魔法W杯 Gリーグ予選編 第3章
俺はこっちに来てから、ある種リアル世界では自慢としていたポーカーフェイスができなくなってしまったらしい。
お蔭で、今回のミッションからも外されるようだ。残念だが、致し方ない。
「じゃ、捕まえたらすぐに声かけろよ」
「了解」
逍遥の部屋を出て、自分の部屋に戻った俺。
やはり寮の部屋と俺の部屋は格段に違っていた。逍遥の部屋が整理整頓されていて綺麗なのも違いの一端ではあるのだが、寮の部屋は机やベッドの配置がとても効率的で収納スペースもたくさんある。
俺の部屋は収納スペースがクローゼット一棹しかないので、どうしても周囲に散らかってしまい、窓際に洋服を掛ける癖がついてしまった。
それにしても、またカレーを頼んだくらいで犯人が捕まえられるだろうか。幸い国分事件は学内には広まっていないと推察されるが。
なぜ推察されるかって?
噂は噂を呼ぶ。
もし学内に広まっていれば、俺や逍遥、瀬戸さんに南園さんの誰かの耳に噂が入るだろう。譲司の耳にだって入るかもしれない。譲司は実際にサブからスタメンに上がったわけだし。
でも譲司の口から、そんな噂話は聞こえてこない。
逍遥のことだから、Gリーグの予選が始まる前に事を起こしてしまう可能性は大いにあると思っている。
リーグ戦が始まってしまったらそれどころではなくなるのだから。
となれば、明日以降の2,3日の間に国分事件は瞬く間に解決を見るかもしれない。
不謹慎極まりないのだが、俺はちょっとワクワクしてしまった。
犯人を間近に見て、現行犯で捕まえられる。私人逮捕っていうやつか?
ちょっとした快感。
その場面を想像すると、カレーにアンフェタミンを入れる犯人の後ろ姿が見えるはずなのに、それが男子か女子か、影だけでもいいから知りたいのに、俺の目に影は現れなかった。
もどかしい気持ちが募る。
果たして、犯人は新たな動きをみせるのか。
翌日昼時間。
逍遥は朝、俺を叩き起こし俺にウインクしたので何事かと思っていたら、なんと今日、事を起こしてしまった。
真昼間の食堂で、南園さんと並び、カレーを注文したのだ。
逍遥の隣には体格のいい男子がいたのだが、真っ黒いジャージにマスクとサングラスを付けていて、頭はパーカのフードで覆っていた。
・・・怪しさ満載。誰だ?譲司か?
今回、俺はサブでエントリーされているだけなので、カレー策戦には参加していない。
カレーが皿に乗せられてカウンターに並ぶ。そして逍遥たちがカウンターに背を向けたその時だった。
ある人物がカウンターに近づき、悍ましい行動を起こした。
スパイスの缶と思しき小さな容器を持ち、逍遥と南園さんが頼んだカレーに知らないふりをして近づき、粉状の何かを片方の皿にだけ入れたのである。
たぶん、入れたのはアンフェタミン。国分くんのカレーに入れた禁止薬物だ。
行動を起こしたのは、国分くんに薬物を摂取させた犯人と同一人物だろうと推考された。
よもや犯人は気付いていなかったのだろうが、俺と瀬戸さんはカウンター横に設置されているジュースの自動販売機の陰から2つのカレー皿を凝視していた。
俺たち2人は、目だけは犯人から逸らさないようにしていたが咄嗟に手を握り合い、犯人がわかったことを互いに知らせ合った。
待ちきれず、犯人を取り押さえようと瀬戸さんは自身が隠れていた自販機から前に出ようとした、その時だった。
カウンター脇にいたはずの南園さんが自販機脇からこちらに現れ、俺と瀬戸さんを止めた。
「もう少し待ってください」
南園さんの強い口調に抗えず、俺たちはそこで待つことになった。
尚も俺たち3人は、自販機の影から犯人の動向を見つめる。南園さんがいなくなっても大丈夫なのか?もう入れてしまったから犯人的にはどっちでもよかったとしても、早く捕まえないと犯人が逃げてしまう。
ほら!逍遥!早く!
すると、俺の声が聞こえたのかどうか、逍遥がカウンターの方を向いた。そしてすぐに犯人の隣に移動し、薬物入りと思われるカレー皿を持って、犯人の肩を掴んだ。
「君。このカレー食べてくれないか」
「・・・今、お腹こわしてて」
「大丈夫。胃薬もあるし下痢止めも持ってる」
「カレーは好きじゃないから」
その時だった。
逍遥の隣にいたあの怪しげな人物の怒号が学校の食堂内に響いた。
「この、不届き者めが!!」
その声の主は、なんと沢渡会長だった。
会長が変装して現場を見に来るとは。俺は微塵も考えてもいなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
沢渡会長から一喝を受けたのは、残念なことに、1年魔法科、五月七日紗羅さんだった。
会長はマスクもサングラスも外して五月七日さんを睨んでいる。
「お前はこれから俺と一緒に生徒会室に行く。向こうで取調べを行う。わかったか」
五月七日さんは黙ったまま俯き、会長の前に立っていた。
逍遥がどうだといわんばかりに会長の方を見る。
「僕や南園さんはどうしましょうか」
「いや、他の役員を呼ぶ。四月一日、お前たちは昼食を食べて午後からの練習に励め」
そういうと、会長自ら五月七日さんの腕を引っ張り、食堂を出ていった。
普段食堂に顔を見せない生徒会長がいて、一般の生徒に喝をいれるという滅多にない場面に遭遇した生徒たちの間に喧騒が広がったが、徐々にその喧騒は止んでいった。
国分事件に関わった俺や逍遥は、犯人が八雲だと思っていたし、沢渡会長や瀬戸さんは薬物提供疑惑の噂があった岩泉くんだと思っていただろう。南園さんはどう思っていたのか考えを聞いたことがない。
だから、俺にとっては、これはまさかの展開だった。
逍遥はお茶目に項垂れる。
「昼飯、といっても、もう残り10分しかないよ。食べれないよねえ」
瀬戸さんが悔しそうに逍遥の目を見て呟いた。
「あの子。誰でもいいから追い落とそうとしたんでしょう、それも2回もよ?卑劣極まりない。あんな子を今まで信じてたなんて、がっかり」
南園さんは、いつもどおり優しい口調で五月七日さんを表する。
「ショックですね、こうして犯人がわかってしまうと」
ああ、南園さん、君は優しすぎる。もっと激オコにならないと。狙われていたのは、君なんだよ?
逍遥は皆の肩をポンポンと2回ずつ叩きながら、なおも昼飯の話をしている。
ホント、ドライなヤツ。
「仕方ない。サンドイッチかおむすび握ってもらって、練習前に食べるとするか」
俺は何気なく逍遥を止めた。
「逍遥、食べてすぐ身体動かすと胃が痛くなる。止めとけ」
南園さんは物分りが良い。
「そうですね、それより、練習を早く切り上げて国分さんのところに行きませんか」
逍遥はなんだかよくわからないが、首を回して体操している。
「国分くんの家への訪問は、生徒会の聴取が終わったらにしよう。詳細が知りたい。動機とか」
俺もそう思った。
なぜ彼女、五月七日さんは2回も薬物を使ったのか、その理由が知りたかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
その日は、午後の授業がとても長く感じられた。
ようやく終業のチャイムが鳴る。ああ、授業が終了した。
俺はその日の授業を何一つ覚えていないくらいだ、すごく興奮していたのだと思う。
逍遥は、教室の中でまたくるくると円を描いている。あ、こいつ、生徒会室透視してんな。
もう、さすがの俺にもお見通しだ。
目を瞑りしばらく黙っていた逍遥が、目を開けたかと思うと南園さんを呼んだ。南園さんも天井に向けて1回だけ円を描き、目を閉じる。
生徒会室で何かが起こっているのは確かだが、俺は沢渡会長に見つかりたくなかったので透視しなかったし、瀬戸さんは透視が苦手中の苦手だから、逍遥たちと同じ行動は起こさなかった。
そして南園さんは俺たちへの挨拶もそこそこに、足早に教室を出ていった。たぶん行き先は生徒会だろう。もしかしたら、沢渡会長からヘルプ要請があったのかもしれない。
俺と瀬戸さんは魔法科の教室の中で、国分くんへの言葉を探していた。
“犯人見つかったよ、おめでとう”じゃ変だし、退学したからには、もう一緒に授業を受ける機会も奪われたのだから、“おかえり”とも言えない。
薔薇校ネットワークか、確か沢渡会長が言ってた。
もし、もしも国分くんに今後も魔法を習得する気があるのなら、薔薇5校のどれかに中途入学できるかも知れない。
「海斗、海斗!」
誰だ?右肩を掴まれた俺は、反射的に右側を向いた。
逍遥だ、透視は終わったのか。
「どうだった?」
「話せば長くなる。かいつまんで言えば、南園さんへの嫉妬心とスタメンに上がるために起こした犯行だった」
俺の頭の中に、?マークが並ぶ。
「嫉妬?なんで南園さんにヤキモチ焼くんだ?」
「女子の心は僕らにはわからないよ。ただ、入試の成績からして南園さんが勝っているから生徒会に入ったはずなんだけどね・・・」
「自分より勝ってる女子は気に入らんというわけか?」
「簡単に言えばね。スタメンの方は、どうやら君も絡んでるらしい」
「ああ、使い物にならない第3Gってことね」
「僕はそこまではっきり言ってないよ」
「もう慣れたってか、うん、まあ」
「これなら国分くんの家にいけるかも。明日以降は練習で日程取れそうにないし」
「じゃあ、これから行こうか。ね、瀬戸さんも行く?」
瀬戸さんは深い溜息を洩らした。
「あの子、信じてたんだけどな。南園さんの前でも全然楽しそうだったし」
「プライドじゃない、最後の」
逍遥、はっきり言い過ぎ。
「あたしまで行ったら国分くん哀しくならないかな」
「女子のことは僕たちには語れないから。南園さんは生徒会に行ったから無理としても、君は行かないか」
「わかった。南園さんは国分くんに会いたいと思うかなあ。あたしなら遠慮しちゃうかも。直ぐ行く?」
「なるべくなら直ぐに行きたい」
俺は犯人発覚後何も話そうとしない南園さんを可哀想に思いながらも何も言えなかった。南園さんは俺たちに心の内を明かす前に生徒会室にいったから、彼女がどのように今回の事件を考えているのかは、正直わからなかった。
俺たちは南園さん抜きで国分くんの家を目指すことにした。瀬戸さんのいうとおり、自分がターゲットにされていたとするならば、国分くんに会わせる顔がないように思う。
逍遥が瀬戸さんを説得する形で、俺と逍遥、瀬戸さんが国分くんの家まで行くことになった。
先日のように飛行魔法を使うのかと思ったら、今日は電車で行くらしい。
俺が“飛行魔法使わないの”的に空を指さし不思議そうな顔をすると、逍遥は俺に目くばせして“この間のことは秘密に”といわんばかり。
俺たちは駅への道を急いだ。
逍遥も瀬戸さんも足が速い。
ジョギングでもあるまいに、どうしてこんなにスピードが出せるのか。
ああ、逍遥も焦っているし、瀬戸さんも同様に早く国分くんに事件のあらましを聞かせたいのだろう。もちろん、国分くんが傷つかないようある程度オブラートに包んで話すのだろうが。
こんな時、俺のボキャブラリでは適切な言葉が見つからない。何といえばいいんだ?南園さんへの嫉妬と第3Gを追い落とすために・・・。そうだよね、それしかない。それだけ第3Gは元々の魔法科生にとって邪魔な存在なのだろう。
その第3Gが俺なのだから、ちょっと国分くんの前では肩身が狭く感じてしまうかもしれない。
でも。それが真実なのなら、俺は黙って受け入れるしかない。
そんな俺から国分くんに話す・・・できない・・・。
話すのは逍遥に任せておけばいいだろうと、ある種の依存心が生まれたことに間違いはなかった。
国分くんの家は、電車で30分の駅そばにあった。
「やあ、全日本優勝おめでとう」
出迎えてくれた国分くんは、先日より心なしか痩せてはいたけれど、瀬戸さんを連れて行ったからだろうか、取り乱すことはなかった。
俺たちは国分くんの部屋にお邪魔し、現在の治療の状況を聞いていた。
「もうだいぶ薬効は抜けて来てるみたい。少しめまいがするだけ」
逍遥がほっとしたように一息つく。
「そうか、それなら安心だ。実はね、今日は事の顛末と沢渡会長からのメッセージを預かってきたんだ」
「顛末?メッセージ?」
「そう。この事件の犯人が見つかったんだ。五月七日さんという女子が、南園さんへの嫉妬から犯行を思いついてね、南園さんを狙うつもりが君に当たってしまったんだそうだ」
おいおい、俺たちが聞いた内容とは若干違うぞ。第3Gの俺をターゲットにしてスタメンに入りたかった話はどうなった。
どっちが本当なんだ?
逍遥は、何も話すなといった面持ちで俺と瀬戸さんを交互に見つめた。
「そうだったの。でも、南園さんに当たらなくてよかった・・・」
「そんなことはない。君だって大変な目に遭ったんだ。それでだ、会長からのメッセージというのが、『薔薇校ネットワークに載せて、他の薔薇校に中途転学してはどうか』というものなんだ。一旦退学を取り消して、夏休み後に転校という形になる。遠いところなら寮を用意してくれるそうだ」
「そんなこと可能なの?僕は退学してるのに」
「学校側も君には済まないと思ってるようでね、紅薔薇魔法科では色々大変なこともあるけど、他校なら君の事故を知る人間もいないから」
「ありがとう。魔法をこのまま続けることはないと思っていたけど、他校に移ってやれるかどうか、父や母とも相談してみるよ」
「是非。良い答えを期待してるって、これは会長からのメッセージ。僕たちも君と薔薇6や全日本で当たれる日を楽しみにしてる」
国分くんは治療の為に今は魔法を封印しているらしく、魔法力が落ちていると自分では言っていた。自身や固形物を別の場所に瞬時に移すことができる移動魔法が国分くんの得意魔法らしいのだが、今はまったく試していないという。テレポーテーションってやつか?すごい魔法じゃないか。
それでも、これからはリハビリのために少しずつ魔法を使った勉強をしていきたい、という前向きな発言を聞き、俺たちはほっと胸を撫で下ろした。
それから1時間ほど、魔法談義に花を咲かせて国分くんの様子を見る。
来た時よりも笑顔が増えた国分くん。
もう、大丈夫だろうか。あとは薬物治療を終わらせ、薔薇校ネットワークに載せるだけだ。
玄関先まで国分くんは見送ってくれた。
気持ちが楽になったのだと思う。不慮の事故、いや、事件で魔法さえ使えなくなるのかと思っていただろう彼を、紅薔薇で救った形になったのは確かだった。
それにしても、なぜ逍遥は嘘をついた?
帰路の電車の中で、俺は逍遥に尋ねた。
「逍遥、国分くんに言ったのが本当か嘘か、俺わかんないんだけど」
「会長とも話してね、あれが一番彼の心を傷つけないだろうということで落ち着いたのさ。相手を慮る嘘は必要悪だよ」
瀬戸さんもゆっくりと頷く。
「まあねえ、誰でもよかったんです、何て言ったら、どうして僕が?になっちゃうよねえ。まして第3G狙ったんですなんて言えるわけもない」
瀬戸さんは俺を馬鹿にしてるのか、これが素なのかわからないが、第3Gは魔法科生徒にとってあまり歓迎されていないのは前から知っていたことだ。いまさら驚きもしない。
ただね、こうもはっきり言われると、傷つくよね、いくらなんでも。
はあ・・・今はこちらに残ると自分で決めたんだから、なぜなぜ時間に突入するのはまだ早い。
ファイトだ、俺!
国分くんの家からお暇して30分後、俺と逍遥は寮に戻っていた。瀬戸さんは自宅組なので、駅で軽い挨拶をして別れていた。
逍遥が俺に肘をつかみ、そのまま談話室に引きずって行く。
俺だって傷つくんだ、南園さんも同じだよな。
「なあ、南園さんは傷ついてないのか」
「彼女は初めから自分が狙われるのは知ってたみたいだよ。でも、国分事件については確信が持てなかったそうだ」
「えっ!そうだったの?」
「ほら、話してると目が語るじゃない。五月七日さん、猫みたいな目で可愛かったけど、南園さんの前では化け猫だったらしい」
「化け猫・・・」
女子は怖いなあ。
南園さん、夢で化け猫出てきたのかな。
俺は化け猫さんとほとんど話をしなかったから、いやいや、全日本の懇親会のときに、なんか変な事いってたような・・・。
“見合う人がいたら出なかったのか”
それって、もしかしたら、自分は見合っているのになぜお前が出る(お前=俺のことね)という意味であり、意志表示だったのでは。
あのときは緊張してて分らなかったけど、とどのつまりはそういうことだよね。
俺って、結構人見る目ないんだ。人間ウォッチャーとかいいながら。
あー、恥ずかしい。
とにもかくにも、これで五月七日さんは、退学決定だろう。自主退学か強制退学かは知らないけど。
そういえば、譲司の件をリークしたのも彼女なんだろうか。
「な、逍遥。譲司の件、やっぱり彼女がリークしたのか?」
「いや、それに関しては頑なに否定しているそうだ」
「じゃあ、誰がリークしたんだ?」
「今度こそ八雲かもね」
八雲か。同じ魔法技術科の譲司が気に入らない、というのはアリな話だ。
俺は逍遥と別れ、自分の部屋に入るとそのままベッドに転がり込んだ。
で、夜中、化け猫の夢を見てベッドから転げ落ちた・・・。




