GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第4幕
「どうした、君」
「どうしたの、大丈夫?」
誰だ。
俺を呼ぶのは誰だ。
アメリカにあるホテル内で倒れたはずなのに、俺の耳に聞えてきたのは、なんと両親の声に近い。いや、紛れもなく両親の声だった。
ここは、どこだ。
なぜ両親の声が聞こえる。
またリアル世界に戻ったというのか。
亜里沙が壁を作ったのではなかったのか。
なぜ、という言葉だけが俺の脳裏をよぎり、少なからず驚愕の事実が全身を支配する。
しかし、これは現実らしい。
どうやら俺の身体と魂はリアル世界に飛び、この人たちの近くで急に倒れたと見るべきか。
足音で、2人が俺が倒れた場所に駆け寄ったのがわかった。
救急車でも呼ぼうと思ったのだろう。
父さんが俺を助け起こし、母さんが額の汗を拭こうとバッグからハンカチを出した。
突然、2人の手が止った。
「海斗?」
「お父さん、海斗だわ」
俺はどう対応して良いかわからずに、瞬間的に自分の手元を見た。
紅薔薇の制服を着ている。
父さん、母さん、貴方たちの息子はこの世界にはいないよ。俺は紅薔薇高校に通い魔法を勉強しているただの学生だ。
助け起こしてくれた父さんに、俺は告げた。
「ありがとうございます、1人で立てますので」
「あ、ああ。君、名前は?」
名前?八朔海斗だけど、本名を名乗るわけにもいかない。
「四月一日逍遥です」
母さんが目に涙を浮かべながら俺の手を握った。
「あなたは私たちの息子に生き写しなんです。八朔海斗という名前に聞き覚えはありませんか」
父さんも俺が立ち上がるのに最後まで手を貸しながら頷く。
「何処かで事故に遭い記憶を失ったかもしれない」
そうか、この人たちの中では、俺は家出してしまった息子で、どこかで事故に遭い記憶喪失になったのではないか、そういう流れで物事が進んでいる。
俺は反論した。
顔や声さえもが八朔海斗なのに、不自然ではあるのだが。
「いえ、自分は今まで事故にあったり記憶を失ったことはありません」
両親は二人で肩を落とし、母さんは泣きだした。
「私たちがあの子を追い詰めてしまった」
父さんは涙こそ見せなかったが、随分と老け込んだ顔になった。俺がいなくなってから方々探し回ったんだろう。
俺が戻ってしまったリアル世界で今は、何月何日なんだろう。
でもそんなこと聞いたらますます本物ではないかと疑われてしまう。
俺はこの人たちと一緒にいるべきではない、直感的にそう思った。
「お気遣いありがとうございます、では・・・」
「待ってください、これからどちらに」
父さんが俺の腕を掴む。
こんな制服は県内の学校には無い。学校に行くなどと言ったところで嘘なのは目に見えている。
「演劇のサークルに行く途中です」
俺は、常日頃から嘘がつき慣れないばかりに地雷を踏んだような気がした。
父さんは俺の腕を掴んだまま引き留め離さない。
「もし、もしお時間頂けるなら、家に来てもらえませんか」
母さんも泣きながら父さんの案に頷いた。
「私たちの話を聞いて下さいませんか」
俺は早々にここを立ち去りたかったんだが、両親の涙を前に、ぶっきら棒に断ることはできなかった。
「1時間だけなら」
父さんと母さんは喜んで俺をぐいぐい引っ張っていく。
街並みを見ると、家から出て10分くらい歩いたところにある川沿いの遊歩道なのがわかった。
なんで二人で遊歩道なんて歩いてるんだ?
散歩でもしてたのか?
ま、今の俺には関係ないけど。
つーか、戻れんのかな、向こうの世界に。
俺はもうこの両親とやっていきたくないから向こうの世界を選んだのに、何で今、こっちに戻されるんだ。
それにしても、これがリアル世界だとしたら、だ。
父さんたちがこんなに憔悴しつつも午後に2人で散歩しているところを見ると、俺がいなくなってから半年といったところか。
なぜ午後だとわかったかって?
もうすぐ夕暮れが近づいてる太陽だよ。みりゃわかる。
なぜ半年と思うかって?
一義的には、太陽の高さ。
そんでもって、ひと月やそこらじゃ、この人たちが本気になって俺を探すわけがない。家出したバカ息子は1週間も持たないで家に戻ると踏んでいたはずだから。
俺は紅薔薇の制服を着たまま、両親のあとをとぼとぼとついて歩かざるを得なかった。
もう少しうまい嘘ついて逃げ切るんだった。失敗した。
家まで歩いて10分。
両親は何も話さず、時折後ろを向いて俺の姿を確認する。
またいなくなったら大変だとばかりに。
いや、どんなに怒られようが謝られようが、俺はもうあの家には帰らないよ。
もう怒ってはいないけれど、子どもの人権無視する家なんて願い下げだから。
それでも、こんなに弱りきった両親をぶっちぎって逃げることもできない。
俺はどの世界においても優柔不断なのかなと思ってみたりもする。
でも、向こうの世界にいったからこそ、この人たちに腹を立てることもなくなったのも確かだ。リアル世界に居れば、間違いなく家出していたろうし、将来を悲観し自殺していたかもしれない。
それだけ、あの時の俺の精神状態は普通じゃなかったといえるから。
一旦離れて見たからこそ、色んな思いが交錯し、今がある。
帰らないと決めたからこそ、成長した部分も確実にある。
ゆっくりと歩きながら、俺たち3人は家に着いた。
母さんは寿司屋に電話していた。俺の好物だった寿司を頼むと言って。
父さんはリビングに入り応接セットに座って、俺にも座るよう勧めてきた。
俺は父さんの斜め向かいに座った。
父さんはとても驚いたように俺を見る。
「うちの息子も、いつもその席に座っていました」
あちゃっ。
つい癖で。
「そうでしたか。自分も自宅ではいつもこの席なんです」
また、つき慣れない嘘をつく。嘘だと自覚しているから、父さんの顔を直視できない。
母さんが嬉しそうな声で俺に告げる。
「もうすぐお寿司きますから」
「どうぞお構いなく」
出てくるフルーツやお菓子も、俺が好きだったものばかり。
以前なら食わせろと言っても出したこともないのに。
俺が出て行って、(たぶんこの様子だと出ていったと思うんだけど)この人たちはどんな風に感じたんだろう。
寿司が来るまでの間、2階を見せたいという両親に俺は抗えず、母さんと一緒に階段を上がることにした。2階のドアは新調されていた。なぜなのかはわからない。
新しいドアを開けると、机とベッド、クローゼットも新調されていた。机の上にはカレンダーがあり、バツ印が並ぶ。
俺が見つからなかった日に×印をつけているんだろう。
カレンダーを覗き込むと、10月4日の木曜日まで×印が書き込んである。
とすれば、今日は10月5日、金曜日のはずだ。
平日の午後まで俺を探す両親。
仕事だって忙しいだろうに。
なぜ?そこまでして俺を探す?
玩具がいなくなったから?
いや、そこまでいったらこの人たちに悪いか。
そして、クローゼットの中から母さんが出してきたのは、泉沢学院の制服ではなく、嘉桜高校の制服だった。
そして母さんは、俺が聞いていないことまで話す。
「この制服、新調したんです。息子がいなくなってから」
「新調?どちらに通われているんですか」
「泉沢学院に通っていました。でももう退学し、制服などは捨てました」
「なぜですか」
「あの子の悩みを聞いてあげなかったばかりに、家出して今は行方が分かりません。帰ってきたときにと思って・・・」
ちょうど寿司が届いたようで、涙で潤んだ目をこすりながら母さんは1階に降りていった。
亜里沙。部屋ごとぶっ飛ばしたのはわかった。でも、俺の部屋は修理したらしい。父さんも母さんも、俺のことを忘れていなかった。
お前、失敗したんだろ。俺に黙ってたな。
何もかもが新しくなった部屋を見ながら、俺は部屋の片隅に「異世界にて、我、最強を目指す。」の本があったのを目ざとく見つけた。
中をめくる。
惜しい、薔薇6までしか連載されてない。
GPSと、俺が今リアル世界に居ることは話も始まっていなかった。
母さんに「四月一日さん」と呼ばれロクな返事が出来なかった俺だが、とにかく海斗であることを悟られてはいけない。
俺は本を制服のポケットに滑り込ませた。
階下から呼ばれ、ゆっくりと音を立てずに階段を下りる。
「どうぞ、召し上がって」
「済みません、ご馳走にまで預かってしまって」
「いいえ、いいの。あの子が一番好きなお寿司だったの」
「そうですか」
そういいながら、ちょっと腹が減っていた俺は、ガリを隅に全て退けてから寿司を食い始めた。いつも食う順番があるのだが、それをやったら海斗なのがばれるから、食う順番はバラバラにした。
母さんはそれでも、ガリを遠くに除ける姿を見て息子を思い出したらしい。
またもや、自分の息子に似ていると言っては母の涙が頬を伝う。
父さんも母さんも、昔いつも俺にしてたように怒鳴ったり高圧的な態度を取るでなく、こんなに優しい姿を見せる。こんなのいつ以来だろうというくらいに優しかった。
でも、ここに戻れば、必ずやまたあの日のように問題がリフレインするはずだ。泉沢学院は退学したようだし嘉桜を受けることも許してくれているようだが・・・。
なにより、今の俺はGPSに出たいという気持ちが強かった。ある意味両親を不幸のどん底に突き落としてでも、紅薔薇にいたいと思う気持ちの方が強かった。
ああ、どうやってここを抜け出そうか。どうやれば向こうの世界に戻れるのだろう。
とにもかくにも、ここを出なければ。
「海斗」
突然父さんから呼ばれ、思わず返事をしそうになり身体が固まった。振り向きそうになった。たぶん、父さんは俺が海斗だと踏んでる。
でも、俺はこの家の八朔海斗ではない。
今言えるのは、それだけだった。
寿司までご馳走になり、俺は夕日がもう西に落ち始め、雲がオレンジ色に染まるころ八朔家を後にした。
「いつでも遊びに来てください」
「お待ちしていますから」
両親はそういいながら、俺が見えなくなるまで手を振り続けた。なぜわかったかって?俺も両親に対して少し申し訳ない気持ちがあったから、100m、200mと歩きながら角を曲がるまで両親に会釈していたんだ。
そうそう、向かいの家に、ダルメシアンはいなかった。
もしかしたら、あのババアが餌をやらずに天に召されたか、保健所にでも連れて行ったか。いや、保健所に連れて行ったら持ちこみ料をとられるはずだから、前者だな。
ダルメシアン、次は優しい飼い主に逢えるといいな。
もう向かいには誰も住んでる様子はない。カーテンが全部屋外されていた。
俺がいなくなってから引っ越したんだろう。
さて。俺は両親が見えなくなると取り留めもなく歩きながら遊歩道へ近づいていった。ジョギングやウォーキングをする人たちも多く、ここではちょっと姿を消すことはできないだろう。
つーか、帰る手段を俺は知らない。
それよりなにより、俺って向こうの世界で、もうお払い箱になったんだろうか。だからここにいるのか?
お払い箱にするんなら、一言ぐらいあってもいいよな。
試合に出るためにわざわざアメリカまで行ったんすけど。
悩みながら向こうの世界へ行けそうな場所を探す。
歩き続けていると、川沿いに不思議なゲームセンターがあったのを思いだし、駆け足でその場所まで戻った。
やはり、あった。俺が向こうの世界に行ったあたりには無かった建物だ。
普通こんなところにゲームセンターなんて作れないだろ。建築基準満たしてるのか?
でもまあ、いい。ここの階段かトイレなら急に姿を消しても誰も目を留めることはないだろう。俺はゲームセンターに入って階段を探した。
ない。
EVしかない。
いいさ、EVでも構わない。
移動魔法が効くかどうかわかんないけど、俺はEVに入り、呟いた。
「15階」
EVが動き出した。
そしてすぐに停まる。
どうも15階までの動きとは思えず、魔法が効いていないのだろうと思わざるを得ない。
ああ、サトルに聞いておくんだった。
しかし、EVの開くボタンを押して外に出てみると、そこはハイアットホテルの廊下だった。




