魔法W杯 全日本編 第7章
体育館には、30人ほどの男子と女子が入り乱れていた。
魔法科の生徒だけなのだろう。
教師がどこにいるのかわからない。
今日は疲れたから見学させてほしいと言え、と隣で亜里沙が吠えている。
いつも思うんだが、お前は一体どこに向かって吠えてるんだ。
授業が始まり、皆は男子と女子に分れて並ぶ。
俺も一応、男子の中に入って並ぶことは並んだ。球を見たら、ハンドボールに一番近い、小さな球だった。
ハンドボールだけはおっかなくて出来ない。
中学の時に一度経験したことがある。
おっかねーのなんのって。
あ。『おっかない』ってのは東北地方の方言ね。標準語では、「怖い」という意味になるのかな。
球はバスケとかバレーより小さいから、その分早く飛ぶ。
バレーのスパイクもかなり速いけど、ハンドボールの速力はバレーよりも速いイメージがある。どっちが速いのかは教わっていないからわからない。
でも、ハンドボールは思いっきり、そう、力の丈を振り絞って、投げる。
ハンドボールのルールはバスケに近いけど、殺人シュートなんてざらにあるスポーツだと思う。
ちょっとでも触れたら、軽くて突き指。ああ、中学では骨折したやつもいたっけ。それ以来、ハンドボールの授業を見学することにしていた。
俺は授業を見学したいと強く思っている。
教師を探して見学の意志をつたえなければ。
教師、教師。いないなあ。
っと、いた。・・・アレモくんのような、人間型ロボット。
ロボットか。うまく俺の言い分が伝わるだろうか。
ロボ先生に寄っていくと恐る恐る声を掛けた。
「先生?」
ロボ先生がこっちを向く。
「ナンデスカ?」
「八朔海斗です。僕、今日は見学したいのですが」
「ホズミクン、デシタネ。キミハコノキョウギヲミルノハハジメテダカラ、ケンガクシテイイデスヨ」
よかったー。
ダメって言われたら、そのまま帰ろうと思ってたところだ。
てか、一見さんお断りみたいな見学理由って、あるんだ。
次からは出なさいよ~って言われてる気がするが。
コートの脇で、亜里沙と、いつの間にか現れた明と一緒に、アシストボールを見学することにした。
・・・?・・・
これはハンドボールなのか?それともフットボールなのか?
3秒ルールも3ステップルールもない。おまけに、ハンドあり、ひざ下OK。まるでハンドボールとサッカーを混ぜたような競技だ。
ドリブルを足で行い、最後のシュートを手づかみで行う。ボール持った方が断然有利なのでは?
そう思った俺が甘かった。
小さいボールがゆえに、スライディングタックルしてボールを奪うのも難しいが、ボールの小ささゆえか、軽さゆえか、ドリブルそのものも難しそうだった。
そして、何より目を見張ったのが、GKが透明の魔法の盾のようなものを持っていること。大きさは大体、手のひらくらい。両手に盾を付けると、盾と盾の間が魔法の楯状態になり、ゴールポストを狭める。そして手を広げると楯は円状になり、ますますゴールポストのとの合間を狭めていた。
ゴールがしにくいルールだなと思った。
全日本というからには、W杯というからには、最終的に外国の方々と勝負することになるのだろう。
手足が長い体格の人に向いてる競技だなと、手足が日本人普通サイズの俺は思った。
練習が始まった。生徒たちが手でかますシュートは、相変わらず殺人的速さだった。
オフサイドのようなルールも無く、GKの負担は相当なものになるのだろう。
タックルも余程のことが無ければファウルを取られない。
その代り、皆自分に何らかの魔法をかけているのが見てとれた。魔法で自分の身体を守れと言うことなのか。
もちろん、この競技は、飛行魔法を使ってはいけない。
使うバカもいないと思うけど。
何となくだが、ルールはわかった。
相手を体術で蹴落とすのはOKだけど、相手に向かって魔法を使ってはいけない。魔法はあくまで防備のため。それは相手も同じことだから、事実上、怪我人が出ないルールになっている。
ハンドボールよりもサッカーに近いかもしれない。ただ、腕が使えて、シュートは足ではなく腕で入れる。オフサイドはない。タックルもOK。
自分自身に対してのみ魔法が使える。
ハンドボールとサッカーの部分、部分を取り出して編み出されたライトなスポーツ。
いや、スポーツではなく、魔法競技だわな。
さて。
見ているだけの時間は、結構長く感じるものだ。
かといって、亜里沙や明と話しこんでいるとロボ先生の心証も悪くなる。
この競技の時間だけは慎ましやかに、目立たない生徒として振舞っていたい。
なんでかって?
そりゃもう、試合に出たくないからですよ。
卵事件の追いかけっこ、ラナウェイとやらも嫌だったが、こっちはそれを凌駕している。120%イヤ。
ところで、亜里沙は追いかけっこで隠れていた俺をどうやって見つけたんだろう。
あの時は、ヒヨコよろしく殻の中に閉じこもったままだった。
もしかして魔法が解けていたんだろうか。
解せぬ。
あの術は“とっておき”にしようと思う俺。
そのためには、誰かに解除方法を聞いておかないと。
ロボ先生は、微妙なニュアンスをわかってくれなさそうだし、誰に聞けばいいのかわからない。
こっちの世界にも、来たくて来たわけじゃないから何かやる気が起きない。
大きく背を反らせて背伸びしたかったが、目立つと思い止めた。
そうこうしてる間に、授業は終わっていた。
男子がハンドボールをしている間、女子は別な練習をしていた。
何というか、その、一番近いのは、羽つき。
バドミントンに似てるんだけど、あれほど激しいスポーツではない。
もっとこう、上品。
ラケットで羽根を打つことに違いはないのだが、相手のコートに打ち込むその時に、ラケットそのものがこちらでいうところのデバイスとして働く感じ。
ラケットが羽根つき板に似てるんだよね。
でも、デバイスは他にあって、ゆるゆるバドミントンをしているだけなのかもしれない。
俺も女になってこっちのバドミントンまがいの方に加わりたかった・・・。
と。
女子でも激しく動いてる二人がいた。
な、なんと南園さんだった。
もしかして、これくらい激しいレベルでないと選手になれないのかもしれない。
サーブこそ緩やかに打つのだが、その後のラリーは途轍もなく激しい。ネット際の攻防が無いだけだ。
時間オーバーで練習はロボ先生に止められたが、ギャラリーがブーイングしていたのが見えた。
そうだな、俺ももっと見ていたかった。