薔薇6編 第4章
スマホ、財布、ジャンパーにジーンズ。
ジーンズ他着るものはクローゼットの中にあったからだが、財布とスマホはこちらには持ってきていないものだった。なぜ初めてこちらに来た時消えていたのかわからないが、今はこうして手元にある。
スマホは、電話としての機能はなくインターネットも見られないが、時計やアラームにのみ特化するなら、問題なく動いていた。財布の中身は・・・空だ。
ホテル内の部屋で色々考えた。
本当にこれでいいのか、後悔は本当にないのか。
親は、俺によかれとしてあの学校を勧めたし実際、あそこで踏ん張るべきだったのかもしれない。学校に行けば何かが変わったのかもしれない。
でも俺は、あの人たちの息子でいることに疲れてしまった。
気付かないうちは良かったんだ。でももう、気付いてしまった。気付きほど人生を変え狂わせてしまうものはない。
ここで決めたのも自分自身。自分の意志で何もかも決めていく人生。
そうだよ、俺は俺としての人生を歩みたい。
俺にはもう退路が無い。
第3Gの特権とやらが気になったが、まあ、なんとかなるだろう。もしかして、金目のことなら大変だけど。財布、空だし。
でも、たぶんこっちの世界を選ぶ第3Gは少ないんだろうな。
誰だって、親と暮らしたいと願うはずだ。
しばらくの時間が経った。自分で長く感じただけかもしれない。
ドアをノックする音とともに、沢渡元会長が姿を現した。
「山桜から事情は聞いた。本当にいいのだな」
「決心は変わりませんが、2,3点ほど、伺いたいことがあります」
「なんだ」
「第3Gの特権とはなんですか」
「一番の特権は競技会へのエントリーだ。同じ成績なら、学科生より第3Gを優先する」
「あとは・・・」
「生活面だな。第3Gは、学費や寮費まですべて免除される。第3Gを辞めれば免除でなくなる。だが、その分は奨学金で賄える。返さなくても良い奨学金なので、使いやすいだろう」
「小遣いは・・・」
「それも含めての奨学金だ。派手な生活はできないが暮らすのに支障はない程度の金額が支給される。我が校においては、アルバイトは禁止されている」
「魔法実技が試験科目とか?」
「そうだ」
「もうひとつだけ。新しい第3Gは来るのですか」
「中途になるから、もう今年はとらないだろう。そうだ、お前の制服など、必要なものは揃えておく。あとで山桜と長谷部に持たせるから、明日から制服の時はそちらを着るように」
沢渡元会長はゆっくりと立ち上がり、俺に会釈しながら部屋を出ていった。
行き違いに、亜里沙と明がワタワタとした足取りでノックもせず部屋に入ってきた。
「沢渡元会長から聞いた?」
「第3Gの特権と奨学金の話は聞いた」
「そう。じゃ、これから薬あげるから一気に飲み干して」
「お前たちの顔まで忘れたりしないだろうな」
「どうかなあ。人に飲ませたことないからわかんない」
「俺は人体実験の道具か」
「第3Gでこっちに根城を置く人がいなかっただけよ」
明もにこやかに頷く。
「忘れたとしても、俺たちが思い出させてあげるよ、幼馴染だっていうことだけ。昔の暮らしのことは全て忘れる。でも俺たちはずっとそばにいるから」
「いいよ、それで。お前たちが近くにいてくれるだけでいい」
寄越された薬は、飲み干すと言われたのでてっきりドリンク系かと思ったら錠剤だった。うげっ。昔から錠剤は苦手だ。
錠剤が一粒、それで記憶をコントロールできるなんて発明品だなと思う。ところで、副作用とかないんだろうな。
「これもねえ、初めての経験だからわかんなくて。なんかの副作用あっても薔薇6の試合日まではなんとかなると思うけど」
「頼りない幼馴染だな」
俺は微かに笑い、薬を手に取った。
まずはよし。
これで俺の人生の第二期が始まる・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
目覚めると、俺はベッドの上で船を漕いでいた。
亜里沙と明が目の前にいた。眠気の混じった声で2人を呼ぶ。
「おう、亜里沙、明。お前らここで何してんの」
「あら海斗。目覚めた?」
「なんで俺座ったまま寝てんの」
亜里沙が首を傾げる。
「なんでかしらね。さ、下に降りて食堂いくかー」
明も一緒に立ちあがった。
2人ともどうしたんだろ。なにか変だ。
俺たちは全員、紅薔薇の制服を着ている。それに対し、俺は別に違和感がなかったし、2人とも粗探しをしない。
そのまま3人で食堂に降りた。
逍遥が目を瞬かせて近づいてきた。
「似合いだねえ」
何のことを言われているか分らない。
「何のことだ?」
「3人揃っている所が」
逍遥はそういって笑ったが、目が笑ってない。何か隠し事をしている。まあいい。逍遥は昔から隠し事だらけだ。
サトルも近くにきたが、亜里沙と明に遠慮しているようだった。
「どうした、サトル。遠慮しないでこっちきなよ」
「今日は止めとく。明日のミーティング午前9時だから忘れないでね」
普通なら亜里沙や明はこういうときどっかに消えてしまうのだが、今日はそばを離れなかった。
まったく、お前たちは昔からそうだよ。
・・・昔?
こいつらは幼馴染。でも、いつから一緒だったっけ。
そうだ、保育園。
母さんが働いてる俺は、1歳の時から保育園に預けられたんだ。
で、2歳になってから亜里沙と明が保育園にやってきた。
それ以来の仲というわけさ、俺たち3人は。
「なあ、お前たちの両親って働いてたんだよな、保育園預けるくらいだし」
亜里沙は少し考えてるようだったが、いつもの明るい口調で言葉が返ってきた。
「あたしのとこも明のとこも自営業だったからね」
「美容師とか?」
「そんなものね」
「うちは小学校の先生でさ。うるさい母親だったよ」
亜里沙の顔がそれとわかるくらい渋くなる。眉間にしわを寄せ、目を細めている。
なぜ?お前たち、母さんのこと知ってるよな?
「母さんのこと、昔から俺の家に遊びに来てたからわかるだろ」
明は黙ったまま、口を開かない。
「どうしたんだ、2人とも」
亜里沙と明はアイコンタクトをとっている。
なぜ?
「俺の両親のこと、知らないんだっけ」
亜里沙が思いっきりにこやかに俺の方を向いている。
「ねえ、海斗。あんたのお父さんて何してるんだっけ」
「しがないサラリーマンだ。帰りが遅いから小さい頃から話した記憶がないほど。なのに、高校生になったら俄然口出し始まって・・・」
「あんた、今までの生活忘れてないのね」
「何いってんだよ、忘れる訳ないだろ」
亜里沙は一旦苦々しげな表情になった。こんな亜里沙は初めてだった。
「じゃあ、今ここにいる理由は?」
「第3G、と。違うな、こっちに来ること決めて、第3Gを返上した」
「OH.NO!」
亜里沙が叫んでいる。お前はいつもどこかに向かって吠えるんだよ。今回はどこに向かって吠えてるんだ。
「副作用も何も、全然効いてないじゃない。プラセボでもあるまいし」
「プラセボ?俺、何か飲んだんだっけ。ああ、記憶喪失の・・・って、なんで全然効いてないんだよ」
そうだった。記憶喪失になる薬をもらって、一気に飲んだんだった。
なんで俺、記憶失ってないんだろう。なんで効かないんだ?
偽薬でもつかまされたんじゃないのか、亜里沙。
「わかんないわよ」
「しょうがないなあ。効かなかったものは仕方ない。第3Gから抜けたことだけ覚えてればいいだろ」
明が、むすっとしている亜里沙を横目に、俺を指さして笑う。
「海斗は昔より神経質で無くなったような気がする」
俺、神経質だったっけ?
そういえばそんなこともあったような。
性格が変わる薬だったのか?
亜里沙がなぜ焦ったのか察しがついた。両親の記憶も同時に抹消したからだ。
俺はもう、二度とリアル世界に帰れない。
「あー、こんなことなら並行して進めるんじゃなかった」
「いいよ、別に。ああいう親だし、こっちに来なけりゃ来ないで、家出してたと思うよ、俺」
「そうかなあ。大人になっても会えないんだよ、いいの?」
「構わないって。さて、今日の飯はなんだ?」
「ホテルのバイキング。どこでも似たようなものよ。何食べる?取ってきてあげる」
「じゃあ、焼肉」
「肉料理ね、了解。明は?」
「自分で選ぶ」
亜里沙たちは2人揃ってトレイを持ち、肉料理のコーナーに消えていく。
その時また、俺に向かって視線を発する動きが見られた。
今回が一番酷いというか、長かった。
制服を着てるから第3Gでないことは分るはずなんだが。それに、ここには1年はいない。やはり、2,3年から恨みを買っているようだ。
沢渡元会長に相談した方がいいだろうか。
いや、あの人は怒ると物凄く怖い。会長で無くなったといっても、影響力は以前同様だと思う。
沢渡元会長に相談するのは最後の手段として・・・。
なんで睨まれるんだろう。
俺が首を捻っているのを亜里沙が見つけたようで、料理を持ってくるなりしゃがんで上目遣いで俺の方を見る。
「どうしたの」
「誰かに睨まれてるんだ。全日本のときから。今日で5回目くらいかな」
「第3Gだったからかもね。あんた何気に目立ってたし」
「もう立場捨てたの、制服見ればわかんだろ?」
「うん。それなのに睨むってことは、相当恨んでるのかも」
「怖いこと言うなよ」
久しぶりに亜里沙と明と3人での夕飯は、とても楽しき時間を俺にくれた。
保育園時代からの思い出話に花を咲かせ、これからの紅薔薇生活に心馳せながら。




