍遥は眉を顰めたまま、絢人に言葉を返す。
「ここの料理に入れたとしたら、何人もの人が食べるはずだよ。有り得ないと思うけど」
「じゃあ、リュカが何者かに勧められた何かを飲んだ」
「そういうことじゃないかと僕は思う」
俺はふと気が付いた。ここって、外国だよね。
「ここならアンフェタミンも楽に入手できるんじゃない?」
皆の血の気が引いていく。
特に国分事件を知っている逍遥は、明らかに動揺したような素振りを見せた。
「また化け猫でもいるって?勘弁してくれよ」
絢人や聖人さんは直接関わらなかったが、あの日のことは紅薔薇のほとんどの生徒が知っていると聞いたことがある。なんつっても、当時の沢渡会長直々に捕まえた犯人だったから。
逍遥と絢人の2人が五月七日さんを話題に出している隣で、俺は下を向きながらサトルのことを考えていた。
もし、もしもサトルの作ったドリンクを誰かが飲んでしまったら、今、サトルはここにいることができなかったのではないか。確か、そうに違いない。サトルは風邪薬を飲料に混ぜ込んでいた。
そう思うと、サトルは運が良かったとしか言いようがない。
本当に、みんなの身に、サトルの身に、何事も無くてよかった。
聖人さんは逍遥と絢人の会話を無表情で黙って聞いているだけ。
自分の過去を思い出したに違いない。身につまされているのかもしれない。加害者と被害者の区別は違ったけれど。
聖人さんにしてみれば、今は慕われている身でも、その実禁止魔法を駆使し俺を潰そうとしていたのだから。
摂取したとされる禁止薬物を誰かに飲まされたのか自分で飲んだものかわからないけど、練習時はホントに楽しそうに『エリミネイトオーラ』でルイと追いかけっこをしていたリュカ。彼の演武を見られないのは少し残念な気がした。




