GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第2幕
その晩は、眠いというか眠くないというか。
眠いんだけど、今まで我慢してきた心と体は「まだまだ頑張れるぜ!」とばかりに寝ることを拒否している。
しかし、明日から本選まで、自分のパフォーマンスをピークに持っていくためには、規則正しい生活が必須になる。
俺は枕に顔を埋めてうつ伏せになったり横を向いたりして、もう1時間が経とうとしている。
あー、なんて俺って神経質!
そう思った途端寝てしまったのか、次に気が付いた時は枕によだれを垂らしながら、すでに朝を迎えていた。
部屋にある画面付きインターホンが鳴る。
日本と違い、海外のまともなホテルは全て画面がついたインターホンが設置されていた。日本人くらいだよね、相手も確認せずにドアを開けるのは。
こっちの世界に来て横浜のホテルに入った時、それだけは面喰ったのを覚えてる。
さて、誰だ、俺を呼ぶのは。
ぼさぼさ頭で画面を見る。
部屋の前にいたのは、聖人さんと逍遥だった。
今何時だ?
急いで時計を見ると、朝食の約束をしていた朝の7時半。
「ゴメン、直ぐ着替えるから待ってて!」
そういうとインターホンを切り、クローゼットに仕舞った制服を探す。
制服を着て靴下穿いて靴履いて。ああ、靴の中で靴下がよれる。直さなくちゃと思い、また靴下を脱ぐ。その繰り返し。
最後に、ユニットバスの鏡を覗き込んで髪にブラシを入れる。
げっ、ちょっと後頭部が跳ねてる。
でも、これ以上2人を待たせてはおけない。
「お待たせ!」
「相変わらず髪ハネてるね」
逍遥の嫌味というか、的確なお言葉もスルーし、3人で2階のレストランに向かった。
このホテルでも、日本にいる時と同じように朝食からバイキング方式で料理を提供していた。
聖人さんと逍遥は和食を選択したが、俺はとても食べられそうにないのでパンケーキとホットミルク、レタスサラダを選択。
逍遥は聖人さんに告げ口してた。
「コイツ、全日本でも薔薇6でも、全然食わなくて」
「これから運動すること考えれば、ちゃんと食わないと。食えるか?」
「いや、無理」
ホテル内には他国からのGPS出場者も宿泊しているらしく、薔薇6を思い起こさせる。
俺は英語はリスニング=聞くだけなら大体の意味がわかる。話す方は今一つだが。
いかにも欧州とか北米の若い衆が話しているのを聞く限り、魔法に関することのようだ。
俺自体は純粋に日本語しか話さないのだが、逍遥や聖人さんは英語を話せるようだった。
「すごいね、2人とも」
「僕は色々とあって、中学時代に英会話を特訓したの」
「俺は魔法部隊の時代だな。習ったというよりか、演習で海外に出掛ける時は英語必須だったから必死に覚えたよ」
「へえ。俺は聞く方だけ。話すのはできない」
「聞くのが出来りゃ問題ないって」
俺がスプーンを口元まで運んだ時のことだ、逍遥が俺の制服を指さす。
「ところで海斗。ネクタイ曲がってないか?」
「えっ?ほんと?」
「洗面所で見ておいでよ」
「食うもの食ってから行け、食いたくなくなるぞ」
聖人さんの方がマナー的にも正しいと思う。お腹痛いわけでもないし、今席を立つ理由はネクタイの件だけだから。
ただ、人からどう見えるかが気になって俺の食欲は今一つだった。
逍遥は俺の神経質細胞の動きがなぜか分るんだよね。
ネクタイを気にして一生懸命パクパクと食べるのでパンケーキの味もサラダの新鮮さもわからない。
牛乳もぐいっと飲み干すと、とにかく皿を空にしたのを確認して、俺は洗面所に向かった。
鏡を見る。
逍遥に騙された・・・。
ネクタイは曲がってない。
何故逍遥は俺に嘘をつくのか。嘘は嫌いなはずなのに。
ああ、聖人さんと内緒の話でもあるのか。
考えてみれば、聖人さんは紅薔薇に復帰してからずっと俺と一緒にいた。逍遥にしてみれば以前からの知り合いでもあり、なにかしら相談というか、話がしたかったんだろう。
それならば、少し帰らないでみるか。
俺は洗面所から出て、階下に広がる景色を見ながらゆっくりと歩いていた。
すると、茶髪の外国人2人に片言の日本語で話しかけられた。
「キミ、参加する?」
「え?」
「GPS」
「あ、はい」
「僕たち、フランス。僕、ルイ、彼、リュカ。君は?」
「僕?海斗」
「カイト?タコ?」
「たこ?」
「空飛ぶ、タコ」
「・・・ああ、凧」
「カイト、タコ!!よろしく!」
「あ・・・うん、よろしくね」
2人はその後楽しそうに母国語で話しながらレストランから去っていった。
たぶん、フランス語。
俺はフランス語はさっぱりわからない。
え?さっぱりは標準語じゃないって?
ちっとも、が標準語かも。
いや、全然が標準語か。
フランス選手団も同じホテルに宿泊していることがわかった。何年だろう。1年かな。
そんなこんなでレストランに戻ったら、逍遥がふて腐れている。
どうした、逍遥。
「どうしたも何も。君が帰ってこないからだよ」
聖人さんも逍遥との長話に飽き飽きしていたらしい。
「出るか」
そのひと言で、俺達3人は席から立ち上がった。逍遥などは、ふて腐れて大きな音を立てて椅子を引きずっている。聖人さんから小声で注意されるとフグのように頬っぺたを膨らます逍遥。聖人さんはそれを見ることなく、先頭に立ってレストランを後にした。
周囲では俺たちを気にしている人たちがたくさんいたようなのだが、誰も話しかけて来ようとはしなかった。
睨むような視線ではなく、同じ目的を持って話したがっている人が多かったのかもしれない。どうやら俺はその辺の表情から人の真意をくみ取る方法には疎かったらしい。
部屋へ歩き出した逍遥は、文句ばかり言っている。
「初めての顔だから1年だとか、どのくらい魔法力があるのだろうとか、そんな話ばかりだったよ、周りは。話しかけてもらえればちゃんと返したのに」
聖人さんは逍遥のふて腐れ顔を見て苦笑している。
「あっちから聞こえた「大したこと無さそう」って言われたことに腹立ててんだよ、こいつ」
「僕の場合、顔や体格だけで判断されても困るんだけど」
俺がフランス人と思しき2人に声を掛けられたことを話すと、興味を示す逍遥。
「へえ、たいした度胸と自信だね」
「なんというか、タコになって終わった」
EVの中で、聖人さんが腹を抱えて笑い出す。聖人さんは、絶対笑う上戸だと思う。
「なるほど、カイトだからタコか。お前のニックネームになりそう」
俺は口を蛸のように尖がらせ、本気で反対する。
「タコって言うとあの蛸思い出すから止めて」
逍遥が首を傾げる。
「なんで、いいじゃない」
「なんでいいんだよ、あのヌメヌメを考えただけで震えがくる」
「仙台なら漁業とか盛んじゃないの?」
「仙台はほとんどがビル街と住宅地だよ」
「そうなの?こっちに比べて田舎だから近くに漁業施設とかあるんだとばかり」
俺はメトロノームのように指を振る。
「周辺はそうだけど、仙台には無いと思う、たぶん」
そうなんだよ、都会の人は仙台の良さを知らないから色々言う。
でも、遊ぶ場所こそ少ないけど生活するにはちょうどいい、今でも俺はそう思っている。
何で俺はここで田舎自慢してるんだろう。
普通なら、明日の練習のこととか、会場のこととか、それこそ色々語ることがあると思うんだけど。
聖人さんも逍遥も直ぐに自室に入ってしまい、俺は練習開始までの時間、とても暇な気分に陥った。
よし、生徒会役員室に行って亜里沙と明が着てるか、覗きながら確かめよう。
俺は階段を上がって生徒会役員室の前に着いた。
インターホンを押す。少し身なりを整えてっと。インターホン画面の向こうにネクタイ曲がった生徒がいたら誰だって嫌だろう?
インターホンを取ったのはサトルだった。
「海斗、久しぶりだね」
「サトル?忙しくないか?入ってもいい?」
「どうぞ」
中に入ると、真下の部屋とは対照的に会議室のような作りになっている。応接セットや机に椅子。薔薇6でのホテルと同様、2部屋を1部屋に纏めたような雰囲気だ。
ここも元々は会議室だったのかもしれない。
亜里沙と明はまだ来ていなかった。
2人とも、どこで油売ってんだ。
生徒会役員室の中には、沢渡元会長と光里会長、麻田部長、譲司、南園さん、サトルが揃っている。
亜里沙や明がいないと、部屋の雰囲気が緩やかに見えるのは俺だけだろうか。
でもまさか亜里沙と明が着てるか確かめに来たとも言えず、俺は何て言い訳しようかなと頭の中で良いフレーズを探す。
咄嗟の場合、俺は上手い表現を口にすることができない。
この場でも、俺はしどろもどろになっていた。
「あの、いえ、その・・・」
沢渡元会長が口元に笑みを浮かべている。
「なんだ、山桜さんたちを探しに来たのか」
「いえ、別にそんなことは・・・」
「ちょっと遅れているが、八朔の試合は絶対観ると言っていたぞ」
俺はちょっとの安心とちょっとの不満の中、生徒会役員室を後にした。
サトルもすっかり生徒会役員の姿が板についてきた。独り立ちしたサトルは、俺よりも落ち着いて見えた。良かった。本当に嬉しい限りだ。
後ろからパタパタと足音がする。なんだろうと後ろを振り向くと、サトルが生徒会部屋から出て俺を追ってきたようだった。少し心配そうな顔をしている。
「海斗、練習に行くまで生徒会室で少し休んだらいいんじゃない?」
「うん、部屋に戻ってストレッチでもしてるわ」
「緊張しない?」
「ああ、そうか。緊張するシチュエーションだよな。でもさ、見事なまでに緊張してないんだよ」
「ホント、海斗はメンタル強いね」
「そんなことないんだけどなあ」
周りからメンタルが強いと言われ続けている俺だが、ちょっとそれに対しては反論しておきたい。
俺がメンタル強いように見えるのは、その都度周囲から守られているからだ。比較するのはいけないかもしれないけど、他の選手に比べサポーターも多いし、中でも亜里沙や明の存在がある。今回だって聖人さんがサポーターについてくれるという、夢のような展開で俺はこの地に降り立ったのだから。
この幸運を、俺は大事にしていくだけだ。
サトルの誘いをやんわりと断り、自分の部屋に戻った俺。
制服を脱ぎジャージ姿になった俺は、ゆっくりと動きながら身体を伸ばしていく。開脚しながら足の指を掴む運動で、ある種の安心を得たりもする。
じっくりと身体を伸ばしながら、汗をかいたらシャワーを浴びてもう一度だけ身体を伸ばす。
これで前運動はお終い。
あとは練習場でさらりと身体を伸ばし、練習に励むだけだ。
練習場に行く10分前ぴったりの時間に、聖人さんが俺の部屋まで迎えに来てくれた。
「おう、タコ。いくぞ」
「タコはやめてください」
「いいだろ、誰とも被らない」
「そういう問題じゃないでしょ」
「俺的には、タコ万歳」
「じゃあ、俺は何て呼ぼうかな」
「俺は何でも。来るものは拒まず。さ、行こう」
俺たちは2人で部屋を出て、ロビーに向かった。
ホテルの車寄せに、1台のタクシーが止っていた。誰かがノックしてもドアを開けようとしないから、予約車なんだと思う。
聖人さんがコンコン、と後部座席側の窓を軽くたたくと、中から少しだけドアが開き、「ミスターミヤギ?」とドライバーさんが確認していた。
「予約してたんだ、さ、乗ろう」
こうして、練習場に指定された市の国際競技場までホテルからタクシーで移動する。一昨日のようなことがあるとよくないから。
逍遥は別場所で練習するとかで、絢人とともに出掛けた後だった。
練習場の国際競技場アリーナに着くと、もう各国から『デュークアーチェリー』に集まった魔法高校の生徒たちがの練習を開始しようとしている。
みな、自信満々といった表情で、俺如きがここにいて良いのかと思うほどだ。
周りの空気に圧倒されてしまい少し身体に力が入ってしまった俺に、聖人さんがそっと声を掛けてくれる。
「海斗。周りは皆タコだと思え」
「ここでもタコ?」
さすがの俺も笑ってしまった。でも、お蔭でいい意味の緊張感を得ることができたような気がした。
「さ、いくぞ」
聖人さんの声に合わせ、姿勢に気をつけて的を見る。
胸を張るように、右肩を若干上げるように気を付けながらの1枚目。
バンッ!
勢いよくしなった矢が、50m先の的を射る。
成功。
ど真ん中に当たった。
今度は立て続けに10枚。
左腕に気を使いながらも胸を張り、右掌が下がらないように注意する。
またも良い音がして、10枚中9枚が真ん中に命中した。
聖人さんの声が、俺の気分の盛り上がりを後押ししてくれる。
「よし、その調子で今度は20枚。いけるぞ」
「はいっ」
威勢よく返事をしながらも、猫背にならないよう気を付ける。
左肩から右肩にかけて少し違和感がある。姿勢が悪くなってきた証拠だ。
姿勢を矯正して右手をほんの少し上げ、20枚に挑戦する。
姿勢を直したのが良かったらしく、20枚中19枚、的に当てることができた。
周囲は騒然としていた。
どうやら日本の選手が今までそのような結果を残したことが無いらしい。
Gリーグですら毎年のように予選落ちしている国=日本なので、個々の力も大したことがないと思われていたのだろう。
掴みはオッケー。
最初に良い結果を出したことで、周りも日本を、紅薔薇を注視しながら話しているのがよく解る。
その中にはフランスのルイやリュカの顔も見えた。
その時流暢な日本語が聞こえた。
「すごいね、僕も見習わないと」
思わず声の方に顔を向けると、そこにいたのは、なんと国分くんだった。
白薔薇のユニフォームを着た国分くんが練習場にいたのだ。
俺はすごく驚いたけど、まさか驚きを顔に表すことはできず、にっこりと微笑みながら応じた。
「久しぶり、国分くん。体調は良くなったの?」
「うん。みんなのお蔭で白薔薇に転学することができたよ」
「白薔薇に転学できたのは国分くんの努力の成果さ、おめでとう」
「君の命中率、すごいね。第3Gで紅薔薇に来た頃とは雲泥の差じゃない?」
雲泥の差か・・・ちょっと言葉に気を付けてほしかったが、何も嫌味で言ってるわけじゃないのは知っている。
「どうだろう、コーチがいいからかな」
「コーチ?」
聖人さんは俺たち2人をじっと見つめていたが、すぐに白い歯を見せながらこちらに近づいてくる。
「海斗、こちらは?」
「初めまして。白薔薇高校の国分と言います」
「初めまして、国分くん」
俺はここに至るまでの経緯を話していいものかどうか瞬間的に悩んだが、その目つきや口元から、聖人さんはどうやら国分くんのことを全て知っているように思えた。
これはもう、特に紹介は要らないとみた。
「日本にも強力なライバルがいるじゃないか、海斗」
「ええ、本当に。お互い頑張ろうね、国分くん」
国分くんは挨拶だけして、練習はしていなかった。紅薔薇1年でナンバー3の位置に付けていた国分くん。
薬物中毒を克服して白薔薇高校に転学したのだろう。
本当に、強力なライバルだ。
国分くんが離れていってから、俺は聖人さんに率直に聞いた。
「聖人さん、国分くんのことホントに知らなかったの?」
「まさか。俺は全日本の時からサポーター務めてたから1年の選手も皆覚えてたよ」
「あの事件さえなければ長崎に引っ越すこともなかったんだよね」
「まあな。犯人があのおねえちゃんだったのは意外だったけど」
「俺も意外だった。まさか、って」
「海斗。どこにそういう危険がはらんでるかわかんねえから、お前は充分注意しろ。俺が差し出したドリンクさえも飲むな。信じるのは自分だけだ、わかったな」
「うん、わかった」
俺が練習を一段落させてアリーナの隅に腰をおろしていると、およそ日本人にしか見えない女子を先頭に、何人かがこちらに歩いてくるのが見えた。
「ハーイ、私、サラ。アメリカの高校に通ってるの。こっちはアンドリュー、イギリスよ。そして後ろにいるのがアルベール、カナダ。よろしくね」
とても流暢な日本語だし名前もサラというし、完全日本人と思うのだが、彼女はアメリカから出場するらしい。まだ国籍は2重にあるのかもしれない。日本との2重国籍は、22歳になったらひとつの国籍を選ぶと聞いたような気がする。日本では2重国籍が認められていないから。
「僕は海斗。日本の学校に通ってる」
「カイト?よろしくね。ほら、今練習してるのがスペインのホセで、壁際にいるのがサーシャとアレクセイ、ロシアから。で、今練習始めたのがドイツのアーデルベルトよ」
「すごいね、皆知り合いなの?」
「6月に欧米選手権があって、その時に知り合ったの」
日本ではちょうど全日本の最中だ。
「じゃ、私たちこれから練習だから行くね。さっきの演武、すごかったよ」
「ありがとう」
「またあとでね」
なるほど。挨拶という形の宣戦布告か。
外国で育った人だからはっきりしてるのか、サラがそういう性格なのかは分からない。でも、レストランで逍遥を見ていたのは多分彼女たちだろう。
背中をビビビ、と電流が走るような武者震い。
よっしゃ、これからまた、練習だ。




