魔法W杯 全日本編 第25章
帰りも飛行魔法で30分。もう、西の空にはオレンジ色の雲が広がりつつあった。
四月一日くんも俺も、帰りは一言も話さなかった。
今回の一件で、国分くんは間違いなく普通科に転科させられるだろう。
瀬戸さんのいうとおり、いわゆるところの退学勧告なのかもしれない。
今はまだ何も証拠がないから、国分くんを守ってやれないもどかしさが俺たちを責め苛む。
宿舎に帰ると、四月一日くんは自分の部屋ではなく俺の部屋に入るなり低い声で呟いた。
「カレーだ」
「カレー?」
「カレーにアンフェタミンを入れたんだ」
「みんなで昼に食べた時?」
「そうだ。アンフェタミンは眠気と疲労感をなくし、闘争心や集中力を高める作用がある。副作用も酷いが。ADHDの薬として国外で処方もされている。犯人は、国外経由で横流しされたものを手に入れるチャンスがあったはずだ」
「犯人が八雲くんだとして、やはりスタメン狙いなのかな」
「奴に限らず、スタメン狙いでアンフェタミンを入れる不届き者は居ても不思議じゃない」
俺は、少しばかり混乱してきた。
犯人捜しをしないといいつつ、俺たちは今、犯人捜しをしている。このメンタルが新人戦に響かないだろうか。
「四月一日くん、新人戦に響かないようメンタルを調整しないといけないんじゃないか」
それに対する応答はなかった。
「八朔くん、僕は悔しくて仕方がない。あれは、国分くんを狙ったものじゃなかった」
「そうなのか?」
「あの時を覚えているだろう?」
「覚えてるよ。皆で一斉にカレーにありついたから、誰が薬を入れた皿を取るかわからなかった」
「そう。正しくロシアンルーレットさ」
ロシアンルーレット。
弾丸を1発だけ装着したリボルバー式拳銃で、弾丸が発射されるまで撃ち続ける死のゲーム。
誰がその皿を取ってもおかしくなかった。
たまたま、国分くんがその皿を取ったに過ぎない。
俺は正直、怒りも怖さも含めて、徐々に身体は震えだし、その震えはしばらく止まらなかった。
そんなことをする人間がいるなんて。
たぶんそれは、自分がスタメンになりたいがために行われたとみて間違いない。
もし四月一日くんの言葉どおり犯人が八雲くんだとしたら。
いや、あの先輩方への取り入り様。言わずもがな、彼は虎視眈々(こしたんたん)と、この機会を狙っていたのだろう。
そして先輩たちに取り入り、スタメンの座を確固たるものにしていく算段なのか。
犯人を決めつけるのは時期尚早としても、犯人が誰だとしても、何とかしてその罪を暴き、罰を与えることはできないのか。
俺だけの力じゃ何もできないかもしれないけれど、今は楽観的に考えたい。
新人戦に向けて、モチベーションを保ちつつテンションが高まるのを見定めていきたい。
俺の顔が紅潮してきたのを見たのだろう。
四月一日くんは俺の肩を2回、叩いた。
「大会がなければ直ぐにでも動き出したいけど、今は無理だ。焦らないで、ゆっくりと犯人を囲い込んでいけばいい」
八雲くんは、2年生の試合が行われる翌日から3日間、3年生のサブの先輩方に、俺がお世話になったような特訓を受けるらしい。
先輩方はみな優しい人だから、八雲くんのことについては俺たちも滅多なことは言えないけれど、やはり俺の中には悔しさがあり、八雲くんを新人戦の仲間として認めがたい部分があった。
彼が犯人だと決まったわけではないのだが。
その晩、隣の302から聞こえるはずだった国分くんの生活音は何一つしなかった。
そこに、明日には栗花落くんか八雲くんが入ってくるのだろう。それも俺にとってはどちらかといえば、好ましい事ではなかった。
なんとも、救いがたき魂がそこにあったと思えてならなかった。
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翌日から競技が始まった。
2年生の先輩方が出場する第1日目は、デッドクライミングとアシストボール。
決勝の相手は紫薔薇高校だった。
2年生は三枝副会長を初めとしてデッドクライミングが得意な先輩が多いらしく、皆するすると登って行く。
デッドクライミングは高さ15mの壁を登る速さを競う競技設定であり、相手の邪魔だけしていればいいと言うものでもない。
その点、先輩方はよく心得ていて相手の人工物を魔法で消しつつ、自分に有利に働くよう魔法でホールドを生み出していく。相手はその速さについていけないようだった。
3人が3人とも、紫薔薇高校に圧勝した。
午後に行われたアシストボール。光里先輩はスタメンからは外れベンチ応援のようだ。
まあ、紅薔薇高校の過去の実績から言っても、光里先輩が出場するのは準決勝あたりからだろう。いや、決勝だけ出場と聞いたような気もする。
俺は2年生でアシストボールにスタメン出場している先輩方の戦法を確認しながらも、4日後に行われる新人戦のことが頭に浮かんだ。
四月一日くんはON・OFFの切り替えも早そうだから試合ではベストなパフォーマンスを見せてくれるだろう。瀬戸さんも相手に競り負けないくらいの体幹がある。南園さんはGKだから、皆のように激しい運動量は必要ない。
だが、GKは一番過酷な役割だ。ボールを止めることだけに専念したとしても、あのサイズのボールを全て押さえることができるかどうか。
できたとしたら、まさにミラクル。
問題は、八雲くん。
今まで彼の動きを見ていないからだけど、四月一日くんや瀬戸さんに合わせていけるのだろうか。
ちゃんと仲間にパスを出すことができるのだろうか。
ひとりでゴールまでたどり着こうとしないだろうか。
4人で行われるアシストボールは、決して個人技だけが突出したチームを勝利に導く競技ではない。
GKとFW,DF及びMFを4人でこなす。4人の連携がものをいう競技だ。
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2年生の2日目。今日の試合はラナウェイのみ。
準決勝までを圧倒的な強さで勝ち進んだ紅薔薇高校。
決勝の対戦相手は加計高校だ。
紅薔薇高校では、機動力や俊敏さにやや欠けたメンバーが出場し、惜しくも優勝を逃した。
とはいっても、優勝校よりはレベルが低いというだけで、他の14校よりは間違いなく地力に勝っている。
2年生の3日目。今日は2年生の最終日。
ロストラビリンスとマジックガンショットが行われる。
午前の部が始まった。
ロストラビリンスの決勝戦で、紅薔薇高校は開星学院高校と対戦した。
さすがのチームワークで、開星学院はあっというまに2人迷路を脱出した。
俺は、迷路の中がどうなっているのか見てみたい衝動に駆られる。
「ね、僕らが透視したらダメなんだよね」
それまでPV会場でタオルを振りながら声を上げていた四月一日くんが急に真面目な顔になる。
「魔法の重ね掛けになるから。とはいっても、中が気になって仕方ないよ」
開星学院が2人クリアしたのに対し、紅薔薇はまだ一人もクリアできていない。
これはもう、紅薔薇の負けかと皆が思った時だった。
3人が走って迷路を抜けてきた。
どちらの高校だ?
俺は2年生のメンバーをあまり知らなかった。
隣の四月一日くんが息を止めて出口を見ていたが、それはいつしか歓喜に代わった。
「やった、逆転優勝!!」
こうして、2年生の全日本高校選手権はプラチナチェイスを残して終了した。




