薔薇6編 第9章
俺とサトルは、宿舎となっているホテルから出て、2人で会場の白薔薇高校グラウンドまで歩く。
徒歩10分。
紅薔薇の寮から学校までよりは遠いが、学校の近くにこんな設備がある白薔薇高校も、相当恵まれた立地にあると思う。
さて、10分後。グラウンドに着いた俺とサトルは、一番前でグラウンドが良く見える席を根城に応援することにした。
「やあ、八朔くん、岩泉くん」
若林先輩ほか、4人のサポーターが俺やサトルの周りに陣取って座った。
もちろん、絢人もその中に混じっている。
亜里沙や明の話は敢えて持ち出さなかった。先輩方の間で、あの二人がどのような立ち位置にいるのかわからなかったから。
千代先輩がグラウンドを見渡して楽しそうに呟いた。
「今日のアシストボールは白薔薇戦か。さて、スコアが楽しみだな」
「賭けるか?」
若林先輩の突拍子もないダイナマイト発言に、俺とサトルは瞬時に固まった。
身体の身動きが取れないのに、目だけが宙を舞っているような、そんな感覚。
若林先輩は、俺たちの動きがとてもお気に召したと見える。
「冗談だよ、冗談。お前たち初々しくて面白いなあ」
広瀬先輩は俺の後ろに座っていたのだが、よほど俺たちの姿が可笑しかったのだと思う。
「俺たちにもこういう時期があったんですかねえ」
千代先輩が真顔で言い放つ。
「いや、広瀬も宮城も最初から不真面目だったぞ」
宮城先輩はまさかという顔をして俺たちの方を向いた。
「いやあ、いくらなんでも今年の新入生に比べれば大人しかったでしょう」
「今年の新入生はいい意味でも悪い意味でも目立つ奴らが多いよな」
絢人が自分だけは違うと主張していたのだが、先輩方は絢人の言い分なんぞ聞いてはいない。
若林先輩が遠くを見つめながら独り言をいう。たぶん、俺たちに対してそれとなく水を向けているのだと思う。
「主張できるのは幸せなことだ。俺たちが入学してからなんだ、魔法科が上意下達みたいな理屈こねるようになったのは。魔法技術科では昔から上下関係なしに和気藹々と授業を行っていたから、魔法科の新入生に対しては少し可哀想に思ったもんだよ。魔法科さんよ、果たしてそれでいいのか、って」
この場の会話として適切かどうかは別として、俺自身も若林先輩のいうことに激しく同調したかった。でも周囲を見たら、先輩方は皆、首を横に振っている。
そこで俺は、若林先輩が非常に優秀な人で、3年のデバイスを一気にみるような人だからこんな暴言吐いても許されるのだと知った。
結局、言いたいことをいう、やりたいことをやる、それには力が必要なのだとあらためて認識した出来事だった。
若林先輩は、それまでの発言を吹っ切るかのように立ちあがり、後ろを向く。
「さー、暗い話はここまでかな。人も集まってきたようだな。あと5分で試合が始まる。皆、声を大にして応援してくれ」
魔法科サブ1年とサポーター全員が、思い思いに紅薔薇チームを応援している。
沢渡元会長のGKとしての仕事はいつもながらに見事なのだが、先輩方が目を見張ったのは逍遥の動きに対してだった。
全日本でも逍遥はアシストボールに出たはずなのだが、八雲の個人プレーで1回戦負け。チームとしての評価は最低だった。
それに加え、Gリーグ予選でみっともない負け方をしたことが、魔法技術科内はおろか、普通科内ですら批判を呼んだらしい。
そりゃそうだ。
あれは余りに出来が悪かった。
逍遥が入るべきポストに全て八雲を起用したのだから、上手くいくはずもない。
それなのに今日は、逍遥がFWに入り、光流先輩がコーナーから投げ入れたボールを掴んだかと思うと、間髪入れずに難しい角度から投げ込みシュートを決める。
かと思うと自分もDFに交じり沢渡元会長の目前で敵のシュートを止めるのに一役買っっている。
ああ、八雲はDFなのに、陣地も守らず、他の先輩に悪態吐いた挙句オウンゴール3発もやらかしたっけ・・・。
うん、記憶に新しい。
あいつは一体何がしたかったんだろう。
シュートか?自陣にシュートしたかったのか?
あれはもう、紅薔薇高校にとって黒歴史に他ならない。
いや、失礼した。
今日の薔薇6初戦を声の限り応援しなくては。俺、今回サブだし。譲司はああいったけど、たぶん俺の出番はない。マジックガンショットは9分台と10分台でガチガチに固めているのだから、もう、万が一にも俺の入る隙などあそこにはない。
俺は色々考え過ぎて応援にも身が入らなかったのだが、隣のサトルはとても楽しそうに応援していた。全日本ではサブには入ったものの試合に出してもらえず、よほどプライドが傷ついたのだろう。応援することさえせず涙に明け暮れる日々が続いた。
それが今はとても楽しそうにサブの練習を熟し応援にも熱を入れている。本当によかったな、サトル。
サトル&サポーターチームの応援の結果、紅薔薇高校は白薔薇高校との初戦に2-1で勝利し、勝ち点3を物にした。
「やったよ、海斗!勝ち点3!」
「そ、そうだな。お前明日声でなくなるから、もう声だすな」
「海斗?」
宮城先輩が立って後ろから俺の肩を抱き、にっこり笑った。
「俺の弟も海音って言うんだ。海の音と書いて海音。同じ読み方なんて奇遇だな」
「そうなんですか、海の音って素敵な名前ですね。海斗は海と北斗星の斗、だよね」
サトルは初戦をものにしたこともあり、自分が翌日の午後の試合でスタメンになる可能性もあると言われ有頂天になっていたので、シャイな部分が吹き飛んで宮城先輩の言葉に燥いでいる。
だが俺には、ちょっぴり宮城先輩の言葉のイントネーションが引っ掛かった。
宮城先輩は奇遇だな、と最後に付け加えたが、どうも奇遇とは思っていない節がある。もしかしたら、最初から俺の名前を知っていたのではないか。全日本の選手発表の時にはフルネームで呼ばれたし、俺は色々な意味で目立ち過ぎた第3Gだったかもしれない。名前に記憶があっても何ら不思議なことではない。
それなのに、今更奇遇だな、なんて・・・。
あまり他人に対し穿った見方はしたくないので、この辺で考えるのは止めよう。
俺も宮城先輩に何か言葉を返そうかと思ったが、その弟さんが紅薔薇にいるのか、魔法に関係あるのかないのかさえも知らなかったので、何を言っていいのか分らず、その場は答えずにスルーした。
「お先に失礼します」
俺とサトルは先輩方に丁寧に挨拶し、グラウンドのギャラリー席を離れホテルに戻り、逍遥に会いに出かけた。
逍遥は701会議室に設けられた選手控室にいた。
膝を氷水で冷やしている。
「どうしたんだ?痛むのか?」
スポーツに造詣の深くない俺は、短絡的に考えている。
隣にいたサトルが小声で「違うよ」と教えてくれた。
「今日はシュートで膝を酷使したから、筋肉が炎症を起こさないように冷やしているんだ」
「そうなんだ。今日のシュートはお見事だったよ」
逍遥はいつもの飄々とした態度で俺たちを迎えた。
「肩慣らし、ってとこかな」
「へえ、肩慣らしであそこまでできるのか」
サトルは今でも興奮冷めやらずといった感じで、逍遥にありったけの賛辞を並べた。
「もう、肩慣らしだなんて!あそこまで肩が動くのは驚きだよ!一緒に見てたサポーターの先輩方、すごくびっくりしてたよ。僕なんか角度的にあの場所からシュートなんてできない」
「サトルだってFWに入ればできるさ、あれくらいなら」
「無理無理。僕がもし出場できるなら、DFで精一杯やらせてもらうだけだよ」
「今日はいつになく言葉に淀みがないな」
「もう、興奮しちゃって」
俺はサトルのこういう姿を見ることができて嬉しい気持ちになった。逍遥も同じだと思う。
試合後のミーティングを控えている逍遥を残し、俺とサトルは部屋を出た。
やっとサトルは落ち着きを取り戻したかと思えば、明日以降アシストボールに出られるかもしれないという緊張で身体が固まっていた。
サトルが宿泊している510に行き、マッサージしようと思ったが、何せ俺はマッサージの仕方も分からない。確か前、譲司にやってもらった。魔法技術科では習うとかなんとか。
ちょうど、絢人の部屋は511だった。
帰っていればめっけもん。マッサージをお願いできないだろうか。
コンコンとドアをノックすると、すぐにドアが開いた。
「やあ、さっきはどうも」
「こちらこそ。なあ、絢人。お願いがあるんだけど、今時間あるか」
「事と次第によりけりだね」
俺はサトルが緊張して身体が凝り固まっていることを知らせた。
すると絢人は一瞬だけ考えたような顔をしたが、マッサージをしてくれるという。
というわけで、隣の510に絢人を案内した。
個別ミーティングだと言われ俺は503に戻ることに。明日以降のアシストボール出場を勘案し、サトルに色々と指南することがあるんだろう。
俺はちょっとだけいい気分で503のドアを開けた。もちろん、鍵は掛けてある。
なのに、鍵を回したら・・・開いていた。
なんで?ミーティング行く前に鍵かけたよね、確かに。
鍵を左に回した感触が今も手に残っているというのに。
仕方なく、俺は誰にも見せていないショットガンを腰から右手に持ち、部屋のドアをゆっくりと足で開けた。他のショットガンは部屋に置きっぱなしだったのだ。
ベッドと机だけのシンプルな部屋の中には、誰の影も見えない。
ドアがゆっくりと締まる。
その方向を向くと、千代先輩に書いてもらったお札がビリビリに破かれドアの内側に貼り付けてあった。
やはり、幽霊の仕業ではない。幽霊なら、テープで2度貼り付けるなどという真似はしないだろう。
お札を破いたのは人間としか考えられない。式神とやらにはできない芸当だと思う。妬まれて恨まれて、また嫌がらせか・・・。
そしてその機会があったのは、今日出場していない2,3年かサポーター軍団か、あるいは生徒会の連中。生徒会は亜里沙たちが目を光らせているだろうからこういった犯行にはなり得ないだろう。
2,3年の生徒。今日、周りで大騒ぎして燥いでた先輩の誰かがこういうことをしたとは思い難かったが、ピースを一つずつ集めてパズルを完成させていけば、自ずと犯人は割れるはず。
亜里沙たちに話すべきかどうか。
明日以降の戦術会議もあるだろうし、忙しいかもしれない。
でも、離話くらいなら・・・。
俺は701に向かい、指で円をくるくると書いた。逍遥と同じように。
701の中には、沢渡元会長、亜里沙、明の3人しかいなかった。
「亜里沙、亜里沙」
俺は亜里沙に呼びかけたが、3人は真剣な顔をして話しているようで、俺へのアクセスはない。
俺の魔法は届いていないのだろうか。透視だけしかできていないのか。それとも、聞こえてるけど無視しているのか。
しばらく読唇術で何を話しているのか探ろうとしたが、もやもやとしたものが口もとを覆い、内容まではわからない。
10分くらいそうしていたんだが、結局3人の誰かと離話することはできなかった。
そうこうしている間に、逍遥がやってきた。
ドアの部分に気が付いていない逍遥。
俺は首を竦めながらお手上げのポーズをとる。
「見てくれよ、ドアの内側」
「なんだ、これ」
逍遥も確かあの時俺の部屋に来て一部始終を見ていたはずだ。
「なりふり構わなくなってるね、段々」
「そのようだ」
「生徒会に直訴して部屋変えてもらったら?公的には503にいることにして。701、誰かいるんだろ」
「沢渡元会長と亜里沙と明がいたけど、誰にも反応してもらえなかった」
「じゃあ乗り込むしかない」
こういう時の逍遥は動きが速い。俺は半ば引きずられる形で、気が付いたら701の前に立っていた。
逍遥が大きな音で701のドアをノックする。
もう誰もいないのかと思わせるくらい、中から応答はなかった。
「仕方ない」
そういって、中を透視する逍遥。
「なんだ、3人ともいるんじゃないか」
逍遥がもう一度チャレンジしてドアをノックする。
すると、1分ほどのちようやくドアが開いた。そして明が顔を出した。
「忙しいのだけど。どういった用件?」
「八朔くんの部屋に嫌がらせをしている人間がいます」
明の顔色がさっと変わり、頬に赤みを帯びた。明にしては珍しい、俺はそう思った。
「一度ここに居て」
そういってドアを閉めると、1分後、またドアが開いた。
今度は亜里沙がドアを開けて中に入れてくれた。いつもより1オクターブ低い声で話す亜里沙。
「どういう嫌がらせなの?」
真面目そうにしている亜里沙にちょっと面喰ったが、とにかく用件を簡潔に話さなければ。
「夜にコンコンとノックされ廊下に出ると誰も居なかったり、千代先輩に書いていただいたお札がビリビリに破かれドアに貼ってあったりしました」
亜里沙が急に目を閉じる。
まさか、これだけで透視できるんじゃあるまいな。俺なんて、透視は今の状態しか見えないけど、過去にさかのぼって透視なんてできるのだろうか。
そのまさかだった。
亜里沙は淡々とした表情と声で事実を述べていく。
「なるほど。魔法を使って式神を寄せたのね。で、今日の出来事は本人が実際に入って行ったみたい」
俺は犯人の名が知りたかった。執拗に俺をつけ狙う犯人は誰なのか。
「いったい誰が?」
「それはまだ言えない。最速、薔薇6が終わってから解決しましょう。それよりあんた、部屋を移りたくてここにきたんでしょう。712の部屋が丁度あいてるわ。すぐ、そっちに移って。大きな荷物は503においといて。目くらましになるから」
「え、でも制服とか」
「明にお願いするわ。相手はあたしたちのことよく知らないはずだから」
逍遥が亜里沙に対し、手を差し伸べる。
「僕が手伝いますよ。相手も僕が出入りしている分には友人だと思って気を抜くでしょうから」
「そうね。じゃ、お願い」
そこまで言われれば、俺としてはOKせざるを得ない。というか、それが一義的な目的だったのは確かだ。
でも、今日の亜里沙は何となく俺の知ってる亜里沙じゃないような気がした。こいつの本性なのかもしれない。いや、別に本性が嫌だとか言うわけじゃないけど、しっかり者だったんだな、亜里沙。
「あんたたちより経験を重ねてるのは確かよ。あっちの世界じゃアホのふりしてたけど」
俺の心の呟きも、亜里沙にはお見通しらしい。
って、そんなことまでわかるのか?
もしかして、沢渡元会長以上の魔法の使い手なのか?
沢渡元会長が太く大きな声を出して、笑った。
「そうか、八朔は向こうの世界の山桜しか知らんのだな」
ビクッ。
「はい、あの、その・・・」
「少なくとも、俺では御呼びもつかないくらいの魔法の使い手だ」
逍遥の目がランランと光る。
「もしかしたら、お二人は日本軍魔法部隊所属の大佐殿でいらっしゃいますか」
亜里沙がふうっと大きく溜息をつき右手で逍遥を制した。
「その辺はノーコメントでお願いするわ」
逍遥が右に首を傾げて言葉を返す。
「じゃあ、僕のこともノーコメントで」
逍遥は亜里沙や明が日本軍魔法部隊所属の戦士と当たりを付けたらしい。
なぜそこまで考えが飛躍するのか分らないが、実戦を視野に入れて毎日の高校生活を送ってる逍遥にしてみれば、同じような匂いを嗅ぎつけたのかもしれない。逍遥は将来、魔法部隊の戦士にでもなりたいのだろうか。
亜里沙が俺たちに早く出て行けとばかりに告げる。
「さ、これで一件落着。712にはドアと部屋全体に魔法で封印しておくから、もう夜の幽霊騒ぎにはならないわ。503のこと誰かに聞かれたら適当に流しておいて。7階に上がるときは、従業員用のEVを使ってちょうだい。誰が見てるかわかんないから」
逍遥は俄然、威勢がよくなった。
「了解しました」
逍遥が亜里沙と明に対し丁寧な挨拶したのを見て、俺はなんだかもうこいつらを友人と呼べなくなった気がして、虚ろな返事しかできなかった。
「はい・・・」
リアル世界に戻っていれば、こいつらは昔のままでいてくれたのだろうか。今初めて、こちらの世界に来たことを後悔した。
701から追い出された俺たち。7階の廊下で逍遥と別れ、俺はそのまま712に向かう。
がらんとしたその部屋は、503と配置は変わりないはずなのに、だいぶ広く思えた。
逍遥と譲司、サトルが制服や試合で着る紅薔薇色のユニフォームとシューズを何回かに分けて712に持ってきてくれた。開口一番、逍遥が制服を指さした。
「この洋服類には僕が魔法をかけておいた。どんな魔法でも跳ね返す力がある。誰が犯人なのかは薔薇6以後になるようだけど、たぶん、譲司のことをリークしたのも同じ犯人だと僕は思ってる」
逍遥、以前は国分事件と同一人物だって言ってたじゃないか。俺は、意地悪程度に逍遥を問い詰める。
「五月七日さんじゃなくて?」
「僕も当初はそう思ったんだけど、彼女は頑なに違うと言い張ってた。そして、沢渡会長は真実を告白させる特殊魔法の使い手だ。会長の手に落ちて真実を話さなかった者は、かつていないらしい」
そうか、そういうことなら、国分事件と譲司事件の犯人が別という話もすんなり受け入れられる。
それなら、譲司事件は誰が?
「な、逍遥。なぜ譲司まで攻撃対象にしたんだろう」
サトルは譲司が全日本で大会事務局に呼ばれたことを知らなかった。
「何かあったの?」
俺は譲司の事件をかいつまんでサトルに話した。
「もしかしたら、それも僕が疑われた可能性、あるよね」
話を振られた逍遥は、半ば困り気味の表情を浮かべた。
「確かあの時はもう八雲とかに目がいってたから、八雲犯人説が急浮上したんじゃないかな」
逍遥は、全てに八雲が関わっていると決め付けた経緯もあり、話をずらしたがっているのがわかる。
「今は、ドアノックと冷たい刺す様な視線と、譲司薬物リーク事件の3つかな。これは同一犯だと思うけど」
俺は無意識に天井を仰いだ。
「まったく、犯人のはの字も出てこないよ。何の腹いせなのか、動機すらつかめない」
そのとおりで、俺は長崎に着てまで何で自分が恨まれるのか、その理由が知りたかった。学校でなら、第3Gのことで恨まれるのはわかるんだが、ここに着ても嫌がらせが続くとは夢にも思わなかった。
まったく・・・。
今日はゆっくり眠れるだろうか。
俺の神経質細胞は先程から暴れ気味だった。




