薔薇6編 第2章
白薔薇高校は、長崎県長崎市にある。
選手たちの体調や調整時間を考え、長崎入りは試合開始の3日前になった。
長崎は日本の江戸時代、鎖国が強化されるまでは海外との貿易を行っており、鎖国後も出島でオランダ人が貿易を行っていたという。
そういった歴史もあり、異国情緒に溢れ、まるで日本では無いかのような錯覚に捉われる建物が軒を並べるこの街は、一方で原子爆弾投下という悲劇に見舞われるという哀しい出来事が起こった悲運な街でもあった。
今は平和記念公園に観光客が訪れ、坂の所々にカギ尻尾の猫たちが寝そべり、平和という二文字を満喫しているかのようでもある。
残念なことに、薔薇6戦を控えた俺たちは、とてもじゃないが観光ムードでなかったため、観光地に足を伸ばすことは許されていなかった。
折角来たのだから、天草四郎を思い起こさせる隠れキリシタンの世界遺産とか、ハウステンボスとかグラバー邸とか行ってみたいところが沢山あったのだが。
俺はスタメンに入っていなかったから余計観光のことが気になっていたのだと思う。
それはそうと、沢渡元会長は、この世界とリアル世界とは背中合わせだと言っていた。そうなると、観光地の街並みや歴史は変わらないのか。
いやいや、この風景はこの世界の風景なのであって、もしかしたらリアル世界の長崎はもっと違った側面を見せてくれるのかもしれない。
周囲に聞いた限りでは歴史の流れはリアル世界と同様だと思うが、俺が知らない何かがこの世界にあってもおかしくはない。
観光、したかったな。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
選手たちやサポーター、生徒会役員に、今回は県外遠征ということで県外引率の教師が1人。俺たちは全員バス移動で、横浜から長崎までバス4台で20時間近くをかけて移動した。学年ごとにバスに乗ったので、結構気楽に構えていられた。だが女子は1台のバスで学年を考慮せずに押し込めたはずだ。
俺、女子じゃなくて良かった―。これが先輩と一緒なら、緊張しっ放しで余計に疲れ果てていたと思う。
でも、俺としては、どうせなら移動は飛行機にしてもらいたかった。それまで飛行機に乗ったことがなかったからという地味な理由もある。
え?海外旅行とか沖縄旅行とか、したことがないのかって?
あるわけないよ、あの親だモン。
息子を海外や沖縄に連れて行くより、自分の仕事や休日ゴルフを優先させる両親に多くを求めても無駄。俺の諦め精神はそこからきている節もある。
おっと。俺は両親の悪口が言いたいんじゃない。
バスに何時間も揺られるのは非常に辛いという事実が俺の前に突き付けられていることを力説したいのだ。
途中休憩もあるのだが、足腰がバキバキに固まってしまい、エコノミー症候群を発症しそうだ。
あー、こういう強行軍だから3日前の長崎入りを決めたのか。
向こうに着いたら、まず背伸びをしないと。
20時間をバスで駆け抜ける旅は、俺にとって苦痛でしかなかった。
何より、夜眠れない。昼間はなんとなくぼーっと外を眺めていたからだけど。昼間に眠って置けば良かった。
もう、夜は信号でのブレーキと歩行者信号音でまず目が覚める、繁華街近くの道路では車同士の衝突事故まであったようでドン!!と凄い音がしていた。
少し田舎道に入ったのかなと思うと、虫の大合唱。牛かと思うような声で泣くあの虫は、なんなんだ?
そんな俺を乗せながら20時間。
バスは長崎市内に入り、目指すホテルにようやく着いたようで、バスのドライバーさんは徐々に、ゆっくりとブレーキを踏む。
俺のようにほとんど寝付けなかった生徒もいるかもしれないと心配していたのだが、案外皆、欠伸をしながらもぞもぞと起き上がっていた。
やっぱり俺の神経質細胞はMAXで蠢いているのかもしれない。
逍遥も欠伸をしながら、疲れ果て目の下にくまをつくった俺を見てくすっと笑った。
「全然寝てないかのような顔だ」
「お察しのとおり、全然寝てない」
「席は倒せただろう?それとも窮屈なままでいたの?」
「倒したさ。でも寝れないんだよ。20時間起きてるのはさすがに辛い」
「時差ボケじゃあるまいし・・・。ホテル内で今日明日の日程について説明があるだろうから、その後部屋で寝たらいいよ」
逍遥はたまにすごく失礼なことを言う。
先にバスを降りた逍遥が、バス側面に設けられた荷物置き場からキャリーバッグを取り出した。俺も倣ってキャリーバッグを取り出す。
2日前の夜のことを思い出した。
俺は小中学校の修学旅行の他は、1泊2日の日程でさえ旅行とかしたことがないものだから、キャリーバッグなる物を持っていなかった。
困ったなと頭を抱えていると、亜里沙がひょっこり現れて、俺にキャリーバッグを貸してくれた。
「新古品だからあんたのモノにしていいそうよ」
「どっから持ってきたんだよ」
「生徒会室から」
「お前、生徒会にしょっちゅう出入りしてるのか」
「まさか」
確か全日本の最中に、こいつと明が601の部屋にいたのを逍遥が透視している。
「全日本の時も生徒会役員部屋にいただろ」
「あのときはあんたの波動が複雑になってリアル世界に戻りかねない状況だったから、サポーターとしてできることがないか聞かれてたのよ」
「そうなのか?で、なんか策はあったの?」
「そんなん、あたしと明が分る訳ないじゃない。結局あんたは戻ることなく今もこうしてここにいる、それが結論」
「なんだ、そしたらお前らだってここから帰れないじゃん」
「まあねー。それはそれよ」
「何がそれはそれなのかわかんねー」
「なるようにしかならないってこと」
かくして俺は今もこっちの世界にいて、亜里沙と明もこっちにいる。
ほとんど会わないけど。
俺はこいつらが普段はリアル世界に戻ってるんじゃないかと疑ったほどだ。
でもそうなると、時間の流れが読めなくなるんだよな。
リアル世界では一瞬の時間が、いや、もしかしたら時間が止っていて、今は俺の意識だけがここにいるのかもしれない。身体もここにいるのかな。それがわからん。
そうすると、こないだの母さんとのバトルは5月半ばということで、そこから時間が経過していないとするならば、俺や亜里沙たちがずっとここにいられるのもわかる。
つまりは、白昼夢みたいなものですな。
“こちらの世界を楽しめ”
沢渡元会長の一言があったから、今俺はここにこうしていられるようなもので。
第3Gを快く思わない人もたくさんいて。
でも、友人と呼べる人もいて。
ただし、これが白昼夢なのであればあるほど、現実の世界に戻った俺は茨の道を歩かなくてはならないだろう。
どこの高校に属したとしても、友人も作らず、孤独を感じながら生きることになるかもしれない。
それとも、また挫折してひきこもり生活になるかもしれない。
いや、孤独を感じたとしても、もう俺は逃げない。
孤独を楽しめるほど俺は強くないけど、1人でも生きていけるような気がする。
こちらの世界に来て、ようやく孤独を感じ孤独を受け入れられるようになったのだから。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
同じバスに乗っていたサトルが俺の頬をつついた。
「海斗、何ぼーっとしてるの?」
サトル。お前も結構はっきりとモノをいうやつだな。
「ちょっと考え事。眠れなかったから辛くてさ」
「あ、僕も眠れなかった。隣で逍遥がイビキかいて寝てるのが羨ましかったよ」
「強心臓だよ、逍遥は」
どこからともなく逍遥の声がする。
「僕がなんだって」
どうやらまたホテルの中から透視、離話してるらしい。
まったく。
「なんでもないよ、君がイビキかいて寝てたという話」
「僕がイビキなんてかくわけないだろう」
「残念でした。今回は目撃者がいる」
「誰?」
「サトル」
「おかしいな、僕はいつもスヤスヤ寝てるんだが」
おいおい。
言い訳しても無駄だ。
透視は試合以外で使うとなると、趣味が宜しくない。学校側でも禁止にしてくれないかな。
逍遥くらい遠くまで透視できる生徒はいないだろうから、禁止など意味をなさないのかもしれないけど。
溜息をつきながら、俺はサトルとともにホテルの中に入った。
譲司は生徒会役員になったので、今回行動を共にすることはできない。
なんでも薔薇6は全日本以上に生徒会がメインになり進行するため、もう、全日本とは比較にならないくらい忙しいのだそうだ。だから南園さんも見ていない。
生徒会役員は以前より1人減ったわけだから、忙しくなるのも無理はない。早く書記の子を見つければいいのに・・・と、俺が言えた口ではない。
以前の生徒会をぶち壊したのは、逍遥と、俺だ。
またそうやって考えてしまうと歩みが止る。
サトルが俺の面倒を見てくれて、キャリーバッグをガラガラ引っ張ってくれる。
俺たちがホテル内に入ると、キャリーバッグをフロントに預け終えた逍遥が立っていた。
「君たちも早く預けておいでよ。これから日程説明があるらしい」
「わかった」
俺とサトルはガラガラとキャリーバッグを転がしてフロントに急いだ。
もう、フロントでは生徒たちが列をなしている。
その最後尾に並びながら、サトルは少し興奮気味に語っている。
「今回チャンスが回ってくるかわからないけど、もし出場できたらベストを尽くそうね」
俺は全日本に出場してるからピンとこなかったが、サトルにとっては薔薇6がデビュー戦になるのだ。緊張しているのが見て取れる。
「そう力まないでさ。いつ出てもいいように2人でトレーニングしようよ」
「うん!」
本当に嬉しそうな顔だった。
あの出来事さえなければ全日本で活躍できたのに、という思いと、あれがあったからこそ、サトルは自分を振り返り反省することができたのだなという思いが俺の中で交錯する。
サトル自身がやっとここまで来たのだから、あとは思い切り動き回ってもらうだけ。
出る機会があるとすれば、ラナウェイかアシストボール、あるいはプラチナチェイス。マジックガンショットは出場3選手が皆9~10分台で上限100個のレギュラー魔法陣を撃ち落としているのだから、よほどの事故でもないかぎりメンバー変更はないだろう。
ところで、俺はマジックガンショット12~13分台で上限撃ち落としなのだが、サトルはどのくらいの実力なんだろう。
そう思うと、1度出てみて欲しい気もする。
黄薔薇高校あたりだと実力的にみて紅薔薇の方が勝っているようなので、そこでメンバーチェンジもあり得るかも。
生徒会がどう考えているか、譲司に聞きたいほどだった。
またもやぼーっと考えている俺。
フロントの綺麗なお姉さんに「おはようございます!」と元気に声を掛けられるまでその場に立ち尽くしていた。もうサトルは荷物を預け終えていた。
「早く早く」
急くサトルを尻目に、ゆっくりとした動作でしか動けない。
寝ていないのが辛い。
お姉さんが何を言ったのかもほとんど聞き取れなかった。
目の前が真っ暗になる目眩と、ザーッという激しい耳鳴りが俺を襲ってきた。
思わず、俺はその場に座り込んだ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
何分そうしていただろうか。
暗かった目の前が段々明るくなり、耳鳴りも止んできた。
立ち上がろうとした瞬間、サトルでもお姉さんでもない声が聞こえてきた。
「海斗、どうした」
重くのしかかる声。
目を開けると、そこには父さんが立っていた。




