GPS-GPF編 第7章
9月30日。
誰かが寮で引越していた。
といっても、スーツケースがひとつだけ。
ガラガラと音を立て、寮の廊下を歩いてる。
その後ろ姿には、やけに見覚えがあった。
「宮城先輩!」
そう、それは宮城聖人先輩だった。
「こちらの寮に引っ越して来られたんですね」
「おう、1年坊主。って、これから俺も1年坊主の仲間入りだ」
そう言って笑う先輩は前に逢った時よりもまた髪が伸びていた。
少し栗色がかったサラサラのストレートヘア。俺の真っ黒で硬くて太くてクセがつきやすい髪とは対照的だ。
先輩の目の色も、心なしか茶系に見えた。
先輩は、今も勘当されたままなので奨学金を使って寮に引っ越してきたのだという。偶然にも、部屋は俺の隣だった。
宮城父のところにはもう戻らない、そういってまた笑った。
廊下の前で話していたのだが、急にキョロキョロとし始めた。
「あいつらは?」
「あいつら?」
「ほら、俺のために嘆願書準備してくれたやつと、逍遥。2人ともこの寮なんだろ?」
「はい、サトルは生徒会の書記に任命されたので仕事が忙しいみたいです。逍遥は練習なんだろうけど、帰ってくる日と来ない日があるんです」
「あのさ」
「はい?」
「もう敬語は止めようや。俺のことは聖人でいいよ」
「いやー、同じ1年とは思うんですけど、なかなか直んなくて」
「あの2人にはタメ口聞くのお前だけなのにな」
「2人?」
「山桜と長谷部だよ。あいつらに誰もタメ口なんて聞かないのに、もう周りはハラハラよ」
「そうなんですか、そっちも直そうとは思ってるんですけど・・・」
「お前さんらしくていいんじゃねーの」
「海斗でいいですよ、俺のことは。呼びたくなかったら“お前”でかまいませんから」
「そういえばお前も“カイト” だったな」
「俺、なんとなく聖人さんが怪しいって思った時ありました」
「そうか」
「弟さんの話したときです。奇遇だな、って」
「そんなこといったっけ」
「はい、俺の名前は講堂で呼ばれたり、全日本や薔薇6でも何回か自己紹介してわかってたはずなのに、初めて聞いたような素振りだったから。ほんと、なんとなくですけど」
「どっかで出るんだな、そういうの」
と、俺はいつまでもスーツケースを聖人さんに持たせていることに気がついてしまった。
「荷物を部屋に入れて、俺の部屋に来ませんか」
「おう、寮は全部揃ってるから制服とジャージあれば生きてけるもんな、便利だよ」
「俺なんて、ここきて2日目にバールで扉壊されそうになりましたよ」
「なんでまた」
「不登校しようとして」
聖人さんは大きな声で笑い転げる。そうだ、この人は薔薇6の幽霊騒動の時も笑い転げてた。
本当はこんな風に明るいキャラなのに、宮城家で過ごしたばかりに笑うことを忘れていた時があったはずだ。
俺は、聖人さんに比べて何を甘ったれていたんだろう。
「そういうの、無しな」
ドキッとした。
聖人さんは、俺の心を読んでる。
「人と比べるとか、それって時に相手に失礼なこともあるから」
「すみません」
「いや、こっちこそ言い過ぎだな。でもな、比べるってさ、自己満足のときが往々にしてあるんだよ」
俺はまたドキッとした。
実際、俺は比べていた。
比べて、自分はマシだと思ってた。
こういうのって、自己満足で、相手に失礼だったりするんだ。
俺はこういう心理を初めて知った。
「そうか、お前も色々あってこっちにいるんだな」
「俺の昔のことも分かるんですか?それも魔法?」
「過去に遡るとかは魔法で行ける。他の方法として、読心術をプラスすれば過去の事もある程度までは推測できる。でも、俺が今やったのは読心術だけ。山桜と長谷部とかは過去に遡る魔法が得意なんだ」
「そうなんだ」
「お、逍遥が帰ってきたようだぞ」
「え?わかんの?」
「あいつのオーラは人一倍強いからな。どれ、引っ越しの挨拶に行こう、お前も来いよ」
2人で俺の部屋を出て、逍遥の部屋に行く前に、玄関に行く。
廊下のつきあたりからそっと見ると、逍遥がシューズクローゼットに自分の靴を仕舞うところだった。
聖人さんは大股で逍遥に近づいていく。
「おう、逍遥」
「あれ、聖人。こっちに越してきたのか」
「運命感じねーか」
「感じない。で、なんで海斗は向こうに隠れてるわけ」
「さあ。お前いじめてんじゃねーの」
「聖人に言われたくないなあ」
言いたい放題の割には、2人肩を抱き合って再会を喜んでいる。
ああ、逍遥は魔法部隊時代の聖人さんを知っていると言ってた。
聖人さんは今いくつだか知らないけど、魔法部隊大佐の地位にあったというから、相当のエリートだったんだろう。
宮城海音のせいで魔法部隊も解雇されたという。
もう、これから魔法部隊で働くことは叶わないのだろうか。宮城海音が起訴されれば、問題なく戻れるのでは?
でも、そう出入り自由なクラブ活動でもないんだから、勝手に出たり入ったりできるもんじゃないか。
魔法部隊って、どんなところなんだろう。
軍の配下なんだろうけど、訓練とか厳しいのかな。
俺にはもう戻る家もないし、高校卒業したら魔法部隊にでも入ろうかな。
もちろん、魔法部隊に受け入れてもらえればの話だけど。
「海斗、海斗」
逍遥の呼ぶ声すら遠くに響き、俺は魔法部隊とやらの日々を夢想していた。
「海斗っ!」
「いでっ!」
逍遥の拳骨が頭頂部に当たった。
「いでえよ」
相変わらず、逍遥の言い訳は凄い。
「言い訳じゃないだろ、今のは。君が夢想しててこっちに気付かないから」
「やっぱり逍遥、君読心術だろ、俺がぼーっとしてるのは分るとしても、その中身まで知るわけない」
「簡単だよ、聞こえないのは何かを考えているから。で、何を考えているかといえば、今、君の前にいるこいつの前職は何だ?魔法部隊だろ。そうなれば君が魔法部隊に入った時のことを夢想してると簡単に話が繋がるじゃないか」
聖人さんは呆れてモノも言えないとばかりに、逍遥の隣に立っている。
「お前なあ、こいつ呼ばわりすんなよ。俺の方が一応先輩だっただろ」
「あ、ごめん」
聖人さんはくすくすと笑いながら食堂のある方を指さした。
「逍遥も相変わらずなんだな。どれ、食堂行って飯でも食おうぜ」
俺たちは逍遥が制服からジャージに着替えるのを待って、1階の食堂に入った。
好奇の目を寄せる者あり、嬉しそうに笑う者ありと食堂内は一種の喧噪に包まれた。
「聖人さん、気にならないんですか」
「別にー。こんなの気にしてたら魔法部隊には居られないからね」
「どうして?」
「昇進昇格で周りの目が変わるんだよ、こんなもんじゃない。あからさまに睨まれたり、足踏まれたり」
「えっ!」
「男の嫉妬は怖いぜ。俺とお前は、嫉妬の渦に巻き込まれたんだよ」
「ああ、決戦の時も凄かったし」
「だろうな、あいつなら。でもあいつとお前とじゃ比べもんにならねえだろ」
「ええ、まあ」
隣では逍遥が“ええ、まあじゃないだろ!”と叫んでいる。
その手を遮り、温厚に振舞う俺。
でも俺は気の利いた言葉が何一つとして思い浮かばなかった。
「哀しい出来事でした」
「でも、もう関係ないから。ほっとしたよ、勘当されて」
逍遥は・・・鬼だ。
「血の繋がりが無いのが唯一の救い。あ、父親とは繋がりあるか」
「逍遥!失礼じゃないか、先輩に向かって」
「聖人は先輩じゃなくってクラスメイト、でしょ」
「そうそう。手始めに、お前たちのGPSの練習手伝いが俺の授業なんだ。明日は海斗が横浜国際陸上競技場で練習するだろ、明後日は逍遥のを見るわ」
「さすがに授業での基礎魔法はやらないですよね」
「うーん。ダーツはたまにやっとかないと姿勢とか崩れるから、やるよ。飛行魔法も、道路の上飛んでたら警察に追いかけられるから授業でやることにしたし」
逍遥がまたふてぶてしく口を出す。
「聖人の場合、授業受けなくても特待生扱いで卒業できるんじゃない?授業出るより、出場する大会の練習だけしとけ、みたいな」
聖人さんはふーっと大きく息を吐く。
ほら、逍遥。なんかいい気持しないじゃないか、そんなこと言ったら。
「どうかなあ。ホントは基礎魔法の授業出たいんだよね。俺さ、高校通ったこと無いから」
俺、八朔海斗は、ちょっとどころではなく驚いた。
「そうなんですか?」
「うん。中学終わるころだったかな、まだ高校入試してない時期、父と一緒に魔法部隊見学に行って、そのまま放り込まれたんだ。お蔭で卒業式さえ出られなかった。だから同年代の友人いないんだよ」
なんという鍛練。
それからずっと友人も作らず、孤独に耐えてきたんだろう。
俺の目標とする人がまた一人、増えた。
逍遥、そして聖人さん。聖人で良いって言われるけど、なかなか呼べない。呼び捨てにできる機会がほしい。
「徐々にでいいよ。これだってタイミングなんだから。『バルトガンショット』と同じだよ」
心を読まれるって、結構大変。変なこと考えられない。
また俺の心が伝わってる。聖人さんはお茶目な表情で俺をからかった。
「“しずる”っていうんだろう?からかうのこと」
「え?」
「仙台方言って聞いたぜ」
「知らなかった」
「お。そうか?あとは、ゴミ捨てることを“ゴミ投げる”とかさ」
「あ、それは両親がいつも使ってた」
「標準家庭じゃないか」
「そうかなあ。俺的には、自分の思い通りになる人形が欲しいだけの両親でしたよ」
「今にわかるって」
親の話になってマズイと感じた俺は、どうにかして話題を変えたいのだが、効果的なフレーズが出てこない。
何を話題にすればいいんだーーーーっ。
「『デュークアーチェリー』と『エリミネイトオーラ』じゃないか。こういう時は出場種目を話題にするに限る」
逍遥・・・有難くて涙が出てくるよ、俺は。
「『デュークアーチェリー』、こないだは俺20分で30枚でしたけど一流どころなら何枚くらい命中するんですか」
「50枚」
「えっ、そんなに?」
「それは超一流の選手で、10年に一度出るか出ないかくらいだ。いつもの年なら、40枚行けば楽にGPFに進める。な、逍遥」
「そうだね、35枚から40枚がリミットかな」
俺は急に不安になった。この前だって30枚しか撃ててない。
「どうしよう、俺30枚しか・・・」
逍遥が俺の背中を思いっきり叩く。
「だから明日行って練習するのさ。明日の練習で35枚から40枚の間にすればいいんだから」
「そうだな。姿勢の話はしたよな、肩が下がってることも指摘した。あとは・・・手の向きと足の幅くらいかな」
「もうアメリカ大会まで1週間もないのに・・・」
「大丈夫。実践は明日で終わるけど、紅薔薇での授業中に全部姿勢とか矯正するから。焦るんじゃねえぞ、海斗」
「はい・・・」
「ところで『エリミネイトオーラ』の出来はどうなんだ、逍遥」
「聖人~、聞いてくれよ、すっごく調子いいの」
「何ポイント入りそうなの」
「10から8は堅いね」
「じゃあ、俺が見なくても大丈夫か」
「折角だから僕のも見てよ」
「そうだな、マルチミラーなくても後ろからの攻撃防いでるか?」
「それは・・・」
「お前後ろだけはほんとに弱いもんな。全日本や薔薇6は後ろからの攻撃たってマルチミラーで防げるからさ。ホントの強さは『エリミネイトオーラ』みたいな競技でこそ発揮されると俺は常々考えてるんだけどね」
「自信はあるよ」
「逍遥。お前さんの場合、その自信が命取りになるかもしれない」
「そうかなあ」
逍遥と聖人さんの掛け合いも面白いんだけど、俺は時間がないことでちょっと自信を失くしかけていた。本当に大丈夫だろうか。
大会に出るのは20人以上だと聞くけど、上位6名までがポイントを稼ぎGPFまで行く聞いた。
うーん、練習始める前は出たくないとかほざいたけど、ここまでくれば上位6番目でもいいから俺もGPFに駒を進めたい。
「あらら、自信を失くすにはまだ早いぞ。まずは明日、横浜国際陸上競技場に行ってもう一度色々試してみればいいんだからそんなに心配すんなって。そう、行きたいと願うメンタルが勝負を分けるときだってあるんだから」
メンタルか。
俺の場合は、俺自身メンタルが強いというより、周囲に助けてくれる人がたくさんいて、その人たちを信じて突き進んでる感じがする。
薔薇6のマジックガンショットが良い例だった。
全日本よりも段々タイムが良くなって、アクシデントが無ければ10分を切ったかもしれない。
とにかく、今度も聖人さんを信じて前に進むしかない。
聖人さんが俺を見てニヤッと笑う。
俺を信じろ、と言わんばかりに。
逍遥聖人さんの隣で呆けた顔をしている。
おい、逍遥。笑わせないでくれ。




