魔法W杯 全日本編 第5章
体育館では、およそ30人の生徒が魔法の練習をしていた。たぶん、魔法科の生徒なのだと思う。
練習風景はちょっと変わっていて、制服のまま腕を動かしているだけの人もいれば、体操着に着替えている人もいる。
俺はその時体操着を持っていなかったし、私服で、というわけにもいかないから、そのまま制服で練習を始めることにした。
中には、教師らしき人も見える。
その教師に近づいた。
「あの、今日は何をすれば・・・」
「君は誰だ、名乗りなさい」
「1年の八朔海斗です」
「君が第3Gの・・・。では、君は指先に魔法力を集中させる訓練をしなさい」
「あの、どうやればいいんですか」
教師は物凄い目で俺を睨んだ。
まるで、赤ん坊に時間をかけている暇はない、とでもいうように。
「誰か、八朔くんにやり方を教えてくれ」
少々ヒステリックな声が体育館中に響く。
その声を聞き、驚いて泣きたくなった。
もう、嫌だ。このまま帰ろう。
俺は好きでここにいるんじゃない。
踵を返して体育館から出ようとしている俺を亜里沙が止めた。
「ほら、向こう」
泣きそうになってる俺。
でも、亜里沙を始めとした、ここにいる連中に涙は見せたくない。
しばらく立ち止まり下を向いていた俺の肩を後ろから叩く人がいた。
亜里沙ではない。亜里沙はいつの間にか目の前にいる。
肩を叩いたのは誰だろう。
涙をこらえて後ろを振り向くと、昨日ミーティング室で紹介を受けた生徒会書記の南園遥さんだった。
「今はまだ何も教えられていないのですもの。わからなくて当たり前です」
南園さんは少しだけ微笑むと、ウインクしてくれた。でも俺には笑う気力も微笑みを返す気力も、言葉すら発する気力も失われていたように思う。
「はぁ・・・」
「指先に魔法力を集中させる訓練とはですね」
南園さんは、自分の右手を握り、親指と人差し指を開いた状態でしばらく目をつむっていたかと思うと、目を開いて体育館の壁に向かって歩き、壁に設けられている点数表のような丸い盤に向けて人さし指をかざした。
途端に、盤の中に書かれている点数表にダーツのような矢が命中し、点数が表示される。
100点。
たぶん、ものすごい集中力と命中率なんだと思う。
「人さし指に意識を集中して、腕を直角に伸ばし、発射する。これが一連の動きです」
涙顔もなんのその。
そんなん、俺にできるわけねーだろー!!
心の中で叫びながら、南園さんの真似をする。
まず、人さし指に意識を集中して・・・腕を直角に伸ばし・・・発射する。
ズン!肩にくる衝撃。
点数表示は・・・80点。
おや、初めてにしてはまあまあの点数。
って、喜んでる場合ナノ?
ビギナーズラックという言葉もあるくらいだから、もう一度、同じ動作を繰り返す。
90点。
横にいた亜里沙や、いつから俺の近くにいたのかわからない明が、拍手をして喜んでくれた。
いや、恥ずかしいんで拍手はちょっと・・・。
って、喜んでる場合ナノ??
「すごいじゃない、海斗。あんた才能あるわ」
「まぐれだよ」
「まぐれ当たりなもんか。平均85点だぞ。このまま練習すれば、もっと点数が出る」
2人に見守られ、俺は指先に魔法力を集中させる訓練とやらを1時間近く行った。
平均値は85点。
南園さんも褒めてくれた。
「筋がいいですね、八朔さん。このまま訓練を続けてください。これが魔法の基礎ですから」
そうなんだ、魔法って、杖か何か使って呪文でも唱えるのかと思ってた。
簡単、といったら失礼だけど、意識だけで何とかなるものなんだ。
先程のヒステリー教師が、授業後、俺に声を掛けやがった。
「よくできているな。この調子で頑張りなさい」
いや、あんたのためには頑張りたくない。
南園さんや亜里沙や明のためなら頑張ろうと思う。
授業が終わると、南園さんが俺の元に走ってきた。
推定Fカップを揺らしながら。
「今日の授業が全て終わったら、生徒会室でお待ちしていますね」
「あ、はい」
「では」
一旦、南園さんと別れた俺は亜里沙や明と一緒に、魔法科の教室に戻った。
机には授業のコマ割が書いてあって、次の授業は屋外だった。
先程の授業の教師とは違う人が教えていた。
皆の動きを見ていると、どうやら飛行魔法とでもいうべき内容だった。
人が・・・飛んでる・・・。
でも、人間ただで身体が宙に浮くわけがない。
重力に逆らった動きなど、通常ならあり得ない話だ。
何か絡繰りがあるんだろう。
歩み寄ってきた教師は、優しく俺に声をかけてくれた。
「ここでは飛行魔法を練習します。まず、このゴールドバングル、デバイスと呼んでいます。これを利き手の手首に付けて、そのまま空中に浮きあがります。もし出来ないときは、2~3歩走ってからジャンプするように浮き上がってみて」
他の生徒を見ていると、すぐに空中に浮きあがれる者もいれば、助走してジャンプしてから浮き上がる者もいた。ジャンプしていた生徒の方が多いかもしれない。
俺は右手が利き手。
右手の手首にやや硬いバングルを通すと、手首から全身に何か揺らぎを感じた。
そして、右手の人さし指に少しだけ意識を集中させると、何やら身体が揺れてくる。そしてそのまま、身体は地面に垂直に浮き上がった。
「やった」
何故そうしたのかは今でもわからないんだが、俺は浮き上がると同時に、人さし指を右へ流した。身体は右へ流れていく。同じように左へ、前に、後ろに、人さし指を動かすだけで身体が動く。上に昇りたいときは上向きに、下りたいときは下向きに。
面白いくらいに身体が動く。
円を描けばその通りに。
亜里沙や明も喜んでいた。
上に昇ると、二人の顔が小さく見える。
あまりに面白いんで、ぐるぐる人さし指を回していたら、重力に逆らい過ぎたせいなのか、具合が悪くなった。
教師が寄ってきた。
「スムーズに動けるようですね。あとは、持久力を高める練習をすれば、もっと長い時間飛行していられるはずです」
「ありがとうございます」
ところで、持久力を高める練習ってどうやるんだろう。
教師を捉まえて、臆面もなく聞く。
「それは自分自身で考えることなのですよ。でも、ヒントを上げます。体力がつけば自然と持久力もつくもの。日頃からの運動が大切ですね」
教師は、ヒントと言いながら、全部話してくれた。
何かしら、毎日運動をすればいいわけだ。
でも、学校と寮(=俺の部屋)は歩いて5分。遠くまでジョギングするのも面倒だし、さて、どうしようか。
考えているところに、またもや現れた南園さん。
「寮のフィジカルフィットネスルームには、色々な器具が揃っています。それを使って体力維持に必要な運動もできますよ」
ありがたい。
飛行魔法の授業も、1時間ほどで終了した。
午前の部が終わり、昼休憩。
亜里沙や明が、どっからか持ってきた俺の分の食事チケットを機械に入れて、目の前にご飯少な目の焼肉定食が出てきた。
亜里沙は俺の好き嫌いがわかってない。俺はパンと野菜ジュースがあれば腹に足りるというのに。
「さ、食べて体力つけないとね」
お前の気遣い、本気で涙が出るよ。
俺たちは、何もないところではいつも3人組。
クラスは普通科と魔法科にわかれているから、学年集会などのイベントがあれば別々なのだろうけど。
昼ご飯を食べ終わり、早速3人で教室へ向かう。
教室の中は、同じ授業を受けていたやつらで一杯だった。
自分の机を探し時間割を確認する俺たち3人組。
すると、俺の目の前に突然姿を現し、声を掛けた生徒がいた。
「君、八朔海斗くんだよね。僕は四月一日逍遥。体育館とか屋外練習場での君の動き、見てたよ。初めてとは思えない程の出来だった」
「あ、ありがとう・・・」
「全日本に出る立場でもあるし、一緒に頑張ろう」
すると、これもまたおなじみで、聞こえるように大きな声で悪口を言うやつもいる。
「全然魔法力もない人間が全日本なんて笑わせる。今年の第3Gは助っ人にもなりゃしねえ」
四月一日くんは、俺の方に顔を向けながら、目を瞑って表情だけはにこやかになりながら、それより大きな声で返していた。
「元々の魔法科生の出来が悪いから、第3Gに頼む羽目になるんだ。自分の力を上げてほしいよ、まったく」
にこりとしながら、究極の嫌味。
ただ、四月一日くんは授業で見ていた限りでは何でもそつなくこなすし、スタミナにも問題なさそうだった。
俺の悪口を言った人間も、あからさまにブーメランで自分に返っていったものだから、恥ずかしくて部屋を出たらしい。
「ところで、こちらのお二方は?」
「あ、普通科の山桜亜里沙と長谷部明。幼馴染なんだ。幼稚園から中学まで、ずっと一緒のクラスだったんだ」
「僕は四月一日逍遥と言います。君たちは普通科、いや、その腕の刺繍は「魔法技術科」だね」
魔法技術科?
こいつらが?
亜里沙は普通科っていったけど。
なんで嘘をつく必要がある?いや、亜里沙は自分で普通科とは言ってなかったような気がするから、勘違いしてただけかもしれない。
まあ、どっちにしてもリアル世界に行けば、高校さえ別なんだ。今こうしていられることを楽しもうじゃないか。
亜里沙が珍しく下から俺を見上げている。都合が悪くなると見せるゼスチャーだ。
やはり、なにかしら都合が悪いことがあるらしい。
「ごめん。ホントのこと言ったら、あんた授業ストライキするような気がして」
今度は上から明の声がする。
「俺たちも勉強することはあるけど、今日自習だったのはホント」
別に、今日は怒らない。
俺にも魔法が使えることが分ったから。
「気にすんなよ。また茶話会やろうぜ」
亜里沙が「ありがと」と小声で許しを請うと、明は深々と頭を上げた。
俺は午後のコマ割を確認しようと自分の机の前に立った。亜里沙と明は、後ろで黙って立っている。おい、そこで何かツッコミはないのか。
本当に、昔から不思議な2人だ。
そういえば、こいつらとの出会いは保育園の時だった。母さんは働いていたから、俺は1歳の時から昼間保育園に預けられていた。
そこでこいつらに出会ったのが初見になる。小さい時から亜里沙も明も変わりがない。そのまんま、身体だけが大きくなった感じ。
いつの間にか、3人とも高校生だよなあ、と感慨に浸る俺。
そんな俺の頬を亜里沙が抓る。
「ほら、時間割確認した?」
「いでっ、急に抓るなよ、亜里沙」
午後1コマ
魔法実技:ラナウェイ
午後2コマ
魔法実技:アシストボール
俺は運動神経マイナスの男。
午後の授業は、何か嫌な予感がした。