魔法W杯 全日本編 第27章
大会6日目の午前。
行われる種目はラナウェイだけ。
四月一日くんと、俺、そして国分くんの代わりに指名された栗花落くん。この3人で相手と渡りあう。
その日の朝早く、5時ごろだったかな。俺は四月一日くんに叩き起こされ、305で寝ていた栗花落くんの部屋を一緒に襲撃した。
眠そうな顔をしていた栗花落くんだったが、俺たちが何の為に襲撃したか直ぐ理解したらしい。
「時間が無くて君たちと話すことがままならなかったね、四月一日くん、八朔くん」
四月一日くんがにこやかに話しかける。栗花落くんの評判は聞き及んでいるところなのだろう。
「こちらこそ、調整具合を確認していなくて済まなかった。どうだい。調子は」
「指名のあと、魔法技術科でショットガンとマルチミラーを僕用にアレンジしてもらったんだ」
「ならよかった。練習は先輩方と?」
「うん、3年の先輩方が面倒をみてくれたよ」
「本来なら、八朔くんに陽動作戦隊を任せて国分くんには後陣を任せていたのだけど、後陣に挑戦してみるかい」
栗花落くんは俺の方を見て、済まなそうな顔をする。
「練習を積んだ八朔くんが後陣に着くべきじゃないかな。僕はあくまで国分くんが出場できなかったサブエントリーだから」
俺は何となく、『こいつ、性格いいかも』と感じた。
「いや、僕がこれまでどおり陽動作戦隊に入るから、敵を見つけたらデバイスで倒してくれよ」
四月一日くんは栗花落くんに右手をみせてくれと頼んだ。栗花落くんの右掌は所々、マメがつぶれて赤くなっている。
「痛くないか?」
「大丈夫さ、これくらい」
「だいぶ練習を積んだようだね、これなら安心だ。今日の後陣は任せるよ」
意外そうな顔をする栗花落くん。
「いいの?」
「ああ、構わない。ね、八朔くん」
「大歓迎さ」
そして俺らは自分の部屋に戻りシャワーを浴びて、3人揃って食堂に行った。
南園さんと瀬戸さんも来ている。
皆、たんまりの食事を美味しそうにほお張っていたが、俺は前々日同様、パンと野菜ジュースで軽く食事を終わらせる。
栗花落くんに驚かれたほどだ。
「それで本当に体力が持つの?」
「物心ついてこのかた、朝食を食べたことが無いんだ」
「そうか。それなら、身体に負担が無い方がいいかもね」
そういいながら、栗花落くんは何回も皿を取り替えては和洋食を交互に食べている。
道理で体格がいいわけだ。
栗花落くんは、180cm80キロほどあるらしい。
先輩たちの噂を聞き及んだところによると、栗花落くんは受験の際、魔法科に入れるレベルだったにも関わらず、魔法技術科を選択したのだとか。
魔法授業に興味がないのではなく、操作性の向上に特化したデバイスの開発を目指しているという。
俺は正直驚いた。
この魔法第一主義の世界において、魔法を使用することだけが全てではないことを彼は証明しているように思えた。
リアル世界でいう、偏差値をワンランク落とした学校を選択するようなものか。
俺だって、パソコン部に入りたかったから仙台嘉桜高校を希望したのと論理は同じかもしれない。
まあ、適切な例えかどうかはわからない。
自分のことに置き換えてしまう癖があるよね、人間は。
俺がぼんやりしているように見えたのか、栗花落くんが目の前で手のひらをヒラヒラさせている。事実、ぼんやりとしていたが。
「大丈夫かい、朝食べないせいじゃないだろうね」
「大丈夫。考え事をしてただけさ」
「試合前に考え事をする余裕があるなんて羨ましいよ。僕は口から心臓が飛び出そうだ」
どうやら、栗花落くんは自分が緊張しているということを強調したかったらしい。
「君の比喩の方が大袈裟で、よほど余裕あると思うけど」
俺と栗花落くんはお互いの顔を見て、あははと小さく笑った。大声では笑えない。だって、3年生の先輩がうるさいもん。
刹那。
笑いながら、俺は、こちらに向けて刺さるような視線を感じた。背筋が寒くなるような、凍てついた視線。
その視線がどこから放たれているのか、後ろを振り返り、目を細めて、食堂内をぐるりと見渡す俺。
遠くに、八雲くんがいてご飯をパクパク食べていた。
その中間点くらいには岩泉くん。少し元気が無さそうに見える。
岩泉くんの横には五月七日さんがいて、ジュースを突いている。たぶん、元気のない岩泉くんにジュースはいかがと勧めているのだろう。
結局、岩泉くんは過去の行いが仇となり、サブのまま新人戦を迎えることになった。
魔法力から言えば、四月一日くんに次ぐ実力を持っている岩泉くん。
どうして彼は浅はかな行動に走ったのだろう。サブとはいえ、試合に出られる切符を、ううん、半券だけでも手にしていたというのに。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
食事を終え、俺たちは一旦3階の部屋に戻った。
俺は洗面所で歯を磨き、今一度大きな鏡で自分の顔を覗き込む。
そして大きく息を吸い込み、静かに口から吐き出す。
よーし。
ラナウェイに出る心の準備、完了。
緊張は相変わらずだけれど、2試合を無事にこなしたという実績が、俺の心のどこかで余裕を感じるファクターになっているのだと思う。
もちろん、油断は禁物だけれど。
それとは別なんだが・・・。
さっき感じた悪意の入り混じった視線は、いったい何だったのか。
先輩たちは新人戦のことなど、たぶん気にかけてはいないだろう。手を拱いているわけにもいかないのは、生徒会役員と企画広報部だけだと思う。
今ハッピーでない人、そう、一番悔しい思いをしているとしたら、それは紛れもなく岩泉くんのはず。
折角エントリーされて、それなりに練習も重ねた結果がこれだもん。
八雲くんは、アシストボールで負けて悔しい思いはあるだろうが、自分が選出され魔法大会に出ただけでも鼻は高いだろうし、俺や四月一日くん、栗花落くんを恨む筋合いはないはず。ご飯もパクパク食べてるあたり、気にしているといった風情ではない。
いや、アシストボールで四月一日くんが球を支配していた時は物凄い形相だった。
あの視線が四月一日くんに向けてのものだという可能性も、無きにしも非ず、か。
五月七日さんと栗花落くんは、どちらもサブエントリーから新人戦に出て、各々(おのおの)結果も残している。
栗花落くんは俺たちと一緒にいたから俺の背中に突き刺さるような視線を送るのは無理だし、五月七日さんも岩泉くんに気を遣っていたから俺たちを射るような言動もできない気がする。
やはり、あの視線は岩泉くんか、あるいは八雲くんか?
あー、止め止め!
これからの試合に集中しろ、俺!
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ラナウェイ試合会場の集合場所、横浜アリーナに向かって俺たち3人は歩いた。
宿舎から20分。
栗花落くんと俺は、今一度地図を見て試合で使われる建物や競技範囲を確認しながら歩いていた。
「じゃあ、僕がこの公園にあるトイレの辺りで遊撃として動くから、四月一日くんと栗花落くんには敵を抑え込んでもらう、ということでいいね」
栗花落くんは緊張MAXのようで、こちらの説明にも返事は上の空。
ま、仕方がない。
そういえば、亜里沙と明の奴、試合は脇で見ているとか言いながら、昨日は姿を現さなかった。
まったく。
昨日は大方が予想どおりの結果を収めたからまだいいけど、少しは俺の近くにいて、応援して欲しいもんだよ。
ラナウェイはゲリラ戦のような競技で建物の影やら色々動き回るし、基本的にギャラリーはいない。
ギャラリーいると緊張するから、いない方がいいんだけどね。
って、ギャラリーいたら試合にならない。隠れているとこが丸わかりになる可能性あるし。
どうやって勝敗を決するかといえば、大会事務局には大きなシステムがあり、街にある監視カメラを中心にドローン技術で補う部分と、犬ロボットがいるらしい。
そして、最終的には制限時間終了か、敵を全員拿捕した瞬間に事務局のシステムが作動し勝敗を決するとのこと。
とても解り易いというか、解りにくいと言うか、俺の頭の中で「犬?」というクエスチョンマークが増えていく。
「犬がいたらすぐに相手がどこにいるのかわかってしまうよ」
俺の抗議にも一理あると考えたのだろう。
四月一日くんが事務局に説明を求めると言って姿を消した。
残された栗花落くんと俺は、超えてはならぬメインスタジアム近くの区画をもう一度確かめる作業に入った。
俺が地図をみて、栗花落くんに告げる。
「ここから外にでたらアウトだ」
「目印を設けよう。このブロック塀よりも外はアウトの区画だね」
「もう少し進むと公園がある。公園はインで、公園から出たらアウト」
「結構面倒だけど、試合になって我を忘れる時があるからきちんと区画を見て歩こう」
そうしている間に、四月一日くんは事務局から答えをもらってきたらしく、俺たちを追いかけてきた。
「確認したよ。実際試合に入ったら、あの犬は上空からのカメラ映像を事務局に知らせる役割を果たすらしい。ドローンみたいなもので、飛行魔法で飛ぶみたいだよ」
「それにしたって、上空みればわかってしまいかねないのに」
四月一日くんはにやりと笑う。
「そんなときこそ“とっておき”の魔法使うんだよ、きっと」
栗花落くんは、とっておきの魔法が如何なるものなのか使ったことはないらしいが、さすがは魔法技術科、直ぐに理解したと見える。
「なるほどね。使ったことはないけど、耳にはしてた」
俺は首を傾げながら栗花落くんに聞いた。
「すげー、そこまで知ってるんだ。授業で習うの?」
「そんなとこ」
栗花落くんは大柄な体を揺すりながら、わははと笑った。




