薔薇6編 第6章
1時間分の総合練習を終え、紅薔薇チームは宿舎であるホテルに引き揚げることになった。
どこから迷い込んだのか、白黒の地域猫が1匹、俺たちをホテルまで誘う。
最初は「ニャーン」と鳴くだけだったのに、いざ荷物を持って歩き出したら、俺たちに先んじてホテルの方に向かったというわけで、俺たちが別に迷子になったわけではないし、猫が頭いいんだと思う。
ホテルの前に着いたら、やはり使い魔であったのか、猫は姿を消していた。
今回のホテルは30階建で、薔薇6出場校が全員宿泊している。
そして5階が紅薔薇男子に振り分けられている。
譲司たち生徒会役員が詰めるのは7階の701号室。
また透視しようと思えば透視できるのだろうが、光里先輩、いや、光里会長は離話できるんだろうか。その前に、透視されたら見破るくらいの力を持っているんだろうか。
で、俺たちが透視できるということは、他校の連中も透視しようと思えばできるわけで。大丈夫なのか?情報規制。
逍遥は、透視する気満々でいる。
でも、なぜか集まるのは俺の部屋、503。
おいおい。向こうが透視返ししてきたら、バレるのはこの部屋じゃないのか?
段々と紳士らしさを失っていく逍遥。まったく。
503に集まっているのは、俺と逍遥、サトルの3人。
そこに口笛を吹きながら絢人が1人で現れた。
「やあ、絢人。忙しくないのか」
「1年で今スタメン張ってるのは四月一日くんだけだから、デバイスチェックも兼ねて遊びに来た。それに、出場機会のありそうな面々もここに揃い踏みだろうと思ってさ」
「亜里沙や明は?」
「あの2人なら701にいるよ」
俺の目は真ん丸になる。なんでサポーターの1年小僧が生徒会役員室に?
「あいつらサポーターだよな。701に用なんてあるのか」
「あ、余計な事言っちゃったかな。あの2人は魔法技術科に属してはいるけど、ブレーンだから生徒の受け持ちとかはしないんだよ」
「ブレーン?」
「あ、またまた余計な事言っちゃった。そう。生徒会のブレーン。どちらかといえば、戦術的なことや現状把握について生徒会役員と相談したり、戦術を立てたりする重要な立場にあるんだ」
俺はあんぐりとするし、逍遥はケタケタと笑っている。サトルだけが、何のことかわからないといった表情で皆の顔を代わる代わる見ている。
逍遥が一言だけ口にした。
「ブレーンねえ」
「そう。四月一日くんなら意味わかるでしょ」
「反対に海斗やサトルはわかってないみたいだけど」
急に話を振られても、俺も困る。
「今までずっと幼馴染としてやってきたから、今更あいつらが何者であっても驚きはしないと思ってたけど、紅薔薇のブレーンってのはさすがになあ」
「それも仕方のないことだよ。黙っててくれと言われてたんだけど・・・喋っちゃった」
申し訳なさそうに絢人は下を向く。
でもこの男、性格は逍遥に似ていると見た。
「うん、別に構わない。あいつらをこれからも信じていくだけだから」
隣でサトルが目をウルウルさせている。
「君は強いなあ。僕だったら嘘つかれてたと思って後ろ向きになるかもしれない」
「向こうの世界を混ぜると12年ほどの付き合いだから、何があっても。ま、敵と言われたら“なんでー”って思うだろうけど」
逍遥は“嘘”という言葉に敏感に反応した。
「嘘は1度吐いたらそれを隠すために何度も塗り固める必要があるからね。でも、こっちに来てから不思議な現象があっただろう?今まで」
「まあ、俺だけくるなら未だしも、あいつらまでついて来たり、普通科じゃなくて魔法技術科だったり、ましてやサポーターと聞いて“できんの?こいつらに”とは思ってた」
絢人がバタバタと右手を大きく振る。
「あの2人の戦術の立て方やプログラミングの腕は、今の3年でも追いつかない程正確無比なんだ。魔法技術科でもみんな一目置いているよ。先輩方だってそうだ。それが君専用のサポーターになったから、余計君は目立ったというわけ」
「え、そうだったの」
「うん、内緒だよー。これ話したって聞いたら拳骨くるから」
「拳骨は亜里沙の専売特許だ」
皆であっはっはと笑っていると、耳の奥で亜里沙の声が聞こえた。
「隠したって無駄よ。絢人に言っておいて」
亜里沙はどうやら、離話までできるらしかった。
それには俺もすっかり驚いてしまった。
「お前、透視できんの?離話までできんの?」
「まあね」
「どうりで俺のことわかってたわけだ」
「年から年中透視してるわけないじゃない。朝だけよ、今日も学校行かないのか、って」
「そういえば寝てる日に限って電話あったな」
「嘘吐くのはあんたと同じで嫌いなんだけど、こればかりはね」
「明も透視とか離話できんの?」
「明はあたしよりすごいよ」
「うへえ、あとで話してみよーっと」
「こっちのミーティングが終わってからにして」
亜里沙の声は消え、俺の前に3人が集い不思議そうな顔をしていた。
逍遥が先陣を切る。
「今のは山桜さんだよね、彼女離話までできるんだ」
俺が明の顔真似をする。いたってクールに。
「明はもっとスゲーらしい」
「大したものだよ、魔法技術科には勿体無い」
「それって絢人に失礼じゃないか?」
「そうかい?山桜さんと長谷部さんは特別だと思うけど」
サトルがこちらを見て、首を竦める。
「今年の魔法技術科は、魔法科よりも魔法に優れてる人が多いみたい。どうして魔法科にこなかったの」
逍遥と絢人が同時に話し始めた。
「八雲は抜いてくれよ」
「魔法技術開発は、これからの世界にとって必要なものだから。昔は人さし指ひとつで魔法を使えていればそれで良かったけど、今は違う。デバイスを経由してもっと魔法力を上げることができる」
逍遥は頷きながらも反対意見を述べる。
「実戦における魔法力は、デバイスだけではどうしようもできない。元々の能力がなければいけないと僕は思う。伸びしろの無いデバイスで上がりきってしまったら、実戦ではお終いなんだ。でも身体的能力は留まるところを知らずに伸びていく。海斗が良い例だ。今は飛行魔法もバングルなしで10mまで浮き上がるくらいだから」
サトルと絢人は驚きを素直に表現する。
「えっ、そうなの?」
「すごいじゃない、海斗」
「そうか?照れるな~」
俺をサカナに議論を始める3人。どうやら701の透視は止めたらしい。
ところで、俺としては各校の情報規制が気になる。こうやって話してることが透視に寄り他校にも知れるんじゃないのか?
その疑問にいち早く答えてくれたのは逍遥だった。
「大丈夫」
逍遥によれば、このホテルでは2~4階、5~7階、8~10階、11~13階、14~16階、17~19階に分れて情報を遮断するバリアが張り巡らされており、他校の生徒会役員室や各部屋などへの透視はできなくなっている。
ただし1階の食堂や20階のパーティールームでは情報遮断の措置はとっておらず、九十九先輩のいうとおり、食堂で自校の戦術や上層部への異論、他校の誹謗中傷などを言っていると即座に透視されてしまう。
俺は九十九先輩と勅使河原先輩に耳を引っ張り上げられ怒られた時のことを思い出した。
「やっぱり九十九先輩の言うとおりだったか」
逍遥は平然としている。
「1階と20階で言わなければいいということさ」
サトルはのみの心臓に近い。
「5階から7階の中でもまずいんじゃないの」
「大丈夫さ、実を言えば、3年生は皆が皆、魔法力が強くなるわけじゃない。持って生まれた素質が物を言うんだよ。魔法競技について言えば、あれは反復練習で何とかなる程度のものでね」
絢人も 逍遥の意見に賛成している。
「逍遥の話は大袈裟だけど、3年生が魔法競技に関して上手に見えるのは練習を積み重ねているからだという話は本当だね」
「透視は使える人が少ないのも事実なんだ。事実、瀬戸さんは巧く使えなかっただろう?」
「でも透視は身体的な能力に他ならない。実際、海斗はこっちに来たばかりなのに上手に使えていた」
「あれを見た3年や2年は、君のことを警戒したと思うよ」
サトルはようやく、会話の中に入ってくる。
「ああ、君を睨んでいるのもそういう3年や2年の選手かもね。自分は何年経っても透視ができないのに、君は一発で熟してしまったから」
絢人が腕を組んで俺の方を向いた。
「睨まれてる・・・?」
「実はね」
俺は今までの経緯を簡単に絢人に話した。全日本の宿泊時から始まり、紅薔薇での昼食や長崎に来てからも嫌な視線が続いていることを。
「最初は八雲かと思ったけど、今回の場合、八雲は長崎に来てないだろ?だから2,3年の誰かかなーって思ってた」
絢人はそのまま腕組みをしながら、右手で口元を押さえている。
「それ、山桜さんや長谷部君に話した?」
「いや、あいつらも忙しいだろうと思って。全然会う機会も無かったし」
「僕が後で話しておくよ。なんか嫌な予感もするし」
俺は笑いながら左手をぶんぶんと振る。
「睨まれてるだけだって」
絢人は急に真面目な顔になった。
「ショットガン、今日の昼に先輩たちに貸してたよね」
「ああ」
「今預かっていく。あと、絶対に見せてはいけないと言われた分は、見せてないだろう?」
「もちろん」
「あれは人前でなるべく使わないようにして。試合中に事故が起きて他の2つが使えない時だけ使うんだよ」
「そんなにまずいのか」
「他のデバイスでは組んでいないプログラムなんだ。紅薔薇の中でも限られた人間しか知らない。だから、むやみやたらに使うのだけは止めると約束してくれ」
「いいけど、なんでそう難しいプログラムを使ってるデバイスを俺が持つんだ?」
「君でないと使いこなせないからだよ」
「逍遥とかサトルでも無理なのか?」
「この2人なら、別バージョンのデバイスを持ってるから」
聞いてない。
俺は逍遥とサトルを交互に見つめ、はあっと大きく息を吐き出す。
「それは聞いてなかったな」
逍遥は、なおも平然としている。
「君に話せば山桜さんに話すかもしれないと思ってねえ」
サトルは申し訳なさそうにしている。
「沢渡元会長から急に呼び出しがあって、1人で伺ったんだ。その時渡されて、他の人には言うなって」
逍遥と絢人が可笑しいといった顔をして互いの身体を突きながら笑う。
いや、そこ、笑うとこじゃないから。
俺は、デバイスなんてみな同じだと思っていた。プログラムが同じショットガンを2~3丁持つだけだと。
だから、亜里沙たちが忙しそうにしているのを見てもピンとこなかったのが事実だった。
やっと、目の前を覆っていた濃い霧が、ギラギラとした太陽に照らされて晴れていくような感覚に、背骨がピン、と伸びた自分がいた。




