魔法W杯 全日本編 第6章
亜里沙と明は、付き合うと言ったのに、午後から授業があるらしく軽くバイバイと手を振って2人で校舎に入ってしまった。
俺はといえば、午後はどうやら魔法実技らしい。
午後1時からの授業も屋外だった。
その名も「ラナウェイ」
集まった生徒に、教師はこれだけを言った。
「これは追いかけっこやかくれんぼに似た競技ですが、足が速いとかだけで巧くなる競技ではありません。工夫が物をいいます。十分に考えて、最後まで残れるように工夫しなさい」
ピストルのような形状のデバイスを相手に命中させると、相手の足が動かなくなるという。
今日の練習場所は校舎の中庭が指定された。古い校舎が隣にあり、そこを使う時もあるのだとか。
これはあくまで授業であり、かくれんぼではないのだが、もしかしたら、隠れたままで最後まで持てばそれはそれかもしれないと思う俺。
教師は、20人の男子を4つに割り、5人ずつのグループにした。
女子は10人を2つに割り、やはり5人ずつのグループにする。
俺、走るのかなり、本当に苦手。
仕方ないから、中庭のある程度樹齢を重ね太くなった樹の陰でそっとしていた。
男子Aチームに属したのだが、B、C、Dチームのゼッケンを付けた男子を見ると身体が固まってしまうのがわかる。
身をひっそりと樹の陰にひそめて、息すらも静かに、微かに。
こんな時、透明人間になれたらいいのになと思う。
でも、透明人間だって今の科学じゃ到底でき得ないもの。
要は、俺が透明人間よろしく姿を隠せればいいだけの話なんだが。
こうして隠れているのは、結構辛い。
右手の人さし指に意識を集中して、前後左右に指を切って見た。
すると、周囲の声が聞こえなくなり、何も見えなくなった。まるで卵の中に入ったように。
もしかしたら、周りからも俺の姿が見えていないのかもしれない。
確か、この実技には制限時間があったはずで、45分逃げ切ったらこっちの勝ちだ。
そこまで意識が持つかどうかはわからないけど、とにかく、今日はこの方法を試してみようと思う。
それにしても、黙って1か所に身をひそめるのは本当に辛い。何も音が聞こえないということが、こんなに辛いとは思わなかった。
もう、姿をさらけ出し、いっそ負けを認めてしまおうか。
とはいえ、俺は、自分で作ったこの結界みたいなものを解く方法を知らなかった。
どうやったら解除できるんだろう、何分くらい持つんだろう。
確か、授業が始まって10分後にゲーム開始。そのあと10分くらいしてから結界を張ったのだから、もう授業が始まって30分。20分、ここにいることになる。
授業は1時間だから・・・。
あと15分だけ、こうして樹に同化せねばならんということか。
授業が終わっても結界を解除できなかったらどうしよう。
その時、大事なことに気が付いた。
俺は今、隠れているから声を上げていない。
そうだよ、先生が来たら動き出して、助けを求めて大声で叫べばいいんだ。
そうすれば、きっと大丈夫。
魔法結界を解くくらい、教師には簡単にできるだろう。
そんな風に考えていた俺が甘かった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
それから15分。
追いかけっこのゲームは終わったはずだ。
が、何も音が聞こえない。何も見えない。
立ち上がろうとするが、本当に卵の中にいるようで、足を伸ばせない。立ち上がれない。
これって、かなりまずいパターンなんではなかろうか。
仕方がないので、俺を覆っている殻のようなものを叩いて割ることにした。
かっ、硬っ。
こっちの拳骨の方が怪我をしそうだ。
もう一度、同じように魔法を使うべきかどうか、まじめに悩んだ。
だって、同じこと2回やって解除できるものもあるけど、2回目で倍の硬さになる可能性だってある。
でも、やらないよりはやった方がいい。
あー、こんなことなら、黙ってつかまっていれば良かった。
走るのを怠けたばかりに、こんなひどい目に遭っている俺。
授業時間は終わりを告げ、もう午後2時5分。
あと10分で、次のコマが始まる。
もがけばもがくほど、たぶん、この殻は硬くなっている。
そうだよ、やっぱり真面な魔法なんて使えないんだよ、自分で掛けた魔法の解除すらできないなんてお笑い草。
このまま寝てしまおうか。
そしたら、目覚めた時には元の世界に戻っているかもしれない。
もう、馬鹿馬鹿しくてやってられないよ。
俺は考えることを放棄して、身体の力をぬき、殻に寄りかかった・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「海斗、海斗」
亜里沙の声が聞こえる。
ああ、元の世界に戻ったんだ。
母さんが俺の不登校を心配して亜里沙に連絡したんだな。
「おう・・・亜里沙・・・」
俺はベッドから起き上がろうとした。
しかし、そこにあったのはベッドではなく、大きな樹。
なんだよ、くそが。
まだこっちの世界にいたのかよ。
俺は仕方なく立ち上がそうとした。
だが、身体が固まっていて動かない。
「おい・・亜里沙。手を貸してくれ」
「あんた、何でこんなとこで寝てんのさ。授業さぼったの?」
「まじめにやった結果がこれだ。もう授業には出ない」
追いかけっこの顛末を亜里沙に話した。
「なるほどね。でも、今日の最後の授業だけでも行きなよ。折角学校来たんだし」
「いやだ」
「見学させてもらうだけでもいいと思うけど。帰り生徒会室行くんでしょ」
「まあ、それくらいなら。そういえば、そういう約束してたな、南園さんと」
「あたしが一緒に行ってあげる。次も自習になったから」
授業開始5分前の予鈴が鳴った。
俺と亜里沙は、アシストボールの授業が行われる体育館へと向かった。