薔薇6編 第13章
黄薔薇校戦も全勝し、生徒会役員部屋では残された皆が気を良くしていたと思う。
俺とサトルは、そっと応援席を抜け出し、ホテルへの帰路を急いでいた。
712のスマホの撮影部分を見ることと、部屋の交換を申し出ることだった。
2人とも、無駄話もしないで黙々と歩く。ただ、ひたすらに歩く。
思った以上に早くホテル前に着いた。
俺はひとりでスマホを見るのが怖くて、サトルの背中にしがみついた。
「なあ、一緒に712に入ってくれよ」
「僕、呪詛とか怖いからイヤだ」
「そんなこと言わないで。俺だって1人じゃ怖くて」
「しかたないなあ、海斗。じゃ、一緒に入ろう」
「スマホ持ったら直ぐに部屋出るから」
712の部屋の鍵を開け、そっとドアを押す。中は別に変わりなく、禍々しい空気も感じられない。俺は机に置いた本を退けてスマホを手にした。そしてもう一度だけ部屋の様子を見ながら、部屋の鍵を閉めて廊下に出た。
サトルはと言えば、俺の左腕に掴まって部屋に入りはしたものの、何も言わず俺の腕を握りしめるだけ。
俺たちは、本物のビビリだ。
サトルが自分の部屋で観るのは怖いと言い出したので、俺たちは一緒にロビーに降りて映像を見ることにした。
ロビーにEVで降りていくと、幸い、他校の生徒はいない。
片隅の椅子に向かい合って腰かけ、俺とサトルは頭をくっつける。
映像を再生する方法が分らなくて2人とも段々こめかみに筋が立ちそうになったが、やっとのことで画面を操作して、再生映像が流れた。誰もいないロビーだったので音量のことは考えていなかった。
すると、「ドン!!」「ドン!!」「ドン!!」と3回大きな音がして、俺たちは互いに仰け反ってしまった。俺なんぞ、スマホを床に落とすくらい驚いた。
スマホを拾い上げて、もう一度再生する。
音の他は何も変わりが無いかのように見えたのだが、不思議なことに窓のカーテンが揺れていた。窓は閉め切っていたのだから、カーテンが揺れるはずがない。
いつ録画されたのか、またスマホの操作方法が分らず気が立ってくる俺。
ようやく録画時間を確かめると、昼の12時35分。
俺が部屋を後にした時間だ。
あの時選手やサポーターとしてバスに乗っていた人を除けば、全員にアリバイが無いとも言える。いや、バスに乗った人だけにアリバイがあると言った方が正しいだろう。
また幽霊騒ぎかよ・・・。
俺、お化けとか幽霊大嫌いなのに・・・。
「海斗、これ、変だよ」
サトルの声で我に返った。
「また幽霊騒ぎだよ。俺、幽霊とか大嫌いなのに」
「これって人間がやったことじゃないかな」
「式神ってか」
「違う、透明人間っていったらいいのかな」
「ドンドンいうのはドアを開けてる音で、姿は隠れてるように見えるけどカーテンの揺らぎまでは計算できなかった、って感じ」
「で、式神を放ってまた何かするつもりだったとか?」
「うん、たぶんドンドンとノックしてたんだと思う。7階ではほとんどの人が応援に行ってた。応援に行ってないのは生徒会役員だけだよ、海斗」
「701にさえ見つからなきゃいいってことか。さて、どうするかな、この映像」
「僕には誰がやったか見分けられないけど、先輩方なら見分けがつくかも。701に持っていこうよ」
言うが早いか、サトルはすっくと椅子から立ち上がった。
右手を俺に差し出して。
どうやら、つかまれという意味合いらしい。
俺は右手を差し出して、引っ張り上げてもらった。
予てからの流れどおり、701に行くとするか。
EVに乗り7階のボタンを押す。
俺は亜里沙のようにEVまで変えてしまうような魔法は知らない。
だからオーソドックスな方法で7階まであがった。
701のドアを叩く俺。
今日は光里先輩や沢渡元会長こそ試合でいないはずだけれど、譲司や南園さん、麻田部長、亜里沙や明もいるはずだ。
絢人がサポーターの役割を1人で果たしている分、亜里沙たちは何もしないで701に篭っている。
「はい、どなた」
中から亜里沙の声がする。701にいるとは珍しい。いつもは702の応接セットに座っているのに。
俺は半ば安心して、勢いよくドアを開けた。
「亜里沙!大変なんだよ、聞いてく・・・」
701の方では生徒会役員総出で机を並べていた。
亜里沙は旗振り役をしていただけだった。
「で、何が大変だっての」
「今、いいのか?」
「いいわよ、あたしは何もしてなかったし。向こうで聞こうか」
702の応接椅子を指さす亜里沙。
俺とサトルは顔を赤くしながら皆の前を通り過ぎる。
譲司、たまには生徒会にも力仕事があるんだな。初めて知ったよ。
応接室の椅子に(初めて)腰かけた俺とサトル。
サトルは生徒会ということで緊張しながらも、リラックスを心掛けようともがいているのがわかる。
俺は、通い慣れているような気がする。緊張はするけど。
ああ、そんなことより。
「聴いてくれよ、亜里沙」
「うん、話してみ」
「俺の部屋、712の方な、なんかおかしいんだよ」
「どんな風におかしいっての」
「これ、見てくれ」
俺はスマホをポケットから取り出し、映像の再生処理を行う。
激しい音とカーテンの揺らぎだけが映像として残されている。
俺の気が付かないうちに、明も傍らに来ていた。
「この動画、撮影時間は何時?」
「今日昼の12時35分、俺がプラチナチェイスの応援で部屋を出てから10分後だ」
「なるほど、犯人が何かを仕掛けてからでも余裕で応援に行ける時間帯だ」
亜里沙も明に負けじと大きな口を出す。
「712、どうする?あんたのことだからそこじゃ眠れないでしょ」
「お見込みのとおりさ。どっか部屋余ってないかな」
「うーん、結構満杯なんだよね、昔のとこに戻る?」
「あそこはもっと嫌」
さすがの亜里沙も、閉口したようだった。
「あんた、ホントに我儘ね」
「我儘上等。なー、どっかないの?」
「じゃ、701に泊まればいいじゃん」
「えっ」
ちらと701を見ると、南園さんがハラハラした表情でこちらを見ている。
もうすぐ会長たちが戻るからか?
「俺、シングルの部屋で一人でしか眠れないの知ってるだろ」
「あんたってば、相変わらず・・・めんどくさい」
「今回ばかりは助けると思って。桃薔薇も俺が出るんだろ?」
「しっかたないわねえ。あたしの部屋と取り換えようか」
「お前の部屋6階だろ。女子の間で眠れっかよ」
「従業員EVに近くて北側に向いてる部屋なら女子とも会わないじゃない」
「7階にそう言う部屋ないの?」
「ないことはないけど」
「口が重いな。なんかあるのか」
「事故物件」
「っていうと、その・・・あれか」
「そう。泊まれる?」
「いや、無理」
両手のひらを亜里沙に向けて、事故物件は丁重に遠慮させてもらった。
「じゃあ、707にしてくれる?」
「なんだ、空いてんじゃん」
「沢渡くんと光里くんの間だからね。そこなら犯人も来ないでしょ」
「えっ、2人の間?」
「そうよ。文句ある?あそこしか空いてないのよ。弥皇くんが来るものとして去年から予約してたからね、キャンセルで浮いたってわけ」
「弥皇先輩が泊まる予定だったのか」
「そう。うちは5階から7階まで全て借り切ってるから。個別の予約とは違うの。この時期のホテルって、どこが薔薇6戦取るかで凌ぎ削ってんのよ」
会長と元会長の間なら、不埒な幽霊でもお化けでも現れまい。
「有難い。712から貴重品だけ持ち出すわ」
明が701のドアに立って俺たちを通そうとしない。
「712で式神混入してたら、どの部屋いったって変わりないぞ」
俺もハタと気付く。
「そうだな、どうすりゃいいんだ?」
亜里沙が深いため息をつく。
「あたしが行って712を祓うしかないでしょ」
明も一緒に行くという。
「2人ならなおさら心強いな、サトル?」
サトルがいない。どうやら緊張の連続だったらしく、生徒会役員の亜里沙たちにため口を利いている俺を見て、目眩を起こし譲司が自室に連れ帰ったという。
譲司が5階から701に戻った。その表情は決して硬くは無かった。
「サトル、どうだった?」
「少し緊張しただけだって。大丈夫、明日のアシストボールには出れそうだ」
亜里沙が701を出て、712に向かう。明も一緒に。
俺はつかの間の3人体制を満喫している気分だった。
2人は俺の部屋に入るなり、「うっ」と低い声を洩らしドア付近まで後退した。
「海斗、よくこんなとこで寝てたわね」
「俺でも無理だ」
俺はきょとんとして二人を交互に見る。
「だって5階の部屋のように札貼ってるわけじゃなし」
「ここ、生霊いるよ。前に来た時はいなかったけど。なんにせよ、早めに気付いてよかった」
まず明が、人さし指と中指を並べて空中に四縦五横の格子を描く破邪の法を試す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
亜里沙が、不服そうな顔をしている。
両手で手印を結ぶ『剣印の法』を試すと言って、九字を唱え出した。
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女!!」
亜里沙たちは、部屋の中の隅々まで右手を翳す。
部屋全体がチカチカと赤く光り出した。
「海斗。この部屋から生霊はいなくなったけど、式神がうるさいわ。あとで式神もがっつり消しておくから、今日から707に行って」
「向こうに持ち込むものは?俺が全部式神を消してやるよ。それから707に入れろよ」
「わかった」
俺は制服とユニフォーム、デバイスやシューズ、ドリンク類など5階から持ってきたもの全てを部屋の真ん中に広げた。
「一旦、701に避難して」
亜里沙は俺の身体から式神を消し、712から追い出した。
712で亜里沙たちが式神退治している間、俺は701の模様替えを手伝っていた。もう、光里会長や沢渡元会長も戻っていて、俺は707に移る理由説明に追われた。
2時間ほど経っただろうか、時計は夕方の5時を回った頃、やっと2人が712の部屋を後にして701に戻ってきた。
会長たちがいるところで亜里沙たちへのタメ口は許されないだろうから、少しだけ畏まった口調に変える。
「お騒がせしました。色々とありがとうございます」
明がくすくすと小声で笑い出す。
「海斗がそう言う話し方すると地球がひっくり返るから。これまでと同じでいいよ」
「いや、でもなあ」
光里会長が俺を茶化す。
「ほら、その調子」
そこにいた全員が小声で笑い出したかと思うと、皆、声が大きくなり大爆笑の中、俺だけが笑えない状態となっている。
俺は段々と顔が引き攣ってきた。
「まあ、なんだ、すまん。口が悪くて」
亜里沙はモノともしない。
「昔から一緒だったんだから口は悪くなるわよ、あたしだってそうだし」
「お前って敬語話せるのか?」
「海斗、あんたってばほんっとに失礼なやつね。ま、いいわ。そうだ、スマホ貸してちょうだい。こっちで預かるけどいい?」
「うん、いいよ」
亜里沙にスマホを渡すと、亜里沙はまた右手を翳す。
何も光ることはなかった。式神に利用されなかったとみていいのか。
「これだけじゃ犯人の目星もつかないよな」
「犯人云々より、明後日の試合。練習しないの?」
そこに南園さんが申し訳なさそうに頭を下げながら近づいてきた。
「すみません、今日は練習場がどこも空いてなくて」
「そっか、しょうがないわね。でもみんな、イメージだけは押さえといて。とても大事だから」
そこで俺は気が付いた。明が青薔薇妖獣に使ったのは破邪の法だったのか。
確か右手と左手の人さし指と中指をくっつけていた。指の動きは別バージョンなのかもしれないけれど。
妖獣を手刀だけでやっつけてしまうなんて、常人にできることではない。だから真似するなと言ったんだ。
こうして俺は707に移ったわけだが、サトルから逍遥に連絡がいっただろうか。サトルは少し調子を崩したみたいだし、大丈夫かな。
荷物は亜里沙と明が全部運んでくれた。
譲司曰く、
「あの二人をあごで使うのは、海斗、きみだけだよ」
だそうだ。
いや、使いたくて使ったわけじゃなく、やんごとなき事情というものがあったんだ。
でなけりゃ、さすがの俺だって、年を誤魔化してる亜里沙先輩の顔を立てて引き下がるってもんだ。
久々の試合で緊張したからか、夕飯前にも関わらず、俺は眠くなってしまった。
712の騒ぎが一段落したのもあるんだろう。
ああ、もう夕飯なんかいらないから、このまま寝てしまいたい・・・。
そんな時に限って、周囲は眠らせてくれない。
逍遥とサトル、絢人や譲司が揃って俺の部屋目掛けて廊下を歩いてくるのが見える。
・・・なんで見えるんだ?
俺、透視なんてしてないぞ。
寝入りばなの夢か?
しかし、その光景はどうやら夢ではなかったらしい。
トントン、と静かにノックする音がした。
今の見えたのは一体何だったんだと驚きながらもドアを開けると、そこには今さっき見た通り、通常一緒に行動しない4人が俺の部屋の前に並んでいた。
ドアが開くと雪崩をうったように部屋に飛び込んできて、狭い部屋の中で思い思いにベッドの淵に腰かけたり床に座り込んだりと好き好きにしている。
「や、海斗」
逍遥が久しぶりに俺の顔を見るような顔をして明るく言い放つ。午前中に一緒だっただろうが。忘れたのか。
「1年がこうしてみんな揃うなんて珍しいな」
譲司がネタバレしてくれた。
「701ではちょっとした騒ぎになっているんだ。あんなことがあって1人じゃ心細いだろうから、みんなで夕食でも食べておいで、って麻田部長が」
「疲れちゃってさ、もう数分遅かったら爆睡してた」
「生徒会の部屋に行ったのもあるのかも。僕、疲れたもん」
サトルはかなり緊張していたらしいから、仕方あるまい。
「譲司はよくあの部屋にずっといて疲れないな」
「いくらかまだ緊張はあるけど、ほぼほぼ慣れたよ」
逍遥は笑いながら悪魔の如く口を大きく開いて悪態をつく。
「生徒会なんて入るもんじゃない」
「お前がそれいうか?譲司を光里会長に推薦したのお前だろ」
「そうだっけ」
「忘れたとは言わせない。な?譲司」
「そうだねえ、今の台詞は拳骨モノだ」
逍遥は当時を思い出したのか、1人で口元を緩めている。
「なんだよ逍遥、何笑ってんの」
「いや、入学してからまだ半年も経ってないのに、色々あったなあって」
絢人も何故か不敵な笑みを満面に湛えている。
「一番ジェットコースターなのは、勿論海斗だよね、次が譲司かな」
俺は首を竦めて頭を左右に振った。
「そ、ジェットコースター人生だよ、俺は。でも譲司もだよな」
「うん、僕は魔法技術科に入学したはずなのに、いつの間にか魔法大会の選手になって今じゃ生徒会にいるからね。わかんないもんだよ、先のことなんて」
「そうだなあ、俺だって不登校生になってこっちに来て、みんなと一緒に大会に出てるなんて思いもしなかった話だ」
俺たちは個々に頷き、両脇の部屋に遠慮しながら小声で笑った。
「さ、1階に降りようか」
絢人が皆を纏める。
俺たち5人は無言で立ち上がり、EVまで歩く間も無言。
譲司が、途中701に寄って明に声を掛けてくるという。理由は、707に式神が紛れ込んでいないか確認するからとのこと。
明、有難き。
EVで1階に降り5人で食堂に入ると、サポーターの宮城聖人先輩と広瀬
翔英先輩が並んで食堂に入るところに出くわした。
絢人がまず深々と頭を下げる。俺たちもそれに倣って頭を下げた。2人とも笑顔で手を振っている。サトルは先輩方も苦手なので、一番後ろに下がってもじもじしていた。
宮城聖人先輩はいつにも増して機嫌が良いようだ。
「よう、揃い踏みだな」
譲司が一歩前に出て代弁する。
「麻田部長から自由時間のお許しがでたものですから」
「そうか、明日以降もよろしく頼むよ」
「承知しました。では、失礼します」
そうか、2年や3年は2人ずつサポーターがついているけど、1年は実質絢人だけ。サポーターの先輩方がどこまで内情を知っているのかは分からない。
でも、誰もその話題に触れないということは、話しちゃいけないことなんだろう。
俺も特に言葉を発することなく先輩方の背中を右に見ながら別れた。
5人座れるテーブルを探し、まず逍遥と絢人、譲司がバイキング料理を選びに行った。
俺とサトルはテーブルに肘を付き3人の帰りを待つ。
サトルは食欲がないようだし、俺はめんどくさがりで、自分で選ぶとなるとろくなチョイスもしないので、後からでもいいんだ。
テーブルに戻ってきた逍遥は、牛肉とエリンギのガーリックソテーにトマトサラダ、南瓜のスープにイギリスパンという珍しい洋食メニューだった。
譲司と絢人も焼肉メニュー。2人とも豚肉の生姜焼き。違ったものと言えば、ご飯の量とサラダの種類くらい。譲司はご飯もキャベツの千切りも、皿に山と盛っていた。
俺も肉類は好きだけど、選ぶのは面倒。食べられる量も自分ではわからないので取りすぎて残すのも嫌だし。
戻ってきた3人は、両手にトレイを持っているため俺とサトルに料理を取ってくるよう目で合図する。
やだなあ。
またパンに野菜サラダじゃだめかなあ。
俺とサトルは力無く立ち上がった。
食欲がないというサトルは、明日出番がある。少し食べて元気をつけないと。体力回復しなくちゃいけないだろう?
肉類が脂ぎって食べられないなら、魚もある。
「サトル、魚食べられるんだろ?マグロのソテーとかどう?」
「魚なら肉よりお腹に入るかも。うん、そうする」
「俺は何食べようかなあ」
「パンにサラダだけは無しだよ」
「やっぱ、ダメ?」
ダメ出しをされた俺は、仕方なく肉類が並ぶコーナーに足を運んだ。
うーん、どうしよう。
明日は出番もないし、今晩は軽く済ませたい。
牛肉カルビ焼きが目につき、皿に取る。量は、皿半分くらい。次はご飯を茶碗そこそこ一杯。豆腐の味噌汁と三色野菜のナムル。全部少量ではあるけれど、これなら周りも許してくれるだろう。これ以上は、俺には無理だ。
案の定、逍遥から横やりが入る。
「海斗、食欲のないサトルより量が少ないってどういうことさ」
見ると、サトルはそれなりに皿に盛って戻っていたようだ。
「食べたくなったらまた取りに行くよ、苦手なんだよ、バイキングは」
「君がめんどくさがりなのは充分知ってるつもりだけど、自分の体調管理は自分しかできないんだから。しっかりしなよ」
「これでも考えたほうだから。勘弁してくれよ」
「チョイスは悪くない、量の問題だ」
逍遥はまるで口うるさい舅のようだ。
「何、僕は舅じゃないからね」
「逍遥、君、やっぱり読心術できるんじゃないの」
「違うよ、口うるさく言うのは舅か姑に限られるからね」
「君の言葉のチョイスは正確だよ・・・」
周りがケタケタ笑う中、俺は味噌汁を飲む。あの母親から、ご飯の時は必ず初めに味噌汁を飲めと毎日のように言われ、もう癖になっている。
食事のマナー?それはわからない。どういうつもりで言ってるのか教えてくれたことは無かったから。
ぐちぐち言われながら食べるくらい、不味い飯は無い。
ああ、また、リアル世界のことを思い出した。
このところ、実は夢をみるんだよね。
こっちの世界に父さんや母さんがいて、俺は紅薔薇不登校生で。
それからどうなるかの前に、いつも目が覚める。
「ところで、予備のデバイス持ってきたかい」
絢人がショットガンを撃つ真似をしながら俺の方に指を向ける。
「持ってきたさ。これ以上何かされたらたまったもんじゃない」
「そう。ならよかった」
俺たち5人は普段話さない分、ゆっくりと食事をしながら情報を交換する。すると譲司が忘れていたように小声で呟いた。
「あ、サトル」
「何?」
「君、桃薔薇とのラナウェイ出てくれないかな」
「えっ、明日?」
「突然で悪いんだけど」
「譲司の代わりでしょ、何かあったの」
「いや、特には。先輩方が君の魔法が見たいって」
その言葉を聞き、サトルは下を向き、しゃくりあげて泣き出した。
魔法でのアピール、順調に進んでいるようだな、サトル。
俺までもらい泣きしそうになって、思わずサトルの背中を叩く。
「ほら、顔あげろよ」
サトルは涙と鼻水が一緒くたになっている。
逍遥がテーブル上に置いてあったティッシュペーパーの箱を渡した。
「箱ごと使え」
どっと笑う俺たち。
周りに注意しなければならないけど、つい。
サトルはようやく顔を上げ、もうペーパーで顔が見えなくなっている。
その時、俺の背中にまたあの不気味な視線が突き刺さった。
急いで振り返ったが、俺の知った顔はいなかった。俺たちがゆっくりしていたのもあって、宮城聖人先輩も広瀬翔英先輩も食堂から出ていったようだ。俺たちは食堂入口が見えない場所に座っていたので他の先輩たちが出入りしたのかどうかまではわからない。
俺の異変を感知したのは逍遥だった。
「どうした、海斗」
「またアレさ」
「視線、か」
「一体全体、なんだってんだろう」
絢人も心配する。
「誰かが君を睨んでるって話?」
「そう」
「でも今日はデバイス持ってきたんだろ?」
「うん」
俺はまるっきり無口になってしまった。
せっかくサトルのオファーの話で盛り上がろうと思ってた矢先だってのに。
みんな俺に気を遣って、口数も減った。
譲司がトレイを持ち上げて皆に声掛けする。
「もう行こうか」
逍遥も絢人も、まだ肩を震わせているサトルも立ち上がりトレイを片付けた。
俺は非常に申し訳ない気持ちになったが、ここで場を盛り上げることはできそうにない。皆と一緒に返却口にトレイを下げ、さっさと食堂を出た。
譲司が、前に立って俺たちに声を掛けた。
「僕は701に行くから。山桜さんや長谷部さんに君のことも報告しておく」
「悪いな、俺が行くべきなのに」
「いや、そんなことない。君はゆっくり寝て明後日に備えて」
「ありがとな」
「ううん、おやすみ」
譲司は先に走りながらEVへと去っていく。
俺たちは他校の生徒達とは違い、廊下ではほとんど話もしないでEVの方までゆっくりと歩き続けた。
EVに到着するまで間、俺の肩を叩いた逍遥は、真っ直ぐ前を向きながら呟いた。
「大丈夫、全部うまくいくから」
俺は皮肉交じりに逍遥の方を見ながら呟き返す。
「こりゃまた安請け合いだな」
「今まで僕が嘘を言ったことがあるかい?僕は嘘が大嫌いなんだよ」
そう言えばそうだった。
逍遥は国分事件のときから同じ言葉を繰り返していた。
そうだな、心配してくれる友人ができただけでも、俺にとってこの世界は充分に明るい材料に包まれている。
俺はふふっと、ぎこちないながらも口元に笑みを湛えた。
俺が最初にEVに乗り、絢人や逍遥、サトルも乗った後に5階と7階のボタンを押す。
5階に着いて、3人はEVを降りた。
「よく眠れよ」
逍遥の一言が優しくさえ感じられる。
「みんな、お休み」
EVのドアが閉まる。
701に寄ろうかどうか迷ったが、俺が行った方がいいのなら譲司辺りが呼びにくるはずだ。
ご指名もないとあらば、俺は部屋でのんびりするのみ。
Tシャツと短パンになり、エアコンの温度を1℃上げて回しながらベッドに転がった。
夕方はあんなに眠かったのに、夕食を食べたら眠さが消え果てている。さて、どうやって時間を潰そうか。
まだ時間は午後8時。
デバイスの調子でも見ておくか。
先程まで腰に下げていたデバイス2丁を手に取り、右手を翳して見る。
何も起こらない。
自分の魔力が足りないのか、2つとも状態がいいのかは判断がつかなかった。
それにしても、どうして夕食前、4人が俺の部屋に向かっている姿が見えたのだろう。
先輩方にしても、右手を翳すなりして現状を把握しているのは目にするが、何もせずに現状を把握している姿は見たことがないと思うんだが。
いや待てよ、俺の考え違いか?
亜里沙あたり、そんな場面があったような無かったような。
よく思い出せない。
亜里沙や明の場合、他人が覚えていないよう、忘却の魔法とでもいうべき何かを仕込んでいそうだ。あいつらのことだ、絶対そうしてるに違いない。
俺は必死に視線のことを忘れようとして、別の何かを考えようと必死だった。必死が必死を呼んで、もう訳が分からなくなっている。
明日は桃薔薇高校とアシストボールとラナウェイの試合が長崎市営競技場である。
メンバーは、アシストボール・ラナウェイともにサトルが出場する。
サトル、よかったなあ。
こんなに早く実を結ぶとは思っても見なかった。
逍遥が身を挺して八雲事件を起こしたからこそ、今のサトルがあるのは確かだ。
あとは、人に気を遣い過ぎて誤解を招く行動を改めることだろうな。ほんとにサトルは笑ってしまうくらい人に気を遣い過ぎる。
そして、俺と同じビビリだ。
明後日のマジックガンショットとプラチナチェイスも会場は長崎市営競技場と聞いた。
桃薔薇高校との試合は全部長崎市営競技場か。
紫薔薇とはどこで試合だっけ。
青薔薇とは、確か薔薇大学だと記憶している。ならば紫薔薇との試合は白薔薇高校のグラウンドかもしれない。
明日は逍遥とサトルがバスで会場入りするから、俺は自分のペースで動ける。
朝早く起きて走ってもいいし、試合ぎりぎりまで部屋にいてもいい。
ただ、光里会長と沢渡元会長に挟まれた部屋であまり朝寝坊するとカッコ付かないので、一応目覚ましは・・・あ、目覚ましにしてたスマホ、亜里沙に預けたままだ。
結局あの映像から何かわかったのだろうか。
生霊という、幽霊よりも怖いものが712にいたらしい。
別に俺は勘が鋭いわけじゃないし霊感なんてこれっぽちもないけど、昨夜まであの部屋に嫌な気配は感じなかった。
映像に映ったものが、生霊だったんではないかな。
俺はこれまでの視線や式神、昨日のデバイス故障など一連の事件は、1人の犯人が行ったものだと考えている。
犯人像は全く謎。相当の手練れだということは分かっている。こう予測するのはいけないのだが、たぶん、紅薔薇高生だと思う。
それでも、この薔薇6戦が終われば何らかの決着がつくと軽く考えていた。俺はこの薔薇6が終われば、普通の魔法科生に戻るからだ。もう、こういった大会に出ることもなくなるだろうから。
なんか、考えることさえ拒否したくなってきた。
まだ夜の9時だけど、もう寝よう。
明日寝坊しないように。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝。
目を覚ますと午前6時だった。
途中目を覚ますことなく爆睡していたようだ。
マジックガンショットで疲れたからか、はたまた712で生霊事件があり707に引っ越したからか、その辺はよくわからない。
外に出て走る時間ではないので、部屋の中でストレッチに励む。
昔は開脚で45度にもいかなかったのに、今は90度近くまで開くようになった。身体を倒し親指を掴む。そ、昔なら掴むどころか身体を倒せなかったよ。
人間て、成長するんだなあ。
心も成長したかな、今ならあの両親と話し合うことができるだろうか。
いや、俺にはまだ無理だと思う。
こっちに来てからは色んな人に助けてもらって生きている。自分ひとりで生きてるわけじゃないから。
もしかしたら、父さんはそういうことが言いたかったのかな。そこでお金の話を出しちゃったから、俺が意固地になっただけなのかもしれない。
言わなきゃいいのに。父さんも口下手だ。
今は、俺自身、心も成長する必要があると思ってる。
ぼーっとして色々考えていたら、時間は午前7時を回っていた。焦った俺はすぐにシャワーを浴び、制服に着替え1階食堂へ急ぐ。皆の指示どおり、明日使うデバイスは腰に付けてある。
もう時間は午前7時半を過ぎていて、食堂の中に紅薔薇選手らしき人の姿は見えなかった。もちろん、逍遥やサトルの顔もない。
うーん。ここは・・・野菜ジュース2杯。
長崎市営競技場までは、普通に歩いても20分程かかったような気がする。
試合開始は8時だから、もう出ないと。
食堂をダッシュで出て、ひとりエントランスを後にし、競技場まで歩き出した。
今は歩くのさえ面倒に感じる。
・・・やるか。
周囲に誰もいないのを見ながら、俺は飛行魔法を使って浮き上がった。
身体に重みも感じない。式神やら生霊やらは、今は俺の身体を覆っていないのだろう。
地上10mほどまで上がり、ビルなどの遮蔽物を避けながら競技場を目指した。無論、下から見えては少々マズイことになるので逍遥がやっていたとおり、足下に四角を右手人さし指で描いてから×マークを描く。これで下からは見えないはず、だ。
飛行魔法で競技場まで7~8分。
人がいない壁際を見つけ、音を立てないように降り立つ。
歩くよりもだいぶ早く着いた。良かった。
俺は急いで競技場に入り、ギャラリーをかき分け紅薔薇の応援席まで走った。もう前の方はたくさんの人が溢れ、俺は仕方なく一番後ろの席を見つけた。ちょっとばかり溜息を吐きながら、俺は一番奥に席を取りドン!と座った。こんなことなら、オペラグラス持って来ればよかった。俺のリュックには、ドリンク類と予備のデバイスしか入ってない。
ベンチにいる逍遥やサトルを見つけて手を振りたかったんだが、今日はベンチ近くの応援席がほとんど空いてなくて2人の様子を見ることができなかった。
でも、アシストボールで動き回る選手たちは人数が少ないし紅薔薇は紅色のユニフォームを着ているんですぐに分る。
サトルや逍遥の動きは、今日もキレッキレだった。
特にサトルの相手選手からボールを奪う術は、皆が真似したくなるものだ。魔法を絡めなくても十分に貢献しているように感じられる。
このシーンを見ていればこそ、ラナウェイへのオファーも可能となったのだろう。
逍遥は逍遥で、相変わらず切れの良いシュートを放ち相手ゴールを脅かしている。
結局試合は2-1紅薔薇勝利。
勝ち点3をもぎ取り、総合勝ち点を27に伸ばした。
午後のラナウェイまで俺は暇だったので、1人で競技場から歩いてホテルへと向かっていた。
「八朔!」
後ろからの声に驚いて振り向くと、そこには光流弦慈先輩と羽生翔真先輩、宮城聖人先輩に広瀬翔英先輩が立っていた。
宮城聖人先輩が俺の傍に寄ってきた。
「お前は今日休みか、明日は出るんだろ、マジックガンショット」
「今のところそうなんですが、上杉先輩の調子が良くなるまでのピンチ・スナイパーですから」
「上杉先輩か、どうなるかな」
他の先輩方も集まってきて上杉先輩の噂話が始まった。
「メンタルっていっても、かなりやられてんの?それとも軽度?」
「重度になる前に治療しようってんで休んでるんだろ、横浜に帰ったんじゃないのか」
「いや、まだ横浜には帰ってないみたいだよ、昨日食堂で見かけた」
「するってえと八朔は出場の有無に関わらず、ずっとここでアップとってなくちゃいけないのか。疲れるな」
俺はこのフリにどう対応していいかわからず、地蔵様のように立ちっぱなしで先輩方の話を聞いていた。
「こないだの黄薔薇戦、八朔出たんだろ」
「全日本よりタイム上がったんじゃねえか」
「でも、後ろの方から罵声聞こえた」
「仕方ないよ、まだ1年なんだし」
「上杉先輩にはまだまだ追いつかないよ」
「そーいや、今年のマジックガンショットはみんな1年だ」
「最後のやつ、なんだっけ、四月一日か。あいつの7分台にはシビれたなあ」
「あいつはバケモノか」
「俺だったら絶対無理。いいとこ13分台」
「1年より遅いってのは拙くないか?」
上杉先輩の噂から、話題はすっかり逍遥に遷移している。
歩きながら大声で話すものだから、周りにまるっとごろっと聞こえてるような気がするんだが。俺は仕方なく2年様ご一行の後ろについて、とぼとぼと歩いていた。
俺たちの横をバスが通り過ぎていく。
紅薔薇高のバスだ。
逍遥とサトルは並んで座っていたらしい。通り過ぎていくその時、逍遥はこともあろうに「あっかんべー」をしていた。
おいっ、先輩方に見つかったら大変だぞっ。
サトルは、はにかみながら手を振っていた。そう、それくらいにしてくれ。
25分程歩き、俺たちはホテルに到着。俺は先輩方に挨拶をして別れ、ひとり食堂へ向かった。
食堂内をぐるりと見渡す。すると、南側のテーブルで逍遥とサトル、絢人が3人で昼食を摂っていた。もう食べ終えたのか、ひと息ついている逍遥が俺を指差していた。
俺もそのテーブルに交じろうと近づいた。
「俺も一緒にいいか」
「どうぞー、僕はもう食べ終えたけど」
逍遥も絢人もスパゲティにサラダ、果物ジュースを運んできたようだ。サトルの皿にもスパゲティが乗っている。うん、消化の良いものが一番だよな。俺もそれを見て、ペペロンチーノ?とかいうスパゲティと野菜ジュースをトレイに置いてテーブルに戻る。
逍遥が笑いながら俺をからかう。
「海斗、また迷子になったの?」
「違うよ、1人で歩いてたら、後ろから呼ばれたの」
サトルがちょっとだけ眉を顰めた。
「緊張しちゃうよね、ひとりで歩いてた方が楽でしょ」
「うん、そうだね、話したこともそんなにないし、緊張した」
逍遥は大袈裟に首を竦めながら俺とサトル、2人を馬鹿にしたような発言をした。
「サトル、海斗。どうして君たちは先輩如きで緊張するかな」
すると絢人が逍遥を嗜めた。逍遥とのプチバトル劇場が始まった。
「またまた。君の言い分は分るけど、先輩には逆らわない方がいい。大会中に揉めるのは御免だよ」
「上意下達ってやつ?今でも活きてるのかい?紅薔薇では」
「光里会長になっていくらか和らいだけど、まだまだ3年生の中には上意下達を忘れられない生徒が多いのも確かなんだ。もう骨の髄まで染み込んでるから治すとかそう言う問題じゃなくなってる」
「今の2年は?」
「光里会長ほか、革新的な生徒を中心に上意下達のロジックは浸透が止りつつある。でも未だその論理で生きてる生徒も少なくない。特に魔法科はね」
逍遥が呆れたという顔をして、皿にフォークを置いた。
「1年ではまだ浸透してないよね」
「たぶん。一番下だから、そんなロジック消えてもらった方が有難いし。ただ・・・」
「ただ?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。ロジックの話に戻るけど、僕らがそういう考えを改めていけば、自ずとその考え方は消えていくんじゃないかな」
俺にはちょっと難しい話だった。
要約すれば、今の2年や3年には、「上級生が偉いから下級生は言うことを聞きなさい」みたいな風潮があるけれど、俺たちが上意下達の考えを止めれば、俺たちが上級生になるに従い上意下達を強いることが無くなる、ということなのだと思う。
俺は本当に小さな声でサトルに要らぬアドバイスをする。
「勅使河原先輩は上意下達大好きだから、態度には気をつけて」
誰にも聞かれてないだろうな。
以前のように耳を引っ張られるのは御免被る。
「そうなの?」
サトルが小声で聞き返してきた。
「間違いないよ。気を付けて、ってサトルなら大丈夫か」
「そんなことない。聞いておいてよかったよ。これから試合だし。もうバスが出るから行かなくちゃ。絢人、行こう」
「じゃ、この辺で僕も失礼して会場入りするよ」
サトルと絢人は食堂を出て、バスの方に向かって歩いて行った。
逍遥が皿にスパゲティを残したまま、両手を振っている。
「僕らもそろそろ行こうか。君、お腹大丈夫?」
「少し時間経ってから。ギリギリ間に合う時間で行こう」
「了解。君のことだから、朝も飛行魔法使っただろ」
なぜわかる。
「誰にも見つかってないはずなんだけど」
逍遥はくっくっくと笑う。
なんとなく、嫌味な感じ。
「どうしてわかったのかって?そりゃ君、飛行魔法を使ったか使わないかは2分の1だろう?確率が。で、君は今もギリギリの時間で行こうとしてる。このまま歩いたらお腹にくるかもしれないのに。となれば、君が飛行魔法で行き来しているのは明白な事実と言えるじゃないか」
俺は拍子抜けした。
逍遥はただカマをかけたんじゃなくて、角度を変えて物事を見ることのできる、いわゆる有能な人間なのか。俺はいつもそんな逍遥に本質を見抜かれてるわけだ。
逍遥の許可も下りたことだし、俺たちはまたホテルを出ると人通りのない場所を見つけて、飛行魔法を使い競技場へと急ぐ。もちろん、下から見えないように気を付けて。
俺たち2人は飛行魔法でビルの間を避けながら長崎市営競技場を探す。
初めに競技場を見つけたのは逍遥だった。
「あった、あれだね」
ちょっとだけスピードを上げながら競技場の近辺に降り、何食わぬ顔で歩き出す。
本来、飛行魔法で移動することは禁止とまではいかなくとも、推奨はしていないらしい。初めて聞いた。
教えてもらわなかったから、という言い訳も聴いてもらえないそうだ。
でも、今回だけだから許して欲しい。
競技場では大型モニターでラナウェイが始まる様子を伝えている。
あ、サトルが映った。
よかった、特に疲れている様子もない。
先輩方に色々と教わってるようだ。
戦法はどうするのだろう。黄薔薇戦の時のように相手を1カ所に追い詰めて連続で倒すのか?それとも3人バラバラで自分だけをガードするのか。
サトルは先輩方との練習時間がほとんどないから、自分だけをガードするようになるかもしれないな。
試合開始のブザーが鳴り、大型モニターが紅薔薇と桃薔薇の生徒達をドローンで追っていく。ドローンって見えないようにしてあるんだろうな、もし見えたら敵のいる位置が予想できるから、どちらかに有利になってしまう危険性だって孕んでる。
戦局は、他の先輩方が敵チームを追いかけているものの、サトルは防戦一方に見えたが途中から胆が据わった表情になり、敵をビル近くまでおびき寄せ、その足元をショットガンで狙い撃ちする戦法に変えたようだった。
結果、サトルは1人、勅使河原先輩が2人倒し、試合は25分で決着を見た。
サトルが競技場の方に近づいてきた。
応援席に感謝の挨拶するために。
勅使河原先輩や定禅寺先輩が大きく手を振る中、サトルはまたしても一度だけぺこりと頭を下げベンチに隠れる。
サポーターの若林先輩に腕を掴まれ再び登場したサトルは、まるでライブでアンコールを受けるアーティストのようにも見えた。
紅薔薇高校勝利。
勝ち点3をゲット。総合勝ち点はダントツで30点を超す勢いとなった。
試合が終わり、俺と逍遥は飛行魔法を使わず自力でホテルを目指す。
前回白薔薇戦のときは迷子になりかけたから、本当なら飛行魔法を使いたいのだが、逍遥からOKが出ない。
少々ブツクサいいながらも、俺は逍遥に従った。
「そういえば、部屋の方はどう?もうお化け出ない?」
逍遥の何の気ない話に、何も考えずただ歩いていた俺は飛び退いてしまった。
「あ、ああ。お化けは出ない。快適だよ」
「譲司から聞いたんだけど、君、7階の従業員EV前にある部屋を断ったんだってね」
「事故物件、って亜里沙が言ってたからな、俺はそういうのは苦手なんだ」
「僕なら全然気にしないから、宿泊させてくれないかなあ」
「じゃあ、大会終わったら1人で泊まりに来れば」
「それじゃ面白くないよ、お化け嫌いの君がいないと」
「俺を仲間に入れないでくれ」
ニヤッと笑った逍遥は、途端に歩幅を大きくし俺を置き去りにするようになのか、足早にホテルへと向かう。俺は小走りになりついていくのが精一杯。会話にもならずに、そのままホテルへと到着した。
ホテルに入ると逍遥は椅子のあるロビーへと向かった。俺にも来いと指でチョイチョイロビーを指す。
俺が椅子に座るとすぐ、逍遥のマジックガンショットレクチャーが始まった。
「明日のマジックガンショット、選手構成と順番は黄薔薇戦と同じ。スピード気にし過ぎると、どうしても姿勢が前傾になったり後傾になって反ったりするから気をつけて。以上」
「俺のスピードで君のスピード調整決めるんだろ?どうしたって気になるさ」
「何とでもなるよ、海斗が先手として出るなら、南園さんと僕とでスピード調整できるけど、先手は嫌だろ?」
「緊張するからなー」
「黄薔薇戦のときのようなアクシデントがなければもっと速く撃てるだろ」
「うん、アクシデントが起こらないことを願うよ」
「今回も練習はできないようだから、各自部屋でイメージトレーニングだね」
「ってさ、こんなところでレクチャーしてたらまた先輩方に叱られるぞ」
「式神入れられて部屋の中を盗聴される危険だってあるじゃないか」
「それもそうだな、どんな魔法使ってくるかなんてわかんないし」
「昔から薔薇6戦は何でもアリなんだ」
「あの視線とか考えると、それも有り得なくないって思うよ」
「だろ?こういうところで話す方が安全かもしれないと僕は思ってる」
「ただし、先輩方のいるところでは止めてくれよ」
「本当に君はビビリだねえ」
周囲を見回しても、ぞろぞろと戻ってくるのは他校の生徒達だけで、紅薔薇の制服を着た生徒はいない。俺はほっと胸を撫で下ろし、逍遥とともに席を立った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「疲れたよー」
夕食を終え、707に入ってきたサトルがくたくたになって発したひと言だ。
俺はサトルの肩を揉みながら今日の活躍を労った。
「お疲れさん。今日も大活躍だったな」
「ラナウェイって、心理戦だからすごく疲れる。海斗は全日本でラナウェイ出てたよね、疲れなかった?」
あの時は最後で究極の魔法を使ったから疲れやしないよ、とは言えず、申し訳ないけどスルーする。
「デバイス2つを組み合わせて使うから、慣れなくて苦労した」
「そうそう、それそれ」
「やっぱり?でもそんな風には見えなかったよ」
「必死でくらいついていったもん」
「そうか、1人倒した時は応援席からも声上がってたぞ」
「そうなの?良かった・・・」
またサトルは下を向く。
「もう下を向いて泣くのはお終いだろ。今後嬉しい時は上を向いて泣こうや」
「うん、うん」
なおも顔を上げないサトル。
俺は部屋の中にあったティッシュボックスの箱をサトルに渡した。
サトルは何度も目頭を押さえ鼻をかんではゴミ入れに捨てる。
箱の中も、もう中身が無くなるのでは?と思うくらい、サトルは涙を溜めていた。
よほど感激したのだろう。
これでいい。魔法で自己アピールできたのだから、もう人と自分を比べなくて済む。ここにサトルは完全復活を果たした。
サトルは泣き止むと、目を真っ赤にしながら俺の方を向いた。
「今晩は練習ないの?」
「うん、場所が取れないからイメージトレーニングだけ」
「ごめん、そんな時に押しかけて」
「寝る前と明日起きてからが一番有効だと思うから大丈夫。今すぐ寝ろって言われてもね、まだ夜の7時半だし」
俺は時間が有り余っていることもそうなんだが、皆が俺の知らない魔法を使っているのを見て、常々真似したいと思っていた。今ならサトルが目の前にいる。
チャンス到来。
「そういえばさ」
「そういえば?」
「自己修復魔法ってあるだろ、あれ、どうやるんだ?」
「海斗はまだ使えなかったの?」
「うん、使い方知らない。教えてよ」
「いいよ」
サトルは立ち上がると、「ホーリー」と呟いて右掌を自分に向け肩からおへその辺りまで降ろした。
「今は怪我してないから状態変わらないけど、こうすると自己修復魔法が自分にかかるよ。反対に人に向けて修復魔法かける技もあるけど」
「なるほど、俺も怪我したら使ってみる。ここんとこ怪我するような試合してないからだけど。他人への修復魔法もあるのか」
「うん、例えば意識失うくらいの怪我に使ったりするよ。使い方は同じ。普段は皆、自身に修復魔法かけるから使わないけどね」
これでまたひとつ賢くなった。
他人への修復魔法を使う機会なんて無い方がいいけど、万が一、万が一何か緊急を要することがあれば、この魔法を使えるに越したことはない。
10時の消灯時間までサトルと魔法談義を重ね、だいぶ俺は賢くなったような気がしている。俺の使いたい魔法はその中には無かったけれど、サトルはとても勉強家で色々な魔法を研究していた。
ただし、俺がラナウェイで使ったような透視魔法をサトルは使えないらしい。サトルでも使えない魔法をなぜ俺が使えるのかは不思議なんだが、たまにはそういうこともあるか。
あとは、妖獣退治に明が使った魔法。ただの魔法というよりは、陰陽道系の何かを参考にし生み出した古典魔法なのかもしれない。
使ってみたいけど、実際目の前に妖獣がでたら、ビビリの俺は腰を抜かしてしまうかもしれない。明から「真似するな」とも言われているし、あの魔法はたぶん、一般生徒には解禁にならないだろう。
あとは、何かあったかなあ。
この頃ジェットコースター人生だから、すぐに以前の事忘れちゃうんだよね。
そうそう、こないだの魔法?
目を閉じているだけなのに、707に来る4人が見えた。あれも魔法の一種なのか?
サトルに話してみたが、今のところそう言う魔法は発見されていないという。
そうだよなあ、透視もしてないのに周囲の状況が事細かく見えちゃう魔法があったとしたら、反則級の魔法になる。
午後10時を知らせる館内放送が聞こえる。
サトルも名残惜しそうだったが、俺様、ここは就寝といかねば。
明日サトルはフリーなので、応援席の一番前に陣取ると闘志?を燃やしている。
俺も明日の朝は6時起きしてイメージトレーニングを重ねよう。
俺にとって、薔薇6最後の戦いになるのだろうから。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
目覚ましがないので結構緊張しながら眠っていたらしく、朝起きた時はなんか寝た気がしなかった。でも部屋の時計は間違いなく午前6時を指している。
出発が午前7時10分だから、午前の6時半には朝食を食べ終わりたいところだ。食堂は午前6時から開いているので、予備のデバイスと秘密のデバイスを腰に下げ、逍遥を誘おうと思い507の部屋を訪れた。
が、ドアを何回叩いても応答はなかった。
もしかしたらジョギングをしてるのかもしれないし、701に呼び出されたのかもしれないし。
俺は絢人の部屋にいったが、これまた応答がない。
もう2人とも食堂に降りているのかも。
俺は速足で食堂に向かうと、中を隅々まで見回した。
いない。2人とも。
ま、いっか。
2人がいないのをいいことに、俺はまたジュース2杯で朝食を済ませようと目論んでいた。
トレイを持ち、ジュースコーナーに行き野菜ジュース2本をトレイに並べ、そのままテーブルに行こうとした。
「ちょっとまった」
脇から伸びてきた手に半端なく驚いた俺は、トレイをひっくり返しそうになった。
誰だよ、こんなに驚かすの。
手から身体、顔まで順々に見る。
相手はやはり、逍遥だった。
「やっぱり君か」
「おや、その言われかたは本意じゃないな。海斗は栄養バランスが悪いから何か足した方がいい。パンが食べられないならお菓子を食べればいいのに」
「俺はマリー・アントワネットか」
「ルイ16世だっけ」
「たぶん」
ここに着て歴史の勉強をしてどうする。
そういえば、歴史の勉強など魔法科では行っていない。普通科ならあるんだろうけど。みんなどうやって知識を蓄えるんだろう。魔法しか勉強しなかったらアホになる。
「それこそ、寮に帰ってから独学で勉強したり、自宅組は家庭教師つけていたりするよ」
「やっぱ君、読心術できるだろ。変だよ、今の会話でカテキョーの話が出るなんて」
「カテキョーって何」
「家庭教師」
「なるほど」
「なるほどって、話を逸らすんじゃありません。君、絶対に読心術使ってるよね」
「だから違うって。歴史の話がでれば、君のようなリアル世界に生きてきた人は歴史勉強しないとダメじゃん、って思うだろう?だからこっちで皆がどうしてるか教えてあげただけだよ」
「本当に?」
「もちろん。僕、嘘は吐かないから」
これが読心術なのかどうかは定かでないし、嘘をついてるかどうかなんてわからない。本人が違うというのだからこれ以上疑っても仕方ないべ。
せせこましいことで一喜一憂するのも面倒になってきたし。
とにかく、これからマジックガンショットの試合があるのだから、俺としてはそちらに神経を注力したかった。
「今日のマジックガンショット、よろしくな」
「OK、海斗もご存分に」
見合って笑う俺と逍遥。
まさかの事態が待ち受けているなんて、この時は思いもよらなかった。
ジュース2本にケチをつけられた俺は仕方なくトマトと鶏肉のサラダを追加し、少しだけでもタンパク質が摂れるような食事にした。
逍遥は相変わらずたんまりと和食をチョイスして頬張っている。いつも少し残すのが俺としては許せないんだが、まあ、言っても無駄なのが分かっているから何も言わない。
絢人はバスではなく別途交通機関で会場入りすると逍遥が言うので、食事のトレイを返却口に下げて食堂を出ると、俺たちは絢人を待つことなくバスに乗り込んだ。
会場までは10分とかからない。
バスは予定通り午前7時10分に出発し、10分後に会場へ到着した。
今日はまるで花曇りのような曇天。
俺としては、余りに快晴だと太陽と魔法陣とのギャップで目が痛むから、今日ぐらいの天気が丁度いい。
そこに、あとから南園さんと一緒に着いた絢人が顔を出した。
「おはよう、海斗。昨日眠れた?なんか冴えない顔だね」
冴えないときたか。絢人は逍遥に似て結構ずけずけモノを言う。俺はベンチに今日使用する予備のデバイスを置いた。
「おはよう、絢人。実は眠った気がしなくてさ」
「やっぱり?さ、これで目を覚ますといいよ」
手渡されたのはガム。でも、俺は人からもらった食物やドリンク類は一切口にしない。
「悪い、俺、自分で用意した物しか摂らないことにしてるから。気持ちだけもらうよ」
「おお、さすが優等生。君のようにしっかりした人ばかりなら僕たちサポーターも苦労しないんだけどねえ」
「もらって食うやついるのか」
「もう、いるなんてもんじゃない。で、腹が痛いと言ってはトラブルになるんだ。嫌になっちゃうよ、まったく」
「サポーターの仕事も大変だな。でも今年の1年はみんな大丈夫だろ?」
「まあね。だからサトルが生き残れたわけで」
「そうだな」
万が一誰かがサトルからもらったドリンク類を飲んでいたら、今、サトルはここにいなかったかもしれない。
サトルは有能なやつにばかりドリンク類を配っていたという。有能なやつ=優等生。だから皆、もらったものは飲まなかった。それが今になってこういう結果を齎したに過ぎない。
逍遥が南園さんと何か話していて、俺にも来いとばかりに招き猫のような手つきでチョイチョイと指を折り曲げている。
「じゃ、絢人、またあとで。どうやら逍遥に呼ばれてるらしい」
「あれじゃ招き猫だよね」
絢人も同じことを思ったらしい。笑える。
時間が刻一刻と迫りつつある。
桃薔薇高校とのマジックガンショットは午前8時から開始。
メンバーと順番は逍遥の言った通り黄薔薇戦と同じ。
マジックガンショット用のユニフォームに身を包んだ南園さんがグラウンド中央に向け静かに歩き出した。
午前8時。
紅薔薇の先攻。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が辺りに轟き渡る。
南園さんの射撃は威力を増し、上限100個をなんと9分台前半で撃ち落とした。
俺はとてもじゃないがそこまで追いつかない。せめて10分台に載せられれば観客席のブーイングも減るだろう。
逍遥にいわれたとおり、姿勢の確認をする。
前傾でもなく、仰け反るでもなく。
そして絢人と話す時にベンチに置いたデバイスを取ろうと、俺はベンチの方を向いた。
ところが。
デバイスはベンチにはなかった。
驚いて俺の後ろにいた逍遥に聞く。
「逍遥、俺、ベンチにデバイス置いたはずなんだけど見なかった?」
「いや、見てないな」
ベンチの端にいた絢人にも声を掛けた。
「絢人、俺、君と話すときにベンチにデバイス置いたはずなんだけど」
「置いたのは見たよ。でも、僕も席を移動したからその後はわからない」
逍遥が思いっきり俺を睨んでる。
「ないのか?デバイスが」
「ああ、絶対、ここに置いたはずなんだ」
俺はデバイスを置いたはずの場所を指差す。
逍遥は顔を顰めた。
「デバイスが消えたってことか」
グラウンドから戻ってきた南園さんが、何か異様さを感じ取ったのだろう。すぐに俺たちの方に近づいて来た。
「どうしました?」
焦っている俺を見て、逍遥が代弁してくれた。
「海斗のデバイスが見つからないんだ」
「え・・・」
何も言葉が出ない南園さん。南園さんは立ったまま目を閉じた。
あ、これだ。おれがこないだ707で見えたやつ。目を閉じるとかは別として、手で何かしなくても見える。ま、南園さんは離話をしてるのだが。
そんなことを思い出しても何の役にも立たない。
秘密のデバイスは使うなと厳命が下されているし、どうすりゃいいんだ!
しばらく南園さんは目を閉じていたが、ようやく開けたかと思うと、俺の手を握りしめた。
「秘密のデバイス、今持ってますね?」
俺は腰に手を回した。
亜里沙たちがプログラミングしたこっちのデバイスはある。でも、平常時は使うなと、亜里沙からも明からも言われている。
「でも使うな、って言われてるよ!」
「非常時です、そちらを使っても大丈夫だそうです。あと、707に予備のデバイスを忘れていないか、今生徒会役員がお部屋を見に行っています」
「部屋には忘れてない。絢人がさっき見てたもん。こんなことなら702に預かってもらってるデバイスを持ってくりゃよかった。なんで突然無くなるかな」
逍遥が顔を顰めたまま、冷静になれとばかりに俺の肩を叩く。
「今は試合をどのように進めるかを考えよう。大丈夫、君が一番自分を曝け出せるデバイスのはずだから。予備のデバイスのことは試合が終わってから動こう」
予備のデバイスが消え、ちょっとパニックになりかかった俺。
南園さんは俺の右手を自身の両手でがっちりと握ってくれた。
「四月一日さんのいうとおりです。今は魔法陣に目を向けてください」
俺は腰から秘密のデバイスを出すと、発射する真似をしてみる。
これは凄く使い易かった。
先日のまま動作して欲しいと心から願いながら発射姿勢を確認する。
紅薔薇ベンチがバタバタしていたため、白薔薇の大会役員から選手はグラウンドに向かうようにと指示が来た。
俺はベンチで一度大きく深呼吸して、それからグラウンド中央に向かった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲とともに、俺の薔薇6戦2戦目が始まった。
後傾の姿勢に気をつけながら的を探す。
あった、魔法陣が見えなくなるくらいまではパニックになっていない。パニックになりかけていた俺だが、なんとかメンタルは持ちこたえたと思った。
続けざまに魔法陣に向けショットガンを発射する。
黄薔薇戦よりも、時間は長く感じた。
それも、いい意味で。
魔法陣は見切っていたし、ショットガンとの相性はこの上なく良い。
上限100個のレギュラー魔法陣も巧い具合に消し去っている。
消した数をおぼろげに覚えていたくらいだ。
ちょうど自分の中で100個撃ち終えた時にブザーが鳴り、俺の勝負は終わった。
あとは、速さ。
大型モニターが注し示した速さは・・・10分台ジャスト。
やった!
良かった・・・。結果が出せた。
あのパニックの中でも、俺は充分に仕事をしたと思う。
「あとは任せろ」
俺がベンチに戻っていくと、逍遥は軽く俺の右手を握り、手を振った。
南園さんが心配顔で俺のところに寄ってくる。
「大丈夫でしたね、何よりです」
「南園さんがすぐに701に連絡してくれたから秘密のデバイスの使用許可がおりたんだ。ありがとう、南園さん」
「いいえ、私の役目ですから」
「いや、それでなくとも俺がパニックから抜けられたのは南園さんのお蔭です」
「私は何も」
「手を握ってくれたでしょ、あれで目が覚めた」
南園さんが、顔を赤らめつつ、ほんとに爽やかに笑った。
俺、嘘つかない。あれで正気に戻ったんだから。
それにしても、俺はとんだ3流喜劇に巻き込まれているような気がする。
俺を待ち受けてるものとは、一体何だ?
考えていると逍遥の応援を忘れそうだ。
逍遥は相変わらず、というか、いつにも増したスピードで、魔法陣を撃ち砕いている。あれは魔法陣を認識せずに撃っているとしか思えない。
またもや汗ひとつかかずに戻ってきた逍遥。
大型モニターには、上限100個を6分台前半で撃ったことが表示された。
応援席からは大きな歓声とどよめき、拍手が聞こえてくる。
なんとクレバーな!!
100個の魔法陣を、約6分で撃ち落とすんだよ?信じられる?
汗もかかず6分台。
逍遥の本気は何分なんだ?
いくら薔薇6戦とはいえ、このタイムは凄い。凄すぎる。
沢渡元会長も、普通科にやらなくて良かった・・・と、今頃反省してると思うわ。
戻った逍遥が俺のところに寄ってきた。
「海斗の仇はとったよ」
「仇って、君、本気出すと何分なのさ」
「さあねえ、撃ったことがないからわからないね」
「まだまだ記録が伸びそうだね」
「少なくとも、海斗の邪魔をするやつらに、海斗には僕がついてるから、ってアピールできた。それだけでいいじゃない」
「頼もしいな。俺もお荷物になりたくないんだけど」
「10分ジャストだって他の選手はなかなか出せないよ。横浜に帰ったら、本気で君を邪魔する犯人捜すつもりだから」
「ありがとう、逍遥」
後攻の桃薔薇高校がスタンバイしている。
3人とも12分台というまずまずの結果。
しかし、我が紅薔薇の速さに届く選手は現れなかった。
紅薔薇高校、勝利。
勝ち点3、総合勝ち点は33。紅薔薇は薔薇6高校中、1位を突っ走っていた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
午前の部が終了し、一旦バスでホテルに戻った紅薔薇軍団。
先日のことがあったので、俺は簡単にシャワーを浴びて制服に着替えていた。午後のプラチナチェイスは応援組だから。
逍遥は午後も試合。それも結構体力を使うプラチナチェイス。逍遥にとってマジックガンショットは疲れのうちに入らないみたいだから、そんなに体力を心配することもないらしい。
サトルと俺はまず701に行き挨拶を済ませると、702に置いてあるデバイスを受け取った。
南園さんも生徒会役員室に戻っていて、702の箱から俺のショットガンを出してくれた。
ちょうど亜里沙が701の中央にいて、無表情で俺を呼ぶ。何を怒っているんだ?
俺はおっかなびっくり亜里沙に近づいた。
「プラチナチェイスの試合が終わってホテルに戻ったら、ここに来てちょうだい。今日の流れをじっくり聞きたいから」
「わかった」
サトルと一緒にホテルを出て歩く。701に寄った分、時間が押していた。
「海斗、早く早く」
「そんなに急かさないでくれよ」
「もうすぐ試合始まっちゃう」
「走るか?」
「うん」
試合途中で応援席に入るのはマナー違反であり禁止されているため、俺とサトルはジョギングよろしく会場まで走る。
通常歩いて20分ほどかかる道を、10分強で会場入りすることができた。
俺はすっかり息が上がっている。
サトルはいつも走り込んでいるようで、疲れた様子さえ見せない。
「席、サトルが探して。俺、もうダメ」
「近頃走り込みしてないんでしょ。もう、海斗ったら」
「悪い悪い、ほら席探してくれよ」
サトルは応援団の中をタタタッと走り抜け、一番奥の後ろの方に行ったようだった。
俺は力なくそちらへ行く。
そちらの方面には先輩方がいなかったことだけが救いだ。
ホントにプラチナチェイスは観客が多い。
午後1時。
号砲とともに試合が始まった。
桃薔薇高校の陣形は少し乱れていて、簡単に紅薔薇が陣形を崩しボールを陣形内に入れる。もうこうなったら紅薔薇勝利の方程式だ。
逍遥がボールを逃すはずがない。
結局2分とたたないうちに逍遥のラケットにボールは押し込まれ、紅薔薇高校は勝利した。
勝ち点3。総合勝ち点36。




