薔薇6編 第7章
それから1時間くらいなんだかんだとお喋りをしたあと3人が帰り、部屋の中はガランとなった。
最初は透視でもやらかしてまた怒られる羽目になったらどうしようと気を揉んでいたので、それに対する危惧は徒労に終わった。
しかし、かなりな爆弾発言が飛び出した。
亜里沙と明の正体だ。
宇宙人と言われても別に構いはしないんだが、あいつらがそんなに高い地位についてるのが何となく不思議で。今まで同じようなレベルだと思っていたから。
事実、向こうの世界では、明は泉沢を一緒に受験して落ちていたし、亜里沙も泉沢女子校を受けて落ちていた。
それがこっちにきたら、『生徒会のブレーン』。
表立った生徒会役員ではないものの、陰で生徒会を牛耳るような立ち位置にいる。
うへえ。
なんか、嬉しいような寂しいような。
あいつらが突然高みへ飛んで行ったように思われて。
でも、きっとあいつらは変わらずにいてくれるはず。六月一日先輩のように、地位に執着し会長に阿る人間にだけはならないでほしい。
今、俺が言えるのはそれだけだ。
と、またドアをノックする音が聞こえる。
デバイスは絢人に渡したし、逍遥やサトルの忘れ物もないはず。
誰だろう。
また誰もいないなんてオカルトめいた展開にならないだろうな・・・。
知らんぷりしようかな。
どうしよう・・・。
でも、そこで知らんぷりできないのが俺の性格。
万が一誰かが来ていたら、と思うと居留守を使えない優しい俺。
「はーい」
声を出すと、またノックする音がした。
ドアのところまでパタパタとスリッパで走り、そっとドアを開けた。
・・・。
誰もいない・・・。
や、止めてくれーーーーーー!!
前にも言ったが、俺は幽霊とお化けが怖いんだ。
もう、ダメだ。
逍遥に話して策を練ってもらおう。
俺は部屋を飛び出し、逍遥の泊まっている507のドアをドンドンと何回も叩いた。
「はーい」
逍遥がのんびりと出てくるかと思いきや、そこにはなまはげの仮面をつけた人間がいた。
「ぎゃーーーーーーーっ」
驚きのあまり、気を失いそうになる俺。
「あ、ごめん、海斗」
確かに逍遥の声だ。
「ゴメンじゃないよ!もうチビリそうになったぞ!」
「ごめんごめん。で、どうしたの」
「俺の部屋でオカルト現象が起こってる」
俺は、全日本の時と今さっき、ドアをノックする音が聞こえたのに開けると誰もいないことを説明した。焦っていて、かなり言葉足らずだったらしい。
「で、廊下は見たの?」
「見たさ、でも5階には誰もいなかったんだよ」
「うーん。そういう系統は僕ではダメだなあ」
そうだよね、魔法でどうにかなるならとっくに俺が何とかしてる。
「たぶん、誰かが古典魔法で式神を作って君の部屋に飛ばしてると思うわけ」
「式神?古典魔法?」
「呪術とか陰陽師とか、そっち系統。誰か詳しい人いるかな」
俺と逍遥が廊下でワイワイやっているのがうるさかったらしい。
誰かが俺たちの方に近づいてくる。
そこに現れたのは、2,3年の先輩サポーター4人だった。
2年の広瀬翔英先輩、同じく2年の宮城聖人先輩、3年の若林正宗先輩、3年の千代桜先輩。
若林先輩が一声を発した。
「どうした、四月一日、八朔」
宮城先輩も同調する。
「廊下がうるさいから点検にきたんだが、何かあったのか」
幽霊やお化けが怖くて部屋を飛び出してきたとはさすがに言えない。恥ずかしくて。すると逍遥が俺に代わって返答してくれた。
「八朔くんの部屋で怪現象が起きまして。ノックする音がするのにドアを開けると誰もいないのだそうです」
・・・。
先輩たちは一呼吸置いたかと思うと、ぎゃははと腹を抱えて笑い出した。
だから嫌なんだ、人に話すのは。
「で、八朔は怖くて四月一日の部屋に逃げてきたのか?」
宮城先輩が笑いながら俺を指さす。
「ええ、まあ・・・」
で、また先輩たちは笑い出す。
しばらく笑い転げたあと、先輩たちはようやく真面目な顔になった。
「じゃあ、503に行ってみるか」
若林先輩がやっと俺の気持ちをわかってくれたのか、俺の部屋に向かって歩き始めた。
じっと扉をみる先輩方。
「どれ、炙り出してみるか」
千代先輩がふっと息を吸い、静かに吐きだす。
すると小さな小さな透明に近い白色の妖精のようなものがドアの周りを動き回る。
妖精たちは、次第に赤色に替わりチカチカと光り出した。
それを見た先輩たちの顔色が変わった。
もちろん、逍遥も。
千代先輩が皆に聞えるかどうかの低い声で俺に問う。
「八朔。お前誰かに妬まれたり恨まれてたりしていないか」
うん、たぶん。
誰かまでは予測不可能だけど。
「横浜にいる1年の中には僕を恨んでいる人もいますが、ここでは・・・」
「横浜からこちらに術を飛ばせるような1年はいないだろう。どちらかといえば、長崎にいると思った方がいい」
「術?」
千代先輩の実家は古くから続く陰陽師の家系で、その陰陽道と魔法をかけ合わせた新しい道を千代先輩は模索しているのだという。
「長崎に来ている人間から恨みを買う覚えは?」
「特に何もないと思いますが・・・少なくとも1年の中では」
「2,3年は?」
「お会いする機会も少ないですし、ただ、僕に対し厳しいお考えをお持ちの方は沢山いらっしゃるかと」
「そうだな、色々な意味で目立ち過ぎの部類ではあるな」
千代先輩は眉間にしわをよせた。
やはり、2,3年の先輩方は俺に対しある種の嫌悪感というか、嫉妬というか、複雑な感情を抱いている人も多いのだろう。
宮城先輩が、慰めるように俺の右肩を叩く。
「千代先輩に、ドア付近に札を書いてもらって貼るといい。内側に張るだけでも結界になる」
千代先輩も心配するなと俺を励ましてくれた。
「じゃあ、今部屋に戻って書いてくるから、君は四月一日の部屋にいてくれ」
広瀬先輩は、皆に交じりはするものの何も語らず、じっとその様子を見ていた。
逍遥の部屋に急遽避難した俺は、誰かに妬まれ恨まれているという事実を実感できないでいた。
「俺、そんなに恨まれてたのか」
逍遥はいつでも冷静沈着。八雲のことを除けば。
「2,3年の誰かだろう。1年の中には君を恨む人間はいないよ、八雲以外は。八雲はこちらに来ていないからね」
「となると、誰だ?」
「選手かサポーター、どっちかだね」
「俺としては、選手の方から恨みを買いやすい気はするんだけど」
「いずれ、君がきたことで不利益を被った人間がいるはずだ。そいつの仕業に違いない」
30分もしないうちに、千代先輩はお札を書き、逍遥の部屋に持ってきてくれた。
3人で503の部屋に行き、俺は鍵をかけないで逍遥の部屋に逃げたことを知り、猛反省した。こういったホテル内での泥棒行為は後を絶たないのだそうだ。
千代先輩は、ドアの内側の四隅にセロハンテープでお札を張ると、何やら呪文みたいなものを唱えて数珠を鳴らす。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん!」
あのー、セロハンテープなどという文明の利器で貼ってもいいんですか・・・。
千代先輩曰く、本当は色々とあるそうだが、今現在、できることはこれしかないという。
「剥がさなければ大丈夫。さ、これで薔薇6期間中はこういったこともないだろう。ゆっくり休め。横浜に戻ったら、寮のドアにまた書いてやるから」
といわれても、ホントにあの音がしなくなったのか心配で、しばらく寝付けなかった。
薬を飲めば薬物検査で引っかかる恐れもあるし、痛し痒しで布団にもぐる俺。
結局寝たのは明け方の5時。
朝7時に逍遥に叩き起こされ、またあれかとビビりながらドア付近まで行くと、逍遥が高らかに「おはよーっ!」と廊下の真ん中で叫んでいる。
俺は慌ててドアを開けた。
「眠い・・・」
「君のことだ、寝つけなかったんだろう」
「まあ、そんなところだ」
逍遥は人を小馬鹿にしたようにくすくす笑って、俺に着替えと洗面を要求する。
「とにかく、下の食堂に行こう。サトルも誘ってくる。譲司はどうする?」
「向こうも夜遅いみたいだし、近頃は生徒会役員と食べてるみたいだよ」
「何かしら情報持ってないかな」
「あったとしても食堂で話さないだろ」
逍遥の脳天気さには、もう笑うしかない。
俺が着替えている間に、逍遥はサトルを呼びに行くという。
せかせかと着替えている間、ひょいと亜里沙や明のことを思い出した。
あいつらがブレーンと呼ばれる立場にいるのなら、もう親しくすることはできないのかな。俺、第3Gじゃなくなったし。
これからどういう態度取ればいいんだろう。
あー、悩ましい。
俺があーでもないこーでもないと必死に考えている間に、着替えたサトルと逍遥が俺の部屋のドアをノックする。昨夜の件もあり、ノックの音に敏感に反応する俺。
「誰?」
大声を出すと、向こうから帰ってくる。
「逍遥とサトル!!」
安心しながら、ドアを開ける。逍遥、被り物だけはしてくれるな。心臓が止まる。
サトルが俺を急かす。
「午前9時からミーティングだから早く食べないと」
まだ午前7時半前じゃないか。
サトルは神経質だからな、昔の俺がそうだったから良くわかる。
今の俺はといえば、少しだけ呑気になったような気もするし、そうでないような気もする。でも昨夜のことを考えれば、まだまだ俺の神経質細胞は元気なのかもしれない。
とにかく腹ごしらえをしようと決め、3人で1階の食堂に降りた。
ホテルの朝食はお定まりのバイキング方式。
俺はいつもどおり、パンとサラダと野菜ジュース。今日はスクランブルエッグも追加してみた。
逍遥とサトルは、2人とも、ご飯に味噌汁に魚と野菜のお浸しと卵焼き。
ゆっくりと噛んで胃の中に流し込み、胃と食物が喧嘩しないように中和する。
サトルは少し焦っているのか、時間を気にして早く食べていたが、ミーティングまであと1時間以上ある。ましてや、逍遥以外に試合に出る1年はいない。もう少し余裕を持って食することを推奨したい。
午前8時。俺たちはようやく席を立ちトレイを下げて食堂を出た。食堂の中では、九十九先輩に言われたとおり情報に繋がるような会話は避けた。ミーティングまでの間、逍遥の部屋で少し話そうかと俺が提案した。
サトルは俺の部屋のお札が見たかったらしいのだが、いつ何時効力が失われるかもしれないので、俺は首を縦に振らなかった。残念そうな顔をするサトルだったが、こればかりは譲れない。
早速507に皆で入る。いつも逍遥の部屋は整理されていた。ベッドに逍遥とサトルが座り、俺は椅子に腰かけて作り付けのライティングデスクに肘をついた。
試合日程をほとんど覚えていない俺。自分が出ないから興味がないというのが本音でもある。
「今日から試合か。種目は何だっけ」
「今日は午前中に開催式典と、午後から白薔薇との対戦でアシストボール。海斗、君、どうせ自分が出ないと高括って、日程忘れてるだろ」
逍遥の手痛い一撃を食らって、弁明の言葉もない。
「バレた?」
「君は顔に出やすいといったじゃないか。気を付けるんだぞ」
サトルはそんな俺たちの会話を聞いて口に手を当て笑っている。
「あ、サトルまで。ところでその仕草、女子っぽくないか?」
「海斗、なんて失礼な。僕は男子中の男子だよ。君らの会話が可笑しかったんだけど、目の前で笑ったら海斗が傷つくと思ってああいう仕草になっただけだ」
逍遥はサトルの横に座っていたため仕草を見ていなかったようで、もう一度やってくれと頼むがサトルが拒否する。
「ケチ」
「ケチで結構。見たら笑うに決まってる」
「うん、たぶん笑うと思う」
そんな軽いやり取りをしている間に、時計の針は、もう午前8時50分を指していた。まずい、ミーティングに遅れる・・・。
俺たちは、あたふたと逍遥の部屋を出た。
ミーティングは701と702の壁を取り払った、広い会議室で行われる予定だ。
701のドアを開けると、ほとんどの選手やサポーターが集まっていた。俺たちは静かに下を向きながら横に進み、一番後ろの席に座った。
「おい1年。遅いぞ」
九十九先輩の声だ。あちゃー、見つかっていたか。逍遥はその気もなかったみたいだが、俺とサトルは平身低頭で謝意を表現するとともに、逍遥の頭も押さえつけて礼をさせた。
すると、沢渡元会長が九十九先輩を嗜める。
「九十九。俺たちは後輩に最低限の規律を伝えていかなければならない責務があるが、上意下達を原則とする生徒会はもうない。必要以上に後輩を叱咤しなくてもよかろう」
「会長・・・」
「俺はもう会長ではない。ただし、責務を背負っていることは確かだ。正しいことを正しいと声を上げ、紅薔薇を良い方向に持っていくよう、後輩を見守る責務が。八朔や四月一日、岩泉。これからはお前たちの時代だ。紅薔薇が今以上に良くなるよう、意見を出し合って欲しい」
逍遥が直ぐに反応し、沢渡元会長に向かい、二度、頭を下げた。
「正しいことを正しいと言うためには、己の行動を律する必要があります。本日はミーティングの場とはいえ、大変申し訳ありませんでした」
沢渡元会長は逍遥や俺たちから視線を外した。
「もういいだろう、座れ」
「恐縮です」
逍遥がすっと椅子を引き座る。
俺とサトルも逍遥を真似て椅子を引いた。




