魔法W杯 全日本編 第22章
いつもなら、前の家には犬小屋があってダルメシアンが弱気にワンワンと鳴いている。痩せたダルメシアンは、家主の派手なオバさん(30歳くらい)に虐待されているらしく散歩もさせえもらえず鎖に繋がれたまま。ご飯だって餌箱に入っているのを見たことがない。
見るたびに可哀想にと思ったものだ。
ところが今、目の前に広がっているのはその風景とは違っていた。
犬小屋もない。あの派手なオバさんの家ではない。
こちらの世界でいうところの横浜国際陸上競技場近く、宿舎の前だった。
思わず後ろを振り向くと宿舎があった。
「なんだ、またこっちに来たのかよ」
思わず口をついて出るひとりごと。
自分の服装を見てみる。
ジャージ姿。
でも、このジャージはクローゼットの中に入っていて、こちらの世界でも使っていた。
靴もお気に入りのシューズ。
これは確かリアル世界の部屋のクローゼットにもなく、こちらでは使っていなかったはず。
宿舎で一寝して、夢を見ていたのだろうか。夢見心地のまま、ここにいるのか?
いや、靴が違う。
俺は一瞬間だったとしても、リアル世界に帰ったのだ。
そして、またこちらにきた。
そのまま散歩しようか迷ったが、国分くんの話を聞く必要もあるだろうし、俺は一旦、部屋に戻ることにした。
って、まさか俺の存在、無かったことになってないだろうな。
もし、もしもだよ?
今迷い込んだこの世界で俺のいる場所なかったら、どうしよう?
帰るべき家もなく、こちらでも用無しになったら、泣くと思う。真面目な話。
俺は恐る恐る、宿舎の中に戻ってみた。
そうそう、このシューズクローゼット、見覚えがある。昨日別の靴を入れた。俺の靴、あるかな。靴を探した。
あった。
靴。
部屋は3階の303だった。隣の302が国分くんで、301は四月一日くん。
3階まで階段で上がって、303の部屋に向かう。
鍵がかかっている。
俺は急いでジャージの中のポケットを探す。
あった。
鍵。
でも、これってリアル世界では、自分の部屋の鍵だったような気がするんだが。
まあ細かいことはどうでもいい。
鍵穴に、そっと鍵を差しこんでみる。
そして、鍵をゆっくりと右に回した。
カチャ。
鍵の開いた音がした。
またもやゆっくりとドアノブを引く。だって、違う人の部屋だったら失礼極まりない行動だから。
中は誰もいなかった。俺が宿舎に入った時と同じリュックと、紅薔薇高校のユニフォームが窓際にかけてある。
俺は洋服やリュックを窓際に掛けるクセがある。
たぶん、ここは俺の部屋だとみて間違いない。
ということは、301に四月一日くんがいるはずだ。
お願い、いて。
ドキドキしながら、301のドアを2回、軽くノックした。
「はーい」
中から人の声が聞こえる。
ドアを内側から開けてくれたのは、紛れもない四月一日くんだった。
「よかったーーー」
俺は冷や汗モンでその場に立ち尽くす。
「どうしたの、入りなよ」
四月一日くんに招かれて、301の部屋に入る。
俺がリアル世界にいた分の時間が、こちらではどのくらい経っているのか、それが心配だった。
俺はかなり怪しい質問をした。
「今、何曜日の何時?」
「どうしたの、一体。今は月曜日の6時。もうすぐご飯だよ」
俺が1人で宿舎に戻ったのが4時だったから、2時間経っている。やはり、その間俺は夢の中にいたらしい。リアル世界という夢の中に。
「聞きたいことがあって。国分くんはどうなったの」
「薬物疑惑の件?」
「そう」
「陽性反応が出たからには、彼は普通科に転科させられることになる」
四月一日くんも、声が震えていた。そして少しがっかりとした表情だった。
「まさか、彼に限ってこんなことはないと信用していたんだけど」
俺は四月一日くんの目をしっかりとみた。
「国分くんが自分で摂取するはずがないよ。スタメンになってから彼、ドリンク類には特に気を付けてた」
「そうだね、でも、今は犯人を見つける時間がない」
四月一日くんも、できることなら国分くんの疑惑を晴らしてあげたかったのだろう。大会前でそれができない悔しさが見て取れた。
俺は一回小さく溜息を洩らすと、四月一日くんの耳元で囁く。まあ、部屋の中にいるのだから囁かなくてもいいんだが。
「で、サブから上がってくるのは誰なの」
「沢渡会長の最終決断がまだ下りていないんだ。こちらとしては、岩泉くんか、五月七日さんを推してる」
「瀬戸さんと南園さんも混ぜた総意、ってこと?」
「君にも聞きたかったのに、君早々に帰ってしまったし」
俺にも意見する機会があったのか?と少し驚いた。
「いや、僕は第3Gだから意見とか言えないと思って」
「そんなことはないよ、八朔くん」
「ところで、岩泉くんには噂があるって聞いたけど」
「うん。それがなければ岩泉くんで決まりだったんだ。沢渡会長がとてもそのことを気にしていて」
「沢渡会長が?」
「そうなんだ。万が一、国分くんの事件にも関わってきかねないだろう?」
俺は首を竦めた。
「確かに。そうなると、五月七日さんが有力というわけか」
四月一日くんも、珍しく焦りを隠さない。
「ただ、デッドクライミングは適役としても、アシストボールとラナウェイに彼女が間に合わせられるかどうか」
「当たりも多い競技だからねえ。アシストボールは瀬戸さんくらいタッパがあれば別だろうけど」
「そこが考えどころで。ねえ、八朔くん。君、出ない?」
俺は予想だにしなかった四月一日くんの言葉に、展開が微妙にずれていくのを感じる。まるで、斜めにしておいた砂時計のように。
「なんでそこで、お、いや、僕の名前」
「君もエントリーされてるでしょ」
「それはそうだけど・・・」
その時、四月一日くんの部屋をノックする人がいた。
僕らが顔を出すと、目の前には南園さんがいた。
「沢渡会長が501で御呼びです」
それだけいうと、階段の方に向かう南園さん。
4階にいる瀬戸さんを呼んでくるのだろうか。
とにかく、俺と四月一日くんの二人は、急いで5階の501、沢渡会長の部屋に向かった。




