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異世界にて、我、最強を目指す。  作者: たま ささみ
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最終章  第4幕

始業式が明日に迫った。

 2年の制服を手にした俺は、早朝から機嫌の悪い顔をしている。

 亜里沙と(とおる)を離話で呼び出しているのに返事がないからだ。

 軍務で忙しいのはわかる。

 でも、俺の用はここ1年で一番と言ってもいいほど重要だ。ましてや今は朝の5時。

 朝から軍務なんて、ブラック以外の何物でもないっ!

 

 隣の部屋では、制服を見ながら考え込む聖人(まさと)さんがいた。

 サトルは、もう生徒会にこき使われているのか、姿が見えない。

 逍遥(しょうよう)も、聖人(まさと)さん同様にふさぎ込んでいた。


 おい、2人とも朝からそんな暗い顔してどうした。

「君と同じだよ」

「似たようなもんだな」


 おいこらっ、俺と同じような話が転がってるわけあるまいっ!

 亜里沙、(とおる)、どっちでもいいから早く来てくれ。


「おはよ、何よ、こんな朝っぱらから呼び出して」

 ようやく亜里沙の声が部屋に中に響く。

「今何時だ」

「6時」

「俺が連絡したの何時だ」

「5時」

「遅ーい」

「仕方ないでしょ、3勤シフト組んでるんだから。上がりが6時なの」

(とおる)は?」

「あっちもそろそろ来れるわ」

「そう」

 

「何?(とおる)が揃わないと言えないの?」

「まあ、そう考えてる」

「てなわけで、(とおる)―、急いでくれる?」

 亜里沙が言葉に出した10秒ほどあと、(とおる)が姿を見せた。

「おはよう、海斗。またこんな時間からどういったご用向きで」


「俺、お前らの出した選択肢に乗ろうと思うんだ」


 亜里沙も(とおる)も、何のことかわからないようだった。

「選択肢なんてあったっけ」

 でも(とおる)の目が泳いでる、気付いたな。

「いや、まさか、あの・・・2択・・・」


 亜里沙の目と(とおる)の目、どちらも瞳孔が開いてきた。

「なんでよ、もうスパイ疑惑は晴れたじゃない」

「そうだよ、君がこの世界で生きることを許さない人間はいない」


 俺はにこやかに、そして晴やかな顔で2人を見つめ、切りだした。

「ここに来て、色んなことを勉強した。魔法もそうだけど、人間としてどう生きるべきかを身をもって知った。孤独だと思ったこともあるけど、孤独だからこそ、見えるモノもたくさんあったし、何より、ホントは孤独じゃなかった。みんなが俺を助けてくれて俺は新人戦優勝までたどり着けたと思う」


 亜里沙が食い下がってくる。

「何が気に入らないの?宗像(むなかた)少将?あの人はもうすぐ退官するわ。言われたことは悔しかったかもしれないけど、忘れていいのよ」

「亜里沙、それは違うよ。彼の言ったことはスパイ疑惑を除いて本当のことだった。俺にはまだ優勝する力なんてなかった。皆が俺を助けてくれたからこそ、あの優勝はあったんだ」

「本気?どうしても戻るの?」

「みんなが助けてくれる間に戻りたいと思う。これがこっちの世界でもまるっきり1人になったら、俺、泣くわ」

 滅多に涙を見せない(とおる)が、顔を背けて涕泣どころか号泣している。

 俺は本当にいい友人を持った。

 こんな時に、こうして泣いてくれる。

 リアル世界では、もうこんなことはないだろう。


「それがわかってんのに、どうして戻るのよ」

 俺の心を読んだ亜里沙が半ば怒っているような顔を見せる。まだ目は三角になってない。

「三角にしたいくらいよ。意味がわかんない」

「親だよ」

「親?」

「こっちの世界に来て思ったんだ。大切な親を亡くしたり、親から悪意を持たれたり、親と会いたいときに直ぐ会えないシチュエーションを見ただろう。俺、親に甘えるばかりで親孝行もしてこなかった。親を大切にする気持ちが少しも無かった」

「あたしだってあんたんとこの親は知ってる。あんな親のためにこの世界で約束された、嘱望された未来を投げ出すっていうの?」

「あんな親だけど、親にはかわりないから」

「一度帰ったら、もう二度とこっちには来られないかもしれない。わかってる?今はまだその親孝行っていう感情に浸ってるだけよ、リアル世界に戻ったら絶対に後悔するわ」

「うん、後悔するだろうな」

「それがわかってんのにどうして・・・」

 亜里沙も泣きそうになっていて、言葉が出てこない様子で。(とおる)はもう、目を真っ赤にして泣き腫らしていて、何も話せる状態では無いようだった。


 そこに聖人(まさと)さんと逍遥(しょうよう)、数馬が連れだってやって来た。

「難しい問題だな」

 聖人(まさと)さんははっきりとは言わないけど、親との関係修復が為せるのであれば、リアル世界に帰るべきだと思っているようだった。

 自分があのような育ち方をして愛情の不平等を知っているから、なおさらそう考えたのだろう。


 それは数馬も同じで、自分のように親がいない状態ならまだしも、リアル世界には俺を待ってる親がいるなら帰るのも一つの考えだと、そう思っている。


 逍遥(しょうよう)は何も心に思い浮かべなかった。

 だから読心術を使えなかったのだが、逍遥(しょうよう)の家では父母の諍いが絶えず、小さな頃は虐待を受けたため施設で暮らすことが多かった。その流れで今は寮にいるが、働ける年になったら働いて家や施設での生活から抜け出たい、それが逍遥(しょうよう)の本音だったようだ。

遠隔透視が発動してしまい、誰にも知られたくなかった過去が明らかになってしまった。

 ごめん、逍遥(しょうよう)


 ただ、3人とも俺の魔法力だけは認めてくれた。

 もし、こちらに残って鍛練すれば、物凄い魔法師になるだろう、自分たちを軽く超える存在になるだろうと予想していた。


 みんな、ありがとう。

 みんながいたから俺は辛い時でも寂しい時でもこの世界で生きてこれた。

 向こうに帰っても、皆のことは忘れない。

 そこに亜里沙が茶々をいれる。

「無理よ、ここから出た瞬間にみんな忘れるようにインプットされるから」

「じゃあ、たまに挨拶に来るのも無理か」

「こっちの生活を思い出さない限り、渡る方法がない限りこっちの世界にはこれない」

「えー、そうなの?」

「だからこっちに残りなさいって」


 聖人(まさと)さんは紅薔薇2年の制服を持っていたが、ビニール袋に丁寧に入れて紙袋に仕舞った。

「俺さ、高校辞めて教師になろうと思ってる」

 驚いたのは俺だけだった。驚くだろ、こっちの方が。

「え?なんでまた、急に」

「ずっと考えてたんだ、2年になったら魔法大会出るだろ?優勝かっさらうのいつも俺じゃない。羨望の眼差しどころか嫉妬されるよなあ、って」

「そりゃそうだけど。署名活動までして退学処分からやっと1年になったからねえ」

「それを考えるとなあ、退学届出しづらくて」


「僕ももう1回休学しようと思ってる」

 数馬。

 そう言えば、俺のサポートするために戻ってきたんだっけ。

 俺がいなくなったらサポートするべき人間もいなくなるし。

「それもある。アメリカの研究施設で魔法工学に基づいたデバイスの研究をしていてね、お呼びがかかりそうなんだ」

「そりゃすげえ」


逍遥(しょうよう)も、学校の制服を畳んでいた。

「僕は君に還元するべく動いてたつもりだったけど、まだ半分も還元してない。それに僕自身が知らない魔法があることを今回の併合戦争で知ったんだ。魔法部隊に戻って訓練しようかどうか迷ってる」

「俺がリアル世界帰ったら、もう全てが宙に浮くな、ごめん、逍遥(しょうよう)

「気にすることはない。君と別れるとは限らないからね」


 サトルのことは気になっていたが、譲司と言う気の合った生徒を見つけ、生徒会と言うやりがいのある仕事を任されている。

 色々あったが、今が一番楽しい時だろう。


 亜里沙と(とおる)は魔法部隊に帰るし、もう、紅薔薇1年は未来に向け歩き出している人が多いなと、素直に俺は喜んだ。

 亜里沙だけが、未だに俺を引き留めようとしている。


「亜里沙、皆いなくなるのに、俺だけ残ってどうするよ。そんならリアル世界も同じことじゃねーか」


俺に向かっては何も言わず、涙声で(とおる)と話していた亜里沙だったが、ここに来て、思いは固まったようだった。

「選択肢の1と2、どっちにするの」

「過去に遡るのは俺の人生を変えるから止める。現在進行形の日に戻って構わない」

「わかった」

「明日の始業式には出ないから、なるべくなら明日の朝、事を完結させてくれないか」

「わかった」


 その日の夕食は、6人で数馬の知り合いが経営する居酒屋で酒を飲んだ。見た目はボロいが、酒のアテはとっても美味しかった。

 苦いけど、ビールは美味い。カクテルを爆飲みしようとしたら周囲が止める。

 暴れようとする俺に身体が動かなくなる魔法をかけて、皆が好き好きに魔法談義に花を咲かせた。

 ホームズ、ごめんな。

 未来予知の継承者にはなれなかったよ、俺。

 リアル世界に帰れば魔法も使えなくなるし、ホームズとの約束を破ることだけが気がかりだった。


 

 翌日、朝の5時。

 俺は起きて外出用ジャージとお気に入りの靴を履いて亜里沙と待ち合わせた紅薔薇の中庭に急いだ。

「ごめん、遅くなって」

「いいのよ、海斗。あんたにガーガー言うのもこれが最後ですもの」

俺は亜里沙にガーガー聞けないのは寂しいな、と漏らすと、亜里沙の目に涙が浮かぶ。

「いい、今からあなたに魔法をかける。気が付いたらリアル世界にいるはずだから。もう、こちらの世界のことは忘れてる」

「それでいい」

「じゃ、行くわよ」

 亜里沙と、一緒に来てた(とおる)が、北側と南側から何かつぶやきながら立ったままの俺に両側から右手を翳した。

  

 俺は、次第にフラフラしだして、ついには眠るようにがっくりと膝を落した。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇

 

 

 なんか寒気がする。

 なんでだ?

 ふっと目を開けると、そこは河原の真ん中で俺はジャージ姿で大の字になって寝ていたのだった。

 なんで俺、こんなとこで寝てんだろう。


 遊歩道まで上がり、どの辺にいるのか目を凝らす。

 ああ、家から然程遠くない場所だ。走れば15分くらい。

 良し。走って帰るか。姿勢を整えた、その時だった。

 川の方から何か聴こえる。


 なんだろうと、川縁まで行ってみると、段ボールに入れられた白黒のハチワレ子猫が鳴いていた。

 捨てられたのだろう。可哀想に。

 なんつっても、首輪が付いてる。鈴ではないが、ペンダントトップに、猫のヒゲらしきものと爪が入ってる。なんだろう、珍しい首輪。

 母さんは動物嫌いだけど、人慣れさせて里親探すだけなら文句も最小限で済むだろう。

 俺はやっとの思いでダンボールを手繰り寄せると、そのまま抱えて家路を急いだ。


 河原で起きてから20分ほどで家に着いた。

 玄関はいつも空けてある。

 なに・・・開かない。何度押しても引いても、開かない。どっかに長期で旅行にでも行ったか?

いや、あの人たちが旅行に行くわけもない。

 でもおかしい、2台あるはずの車が2台とも無い。やっぱり旅行か。

いや、絶対に母さんは仕事で父さんは接待ゴルフだ。

今何時だろう。上衣の中に手を突っ込むとスマホが出てきた。

 夕方5時半。今までならその時間帯までは帰ってきてたはずなのに。

 俺は玄関に座り込みダンボールに中に手を入れて、子猫とじゃれて遊んでいた。


 それから30分程、俺は玄関前で待っていた。

 段々腹は減ってくるし、猫にも何か食べさせないといけないし。

 少々腹が立って不機嫌になった俺。まったく、いつまで何やってんだ。


 夕方6時を回る頃、まず母さんの車が車庫に入るのを見かけた。

 あー、これでやっと飯にありつける。

 続けて父さんの車も車庫に入ってきた。

 少し元気が無いように、2人とも下を向いて父さんが母さんの肩を叩いている。

「2人とも、何してたんだよ。30分も待った」

 その時の父さんと母さんの顔、まるで幽霊でも見たかのような驚きように、俺の方がびっくりする。

「海斗、海斗なの?」

「いつ戻ったんだ?」

 何言ってんの、2人とも。

「5時半に戻ったら家閉まってるし。入れなくてずっとここにいた」

「そのダンボールは、何?」

「猫。捨てられてたんだ」

 父さんが何か言おうとする母さんを押さえ付けている。

「とにかく、中に入ろう」

 俺は2人に押されて家の中に入った。

「怪我はないか?」

 父さんが変なことを聞くけど、別にあの河原にいただけだし。

「怪我してるわけないじゃん。腹減った。なんかちょうだい」

 母さんが半べそかきながら寿司屋に電話していた。

 え。普段は何度言っても聞いてくれたかったのに、今日は寿司食えるの?ラッキー。

 忙しくて作る暇もないのかな、母さん、土日も仕事行くからなあ。

「猫に刺身とか上げてもいい?」

「良いわよ、赤身のところを切ってあげるから」

「牛乳飲ませてもいいかな」

 父さんが首を振る。

「猫には猫用ミルクがあるだろう。人間用のミルクじゃ猫には害になる」

「ねえ、この猫なんだけどさ。うちで人慣れとかトイレトレーニングすれば里親探せるよ。一旦家で面倒見ちゃダメ?」

「昼間にみないなくなるから、どうしようかしらね」

「俺の部屋に入れておくよ。トイレとご飯も」

 父さんが腰を上げた。

「近くのペットショップで猫トイレと猫餌を買ってこよう」

「俺も行く」

「お前は疲れてるだろうから、家にいなさい」


 ・・・疲れてないよ。

 なんで急に俺の心配してんの?

 てか、さっき灯りの下で見て思ったわ。自分たちの方がやつれてない?父さんも母さんも、いつの間にそんなに痩せたのさ?


 母さんが台所で泣いてる。

 なんだなんだ?

父さんと派手にやりあった?

いや、いつもの母さんなら、そのはけ口を俺にして、ダメダメダメのオンパレードで喧嘩になるはずなのに、今日は何も言ってこない。

 猫飼いたいって何度言ってもダメダメ星人だった母さんが、寿司の刺身を猫にあげることにOKするなんて、今までじゃ到底考えられないことだ。

「母さん、どうしたの」

 母さんは涙を拭いたけど、俺の方は向かずに“なんでもない”そう答えた。

 いや、これ、絶対になんかある。


 30分ほどで父さんが帰ってきて、猫用のトイレ、ご飯、爪とぎ、キャットタワーまで買って来てくれた。

 うわー、これだけでもかなりな出費。いつもケチな父さんなのに。


 そのうちにお寿司屋さんが来て、俺は2人前をぺろりと平らげた。

「そのお寿司屋さん、覚えてる?」

「もちろん、俺が何回言っても頼んでくれなかったのに。今日はご馳走どころの騒ぎじゃないよ」

 母さんが嬉しそうな顔してまた泣き出した。

「海斗、やっと帰ってきてくれたのね」

 は?どゆこと?

 俺は父さんを見る。こういう時の母さんは的を得た発言をしないことが多い。父さんの方がわかりやすく丁寧な説明をしてくれる。

「どういうこと?父さん」

 父さんも口が重いようで、直ぐにその答えをもらえず、俺はちょっと苛立った。

「お前はな、海斗、1年近く行方不明になってたんだ」


 え・・・?

 行方不明?俺が?


「どうしてなのか理由がわからないまま、1年間探し続けた。1度、半年くらい前にお前とそっくりの男の子を見つけたが、人違いだと言われその子は消えてしまった。その後もずっと探していたんだ」

「俺、家出したの?1年間も?家出の記憶なんて、全くないよ」

「記憶喪失になったんだろう。半年前のあの子もたぶんお前だったんだと思う。あの時引き留めておけば・・・」

「俺ここに来たの半年ぶりって?そんなわけないじゃん、半年もどうやって暮らすのさ」

「浅葱色の制服みたいな小ざっぱりとした服装だった。どこかで保護されていたんだろう」

「記憶喪失説ってあんまり現実的じゃないよね。今日はジャージのまま河原で寝てたよ」

「この家に住んでた時の記憶が戻って、保護施設から抜け出してきたのかもしれない。ここ1年間のこと、本当に覚えてないのか?」


 俺はうーん、と考えてみるが、何も思い出せない。


 ところで、今日は何月何日だ?

 リビングのカレンダーを探す。

 目につきやすいところに2019年全月が載った大きなカレンダーがぶら下がってた。

 4月5日の日まで、ずっと×印が書き込まれている。

 すると、今日は2019年4月6日だ。

何も覚えてないけど、学校に行きたくない感情だけは頭の隅にぐるぐる渦巻いてる。


「明日から学校か・・・」

「学校に行かなくなったことも覚えてないのか」

「それはなんとなく覚えてる」

「そうか。そのことで父さんと母さんが二人でお前を責めてから、お前はいなくなってしまった」

「行かなくなった直接の原因は俺も忘れたけど、あの学校、中等部から上がってきた生徒と高等部から入った生徒が睨みあっててさ、おまけに中等部からの入学組だと思うんだけど、マウンティングするんだ」

「マウンティング?」

「例えば父親の職業、年収、住んでる場所、とかかな。優劣つけて下の子はパシリみたいに下働きすんの」

「高校生でか?」

「高校にもなれば親の金目のことなんて判るからね。今じゃ小学生でもそうでしょ」

 父さんが俺の目を真っ直ぐ見て、何度も頷く。

「そういう理由もあったのかもしれないな」

「俺、入学したの2018だよね、じゃあこの1年間どうしたの」

「休学した。これから泉沢学院に行くなら、1学年下の子と一緒に通うことになる」

「そうなんだ・・・」

 母さんが珍しく口を挟んでくる。

「海斗、1年遅れても2年遅れても同じこと。嘉桜高校受験し直してもいいのよ」

「それでなければ、どこかのフリースクールに通って高等学校卒業程度認定試験を受けて、大学入学に備えることもできるぞ。今は色んな選択肢があるからな」

 父さんの口から“高等学校卒業程度認定試験”なるワードが出てくるとは思いもしなかった。

 俺、この1年の総決算と言うか、色んなこと一斉に決めなくちゃいけないんだ・・・。

「少し考えさせて」


 夕飯を食べ終わり、猫用のトイレや猫タワーを設置しようと父さんと一緒に2階の自分の部屋に行くと、ドアがまるで壊されでもしたかのようにバキバキに折られ、修理してあった。

もしかして俺が暴れてこんなことしたんだろうか。


 聞くこともできず、中に入る。

 普通の部屋。

 机にベッド、小さ目のクローゼット。

 誰かが暴れた形跡は見受けられない。

 外のあれは何だったんだろう。

 クローゼットを開けると、嘉桜高校の制服が用意してあった。2年遅れか。

 俺的にはパソコン部があれば気にしない。


今までパソコンはおろかスマホだって使えなかったからなー。

 ?

 なんで、今どきスマホが使えなかった?


頭の中で何か思い出そうとするのだが、何かに反射してこちらには見えてこない。反射、反射、鏡、反射。無理だ。全然思い出せない。


「ほら、できたぞ」

 父さんがトイレに猫砂を入れ猫タワーができあがり、ご飯と水も準備した。

 ダンボールの中に閉じ込めておいた子猫を出すと、一番最初にご飯にありつき、俺が傍らで様子を見ようとすると、「フーッ」と威嚇する。今まで食べるのに苦労したんだろうか。心なしか痩せてるし。

「大丈夫だよ、もうお前はご飯に苦労しなくて済むから」

父さんが部屋を出て俺はベッドに座り、猫の様子をじっと見ていた。

名前つけなくちゃ。


・・・ホームズ・・・。


瞬間的に浮かんだ名前。

どこかで聞いたことがある名前なのに、思い出せない。シャーロック・ホームズの本を読んでたこともあるから、それで思いついたのかな。

「よし、これからお前はホームズだ、いいな?」

 子猫が「ニャーン」と鳴く。気に言ったのかな。

その晩はホームズの鳴き声をBGMにして、俺はベッドに入りぐっすりと寝た。


翌朝、俺は5時に目覚めた。

ジョギング行かなくちゃ。


・・・あれ、今まで朝に走ったことなんてないのに。


でも、身体がそれを望んでるような気がして、俺はジャージに着替えると1階に降りた。

母さんが起きて、昼の弁当やら朝の支度をしている。

こんなに朝早くに起きて毎日毎日、やってたのか。そして7時には家を出てたんだ。

俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、母さんに声を掛けた。

「母さん、俺の昼飯は自分でなんとかするから。それ、俺の弁当だろ」

 はっとして母さんが振り向いた。

「どうしたの、こんな朝早くに起きて」

「河原辺りまで走ってこようかなと思ってさ」

「ダメ!またいなくなったらどうするの」

「いなくなるわけないじゃん」

「とにかく、しばらくは身体休めてちょうだい。今日はお父さんが病院に連れていってくれるから」

「平日に休めるの、父さん」

「お休みいただいたのよ」


 真面目な話、父さんが俺“ごとき”のことで会社休むなんて、今まで15年間生きてきて一回もなかったと記憶してる。

 少なくとも、物心ついてから父さんと一緒に病院に行ったことはない。

 

 その日、父さんはいつもゴルフに行くとき着る服を着て、ジョギングに行き損ねジャージ姿のままの俺を車に乗せ走りだした。

 着いた先は、大きな総合病院だった。

 まず、内科に行って身体が何ともないか調べてもらい、俺の身体が健康体そのものであることが証明された。1年間何をしていたのかわかんないけど、飢餓状態にはなってなかったということだ。

 次に、精神科に回り俺の記憶状態の根源を探すという。カウンセリングを行うために、心療内科を紹介され、俺は週に一度、カウンセリングに通うことになった。

ちょっと面倒に感じたが、医者とのやり取りを聞く限りでは、父さんはどうやら俺が新興宗教に入って洗脳されたのではないかと考えているようだった。

そんなこと無いさー、でも、それを証明するためにも俺はカウンセリングに行く必要がありそうだった。


 帰り道、俺は父さんに聞いてみた。

「俺が新興宗教に拉致されたって思ってんの?」

「可能性は高いと思う」

「じゃあ朝のジョギングはダメか。また拉致されっかもしんないし」

「父さんが一緒に走るか」

 俺は思わず吹き出した。

「ダメだよ、今度は父さんが倒れそうだ。俺、かなり早く走るから」

 

 ・・・ジョギング、したこともないのに自分が何で早く走るってわかるんだ?


 これには父さんも興味を示した。

「そういう運動をしていたんだろうな、この1年」


 それからは世間話程度の会話で、午後に家に戻った。2人分の弁当がリビングに用意してあり、俺と父さんはテレビを見ながらそれを食べた。

母さんは仕事。今日は始業式で明日から授業が始まるから忙しくなるだろう。

 父さんは午後から書斎でスカイプを使い、会社とやりとりしていた。やっぱり忙しいんだよな。悪かったな、病院ごときでつきあわせて。


 俺はと言えば、何もすることが無く、2階でテレビを見ながらホームズと遊んでいた。

 何もすることが無いわけじゃないんだよな。

 これからどうするか決めないと。


 まず、泉沢学院ルート。

 これはたぶん、通い出してもまた休学する恐れあり。1人が嫌なわけじゃないけど、あそこは貧富の差が激しいっていうか、何となく馴染めない。

 俺がマウンティングに巻き込まれることはないだろうが。

高校生くらいだと、同学年でも1歳上だったりすると皆が恐れおののくのは確かだから。

馴染めないのがわかってるんだから、早々に退学するのが良いと思う。


 次に、嘉桜高校ルート。

 これは、今年度の入試を経て入学するから周りよりも2歳年上と言うことになる。

 嘉桜高校なら俺の偏差値からして在宅で勉強しても受かると思うが、何せ受験は現役生の方が断然有利だ。そうなると、家庭教師かマンツーマンで教えてくれる塾に通う必要がある。月に3~5万ほどの出費になりそうだ。

やはり、2歳下の中学生と机を並べるのに違和感がないと言ったら嘘になる。

 でも、今度どこかに入学することがあったら、孤独に負けない気持ちは持ち合わせてる。

 


 次に、高等学校卒業程度認定試験ルート。

 これは自分でガイドブック買って過去問解けば、簡単に合格できるだろう。年に2回試験があるみたいだからそこで合格できるよう調整すればいい。

 ただ、人の輪に入ってみたいとなれば話は別だ。

 フリースクールに通って、皆と一緒に授業を受けたり何かしたり。高校生活と変わらない。

 高校生活と変わらない割には、履歴書の最終学歴は中学卒業かな。それとも高校中退?どちらにせよ、金も年間100~150万要ると聞く。



 それなら話は早い。

 一番俺に合ってるのは、嘉桜高校だと思う。

 入学したらパソコン部に入ればいい。スマホで調べたら嘉桜高校には今もパソコン部があった。合格したら、お祝いに家に置くパソコンを買ってもらおうかな。

 

 俺はもう、別に人とベタベタ仲良くして密な高校生活を送りたいわけじゃない。

 向こうでもそうだったし。


 ・・・向こう?

 向こうって、どこだ?


 俺、ちょっと混乱してる。どこか他のところにいたのは確かかもしれない。新興宗教と父さんが言ったのも、強ち間違いではないのか。


 ふっ、と頭が揺れる。

 目眩?

 いや、そんな感覚ではない。

 ベッドの下に何かある、本?

 その不思議な感覚はすぐに収まった。


 俺はスマホの電灯機能を使って、ベッドの下を見た。

 やはり、本のようなものがある。


 一旦顔を上げ部屋の中を見まわすと、ちょうどよく孫の手があった。孫の手を使って、必死に本を手繰り寄せた。


『異世界にて、我、最強を目指す。』

 ああ、あの学園モノ。

 少し読んで止めたけど、どうせ暇だし外に出ると親がうるさいし。

 また読み返してみるか。


 俺はベッドに寝転がってページを捲った。


 ん?

 んん?

 1人の男子高校生が今の世界から異世界に転移し、魔法の練習を重ね色んな事件に巻き込まれながらも最後にはビッグタイトルで優勝する青春学園モノ。


 その主人公は、なんと俺そのものだった。

 

 こんなことって、そうだよ、俺が感情移入し過ぎただけで、そんなこと実際にあるわけない。

 なあ、ホームズ。


 ホームズ・・・そうだ、寮で飼っていた猫の名はホームズ。

 最後の最後で亡くなり、髭と爪を切ってお守り代わりにペンダントトップに入れた・・・。


 俺はカーテンを引っ掻いて遊んでいるホームズを抱き上げ、首輪を見た。

 ペンダントトップに、髭と爪が入れてある・・・。

 偶然にしちゃ、偶然すぎないか?


 「ニャンニャン」

 ホームズが降ろせと鳴いているので、俺は床にホームズを降ろした。

 そこで見たモノは・・・。


 黄色系の瞳のはずのホームズが、オッドアイに変化したのだった。

「ニャニャーン」

 お前、ホントにホームズなのか。



生まれ変わっても俺のところに来いよ、ってあの約束、お前は忘れてなかったんだな。忘れてたのが俺だなんて、恥ずかしい話だよ、全く。

里親なんてとんでもない。俺はずっとお前と一緒にいるよ。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 俺は本を読み進め、全てを思い出した。

 亜里沙や(とおる)の存在。今の世界では二人はいないことになってる。

 そして、逍遥(しょうよう)を初めとした1年の友人、沢渡会長を初めとした上意下達の先輩方、一番に近くにいて欲しかったのに願いが叶わなかった聖人(まさと)さん、俺をビッグタイトル優勝に導いてくれたアイドル顔の数馬。

 おっかなびっくりだった全日本魔法大会、ずっこけたGリーグ、薔薇6、GPS~GPF、世界選手権や新人戦。

 紅薔薇の生徒会がいつもいつも仕切らされ、俺はたびたび手伝った。


 この1年、本当に俺、頑張ってたんだな。

 だから今朝もジョギングに行きそうになったんだ。いつも数馬と一緒に走ったから、運動神経マイナスのこの俺でも、早く走れたんだ。


 時に笑い、ときに涙ぐみながら、俺は何回も本を読み続けた。


 そんとき、父さんが俺の部屋をノックした。俺は思わず本をベッドの中に隠す。

「何?」

「自分の進路、決めたか」

「入って、それから話すよ」

 父さんは部屋に入ってきて、ホームズを抱っこする。

「で、どうする」

「泉沢学院は退学して、嘉桜高校を受験しなおそうと思う。塾の費用とか、申し訳ないけど出してもらえれば・・・」

「泉沢に行っても月5万以上かかるから、トントンだ。心配するな。みんなより2歳上でも構わないのか。もしかしたら孤立するかもしれない」

「1人で暮らすことには慣れてるよ」

「慣れてる?」

「いや、その、ほら、小さな頃からほとんど1人だし」

「そうだったのか、気付いてやれなくて済まなかった」


 父さんに異世界の話をしても通じるわけない。

 だから、異世界のことは俺の胸の中だけにしまっておこう。

 

 

 次の週から、俺は塾に通うことになった。

 家庭教師を付けた方がいいのでは、という母さんの心配はあったんだが、家の中に閉じこもってばかりでは高校生活を乗り切るのに大変ではないかという俺の意見に父さんが賛同しOKを出してくれた。

朝のジョギングもOKが出た。体力をつける、と言う意味合いもあってのことだ。

 俺は毎朝3キロ~4キロくらい走って、昼は自炊することにした。簡単におにぎりとか昨夜の残り物を食べる生活だけど、母さんの負担は明らかに違ったと思う。


 健康的な生活をしながら、塾でマンツーマンの指導を受ける日々。

 勉強は得意だから辛いことは無かったけど、時折、向こうの世界を思い出す。



 みんな今頃なにやってるかな。

 4,5月は何も大会が無いから生徒会は年で一番暇な時かもしれない。

 サトル、譲司、南園さん、鷹司さん、生徒会を盛り上げて頑張ってほしい。

 沢渡元会長は大学生かあ。あの勇姿が見られなくなるのは寂しいと思ってる人も多いだろうな。でも、大学で勉強したことを生かして卒業後は魔法部隊に入隊するのかもしれない。

 沢渡元会長の魔法はあの年代では天下一と言っても過言ではないから。

 亜里沙と(とおる)は退学して、ようやく俺のお目付け役を免除されてせいせいしているかもしれない。(とおる)はまだしも、間違っても亜里沙が泣くことなどないだろう。


 聖人(まさと)さんは教師になったのかな。口は悪いけど優しい人だから、すぐ人気者になるだろう。


 逍遥(しょうよう)は辞めるとまでは言ってなかったけど、魔法部隊での訓練とか増やしたのかな。去年の亜里沙や(とおる)のように。


 数馬は元がああいう性格だから、学校生活に向いてない。企業からオファーきて、そっちで働いてる方が似合うな。本当は旅人が一番似合ってるんだけど、先だつモノがなけりゃ、旅もおちおちしてられやしない。


 俺、みんなのこと、絶対に忘れないから。



 また『異世界にて、我、最強を目指す。』の最後のページを捲ってみる。

 なんだ、また俺がこっちに戻ってきた次点までの出来事しか書いてない。

 そうか。全ては俺次第で、自分次第で変わっていく、ってことなんだろう。

 自分の可能性を否定しないように。

 自分が自分であるために。


 別に1人でも構わないけど、喧嘩しながら2人で生きるよりも、1人で生きるのは何倍も何倍も辛い思いをする、ってことがわかっただけだ。

 そうだよな、自分を貫くことだけが正義じゃない。

 父さんや母さんに対しても、突っぱねることだけが正義じゃない。

 俺という個を理解してもらうべきなんだ。


 でも、俺はもう1人じゃない。

 ホームズが一緒にいてくれるから。



 亜里沙、(とおる)

 俺の我儘を聞いてくれてありがとう。

 せっかく13年もの間こんな俺と一緒にいてくれたのに、約束を反故にするような真似して済まなかった。

 俺はもうそっちの世界に行くことはないだろうけど、お前たちのことは忘れない。



 俺、嘉桜高校受験することに決めた。

 塾とか通って現役生との穴埋めるわ。

 こっちの世界でも最強目指すよ。



 みんな、元気で。

 本当に、本当にありがとう。



こんなに長いストーリーを活字にまとめていくのは初めてで、あとから本文を読み返してみると、設定が変わっていたり重複していたりと皆様にお読みいただくのもお恥ずかしい限りです。

それでもなんとかベースを崩さすに書けたことだけが今回の収穫だったかもしれません。

これまでのアクセスがあるたびに嬉しく思ったことを忘れずに今後も執筆を重ねていきたいと思っております。

皆さま、本当にありがとうございました。

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