薔薇6編 第12章
明日からは黄薔薇戦が待っている。
サトルはアシストボールに出場が決まっている。確か、DF。
黄薔薇戦は楽勝だろうという勝手な思い込みではあるのだが、サトルにとって初の試合出場。
これは是非とも応援せねば。
その日の夕方のことだ、生徒会から通達が回ってきた。
白薔薇戦全勝を祝し20階のセレモニーホールで紅薔薇高校のプチ祝勝会が行われることになった。
午後6時。
普段なら食堂で夕飯を食べる時間。
俺とサトル、逍遥は制服に着替えてEVで20階に向かう。
逍遥は10分もしないうちに勝利を決めたので、今日は特段疲れている様子もない。
かえって俺やサトルの方が、10分とはいえ応援で声を枯らした分、疲れ切っていた。
ホールに入ると、広々とした空間の中心に何台かテーブルが置かれ、椅子は端に寄せてある。テーブルには軽食も置いてあり、立食式のパーティーだ。
俺はまた壁際にて人物観察をしたかったのだが、逍遥やサトルが色々食べたがるのでテーブルと椅子を行ったり来たりしていた。俺たちは行儀悪くつまみ食いばかりしている。
そのうち逍遥は3年の先輩方に呼ばれ姿を消した。
俺とサトルが2人でいると、これまた皿にたんまりとサンドイッチを並べた譲司がやってきた。
「海斗、サトル、久しぶり」
サトルはまだ俺や逍遥以外の人間には緊張していて、譲司の顔を見ると俺の影に身を寄せた。譲司は何も気にしていないようだったが。
俺は久しぶりに会った譲司に、生徒会が忙しいのか聞いてみたかった。忙しいのはわかりきったことなんだけど、譲司は真面目だからサボるということを知らないだろう。
「譲司、ご無沙汰だったなあ。忙しいのか、生徒会」
「生徒会の仕事がこんなにハードだとは思わなかったよ」
「でも、楽しそうだ」
「うん、麻田先輩がとても気を遣ってくれるんだ」
「そりゃよかった。生徒会の集まりに顔を出さなくていいのか」
「今日くらい好きにさせてもらうさ、と言いたいところなんだけど」
「勿体ぶった言い方だな」
「今も生徒会の仕事中だよ。海斗、唐突なお願いだけど、黄薔薇戦と次の桃薔薇戦でマジックガンショットに出てくれないか」
「上杉先輩がいるじゃないか。俺はあんなに速く撃てないぞ」
「上杉先輩、なんか身体の調子が今ひとつなんだ」
「そうなのか」
「白薔薇戦では10分台まで落ち込んで本人もがっかりしててさ」
「それにしたって、俺より早い先輩方はたくさんいるだろう」
「W杯のGリーグ予選では上杉先輩が引っ張って競技を進めたけど、何せ八雲だろう?あとは八月十五日先輩が調子悪かったから、上杉先輩はひとりで試合を作っていかなければなくなって、どうやらオーバースペックで戦ったらしくて。薔薇6になってから疲れがどっと出た感じなんだ」
「それにしたってなあ」
「光里会長と沢渡元副会長からの親書もあるよ、見る?」
「みたら絶対出場になりそうな気がする」
「いいじゃない。黄薔薇と桃薔薇は絶対に反則しないチームだから」
「わかったよ。じゃあ、上杉先輩のピンチヒッターで出る。先輩の体調が良くなったら引っ込むことでOK?」
「ありがたい。早速会長たちに報告しなくちゃ」
そう言いながらも、譲司はサンドイッチを大きな口を開けて頬張っていた。
やがて譲司の皿は空となり、一息ついたように、ふぅと息を吐き出した譲司は、俺とサトルに手を振って生徒会の連中がいるテーブルに向かい軽やかな足取りで消えた。俺が出場を即答したからだろう。
明日は午前にアシストボールの試合が白薔薇高校近くにある薔薇大学魔法技術学部のグラウンドで、午後はラナウェイの試合が大学構内で行われる。明後日はマジックガンショットとプラチナチェイスが薔薇大学魔法技術学部のグラウンドで予定されている。
しばらくして、3年生から解放された逍遥が俺とサトルの座っている椅子に向かってルンルンと言わんばかりにスキップしながら近づいてきた。何かハッピーな出来事でもあったのだろうか。
逍遥はクールなのか子供じみているのか分らない時がある。
俺とサトルを目の前にした逍遥は、徐に右手を差し出し俺たちに握手を求めた。
「逍遥、どうした。楽しそうじゃないか」
「君たちが試合に出るからだよ」
「サトルは明日アシストボールに出るからな」
「海斗も明後日マジックガンショットに出るでしょ」
「ああ、さっき譲司に口説かれた」
ほう、という表情。逍遥は俺に掛ける言葉を選んでいるようだった。
「君のマジックガンショットは姿勢がとても綺麗だから」
「姿勢が得点に反映されるとは思えないけど」
逍遥はチッチッと右手の人さし指を振ると、熱心に語りだす。
「姿勢が良いと、射撃の際にスピードが増す可能性があるんだよ。相対的に撃ち落とす時間は短くなる。こればかりは、デバイスで何とかなる物じゃないからね」
「そういうものなのか。でもこっちに来てから練習してないよ。練習場もないんだろ?」
「夜間練習場は学部のグラウンドにあるらしいよ。ナイター形式だから昼間とは若干感覚が違うけど。これから動けるようなら、生徒会に申し込んでおいでよ」
サトルは譲司がいなくなってから俺の隣に移動していた。
「練習、僕も見ていい?」
「サトルはアシストボールの走り込み、しないの?」
「あ、しなくちゃ。今晩中にしておかないと。外は嫌だから、僕もグラウンドが良いな」
「なら、一緒に701に行こう」
逍遥はパーティー中にも関わらず、中座して無理矢理俺とサトルを誘いだした。701の部屋にいくために廊下を歩いていく俺たち3人。
俺にとっては初めての経験だったから、勿論のこと、何も知らない。サトルだってそうだろう。サトルの顔を見ると、すっかり緊張している。無理もない。サトルは昔沢渡元会長に嫌われていたし、生徒会というだけで顔から脂汗がにじみ出ている。
「逍遥。施設の使用許可は生徒会を通さないといけないのか?」
「そうだよ、海斗。サトルのアシストボールも、練習は今晩しかないから。アシストボールの出場者はみな今晩練習場を確保してるはずだ」
サトルは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「知らなかったよ。今まで全然練習していない。走り込みよりそっちの練習が先かな」
逍遥は歩みを止めずに笑った。
「サトルの技量なら走り込みだけして体力をつけていればOK。走り込みはしてるんだろう?」
「うん、それくらいなら」
「それなら大丈夫。すぐに勘を取り戻せるから」
逍遥はいつも速足だ。
背の高いサトルは歩幅を逍遥に合わせていたが、俺は合わせられず小走りに近い状態でついていく。
EVで7階のボタンを押す逍遥。
もちろん従業員用ではなく客室用EV。
他校の薔薇校生徒も一緒に乗ってくる。制服を見ると、薄ラベンダー色の上衣にディープロイヤルパープルの刺繍。紫薔薇高校の生徒だ。
紫薔薇高校は明日から青薔薇高校との対戦らしく、青薔薇高選手の行き過ぎた行動に少し不満があるようだった。
紫薔薇高校の連中は、俺たちに聞えるのを嫌がっている。小声が増々小さく聞こえる。俺たちが後から乗ったので話を聞きとり易かったのもあるが。
青薔薇はラフプレーが多すぎる。そして高校生にも関わらずタトゥーを腕に彫っている生徒がいるらしい。青薔薇ってそんなに自由なんだと思ったが、人は見かけに寄らぬもの。タトゥーがあろうがなかろうが、流れに乗ると爆発的に力を発揮する、と紫薔薇高校の生徒たちは話していた。
逍遥は気にもしていないのだろう。一度ちらりとみたはずだが、その後は目元ひとつ動かさないで黙ったまま。
サトルは目の前の生徒がタトゥーを彫っていないにも関わらず目さえ合わせようとせず、明後日の方向を向いている。俺もどちらかと言えばサトルに近い。タトゥーという言葉だけでも拒絶反応がある。2人とも、本当にビビリだ。
20階の会場から7階に着いた。
逍遥は大きな顔をして、ゆっくりとした態度で降りていく。
俺とサトルは、小さくなってダダダーッとEV外に出た。紫薔薇の連中も、おかしな二人だなと思ったことだろう。
またもや廊下を歩き、やっと701の前に着いた。
俺とサトルは先程のタトゥー騒ぎでかなり消耗していた。
逍遥が俺の背中をバンバン叩いて猫背気味だから直せと言う。言われて初めて気が付いた。
俺もサトルと一緒に、深呼吸をしながら背筋を伸ばした。
俺たちが落ち着いたところで、逍遥はドアを3回ノックし誰かが出てくるまで待った。ドアを開けたのは南園さんだった。
そういえば、南園さんはパーティー会場に居なかったような気がする。亜里沙や明も。亜里沙たちは万年1年?だから面倒なのかもしれない。
「どういったご用件ですか」
南園さんの言葉で、俺は我に返った。逍遥が隣で俺に代わって来訪事情を説明する。
「本日これから薔薇大魔法技術学部のグラウンドをお借りして練習したいのですが」
「どなたが練習されるのですか」
「八朔選手と岩泉選手、そして僕です」
「わかりました。少しだけお待ちください。練習場の予約を確認しますから」
そういって部屋の中に2台ある机のうち、片方に設置されているパソコンの電源を入れた。
俺たちは部屋の中に備え付けられていた椅子に座らされ、待つこととなった。
702とぶち抜きの部屋だったはずだが、今は仕切板で702が見えないようになっている。亜里沙たちはそちらにいるのだろう。通常701は生徒会役員以外の生徒用に開放していると見た。
3分も経たないうちに南園さんはパソコンを閉じ、俺たちの方に足を向けた。
「夜9時からならグラウンドが開いています。使用時間は1時間。午後10時になるとグラウンドは自動閉鎖され真っ暗になりますので、それまでには上がるようにしてください。研究棟の方に行けば灯りが見えてきます。出口は研究棟の南側ですのでお間違えの無いよう」
逍遥が礼をしながら俺たちにも強要する。
「ありがとうございます。グラウンドの鍵などはあるのでしょうか」
「いえ、大学の研究棟が24時間体制で動いていますので鍵は必要ありません」
「はい、わかりました」
「使用後にまたここに着てください。使用した記録が必要ですから」
「はい」
俺たち3人は一旦パーティー会場に戻った。譲司はまだテーブル付近でパクパクと食べていたが、急に食べるのを止めて皿を片付け口に戻した。701に居た南園さんと仕事を替わる時刻が迫ったのだろう。
俺は廊下に出ていく譲司に後ろから近づき声を掛けた。
「ご苦労さん、譲司。今から701か」
「そう。食べるだけ食べようと思って上がってきたんだ」
「今日も遅いのか。無理するなよ」
「ありがとう、海斗」
譲司は客室用EVのある方に向かって速足で歩いていく。
会場の時計を見ると、もう夜の8時半近くになっていた。そろそろお開きになる時間かもしれない。
俺たちはもう一度テーブルに置いてあるサンドイッチやおにぎりなどの軽食に手を出し、野菜ジュースとお茶を飲み干した。
俺が思っていたとおり、午後8時半を過ぎたあたりで光里会長から短い挨拶があり、白薔薇高校との決戦を一旦忘れ、明日からの黄薔薇高校戦にバイタリティを注入しようとのことだった。
セレモニーの最後を締めたのは沢渡元会長だった。
「白薔薇高校との対決を制した諸君、心からおめでとうと言いたい。明日からの黄薔薇高校戦でも気勢を揚げ、このまま薔薇6優勝に向けて頑張ろう、乾杯!」
「乾杯!!!」
俺とサトル、逍遥は皆で祝杯を挙げたあと、そっと会場を抜け出し薔薇大学魔法技術学部に向かっていた。昼間とは全然違う景色がそこにはあった。数カ所にライトを設置しており、俺たちはライトの光る中グラウンドに立っていた。
夏だけれど、外は昼間の暑さよりはいくらかひんやりしたように思われる。
俺は明日使う通常のデバイスを部屋に置きっぱなしで持っていなかったのだが、亜里沙たちがチューンナップした秘密のデバイスで足りるだろうと思い、部屋には戻らなかった。
というのも、秘密のデバイスで練習したことが今までなかったのだ。人前では見せるなといわれていたから。
今晩は俺とサトルと逍遥しかいないので、そのデバイスを使っても差し支えないはず。
本当は、亜里沙たちが作り上げたデバイスがどんなものか知りたかった感も否めない。
サトルと逍遥は実際のFWやDFの動きを確認するのが目的だったらしく、2人でボールを奪い合いしている。それが練習になるのだそうだ。
逍遥はゴールを狙うポスト、サトルはそれを阻止するポストに就いているのだから、この二人の練習は理に適っている。
1時間、他の薔薇高校の選手はおらず、まるっきり俺らの使いたい放題で、グラウンドを縦横無尽に走る逍遥とサトル。
やはりサトルは逍遥には及ばないものの、学年第2位の力は伊達ではない。逍遥ですらボールを奪われる時がある。逍遥が全ての力を出し切っていないのはどの種目でも同じだが、サトルの読みの深さやポジショニングには、だただひれ伏すばかりだ。
俺は2人の練習を横目に、ショットガンのスイッチを入れた。
マジックガンショットの競技ソフトは701で借りた。新しいデバイスで、上限100個をどのくらいのスピードで撃ち崩すことができるか。
「On your mark.」
「Get it – Set」
その言葉とともに、俺は前後左右を気にしながら、レギュラー魔法陣が現れるのを待つ。
立て続けに魔法陣が現れる。素人には、どちらがどの魔法陣だか見分けはつかないだろう。だが俺はイレギュラー魔法陣とレギュラー魔法陣の違いは、もう見切ってある。
レギュラー魔法陣に向かってこっちも立て続けにショットガンを放つ。そしてレギュラー魔法陣も一旦消えるが直ぐに現れる。消えては現れる魔法陣。
レギュラー魔法陣を見つけショットガンで撃ちこみながら、俺は気付いたことがあった。
今使用しているデバイスは、俺の目に特化してあるのでないかと。元々動体視力が良い俺なのだが、今までのデバイスはその動体視力についてこれず、魔法陣を撃ち損じてしまうことが度々あった。今使用しているデバイスは、俺の動体視力にしっかりとついて来ている。なんで動体視力が良いのに運動神経マイナスなのだ?という議論は、また今度にしてくれ。
とにかく、この新しいデバイスを使えば、上限100個10分台も夢ではないと自画自賛する。こんなに使いやすいデバイスを、どうして人前で使ってはいけないのか不思議なのだが、亜里沙に念押しされたものは仕方がない。
俺はいつも腰に2丁、手に持つ分と、計3丁のデバイスを持っている。そのうち手にする分と腰に下げる1丁分は、先輩たちがプログラミングした物らしい。
絶対値として先輩たちの技量が低いのではなく、亜里沙や明、絢人の技量が相対的に高い位置にあるのだろう。
少なくとも今日のデバイスはとても動作が安定しており、使用していて楽に撃てたのは事実だ。
そう言えば、前に逍遥に姿勢のことを言われた。
デバイスを握りながら、なるべく背を伸ばしてもう一度上限に挑戦する。
逍遥の言葉は嘘では無かった。猫背や反り返った姿勢では撃ちづらい。やはり、姿勢が大切なのだと勉強した気分になる。
俺は同じ練習を5回行って1時間に近い時間で全て撃ち終えた。
逍遥とサトルは、俺の練習が終わるまでランニングで走り込みをしながら待っていてくれた。
周りが1度真っ暗になったため、1時間が終了したのだと俺はやっとのことで認識した。
「ごめん、逍遥、サトル」
「いや、いいんだ。でももうここは暗いからホテルに戻ろう」
サトルが目を丸くする。
「海斗のマジックガンショットは上杉先輩に劣るどころか勝ってるともいえるんじゃない?」
「今日は調子が良かっただけだよ」
俺はデバイスのことは皆に話さない方がいいのだろうと思い、敢えて別の答えを用意していた。逍遥は気付いていたんだろうが、何も語らない。
逍遥はその話題には触れたくないと言った風情で、俺たちを急かす。
「さ、そろそろ帰ろう。701に報告に行かないと」
逍遥の言葉に気付き、サトルはそれ以上突っこむのを止め、俺も話はしない。
歩いて10分の道のりではあったが、夜は周囲の様相も変化する。
速く歩く逍遥の後を追いながら、俺たちはホテルに到着した。
ホテルに戻りロビーを抜けEVの前に立った時、別のEVから亜里沙が降りてきた。
「練習終わったのね、3人とも早く701に行って」
「了解です」
「亜里沙、この頃怖い」
「海斗、あんたあとでぶっ殺す」
「EV着たから行くよ。あとでな」
「そうね」
この会話から導き出すに、亜里沙自体が変わったわけでは無いようなんだが、なぜこんなにも心配になるのだろう。
ああ、この薔薇6戦は次代をけん引する選手たちのお披露目の場でもあるのだろう。
その2年以下の選手たちに対する戦術を考案し、実際には亜里沙や明がメインになってデバイス調整を行っているに違いない。
3年はほとんどがGPSや世界選手権に出場する生徒しか残っていない。だから3年の分は先輩方に任せているものと思われる。
とはいえ、3年分のデバイスチェックを2人のサポーターが請け負うのはリスクを伴う。紅薔薇は他の薔薇高校に比べ、3年の数が多い。
もしかしたら、亜里沙と明はそちらの面倒まですべて見ているのかも。それであれば、時間も足りないだろうし、どうしたって真面目な顔つきにもなる。
でも、これは俺の一方的な考えだ。
昔だったらまだしも、今の亜里沙たちの心の中までは、俺にはそのシンパシーすら正しく抱いているのか疑問だ。
亜里沙と別れ701に速足で向かった俺と逍遥とサトル。
701の前に着くと、逍遥は乱暴気味に部屋を3回、ノックする。
10秒ほどで南園さんが顔を見せた。
もう10時も過ぎ、ホテル内の紅薔薇高生は一応消灯時間となっている。守っている生徒は殆どいないが。
「南園副会長、薔薇大魔法技術科のグラウンド使用、終了しました」
「お疲れ様でした。これから明日の策戦会議を行うのですが、四月一日さんと岩泉さん、中にお入りになりますか?」
サトルは目を輝かせた。策戦会議とはいかなるものなのか、見たこともなければ想像したこともないサトル。だから興味が湧き出ているのだろう。
それなのに、逍遥は間髪入れず断ってしまった。
「ありがとうございます。本来ご指導いただくべき立場なのですが、明日に備えて今晩はゆっくり休みたいと思います」
「岩泉さんは?」
サトルが知らない人の中でまともに意見を述べることができるか?いや、無理だろう。
俺の思った通り、サトルも丁寧に誘いを断った。
「申し訳ありません、折角お誘いいただいたのに。僕も今日は休んで明日に備えたいと思います」
「承知しました。では、お休みなさい」
サトルが断りをいれたところで、逍遥が少し低く大きな声で挨拶をした。
「お疲れ様です。では、皆さんによろしくお伝えください」
何を怒っているんだ?逍遥。
逍遥やサトルはドア越しに南園さんと話をしただけで部屋の中には入らなかった。
たぶん、生徒会役員と亜里沙、明が中に居るはずだが、俺に見せまいとしているのかもしれない。
俺が亜里沙たちに感じている思いをなんとなく掴んでいるのか、逍遥は。まるで、そんな動きだった。
701から離れた俺たち。あとの2人も南園さんに告げたように直ぐ寝るのかとばかり思っていたら、逍遥は712で少し話をしようという。
逍遥なりの明日の策戦をサトルに授けるのだろう。
もちろん、俺は快諾した。
俺たちは周囲を見回すと、何事も無かったかのように712の鍵を開け、我先にと部屋に滑り込んだ。
逍遥が先にベッドを占領した。
俺はサトルに椅子を明け渡し、自分はクッションの上に胡坐をかいて床に座り込んだ。
思った通り、逍遥はサトルに明日の注意事項を伝えた。
「サトル、明日の黄薔薇戦はとにかく正確さを重点事項として、沢渡元会長が守るゴールに敵を近づけないようにしてくれ」
「抜かれないようにしないとね」
「正確なドリブルや個人技は黄薔薇高校には無いから、身構えなくて充分だ。あとは体力。30分は余裕で試合できるくらい、走り込みした?」
「体力は任せてよ、自信あるから」
「ならいい。サトルは八雲のような真似しないのはわかってる。ただし、先輩たちからボールがこなくてもしょげることはない。敵の持ってるボールにだけ集中して。自分の仕事を完璧に熟しさえすれば、サトル本来の力を皆が認めてくれる」
「なんだか今から緊張してきたよ」
俺はそういうサトルの背中をバンバンと叩いた。前に明が俺にしてくれたように。
「明日、俺はベンチに入らないと思うけど、逍遥が一緒だから大丈夫だ。サトル、皆にサトルの力を見せつけてやれ!」
「手荒い応援だなあ、海斗」
「そうか?俺はこれで緊張無くなったぞ。明日またしてやろうか?」
サトルはくすっと笑う。
「もし緊張するようだったら海斗のところに行くよ」
俺たちは静かにくすくす笑う。
夜も更けかかり、逍遥とサトルは部屋を出て5階の自室に向かった。
部屋に1人残った俺は、逍遥が座った後のベッドメイキングをさらりと直してからシャワーを浴びる。今日の1時間は結構有意義だった。
問題は、明後日も同じような魔法陣の出現の仕方で、俺の通常デバイスがどこまで反応できるか、だ。
亜里沙に聞いておけば良かった。
調子がいいからあの最後の砦みたいなデバイスを使用してもいいかどうか。亜里沙は渋い顔をするだろうけど。
まあ、俺の場合、薔薇6対抗戦の黄薔薇高校と桃薔薇高校に出るだけだから、使用しても良いと思うんだよね。これがGPSとか世界選手権新人戦まで出場するなら秘密兵器として残しておくのも分かる気はするんだが。
しかし、だ。間違ってもそんなことは有り得ない。
シャワーを浴びた後、熱い身体を冷ますようにベッドに腰掛ける。
俺の薔薇6での出番は明後日。
明日もう一度701に赴き亜里沙か明に、デバイス使用の許可をもらうとしよう。反対されたら他の2機で対応するほかない。
新規のデバイスについては、やはり使用を反対されるような気もするけど。
中々寝付けない。
仕方ないのでもう一度寝る前のストレッチで身体を伸ばし、俺はベッドに転がった。
もう、寝てもリアル世界に戻ることはなくなった。
父さんや母さんはどうしているのだろう。
心配にならないと言えば嘘になる。
でも、あの両親にとっても、厄介払いができたはず。
これでよかったんだと心に言い聞かせ、冷房を点けっぱなしにして俺は布団にくるまった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
朝が来るのが妙に早かったような気がする。
でも、時間はもう午前7時。
目覚ましを掛けて寝たにも関わらず、どうやら寝過ごしてしまったらしい。
今日はアシストボールに逍遥とサトルが出場するので、俺は午前中、ひとりで紅薔薇のギャラリーとして応援することになる。午後はラナウェイだから皆で応援できるのだが。
ちょうど俺が出場するマジックガンショットとプラチナチェイスは明日試合が催される。明日はきちんと目覚ましを掛けて早起きしないといけない。
急いで顔を洗い、頭上にハネた髪にミストを振りスタイリング剤を使って直す。
午前7時15分に準備が整い、急いで1階に降りていく。
逍遥とサトルの2人は、もう朝食を平らげたところだったのだろう。並んで食堂から出てきた。
サトルが俺を上から見下ろして驚いたように言葉を発した。
「海斗、これから朝食?」
「寝坊だ、寝坊」
「じゃ、僕たちはもう行くよ」
「ああ、俺は応援席で大声あげてるから」
「祈ってて」
逍遥は何も語らず、目だけで俺に合図する。
何より、サトルを応援してやってくれ、と。
俺も呼応して握り拳を突きだした。
アシストボールの試合は午前8時試合開始。
薔薇大学までの道のりを15分と考えても、朝ご飯を食べる時間が見つからない。
俺は誰も知り合いがいないのをいいことに、野菜ジュース2杯分だけをごくんと飲み干し急いでホテルを出た。
できるだけ速足で薔薇大学のグラウンドを目指す。
俺一人で歩いてるものだから、色々な考えが頭の中を駆け巡る。
薔薇大学の魔法技術科は長崎にある。
譲司や絢人は、紅薔薇高校を卒業したら長崎に移るのだろうか。魔法技術を極めていくなら、やはり長崎だよな。
遠くなるなあ。
でも、飛行機使えば会いにこれるか。もう、20時間以上もかかるバスはまっぴら・・・。
その前に、俺がその頃どこにいるかわからない。高校生ってのはある程度早い段階から自分の進路を考え、それに沿った勉強をするのが王道だと思ってる。高校生活の3年間を有意義に過ごすかどうかなんて、その後の目的を持てるかどうかにかかっているのだ。大学への進学、就職、どちらにせよ、大事なのは目的。
俺は泉沢学院に入学早々嫌なことがあって、自分の進路を考えられなかった。目的を見誤った。
そこが分岐点なのだと今、気付いた。
長々とそのことばかり考えながら歩いていると、薔薇大学のグラウンドは目と鼻の先にあった。
俺のことはまたいずれ考えよう。
今はこっちの世界に居て、魔法を上達させるより他、俺の目的はない。
つまるところ、現在の俺に課された目的はと言えば・・・薔薇6戦で勝利することだ。
昼は練習場が取れないことと応援に充てられるので時間を取れないが、試合終了後夕方から夜にかけて、長崎市内にある主たる高校の体育館やグラウンドは薔薇6に出場する県内外のチームに解放されているという。結構みんな練習を重ねているらしく、昨夜の俺たちのように突発的に練習をしにグラウンドに潜り込むめるのは極めて珍しいらしい。
ま、何はともあれ、昨夜はラッキーだった。
逍遥がいてくれると、かなり心強い。
冷たいし、いつでもクールだけど、頼りになるのは確かだから。
グラウンドに入り、紅薔薇高校応援席の方に歩いていくとベンチにいる紅薔薇の生徒達が見えた。
サトルと逍遥を探す。
逍遥はいつもの如く飄々とした顔つきで、足を組んでベンチに座っていたが、サトルは緊張した面持ちでベンチの端っこに佇んでいた。
なんか、今にも消え入りそうな表情だ。
どれ、少しだけならいいか。
俺は離話を試みた。
「サトル、サトル」
サトルは緊張の余り、俺の声が届いていないらしい。
「おい、サトル!」
今度は俺の声が聞こえたようだが、先輩に呼ばれたと思ったらしく周りをきょろきょろしている。
何をもたもたしている!と怒りたいところだが、今のサトルの気持ちは十分すぎる程に分かっているから、下手な言葉を不用意に投げたのでは本末転倒になってしまう。
「俺だよ、サトル。海斗だよ」
ようやくサトルは事の本質を理解したらしい。
「驚いた、先輩に呼ばれたかと思った」
「緊張するなというほうが無理だけど、今は自分に出来ることをイメージしろよ。昨日逍遥と練習したろ?」
「うん、わかってはいるんだけど」
「じっと目を瞑って、いい場面をイメージするんだ」
「やってみる」
サトルは俺の言うとおり、目を瞑った。
相手のシュートを防ぐ自分を想像して、画像としてイメージして。残像の中に、ガッツポーズする自分がいて。
そうすれば緊張もいくらかは解れるだろう。あとは身体機能を十分に発揮し、走り負けないよう、体当たりされてもその場に踏みとどまれるよう、自分自身を極限までコントロールしていくだけだ。
サトルは最後に目を瞑ったまま大きく息を吸い込み深呼吸したあと、ゆっくりと目を開けた。
その姿は、自信に満ち溢れるまではいかずとも、正のエネルギーが身体に充足していくさまが見て取れた。
「行ってくるよ、海斗」
その言葉を最後に、離話の通信は切れた。
俺はそのあと、紅薔薇の応援席で一番前の列に空きを見つけ、まんまと収まった。
ラッキー。
ちらちらと、今日こそは亜里沙や明、絢人が来ていないか後ろを確認した。
パッと見た限りでは、居ない。
午前8時。
アシストボール、開始時間。
号砲の音とともに、試合が始まった。
黄薔薇高校は戦術的に、やはり紅薔薇よりも劣っているように見える。先日の白薔薇高校との試合を観てからこちらをみると、実力の開きがよくわかる。
だからといって、レギュレーション違反を行うわけでもなく、ルールには忠実な黄薔薇高校の選手たち。
亜里沙たちを探しているとき、近くで話していた紅薔薇高校の先輩たち、九十九先輩と勅使河原先輩なんだが、ルールに忠実で、なおかつ毎年のように全日本に行けるということは、相当の実力があると同義だと話しているのが耳に入った。
実は俺、耳を掴まれプチ説教されて以来、この2人の先輩がどうも苦手なんだが、相手が俺をどう思っているのかは分からない。
でも、上意下達を地でいってる先輩に代わりないはずだから、近くにいるときは自分から近づき、直立不動で深々と礼をしながら「お疲れ様です」と大声を出すことにしている。
その挨拶を相手がどう思っているかって?
そんなの俺の知ったことじゃない。文句があれば、また捕まるだけの話だ。
捕まらないということは、俺のやり方が少なくとも間違ってはいないことを指しているのだと思うことにしている。
変に逃げたり顔を背けたりする方が、この手の人間には捕まえる格好のエサができたと言わしめているようなものだから。
俺は2人の先輩が今日は近くに座っていたから仕方なく(相手にはそれと気づかせないように)笑顔を作り「お疲れ様です!」と元気いっぱいに挨拶した。
俺が上意下達を遵守していると見たのだろうか、それとも、俺なら赤子の手を捻るようなものだと心の中で思っている・・・そんなこと知るか。
とにかく、2人は前の列に席が空いているのを見つけ、俺の隣に座った。
今日は下手なことを言ってはいけない日になってしまった。あの時後ろさえ振り向かなければ・・・。
たらればを言ってみてもしゃーない、これもまた、流れの一環なのだろう。
こんな日もあるさ。
でも勅使河原先輩は午後のラナウェイに出場するし、試合が終われば一旦ホテルに戻るはずだから、日がな一日一緒にいる訳じゃない。
午後のラナウェイでは、近くに九十九先輩の居ないところを選ぼう。逍遥が何を言い出すか分らないから。
逍遥は、逞しい反面、いつ暴発するかわからない不発弾のようなものだ。不器用だけど不発弾。なんか俺の逍遥談、おかしくない??
試合が始まり逍遥が何度かシュートを放つと、2人の先輩は感嘆の溜息を洩らしている。
逍遥は力で相手をねじ伏せる。小手先の技など逍遥には通用しない。
黄薔薇高校ではどうやら逍遥のシュートを要警戒としマークし始めたようだった。おいおい、白薔薇戦の逍遥を見ていなかったのか?
紅薔薇高校では、生徒会役員から委託を受けたサポーターが各薔薇高校の様子を徹底的に記録して戦術会議に掛けているはずだ。
あれ?先日の白薔薇戦アシストボールでは、4人の先輩サポーターが一緒にアシストボールを見学していた。
確かサポーターが全てを記録すると思ったんだが。
ってことは、亜里沙と明と絢人が各試合会場をバタバタと飛び回っているのだろうか。
あり得るかもしれない・・・。
亜里沙と明はまだしも、絢人はまるっとごろっと入学したての1年だ。
そんなことを考えながらも、俺は沢渡元会長の近くで敵を迎え撃つサトルの方が心配だった。ただでさえ初戦は緊張するのに、近くでGKとして最後の砦を守っているのは沢渡元会長。
サトルの緊張に拍車がかからないわけがない。
紅薔薇はしばらく自陣でボールを動かしていたが、やっと黄薔薇高校にボールが渡り、黄薔薇高校ではカウンターを仕掛けてきた。
素早い縦パス回しで迫りくる黄薔薇高校の選手たち。
すると、どこからともなくサトルが姿を現し相手選手にタックルを決めた。
相手の隙をついた絶妙なタックルで、ボールをGKの沢渡会長に戻して紅薔薇の自陣にロングキックを出し、再び紅薔薇高校の攻撃が始まる。
カウンターを仕掛けた黄薔薇高校の選手たちはほとんどが紅薔薇ゴール前に集まっていたため、自陣のゴール前はがら空き状態で、余裕で逍遥がシュートを決める。
その後も、サトルはよくゴール前を守った。
試合に出られる喜びが、体中に溢れていた。
先輩たちはサトルの必死の守備に唸り声を上げていた。
30分、サトルはゴール前を守りきり、1点たりとも黄薔薇高校のシュートを許さなかった。
反対に逍遥は7回シュートして、そのうち3回成功。
3-0で紅薔薇高校は黄薔薇高校に勝利した。
これで勝ち点3。合計の勝ち点は15に伸びた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
サトルに期待していなかったと思われる紅薔薇高校の応援席では、勝利の瞬間サトルに対し歓喜の拍手が送られた。
個別に声を掛ける人もいた。
サトルは恥ずかしそうに、応援席に一礼するとベンチの影に隠れてしまった。
応援席から笑いが巻き起こる。
沢渡元会長に声を掛けられ、もう一度応援席の前に立ったサトル。
でもやはり、深々と3度お辞儀すると恥ずかしがってベンチに引っ込んでしまう。
沢渡元会長が応援席に向かって手を振りながら大声で叫ぶ。
「今日の立役者だ。1年、岩泉聡。彼に拍手を!」
応援席から惜しみない大きな拍手が送られる。
ベンチの端から顔を出したサトルの目に、大粒の涙が浮かんだ。
消え入りそうな小声でサトルは応援席に挨拶する。
「応援、ありがとうございました」
先輩方の中には、サトルを奮い立たせようとしているのか、もっと大きく声をあげろと叫ぶ者もいたが、沢渡元会長のもう終いにしろという手を大きく上下に振る仕草でその声は消えた。
沢渡元会長はサトルの肩をポン!と一回叩き、今日のヒーローを労った。
午後からのラナウェイに向け、一旦紅薔薇の選手及び応援者たちは薔薇大学を出てホテルに向かう。
俺は午後のラナウェイは応援してもしなくてもどちらでも構わなかったので、速足で歩きながらホテルに戻り、今日夕方の練習ができるかどうか確認するため701に向かった。
701のドアをノックすると、そこから出てきたのは絢人だった。
「亜里沙と明は?」
「隣の部屋で策戦会議さ」
明日の黄薔薇戦について、絢人に俺の希望を伝える。
「俺さ、明日のマジックガンショットで君たちがプログラム組んでくれたショットガン使いたいんだけど、ダメかな」
絢人は何気に驚いたような顔をしたが、良いともダメとも返事をしなかった。
「じゃ、ちょっとだけ向こうに行こう」
絢人は俺の背中を押し702の方に連れて行く。
初めて702の方を見た気がする、たぶん。
ここには仕切があって応接セットが並び、モニターが3台備え付けられ、701とは全く別の部屋になっていた。
亜里沙と明はその中央に座っていた。
「すげっ、お前たち中心人物なの」
亜里沙のパンチが飛んでくる。
「違うわよ、今日の午前は皆試合だったでしょ。だからここに座ってただけ」
「なんでモニター3台もあんの」
「他校の動き見ないといけないからね。ドローン飛ばしてんの」
「上空をドローンが飛ぶにしたって、人の顔まで確認できないだろ」
「こっちの世界じゃ結構開発が進んでてね、リアル世界のカメラワークもどきまで発達してんのよ」
「そうなのか」
明が俺の背中を突く。
「先輩方が来る前に何か聞きたいことあったんじゃないのか」
「そうだそうだ。明日のマジックガンショット、お前たちがチューニングしてくれたショットガンを初めから使ってもいいか?」
2人の顔色が変わる。
「競技の初めから?」
「うん、とっても手に馴染んで撃ちやすいんだ」
また亜里沙が答える側に代わる。
「黄薔薇高校でしょ、相手」
「そうだけど」
「明日は使わないでほしいな」
「なんで」
「あんたを狙った事件が起きやしないか心配してんのよ」
「残り2つだけ使えって?明日は」
「先輩たちのチューニングでも十分勝てるし」
「なんかひっかかるんだよなあ」
「何が」
「どうしてそこまで隠すの?」
「別に隠してるわけじゃないけど。必要になったら使う約束であって。明日は使わなくても勝てる相手よ」
明も亜里沙に同調し、俺の引き留めに加わった。こいつらに言われると、ついつい反論したくなるんだよな。
「そしたら使う暇ないじゃん」
「そのうち嫌でも使う日が来るよ」
「嫌でも使う?なんだそれ」
「なんでもない。今はとにかく支給されたものを使ってくれ。何か不都合があってどうしようも無くなった場合のみ、それを使ってほしい」
やはり、このショットガンを使用することには反対された。
でも、それ以上に使いたい理由をこいつらに示すことはできなかった。
「わかったよ。予備を1丁支給されてるから、ほとんどこれで撃つこと無いと思うけど」
「それが一番平和な状況さ」
ドローンにモニター。
今どきの学校はやることが派手だね。でも、ドローンなら空飛んであっという間に別の会場にも行けるし、上手い方法を考えたものだ。
結局第一の目的は達成できないまま、第2の目的を南園さんに尋ねることにした。
「明日のマジックガンショットまでの間、何処かで練習したいんだけど、空いてるかな」
「すみません、今日の午後から夜までどこも満杯なんです」
「え!そうなの?」
「はい。でも、私が一応押さえている場所があるので、四月一日さんと3人で練習しますか?」
「逍遥は知ってるの」
「はい、ご存じのはずです」
「もしよかったら、その場所、俺にも使わせてください」
「了解です、八朔さん」
「何時からです?」
「午後4時から1時間です。場所は長崎第一高校のグラウンドになります」
「普通高校のグラウンド?」
「はい、この時期魔法競技大会が開催されることは去年から周知済ですし、各校でも応援とかに来てくれるんですよ」
「どこにあるの」
「私と四月一日さんがご案内しますのでご心配なく」
「はあ・・・」
逍遥のことだ、また飛行魔法で移動するのだろう。
歩きや電車よりよほど楽なので、俺としてはありがたい。
「了解です、南園さん、午後3時半、ロビーに集合でいいですか」
「はい、わかりました」
逍遥とサトルは、今頃バスでホテルに到着しているかもしれない。彼らは午後、出場競技は無い。
俺はまずロビーからエントランスに出て、駐車場にある紅薔薇高校用のバスを探した。
バスが見つかったが、誰も乗っていない。
もう2人とも到着しているようだ。
俺は新しいショットガンを使えないもどかしさと、夕方の練習でのパフォーマンスをイメージしながら5階の逍遥の部屋を訪ねた。
ドアを3回ノックする。
シャワーでも浴びているのか、はたまた寝ているのか、応答はなかった。
そのまま廊下を歩き、次にサトルの部屋を訪ねた。
ドアを静かに3回、ノックする。
サトルは今日頑張ったから寝ているかもしれないし。
しかし、こちらの予想に反して、ゆっくりとドアが開いた。そして眠そうな顔のサトルが出てきた。
「悪い、寝てたのか」
「ううん、逍遥も部屋にいるから」
「こいつは好都合だ、俺も入れてくれ」
「どうぞ」
部屋に入ると、逍遥がベッドに横たわりサトルが椅子に座っている。逍遥、ここはお前の部屋じゃ無いだろう。
喉元まで出かかった言葉をごくりと飲み込み、逍遥に声を掛ける。
「南園さんに聞いた。夕方長崎第一高校のグラウンドでマジックガンショットの練習するんだって?」
逍遥は寝ているのか、しばらく返事が返ってこない。
おいおい、寝たいのはサトルだろうが。
眠いなら自室に行けよ。
「逍遥、眠いなら自室に戻ったら」
と、ピョンと飛び起きる逍遥。
「いやごめん、考え事をしていてさ。で、なに」
「サトルが眠そうだから、ベッド譲ったら」
サトルはぶんぶん手を振る。
「僕なら大丈夫。試合で一番動いたのは逍遥だから、疲れもMAXだよ」
「だからこそ、自室で二人とも仮眠とったら」
目を瞬かせて逍遥が俺に迫ってきた。
「で、何」
俺は自分がなぜ逍遥を探していたかもう少しで忘れるところだった。
「ああ、南園さんに聞いたんだ、長崎第一高校での練習の話。午後3時半、下のロビーで待ち合わせ。行くんだろ」
「行くよ。黄薔薇戦前、最後の練習だしね」
「まさか、飛行魔法で行くのか」
「よくわかったね」
「そう思ったよ。サトルはどうする?休んでる?」
「僕も行きたい。向こうで走り込みの練習するから」
「で、サトルは飛行魔法使えるのか」
「高度10000mは無理だけど、10mくらいなら上がれるよ」
「なんで10000mが例えに入るんだよ・・・」
サトルの例えがあまりに極端だったので、俺は思わず吹いてしまった。
「飛行機のとこまで昇るって、ないだろ、普通」
「逍遥なら飛べると思うんだけど」
「はあ?」
逍遥は特に自慢する様子もなく、立ち上がりサトルの冷蔵庫にしまっておいたらしい「逍遥」と書いたドリンクを取ってごくごくと飲みだした。
一気にドリンクを飲み干した逍遥が、俺の前に座り直す。
「非常時には飛ぶよ。今は平時だから100mくらいまでしか飛ばないようにセーフティロックかけてるけど」
目は点々、口はあんぐりという、何とも間抜けな俺の顔。
上には上がいる。
サトルだって技術では俺より何倍も秀でていると思う。
俺はこいつらを見習って猪突猛進とはいわずとも、技を覚え成長しなければ。もう総てに優遇された第3Gの時代は終わったのだから。
昼飯を食べていないという2人と一緒に、俺は1階の食堂へ降りた。
今日はトマトと胡瓜の野菜サンドイッチにスクランブルエッグ、野菜ジュースとスパゲティサラダを取ってゆっくりと食すことにした。
午後1時開始のラナウェイまで、あと3時間以上あるからのんびりできる。
俺が野菜ジュースを飲もうとグラスを手にしたときだった。
久しぶりに、あの視線が俺を襲った。
食い入るような目つきをしているであろう、不気味な視線。
でも、もう慣れたというか、いちいち反応していられないというか。
騒ぐだけ馬鹿らしく感じてたのも正直な気持ちだった。
幽霊騒ぎだけ止めてくれれば、もう睨まれても何でもいい。
睨む理由はじっくりと聞きたいけど。
どうせ、第3Gが気に入らないとかいうんだろう。それにしてみても俺が望んだことではないし、怒るなら俺を引っ張ったとされる沢渡元会長たちに目を向けて欲しい。
無視を決め込んだところ、5分くらいで視線は止んだ。
逍遥は俺の顔つきを見て何かを感じていたようだが、何も語らないでくれた。サトルはそちら方面には疎いらしい。サトルは元々が性善説で生きていると思う。逍遥は、性悪説に基づいて生きていると断言できる。
事実、俺も性悪説で生きているから。幼い頃は人を信じてばかりだったが、高校に入学しこちらに来る過程で、それはまやかしだと心の底から気付いた。
まやかしの話は後でたっぷりと聞かせてあげたいけど、たぶん、一晩眠ったらまやかしが何だったのかさえ忘れてると思う。
ごめん。
とにかく、視線は無視すると決めサンドイッチにかぶりつく俺。
食事にも集中したいのだが、5分も睨まれていたのでそれは叶わなかった。最後にやっと視線を外され、スパゲティサラダだけはとてもいい気分になり、サラダも美味しく感じた。
食事は楽しんだ方がいい。集中して食べれば、栄養になる。
さて。
午前11時までゆっくりと昼食を楽しんだ俺たち3人だったが、逍遥とサトルが着替えるため5階に上がり、俺はロビーに向かった。逍遥は前回の白薔薇戦同様、炎症を起こさないよう肩を冷やしていたから制服に着替えていなかった。サトルも肩こそ冷やしていなかったものの、体中の傷に対し、自己修復魔法をかけて傷を治してから制服を着るのだと自室に上がっていく。
へえ、サトルは自己修復魔法を熟せるらしい。
教えてもらおうっと。
実は・・・逍遥の教え方は具体性に欠けるという欠点がある。
サトルはとても丁寧に教えてくれる。俺以外の2人ができる魔法なら、逍遥には申し訳ないがサトルに教えて欲しいと願うのだ。
午前11時半。ロビーに逍遥とサトルが連れだって現れた。
「やあ、海斗。お待たせ」
「身体の調子はどう?疲れてない?」
と言っては見たものの、2人とも自己修復魔法をかけているのだろうから、疲れもとれているだろう。
そう考えている俺の表情を読みとったかのように逍遥が口を挟む。
「自己修復魔法は、傷には効くけど疲れそのものをとってくれるわけじゃないんだ。だから僕もサトルもある程度の疲れは残っているよ、ね?サトル」
「うん、30分無我夢中で走り通したから、足にはキテる」
少なからず驚いた。亜里沙じゃあるまいに、逍遥も読心術が使えるのか?
「僕は読心術までは無理だよ。キミが何をどう考えているか論理立てて、言葉を選んでるだけ。でも、当たらずとも遠からず、だろ?」
「いやあ、読心術まで使えるのかと思ってびっくりしたよ」
「そこまでいけたら本物なんだけどなあ」
本物、か。亜里沙と明は本物というわけだ。亜里沙に出来て明にできないわけがない。
俺たち3人は薔薇大学グラウンドを目指し歩き始めた。
黄薔薇高校の生徒達と一緒になった。
黄薔薇高校の生徒たちはとても礼儀正しく、譲り合いの精神を弁えていた。
サトルは礼儀正しい所作を知っており、向こうとのやりとりも堂に入るものだ。
逍遥はと言えば、相変わらず飄々としたもので、一連の所作をさらっと熟して一番前を歩いていた。
俺なんぞ、サトルを真似るのだがどうも何かが違う。顔が真っ赤になってしまった。
黄薔薇の連中を追い越して歩く道すがら、サトルに所作を教わるのだが、どうも脳に蓄積されない。地図や人の顔なら3D状態で脳に蓄積されていくんだが。
どうも、俺の苦手分野らしい。
俺もサトルも、お互いの顔を見てふふふと笑い、諦めた。所作はサトルを見て覚えることにした。
そんなことがあったので、薔薇大学のグラウンドまではあっという間だった。
ベンチには、勅使河原先輩と定禅寺先輩、そして譲司がスタンバイしている。グラウンドの両端から選手が大学の構内に出て、そこをテリトリーとしてラナウェイの競技が行われる。
ドローンを飛ばして大型モニターに映った選手を声の限り応援する俺たち。
譲司は2戦目なので、緊張も解れてきたことだろう。
両者がグラウンド端に着いたらしい。
号砲がグラウンド中に鳴り響く。
俺たちは、応援席をモニター寄りに変えながら、大型モニターを凝視した。
今回の黄薔薇戦は、紅薔薇高の策戦勝ちというところか。
勅使河原先輩と定禅寺先輩が囮になり、建物の陰に隠れながら中央に寄っていく。一番外側にいた譲司が次々と背中を見せている相手を倒し、号砲が鳴り響いた。
30分もかからない短時間3-0で、紅薔薇高校は完全勝利をものにした。
勝ち点3、合計勝ち点18。ダントツで突っ走っている紅薔薇高校。
明日のマジックガンショットやプラチナチェイスについても、紅薔薇の優位は動かないとみてよさそうだ。
その日、一旦ホテルに戻った俺は、部屋で一回シャワーを浴びるとジャージに着替えた。今は午後2時。ロビーに降りるにはまだ早い。今日はもう黄薔薇戦への出番はないから、サトルの部屋は空いているはず。
いつものように軽くノックしてサトルが出てくるのを待つ。
「はーい」
よし、サトルの声だ。
「俺、海斗。下に降りるのまだ早いからさ」
「いいよ、1人でいるより愉しいし」
「助かったー。3時前まで置いてくれ」
俺はアシストボールで先輩たちが唸っていたことを知らせようと思った部分もある。
「サトル、アシストボールの守備、完璧だったな」
「いやー、出し抜かれた部分も何度かあって、悔しくてさ」
「それでも先輩方、唸ってたぞ」
「海斗、犬やオオカミじゃないんだから」
「いや、あれは唸ってるとしか形容できない表現だ。ところで逍遥は来てないの」
「逍遥は701に呼ばれたみたい」
「明日の策戦か」
俺は時計の針が午後3時を示す頃、サトルに礼を言って1階のロビーに降りた。
俺のジャージ姿は決してカッコいい方ではないが、紅薔薇高のユニフォームは、なにより、目立つ。
その恰好のまま練習するなんて俺には無理。
「紅薔薇でーす、よろしくねー」
なんて言っていそうで。
だから普通のジャージを着ている。
俺が椅子を探していると、青薔薇高校とすぐ分かるユニフォームを着た男子が3名ほど踏ん反り返って椅子に座り、テーブルの上に脚を載せていた。
こ。怖い。
でもロビーの椅子はそこにしかない。
仕方なく、俺は青薔薇の連中が見えない位置まで移動し、待ち合わせ時間まで立つことにした。
午後3時30分になるかと言う頃、南園さんが走ってきた。ああ、胸を見るとときめくのがばれるので、歩いて下さい。それと前後して逍遥がゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。
ところがその時、走ってきた南園さんの足を引っ掛け、転ばそうとした不遜な輩がいた。さきほどの青薔薇高校の生徒だ。
前のめりになって体制を崩す南園さん。
さすがに彼女も怒りを覚えたのだろう。
言って分る人間たちではなさそうだ。どうする?
南園さんは、すっと右手を青薔薇高校の奴等に向けた。
口は閉じられ、頭と足下から冷気が噴き出てやつら個々を覆っていく。
これでもう、減らず口も叩けまい。
魔法を使うのは、決して良い解決方法とは言えまい。が、しかし。たとえそうだとしても、悪いのは向こうだ。
思い出した。
俺の部屋が寮といわれたあの日。
いや、次の日だったかな。
亜里沙が迎えに来て、紅薔薇に行かないと駄々をこねたら、冷気が俺を包んだことがあった。てっきり沢渡元会長かと思っていたのだが、あれはたぶん、南園さんの仕業。
あんな事もあったよな、遥か昔に感じる。まだ3ケ月しか経っていないのに。
と、青薔薇高校の生徒は逆切れして、高校生が使ってはいけないとされる魔法で妖獣を召喚した。
南園さん、ピンチ!!
そこに横から躍り出たのが逍遥だった。
「キミたちは練習場に行ってて」
南園さんが俺の腕を引っ張る。
「ここにいても邪魔になるだけです。行きましょう」
俺としては、逍遥がどんな風に戦うのか見たかったんだけど・・・。
それもまた、悪趣味なのだろうか。
俺は後ろを振り向くこともなく、南園さんに引っ張られてそこから逃げ出した。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
南園さんは長崎第一高校に行く前に、701に走った。
光里会長や沢渡元会長に現状を報告するためだろう。
青薔薇高校の妖獣召喚魔法を聞いた生徒会役員。
その名を聞いた瞬間、役員室から飛び出したのは亜里沙と明だった。その後を南園さんが追う。
「海斗!あんたも行くわよ!」
え、亜里沙。そんなこと言ったって俺、防御魔法知らないんだけど。
しかし、逍遥ひとりにあの連中を任せておくこともできない。
EVに乗った亜里沙が宿泊階ボタンに右手を翳すと、EVは瞬時に1階についていた。たぶん、これも魔法の一種なのだろう。亜里沙にモノを尋ねても応えてくれそうなシチュエーションではない。個人的には魔法を教えてもらえなくて残念だが、致し方あるまい。・・・あ、これが移動魔法か。国分くんの得意魔法。
と、現状を直視しろ。俺。
EVから飛び出した俺たちはロビー周辺に急いだ。
逍遥は、妖獣と相対するものの微動だにせず、青薔薇の生徒たちはへらへらと笑いながら召喚した妖獣と逍遥の対峙を遠巻きに見ている。
そこに走っていったのが亜里沙だった。
いつにも増して表情が硬い亜里沙は、妖獣と逍遥の間に制服のまま足から滑り込んだ。
「四月一日くん、海斗たちと練習会場に行きなさい」
「先輩、大丈夫ですか」
「先輩は余計」
なぜか、正体がわかってからの亜里沙は声が低い。
明も同じようなモノだったが。
亜里沙が青薔薇高校の生徒に向け、最後通牒とも取れる言葉を発した。
「貴方たちもこれを仕舞って部屋に戻りなさい」
「えー、紅薔薇さんならこんな貧相な妖獣くらいささっと片付けるんじゃないの」
亜里沙は呆れ果てて、ふぅ、と小さく息を吐きだした。
「あたしらがそれ倒せば、貴方たちの肉体にも害が及ぶわよ、それでもいいの?」
「お前のような下っ端が来たところでこの妖獣は倒せない。生徒会長でも呼んで来いよ」
明は大きく溜息を吐く。
「亜里沙、ここは俺が」
「そうね、明。久々にあんたに任せるとするか」
明が両手を組んで2本の人さしと中指を揃えた。
すると妖獣は砂の城のごとく徐々にその姿は見えなくなっていく。代わりに、青薔薇高校の生徒たちは息苦しさを訴えてその場に倒れ込んだ。
「だから貴方たちの肉体にも害が及ぶわよ、って注意したのに」
亜里沙は、ほら見たことかといった表情で、フロントのお姉さん方を探しに行く。
明はといえば、俺たち3人(逍遥、俺、南園さん)の前に立ち、念を押した。
「今見たことはスルーしてくれ。誰にも話さないように。特に海斗」
一番初めに名指しされた俺。
「俺ってそんなに口軽いかな」
「こっちに来てから口軽くなったのは確か。さ、このまま長崎一高で練習してほしい。くれぐれも、俺の発した魔法を真似しないように」
「簡単そうだったけどな」
俺の独り言。どうも明が話すと一々反応しないと気が済まない事に気が付いたが、もう遅い。
逍遥は俺の頭に拳骨を落すと明に深く頭を下げ、俺の腕を引っ張る。
「承知しました。これから長崎一高に行ってまいります」
南園さんと逍遥と一緒にホテル玄関を出た俺たちは、角を一本曲がった場所で立ち止まった。
逍遥が何も言わず飛行魔法の体勢に入った。
南園さんも同時にバングルを付けた。
時間が相当押してしまったから、1回15分と仮定しても、2本しか練習できそうにない。
俺も飛行魔法の体勢に入り、3人で宙に舞いあがった。
「2人とも10mくらい上がって、足下に四角を書いて。そして×印を加えて書くんだ」
南園さんはすぐに10m浮き上がった。運動神経、いいよなあ。
俺も負けじと同じくらい浮き上がるのだが、今日は何故か身体が重い。
「2人とも最初に行ってて」
しかし、俺は長崎一高の場所を知らない。なんかいい方法がないものか。
「現地まで道標残してくれるか?一高の上で花火でもしてもらえれば、それを頼りに行くよ。今日は身体が重いんだ」
逍遥が急に顔を強張らせた。
「何か変な物食べなかった?誰かからもらったドリンク飲まなかった?」
「いや、まったく身に覚えがない」
「魔法力が落ちてるんだよ、君の」
「理由になりそうな行動もしてないつもりだけど」
「じゃあ、なんだろう。どこかで式神にでもつけられたかな」
俺の目の前が暗くなる。逍遥が段々と迫ってくるのだ。
すると南園さんが逍遥を押しのけて俺の前に立った。
「八朔さんは今日練習しなくていいと思います。明日に備えて体調を管理しないと」
逍遥も、何度となく頷いている。
「今日の練習で成績悪かったら明日まで負の感情が持ちこされてしまうからね」
南園さんは、空中浮遊しながら俺の手を強く握った。
「そうです。こういった試合の場合、負の感情が一番始末に負えません」
逍遥は南園さんを見て豪快に笑う。
「海斗は僕と南園さんの射撃を自分の射撃としてイメージして。そうすれば間違いなく、10分前後でフィニッシュ可能だから」
そんなにすんなり行くものか?
でも、俺に合わせて浮遊していたのでは練習時間が過ぎてしまう。
「わかったよ、自分のペースで長崎一高まで行くから、2人は最初に行って練習してて」
逍遥と南園さんは、猛スピードで去っていった。
一高までの道のりがわからず俺は途方に暮れていたが、遠くで何度か花火のような閃光が走るのを目撃した。
ああ、あそこに違いない。
逍遥が居場所を教えてくれている。
少し遠くではあったが、重い身体を騙し騙し閃光が走った場所目掛けて浮遊する。
俺は腕時計をしない主義なので、今が何時なのかもわからない。でも、少しぐらいは2人の練習を見て良いイメージを蓄えなければ。
それにしても、どうして今日に限って身体が重いのだろう。
逍遥に話した通り、体調が変化するようなことは一切していない、つもりだ。朝ご飯を食べなかっただけで、こんなに体力が落ちるか?
いや、寮にいるときはいつも食べてないけどこんなに体調が悪くなったことはない。
15分後、やっと俺は長崎一高のグラウンドの真上に着いた。
ちょっとふらつきながら地面に降りる。
逍遥と南園さんは立て続けに出てくるレギュラー魔法陣をこれでもか、という勢いで撃ち落としていた。
それを見ながら、明日の俺の射撃シーンをイメージする。
逍遥の姿勢と南園さんの射撃角度。
今に始まったことではないが、あらためて見ていくとどちらも凄く参考になる。
俺はグラウンドの端から2人の射撃を見落とすまいとしていた。
上限100個の射撃時間が二人とも10分台。
俺が自分の目標としてイメージしていた速さだ。
たぶん、明日のマジックガンショットでは俺が足を引っ張る分、2人の射撃スピードはもっと上がるだろう。
負けることをイメージしてはいけない。
「やあ、着たね」
逍遥がグラウンドの端まで歩いてきた。
「あと1回やりたかったけど、青薔薇高校のバカに時間盗られちゃったな」
南園さんも逍遥の隣に立つ。
「仕方ありません。光里会長と沢渡元会長が青薔薇高校の生徒会に厳重に抗議しているはずです。私たちは試合に出るのみですから」
「まったく・・・。ここにきて海斗の調子までおかしくなるし」
「八朔さんの様子は、山桜さんに見せてはどうでしょう」
「そうだね、それが一番早いかも」
2人の会話についていけず鼻の下を指で何度もこすっていると、急に逍遥が俺の方に顔を向ける。
「帰ろうか、海斗。南園さんには先に生徒会役員室に行って事の次第を報告してもらう。僕たちはゆっくり帰ればいい」
「そうですね、私が最初に戻って報告します。飛行魔法の調子が悪いことも話しておきますので」
「サンキュー、気を付けて」
俺とまともに話もしないまま、南園さんは飛行魔法でホテルに戻っていった。
「僕らも帰ろう」
逍遥はゆらりと宙に浮き、俺にも浮くように指示する。
やはり、身体は重かった。飛行魔法だけか?果たして、他の魔法に影響はないのだろうか。
これなら、上杉先輩が出場した方がいいのではないか、という素朴な疑問が俺の中に渦巻く。
「なあ、逍遥・・・」
「ストップ」
逍遥は俺の口に手を当てる。
「上杉先輩は、メンタルが原因で今大会には出られない。僕たちが出場するしか方法はないんだ」
そうだったのか。では、方法は限られてくる。
「今日2人の射撃を見てたから、イメージとしては最強だよ。あとは、どうして飛行魔法が上手くいかないか、それだけ」
「海斗の他の魔法が使えるどうか試したいね」
「うん、部屋ん中なら透視や離話があるね、あとは、ラナウェイの時に使った魔法」
「海斗の場合、建物の陰にいる人間が見通せるんだっけ」
「そう。今大会はラナウェイでないからあまり関係ないけど」
「ホントは長崎一高で撃たせたかったけど、万が一あったら君のことだ、直ぐに落ち込むからねえ」
「そんなに自己肯定感低いかな」
「低い。自己愛は普通かなって思うけど」
「逍遥は?」
「自己肯定感も自己愛も高いよ。スーパー高校生だ」
「自分で言うか?」
「誰も言ってくれないからね」
笑いながら俺と逍遥はゆっくりと空に飛びだした。
逍遥が、この辺の街並みに手を翳してみろと言う。言われるままに、俺は口笛を吹いて右手を街の街路樹に向かって当てた。
街路樹が、風に揺られながらキラキラと輝く。
輝く木々を見ながら、逍遥は機嫌が良いといった顔つきで微笑む。
「へえ、こんな使い方もあるんだ」
俺はちょっと鼻を高くした。この魔法はどうやら人々が満足になる程度までは使えるようだ。
あとは、透視と離話。
サトルの部屋に右手を向けて、サトルを呼び出す。
「サトル、いるか?サトル」
もしかしたら、離話も使えなくなっているのかもしれない。ただ、サトルの部屋の中だけはハッキリと見えた。たぶん、ホテルからは4~5キロ離れていると思う。
「部屋の中だけは見えるけど、離話ができないようだ」
「そうか、じゃ、僕もサトルを呼び出してみるとするか」
逍遥が透視しながらサトルに呼びかけていた。
やはり、返事はないらしい。
「シャワーでも浴びてるんじゃないか。2人ともつながらないなんて、有り得ない」
逍遥のこの自信はどこからくるんだろう。
俺は少し可笑しくて、ケラケラと笑ってしまった。
顔を赤らめながら逍遥が言い訳チックに両腕をぶるんぶるんと振っている。
「何がおかしいもんか。2人もサトルに連絡がつかないなんて、異常事態に匹敵するよ」
「そうか?でもまあ、君でも呼び出せないのなら、俺の離話が使えないかどうか今は判断できないわけだ」
「海斗、俺は先に行くよ。君が帰ったら、2人でサトルの部屋に直行しよう」
逍遥は飛行魔法の速度を上げる。
俺もそうしたかったが、やはり身体が重く感じられ前に進めない。
別に頭が痛いとか腹が痛いとか、病気の兆候もないのにどうして飛行魔法だけ使えないのか。バングルをしないとやはりダメか。
バングルはホテル自室のリュックの中に無造作に仕舞ってあるはずだ。今日の夜にでも、ホテル近くで実験してみよう。
時に下に落ちてしまいそうになる身体を重力に逆らいながら上向かせ、俺はホテルを目指した。ここで降りる訳にはいかない。降りたらその時点で迷子になってしまう。
前進したり立ち止まったりを繰り返しながら、ホテルまであと少し。この「あと少し」という距離感が非常にもどかしい。
その時、男性の声で離話が入った。
「海斗、大丈夫か」
明の声が鮮明に聞こえる。
「おお、明。あと少しでホテル前に着くよ」
「着いたらすぐに701に来てくれ。こちらで診たいことがあるから」
「了解」
俺はもどかしさを募らせつつ、ホテルへと飛行していった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
やっとホテル前に着いた。
ゆっくりと時間を掛けて地面に降りる。
飛行時間、通常なら10分のところ、帰りは30分。
だいぶ飛行能力が落ちている。
ロビーに入ると、いつも以上に人影はまばらだった。
俺は来客用EVを使い701の部屋に急ぐ。なんだか、空中から降りたにも関わらず、身体そのものも重く感じる。
明の声が結構遠くまでとおるから亜里沙が離話しなかったのかもしれないが、いつもうるさい亜里沙が連絡を寄越さないのはちょっぴり驚きで、不安だった。
「失礼します」
俺はいつもより丁寧にドアをノックした。
しばらくすると南園さんの声がして、ドアが開いた。
「どうぞ」
今日は702まで開け放し、広い間取りとなっている。ああ、ドローンの大型モニターで試合を観ていたのか。
応接椅子に座っていたのは、沢渡元会長、光里会長、麻田部長、譲司、南園さん、そして亜里沙に明。
沢渡元会長が立ち上がって俺の名を呼んだ。
「八朔、こちらへ来い」
「はい」
少なからず緊張しながらも応接セットの方に足を進める。まだ、身体は重かった。
「ちょっと身体を見させてくれ」
沢渡元会長の言葉が早かったか、亜里沙や明が立ち上がったのが早かったか。
俺の隣に立ち、ジャージの上を脱げと言う亜里沙。
こんな場所で?と恥ずかしく思う俺に話す時間すら与えず、俺は上衣を脱がされTシャツ姿になった。
亜里沙は上衣を丁寧に観察し始めた。
「やっぱりね」
亜里沙の前だとどうしても言葉が汚くなる。
「なんかあったのか」
「式神よ」
「式神?逍遥が言ってたな」
明も俺の身体を前にして、身体検査でもするように色々と見回し叩いた。
「四月一日くんも気付いてたのか」
「なんのことだ?」
「呪詛だよ」
「なんだ、それ」
「平たくいえば、呪いさ」
室内は騒然となった。
明日黄薔薇戦に先発する生徒が呪詛を受けた。
それだけでも十分抗議に値する。抗議する相手が見つからないというお粗末さはあるものの、事態は急を要するものだ。
騒然とした空気がなお漂う中、亜里沙が俺の肩に手を掛けた。
「まず、この呪詛を祓わないとね」
亜里沙は部屋の片隅にあった箱から大きな数珠を取り出すと、静かに手を合わせた。
何秒ほど手を合わせていただろうか。
次に、俺の前に立ち、呪文のように九つの字を呟き始めた。そして人さし指と中指を合わせて手刀をつくり、呟く度、空中に縦横に四縦五横の格子を描いた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
見事なモノだった。どうしてかわからないけど、俺の身体からみるみる重さが消えていく。
まったくもって、すっかり元気になった俺は、亜里沙に聞いた。
「何をしたんだ?」
「『破邪の法』って呼ばれる九字を切ったの」
「呪文?」
「みたいなものね」
亜里沙は真面目な顔を崩さず俺に指示する。
「明日、デバイスには注意して撃ってよ」
「普通のデバイスは2丁あるよ。でも取り替えるとなると、その分時間かかるな」
そう、時間にロスが生じるのだ。
亜里沙はあっけらかんとした表情で平然と言ってのける。
「初めから両手撃ちしたらいいじゃない」
「無理だよ、今まで練習したことないし」
「そうなの?今からじゃ無理か。これからは次の試合に向けて両手撃ちの練習しないと」
「明日しか出ないんじゃないの、俺」
「上杉くんの調子次第ではこれからのマジックガンショット出ずっぱりよ」
そうだった、逍遥も言っていた。
上杉先輩がメンタルやられてるって。
でも、調子が良くなったら俺の出番はないはずだし、上杉先輩のほかのメンバーは逍遥と南園さんなんだから、メンタルも何も心配ないと思うんだが。
俺は、呪詛とあの視線が同一人物なのかについても考えていた。
読心術で俺の考えを知ったのか、逍遥のように論理立てて推察した結果、言葉を選ぶ余裕ができたのか。明は俺の考えを全否定する。
「海斗、お前は今後もすべて出場するつもりでいてほしい。それから、呪詛を働いた犯人を探すことのないように」
亜里沙も同意したように、再び俺の肩に右手を乗せ一度だけ小さく頷いた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
その夜は1人でパンと野菜ジュースだけという少なめの夕食を摂り、ショットガンの手入れと長めの睡眠を心掛けた。
身体はもう軽く感じていたし、部屋に置きっぱなしだったデバイスは見ただけではどこも故障しているようには見えない。701にデバイスを持ち込み亜里沙と明に見せたが、今のところは大丈夫だろうという心許無い返事しか返ってこない。
今のところ?
奇妙だ。少なくとも亜里沙は白黒はっきりさせたがる性格なのに。
念押しすると、一定の時間が経過すると現在の状態を変化させる魔法があるというのだが、そこまでは発見できないという。
といって、その魔法が掛けられていないとは限らない、という言い分だ。
亜里沙たちをもってしても見つけることの出来ない高等魔法。
もし、もしそんな魔法を使える人間がいたとしたら、よほどの手練れに違いない。
その上に、魔法が関係していると仮定しての話ではあるものの、俺のデバイスに魔法を行使している者がいたとして、それが紅薔薇生とは限らない。
何らかの方法で712に入れさえすれば済む話だ。
亜里沙が俺の顔を見てデコピンの準備をしてる。
「海斗、もう何も考えないで今晩は休みなさい」
701を離れ自分の部屋に戻った俺は、今晩も中々寝付けなかった。
今の時間、逍遥なら起きているだろうか、明日の午後はプラチナチェイスの試合があるが。
サトルはもう試合がないけど、今頃疲れ果てて寝ていることだろう。
俺はどちらかが起きていれば7階から5階に降りてみようかと、透視を始めた。
まず、逍遥の部屋。
机に向かって何か考えながらデバイスを磨いている。
というのも、しばし手が止る時があるので考え事をしていると分る。
「逍遥、逍遥」
逍遥はすぐに俺だと気が付いたようだった。
「海斗、まだ寝てなかったのかい」
「うん、逍遥と別れてから701に行って、色々わかったんだ」
「そう。やっぱり呪詛だったか。祓ってもらった?」
「ああ、身体も軽くなった。デバイスも持ち込んで見てもらったけど今一つ色よい返事じゃなくて。でもデバイスは通常の物使えって」
俺は、亜里沙たちでも見つけられない高等魔法が隠れている可能性はあるかもしれないが、最初から秘密兵器デバイスを使うのは禁止されたことを話した。
ついでに、最初から両手撃ちするようアドバイスを受けたことも。
逍遥は笑った、いや、作った笑顔なのがよく解る。
何かヤバイこと言っただろうか。
逍遥はたまにすごく冷たくなる時がある。たぶん、今もそう。
早々に切り上げるか。
俺は就寝の挨拶をして離話を止めた。
時間は9時。もう少し起きていたい気はするが、デバイスやシューズも手入れをしたし、何もすることはない。
ああ、ストレッチしよう。いくらか身体に負荷をかけて少しずつ身体を伸ばす。
そしてまた、エアコンを掛けながら布団にくるまった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
明朝は午前5時に目が覚めた。
腹持ちということを考えても、今日は午前6時半までに朝ご飯を済ましておかなければ。
ジョギングにでも行こうかと思ったが、時間が足りない。
仕方ないので、部屋でストレッチをして身体を解すしか手はない。
ストレッチのあと、時間をかけてシャワーを浴びユニフォームに着替えて、逍遥に離話する。
「おはよう、逍遥」
「やあ、海斗。やっと起きたね」
「失礼な。朝の5時には起きてたよ。もう1階に降りる準備もできてる」
「そうかい。僕も今準備が整ったところだから、5階に降りておいでよ」
「サトルは一緒のバスに乗れないから、今日は別行動か」
そのときサトルが離話に交じってきた。
「おはよう、逍遥、海斗。僕も食堂には一緒に行けるよ、その後は別行動でどう?」
こういうとき、逍遥の判断力はとてもスピーディーだ。
「じゃ、2人とも507まで来てくれ。サトル、自分の分だけドリンク持ってくれよ」
ブラックジョークか本気なのか、逍遥の考えが読めない。
俺は黙って離話を切り、リュックにデバイス3丁とドリンク類を入れて部屋を出る。
もちろん、部屋を出る前にドリンク類を開けた跡があるかどうか念入りに調べた。
712に誰かが入っている可能性は皆無とは言えないから。
507の逍遥の部屋に行きドアをノックすると、サトルがドアを開けてくれた。
「おはよう、海斗」
「おはよう。皆揃ったな、1階に行くか」
逍遥の部屋の時計を見ると、時間はもう午前6時30分。
俺たちは部屋を出て逍遥が厳重に鍵を掛け、3人で食堂に急ぐ。
食堂はマジックガンショットに出場する各校の選手でごった返していた。
俺たちもてんでんに分れ、トレイに好きな料理を皿に盛っていく。
えっ?てんでんの意味が分からないって?
てんでんにとは、別々に、という方言らしい。仙台や京都でもそういった方言があると聞いた。岩手にも似た言葉があるはずなんだが。
いやいや。今はそういうことより、試合に備えた話をしよう。
俺は今日、野菜ジュースとポテトサラダだけ。食べるのも面倒だし、何より胃腸の調子を整えたい。
逍遥やサトルはしっかりと和食をチョイスしている。
2人に比べたら、俺の皿がいかに貧相に見えることか。
それでも、俺の胃腸はこれしか要求していない。
「相変わらず海斗のトレイは軽いなあ」
逍遥が何と言おうが、試合の日だけは胃腸を壊したくないからこれでいい。
午前7時までに、3人とも食事を摂り終えた。
バスがホテルから出発するのは午前7時20分。午前7時30分からは、会場で少し練習ができることになっている。
バスも出発の準備ができているようだ。ドライバーさんが運転席に座っている。
サトルとロビーで別れて、俺と逍遥はドライバーさんに朝の挨拶をしながらバスに乗り込んだ。
南園さんがバスに向かって歩いてくるのが見えた。食堂では見なかったが、もう食事を摂ったんだろうか。女子は色々とめかしこむから、早めに朝食を摂ったかもしれない。
俺たちの席の前で立ち止まり椅子に腰かける南園さん。
「おはよう、南園さん」
「おはようございます」
「モノは相談なんだけど」
「どうしました?」
「今日の先手、海斗にしない?」
「昨夜の策戦会議では最後と決めていたのですが」
「海斗の出来を見てから自分の射撃スピードを決めたいんだ」
「そうですか、では、生徒会役員の先輩方に聞いてみます」
南園さんは目を瞑ってホテルの方に右手を翳した。
しばらくの間、俺と逍遥は何も話さず南園さんを見つめていた。
3分くらい、そうしていただろうか。
俺には結構長く感じたのだが。
ふっと目を開けた南園さんが逍遥に目をロックして、告げる。
「了承されました。私、八朔さん、四月一日さんの順でいかがでしょう」
「それは一番有難い順番だ。あとで生徒会の皆さんによろしく伝えてください」
「思い切り、撃ってこいとの指示がありました。八朔さん、よろしくお願いします」
俺が緊張してしまわないようにとの逍遥の心配り。
もし俺が練習通りの結果を残せなかった場合、自分が射撃スピードを上げる算段なのだ。
デバイスのこともあるし、俺は爆弾を抱えて試合に臨むようなものだったから。
俺たちが話し終えた頃バスが出発し、10分ほどで薔薇大学のグラウンドに着いた。
「さ、行きましょう」
南園さんがくるりと後ろを振り向いて、にこやかに微笑む。
俺の薔薇6戦、開始。
練習では秘密のデバイスは使わなかった。手持ちの2台を両手に持ち、残りの秘密兵器は腰にぶら下げてある。
万が一デバイスの片方がダメでも、すぐ左手から右手にデバイスを持ちかえられるように。
全日本の試合から2か月。少々試合勘が鈍っていたので最初は緊張してしまったが、すぐにその緊張は解けた。
手持ちのデバイスでも、練習で上限100個を10分台後半でマークできたからだ。
昨日のイメージトレーニングが効いたらしい。
姿勢を真っ直ぐに保ち指先に力を込める。たったそれだけなのだが、射撃スピードはものの見事に上がっていた。
相手は黄薔薇高校。
今までの試合を観る限り、黄薔薇高校は恐れるに足らず。
自らの記録を伸ばすことだけを考えさえすれば、自然と結果はついてくる。
競技開始の午前8時が近づいた。
南園さんがグラウンド中央に歩いていく。
俺と逍遥はベンチに座っていた。ベンチには絢人も座っている。デバイスの関係で俺に指示を与える為だと気付いた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が辺り一帯に轟き、試合が始まった。
先攻は紅薔薇高校。
南園さんの射撃は以前よりも正確さを増し、上限100個を10分台ジャストくらいのスピードで撃ち終えた。
汗さえも掻いていないような余裕。クールな横顔で息を整えながらベンチに戻ってくる南園さん。
グラウンド内の大型モニターに表示された数字。
上限100個を撃ち落とすのにかかった時間は10分ジャスト。
紅薔薇高校の応援席から、外野の南園ファンから、拍手が巻き起こる。
少しだけ気が楽になった。
俺に何かアクシデントがあっても、次には逍遥が控えている。
よし。心の準備は整った。
南園さんとハイタッチをして、デバイスを両手に持ちグラウンド中央に進む。
「On your mark.」
「Get it – Set」
またも鳴り響く号砲。
俺の心臓の音もドクン、ドクンと波打っているのが聞こえるような気がした。
マズイ、心臓の鼓動に気を取られ、一歩出遅れた。
レギュラー魔法陣を見切って右手で撃ち続ける。
撃っても撃っても、なお出続ける魔法陣。
もう100回は出ているのではないかと錯覚さえ起こる。
しかし、これらが全部消えるまで俺は撃ち続けなければいけない。
と。
右手に持ったショットガンが異変を起こし、狙いが定まらなくなった。レギュラー魔法陣に狙いをつけているはずなのに、レギュラー魔法陣を素通りして宙に消える。
やはり何か細工がされてあったのか、それともたまたま調子が悪くなっただけなのか。
いや、そんなことを考えている暇は無い。
俺はすぐさま左手に持っていたデバイスを右手に持ち替え、魔法陣を探し出した。
時間のロスは最小限にと思ってはいたが、魔法陣から目を離し両手を見たことで、ロスがどれくらいだったのか自分では把握しきれない。とにかくレギュラー魔法陣を撃ち続けるしかない。
今、開始してから何分経ったのだろうか。
魔法陣を見切る術は心得ていたし、姿勢も逍遥をイメージし発射スピードですら南園さんを真似していたから、上限100個はもうすぐ出尽くすと思われた。
必死にレギュラー魔法陣を探していると、急に辺りが明るくなり、魔法陣そのものが全て消え去った。
ああ、終わった。
時間だけが気になった。
上限100個、何分で撃ち落としたのだろう。
グラウンドにある大型モニターを見ると、11分後半と出た。上限100個、11分後半で撃ち落とすことができた。
これまでの俺のパーソナル・ベスト。
途中でアクシデントが起こったわりにはスピードが追いついていた。
一安心といったところか。
ふと気が付くと、俺は全身汗びっしょりだった。
汗を右手で拭いながらベンチに向かう。
ギャラリーから、拍手や罵倒する声などが入り混じって聞こえてくる。
仕方がない。
アクシデントが何によるものかわからない以上、俺にも責任はある。上杉先輩のように9分台で立ち回れないから罵倒も何もかも受け入れなくてはならない。
ベンチでは逍遥が最終射撃者として準備を始めていた。グラウンドへ向かっていく逍遥。入れ違いに「お疲れ」とひと言だけが俺の耳に届く。怒っているわけではないのは知っているが、もっとこう、もうひと言でいいから何かプラスの言葉が聞きたかったぞ。
南園さんがハイタッチを求めてきて、俺はそれに応じた。
「おめでとうございます、なかなかいいタイムでしたね」
「途中でデバイスがおかしくなったから焦っちゃって」
すると南園さんは突然黙り込んで絢人の方に助けを求めるような目で訴えかける。
すぐに絢人がベンチを移動して俺の前に立った。
「どうしたの」
「途中で狙いが定まらなくなって。魔法陣に合わせられなくなった」
「見せて、デバイス」
「こっちがダメになったやつ」
異変を起こしたショットガンを見せると、絢人は右手を翳していたが、ショットガンそのものが赤くパチパチと光を帯びた。
「やっぱり」
「デバイスそのものが悪かったのか?」
「そうだね、君、このデバイス部屋に置きっぱなしだったろ」
「実はそうなんだ」
「誰かが部屋に入って直接魔法をかけたか、間接的に呪詛をかけるかしたんだね」
「また呪詛か」
「まったく、嫌われたものだねえ」
「相手が分らないから困るんだよ。わかっていれば止めさせてるさ」
「そうだね、このデバイスは預かっていくよ」
「おう、お願いするわ」
逍遥の試合を応援することなく、絢人はグラウンドを去った。
「On your mark.」
「Get it – Set」
再び鳴り響く号砲。
逍遥の射撃スピードは、いつものそれとは違っていた。
まっすぐに背を伸ばし魔法陣も確認せずに右手だけで撃っているように見えた。
なのに、総てがレギュラー魔法陣に当たっている。
たぶん、8分台くらいで撃っていると思われた。
俺のミスを庇うような逍遥の動きで、どんどん魔法陣は消えていく。
上限100個を軽々と打破し、逍遥の射撃はすぐに終わった。
息も上がらず平静を保ったままベンチに戻ってくる逍遥。
8分台ですら、逍遥の本気ではないということか。
逍遥が上限100個を撃ち落とすまでに一体何分かかったのか。
大型モニターに映し出される速さ。
なんと、観客は7分台後半という驚異的な数字を見ることになった。
黄薔薇高校の応援団からは悔しさの混じったため息が漏れるとともに、紅薔薇の応援席や魔法大学の学生、純粋に試合を観戦に来た人からは、弾け飛ぶような歓声が上がった。
後攻としてグラウンドに出たのは黄薔薇高校。
全員が上限100個を11分台後半で撃ち抜くという凄い成績を残したが、紅薔薇の驚異的な数字を破ることは叶わなかった。
紅薔薇高校勝利。
勝ち点3。累積勝ち点21となった。
午後からは、プラチナチェイスが行われる。
逍遥は今日も丸一日の出場となる。
バスでホテルに着いてからもすぐに701に駆り出され、策戦会議があると言って姿を消した。
その代りサトルが俺のところに来て、労いの言葉をかけてくれた。
「すごいじゃない、海斗。全日本の時よりタイム良くなってるって周りの人たちが言ってたよ」
「たまたま。イメージ通りには撃てたけど、途中で時間のロスもあって万全じゃなかったし」
「時間のロス?何かあったの?」
「デバイスが故障したんだ」
「えっ」
「だろ?大事な試合でデバイス壊れるなんて縁起でもない」
「だから両手にデバイス持ってたのか。両手撃ちするのかと思ってたけどしなかったから、変だなとは思ってたんだ」
「そのデバイスは没収された。これで出場機会が無くなればそれはそれだけど、なんか不穏な空気流れてるし」
「僕、アシストボールで桃薔薇戦も出場してって譲司くんからさっき依頼されたよ」
「サトル、おめでとう。君の頑張りを周囲が認めてくれた結果じゃないか」
「ありがとう。こっちはデバイスというより自己修復魔法をかければいいだけの話だから」
「その前に怪我しないような魔法ってなかったっけ」
「今のところはないかな。自己修復魔法で行くしかないみたい」
「結構つらいな」
「でも、試合に出られるだけで嬉しいから」
「サトル、これからも魔法でアピールしていけよ。君には才能がある」
「海斗のマジックガンショットも凄いよ。上杉先輩がダメージ受けてるっていう噂が広がっててさ。誰が出るんだろうってみんな興味津々だったみたい」
「で、俺が上杉先輩より出遅れたからブーイング飛んだんだろ、聞こえてたよ」
「ううん、それよりも応援の声の方がすごかった」
「そんな風に慰めてくれるのはサトルだけさ」
俺たちは笑いながら1階食堂に入った。俺はユニフォームのまま。1回シャワーを浴びればいいのだろうが、その気も失せるくらい、正直、納得のいかない結果ではあった。あのまま撃っていれば10分台に乗ったかもしれないから。
昼ごはんは、逍遥がいないのを良いことに、クリームスープのスバゲティと乳酸菌のジュース。
サトルも同じ物を食べると言って一緒にバイキング料理のスパゲティコーナーを回る。
「紅薔薇のスナイパーじゃない?」
周囲からそんな声が聞こえる。
やはり、一旦部屋に帰って着替えるべきだったか、失敗した。
でもまあ、料理まで取ってしまったものは食べないと。
俺とサトルは、急いで乳酸菌のジュースを飲み干すと、早々に食堂を出た。
「サトルは明日の桃薔薇戦もアシストボールに出るんだよな」
「うん」
「自己アピールだけは忘れるなよ」
「アピールは苦手なんだ」
「わかるー。俺も苦手」
「海斗はそういうの苦手じゃないと思ってた」
「俺、運動神経マイナスの男として向こうの世界じゃ有名だったからさ。こっちに来てようやく身体動かすようになったし」
「でも、今は選手として大会に出られるくらい上達したじゃない」
「特訓だ、特訓の成果」
EVで5階に着いた。
今は午前11時。サトルは、部屋の中で読書しているので昼の12時半に迎えに来てくれという。
了解、と声を掛けた俺はそのまま7階に上がった。712の部屋まで歩いて鍵穴に鍵を差し込み右へと回す。
特に今まで部屋の鍵を掛け忘れたこともないし、大体においてこの部屋は5階にカムフラージュ部屋があっての隠れ部屋だ。そこにショットガンなりのデバイスを置いているというのに、どうやって呪詛をかけたんだろう。
俺の行動を調べている人間がいるということか。何かで俺が隙を見せたのかもしれない。
部屋に着いて一旦ベッドに寝転がっていると、ドアをノックする人がいた。
不審には思ったが、もう幽霊騒ぎは終息したはず、と自分に言い聞かせドアを引いてみると、そこには絢人が立っていた。
「やあ、海斗。お疲れさん」
「ありがとう」
「早速だけど、デバイスの件。やはり呪詛だったみたい」
「呪詛でデバイスまで壊せるのか」
「それなりの使い手であれば、現物を見なくても式神を飛ばして部屋に入ることができるから」
式神ったって、じゃあ鍵なんて何の役にも立たないということじゃないか。反則だ。
俺が辟易したような顔をしたのを、絢人は見逃さなかった。
「で、結局、君のデバイスはすべて702で預かることにしたみたい。練習で必要なときは702に取りに行く。秘密のだけはずっと自分で持ってて。置き去りとかダメだから気を付けてね」
「いちいち702に行くの?ひとつくらい、自分で管理するよ。2丁あるし」
「うーん。今回最後に使った奴は大丈夫そうだから持っててもいいんじゃないかな」
「お願い、702には君が伝えてくれ」
「わかったよ。今日の午後はプラチナチェイス見に行くんだろ」
「そのつもり」
「デバイスの保管方法、ちゃんと考えてね」
絢人との会話が終わり712に入ったのは昼の12時前。もうすぐサトルを迎えにいかなければならない。
俺は部屋の中を一通り観察して人の出入りがあったかどうか調べてみた。でも全然そんな様子はない。
やはり、部屋に入ったのではなく外から式神なりを使ったに違いない。部屋番号さえわかれば、式神を使うのも簡単にできるということか。
最大級の反則だ。
こっちは何もできないじゃないか。
ただ手を拱いて見ていろという犯人の小賢しい顔が思い浮かぶようで、腹だたしさが募る。
そんなことを考えながら、部屋の中をさらっと整理しているといい物を見つけた。スマホだ。電話の代わりはできないが、写真や動画が撮れる。これを使えば、今日の午後プラチナチェイスを応援している間に部屋の様子を動画に残せる。
早速俺は使い慣れない動画のボタンを押し、周りを本で囲んだ。揺れてスマホが転がらないように、最新の注意を払った。
ちょうど昼の12時25分。
712の部屋で撮影準備を調えた俺は、静かに部屋を出る。
ちょっとワクワク気分。
犯人が直接俺の部屋に入るとは思えないが、何かしらの動きが撮れるかもしれない。
俺は従業員用EVに乗り、鼻歌を歌いながら5階で降りた。
510、サトルの部屋まで廊下を歩く。
昼、12時半。
サトルの部屋のドアをノックした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
サトルは元気にドアを開け俺を迎え入れた。
「もう準備終わったの?僕も終わったところだから出掛けよう」
「おう」
「なんか機嫌良さそうに見える」
「実はさ」
俺はサトルを心の底から信じていたので、歩きながら小声で712での策戦をサトルに話してしまった。
サトルは面白そうと言って笑っている。
「じゃあ、戻ってくる夕方には何かあるかもしれないんだね」
「そ、何かあれば生徒会役員部屋に証拠として持っていく」
「何か、探偵みたいで面白そう」
「そこまで本格的ならいいんだけどさ。部屋の中に呪詛かけられてるなんて縁起でもないよな」
「犯人は君が712にいること知ってるんだろう?また部屋を交換したら?」
「お、サトル、冴えてる。そうだ、部屋を変えればいいんだ」
「うん、5階に戻ってもいいだろうし、7階で新しいとこ見つけてもいいし」
サトルの案を採用し、戻ったら生徒会役員部屋に部屋交換の依頼に行くことにした俺は、ちょっとだけ心が晴れた気分で薔薇大学のグラウンドを目指すことができた。
プラチナチェイスの黄薔薇戦も、会場は薔薇大学のグラウンド。徐々に俺たちは歩幅を大きくし、歩くスピードを上げた。
薔薇大学に着くと、紅薔薇の応援席はもうほとんどが埋まっていた。
プラチナチェイスは各競技の中でも学校の威信をかけたワンランク上の競技だから自ずと応援する側もハイテンションになる。
その上、薔薇大学の魔法技術学部も長崎市内にある。後輩の勇士を応援しようという紅薔薇の卒業生が多数押し寄せる。
その他、全日本優勝校という触れ込みもあって、長崎界隈から応援に来る人々も多い。
俺とサトルはやっとのことで後ろの方に席を見つけて並んで座った。
いや、プラチナチェイスに限らず、どの競技でも紅薔薇高生以外の応援団が多かったのだと今にして気が付いた俺。
そうだよ、紅薔薇高生は30人前後しか長崎に来ていないのだから。
ちょっとマヌケな感じがして、自分で自分を笑い飛ばしたい衝動に駆られたが、そのまま笑ったら周囲から変な目で見られること請け合いなので、今は止めておこうと自分の気持ちを抑え込んだ。
プラチナチェイスの試合が始まった。
思いのほか黄薔薇高校は善戦し、陣形の中にボールを入れ込む策も巧みだった。
しかし紅薔薇は光里会長と沢渡元会長が相手の隙を突きボールを押し出したり、黄薔薇の選手が間違えて自陣のボールを見失ったりと徐々にこちらに有利な状況になり、やっと紅薔薇の陣形が安定したのが開始後約15分。
陣形ができあがれば、あとは逍遥がボールを捕まえるだけだ。
今回も逍遥は応援団の期待を裏切ることなく、ものの2分ほどでボールをラケットの中に収めた。
紅薔薇高、勝利。
勝ち点3、総合勝ち点を24に伸ばした。
選手に送られる惜しみない拍手の中、光里会長が大きな身振りでガッツポーズした。




