魔法W杯 全日本編 第2章
誰かが部屋のドアをノックしている。
マズイ。
母さんじゃないだろうな。
もしかして、母さん、今日は学校休みだったのか?
そうっとベッドから立ち上がり、ドアの方へ歩いていく。
俺はドアノブに手をかけた。
もしこれが母さんなら、ドアをバタンと閉めてひきこもり青年になるしかない。
半分恐怖を胸に、そっと2センチだけ、ドアを開ける。
お互い、目だけが見える。
母さんじゃない。
喜びは瞬時に別の恐怖に変わった。
誰だ?
もしかして、泥棒?
自慢じゃないが、俺は運動神経マイナスの男。
頭脳労働は得意だが、肉体労働はからきしダメだ。
と、相手はドアを蹴破るようにドン!と押してくる。
俺はドアにぶつかり、部屋の中にゴロゴロと転がった。
「痛ってえな。誰だよ!」
半分ビビりながらも叫ぶ俺。
母さんでないなら、叫んでも構わない。母さんは毒親のようなもんだから、口答えしただけで一晩説教の刑をくらう。
「八朔さん、八朔海斗さん」
「だから、誰だよ」
「起床の時間です」
ドアを押して俺の前に立ったのは、知らないやつ。能面のような顔をしている。
もちろん、亜里沙でも明でもない。
「起床って、学校行くわけじゃなし。なんだよ、人の家に勝手に上り込んで」
「ここは寮です」
泉沢学院に寮があると聞いたことはあるが、県内の遠くに住んでいて通学ができない生徒用の寮なはず。
そんでもって、俺にはまるっきり関係がない。
俺は自宅から電車通学しているのだから。
「は?俺、寮なんて入ってないし」
「いいえ、ここは紅薔薇高校の寮です。起床時間ですので起きて準備してください」
は?
紅薔薇?
県内に紅薔薇なんて高校はない。
「何言ってんだ、お前。泥棒が俺を騙そうってか」
「騙してなどいません。起きて学校に行ってください」
「何言ってるかわかんないよ」
「寮から歩いて5分の場所に紅薔薇高校がありますから、着替えて登校してください」
「今日は休む」
「今日は魔法W杯全日本高校選手権の選手発表日です」
そういうと、相手はそそくさと部屋を出て行った。
なんか、何となく、全日本高校選手権という響きが俺の頭の中でリフレイン。
どこで聞いたんだろう。
俺はしばらく思い出せないでいた。喉元まで言葉が出かかっているというのに。
「あ」
やっと気が付いた。
そうだよ、ライトノベル。
紅薔薇高校の魔法師たちが、魔法生徒かも知れないけど。
とにかく、その高校の生徒たちが魔法W杯に出て、優勝を目指すんだった。
・・・なにっ・・・。
俺は一瞬、何事が起こっているのか理解できなかった。
なぜ俺はここにいる。
ライトノベルの中ででてくる高校の名がなぜ?
まさか・・・異世界に入り込んだのか?
俺。
自分が自分で無くなるような感覚に襲われて、俺は鏡を探した。
鏡、鏡。確か、机の一番上の引き出しに入ってるはず。
ガサゴソと引き出しを漁る。
あった。
鏡を顔の前にかざし、早速自分の顔を見る。
良かった、顔はそのまま。どこも変わっていない。
ベッドは今まで使ってたものと同じ。掛布団もシーツも変わらない。
部屋の中も今までどおり。
カーテンもそのまんま。
クローゼットを開けてみる。
泉沢学院の制服もある。
部屋の中は何も変わらない。
なにより、鏡の中がこの顔だっていうことは、時間が行き過ぎたり逆戻りしたわけでもない。
タイムマシンによる時空のねじれではないということだ。
なのに、部屋の外に何か異変が起こっているらしい。
でも・・・別に、行きたいわけじゃないし。
なんかの選手発表とか言ってだけど、運動系競技に俺が出るなんて、太陽が地球の周りを回ったとしてもあり得ない。
自慢じゃないが、運動神経は・・・マイナスだ。
俺はまだパジャマ着ジャージのまま、ベッドでゴロゴロしていた。
すると、また、ドアをノックする音が聞こえる。
「八朔海斗。ここを開けて登校せよ」
「・・・」
無視を決め込む俺。
「出なければ、この部屋を破壊してでも連れて行く」
おいおい。
立て籠もり犯でもないのに、そんな強硬措置などできるわけがないだろう。
ミシッ、ミシッ。ドンドン、ミシッ。
聞こえてきたのは、バールか何かで紛れもなくドアを壊そうとしている音。
あの母さんだってここまではやらない。
なのに、誰かわからないやつがドアを壊し俺を連れ出そうとしている。
仕方ないなあ。
俺は早々に籠城することを諦めた。
諦めることだけは早くなったと自分でも思う。
人間、諦めが肝心なんだよ。
「あー、わかりました。行きます行きます。何着て行けばいいんですか」
「今ある制服で良い。すぐにここを出ろ」
取り敢えず、出ろと言われたから、俺はクローゼットから制服を出して着ることにした。
部屋を壊されるよりは、学校でじっとしていた方がいいだろうという甘い判断で。
部屋を出るに当たって、あの本を探してみた。
学校から戻った際に読めば、元の世界に帰れる方法だって書いてあるはずだ。
・・・ない・・・。
見つからない。
あの時、ベッドで寝落ちしたはずなのに。
ベッドの下にでも落としたかと思って懐中電灯で覗いてみる。
やはり見つからない。
なんで、どして。
ああ、もう。
どうにでもなれ!
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
制服に着替え部屋を出ると、そこはなんと、広く長い廊下だった。
なんで俺の部屋の真ん前が廊下なんだ?
でも今は、たぶんそのことを考えてる時じゃない。
何処に行けばいいのか分らなくて、みんなが行く方向に付いていく。
陽が高いから昼くらいなのだろう。
どっちが北側なのか、方角さえもわからない。
と、歩いている生徒は、皆違う制服を着ていた。
私服の学生もいた。
遠くに女子もいた。
俺は、ここが、自分の通うべき泉沢学院高校でないことだけは理解した。