魔法W杯 全日本編 第21章
1人で宿舎に戻った俺は、今回の薬物疑惑における事実と想像を繰り返し考えていた。
国分くん本人は薬物摂取を明確に否定している。
彼がドリンク類やサプリ等にも気を遣っていたのを、俺は傍らで見知っていた。
しかし、今回、彼の身体から薬物の陽性反応が出た。
この事実を踏まえると、国分くんが自前で禁止薬物を摂取したとは到底考えられない。
一番合理的な流れとしては、何者かが国分くんのドリンクに禁止薬物を入れた。そう捉えるのが道理だ。
国分くんの言い分を全部信じる、という仮定の下に成り立つ推理ではあるが。
俺には国分くんが嘘をついているとは思えなかった。
とにかく、今回彼は競技に参加することが叶わないかもしれない。
犯人が見つからなければ、諸事情を鑑みても普通科に転科となる。そういった場合、瀬戸さんの言葉を借りれば、かなりの確率で退学する生徒が多いという。
最悪、退学。
俺もリアル世界に帰ったら、出席日数が足りなくて留年の憂き目に遭うのは必至だ。
泉沢学院でも出席日数が足りなくて、留年するか退学するかを天秤にかけ、退学する生徒が多いと聞いたことがある。
それはどこの高校も同じかもしれないけど。
なぜ俺は、高校に行きたくなくなったのだろう。
英語のテスト結果だけではあるまい。
輪の中に入っていけなかっただけではあるまい。
目標を見失ったのかもしれない。
ひとりでも歩いていける強さを身に付けていなかったのかもしれない。
今だって、俺は取り敢えず総合優勝に寄与する働きがしたいだけで、特段目標ではないけれど、こうしたい、こうなりたいというちっぽけな願望はある。
その願望さえはっきりと持っていれば、揺らぐことは少ない。ないとはさすがに言えないのがお恥ずかしい限りだが。
俺は今、ひとりで歩くのも全然苦にならなくなった。
今日だって、帰り道、ひとりで知らない道を迷いながらも宿舎までたどり着くことができた。
そうやって、皆孤独に慣れていくのだろうか。
大人は孤独だ。
高校生や大学生とは違い、2~3人のかたまりで歩くこともない。
俺も大人になったら孤独になるのか。
段々考えが纏まらなくなってきた。
今は考えることを止めよう。
俺はしばし、夢の世界に落ちた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ドアをノックする音が聞こえる。
ああ、四月一日くんかな。
それとも瀬戸さん?
いずれ誰かが国分くんの代わりに入るサブ選手を伝えに来たに違いない。
が。
何やら物凄い声がする。
「海斗!海斗!開けなさい!海斗!」
・・・。
母さんの声だ。
俺はどうやらリアル世界に帰ってきたらしい。
なんというか。
折角あんなに練習したというのに、試合前になって戻されるか?普通。
俺、向こうの世界でお払い箱になったんだろうか。
「海斗!」
母さんの声のボルテージは上昇の一途を辿っている。
ドアごとぶち壊しかねない勢い。
それとも、向こうの世界に行ったことは、全て夢だったのか?
リアル世界なら傍らにあの本が落ちているはずなのだが、さっと見る限り、見当たらない。
それより母さんが叩き続けるノックの音に押されて、キーンと激しい耳鳴りがする。
本を探すことを諦めて、俺はベッドから起きた。
一瞬躊躇したが、どうせいつかはこうなる運命だったんだと自分に言い聞かせながらゆっくりとドアを開ける。
相手は、やはり母さんだった。
「海斗!あんた学校行ってないんだって?」
「誰から聞いたの」
「先生から電話があったのよ!」
亜里沙たちの告げ口ではなかったんだな。
「どうして嘘ついてたの!」
母さんは手こそあげないが、口撃が凄い。
こうなりゃ、朝まで説教パターンに踏み込むしかないか。
完全黙秘で。
それとも、退学したいと言うべきか。
相談ではなく、決定事項として。
どうせ泉沢学院に戻っても、また同じことの繰り返しのような気がした。
どちらにするか。
俺が余裕ぶっこいて朝寝してるとでも思ったのか、母さんの口撃は怪獣並に超巨大化していく。
「なんで嘘ついてたか聞いてるの、あんた、ちゃんと聞いてる?」
なおも俺、完全黙秘。
その時だった。
バチン!!
左の頬がヒリヒリと熱くなるのを感じる。
母さんから、初めて手を上げられた。
俺は今まで余裕で母さんに対応してたことをあまりに後悔した。
黙秘を止めた俺。
「何すんだよ」
「あんたが答えないからでしょう」
「行きたくないから」
「何?」
「行きたくないから行かなかった」
「ちょっと、折角合格して入ったのに、入学金や授業料だって馬鹿になんないのに、その言い草は何?」
「あんた達が決めた学校じゃないか。俺は行きたいなんてひとことも言ってない」
母さんは、心当たりがあったのかどうか、一瞬黙った。
何か言い訳を考えているんだろう。目が泳いでる。
「あんたのためを思って泉沢学院にしたんじゃない」
「俺は桜ヶ丘に行きたいって言った」
「ダメよ、共学なんて」
「なんで」
「色恋沙汰で勉強しなくなるじゃない。このままいけば大学は国立間違いなしって泉沢学院の先生も言ってたでしょう」
「そんなのやって見なきゃわかんねえだろうがよ」
「汚い言葉遣いは止めなさい」
は?
怒る理由無くなったから、今度は生活指導か?
あまりに子どもを舐めてないか、あんた。
バタン!!
俺は急にドアを閉め、ガチャッと音が鳴るくらい乱暴に部屋の鍵を掛けた。
俺にも非はあるが、母さんが手を上げたのが許せなかった。
考えても考えても腹が立つ。
散歩でもして来ようと思って上下ジャージに着替えた。
散歩途中であの本を読もうかと思いざっと部屋の中を探したが、やはり本は無かった。
買ってきたはずなのに、どこにあるんだろう。
ここはリアル世界じゃないのか?
俺は本を探すのを諦めて鍵を開け廊下に出る。
廊下に突っ立っていた母さんが、俺を咎めようと一歩前に出た。
「海斗、何処に行くの」
母さんは縋りつくような目で俺を見ている。
「散歩」
「あんた、学校には行かないのに散歩には行くの?」
俺は母さんに一瞥をくれたやった。
その後は、母さんの言葉を、母さんの存在そのものを完全に無視した。
お気に入りのシューズを履いて、家の玄関を開ける。
そのときまた、キーン、ザザーッという激しい耳鳴りが俺を襲った。
思わず目を閉じた俺。
一瞬のことだったのか、何秒かそれが続いたのか覚えていない。
目を開けた俺の眼下に広がったのは、いつもの風景ではなかった。




