薔薇6編 第10章
712のベッドに横たわった俺は、どうにも心が落ち着きを取り戻せず一旦ベッドからゆっくりと起き上がった。
なんとか神経質細胞を黙らせようと室内でストレッチを行い、じんわりと汗をかく程度に身体を動かす。
視線を向ける犯人のことを考えないように考えないようにと、別のことに目を向けるため色々と頭の中を整理しながら考える。
リアル世界の思い出や亜里沙と明の関係性、泉沢学院での壁を乗り越えられなかった自分への罰ゲーム。
ああ、今視線をイタイほど感じるのが、俺にとっての罰ゲームなのかもしれない。
どうしてもドアが気になり見たくなるのだが、また何かあると嫌なので必死にこらえた。
その代り、翌日の薔薇6戦競技のラナウェイとマジックガンショットのことを考えるよう、わざと意識を仕向ける。
これがスタメンとしての試合出場なら、もっと真剣に向き合うのだろうが、如何せん、あしたの対戦校は白薔薇高校で俺はサブ。
黄薔薇高校戦か桃薔薇高校戦あたりで出場の機会はあるかもしれないが、俺の出場種目はマジックガンショットらしいから、それまでにもう一度最終調整しなければ。
イメージ記憶を通して自分がレギュラー魔法陣を消す場面を想像する。目指すは、上限100個を10分台で撃つこと。
何度もイメージを頭に植え付けていくうち、日を跨いだ頃になんとか眠りに就いていた。
翌朝の6時に目を覚ました俺は上下黒のジャージに着替えるとホテルの非常口脇にある従業員用EVを使って1階に降りた。
今日は外に出てウォーキング。歩幅を気にしながら大股で速足で歩く。
あまり遠くまで行くと方向音痴の癖が出るので、周囲の店や鉄塔を目印にしながら2キロほど歩くと、来た道を回れ右して歩いた。
部屋に戻り汗をかいた身体に水シャワーを浴びせ、目を覚ます。でも、いくら夏とはいえ、水シャワーは余りに冷たい。全体に鳥肌が・・・。
タオルで鳥肌をこすり合わせ身体を温めながら、熱いカップに珈琲を淹れて飲み干した。
元々俺は若干猫舌ではあるのだが、冷たくなった皮膚に熱い珈琲は食道を通って胃に流れこむのが感じられ、病み付きになりそうだった。
でも、珈琲は身体を冷やすという説もあるよね。効果なのか?この場合。何が何だかわからないけど、ようやく俺の身体から汗がひいていった。
部屋の時計に目をやると、もう午前7時半を回っていた。
そろそろ逍遥が迎えに来る時間。
いや、逍遥は今日午前に白薔薇高校とのマジックガンショット戦があるから、もう食べ終えたかもしれない。
サトルは今日、出場することはないだろうから、2人でゆっくり食事を摂ることにするか。
そんなことを思いながら部屋を出ようとすると、誰かがドアをノックする。
誰だ。
ここを知っているのは、沢渡元会長と亜里沙に明、逍遥と譲司とサトルしかいないはず。逍遥も譲司は今日も忙しいだろうからもう食事は摂り終えただろう。沢渡元会長や亜里沙や明が俺の様子を見に来るとは考えにくい。だって、ここにくるまでもなく透視すれば済む話だから。
消去法で行くと、サトルがきたとしか思えない。
また幽霊騒ぎじゃないだろうな。
少しビビリながらドアを開ける。
目の前に姿を現したのは、やはりサトルだった。
「おはよう、海斗。驚かせちゃった?」
「いや、消去法で考えたら君しかいなかったから。それに、朝から幽霊は出ないだろうし」
「もう大丈夫だってみんな言ってるじゃない。もうそのことは忘れて、朝ご飯食べに行こうよ」
「そうだな、いくとするか」
俺とサトルは、1階の食堂に向けて従業員用のEVに乗るため、階段とは反対方向に廊下を歩き出した。
もちろん、サトルに見てもらいながら部屋の鍵をしっかりかけて。
だが俺は気が付かなかった。
反対側の階段から、目だけをランランと輝かせて俺たちをじっと見つめる黒い影があったことに。
なぜ俺がその視線に気が付かなかったのも、まったくもって謎だった。
やはり食堂では、その日試合がない人たちがゆっくりと朝食を楽しんでいた。逍遥や生徒会役員の姿は見えない。
サトルはまた和食。
俺はいつもどおりパンと野菜ジュースと、今日はポテトサラダ。
もう少し食べろと毎日のように言われるけど、宿舎では朝食べるだけでも良しとしてくれ。寮に帰ったら朝なんぞ食べないで寝てるんだから。
事実、そう言う生活をしてるとこれでもお腹がいっぱいになるんだ。
一度サトルと一緒に7階に戻り、制服を着用する。持ち物は水分補給のドリンクと秘密のデバイスだけ。
そして今度は5階に降り、サトルの用意を待っていた。
サトルは中々出てこない。
やっと出てきたサトル。ふと気づくと、サトルが大きなリュックを片手にしていた。
なんでそんなに荷物が多い。
俺なんて秘密のデバイスとドリンク1本と部屋の鍵しか持ってない。
「その荷物、何?」
「ドリンク類さ。暑くて応援も大変だからみんなに配ろうかと思って」
俺は目が点になった。
いや、普通の高校生活ならそれはとても気が利いて良いことだと思うが、今の俺たちは魔法スポーツ選手の類いだ。
飲み物は全部自分で管理し、他からもらったものは飲まないように指導もされているし、実際飲まない。
なのに、どうして配る?
また以前の噂を蒸し返されて、結局困るのはサトル本人だ。
俺は、やや厳しい言葉でサトルを制した。
「やめておけ。サトルはとても気が利くけど、今はマイナスに捉えられ兼ねないから」
サトルはじわっと目に涙を溜める。
なるべくなら俺だってこんなこと言いたくない。本当にサトルは皆のことを考えているのがわかるから。
でも、入学早々やらかしたことと、今とでは違うとどうやって証明できる?
サトルはただただ魔法で周りをねじ伏せていくしかないんだ。
皆が認めざるを得ないくらい魔法に磨きをかけなきゃ、周囲の許しは得られない。
俺が真顔で滔々と説明すると、やっと涙を拭き取り、サトルは荷物を部屋の冷蔵庫に置いてきた。
小さなバッグをひとつだけ持ち部屋から出てきたサトル。俺たちは連れ立って1階に降りる。フロントのお姉さんに今日の競技場となる長崎市営競技場までの道のりを聞くと、お姉さんは笑顔満開で地図をくれた。
会場までは歩いて20分くらいかかるらしい。それでも、徒歩圏内にある分だけマシだ。
俺たちは2人であっちだこっちだと地図を見ながら進む。
サトル、お前も方向音痴だったんだな。
逍遥は何事においてもパーフェクトで近寄りがたい雰囲気すら漂わせているけれど、サトルはちょっとおマヌケなところがツッコミどころ満載で、親しみを覚えやすい一面もある。
これで自己肯定感さえ並なら、サトルは怖いものなしなんだけど。
ま、パーフェクトな人間なんてこの世にはいないはず。少なくともリアル世界ではそうだった。
俺が見たリアル世代のミスターパーフェクトは、顔よし頭よし運動神経よし性格よしだったけど、ただひとつ、字がミミズで彼はそのことをすごく気にしていた。でも、これで字まで綺麗だったらアンドロイドみたいじゃないか。
こっちの世界は、魔法が絡むからなんとも断定はできないが、同じようなモノなんじゃないか?
パーフェクトな人間なんて、早々いやしないんだよ。
あの明でさえ、顔よし頭よし運動神経よし性格よしだが、ただひとつ、部屋が汚い。ここに魔法が絡んだとしても、スーパーパーフェクトにはならないんじゃないかと思う。どのくらい魔法が使えるのかわからんが。
「海斗!海斗!!」
声が聞こえる。
「ん?あ?何?」
「あれだよね、競技場」
「お、どれどれ」
地図を覗き込むが、地図の縮尺が合わないのでここがどこかもわかるわけがない。
でも、デカい建物がある。少し歩くと、「長崎市営競技場」という看板が見えた。
昨日の試合は近くにある白薔薇のグラウンドだったからすぐに行けたのだが、今日から2種目のため会場が変更になったのか、昨日は市営競技場を抑えられなかったのかはわからない。
こちらはサブグラウンドもあるし、たぶん、本来ならずっとこちらの競技場を使う予定だったに違いない。
いや、確か市内3カ所で競技が行われるはず。となると、もう1か所、制覇していない競技場があるということか。
ま、些末な話だ。
俺とサトルは競技場の門を潜り、紅薔薇高校のギャラリーが集まっている応援席を探し移動した。
本来はベンチスタートのためサブの俺たちは下に降りるべきなのだろうが、ベンチにいる譲司に声をかけたので大丈夫だろう。昨日だって上にいても大丈夫だったんだし。
俺が考えていたのは、午前に行われるマジックガンショットは紅薔薇の十八番でもあり、あの3人で撃ち漏らすことはほぼ考えづらいという、ちょっと勝手な思い込みだった。
だから自分のショットガンも部屋に置いたまま。
「On your mark.」
紅薔薇高校対白薔薇高校の競技開始時間だ。選手たちは一堂に揃い、挨拶を交わした。
先攻は紅薔薇。上杉先輩、逍遥、南園さんの順に競技を行うはずだ。
いまにも号砲が鳴ろうとしていた。
「Get it – Set」
けたたましい号砲とともに、紅薔薇高校のマジックガンショットが始まった。
上杉先輩は次々にレギュラー魔法陣を撃ち落としていく。
たぶん、10分台前半にのせてくるのではないかと思われた。いつもは9分台くらいだから若干遅いことは遅いのだが、後に控えるのが逍遥と南園さんだから、上々の滑り出しだと思われる。
途中手が止る場面も幾度か見受けられたが、上杉先輩は10分台前半で競技を終えた。
上杉先輩の次に出てきた逍遥は、俺の予想通り、もの凄いスピードでレギュラー魔法陣を粉砕していく。逍遥はいつも適当に撃っているから皆、気が付かなかったかもしれないが、たぶん、今だって本気は出していないはず。
魔法を還元するための演習でこれなのだから、本気を出したらどれくらいいくのやら。次々に魔法陣を仕留めていく様子に周囲がどよめく中、俺はひとり深く頷いていた。
逍遥は9分台後半で競技を終えた。
早々に逍遥が上限100個の魔法陣を撃ち落としたため、南園さんの出番も早まった。
首を回して準備運動している南園さん。
頑張って!!
南園さんがグラウンドに姿を見せると、ひときわ大きな歓声があがり競技場を包む。
どうやら、全日本の勇姿が各校の人目を引き、ファンが急増したらしい。全日本には薔薇6全校も出場していたし。
.
歓声の中、南園さんの射撃が始まった。
場内掲示板に出るスピードは、上限100個に対し10分台前半。
非常に良い滑り出しでファンの声援に応えた格好だ。
競技が終わり、南園さんは温かい声援に向かって手を振り応えていた。
対する白薔薇高校が登場すると、開催校だけあって市民応援団が姿を見せていた。
そして大声援と拍手喝采のなか、白薔薇高校の競技が始まった。
1人目の試技者は10分台前半、2人目は10分台後半、最後の1人は10分台後半というこちらも素晴らしい結果が出た。
だが、白薔薇高校にとっては残念なことに、上杉、四月一日、南園の3勇士を前にして、勝利の糸を手繰り寄せることはできなかった。
マジックガンショット、紅薔薇高校、勝利。
午後から始まるラナウェイまでの間、約2時間半。
俺たち2人は席を立ち、一旦ホテルに戻ることにした。
競技を終えた逍遥もはバスで帰るということで、俺とサトルの帰路が始まる。
始まるという言い方がおかしいのは分かってる。でも、順調に帰れないのもこれまた事実だった。来た道を戻ったつもりが、何か景色が違う。
あ、迷った・・・。
サトルはもじもじして道行く人に道を尋ねられないでいたし俺もどちらかと言えばそうなのだが、この際恥じらいは必要ない。恥らっていたところでホテルが目の前に現れるわけでもない。
俺はコンビニが一番いいと大声を出し、目を皿にしてコンビニを探し出した。
運よくコンビニを見つけ、俺たちの持っていた地図に今何処にいるか印をつけてもらい、道順を教えてもらって機嫌よく外に出る。もちろん、お尋ね料は各々が好きなドリンクを購入。俺たちは声援で渇いた喉を潤しながらホテルまでの道を急いだ。
やっとホテルに辿り着いた俺たちは、1階の食堂で個々好みの食事を摂り、昼の12時半にロビーで待ち合わせることにした。
俺は別に逍遥のように着替える必要もないので、部屋には戻らず直ぐ1階ロビーに向かう。
今日も701と702のプチPV会場では、沢渡元会長や光里会長、亜里沙、明が何カ所かの競技場の様子を見ているのだろう。
沢渡元会長と光里会長は明日のプラチナチェイスに出場するはずだから、明日は亜里沙と明だけになるのだろう、プチPV会場観戦者は。
いいなー。俺もこっちで良かったんだけど。
「あんたは少し運動して方向音痴直しなさい」
なんて、亜里沙の声が聞こえそうだ。いや亜里沙。運動で方向音痴は直らない。
こんなとき、亜里沙は文句を言いながらも助けてくれる。だが明は何も言わず突き放す。明、お前は昔からいざとなると冷たいところがあったよな。
小学校の5年だったか、秋の遠足がそうだった。
学校から3キロほど離れた小さな山に登ったんだが、途中分かれ道がいくつかあって、皆は迷いながらも別々の道を選択していく。俺が迷って泣きそうになると、亜里沙は自分が最初に走っていって道が正しいことを見極めて帰ってきた。
なのに明は、2対1に分れて歩けばどちらかが正解だろうとさっさと歩きだし、俺を置き去りにした。
半分泣いてる俺がウザかったのはわからないでもないが、置いていくか?普通。
俺は不安に心潰されそうになりながらひとりトボトボ歩いたのを忘れない。
まあ、結局分かれ道は途中で合流し、また1本の道になっていたので、不安がる必要もなかったのだが。
明には「また出た」としょっちゅう言われていたが、俺は何かにつけて、遥か昔のことにも関わらずあの遠足を思い出すんだ。
ロビーでぼんやりと考えていると、制服に着替えた逍遥が降りてきた。サトルはまた、にこにこしながら俺たち3人分のドリンクを持ってきたが、逍遥からキツイダメ出しを受けて部屋に戻っていった。
「サトルは優しいけど、今はあれが命取りだよなあ」
俺の独り言にキツイ言葉で反応する逍遥。
「今ドリンクなんて配ったら退学処分になるよ。君、言わなかったろ、そこまで」
逍遥のダメ出しは俺にまで波及してくる。
俺は海岸で台風の荒波をざっぷりと被った気分になった。




