最終章 第2幕
高校は春休みに突入した。
ホームズを失い、毎日ぼやっと過ごしてる俺。
もうすぐ学年も切り替わるというのに、魔法はおろか、身体づくりさえもトンとご無沙汰している。
数馬は何をしているのか知らないが、魔法科の寮に来ることはなかったし、離話さえ寄越していない。
部屋の中を見て、俺、ここで1年近く過ごしてきたんだなあ、と感慨深いものがある。
みんなと出会ってシンパシー感じて、アイデンティティー・クライシスの中でGPS過ごして。
ホームズと出会い、別れて。
色んなことがめくるめく万華鏡のように俺の心に残っている。
そんな春休みのある日。
珍しく亜里沙と明が部屋にやってきた。
亜里沙が少し緊張した顔をしてたのが可笑しくて、俺は吹き出して笑ってしまった。
「なんだよ、亜里沙。いつもと違う」
俺の額をメガホンでバコッと叩く亜里沙。
「いでっ。いでーよ」
「今日は、聞きに来たのよね」
「何を」
「あんた言ったじゃない、3月末に結論出す、って」
あ。
思い出した。
試合試合であちこち飛び回ってたのも手伝って、すっかり頭の片隅から抜け落ちてた。
もう3月末だもんな、そうだよ。
でもあれって、俺がガラクタ判定された場合の話じゃないっけ。
「俺、やっぱりガラクタ判定されたのか」
「そういうわけじゃないけど」
「でも、こっちの世界には必要ないって判定されたんだろ」
「そういうネガティブな話じゃないよ、海斗」
「そうか?明。俺には亜里沙のいい口にはそういうネガティブモンスターを感じるんだけど」
「君の身体に関わることなんだ」
「身体?」
亜里沙も深く頷いている。
「僕たちのように小さな頃から魔法に慣れ親しんでる人はいいんだけど、君のように急にこちらに来て魔法に晒され続けると、身体が持たず消えてしまうんだ」
「消える?」
「まるで消去魔法食らったようにね、何もかもが無くなってしまう」
こいつら嘘ついてる。
「ふーん、こっちで生きたとしてあと何年持つわけ」
明は上手に嘘がつけない。相変わらずだ。
「・・・あと・・・そうだな・・・」
今度は亜里沙が話を引き取る。
「2,3年てとこかしら」
「俺、あと2,3年生きられればそれで構わないけど」
「何言ってんの、海斗」
俺は常に直球しか投げない。
「で、要はどうしろと。リアル世界に戻れってことか」
亜里沙が畳みかけるように迫ってくる。
「今戻らないと、リアル世界でも誰もあんたを覚えていないことになるし、こっちでは寿命が劇的に縮む」
「わかったわかった。少し時間くれ。ところで、リアル世界ったってどの部分に戻るんだ?」
「選択肢は2つ」
亜里沙が語った2つの選択肢。
1つ目は、時間を遡って去年4月の入学式。泉沢学院に通い出すところから始まる。
2つ目は、家出して半年後。父母が探し回っているところから始まる。嘉桜高校を受験し直すことができる。
俺は机に頬杖を突きながら行儀悪く足を組んだ。
「ふーん。どれも微妙なラインだな。ところで、本当の理由って何さ」
「何言ってんのよ、さっき話したじゃない」
「お前たちさ、俺がホームズの未来予知継承したこと、知ってんだろ」
「え?そうだったの?」
「お前らんとこまで噂届いてなかったか」
「ホームズの遺言ってこと?」
「ああ」
亜里沙は驚いたような顔を隠し毅然とした態度をとったつもりだろうが、おい、右手、震えてんぞ。
明、お前よくこの意味わかってないな。顔がポカンとしたままだ。
俺はどこまで力が伸びるかわかんないけど、ホームズが長けていた未来予知の出来る人間になるということで、それは折しも俺がホームズの後継者になることを示唆している。
この情報がどこまで届いているのかわからんけど、もしリアル世界に戻そうという運気が高まっているとすれば、俺にそうなって欲しくない人間たちが依然として多いということなのかもしれない。
「俺を消したいやつがいるってことね」
「そんなこと、あるわけないでしょ」
「お前たちがそういう態度を取るってことは、魔法部隊絡みってとこか」
こいつらは今、物凄く厚い壁を作ってて俺に真相を伝えようとしていない。それだけでも十分に怪しいじゃないのさ。
うん。
魔法部隊で俺を心良く思ってない上司がいるんだな。
「お前たちにとっては上司だからNOとは言えないよな、あの上意下達の中じゃ」
明はずっと指をもじもじさせていたが、まず最初に落ちた。
「俺たちの意見なんて言えるはずもない」
「ちょっと、明。理由話したのがばれたらそれこそどうなるか・・・」
おう。2人とも簡単に落ちた。
亜里沙はヤケになって真相を明らかにした。
「内緒の話よ。魔法部隊陸軍部隊の少将がね、こないだの併合戦争見てて、あんたが5月に魔法の無い世界からこっちに来たばかりなのに急に新人戦優勝するのはおかしい、って。どこからか命令されて来たスパイに違いないっていうのよ」
明もやっと自分を取り戻した。
「俺たちが小さな頃から目を付けていて、紅薔薇生徒会長が直々にこの件に関わったと言っても信じないんだ」
「そうか。そりゃそうだわな。俺だって信じないな、そんな夢物語」
俺は急いで聖人さんやサトル、逍遥に離話を送る。
「俺、魔法部隊の上層部からスパイだと思われてんすけど。誰かいい案知らない?」
「あんた今離話送ったようだけど、相手を巻き込むことになるわよ」
亜里沙がとっても渋い顔をする。まだ目は三角になってないから、怒ってるわけでは無さそうだが。
一番最初に俺の部屋に来たのは聖人さん。部屋が隣だからね。
「なんだよ、お前色んなことに巻き込まれんのな、今度はスパイ疑惑だって?笑えるー」
サトルが次に俺の部屋のドアを叩いた。
「頼んでみようか、父に」
サトルの父が魔法部隊の大将だと知っているのはサトルと俺と・・・とにかく亜里沙や明は知らなかったようで、2人はえらく(=とても)驚いた様子を見せていた。
しかし、俺がスパイでないという証拠を出さなければ真実味にかけるし、サトルの父がスパイの手先になった、とその座を狙われかねない。
最後に、かったるそうにノックもしないで部屋に入ってきたのが逍遥。
「帰るのは海斗が決めることだけど、そのまま姿消したらスパイだ、って認めるようなもんじゃない?ここは疑惑を晴らさないと」
なるほど。
言われて見れば確かにそうだ。
亜里沙はえらく俺のことを心配していて、スパイとしてつかまったらどんな刑に処されるかわかったもんじゃないと俺を脅す。それならば、スパイの汚名をきせられたままでも、こちらの世界と縁を切った方がいいと声を張り上げて主張している。
明と聖人さん、そして逍遥は、今後どうするかは俺自身が決めるとして、まずスパイ疑惑を晴らすべきだと言う。
サトルは、自分の父から当該少将に事情を説明するのは簡単だが、どこで足元をすくわれるかわからないのが魔法部隊だとも話した。今はもう年に数回程度しか会わない父なので、なるべくそういった仕事上での駆け引きはして欲しくないのが心情だとも。
サトルの思いは良くわかる。
俺、サトルの父親なら偉いから何とかしてくれるんじゃないかと変な期待を持っていたのは確かだ。
でも、そうだよな。
俺がスパイ疑惑を晴らしてさえしまえば、誰にも迷惑をかけることが無くて済む。
大きな声で叫んでる亜里沙を除いた俺たちは、頭を突き合わせてスパイ疑惑を晴らすいい方法はないかどうか、知恵を絞っていた。
「沢渡元会長からの書面なり証人尋問したら?」
「それは話しにならないと言われてる」
「海斗の魔法力見たって無理だよな」
「力を発揮すれば発揮するほどスパイ容疑が大きくなるだけだ」
フーッと溜めこんでいた息を吐きだす聖人さん。
「じゃあ、その少将とやらが、ここのスパイだと疑ってる国があんだろ?」
「そうですね、それを逆手に取る方法はあるわけだ」
「でも、芝居打ったとひねくれた考え持ってるかも」
サトルの考えを聞き、皆一様に項垂れる。
「スゲー最悪の上司だな。今ってブラックー。俺がいた頃はまだマシだった気がする」
「聖人さん、考えてみればそんなもんです、今の魔法部隊は。みんな自分の昇任しか頭にない」
明は真剣な表情で聖人さんを見やった。
「とにかく俺、その人に会うわ。でも、お前たちが理由バラしたらお咎め受けるんだろ。それだけはないように心がける」
「どうするのよ、勝手に会いに行ってもアポないと会ってくれないわよ」
「尾行して近づく方法探すしかないわな。なんていうのさ、その人」
「魔法部隊陸軍部隊少将、宗像恵」
さて、どうやって会う機会をつくろうか。
サトルが少しだけ前向きになった。
「僕や譲司の作ったNシステムを人間用に開発したJシステムというソフトがあるんだ。魔法部隊周辺にそのカメラを設置すれば、宗像少将の動きがわかるんじゃない?」
「カメラの設置に時間と人件費発生するんじゃないの」
「大丈夫。魔法で設置できるから」
「瞬間移動も要らないの?」
「要らないよ、最新鋭の画期的発明だと自画自賛してるんだ」
「それならお願いしてみようかな」
「ところで亜里沙。向こうは俺の顔知ってんの?」
「ええ、こないだ呼ばれた時に写真を渡したから」
逍遥が俺とサトル、明と聖人さんを不可思議でしょうがないといった表情で半ば馬鹿にしたように大きな声をあげる。
「Nシステムの隣に装着すれば?向こうさんが気にかけてる場所は、無論それなりの場所でしょ。要はこっちがNシステムで盗撮してる恰好になればいいんじゃないの?」
サトルとしては陸軍部隊内部にも仕掛けたかったらしいのだが、それは余りにもリスクが大きいということで断念せざるを得なかった。
俺たちの馬鹿さ加減に呆れたとでもいうように、亜里沙が明をせっついている。
これ以上部隊から離れるとここに来ていることが少将にバレてしまうからだ。
「お前らは帰ってていいよ。心配すんな」
明はもう少し計画を練り上げたそうだったが、亜里沙に引きずられるような格好で姿を消した。
聖人さんは最初こそ真剣に考えているようだったが、Jシステムと言えども誰が設置したか陸軍部隊に知れたら「ごめんなさい」では済まされないと言って、途中から考えを変えた。
ではどうするか。
亜里沙はアポが無ければ会えないといったが、陸軍部隊少将、宗像恵は俺に会わざるを得ないというのだ。
宗像少将が言い出したスパイ疑惑。
俺が“八朔海斗はスパイでない”と証明するのと同様に、宗像少将だって、“八朔海斗はスパイである”という確たる証拠を見つけなければならないだろうと。
いまどき、拷問にかけて自白させるという昔の警察のようなスタイルは採られていない。
沢渡元会長が八神絢人に使ったような「自白させる魔法」がスタンダードになっているという。
もちろん軍の上層部にいけばいくほど使える魔法の種類も多くなるし、「自白させる魔法」で本当に罪を犯しているのか皆の前で判断するのは容易いはずで、何れ呼び出しがかかるに違いない。
そのためには絶対に俺が前面に出る必要がある。
そうなったら、オーソドックスなスタイルを用いて、八朔海斗はスパイではない、と皆の前で証明できればそれで済む。
しかし、それでは宗像少将の顔を潰してしまうことになり、悪い印象どころか逆に恨まれさえする結果を招くことは必至だ。
だから最初に宗像少将の前に出て、相手と渡り合えばよい。
なるほど、よくできました。
わかりやすい計画だ。
皆が思わず拍手する。
って、俺が宗像少将に会いに行くのかよ。
げーっ。
俺、大人の、それもリアル世界の父親くらいの男性は苦手なんだよねえ。すぐ言いくるめられて自分の思ったことが言えないし。
「そこは鍛錬次第だ、海斗」
聖人さんの言葉が部屋の中に響いて、皆が俺をじっと見つめる。
もう、俺一人でカタつけろってことなのね・・・。
「大丈夫だ、こっちは沢渡に連絡して、「自白する魔法」を取り込むから」
その時だった。
「面白そうなゲームやるのに呼んでくれないなんてあんまりじゃない?」
どこのコスプレショップに行くんだというくらい、摩訶不思議な服装をした数馬が部屋の中に急に姿を現した。俺はかなりがっかりしている。数馬、今は明るく語ってる余裕は無い。
「お前にはこれがゲームに思えるのか?」
「とっても重要なことだよね。海斗が生きるか死ぬかの瀬戸際」
「だろ?なんで無駄に明るい服着てんだ?」
「趣味をとやかく言われるのは好きじゃないなあ。ところで海斗、未来予知の力をホームズから継承した、って聞いたけど」
「ああ、まだ春休みだし、君はホームズの通夜に来なかったから知らなかっただろうけど」
「随分トゲのある言い方だな」
「別に」
途端に数馬はプロレス技を掛けてきた。
「い、いでーーーっ」
「僕には僕のストーリーってもんがあるんだよ。誰もが君中心に回ってるわけじゃない」
俺はハッとした。
みんなここで一生懸命考えてくれてるけど、それは俺のストーリーにわざわざ付き合っているからに他ならない。誰だって自分のストーリーがあるはずなのに。
「みんな、ごめん、さっきの計画で行こうと思う」
数馬の予想に反し、サトルが心配している。
「いつ行くの」
「3月中、って明日か明後日になるか」
「そうだね、4月になったら新年度になってしまう」
「明後日にしようかな。今日午後から沢渡元会長に連絡つかないかな。「自白の魔法」がどんなものか見てみたい」
サトルが手を上げる。
「生徒会関係なら任せて。沢渡元会長は推薦で薔薇大学への入学が決まってるから、今月末には寮を出るみたい。荷を大学の寮に移し替えるだけだ、って。それまで、確実に光里会長への引き継ぎを行うとか言ってた。だから今日も紅薔薇生徒会室にいるはず」
サトルは生徒会室にいる南園さんに離話を送り、沢渡元会長の日程を聞き、予約を入れた。
「今日の午後3時、生徒会室で良いなら空いているそうです」
南園さんの返事が素早くきたのでみんな驚いていた。
「よし、今日やって様子見てから明後日は一緒に陸軍へ行こう」
聖人さんがOKすれば、逍遥は断ってきた。
「僕は魔法部隊の人間だから止めておく。上意下達を破ったなんて知れたら、それだけで槍玉にあがりそうだ」
サトルはしばらく考えていたが、OKしてくれた。
「生徒会での結果をビデオ撮影して、向こうに見てもらうことができるかも」
数馬はみんなを観察していたが、人が多くいた方がいいだろうと不思議な点を判断材料にしてOKしてくれた。
サトルだけは寮で昼食を食べ終えるとすぐに生徒会へ行ってしまったが、俺たちは午後3時まであーでもないこーでもないと議論を続け、午後3時になるとなだれ込むように生徒会室に瞬間移動した。
生徒会の中では、もう新旧の生徒会長の本来の引き継ぎも一段落したようで、皆が雑談に花を咲かせている。
南園さんが素直に俺のことを心配していた。
「大丈夫ですか?沢渡元会長の魔法は強いと聞きます。自分をしっかり持って、必ずこちらに戻ってきてくださいね」
「あ、うん。ありがとう、南園さん」
誰も教えなかったな、魔法の強さ。間違えば精神をやられてしまうということか。
沢渡元会長が出てきた。
「久しぶりだな、八朔。ホームズのことは残念だった」
「折角よくして頂いたのに、申し訳ありません」
「お前のスパイ疑惑、別のセクションでも噂が流れているそうだ。ただ、噂の黒幕は宗像少将ただ一人だろう」
「知っておいでになったのですか」
「ああ。来月になったら俺は大学生だから、今のうちにどうにか時間を作りたかった。お前からの申し出はこちらにとってもラッキーだったのだ」
俺が生徒会の椅子に座ると、なにやら呟きながら沢渡元会長が右手を顔の目の前に翳してきた。
俺はすーっと魔法の世界に迷い込んだらしく、寝てしまった。魔法の世界にいた俺はまだ3~4歳で、教育ママもおらず怖い父もいなかった。全てが幸せだった。
そこで、思わず目が覚めた。
「すみません、寝てしまいました」
「いや、正常な反応だった」
「問答は上手くいってましたか」
「まあ、な」
「俺、何て答えてました?」
「具体的には何も聞いていない。ただ、お前がスパイなら、俺たち全員同罪になってしまうだろう。いいか八朔。自信を持って臨め」
「はい!お時間頂きありがとうございました!」
生徒会室から出て、今度は歩いて寮まで帰る。
もう夕暮れ時で、遠くの空が雲の合間からオレンジ色に光っていた。
道すがら、みんなが自称宗像少将になり、俺に質問したり上から目線で恫喝したりするのに対し俺が応対していく。色んなシチュエーションを試してみる。
『お前、本当はスパイだろ、本当のことを言え!』
「そのような事実はございません」
『どうして5月にこちらに来た者が新人戦で優勝できるというのだ』
「色々な方に魔法を教えてもらい、寝る間も惜しんで勉強しました」
『君はいつ、ワン・チャンホやキム・ボーファンと知り合った』
「世界選手権や新人戦の公開練習で初めて見ました。しかしながら話はしていません」
『キム・ボーファンはどこにいる』
「今は分りませんが、見つけたら皆と協力して倒します」
『おやおや、君は北京共和国のスパイだろう、芝居でも打って友人を助けるのか。今回のワンのように』
「小芝居など打ちはしません。今度は消去魔法でケリを付けます」
『僕はねえ、君の名字が気に入らないんだ。八の字が混じっている、北京国の富の象徴ではないか』
「・・・こればっかりは、両親からもらった名字ですので如何ともし難い状況です。って誰だよ、こんな質問したの」
「僕~」
数馬は踊りながら、完全に浮かれてる。
「数馬、変な質問するなよ」
「いや、絶対聞かれると思うよ。八神も八繋がりで北京共和国のスパイになったくらいだから」
「向こうは向こう。俺の場合、これだけはないと思うけど。その他に何あるだろう」
サトルがケタケタと笑う。
「まるで就活とかの面接みたいだね」
「聖人さん、入隊時の試験とか面接覚えてる?」
「覚えてるわけねーだろう。もう10年以上前なのに」
「そっか、年だもんね」
「嫌な言い方だなー」
今度はサトルが宗像少将になりきる。
『新人戦で1位を取ったからと浮かれるな。お前は何かの間違いでその座をもらっただけだ』
「今後とも精進してまいります」
『逮捕されたワンが、君に会いたいと願い出ているそうだが』
「会いません。僕はワンに会う理由がないからです。何、これホントの話?」
数馬がみんなの前に出て、丁寧ながらもおどけた様にお辞儀した。
「ホントだよ。まだ下には降りてない話。会いに行かなくていいの?」
「会う理由ないし。向こうがキムの本当の隠れ家教えてくれるなら未だしも。絶対嘘つくはずから」
聖人さんがしきりに首を捻る。
「お前に会いたい理由はなんだ?」
俺の頭の中に、消去魔法で今にもサラサラになりそうな人骨が浮かんだ。
落ち着いて、静かに言い放つ。
「どっちかが消去魔法使うんじゃないかな」
聖人さんが俺の予知に気付いた。
「見えたのか」
「たぶん」
「なら、行くべきじゃないな」
俺たちは寮の前で数馬と別れ、寮で夕飯のカレーを2杯盛りで食べた後、俺の部屋に集まった。聖人さんが逍遥を呼びにいったが、もう寝ていたそうで、また逍遥抜きで話が始まった。
「聖人さん、もしかしたら4月の異動で何処かに属するかもしれないのに今ここで俺のこと手伝ってても大丈夫なの?」
「俺は退職したから異動もへったくれもない」
「でも、再雇用とかの要請来たんじゃないの」
「来たけど・・・断った」
「なんでさ!!」
俺はもちろんのこと、サトルも理由が聞きたいという顔をしている。
「色々あんのよ、大人には」
「げっ、でたな、大人星人」
「それよりお前、明後日陸軍部隊行くんだろ。頭の中でシミュレートしていけよ」
「あ、うん。今日の帰り道みんなから受けた質問が実際に出ること願ってるよ」
その後、俺と聖人さん、サトルの3人は雑談に走り宗像少将のことをすっかり忘れていた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
遂にその日が来た。
俺が魔法部隊陸軍部隊に行く日だ。
朝6時に目を覚ました俺はそのままベッドから起き上がって軽くシャワーを浴び、髪をきちんと乾かしてから制服に着替えた。
朝7時半、寮の食堂へ降りたものの食欲は無く、デザートのヨーグルトを取ってそれだけ腹に入れる。
陸軍部隊の執務時間は朝8時半から夕方5時半まで。
見事な8時間労働。
中には残業する魔法師もいるだろうが、聖人さんが言うには“鐘と共に去りぬ”魔法師が多いのだそうだ。
朝の9時を目標に、俺は陸軍部隊の本部がある市内某所を目掛けて歩き出した。
今日は金がない。歩くしかない。
歩いて1時間ほどの高いビル群の中に陸軍部隊本部は設置されている。
目指す場所に近づくにつれ、俺は周りの人々の中で異質な者となっていた。
周囲は皆、黒かグレーのスーツに身を包み、女性はインに白いシャツかカットソーを合わせて、ヒールの音が辺りに響く。男性も皆白シャツ。これにネクタイさえもが地味で、ストライプ柄を合わせている人が多い。
それだけ高校生である俺、そして紅薔薇の制服が目立つということだ。
陸軍部隊本部の建物はどれだ。
周りの連中は目指すビルに足早に入っていくので、うろうろしている俺はとてもじゃないが見ていて痛々しかったことだろう。
強いて言うなら、おのぼりさんというやつか。
いや、俺は元々仙台育ちだし、仙台が田舎と言われることも知ってるしそれは全然構わないんだが、本部ビルならそれくらいの名前が出ているはずだ。
一昨日の夜、聖人さんに聞いたり地図でもしっかり確認したのだが、ビル群の高さと多さに圧倒されて耳がキーンとなり、俺の三半規管にまで影響している。
こんな状態で宗像少将に会っても、その場でスパイ容疑で逮捕されるのがオチか・・・。
仕方がない、今日のところは出直そう。そう思って後ろを振り返った時だった。
『魔法部隊陸軍部隊本部』
あ、あった。
これだ、俺が一か八かの大勝負を掛ける場所だ。
一度深く深呼吸して、俺は回れ右してビルの中に入っていく。
もちろん、宗像惠少将に会うことが俺の今回の目的。
受付案内嬢は、どちらもハッとするような美人なんだが、如何せん、自分達が他から見られているという意識が欠落しているのか、たまに互いの目を見ながら口元を緩めたり歪めたり。遠くから見てもあまり色よい光景ではない。
俺が思うに、好きな分野の話だと口が緩み、嫌いな分野とか人に対する悪口だと歪むのではないか。
そういう観点で見れば、この2人は受付嬢としての仕事を成し得ていないわけだから、左遷あるいはアルバイトなら更新切の憂き目に遭っても仕方のない仕事の仕方だ。
でも。この人たちに嫌われたら、俺の今回の目的はここ、受付でストップしてしまい、二度と成功することはないと思われる。
午前8時50分。いくらなんでもこの時間なら執務室に入っているだろう。午前9時を過ぎると会議などで席を外しかねない。
だから、俺は精一杯笑顔を作って受付案内嬢の前に立った。
ああ、こんな時数馬が隣にいれば・・・。
俺が一大決心をして、受付嬢のお姉さんに話しかけようとしたその一瞬。
「宗像惠少将にお会いしたいのですが」
俺の真横から良くとおる済んだ声が聞こえた。
あ、誰かに先越された。
でも、どこかで聞いたような声に似ている。
声の主を俺お得意の視野が広いイーグルアイで見ると、何とそれは数馬だった。
「失礼ですが、アポをお取りになられておりますか」
「いえ、“八朔海斗が着た”とお伝えください。ご理解いただけると思います」
「アポなしの場合、どういったご理由でもお通しいたしかねますが・・・」
「では、こちらでお帰りの際までお待ちしますので、どうぞお気遣いなく」
そういい放ち、数馬は受付嬢の真ん前に突っ立った。
もちろん受付嬢は迷惑だろう。
でも、高校生らしいこの二人組を追い返すためにどういう理由をつけようか、後ろを向いて二人で相談している。
こっちも耳打ちしながら数馬に話しかけた。
「おい。少将の顔わかってんの?わかんないならここで9時間待っても無駄じゃないか?」
「顔なんて知らないよ。大丈夫、ここの二人は絶対に少将に連絡するから」
この自信はいったいどこから生まれてくるんだろう。
特に策も無いみたいだし。
このことが知れたら、陸軍部隊本部出禁だってあり得る。
「大丈夫さ、少将は君をスパイだと周囲に言いふらしているだけで証拠はない。こういうところは絶対に反対派がいるからね、僕らがそっちに捕まって反対派に主導権を握られたらお終いなんだよ」
「そんなもんかな」
「それが政治さ」
受付嬢の2人が、顔を引き攣らせながら宗像少将の部屋らしきところに内線電話しているのがイーグルアイで見える。
最初はアポなしの人間なんぞ会わん!と怒鳴られ、受付嬢は如何にも嫌だな、という顔付きで俺の名前を出した。
「八朔海斗さま、と仰るのですが、お帰り頂いてよろしいでしょうか」
「八朔海斗?」
途端に電話の向こう側は静かになった。
受付嬢とどんなやり取りをしたか、小さな声だったので俺には聞えなかったが、段々と受付嬢の顔が晴やかになってくる。
ついに、内線電話は切れた。
「申し訳ございませんでした、多忙の中もございまして、15分程度であればお会いできるとのことです。宗像少将のお部屋は301になります」
数馬は最後までアイドル顔を崩さない。
「ありがとう」
俺も一応感謝の意を述べる。
「お手数おかけしました」
たぶん受付嬢は、数馬が八朔海斗だと勘違いしたような気がする。
でもま、いいや。第一関門は思わぬ形でクリアしたのだから。
階段を上がっていくと、301の部屋は直ぐに見つかった。
静かに、コンコンコン、と3回、俺は部屋のドアをノックする。
「はいりたまえ」
中から声が聞こえて、俺は中に入った。なぜか数馬まで同席するつもりのようでちゃっかり中に入っている。
数馬が紋切り型の挨拶をする。
「失礼します。本日は、お忙しいところお時間頂戴し申し訳ございません」
早速宗像惠少将は、数馬を見ながら話題に入った。
「君が八朔海斗くんか。座りなさい。今日はどうしたのかね」
数馬は、自分が間違われるだろうと予想していたのだが、本当にその通りになった。
「いえ、八朔海斗はこちらです」
俺は一歩前に出て挨拶する。
「お忙しいところ恐縮です」
俺と二人応接椅子に腰かけた数馬は、間髪入れずに宗像少将に向けて爆弾発言を食らわせた。
「近頃陸軍部隊内で根も葉もない噂が立っているのをご存じでしょうか」
相手は乗ってこない。椅子にどっかりと腰をおろしたまま、煙草をくゆらせているだけ。数馬はもう一度念押しする。
「この八朔海斗が北京共和国のスパイであるという噂です、本当にご存じなかった?」
数馬の言葉に何かを感じたのだろう、白髪混じりで目が細く、いかにも人を疑ってかかるような顔つきの宗像少将が数馬から顔を逸らして俺を見る。
「ああ、スパイがどうのという話は聞いたが。君が疑われているのか」
宗像少将が急に俺に話をふったので、緊張どころの騒ぎではない。だが、ここでまごついたのでは、練習の成果がフイになる。
「はい。なんでも、5月にこちらの世界に来たのに新人戦で優勝するのは有り得ない、と」
「そうだな、実際、どうやって魔法力をつけたのかは聞いておきたいところだ」
数馬が“座ったまま失礼します”と前置きした。
「僕が出会った頃は本当に中途半端な魔法しか使えませんでしたが、僕が製作したデバイスを使い飛躍的に魔法力が伸びたのです。それに加え、下半身強化のトレーニングを毎日毎晩3時間熟してから就寝しておりました。朝は4~5キロ走ってから授業に出ておりましたし」
「それだけで魔法力が上がるとは思えないのだがね」
「教えた魔法を次々に習得できるのは彼の生まれ持った才能ですが、強靭な下半身を作ることでそれが可能になったのです」
「私は才能と言う言葉を信じていない。この際、はっきり言わせてもらおう。君は北京共和国のスパイではないのか?名字に八が付くのも北京人の好むところだ」
練習通りの質問が出たのが可笑しかったが、笑うわけにはいかない。
「そのような事実はございません、名字の件は、両親からもらったものですので如何ともし難いところです」
「君はワン・チャンホやキム・ボーファンとも知り合いか」
「世界選手権や新人戦の公開練習で初めて見ました。しかしながら話はしていません」
「キム・ボーファンの現在の居場所は分るのかね」
「今は分りませんが、見つけたら皆と協力して倒します」
「君の言うことは芝居ではないのか。北京の友人を助けるために策を練っているんじゃないのか」
「芝居は苦手です。北京国の人間は、絶対に捕まえたいと思っています」
「もうひとつ、新人戦で1位を取ったからと浮かれないでいただきたい。君は運が良かっただけかもしれないのだから」
「今後とも上位を目指せるよう精進してまいります」
「逮捕されたワンが、君に会いたいと願い出ているそうだが。それと、なぜワンを殺さなかった。あの時の君はワンを殺せる位置にいたとの解析が出ている」
「キムの居場所を吐くなら別ですが、そういった話が無い限りワンには会いません。僕にはワンに会う理由がないからです。殺さなかったのは、人を殺すことが初めてだったので躊躇したのが本当の気持ちです。今になって、殺しておけば良かったと後悔しています」
「つまり、ワンの希望を叶えるつもりはない、友人でもない、そういうことか」
「はい。そうです」
「最後に、僕は未だに君を信用しているわけではないのだ。ただし、北京共和国のキム・ボーファンを亡き者にすれば、君を認めざるを得ないだろう。北京のホープである彼をね」
「必ずやキムを見つけます。ご安心ください」
約束の15分は1時間ほどに長引き、午前10時過ぎに俺たちは陸軍部隊本部ビルから外に出た。
数馬がにんまりと口角を上げ、笑いたいのを堪えている。俺は素直に感謝の意を表した。
「君が来てくれて助かった。俺一人じゃあそこまで話を持っていけなかったよ」
「嘘も方便というでしょ」
「どこかで嘘吐いたっけ」
「君が練習熱心だったというくだり」
「真面目にしてたでしょうが」
「僕にしてみれば、今一つ足りない部分はあったけどね、一般人としてはあんなもんだろう」
『信用していない』
宗像少将のその言葉は俺たちの間では想定内で、今日の訪問は、俺のスパイ容疑をこれ以上流布させないことが目的であり、その手段だったと言ってもいい。
キム・ボーファンを探しだし、息の根を止める。それが俺に課せられた喫緊の課題になった。