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異世界にて、我、最強を目指す。  作者: たま ささみ
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最終章  第3幕

その日の午後からキム・ボーファンの隠れ家を探すことになった俺。

 でも、どこからどうやって手を付ければいいのかわからない。


 聖人(まさと)さんが、旧来の知人が魔法部隊にいるということで内々に情報をもらってくるといって寮を出た。

 サトルも同様に父親に連絡を取ったらしく、内々の情報がないかどうかアタックしてくると言って、制服に着替えて寮を出た。

 逍遥(しょうよう)は自分が何もできない苛立ちを俺にぶつけてくる。

「だいたい、君がワンを殺さないからこういうことになるんじゃないか」

「しょうがないだろ、今更言っても過去に時間が戻るわけじゃあるまいし」

 逍遥(しょうよう)の目がキラリンと光る。

「こないだ、亜里沙さんが選択肢の中で過去に戻る、って言ったよな。あの人たち、過去に戻る魔法知ってんじゃないの」

「まさか」

「聞いてみろ、もしかすると、もしかするぞ」


 過去に戻る魔法があるとするならば、それを一番欲しているのは俺じゃなく数馬のはずで。

 でも、過去に遡って数馬の父親を助けたら今の俺たちの関係性はない。根底から崩れ去る。生まれてないとかそういうことじゃなく、生活が一変しているということだ。

 数馬は日本に帰ることも無かっただろうし、俺は数馬と知り合うことも無かったと断言できる。

 そしたら俺は不出来な魔法科生として紅薔薇で勉強するだけで、普通科に落とされたかもしれないし、新人戦での優勝もなかった。となると、ワンが俺を狙うこともなくなったわけで。ワンとの争いは逍遥(しょうよう)が請け負うことになったはずだ。

 もう、俺を中心として回るかどうかなんて有り得ない。スパイ容疑もかかりっこない。


「過去に戻ったら、全てが壊れてしまう」

 逍遥(しょうよう)は俺の言う意味がわかってんのかわかってないのか、じっと俺を見つめたままでホームズの形見の猫ベッドに触っていた。

「ホームズとも会えないで終わったかな」

 俺の問いかけにも逍遥(しょうよう)は応じることはなかった。


 俺は今の俺、新人戦で優勝した俺を失いたくないという下衆な気持ちが働いていたんだと思う。亜里沙に離話して聞くことはしなかった。

あいつらも忙しいからと理由をつけて。

 


◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 4月になった。

 まだ学校は春休みだが新年度になり俺は魔法科の2年に進級した。

 いや、したはず、かな。


 沢渡元会長以下3年の人達は、バラバラの人生を歩み出した。

 薔薇大学に進学して長崎に居を構えた人も多いし、魔法大学に進学するひともいた。魔法部隊に入隊した人もいる一方で魔法から遠ざかり普通大学に進学した人もいる。

 世界選手権や新人戦に出た人は、3月1日に執り行われた3年の卒業式にも出ることができなかった。生徒会でささやかな卒業式を開いたと聞く。在校生では、光里(みさと)会長だけが出席したそうだ。


 聖人(まさと)さんは今年度から全ての魔法大会に出場できることになり、逍遥(しょうよう)のサポーターとしての役割を終えた。

 数馬は相も変わらず俺のサポーターとして動いてくれることになっているが、陸軍本部に行って以来、どこにいるのかもわからない。つかの間の休日、外国を旅しているのかもしれない。

 サトルは光里(みさと)会長の下、譲司や南園さんと組んで生徒会の柱となって動き始める予定だ。

 亜里沙と(とおる)は、俺が退学したら一緒に紅薔薇高校を退学して魔法部隊に専従することとなった。



 俺はと言えば、まだキム・ボーファンが見つからず、少々焦りを覚えていた。

 新学年の授業が始まる前に何としてでもキムを見つけたかったのだが。

 ベッドに座り、お守りのペンダントとして持っているホームズの髭と爪をぎゅっと掴み、予知しようと何回も念を入れるが上手くいかない。


 おい、ホームズ。

 ホントに俺を継承者としたのか?

 全然予知できてねーぞ。こんなんじゃ、誰の役にも立ちやしない。


 ふうっ、と溜息ともつかぬ息を吐きだし、俺はベッドから立ち上がった。

 ホームズの形見の猫ベッド、洗おうかどうしようか、考えている時だった。

 首にぶら下げていたホームズのペンダントが、チカチカと明るく光り出した。

 俺はどうしてか、そのペンダントのトップ部分を握りしめた。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 人物の後ろ姿が見える。

その人物の正面にフォーカスすると、目の細い北京系の顔立ちの男が見える。


キム・ボーファンだった。

 場所は・・・テーブルに中華料理がたくさん並んでいて他にも人がいる。

どこかの料理屋さんで飯でも食べているのか?


 あ・・・中華街。


 そうだよ、横浜と言えば中華街。

そして横浜中華街に北京共和国の料理を出す店は多い。

 恰好の潜伏場所じゃねーか。

やつは100パーセント、横浜中華街に潜んでる。

 あとはこの店の名前が判れば・・・。


 店の外の看板にフォーカスする。小さく看板が置かれていた。

『蜃気楼』?

 スゲー名前だな。


 周囲の景色は・・・と、ここで予知は終わってしまった。

 予知と言うより、俺の得意な遠隔透視かもしれない。


 とにかく、この店を探さなくちゃ。

 「蜃気楼」なんてふざけた名前の店があるかどうかわかんないけど。

 中華街は狭いようでいて広い。

 1軒1軒歩いて回ったのでは相当な時間がかかる。

 その間にキムが潜伏場所を移動しないとも限らない。


 この『蜃気楼』にいる間に、奴の身を確保しなければ。

本当は俺一人で片を付けるべき問題なのだろうけど、時間がない。

未だ北京共和国からスパイとして派遣されているだろうキム・ボーファンは、いつ故郷に戻ってしまうかわからない。


 このときほど、リアル世界のインターネットを欲したことはない。

 ほとんどの情報がインターネットを通じて手に入るのだから。

 今の俺は足で稼ぐしかなくて、1人では到底あの広い中華街を短期間で回れそうにはないように感じた。

 

俺は聖人(まさと)さんとサトル、数馬に離話を飛ばした。

「今、キム・ボーファン発見、場所は横浜中華街の“蜃気楼”。繰り返します・・・」


 数馬から返事が来る。

「今やんごとなき事情でそっちに行けない。透視だけはする、店の場所がわかったら亜里沙さんや(とおる)さんに繋ぐから」

「ありがとう、数馬」


 聖人(まさと)さんとサトルは、もつれ合ってノックの時間も惜しいとばかりに部屋に飛び込んできた。

「見つかったのか」

「予知か遠隔透視かはわからない。でも中華料理がテーブルに乗ってて他に客らしき人もいた。“蜃気楼”なんて店がホントにあるのかどうかわかんないけど」

「本国にも中華街はあると思うんだけど、どうして横浜中華街だと分ったの?」

 サトルの鋭い突っ込みに俺はタジタジとなった。

「それは・・・第六感でしかない」

 聖人(まさと)さんが落ち着き払って助け舟を出してくれた。

「サトル、本国には俺たちが読む“蜃気楼”の字は無いと思う。俺は北京語は全然できないからだけど」

「店の周囲の景色が判れば一番だったんだけどね」

 俺は手を振り謝った。

「ごめん。そこまでしようとしたら映像が切れたんだ」


 聖人(まさと)さんがサトルの肩を叩き、どうするかと聞く。

「海斗だけを横浜中華街に出して、俺たちはここで遠隔透視しながら“蜃気楼”を探す、あるいは3人で手分けして探す、どっちがいい?」

「僕はまさかのキム・ボーファンと対峙したら勝つ自信も互角に戦う自信もない。だから中華街へは行かない方がいいと思う。我が身可愛さに走って申し訳ないけど」

宗像(むなかた)少将には自分ひとりでやっつけますみたいなこと宣言してきたんだから、サトルにそこまで求めないよ。遠隔透視だけでも十分」

「俺はここで遠隔透視しながら、見つけたらその場所に行く。それでどうだ、海斗」

「ありがとう、聖人(まさと)さん」


 俺はジャージに着替えて上着を羽織り、二人を置いて部屋を出ようとした。一刻も早くキム・ボーファンを見つけ退治しなくては、また併合戦争に発展しかねない。

「おい、待て海斗。これ持ってけ」

 聖人(まさと)さんが俺に手渡したのは、数馬が作ってくれたバングルだった。

「お守りじゃねーぞ。こいつ手に嵌めてしっかり働け」

「おう!」


 俺はお気に入りのシューズではなくどちらかと言えば捨ててもいいようなジョギング用の靴を履いた。なぜか、手がそちらに伸びた。

 迷ってる暇はない。

 寮から横浜中華街まで約3~4キロといったところか。近頃ジョギングをサボってるから息が上がりそうな気もするけど、そんな弱気でどうする。


俺は全力でスタートした。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 走り始めて10分ほどで、サトルから連絡が入る。

「中華街東側にはそういう店はない。引き続き透視を続けるから」

「ありがとう、サトル」

 俺は店についてへばってしまっては大変、と走るペースを少し遅くした。

 20分ほどして、中華街の街並みがすぐそこに見えてきた。

 もう少しペースを下げ、体力温存に切り替える。


 今度は数馬から連絡が入った。

「見つけたぞ、“蜃気楼”。中華街北側の端にある。他に誰か見つけたか?」

「まだ、キムの居所も合わせて確認してもらう。サトル、聖人(まさと)さん、北の端界隈を見てもらえる?」

 2人とも“蜃気楼”の場所は掴んだ。北の端に看板が見えたらしい。聖人(まさと)さんの式神によると、キムは、店の賄場所に座っていたという。

 俺は中華街の中を人と人との間を縫うようにして北側に急いだ。

 

 やっとのことで俺が店の一歩手前に着いたころには、聖人(まさと)さんと亜里沙、(とおる)が店の前にいた。

「亜里沙、(とおる)、軍務は大丈夫なのか」

「この大一番で軍務も何もないでしょ、抜けてきたわよ」

「援護射撃は任せて」

 聖人(まさと)さんが2丁のショットガンを俺に渡した。

「そうだな、お前は店に入ってキムを呼べ」


 そういうと、3人は俺が見えないくらいまでふわっと浮き上がった。その日は太陽がさんさんと降り注いでいて、セオリー通りの攻撃体勢。

 俺は、店の中に入ると、店員さんに小さな声で聞いた。

「キム・ボーファンはどこ?」

「誰?それ?」

 またペンダントが光り、キムが立ち上がって厨房から店の中を覗きこむのがわかった。

「そっちか」

 俺はつかつかと厨房に近づくと、自分に防御魔法と鏡魔法を掛けた。

「キム」

 俺の声が聞こえたのか、キムは店の中に出てくると、すっと姿を消した。瞬間移動魔法か、逃がすか!!

 俺もすかさず移動魔法で店の外に出る。


 キムはどこにもいなかった。

「どこ行った」

 でも、あいつがこの中華街でトラブルを起こすわけがない。それが知れたら本国からお目玉をくらうだろう。店の邪魔すんじゃねえ、と。

 ということは、あいつは広くてそれでいて隠れやすい場所にいるはずだ。

 俺は当たりをつけて横浜山下公園に飛んだ。


 ここなら観光客やらでそれなりに人はいる。

 

 俺は少し高い状態の飛行魔法に切り替え、右手を地上に翳した。

 すると、地上ではなく、大きな樹の上がチカチカと輝いた。

 あそこか。


 バングルを嵌めた手が、ウィーンと響く。はて、こんな構造だったっけ。数馬が何かプラスしておいたのかな。

 そう思った瞬間、俺は心臓の辺りに杭を撃ち込まれたような痛みが走った。

 いっでえー。

 誰だよ、キムか?

 鏡魔法で食い止めたようなもので、魔法を掛けていなかったら即死状態だった。

 

 俺はもう一度鏡魔法を自分にかけて右手を翳す。また樹の上がチカチカと赤く光る。さきほどのチカチカ場所を拠点にキムは行動していると思われた。


 俺は人さし指で樹の上に狙いをつけ、シュッ、シュッと発射する。それには何も反応が無かった。

 ここは、相手の懐に入ってショットガンをぶっ放すしかないか。

 

 俺は移動魔法で樹の上に飛ぶ。

 その間に防御魔法と鏡魔法をかけたが、あまり重ね掛けはできない。動くスピードが落ちるから。

 樹の上では、キムがこちらを向いて立っていた。

「よくわかったな」

「うちらは優秀なんで」

「お前ひとりじゃ、どうかな」

 言い終わらないうちに2回目の杭が俺を襲う。さっきより威力が増していて、鏡魔法を破られるかと思ったほどだ。

 痛みに一瞬キムを見失いそうになったが、こちらがフラフラしているように見えたのだろう。キムは3発目の準備に取り掛かっていたようだった。

 俺も急いで鏡魔法を2回、防御魔法を2回重ね掛けする。これらの魔法も、10回が限度だ。

 早くこの戦いを終わらせなければ。

 

 キムが3発目の杭を俺に向けて発射した。痛みは残ったものの、鏡魔法自体は効いていて、キムの魔法はキム目掛けて飛んでいくのが見えた。

 それで自爆したらしい。


 樹の上からザザザーッと下に落ちていくキム。

 俺も鏡魔法と防御魔法を2回ずつ掛ける。もう、限度に近い。

 木の下に落ちたキムは、しばらく動かなかった。

 自分の魔法食らって死んだか?

 近づこうとする俺に、なぜかホームズの声が聞こえた。

「近寄るな!」

 どきっとして、そこで足を停めた俺に向け、キムは最大級の杭を撃とうとしていた。俺そのものが粉々になるようなデカい杭。

 今までは空中だから別に心配もしなかったのだが、地上では他にも人がいる。その人たちに当たったら、魔法そのものが違法性を問われることになりかねない。


 俺の心配などこいつはわかってないんだろう。

 キムが心配しているのは、自分だけ。

身の保身に走っているだけのヨワカス。


またバングルがウィーンと鳴く。

鏡魔法をまさかの10回オーバーで掛けた俺は、飛行魔法で飛ぶことができなくなった。

本当は空中で仕留めたかったが、仕方がない。


俺に向け杭を撃ちながらも動けないでいるキム。

その身体に焦点を合わせ、俺は両手を組み2本の人さしと中指を揃えた。

バングルの音が次第に大きくなる。

 そうか、消去魔法の発射に適した時刻を知らせる音だったか。


 バングルの音が最高潮になった一瞬を俺は捉えた。

バン!!

 

 バングルの音とともに、俺の手の先から消去魔法が発射された。

 物凄い風圧で、俺は思わず目を瞑ってしまった。


 大丈夫か?

 キムを倒したか?

 まさかの失敗なんてないよな。


 そおっと、キムのいた方に向けて目を開けると、なんと俺の目の前に風船のように膨らんだキムの顔があった。


 なにーっ、失敗したのか?

 それとも、俺ではまだまだ成功できない高等魔法なのか?


 俺は恐ろしくなったが、動じてパニックになっていてはチャンスを逃がす。すぐさまショットガンを発射しようとしたが、ショットガンを握ってる右手が動かない。自由に動くのは左手だけ。

 なんでだよ、こんなときに。

 しかし、手元を見ている暇はない。

 何もないとなれば・・・。


「クローズ」

 効くかどうかわからなかったが、もう必死な俺は左手をキムの顔の前に翳した。

 

 バチン!バチン!!


 突然キムの顔が破裂し、シューッとしぼんでいく。

 何が起きたのかわからないが、今度は目を逸らしちゃいけない。

 キムは顔しか残って無くて、身体はさっきの消去魔法で消えたようだった。

 俺はもう一度、消去魔法の型を作ると動かなくなったキムの頭部に向け発射した。

すると、頭部はピンクの砂のようになり、サラサラとした状態で風に流され飛んでいった。



 あー、終わった―、死ぬかと思ったー、90パーセントくらい、俺死んでたー。

 というか・・・心臓付近、未だに痛い・・・。

 太陽から3人が降りてきた。

「うっわー、冷や冷やしたわよー、海斗」

 亜里沙の言葉が全てを物語っているのだろう。

 俺は半分以上、負け戦に手を染めていた。

 なんで勝ったかはわからない。

 そう、わからない。


 でも、勝った。

 すごくない?

 北京のホープに1人で戦い挑んで勝っちゃった。


 と。

「周囲の人に魔法当たんなかった?」

 今頃思い出した。

「大丈夫よ、あたしたちがあらかじめ時間止めといたから」

「時間を止める?」

「そう、そしてこのエリアにいた人をどかしておいたの」

 周りを見ると、皆一様に止まっている。

 俺たちの周りには猫1匹として誰もいなかった。

「すげえ、こんなことまでできんのか、魔法で」

「だから大前(おおさき)数馬はあたしたちに連絡くれたのよ、聖人(まさと)さん1人じゃ大変だから、って」

「あらかじめ言っとくとお前に隙が生じそうでなあ、言わなかったんだ」

「いいよ、そんなの何でもない。周りに被害無くて良かった。被害あったら魔法そのものが異端視されるんじゃないかって思ってたから」

「そう言ってもらえると僕たちも来た甲斐がある」


「あ」

 亜里沙が淀んだ顔つきになる。

「帰らなきゃ」

「忙しいとこありがとな」

「見つかっちゃった」

「誰に」

宗像(むなかた)少将」


 俺はまたドキッとした。

 実のところをいえば、あの人は苦手だ。

 この間だって、数馬がいたから何とかなったようなものだ。


「苦手意識を持っていては、魔法は上達しないぞ」

 誰の声だ?

宗像(むなかた)だ」

 うっ、心を読まれてる。今更壁作ってもどうしようもない。

「君のような新参者が壁ばかり作ってはいけない。もっと心をオープンにしなさい」

「はい・・・」

「今日の戦いは、見事とは言えないまでも、スパイ疑惑を払拭するには充分な出来だった」

「じゃあ、スパイじゃないと信じてもらえるんですね?」

「ああ、認めよう。君の力を」

「ありがとうございます!」


 宗像(むなかた)少将の声は聞こえなくなり、亜里沙と(とおる)は時間を一般人に公開すると軍に戻った。聖人(まさと)さんと俺は、散歩がてら寮までの道を歩いた。

「正直、1人で大丈夫かなと心配してたけど、よくやったな」

「うん。自分でも信じられない。でもさ・・・」

「どうした?」

「キム・ボーファンが敵の中枢にいて、あいつが日本にいる限り併合戦争の火種になるのはわかってはいるんだけど」

「だけど?」

「やっぱり殺すとかそういうの、俺、嫌だな」

「お前さんは優しいね」

「うーん、何て言うんだろう、魔法以外でも毎日のように日本じゃ殺人事件起きててさ、今更魔法だけなんでモンスター扱いすんのかは別として、俺、キムも生かして取り調べるべきだと思ったんだよ」

「ワンのように、か」

「生き地獄らしいけどね、向こうの国は」


 帰りがけ、喉が渇いただろうと、聖人(まさと)さんはコンビニに寄りコーラを買ってくれた。

 あれ、俺が好きなの知ってたんだ?

「いや、俺が好きだからついでに」

 あら、そう。

 

 1時間以上かけて寮に戻ると、サトルや逍遥(しょうよう)が玄関で出迎えてくれた。

「よく頑張ったね、海斗」

「おう」

 逍遥(しょうよう)は目を大きくして俺を覗きこむ。

「最後に少将出てきたからビックリしたけど」

「俺、大人って苦手なんだよ」

 聖人(まさと)さんがみんなにあっかんべーしながら靴を脱いでいる。

「自分だってすぐにおじさんになるぞ」

聖人(まさと)の10年後くらいにね」

 俺と逍遥(しょうよう)が大笑いする中、サトルだけは聖人(まさと)さんに気を遣い口元に手で作ったグーを当てた。


「サトルだけだな、まともなおじさんになれそうなのは」

「いや、そんなこと・・・」

 そう言ったまま、サトルの笑いは止まらなくなり、腹を捩って笑ってる。

「こいつが一番先にオヤジになるな」

「うん、そう思う」

 そこにいたみんなの意見が一致した。

 


 今晩はプチ祝勝会と言うことで、寮母さんが腕を振るって色々な料理を作ってくれた。食材費は、卒業した先輩のカンパと、今も寮に住んでいる先輩、同級生が集めてくれたそうで、北京のホープに勝ったというニュースは寮中に広まっていた。

 ちゃっかり参加している数馬と譲司。

 本当は魔法技術科でも来たい生徒がいたらしいのだが、魔法科の食堂は広くないため、泣く泣くカンパだけくれたという。何という慈愛の精神。

 途中、俺に一言を求めるシーンが出たのだが、俺はえらく口下手なので数馬が代わってまるで物語を紡ぐかのように情緒たっぷりに、冒険小説であるかのような壮大な話でみんなを魅了した。

 数馬、君、作家になってもやっていけると思う。


 寮母さんが出してくれた料理の中に、「肉じゃが」があって、リアル世界で母さんが作ってくれた味にそっくりだった。

小学校勤めで冷食も多く俺は文句ばかり言ってたけど、女性が働いて家のことも全部する、というのには人知れぬ苦労があるんだろうな。父さんは休日ゴルフばかりで母さんを手伝おうともしなかったし。俺だってそうだ、勉強しないんだったら母さんを手伝えばよかった。

 ごめん、母さん。



 その日は夜遅くまで無礼講が続き、ジュース類やノンアルコールのカクテルやビールしか出していないと言うのに、酒をあおったかのように口癖が悪くなる人が続出。早々にアウトの判定を出され部屋に追いやられた。

そこに沢渡元会長や光里(みさと)会長、3年の卒業生たち5~6人程度がが突然現れ、寮内はある意味騒然となった。


 九十九(つくも)先輩や勅使河原(てしがわら)先輩が2度目の乾杯の音頭をとる。

沢渡元会長は挨拶を求められたが光里(みさと)会長に任せ、自分はもう大学1年のペーペーになるのだと皆に伝えた。

 沢渡元会長は俺の前に進み出ると、公衆の面前だというのに、何も言わず深々と頭を下げた。

 この行動に、後から来た卒業生は皆一様に倣い、お辞儀する。

 一番面喰ったのは俺で、まさか九十九(つくも)先輩や勅使河原(てしがわら)先輩が頭を下げるなどと思ってもいなかったので焦ってしまい、自分でも何を言っているかわからない。

 逍遥(しょうよう)が、「海斗、アウト―」と言いながら俺の両肩を後ろから掴み、皆から聞えないように囁いた。

「ここにいたくないなら、自分の部屋に戻ったらいい」

「いや、まだ大丈夫だと思う。主賓だし」

 そう言って俺が笑うと、OK、といってノンアルコールのビールを探しに厨房の方へと入っていった。


 後から合流した先輩たちは、寮にいる先輩方とはまた違った雰囲気で、「いかにも優等生」が似合う人たち。どちらかと言えばこの寮に住むような雰囲気ではない。

 紅薔薇高校にはエリートや金持ちが入る紅薔薇寮があり、冷暖房の完備など破格な対応で寮生を募っている。魔法を極めた逍遥(しょうよう)やサトルがここに入っているのが不思議なんだ。

サトルは分からなくもないが、逍遥(しょうよう)だったら絶対に入れたはずなのに。

「言ったじゃないか、僕は上意下達なんてものに興味もないし従う気もない。向こうから入寮の打診が来た時、即座に断ったよ」

「なんて言ったの、断る理由」

「イビキが凄いんです、っていったさ」

 俺は思わず吹き出した。

 逍遥(しょうよう)は飛行機搭乗など疲れている時たまに小さい音でイビキをかいたりするときもあるが、普段は静かに眠ってる。

 よほど逍遥(しょうよう)は紅薔薇寮に入るのを嫌がったと見える。

「言わないでくれよ、僕と君の心に壁作っておいた。絶対に内緒な」

「はいはい」

「はいは1回」

「君、段々亜里沙に似てきたね」



なんと、その晩は夜通しで祝勝会が続いた。

キム・ボーファンもそうだが、ワン・チャンホの両手を複雑骨折させ、再起不能にしたという情報も皆が掴んでいて、俺はそこでもヒーロー扱いされた。

現地で殺してしまえば良かったのに、という声もそれなりに挙がったが、沢渡元会長は命の大切さを説いて俺を援護してくれた。

キムの時も合わせ、どちらの方法が良かったのか、俺には未だにわかっていない。


明け方が近づき空が白んできた頃、紅薔薇寮組は自分たちの行くべき場所へと個別に戻っていった。

こちらで最後まで残ったのは、俺と聖人(まさと)さんと逍遥(しょうよう)、そして数馬。

譲司はアルコールなしでも酔った雰囲気を醸し出して、サトルの部屋に緊急避難することになった。その後、サトルはさすがに眠いと言って部屋に帰って寝ていた。 


「上意下達も、あの代で仕舞になるだろうな」

 聖人(まさと)さんの一言に、俺は深く頷いた。

「俺としては、そう願ってる」

 数馬は別の視点から上意下達を見ていた。

「僕は魔法科と魔法技術科の間に垣根が無くなることを切に願うね」

 

 逍遥(しょうよう)が俺の腕を突いてテーブルの方を指さす。

「さて、僕たちは食堂の片付けでもしますか、ねえ、海斗」

「主賓が片付けすんのもありじゃね」

「今年の金メダリストは行いも真面目だ」

「君が同じ立場になってもしただろ」

「まあね」



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