薔薇6編 第14章
プラチナチェイスの勝利後、俺とサトルはいち早く応援席を抜けて帰路についた。ホテルに戻り701に行くためだ。
亜里沙のあの顔は、相当怒っている。
でも、俺が悪いわけじゃないし。俺はいつでも予備のデバイスを持ち歩いていたのだから。701に寄ってデバイスを受け取らなかったのは俺のミスだが、怒られるくらい悪い事か?
何はともあれ、701に行かないことには夕食さえ食べさせてもらえない事態になりかねない。
速足で歩く俺とサトル。
帰りは約15分でついた。坂道が微妙に下っているせいかもしれないが、早く着いた。
「俺、701に呼び出しくってるから行くわ。サトルはどうする?」
「僕はあそこ苦手だから部屋にいる。終わったら一緒に夕食食べようよ」
「了解。じゃ、終わったら迎えに行くから」
俺はサトルとEVの5階で別れ、俺はそのまま7階に上がった。
701に入ると、机と椅子がきちんと並べられ、亜里沙と明が座っていた。光里会長たちはプラチナチェイスに出場していたため、まだホテルには着いていなかった。
亜里沙はまだ怒った顔をしている。
なんだよ、お説教じゃあるまいな。
「海斗、こっちに来て」
目の前にある椅子に座れといわんばかりに、俺に手招きをする亜里沙。
「お疲れ。今日も頑張ったね」
「ここで観てたのか?」
「そうね、外には出ないから」
「で、何?」
「それはこっちが聞きたいくらい。今日の朝からの流れ、教えてくれない?」
「今日は朝の6時に目を覚まして、予備のデバイスとお前たちからもらったやつ持って食堂に行って・・・」
「ちょっと待って。近頃はずっと予備のデバイス持ち歩いてたの?」
亜里沙は少し強めの言い方で俺に迫る。
「ああ、そうだよ。前のように置きっぱなしじゃ何があるかわかんないし」
「そう。続けて」
「で、5階に降りて逍遥と絢人の部屋に行ったけどいなかったから食堂に降りた」
「そこで知った顔はいた?」
「いや、今朝はいなかったな。途中で逍遥が顔を出して一緒にバイキング料理食べて会場行きの紅薔薇専用バスに乗った」
「それだけ?誰かにデバイス見せたりしなかった?」
「前の試合以来、見せてない」
「そうかー。どういう魔法使ったか、何となく読めたわね」
「魔法?盗まれたんじゃなくて?」
「そ、魔法よ。覚えてない?明が妖獣退治に使った魔法」
「覚えてるよ、口外するな真似するなって注文だった」
「あんとき、妖獣はどうやって消えた?」
「砂がさらさらと崩れ落ちるように無くなった。って、まさか」
「そのまさか、が我々の結論なの」
俺は驚きを隠せず、亜里沙の目を凝視した。
「どうやって魔法をかけたんだ、俺はずっと持ち歩いてた。それに、秘密のデバイスだって一緒に魔法をかけることは可能だよな?なぜ片方だけ消えた?ベンチに置きっぱなしだったからか?」
「秘密のデバイスの方は存在を隠す魔法を仕込んであるからね。見つけられなかったんでしょう」
「どこで魔法をかけた」
「ベンチかしらね。それか、すれ違いざま」
「どっちにしても、誰でも魔法をかけることができた、ってことだよな。犯人捕まえられんのか」
「今は無理。紫薔薇と青薔薇の試合残ってるからね。青薔薇は厄介な学校だから」
「うん、それは分かる気がする」
「策戦立てるのが難しいの」
「大変だよな、サポーターも」
「まあね、だから海斗。見世物としてのデバイスと隠しておくデバイスを準備しないと。これからは秘密のデバイスを使うしかないわね」
「いいんか、使っても」
「そのためのデバイスだから。ただ、あまり人目に触れないように扱ってちょうだい。見せてといわれても見せないこと。見せてと言ってきた人を覚えてて。犯人につながるかもしれないから」
「ところで、この部屋式神とかいないのか。盗聴される危険だってあるだろ」
「ここは大丈夫よ。3重に防壁魔法かけてるし、式神がいたら明が見逃すはずないから」
「他の部屋は?」
「残念ながら防壁魔法はかけてない。個人でかけてる人はいるでしょうけど」
「俺にも教えて」
「あんたにはまだ無理よ。あれって気力体力使うから。この大会が終わったら教えてあげる」
その時急に701のドアが突然開き、俺は心臓が飛び出るくらい驚いた。恐る恐る後ろを振り向くと、光里会長と沢渡元会長がプラチナチェイスの試合から戻ったのだった。
俺は即座に亜里沙の前から壁際に移動した。
「お疲れ様でした!」
俺の言葉に呼応するかのように、沢渡元会長が亜里沙に尋ねる。
「八朔に経緯を聞いたのか?」
「ええ、聞いたわ。たぶん、消去魔法だと思う。それも、時間差の消去魔法かもしれない」
「時間差?うちの生徒でそんな高等魔法を使える人材がいたか?」
「今のところは確認されてないわね。光里くんもそんな使い手知らないでしょ?」
「はい、俺も知りませんね、そういった魔法の使い手は」
皆、もう俺のことは忘れて、消去魔法とやらに関心が移ったようだった。
もうここで話すことは全て話した。もう帰ってもいいかどうか聞きたいのだが、3人とも考え込んだ表情なので中々言い出せない。
それでも、いつまでもいるつもりはこれっぽちもない。
俺は壁際から一歩前に出た。
「あの。俺、いや、僕。自室に戻ってもよろしいでしょうか」
亜里沙が忘れていたという顔をして俺の方を向く。
「ああ、海斗もお疲れ様。もう戻っていいわよ。次の試合までデバイスはこちらで預かるわ。秘密の方のデバイスもこちらに渡してちょうだい」
沢渡元会長が頷きながら俺の顔を見る。
「そうだな、俺たちも本気でキツネを捕まえなければなるまい。次の試合まで練習するもあるだろう、その時はこちらからデバイスを調達してくれ」
は?次の試合?
もう俺、お役御免じゃないの?
上杉先輩、出られないの?
俺の考えを読み取ったのか、まるっと顔に出ていたのかは知らない。
光里会長が俺の後ろに回り込み、肩を揉むような仕草を見せる。
「上杉先輩、今も調子が上がらないんだ。最悪、お前にはマジックガンショット、紫薔薇と青薔薇の2試合に出てもらうことになるかもしれないなあ」
「え・・・あ・・・はい・・・」
何も言い返すことができずに、俺は701を半ば強制的に追い出された。
なんだってえ、あと2試合もやんのかよ。それも、紫薔薇に青薔薇だと?
毎回毎回、緊張度MAXで臨んでんだぞっ。
素人上がりの俺を少しは労わるって気持ちは無いのか。
でもな、南園さんと逍遥とでチーム組んでるから負けるはずはないんだけど。
これも流れか。
あの視線、試合中にこないだろうな。
やだよ、緊張感の中にああいう不気味な視線もらったら試合に影響しそうだ。
腑抜けてよろよろ歩いている俺は、すっかりサトルとの約束を忘れていた。
707の部屋前に着くと、サトルがプンプン怒っている。
「僕との約束、忘れてるでしょ」
「あ、悪い。なんだっけ」
「一緒に夕食しに1階に行こうよ」
「ん、そうだな」
「すっかり腑抜けてどうしたのさ、海斗らしくもない」
「ん。またマジックガンショットに出ろってさ」
「上杉先輩、まだ調子が戻らないんだね。みんな噂してる」
「ん。そうなんだろうな」
「もう!海斗ったら、しっかりしなよ!!」
サトルに強制連行され、気が付くと俺は1階の食堂の前にいた。
明日からは紫薔薇高校との試合。
会場は、えーと、思い出せない。
サトルは話すらままならない俺をどうしたものかと案じたらしい。そこに、サトル的には運よく逍遥が1人で現れた。もちろん、サトルが逍遥を仲間に入れたことは間違いない。
逍遥も前に言っていた通り上杉先輩の噂を聞いていたようだ。
だから、俺があと2試合、マジックガンショットに出るであろうことは予想していたらしい。
「海斗、海斗」
「ん?」
「まったく、君はビビリの上に状況把握が皆無ときてるな」
この言葉でなぜか俺は覚醒した。
「何、状況把握皆無って」
「上杉先輩のことは前に話しただろう。メンタルは急に回復するモノじゃない。ある程度の時間を必要とするんだよ。まだ横浜には帰ってないらしいから状況判断の段階だとは思うけど」
「で、あと2試合?こないだや今日みたいにデバイス攻撃されながら出るの?俺」
「デバイスは701で預かってもらったんだろう」
「そりゃまあそうだけど」
「なら心配は要らない」
「どうして。ベンチに置いたデバイス無くなったんだぞ」
サトル的には、これ以上会話がエスカレートすることを避けたかったらしい。
「まあまあ2人とも。食べるもの食べて、誰かの部屋に行って話そうよ」
逍遥はサトルの言葉をあっさりOKした。
俺としては言いたいことがまだまだあったが、廊下で会話することは紅薔薇では禁じられているに近いので受け入れるしかない。
俺たち3人は食堂内に入って各自がトレイを持った。
さっきの光里会長の言葉にがっくりしている俺が、まともな飯をチョイスできるわけがない。サトルは自分の和食分をまずとってテーブルに置いてから、俺の後をついてくる。
普段から量を食べない俺だったが、サトルは俺を引っ張り回しながらトマトと鶏肉のサラダと鶏のから揚げ、野菜ジュースにイギリスパンという俺的に満足なメニューをチョイスし少量ずつトレイに並べてくれる。
そして俺の背中を押し逍遥が座っているテーブルへと導いてくれた。とは言っても、背中を後ろからぐいぐい押されただけだったが。
俺は味を感じないまま口だけモグモグ動かして、食物を食道、ひいては胃の方へと流しこんでいく。
こんなに食べ物の味が分らないなんて初めてだ。
俺はかなり動揺しているらしい。
なぜ?
なぜだか自分でもわからない。表現の仕様がないのだ。
強いて言えば、楽なところで(黄薔薇さん、桃薔薇さん、ごめんなさい)2回だけ試合に出ればお役御免と思っていたし、だからこそデバイスに不具合があったとしても集中を切らさないで続けられたんだと思う。
紫薔薇も青薔薇も、強いと言うか、周囲の応援団は怖いし、選手も眉を剃っている連中ばかりなので、ビビリの俺としてはあまりお目にかかりたくないわけで。
どうやら俺は、サトルと逍遥の前でぶつくさ文句を言っていたらしい。
「見た目と力が比例するとは限らないじゃない、海斗ったら心配し過ぎ」
「そうだよ、落ち着きさえすれば、あの両校なら・・・ここでは止めておくか」
逍遥は最初に席を立ち、サトルに目くばせしていた。
サトルが頷き、俺の食事をコントロールしている。
「これだけ食べれば、まあいいか。ほら、トレイ下げて逍遥の部屋に行こう」
俺はサトルの言葉に盲目的に従い、トレイを返却口に戻す。
サトルは俺の背中をなおの事押しながらEVまでたどり着く。
「5階」
サトルが言葉を発すると、勝手にEVは動きだした。
俺は驚いた、亜里沙がやっていたのと同じ魔法。サトルは使えたのか。
「サトル、今の魔法は?」
「やっと正気に戻ったね。今の魔法は瞬間移動の魔法だよ」
「あとで俺に教えて、知らないんだ、その魔法」
「いいよ。でもこのまま生ける屍のようだったら教えない」
「いやいや、生き返るから」
俺は背を伸ばして深呼吸する。
息を吐くと猫背気味になるのだが、なんとか我慢して直立不動に挑んだ。
やっとサトルは許してくれたようで、いつもの優しいサトルに戻った。EVを5階で降りたサトルは、EV前で動きを止めた。
「逍遥が、自分の部屋に来いって言ってた」
サトルが前に立ち、俺たち2人は507の逍遥の部屋を訪ねる。
「やあ、2人ともようやく食べ終わったか。サトルは明日の朝早いから、夜更かしは厳禁だよ」
「わかってる」
「僕の部屋、さっき見たら別に魔法とか盗聴とかなかったからここで話そう。何、海斗。嫌なのは2試合出ることなの?相手があの2校だから?それとも・・・」
俺は逍遥の言葉を遮った。
「あの視線の人物が俺のデバイスにちょっかい出してるんだと思うと、次は何が起こるんだよ、って感じなのが嫌なんだ」
逍遥はしばし黙り込んだが、あくまで自分の仮説として意見を述べた。
「僕はね、海斗。この問題は視線の事件もデバイス事件も裏で繋がっていると思う。ただ、今の魔法科、2、3年も含めてなんだけど、彼ら彼女らにこんな高等魔法を使える手練れなどいやしない」
「じゃあ、誰が」
「そこまで言うと薔薇6戦終わる前に701巻き込むことになって大騒ぎだよ。701でも、ある程度は犯人をピックアップしてるはずだ」
「あっそ。一般人には教えないだけか」
「まあ、そう怒らないで。彼らはキツネを狩ると言ったんだろう??」
「言った」
「この大会が終わったらすぐに動くんじゃないかな。僕だって動くつもりだし」
ところで紅薔薇2,3年に消去魔法の使い手がいないとすれば、他校の生徒が魔法をかけているということなんだろうか。
全日本の時は、睨みこそすれ、デバイスまでは手を出してこなかったと思う。全日本は一度不正が白日の下に晒されると3年の出場停止処分があると聞いたことがある。向こうは全国規模の戦いだから、薬物使用などの不正には厳しい上にも厳しいルールを強いているのだろう。
ま、その前にほとんどの学校では退学処分とも言える厳しい対処をしているので、不正を働いた者は出場停止どころか学校にいられるかどうかも微妙なのだが・・・。
でも青薔薇の選手なら、薬物不正まではできないだろうが、隠れて部屋の中やデバイスにちょっかい出してる、なんてことも十分あり得るような気がする。あそこはガラが悪い。
式神使いと時間差消去魔法。
最初のデバイス故障事件は、自身の部屋、503や712にデバイスを置きっぱなしだったから、透視のあと式神を入れることだってできる。実際に生霊も入ったわけだから。
予備デバイスが消えた事件は、怪しいのは食堂だったとしたらどうだろう。朝昼晩の食事の際、食堂ですれ違った際などに俺のデバイス目掛けて時間差の消去魔法をかけることだって十分に考えられる。
でもそうなると、紅薔薇校内で視線を感じたことと繋がらない。
或いは、両者は別人なのか?
何がなんだかわからなくなってきた。
逍遥は、この連なる事件の犯人は紅薔薇高生で1人だけだと決めつけている。
どうしてそんなに胸を張れるのか俺にはわからないんだが、自分の論理展開は間違っていないと譲らない。俺が他校生案を出しても鼻で笑うだけだ。
サトルは、自分の行いを心の底から後悔しつつも、逍遥の案が現実的だと言う。なぜかって?どうせ紅薔薇高生を狙うとすれば、沢渡元会長や逍遥の方が狙われる確率は高いと言う。
なるほど、それもそうだ。俺を狙っても何のメリットもない。
とすると、俺にはますます犯人像が見えなくなる。
はて、俺はなんでこんなに悩まなければいけないのだろう。
今のところは、誰にも迷惑かけてないよね?
だ、だめだ。なぜなぜ時間が始まりそうだ。今夜は眠れそうにない。
翌日の朝。
やはり俺は寝坊した。
部屋の時計は午前8時近くを指している。今日は応援止めておこうかな。試合開始後に行ってもつまみ出されるだけだし。競技場遠いし。と、この時俺は競技が市営競技場ではなく白薔薇高校グラウンドに代わったことを失念していた。
走れば間に合う距離だったのに・・・。
もう一度布団に潜ろうとしていると、ドンドンと部屋をノックする音が聞こえた。
誰だよ、こんな時に。居留守使おうかな、と思った瞬間、無駄なことに気が付いた。この世界では透視魔法を使うだけで部屋の中が見えてしまう。
あー、もう。なんだってんだ。
俺はよろよろと起き上がり、ドアに近づき返事をする。
「はーい・・・」
「あたしよ、亜里沙。あんた今日応援行かないの」
「今起きたんだ、今から行っても間に合わない」
「そんなら701に来なさいよ、今は光里くんや沢渡くんいないから」
「・・・譲司は?」
「栗花落くんはラナウェイだから午後から行くけど」
「・・・行く」
「はあ、聞こえない」
「行く!」
逍遥とサトルもアシストボールに出るので朝からいないはずだ。
俺はジャージを着ようとも思ったが、南園さんが701にいると思い、制服に着替えドアを開けた。
亜里沙はいつもどおりの亜里沙に戻っている。
やっぱり、みんながいるとお友達人事のようで態度を変えないといけないんだろうな。
「あたしちょっと1階に降りるから、あんた最初に701に行ってて」
「わかった」
あふーっと大きな口を開けて欠伸をする。
ヨタヨタと身体を揺らしながら701を目指すのだが、なかなか前に進まない。
なんでだ?
まさか、また式神でも服にくっついたのか?
とにかく701まで行かなければ。
あとは皆が何とかしてくれるだろうという浅はかな思いつき。
1分で着くところなのに、3分もかかってしまった。
701の前に着き、トントンと優しくノックする。亜里沙はガサツだから、すぐドンドン鳴らすんだよね。もう少し女子らしくすればいいのに。
「あたしがガサツなのはあんたのせいでしょうが」
後ろから亜里沙の声が聞こえた。
読心術ってやつだ。
俺にも教えてくれないかな。
「あんたがもう少し魔法が上達したらね」
ダメとは言わなかった。これって、信じていいんだよね?
「やったー」
「とにかく制服目立つから早く入って」
中には南園さんと譲司がいて、メダルやリボンなどを用意している。
「まさか」
「そのまさかよ。こっち人手足りないの、手伝って」
「げーっ」
「何が“げーっ”よ。失礼なやつね」
「いや、応援行った方がよかったかな、って」
「遅刻したら入れてもらえないんだから、諦めてこっち手伝いなさい」
南園さんと譲司の作業風景をまじまじと見る。
ふと気づいたんだが、これ、紅薔薇高校のものではないらしい。紅薔薇の紋章がついていない。俺の視線を見て忖度したんだろう。南園さんが、閉会式で優勝者に掛けるものだと教えてくれた。
「なんで自分のもの自分で用意すんの」
俺の素朴な疑問に、亜里沙が溜息をつきながら答えてくれた。
「白薔薇の生徒会役員が忙しいのもあるけど、ここ何年かは紅薔薇一強体制だからね。事務局の高校としては、“どうせまた紅薔薇なんだから、自分の物くらい自分で用意してよ”って風向きがこっちに吹いちゃって。それからこんなふうになったらしいの」
「なるほどね」
「だから手伝いなさい」
「わかったよ」
金銀メダルが各20名分、リボンも同じ本数。深さの無い箱に丁寧に並べて行く。箱の表には「金」「銀」の文字が躍り、はっきり言って、見てるだけでも楽しくなる。
といいつつ、思い出してしまった。
「亜里沙、俺、また身体重いんだけど。なんか憑いてない?」
「身体が重い?」
あれ、確か前身体が重かった時は亜里沙に祓ってもらった記憶がある。
「前は祓ってくれただろ」
「そうだっけ」
俺の記憶に間違いはない。前は702の片隅にある箱から大きな数珠出して祓ってくれた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
手刀で空中に四縦五横の格子を描きながらの図を、俺は忘れていない。
「お前、コピー人間なのか?なんであんなスゲー事知ってたのに忘れる訳?」
南園さんと譲司が飛んできた。
どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい。
「山桜さんは重要なお仕事に就かれていますので、記憶が曖昧な時があるんです」
「そうだよ海斗。山桜さん、忙しかったからお疲れなんだよ」
「そうなの?いつもこの部屋でモニター観てるだけじゃないの?」
「そんなことありません」
俺は不意に亜里沙の顔を見たが、ヤバイ、本当に怒った。目は三白眼、口元はへの字に歪み、眉をつり上げている。
「忘れてたわよ、あんたに式神がついてたことなんて。で、今回はどーすんのさ、破邪すんの?しないの?」
ここまで怒った顔の亜里沙は久々に見た。
もう手が付けられない状態になっている。
ああ、馬鹿なことをした。
ここは平身低頭、俺たちの間で境界となっていた、いわゆるところの土下座しかない。
俺は重くて動かし難い身体を引きずり、正座をしたところで頭を床に付けて謝る。
「悪い、俺が悪かったよ。本当に反省してる。だから元の亜里沙に戻ってくれ、頼む」
そのまま5分間。
リアル世界で亜里沙が怒ると、いつもこの方法で機嫌をとっていたものだ。
なんだか、懐かしい思い出が蘇ったような感覚が俺を包む。
こっちの世界の亜里沙も同じで、俺が5分間土下座すると機嫌を直し表情も普通に戻った。
「で、海斗。また身体が重くなったのね、今見てあげるから―」
まったく。気楽なもんだ。
しかしそこでまた亜里沙が反応した。
「なんだって?」
「いや、何でもないよ。特に肩が重くてさ」
俺に対して右手を翳し、状況を見極める亜里沙。俺の体中が赤くチカチカと光る。肩は真っ赤だった。
「あらー、あんたってばまた呪詛受けてるよ。一体何なんだろうね」
「またか。これ、破邪できる?」
「任せなさーい」
亜里沙は先日のように手刀を使い九字を切ってくれた。
「これでしばらくは大丈夫。自分でもできるから、覚えときなさい」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
空中に手刀で四縦五横の格子を描きながら行うとのこと、覚えきれない俺は、紙に書いてもらい部屋に持ち帰れというので、文句のひとつも言わず、亜里沙に従った。
南園さんや譲司は、ことが大きくならなくて済んだとほっとした表情を浮かべていた。この2人は、昼間、亜里沙や明が何をしているか知っているんだろうか。もし知っていたなら、陰でこっそりと教えてもらいたいもんだ。
まったく。こう易々と呪詛を受けるこの身体で、マジックガンショットに出場できると思うか?俺は「NO」といいたいね。
九字を切れば身体の不調は直るというから、覚えるしかないか。
あああ、でも。上杉先輩、良くならないかなあ。
俺、絶対ヤバイって。出場そのものが危ぶまれるって。リアル世界との波動がおかしくなって以来だって、こんな危機は。
部屋に戻って時計を見ると、ちょうど午前10時を回っていた。アシストボールの連中も戻って来た頃だろうか。
サトル、逍遥、応援に行かなくてごめん。でも、身体の調子が今一つだったので応援を遠慮したことにするよ。呪詛を受けていたのは確かだから。
明の姿は見えなかったからだが、光里会長と沢渡元会長が701に戻ったのなら、俺の呪詛も報告されているはずだ。
それを踏まえて、生徒会役員たちはどんな反応を示すのだろう。
俺としては、是非メンバーチェンジをお願いしたかった。助っ人スナイパーの出番を終えて欲しかった。
そうそう、アシストボールの結果。
1-0で紫薔薇高校に勝利し、勝ち点3を挙げた。総合勝ち点39。総合優勝へまっしぐらだ。
今日のサトルも逍遥も、かなり活躍したらしい。
午後からのラナウェイは、すったもんだの末、譲司が出場した。
なおもサトルに出場を請う3年と、スタメンは譲司で良いとする生徒会側が激突した。生徒会側としては、サトルを大事に育てていきたいという思惑が絡んでのことに違いは無かったはずだが、ここでまた生徒会VS選手サポーター軍団という図式を避けたいのも事実。
生徒会役員は、2,3年の生徒を説得して回ったという話も聞こえてきた。
ラナウェイの試合結果は、もちろん、勝利。紅薔薇最強軍団は、決して期待を裏切らない。
生徒会の中からもサトル押しの声があったようだが、その力は本物と証明されたのだから、後はプレッシャーをかけないようにとの沢渡元会長の配慮でもあった。
サトル的にはどう受け取ったのかわからない。
でも、少なくとも生徒会役員の間ではサトルの力は証明されたし、次のGPSや3月にある新人戦での活躍は見込める。
学年2番手のサトルの評判は、今や押しも押されもせぬものとなっていた。
その夜、俺は701に呼び出され光里会長以下生徒会役員の方々に出場をしたくない旨直訴した。理由は、いつまた呪詛をかけられるか不安だから、というもの。
皆、その理由そのものについては、否定はしなかった。だが、上杉先輩のメンタルは思った以上に下降の一途を辿っており、近日中に横浜に帰るということだった。
その場合、誰をマジックガンショットに出場させるか。仮に俺が出場しないとすると、1年で残っているのは譲司とサトル。
譲司はマジックガンショットが苦手だった。無理もない。譲司は魔法科の生徒ではなく授業でもマジックガンショットの練習はしたことがない。
一方のサトルだったが、どちらかと言えばマジックガンショットは苦手。100個上限15分台というスピードしか出せない。
今までアシストボールなど折角いいイメージを全体に植え付けたばかりだったので、ここで学年2番手のサトルの評判を貶めたくない、というのが生徒会の本音。よってサトルの不出場は決定事項だった。
俺としても譲司やサトルに出場を押し付ける気は毛頭なく、上杉先輩に出場してほしいというのが本音だったが、それも叶わない。
となれば、俺が出場するよりほかない。
ただし、試合中に万が一呪詛を受けるかもしれないという不安は常に心を縛ることになる。そうなれば集中力を欠き、タイムが悪くなる可能性がある。
そこをどうするかが、701の中で集中的に話し合われた。
破邪のブレスレットを手首に巻く方法、俺自身九字を切る方法、亜里沙か明がベンチ入りし万が一のときはベンチから破邪の魔法をかける方法等々。
しかし意識消失など重い症状以外は、他人への修復魔法関係は大会規定で御法度だった。
俺自身が破邪の魔法を自分にかける分には、大会規定で認められている。
しかたない。
俺は続けて紫薔薇高校と青薔薇高校との試合に出場することを了承し、破邪の魔法を習得することになった。
701で、明が俺に魔法のレクチャーをしてくれた。
「まず、姿勢を良くして十字を切るように、最初は上から下に、次に右から左に手のひらを翳すだけでいい」
「試合中に呪詛を受けたりしないかな」
「だからこその破邪の魔法さ。そういった邪気を寄せ付けない」
「じゃあ、いつこの魔法をかければ効果的なんだ?」
「ベンチにいる時一度九字を切って、グラウンドに行く直前にこの魔法をかければ呪詛は受けない」
自己修復魔法ぷらす左右の動きと覚えれば簡単か。
あと2試合。デバイスに不良細工ができなくなった犯人は、絶対に俺自身を狙ってくる。それは火を見るよりも明らかだった。
午後のラナウェイ。
逍遥とサトルと俺は、昼飯を早めに食べて白薔薇高校のグラウンドに向かう。
俺の食べる量を心配しているのは逍遥だ。
「海斗、もう少し食べたら」
「うん、今日のところはこれくらいで。そういえば、午前に701に行ったとき、今日は夕方から練習場空いてるって南園さんが言ってた」
「じゃ、マジックガンショットとアシストボールの練習に行こうか」
「わかった。南園さんに伝えておくから」
俺は離話を使い、南園さんとのコンタクトを計る。
南園さんは副会長が1人という超忙しさの中、離話に出てくれた。今日の練習に、俺たち3人まとめて入りたいと告げると、すぐにOKが出て、離話は切れた。
また亜里沙や明は、どこかに出掛けているのだろうか。
譲司の出るラナウェイは午後1時開始。
早めにホテルを出たこともあり、応援席も良い位置をキープできた。
デバイスは全部701に保管をお願いしてある。あとは、自分自身に破邪魔法をかけるだけ。
俺は明に教わったとおり、上から下にかけて右手を翳し、次に右から左に同じように手のひらを翳す。
呪詛を受ける前に寄せ付けないのが破邪魔法であり、受けてしまった時には九字を切って呪詛を取り祓う、俺としてはそんなイメージなのだが、もしかしたら考え方が間違っているかもしれない。
でもま、いいじゃない。俺、陰陽師になるわけじゃないから。
先輩方の中には、陰陽道と魔法をミックスさせた新しい分野に挑戦している人が少なからず存在する。俺としてはその新しい分野の魔法を知りたい気がするが、こればかりは、秘密にしておきたい人が多いのだそうだ。
確か千代先輩がそのタイプだったと記憶しているが、俺はそんなに仲が良いわけでもないから陰陽道とミックスされた古典魔法を教えて欲しいと軽々しく話しかけることもできなさそうだ。
魔法にも色々種類があるよね。
701に保管してある俺のデバイスには、その存在を隠す魔法がかけられるらしい。
ただ、犯人への目くらましとして、3丁のうち1丁だけは何も魔法をかけないで置いておくそうだ。消去魔法への対抗策として。
次第になりふり構わず俺への攻撃が増してきた犯人。一体、どんなやつなんだろう、そしてその理由は。
生徒会ではもう犯人を絞り込んでいそうだが、この時期に捕まえることはできないのだろうか。
でも紅薔薇校関係者に犯人がいると揣摩臆測するならば、27名(亜里沙と明はちがうだろうから実質25名)の誰かを拿捕するとなると、大会出場そのものがタイトな運営となり、万が一大会事務局に知れたら、本人だけではなく高校として失格になる可能性だってありえるのだろう。
だから皆、慎重なほどに犯人と対峙している。
そして犯人もその状況を知りすぎる程に知っているはずだ。だから大会中にこれでもかと俺に狙いを定めている。
まったく。迷惑な話だ。
正々堂々と目の前で罵倒された方がよほど精神的ダメージは少ないように思う。いや、ビビリな俺のことだから、どっちに転んでも神経質細胞がパヤパヤと動き始めるのはわかっているんだが。
って、何度かこの話をしてるような気がする。
高校1年なのに、健忘症でも入ったか。
ある種の情けなさを胸に、今、俺はこの世界にいる。
ラナウェイは30分ギリギリまで勝負がつかず、30分を終えたところでようやく紅薔薇が2-1で勝利した。
こちらでは譲司が倒され、向こうの2人を誰かが倒した。
色々考え込んでいるうちに、俺は応援を忘れてしまっていたらしい。
サトルに一々ハイライトを聞きながら選手たちに拍手を送った。
「行こうか、今日の僕たちの練習は何時から?」
逍遥は相変わらず切り替えが早い。俺もこのくらい鉄の心臓持ってたら良かったのに。
「701に聞いてないから、グラウンド出てから聞く。待ってて」
一旦グラウンドを出て、701の南園さんに離話する。
「南園さん、俺たちの練習時間て何時からですか」
「今日は夜8時からです。食事をしてからになりますね」
「了解、場所は?」
「白薔薇高校のグラウンドです」
「白薔薇のグラウンドで、夜8時から」
逍遥に伝えたが返事はなく、サトルがこちらを見て頷く。逍遥、自分から聞いといて無視は無いだろう。これが四月一日逍遥という男子だから、もう慣れたけど。
逍遥は何を考え込んでいるのか、ホテルまでの帰路、何も話さなかった。サトルが無理して俺に話しかけてくる。サトル、あまり人に気を遣うなよ、疲れるぞ。
歩いて10分ほどでホテルのエントランスに着いた。
「じゃあ、夕食の時に誰かの部屋で合流しよう」
俺の提案にサトルが乗った。
「夕方5時半に僕の部屋はどう?」
「了解、逍遥、聞いてるか」
逍遥は初めて俺たちがいることに気付いたかのような顔をする。
「あ、うん。510ね、了解」
「夕方5時半だ、遅れるなよ」
たぶん、耳には入ってないだろう。なにをそんなに考え込んでいるのやら。逍遥にしてはちょっと珍しい行動だった。結構独りよがりな面もあるんだ、逍遥は。
「じゃ、夕方5時半にサトルの部屋で」
俺はもう一度念押しする。
サトルは笑って逍遥を引きずり、EVの5階で降りた。
707の部屋に戻った俺は息を調えると、亜里沙の見よう見真似で部屋の中に右手を翳してみた。
特に光る物は見つけられず、魔法が効いているのかどうかさえわからなかった。
発展途上なんだよな、俺の魔法は。
今まで人さし指で行ってきた簡単な魔法ならだいぶ身についたと自画自賛してるけど、高等魔法は何も知らない。
いますぐにとは言わないまでも、この大会が終わったら是非とも高等魔法とやらを覚えてみたい。
俺は誰もいない部屋でくすくす笑っていた。
リアル世界では考えられなかったことだ。自分から何かを学びたいと思うなんて。
これがリアル世界で学問と名の付く勉強だったらどうだ?たぶん、俺は背を向けて逃げ出しているだろう。
こちらで生活するようになってから、明らかに俺は変わったような気がする。どこが何がと言われても即答はできないが。
何が俺をどこに導いているのか、道は始まったばかりだったが、自分は自分であって、個の確立というか、ませた言い方すれば大人への階段というか。俺自身、今は両親がいない身の上だからそう感じるのかもしれないが。
あの本を買わなかったら、読まなかったら、今俺はここにいないと思う。
いや、亜里沙と明がリアル世界にいたということは、俺はここに来るべき人間だったのか?
いやいや、リアル世界では、亜里沙たちも普通の人間だった可能性だってある。
それとも、今こうしていることすら、夢の断片なのかもしれない。
今の俺には、何が本当かはわからない。ただ、ショットガンを使った時、ズシンと肩にくるあの重みっていえばいいのかな、それだけは確か感覚だった。
部屋の中で本を読みながら、考えを巡らせながら、ベッドに寝そべる俺。
ちょっとだけ、時間が経つのが遅く感じられた。
また何か呪詛なんぞうけてねーよな、と破邪魔法をかけてみたり、九字を切ってみたり。
身体が重いということもなく、頗る快調。
このままいけば、明日のマジックガンショットは楽勝だろう。いや、残り2試合とも、俺が少々調子を崩しても南園さんと逍遥がいるから何とかなる。
気楽に、気楽に構えていこう。
色々考え込んでいるうちに、俺は眠ってしまったようだった。
若き日の父さんと母さんが、仲良く散歩していた。
遠くから両親を見ている俺。
父さんたちのところに、子どもが走って寄っていく。ああ、写真で見た小さな頃の俺だ。
そうだ、俺が小さなときは親子3人で散歩するのが休日の過ごし方だった。
それがどうして休日出勤や休日ゴルフに代わってしまったのだろう。
大人の事情はまだ俺にはわからなかった。
なぜ・・・。
そこで俺は目が覚めた。
両親の夢を見るなんて。向こうは俺のことなんて忘れているというのに。
俺の目から、雫が落ちた。
いつ以来、俺は泣いてなかっただろう。いや、こちらに来てから両親の夢を見るといつも泣いていたような気がする。
戻れるなら戻りたいかと聞かれれば「NO」と答えを出すだろうけど、即座に「NO」と言えるかどうかは、わからなかった。
起きた俺は部屋の時計を見た。
午後5時20分。
起き上がり、ジャージに着替えて練習用のシューズを履き、部屋を見回して何も異常がないのを確認し、戸締りを厳重にしてから部屋を出た。
EVで5階に降り、510の方に歩いていく。
サトルの部屋の前には逍遥が立っていた。
「サトルは?」
「寝ぼけてた」
「は?」
「ドア開けるなり、きゃーって言ってドアを閉められちゃったよ」
どうしたというんだ。
俺も逍遥と一緒にドアをノックする。
3分程応答はなかった。
もう一度、大きな音をたてようかと思っていた矢先、サトルは紅い顔をしてドアを開けた。
逍遥は高校生特有の恥じらいというものを知らない。よって、言葉はいつもストレート。
「どうしたの、紅い顔して」
「夢見てて」
「どんな」
「僕がみんなに迷惑かける夢。・・・ドリンクを飲んだ人が次々薬物中毒になって学校を辞めていくんだ」
「そうならなくてよかったじゃない。神様がサトルを応援してくれているんだ」
逍遥の口から神様なんて非現実的表現が飛び出すことの方が俺としては恐ろしい。
「ごめん、今日の練習・・・」
俺は笑ってサトルを往なした。いや、悪口のつもりで言ったんじゃない。
「その顔じゃしょうがねーな。練習はしなくてもいいから、顔だけ見せとけ。で、俺に呪詛かかったら祓ってくれよ」
「祓い方知らない」
「大丈夫。教えてもらったから。新しい魔法覚えられるぞ」
「海斗、ありがとう。先に行ってて、後から食堂に行くから」
逍遥はサトルに対し、また現実的なことを言う。
「3人で行った方が顔紅いのは目立たないね。1人で行ったら絶対に目立つ」
「そうかな」
俺もそう思う。サトルはふとした言葉に傷つく繊細なハートの持ち主だから、1人でなんて食堂に行けるわけがない。いくら明日試合が無いとはいえ、1食、それも夕飯を抜くのは黄色信号が赤信号に代わるようなものだ。
「顔を洗ってこいよ、そして3人で食堂に行こう」
しばらく考えていたようだったが、サトルは頷いた。
「わかった。少し待ってて」
廊下で待つ俺と逍遥。逍遥は俺の顔もまじまじと見ている。
「なんだ、君も夢見て泣いた口か」
「なんでそこまではっきりいうんだ」
「事実だから。で、君の夢はなんだったの」
「両親が出てきたんだよ。で、小さい頃の俺がいて、3人で散歩してた」
「その頃は毒親じゃなかったんだ」
「まあね、俺が小学校3年かそれくらいからだよ、毒親になったの。亜里沙たちも知ってると思う」
逍遥は少しだけ左の眉尻をあげた。
「海斗、山桜さんたちのことなんだけど」
「亜里沙たちがどうかした?」
「あの2人は・・・」
逍遥が言いかけたところでサトルが部屋から出てきた。大き目のキャップを被って目の辺りを隠している。
俺はそれが気になって、キャップの位置を何度か変えたりして目立たないようにしていた。
「逍遥、さっき何言いかけたの」
「いや、何でもない」
逍遥が言いかけて止めるなんて珍しいんだが、サトルのことで頭がいっぱいだった俺は、結局逍遥の言葉を聞き洩らしてしまった。
「じゃ、1階に降りようか」
3人で1階まで降り食堂に向かう。
と、また宮城聖人先輩と広瀬翔英先輩が目の前にいた。
仲良いんだな。同じ魔法技術科なんだろうし。
そういえば、魔法技術科ってデバイスとかを専門にチューンナップする科だと思ってたけど、譲司を見てるとある程度の魔法力がないと自分が設計したデバイスを動作確認できないよなとの思いに至る。八雲のような奴は稀なんだろうと思う。あいつは魔法もろくにできないんだから、普通科に入るべきだったんだ。
俺たちの会話に気付いたのか、宮城先輩と広瀬先輩は同時に振り向いた。
「やあ、早いな。これから練習でもするのか?」
俺が口を出さないように、なんだろうか。逍遥が早口で捲し立てた。
「お疲れ様です。今日の疲れを早くとりたいことと、明日も早いので早めの就寝を心掛けろとの通達がありまして」
「早く寝過ぎたって夜中に起きるだけだよな、大変だなあ」
広瀬先輩がじっとこちらを見つめている。
なんだろう。
理由を聞きたいけど、墓穴を掘るような気がしてスルーしていた。
「明日は?」
俺は我に返った。宮城先輩の声だった。
「明日は八朔もマジックガンショットに出るのか」
「あ、は・・・」
すると逍遥がまたも口を挟む。
「明日にならないと分らないんです。1年は5人しか来ていないので。一種目1年を必ず入れるこというのは、ちょっと無理がありますよね」
「上杉先輩の件もあるからなあ、まだ協議中なのか」
「はい。良い形で勝ちに繋げられればと思っています」
「頑張れよ、1年坊主」
「ありがとうございます」
逍遥は意識するように先輩たちから離れた場所のテーブルを選んだ。さて、そんなに聞かれてマズイ話はしないと思うんだが。
何か逍遥なりの意図があるのかもしれない。俺は黙って逍遥の選択を受け入れた。逍遥は料理選びですら、先輩方と時間差になるよう仕向けている。特に重要でもない話を延々と俺とサトルに聞かせて、自分は悦に入っているようにも見受けられた。
先輩たちの動向を遠くのテーブルから注視する逍遥。
「いったいどうしたんだ、逍遥。さっきからおかしいぞ」
俺の言うこともほとんど聞こえていないようだ。
先輩たちが席を立ち、食堂を出るのを見計らって徐に俺たちに料理を取ってくるよう半ば命令している。
「逍遥、何か君、おかしくない?」
「海斗、もうここまでくると犯人になり得そうな人は全て上手くやり過ごすことが得策だと思わないか?」
「先輩たちを疑ってんの?」
「1年以外の人たちは全員疑ってかからないと」
「2年か3年。前にも誰か言ってたっけ。君が言ったのか」
「忘れた。だけど、1年にいない以上、2,3年しか有り得ない」
逍遥の言うことも一理ある。
俺もへらへらしている場合ではない。
でも、誰?って考えてると段々落ち込んでくるんだよなあ。まさかここまでされるとは思っても見なかったから。
とにかく、練習してて誰かに会ったら生徒会のせいにしろと逍遥も亜里沙も言っている。
嘘をつくのは苦手だけど、逍遥に言わせれば嘘では無く陽動作戦なのだそうだ。
・・・モノは言いようだよ・・・。
練習は午後8時から白薔薇高校のグラウンドで。
午後6時半まで食堂にいた俺たちだったが、白薔薇高校グラウンドまでは歩いても10分だから時間が余る。
よって、サトルの部屋で時間を潰すことになった。
俺の部屋はまた式神の餌食になってるかもしれないし、考えてみれば、逍遥は好んで他人を部屋に入れる方ではない。
逍遥なりに俺に気を遣ったのか、式神や呪詛などが話題に上ることはなく、ひたすら今大会の競技種目や10月から年末にかけて行われるGPS、GPF、世界選手権、新人戦について自分の知っていることを話していた。
逍遥よりも詳しいのがサトルだが、サトルは学校としての評価の他、人物に対する詳細や評価などの情報を集める能力に長けている。
もう、2人とも世界を見ている。
凄い視野というか、目標というか。
俺なんてそこまで全然考えてないし、薔薇6で俺の選手生活は終わりだと思う。第3Gだからこそ選手になれた部分は非常に大きい。
だから俺は進んで会話に交じることは無かった。
午後7時30分。南園さんから俺宛てに離話が来た。
「皆さんお揃いですか」
「はい、揃ってます。俺のデバイス持ってきてください」
「了解です。2丁持っていきますね。ではこれから私もロビーに降りますので、よろしくお願いします」
俺たちも急いで行く準備を整える。
サトル、ショットガン持たないの?
「僕がこれ以上ラナウェイに出ることは考え難いし。置いていくつもり」
「危ないぞ、持って歩けよ」
俺の言葉に従ったのか、サトルは自分のショットガンを腰にぶら下げ、部屋を出る。
逍遥は何もいってなかったが、準備は万端なはずだ。確認するのも烏滸がましい。
EVで1階に降りロビーを見ると、もう南園さんは準備して俺たちを待っていた。
「では、出発しましょう」
俺はデバイスを2丁受け取り、腰にぶら下げた。
サトルは恥ずかしがり屋なので俺の陰に隠れようとする。仕方ないので南園さんの相手は逍遥に任せることにした。
逍遥、あまり爆弾発言はしないでくれよ。
目指した白薔薇高校グラウンドについた。土は綺麗に整備されていた。練習の終わった学校が皆整備していくのだと思う。
青薔薇ならそのまま帰るかもしれないけど。
俺の中で、青薔薇高校は非常に評価が低い。
サトルはジャージのままグラウンド周囲を走り込んでいた。俺と逍遥、南園さんは本番さながらにマジックガンショットの練習を開始する。
魔法陣が勝手に出てくるソフトを魔法技術科でバージョンアップしたと言うので、そのテストも兼ねている。本番ではここにイレギュラー魔法陣が出るためややこしくなるのだが、ソフトの出来は上々だった。
「中々よくできてるね」
俺は危なげない感想を漏らした。
逍遥は、はっきりと自分の意見を告げている。
「欲をいうなら、イレギュラー魔法陣も何かの形で入れて欲しかったな。実際の試合では2つ同時に出たりするからねえ」
「ではその辺も魔法技術科に伝えることとします」
「南園さんが何か思ったことは?」
「細かい話なんですが、魔法陣が出てくる速さが微妙に違うの、わかりました?試合慣れした選手だと、イライラするかもしれませんね」
なるほど、俺はそこまで目と耳を効果的に使ってテストをしなかった。
俺は初めから亜里沙たちが俺専用に作ったショットガンを使用していた。すっかり俺の手に、指に、呼吸に馴染んでいる。明日もこれでいくつもりだ。
南園さんも使い慣れたデバイスがあるらしい。明日も記録が期待される。
逍遥はほとんど練習をしていない。やはり逍遥は的を見て撃っていないに違いない。俺の結果次第で撃ち方は変わってくるはずなんだが、もう、明日に向けて体力温存といった空気を醸し出している。
逍遥の場合、午後のプラチナチェイスにも出場するから、マジックガンショットにだけ時間を費やしていられないのだろうと推察した。
1時間の練習を少しだけ早く切り上げ、グラウンド整備を行う。サトルが手伝ってくれたので思ったより早く終わった。逍遥、後片付けも大切なんだから少しは協力してくれ・・・。
俺は帰り道、またゾクゾクするようなあの視線に出くわした。場所は、白薔薇のグラウンドを出てすぐのところ。今は身体も重くないので呪詛をかけられたわけではないようだ。俺以外に、視線に気づいた人はいなかった。
今日ここに来るのを知っていたのか、式神を使って俺たちを監視でもしていたのか。
はあ・・・またかよ。
いつまで睨んでいれば気が済むんだ。
とにかく、式神と呪詛だけは関わらないようにしないと、って、向こうから来るから関わってしまうんだけどね。
ホテルにはいる間、南園さんと逍遥に、式神がいないか、また呪詛をかけられていないか最後の確認をしてもらった。どちらも見受けられないという。
ただ、時間差でくる場合は亜里沙が言っていたように防ぎようがない。
デバイスは701にお願いすることにして、俺と南園さんは、5階で逍遥やサトルと別れ、7階に着くと南園さんが俺の部屋を確認したいと言い出した。呪詛がかけられていないかを見たいのだという。
部屋に着いて鍵を開ける。部屋の中は若干蒸し暑く感じられた。南園さんがしかめっ面をしながら目を閉じる。亜里沙たちに何か連絡しているのだろう。
目を開けるか、701のドアが開くのが早かったか。
701からは沢渡元会長と明が出てきた。
2人とも、俺の部屋に入るなりこれまた顔を顰める。
明は両手で手印を結ぶ『剣印の法』を再度試すと言って、九字を唱え出した。
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女!!」
沢渡元会長は手刀で九字を切る。空中に四縦五横の格子を描く破邪の法だ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
明は最後に、
「六根清浄急急如律令!」
と唱えて、手持ちの数珠を振った。
要は、身体を直ぐに清めたまえ、という意味らしい。そう聞いた気がするが、俺の記憶は別なところにぶっ飛んでいたもので、はっきりそうだとは言えない・・・。
俺は何が起こったのかわからないままだった。もしかして、また呪詛か生霊?
「こちらが前に出れない状況を逆手にとってやり放題だ。長谷部さん、どうしますか」
「海斗にはもう少しだけ我慢を。あと3泊です。魔法自体は高度ですが、従属部分は幼稚なところもある」
「しかし嫌がらせにも程があります」
「さすがにここまでくると犯罪レベルものですね」
「警察を入れますか?」
「こちらにも警察を入れたくない事情がありますし、困ったものだ」
「別の宿泊所に泊めてはいかがでしょう」
「誰かを護衛に付ければ可能ですね」
「ここでは護衛役すら調達できない。すべて計算の上か」
南園さんは701に戻っていたので、そこにぼんやりしながら佇んでいたのは俺だけだった。でも、沢渡元会長が明に向けて丁寧語を話している声だけが耳に残った。
何か話したいのに、明と話したいのに、言葉が出てこない。
口だけを魚のようにパクパクさせる俺を見て沢渡元会長は何かを察したような目をしたが、俺の動きそのものはスルーされた。
明は忙しいのだろう、沢渡元会長と話し終えると踵を返し701に戻った。
沢渡元会長は俺を廊下に1人置いたまま隣にある自分の部屋に入ると、5分ほどで出てきた。
「八朔。もう少しの我慢だ。今晩は俺の部屋を使え。結界を施してある部屋だ。安心して眠れる」
「しかしそれでは会長にご迷惑が掛かります。破邪魔法を教えて頂ければ、自分で何とかしますので」
「もう、それも難しいようだ。相手は暴走している」
「暴走、ですか?」
「ああ、ここまで来ると嫌がらせのレベルが違う」
「生霊とか呪詛とか?」
「もう少し上のレベルだな。今度は悪霊まで来たようだ」
「・・・そうですか。色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません。それでは、お部屋をお借りします」
もう、どうなってんだ。今度は悪霊だって?
洋服類は明が夜中に来て破邪したものを置いていってくれたが、実のところ、滅入る。とんでもなく滅入る。
それでも明は「打ち勝て」という。こんな子供みたいな考えを持つ犯人にだけは絶対に負けるな、と。
マジックガンショット、大丈夫だろうか。
いや、大丈夫かと心配するんではなく、犯人が地団駄踏んで悔しがるような成績を残そう。真っ向勝負してやる。
沢渡元会長の私物の目覚まし時計を借りたので、久々に朝までぐっすりと眠れたような気がする。
そろそろスマホ返してもらおうっと。
朝6時に起きれるようセットし、俺は思いっきり寝た。
朝は時間どおりにアラームが鳴り、俺は目を覚ました。
ベッドから出るのは5分後。洗面や歯磨きにかかる時間は10分。髪が少しハネていて、学校に行く時なら直すんだが、今日は遅刻厳禁なので直さないまま放置する。競技のあとは汗で髪型が変わるから、気にしないことにした。他校も含めて女子は少ないから。え、女子の数で行動決めるのはキショイって?
知るか、そんなこと。
で、ユニフォームに着替え6時半前に食堂へ行き、今日はホットケーキ2枚と野菜ジュースを選んでみた。
食のエキスパートの女性から見たら「あらまっ」と叱られそうなメニューだが、これがまた俺の好みに合っていることに気が付いた。
あと3日しか泊まらないのに・・・。残念なことをした。もっと早く挑戦してみるべきだった。
そうして午前7時前に余裕を持って食堂を出て、トイレに寄ってからバスに乗る。バスに近づいた時、デバイスを持っていないことに気が付いた。
701でデバイスもらわなきゃ。
701に走って戻り、ドアをノックする行動すら面倒でそのまま開けようとしたとき、ちょうど南園さんが出てきた。
「デバイスはこちらで厳重に保管しておりましたので」
亜里沙が言っていた「存在を隠す魔法=隠匿魔法」とやらで式神も寄せつけない保管をしているらしい。
隠匿魔法があれば、ベンチに置こうが部屋に置こうがその存在はないことになるわけだから、これほど便利な物はないんだが、本当に効いているのかどうか。
俺は結構懐疑的な目で隠匿魔法とやらを見ていた。
こればかりは、使ってみなければわからない。
また消えたりして・・・。
バスに乗った俺は、逍遥と顔をあわせることなく会場入りした。ベンチに座ってからだ、逍遥を見つけたのは。逍遥は相変わらずの飄々っぷりで観客たちの声など聞こえてはいない。
観客の応援を背に頑張る、という言葉は逍遥の中には無い。
午前8時。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲とともにマジックガンショットの試合が始まった。
今日は紫薔薇高校が先攻。
うっわ、手数が多い。
でも、よく見ると的に当たってない。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、でもないが、よくイレギュラー魔法陣の餌食にならないものだと感心する。
結果、上限100個を11分台、12分台、13分台で撃ち落とし、3人の平均は12分台ということになったようだ。まずまずの滑り出しといったところか。
後攻に紅薔薇が登場すると、全体の応援席は異様な空気に包まれた。
全回6分台で衝撃の結果を齎した逍遥が、今度は何分で上限を撃ち落とすのか、皆が注目している。
紅薔薇の先手は変わらず南園さん、次に俺、最後に逍遥。
南園さんは珍しく髪を結んでいる。
それだけでも撃ちこみの速さが変わるという。
ということは、彼女も本気を出してきているという心情の現れなのかもしれない。
「On your mark.」
「Get it – Set」
南園さんの挑戦が始まった。いつもに比べ髪が風に靡かない分、目標に向かい身体を捻りやすそうだ。それでも姿勢の良さは変わらない。次々と魔法陣を撃ち落としていく。
これまで南園さんを見たうちで、今回が一番速いかもしれない。
早々に上限を撃ち落とし、汗をかくこともなくグラウンドからベンチに戻ってくる。
大型モニターに速さが表示された。
なんと、1年女子では一番速い、上限100個8分台後半で撃ち落とすという快挙を成し遂げた。
「南園さん、ナイス!」
俺の言葉に気付き、応援席にも手をふる南園さん。ファンは一気に増えたように思う。
次は俺の番。
何があっても10分台はキープしたい。ひとケタ台は夢の数字だけど10分なら全部撃ち落せるはずだ。
グラウンド中央までゆっくりとした動きで歩くと、亜里沙たちからもらったデバイスを腰から取りだし右手に持ち、万が一のために予備のデバイスを左手に持った。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が辺りに鳴り響く。
デバイスの調子は絶好調で、次々と魔法陣が出てくるのを全部1発で撃ち落とすことができている。
自分でもこれは記録の予感が出てきた。
これなら10分をゆうに切るのではないかと思われたその瞬間だった。
俺の左手に異変が生じた。
力が入らなくなったのだ。左脚も同様に力が入らない。
お蔭で俺は左手のデバイスを土の上に落としてしまった。
脳の病気で力が入らなくなると聞いたことがあったから最初は脳がつまったのかと勘違いしたが、ろれつは回る。脳の病気はろれつさえ回らなくなるというから、どうやら病気では無さそうだ。
視線の犯人が、ここまで魔法をかけてきたか。
でもそれは今、どうでもいいことだった。
右手だけで撃つにしても姿勢が前屈みになり当たらない魔法陣が増えた。
あと何個出てくる?
まだ終わらないのか?
俺は少しどころではなくパニック状態になりかけていた。
その時、応援席から、なんとサトルの声が聞こえた。
「海斗!もう少しだから頑張れ!」
人目を嫌うサトルが大声を出すなんて。
そうだ、まだ勝負は終わらない。
麻痺したように重く感じる身体を伸ばし、右手で撃ち続ける。
それから何分が経ったのだろう。周囲が明るくなってきた。ようやく100個が出きった。最後のレギュラー魔法陣を撃ち落とす。
そうして、俺はよろよろとその場に崩れ落ちた。
右手はデバイスを握っていたため、自己修復魔法は使えなかった。
絢人がグラウンドまで俺を迎えに来た。絢人に支えられ、ベンチまでゆっくりと歩くが、左側はまだマヒしている。病気なのか?だが、話すことはきちんと滑舌よく話せるし、脳にきている気配は見受けられない。
「自分の名前は?」
「八朔海斗」
「ここはどこ?」
「白薔薇高校のグラウンド」
「君はどうしてここにいる?」
「マジックガンショットの試合」
俺はすぐに大会事務局の医療班に引き渡され、そのまま救急車に乗せられた。
だから逍遥のマジックガンショットを見て応援することはできなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
救急車で搬送された俺だったが、検査の結果はどこも異状なし。
病気でもないわけで、様子を見ましょうということで病院からは解放された。
絢人が付き添っていたのだが、帰りは2人でタクシーに乗りホテルへ向かった。俺のデバイスは南園さんが責任を持って701に運んだとのことで、俺は安心し、706の沢渡元会長の部屋でしばしの間、眠りについた。
何時間寝たんだろう。
外はもう暗かった。部屋も暗くしていたので、時計は見えなかった。ベッドから起き上がると、左手や左脚は麻痺しておらず、自由に歩けたし姿勢よく立つこともできた。
良かった、やはり身体の異状ではない。
しかし次に考えられるのは、魔法、あるいは呪詛を身体に受けてしまった可能性があるという、なんとも衝撃的な事実だった。
誰が放ったのかもわからない。たぶん、これは高等魔法の類い。
ああ。試合前に破邪の魔法を自分にかけることを忘れていた。今更感があるが、なぜそこまで気にしなかったんだろう。
マジックガンショットの試合はどうなったんだろう。
まさか俺のせいで負けてしまったのでは、と考えると胸が痛む。
とにかく、一度701に行って報告しなければ。
麻痺から解放され、自由に歩くことができる。
誰が俺に魔法をかけた。卑怯なヤツ。
701のドアを優しくノックする。
すると南園さんが姿を現して、俺の前で涙ぐんだ。
「ごめんね、心配かけて」
「いいえ、ご無事で何よりです」
702の方から亜里沙の声が聞こえた。
「左半身マヒしたって?」
「おう、検査の結果は異状なし。様子見るらしいけど。もうすっかり元の身体だよ」
「あんた破邪の魔法かけなかったでしょ」
「う・・・実はそうなんだ。試合前そこまで頭回んなくて」
「なんのためにレクチャーしたか考えなさいよね」
「悪い、明もそっちにいるのか」
「出かけてる」
「そうか、心配してるだろうから大丈夫だ、って話してて」
「わかった。あんた、明後日の青薔薇戦は何あるか本当にわかんないから、破邪の魔法かけときなさいよ」
「了解、今度は気を付ける」
南園さんがちょっとハラハラしているので、亜里沙との会話はここでOFF。
「誰か、今日のマジックガンショットの結果教えてくれないかな」
南園さんが手を上げる。
「結果としては勝利しました。私が8分台、八朔さんが20分台、四月一日さんが4分台でした」
「4分台?」
思わず聞き返した俺。そこで譲司が話に交じってきた。
「考えられない数字だよね」
「天文学的数字だな」
「君の分は仕方ない。明後日にすべてぶつけるんだね」
「もうひと試合か。今度は何をお見舞いされるのやら」
亜里沙がこちらの701に移動してきた。
「今日はどんな感じだったの」
「こう、突然左側に力入んなくなって、姿勢も悪くなって的に当たんなくなった」
「典型的な病変攻撃魔法ね」
「次は破邪魔法かけるから」
「うーん、必要無くなるかも。青薔薇戦、|上杉《かみすぎ|》くんが出てもいいって言ってるの。あんたを会場で観てて危なっかしいと思ったのかは知らないけど」
「ホント?」
「でも青薔薇って応援も最低でさ、スナイパーが集中できないように大音量で音楽や拍手や大声をあげたりして邪魔するのよ、だから上杉くんじゃ心配で」
「そうか。|上杉《かみすぎ|》先輩は1年に負けられないと思うだろうけど、逍遥のあれは反則級だし、青薔薇の応援がそれじゃ、また精神病むって」
「そこが心配の種なわけよ。あんたは魔法攻撃くらうし、あー、もう。痛し痒しよね」
「いいよ、俺、出るから」
亜里沙は小首を傾げながら俺の肩を2回、3回と叩く。
「あんたのその言葉を待ってたの。大人になったじゃない。今日の午後は休んで明後日に備えて」
あとで譲司に聞いたところによると、午後のプラチナチェイスは、時間こそ30分かかったようだが内容的には紅薔薇が押していたという。ただ、紫薔薇も大掛りなタックルをかける相手なのでだいぶ先輩方や逍遥は消耗したようだ。
皆、自己修復魔法がなかったらと思うと寒気がする俺だった。




