世界選手権-世界選手権新人戦 第19章
明け方、4時くらいだっただろうか。
不規則なテンポで電灯が消えたり灯ったりを繰り返し、ただでさえ明け方の太陽のお出ましで眩しい市内を一望できる展望台の周囲が赤くチカチカと光っている。
数馬と亜里沙が同時に叫んだ。
「来たわ!」
「展望台!」
3つのチームに分かれていた俺たちの中で、亜里沙と明が先んじて相手の上空に飛行魔法で位置すると、10人ほどの敵に亜里沙が素早くショットガンで手足を目掛けてマージ魔法を繰り出した。
相手は全然気が付かなかったのだろう、反撃のチャンスさえ与えられず倒れていく。
亜里沙や明の繰り出す魔法は逍遥や沢渡元会長のそれを凌駕すると言うか、遥かに超越していて、俺は目を疑ったほどだった。
同じようにカナダチームが隠匿魔法を使ったまま展望台に近づきデュークアチェリーを用いた魔法で敵を蹴散らす。
展望台にいた4~5人の敵は足と手に魔法の矢を受け、ことごとく足が動かなくなり、手も損傷して魔法が使えない状態になっている。
そこに、敵の応援部隊が到着した。
ざっとみても30人は下らない。
外国勢が飛行魔法で立ち向かっていくが、先程の弱っちい相手と違い、こちらのチームに対し猛攻撃を仕掛けてきた。
アルベールが鏡魔法で相手の攻撃を反射させようとするが、瞬間移動で背中側に回り込みアルベールののオーラに向けショットガンを発射した。それはたぶん、マージ魔法だったと思う。
アルベール、危ない!
声に出そうとするが、俺の叫びは空を切り粉々に朝陽の向こうへと消えていく。
俺が目を瞑ってしまったその瞬間。
相手は鏡魔法に倒れ自分のオーラを撃ち抜き、地上に落ちていった。
アルベールを助けたのは、数馬だった。
ああ、数馬の十八番だった、鏡魔法と浄化魔法。
そして、飛行魔法での乱舞戦が始まった。
俺はショットガンで相手にロックオンしても寸でのところで逃げられていた。『バルトガンショット』に撃ち方のタイミングを変えていたため、すぐには『マジックガンショット』のタイミングに切り替えられず、相手が消える。
背中を取られそうになること何十回。その度に亜里沙や明、数馬が助けてくれた。
俺、何のためにここにいるんだろう。みんなに迷惑かけて。ここにいること自体間違ってるんじゃないのか?
ほんと、泣きそうになってしまう。
もう、どうしたらいいのかわからなくなって怖気づいてしまった俺に、数馬が叫ぶ。
「俺たちがここを突破させたらこの世界は終わるんだぞ!」
その言葉でやっと俺は理性を取り戻した。
「あんたは『デュークアーチェリー』でいきなさい!!」
亜里沙から大声が飛ぶ。
その言葉にハッとした。
そうか、そうだな、今は泣いてる時じゃない。
1人でも2人でもいいから敵を倒すことを考えないと。
俺は敵の動きを的になぞり、敵が動くであろう位置を予測して人さし指を向けた。バングルは数馬に言われ最初からつけていたし、自分で大凡の時間を計ることができたので相手の動きを動体視力で見極めて矢を放つ。
矢は、敵の足に当たり敵は飛行魔法を続けられずに地上へ落ちていった。
そうして攻撃を続けているうちに違和感が俺を襲う。
最初はそれが何か見当さえつけられなかったのだが、自分が恐怖を克服して真っ向勝負を挑んだ時に、それが何なのかわかった。
こいつらは北京共和国の魔法師なんだろうが、第一戦で活躍しているやつらじゃない。今ここにいる敵の中に、Sクラスの魔法師はいない。
誰が指揮しているのかもわからないし、何より、ワンやキムのどちらもいない。
Sクラスの魔法師は・・・横浜にいる。
光里会長を探したが、どうやら隠匿魔法をかけているらしい。このままじゃどこにいるか探せないし、仕方ないので大声で叫べるだけ叫んだ。日本語だから中華圏の人間には通じないだろ。
「この敵はBクラス!Sクラスは横浜!!」
すると光里会長が隠匿魔法を解いて姿を現した。
「さっきから変だとは思ってた。ちょっとこいつら魔法力足りないって」
「ワンやキムもいません」
「ちゃっちゃと倒して横浜行くか」
「はい!」
光里会長は離話で同時に皆に話しかけた。数馬が翻訳してカナダチームに伝える。
「ここを早く終わらせて、横浜ランドタワー付近に集合のこと。繰り返す、ここを早く終わらせて横浜ランドタワー付近に集合のこと」
俄然、我らのチームは攻撃に力が入り、最高で30人近くいた敵も痛手を追い瞬間移動魔法でどこかに消えたので、残りは4,5人になっていた。
光里会長と蘇芳先輩が流れ作業のごとくショットガンで足と腕を撃ち抜いて、相手は落ちていく。
残りは0になった。
光里会長から全員に離話が届いた。
「横浜に戻るぞ!!」
ひとり、またひとりと消えていく。外国勢は素早く姿を消した。さすが軍人は鍛え方が違うな。
札幌での残りは俺と数馬、亜里沙、明の4人になった。
「さ、あたしたちも行きましょうか」
亜里沙がそう告げた時のことだった。
新たな敵が10人ほど空中に現れた。
なんだ、こいつらどこから来たんだ?
俺の中でさっきの違和感が倍増した。
こいつらただ者じゃない。
俺たちの人数を減らすためにわざわざ最初にBクラスを寄越したのか。
「亜里沙!こいつら・・・」
「そのようね、さっきよりも強いオーラを感じる。ここは二人一組になって背中合わせで戦いましょう」
俺と数馬が、亜里沙と明が背中合わせとなり敵の魔法を受け続ける。
数馬と明が鏡魔法を使い魔法を跳ね返しながら、俺と亜里沙が敵を攻撃するスタイルを採り、攻撃と守備を組み合わせた。
しかし相手も一筋縄でいくやつらではない。
数馬が鏡魔法を発動するのが一瞬遅れたすきに、俺と数馬は相手の攻撃を受け数馬は左手を、俺は右脚をショットガンで撃ち抜かれた。
飛行していられないような物凄い痛み。
俺は一瞬、地獄まで落ちていくんじゃないかという錯覚に捉われた。
数馬はクラシス、と言葉に出し鏡魔法を全方位に発動し俺に向かって叫んだ。
「海斗!カタルシス!」
数馬は素早く両手を左胸に当てた。
浄化魔法。でも、数馬はもう2人分の浄化魔法を発動できるほど力が残っていないように見受けられた。
「カタルシス」
俺は静かにそう唱えると自分の両手を左胸に当て、ついでに数馬の左胸にも当てた。
俺たちが受けた傷はシューッと音を立て、静かに消えていく。
よし。これで大丈夫。
だが数馬はもう魔法を使い続ける余力が残っていないはずだ。
「数馬、紅薔薇へ!」
思いもしないところではあったが、俺は数馬に向かって右手を翳し、そう叫んだ。
すると一瞬にして数馬は姿を消した。
数馬が自らランドマークタワーに行ったとは思えない。
俺の呪文により、紅薔薇高校のどこかへ着いたはずだ。
数馬の弱点がスタミナだとは。
ジョギングのあの走りからして体力馬鹿だとばかり思ってたのに。
宮城家でも聖人さんと本気で1時間以上戦っていたから、スタミナの有無なんて気付かなかった。
直後、紅薔薇生徒会室で待機しているはずの南園さんから離話が入った。
「今、大前さんがこちらに戻りました。大丈夫です。八朔さんもお気をつけて」
「ありがと、南園さん」
さて、敵の残りは・・・現れた時の半分以下にはなっていたが、相変わらずしぶとい。
そして、また敵が1人現れた。
それは、ワン・チャンホだった。
「やあ、八朔海斗くん」
俺の真ん前に浮かびながら流暢な日本語で話すワン。
それに対し、すぐにでも戦闘態勢に入れる俺。
「キム・ボーファンはいないのか」
「彼は君らの考えた通り横浜にいるよ」
空中に浮かんだまま、俺とワンは対峙している。
亜里沙が、“雑魚は任せて”と離話を寄越した。その言葉を信じ、周囲には目もくれず俺はワンを注視した。
「お前らの目的は何だ」
「ここは元々北京共和国の土地だった。それを奪ったのは日本政府なんだよ。だから奪い返す、それだけのことさ」
「そんなん嘘じゃないか。俺の習った世界史では違ってる」
「歴史の勉強?そんなものアテにならないね」
「中国4千年の歴史はどうなったんだよ」
「だから、その中にはこの日本が含まれてるということなんだ」
「胡散臭すぎるな。併合戦争の第1幕にしては」
俺は宙に浮かぶ相手を凝望するとともに、第1矢を撃つ準備をする。
「まあ、そう急がないで」
ワンはまるごしだとでもいうように両手を耳の高さまで上げた。
「キムと違って、僕は戦争を好まない。徳川慶喜のように無血開城するのが一番だと君も思わないか」
「とすると横浜では・・・」
「さて、どうなっているんだろう」
それなら俺たちは是非ともここから出て、横浜に向かわなければならない。そんな俺の心など見透かしたようにワンは続ける。
「ランドマークタワーも横浜港も、今頃敵味方わからない状態で戦ってる。君らが駆け付けたところで、状況が一変するわけもない」
「そんなの行ってみないとわかんだろ」
亜里沙から“自分たちが横浜に行く代わりに聖人さんと逍遥をこっちに寄越すから、しばらくの間辛抱して。負けるなよ”と長い離話が入った。
そして、雑魚どもを皆倒した亜里沙と明はスッと姿が見えなくなった。
俺はなぜかこの重要な場面でうすら笑いを浮かべたらしい。
「何を笑う」
「いや、こっちの話だ」
ワンの目が気味悪くランランと光り出した。
「僕は君が持っている金メダルが欲しくてね。君がくれない限り、君を倒して奪うしかないんだ」
「それは併合戦争に関わりないだろう」
「別に、僕は併合戦争に従軍するために来たわけじゃない。世界で1位になるために日本にきたから」
「俺を倒すといったけど、無血開城させるんじゃないのか」
「時と場合によりけりさ」
ワン・チャンホ。
こいつ、どうやら金メダルに固執してるらしい。
「で、今回の大会で世界に通用しない自分がいたとでも?」
「黙れ、それ以上いうと灰にするぞ」
やべ。
こりゃー消去魔法使ってくる気だ。
こういう輩は、何が何でも自分の思いを遂げようとする、そう、相手が死んだとしても。
宮城海音と同じ思考の持ち主ってわけか。
めんどくせえ。
あー、やだやだ。
俺、こういうねちっこい性質のやつ、大っ嫌いなんだよねー。
でも、いつの間にか巻き込まれてんだよ。
ワンの希望を叶えてやる気は毛頭ない。となれば、俺はどうやってこの場から消えるか、それだけを考えればいいことになる。
だがしかし、移動魔法で消去魔法から逃げたとしても、どこに消えたのか魔法の痕跡は残る。そしたら追いかけてこられるだけだし。
あー、どうすっかな。
待てよ、1対1ならショットガンから発射される魔法の音が聴こえるかな、無理か。
攻撃するなら、やはり『デュークアーチェリー』もどきの人さし指デバイスしか方法がないように思われた。あとは、でたとこ勝負の破壊魔法と消去魔法。
命を守るためには、ある程度防御魔法を重ね掛けしてから鏡魔法を使うしかあるまい。
あとは聖人さんと逍遥が来るまで逃げ続けるしかない。
ホントに助けに来るのかな。
向こうにはSクラスが何人もいるんだからそれらの敵を倒すだけで手いっぱいかも。
普通に考えれば、そうだよなあ。
この空間にいるのが俺とワンだけってのが、結構辛いもんがある。
俺はこういう性質のやつとは一言も話したくない。ワンだって同じだろう。互いにそれほどまでに嫌い合うのがなんでだか自分でも忘れてたんだが、中学の時にそっくりなやつがいたんだよ。
俺、運動神経はマイナスだったけどテストと呼ばれる類いのモノは2ケタに落ちたことがない。全国模試ですら一ケタに収まったほど悪運が強い。
でさ、よくいるじゃん。嫉妬して虐めるやつ。
中学の時はいつもそいつが俺の運動神経をバカにして、俺はそいつあんまり頭良くなかったから内心「バーカ」とか思ってて。でも近くに亜里沙と明がいてくれてそいつを遥か彼方へぶっ飛ばしてたから、虐めもエスカレートしないで済んだんだけどさ。
ワンは、そいつにそっくりな性格をしてる。
こういうのなんていうんだっけ。
デジャヴ?いや、違うな。
あー、気色悪いこと思い出してしまった。
亜里沙や明、知ってて横浜に逃げたわけじゃないよな。
ま、高校生になった今となっては、どういう接し方があるのか俺も考えないといけないところなんだろうけど。
とにかく、俺は命を取られ無いようにこいつと向き合わなきゃいけない。
でも、こいつは俺から金メダルを奪い取ったとしても満足するはずもなく、俺はホームズにメダルを見せたいからこいつにメダルを譲る気なんぞサラサラない。
俺とワンは、相手から視線を外すことなくジリ、ジリ、と空中で動き始めた。
相手に聞えないよう一度クロスした手を胸元に置き防御魔法を掛けた後、クラシスと唱えながら腕を伸ばす俺。これでしばらくの間はなんとかなる。
あとは、破壊魔法か消去魔法を使うだけ。
人を殺めたことの無い俺は、それがどういうことか今一つ理解していなかったように思う。広瀬が死ぬところはみたけど、あれはレアケースだし。
とにかく、ショットガンを左右の手に握りワンに向けた。
すると先程は何も持っていないと両手を上げたワンはいつの間にか消去魔法の型を俺の方に向けていた。
速く撃ち相手を殺すか、俺が消去魔法に倒れ砂になるか、もうそれしか方法は残っていないように思えた。
戦場ってこんなものなんだろうか。
人の命を奪うことが平気になるこの鈍感力と言ったらいいのか。
宮城家では俺も殺されそうになったからだけど、人を殺す時ってもう精神は異常になっているような気さえしてくる。
「どうしたの?死ぬのが怖い?なら、メダル寄越しなよ」
「悪いが・・・その気はない」
それを聞いたワンは勝ち誇ったような表情で俺に消去魔法を繰りだそうとしているが、本気なのかどうか見分けがつかない。
今ワンを殺したとして、俺自身、精神がそれに耐えられるのか。
「クローズ」
俺はショットガンの発射を止め、自分の右手をワンの両手に翳した。
「うわああああああ」
ワンは突然叫び声を上げ、真っ逆さまに地上に落ち、もがき苦しみ始めた。両手が腫れあがり、複雑骨折してバキバキに折れていた。もうワンお得意の消去魔法は使えないだろう。
「海斗、よくやった」
?誰が着た?
「俺と逍遥」
えっ、正真正銘、聖人さんの声だ。
「あ、ずっと見てたな」
「お察しのとおり」
「いつこっちに来たの」
「お前たちが2人になってすぐ。金メダルの話から聞いてた」
「助けてくれたらよかったのに。俺、消去魔法使われたら死んでたよ」
聖人さんと逍遥はようやく隠匿魔法を解いて姿を現した。
「死にそうになったら助けたさ」
「早く警察と魔法部隊呼んで捕まえようよ」
俺は一刻も早くワン・チャンホから目を逸らしたかった。
命の危険があったとはいえ、俺はこいつを殺そうとした。たまたま、相手が攻撃しなかったから両手を砕く時間を手に入れただけだ。
自分の中の殺人鬼的なものに目覚めたと言ってもいい出来事で、俺は自分の中にもそういう血が流れていることに困惑し恐怖した。
そんな俺の心の中を垣間見たのだろうか、聖人さんから説教が飛んだ。
「海斗。これから横浜に戻るが、一緒に行くか?それとも紅薔薇に戻るか?」
「一緒に行く」
「なら、これだけは言っておく。こっちは敵が弱かったから手足を傷つけて終わったようだが、横浜は激戦だ。日本側でも命こそ助かったものの重傷を負った者もいる。外国勢チームは本国から帰還命令が出て皆帰った。相手を殺さなければ、こっちが確実に死ぬ」
「うん」
「その思いが無かったら、紅薔薇に帰れ。お前が思うほど戦争は綺麗ごとじゃない」
俺の心の中枢を突いてきた聖人さん。
逍遥も頷いて、ショットガンを取り出した。
「蘇芳先輩が重傷負って、病院に運ばれた。援軍としてこれから九十九先輩や勅使河原先輩、定禅寺先輩、光流先輩、羽生先輩に来てもらうことになってる。魔法部隊が来るまでこっちは少数で戦わなくちゃいけない。敵を慮る時間は無い」
「わかった」
俺の中ではまだ、綺麗ごとにしておきたい気持ちが無いでもなかったが、横浜に行けば破壊魔法や消去魔法を使わなければならないのだろう。
腹を括って、横浜に戻らなければ。
警察が来てワン・チャンホを引き渡すと、俺たち3人は急いで横浜ランドマークタワーへと瞬間移動した。
ワン・チャンホのいうとおり、ランドマークタワーの周辺では敵味方が入り乱れて混乱状態に陥っていた。
俺が前に夢で見た光景とそっくりだった。
向こうの魔法軍も魔法師が空母に待機しており、その他にも陸軍兵士が次々と日本に上陸を試みている。そちらは警察と魔法部隊が対応しているはずだが、ランドマークタワーでは別の戦闘が行われており、別の魔法部隊が来る予定になっているという。
ランドマークタワーを占拠した北京共和国魔法軍を空母まで退却させることができたらしく、亜里沙と明は、タワーから3km以上は離れていると思われる空母に、ショットガンと人さし指デバイスで息つく間もなく、バルトガンショットのような魔法を撃ちこんでいた。夢で見た敵船の上で魔法爆発が起こり、何隻かの船は沈没した。もちろん、敵兵はこと切れたか、ボートに乗って脱出した兵士も多かった。
そこを狙ったのが俺たちだった。
「若林先輩は?」
「腕に破壊魔法を受けて病院に行った」
そういって、聖人さんは俺に2丁のショットガンを渡した。
「意味はわかるな?」
「わかってる」
そして沢渡元会長と俺と聖人さんは、ボートで空母から海に降りて上陸しようとする敵兵士を狙い、その息の根を止めていく。ショットガンを殺傷用に改良した武器で物陰から敵の位置を見ながら、マージ魔法をもっと強力にしたような魔法で、当たれば一発で人が倒れ、息を引き取っていく。これは魔法部隊で使用しているショットガンなのだそうだ。
俺には破壊魔法と区別がつかない。でも、今はそんなことを考えてる暇はない。
援軍で来た5人の先輩は、俺たちと一緒に最後の砦を守る役目を仰せつかったらしい。
皆にショットガンが行き渡り、沢渡元会長と聖人さんが見本を見せると、各自タワー周辺の物陰や草むらなどに駆け込み、ボートから上陸しようとする敵兵士を狙っていた。
俺は札幌でワン・チャンホを前にして人の命を奪うということに疑念を抱き、戦争とは、こうまで人の感情を、感覚を鈍らせるものなのかと哀しく思ったはずなのに。
確か夢でも同じように思ったはず。
だが、そんなことを思えば若林先輩や蘇芳先輩のように重傷を負う。
俺はショットガンを持ち直して、もう既に慣れてしまった自分を見つめ直す暇もなく、敵を追っていた。
日本側の攻撃に対して北京共和国も、空母上にてこちらの魔法を撃ち砕かんとして広域防空用の地対空ミサイルシステムを稼働させていた。
逍遥は横浜に戻ったかと思うと、光里会長とともにタワーを中心とした半径5km以内に迎撃魔法弾を準備し、向こうからのミサイルに対して空中で迎撃を行っている。サトルや譲司は初めは最後の砦で敵を迎え撃っていたが、俺達が行くと迎撃ミサイルを撃つ仕事に替わって逍遥や光里会長を手伝っていた。
亜里沙や明は主に空母に対する攻撃を続けていたが、そればかりではなかった。
逍遥や光里会長の迎撃魔法をバージョンアップさせ守備半径を広げていく。
そして俺や沢渡元会長が主に担っていた最後の砦でも、どんな魔法を使ったのかわからないが一瞬にして周囲の敵を葬り去るという荒業を熟している。
まさに夢のとおりに。
それは聖人さんも同じで、さすが元魔法部隊に属していただけのことはある。的確な指示で皆をまとめていく総合力は一朝一夕で出来得るものではない。
真面目な話。ほとんどが夢で見た話だった。すこーし違うところはあったけど、意味的に違う部分は全くない。
俺、未来予知できるようになったんだろうか。
札幌は騙された感満載だったけど、実際に敵は現れた。
だが、あれこそが敵の思う壺だったのだろう。引っ掛かったことが、今となっては悔しい限りだが。
いくらかでも人を札幌に引き付け、横浜から中に入る予定を立てていたのか。
俺も、夢を信じれば良かったかな。
またもやボサッとしている俺に聖人さんの怒号が響く。
「海斗!ボサッとすんな!」
ヤバいヤバイ。
ワンの面前でこんなことしてた・・・よな。俺。
いやー、ヤバかった。よく死なないでここにいるよ。
と。俺の目の前に敵の兵士が来てしまった。魔法師ではなく、普通の陸軍兵のようだ。
俺はショットガンを押さえられ、発射できなかった。
しかたない。あんまり呪文系は使いたくないんだけど。体力消耗しそうだから。
「クローズ」
敵の左胸に向かって右手を翳すと、物凄い痛みを感じ始めたらしく、コンクリートの上をのたうち回っている。
1発で死ぬものたうち回って死ぬも同じことだ。
俺は、殺人を犯している。
右手をじっと見ている俺に、沢渡元会長が気付いたようだった。
「頑張れ、もう少しで魔法部隊の本隊が到着する」
「はい、頑張ります」
それからも上陸兵への魔法を用いた射殺や破壊魔法は続き、もう、陽が傾こうとしていた。
その時、やっと魔法部隊到着と言う報告が沢渡元会長の元に齎された。
「魔法部隊のお出ましだな、頑張った、八朔」
「やっと来ましたね、沢渡会長」
「何度も言ってる、もう俺は引退した身だと」
魔法部隊からは200人ほどの陸軍部隊と航空機5機の航空部隊、3隻の空母を引き連れた海上部隊が横浜に集結し、航空部隊と海上部隊が相手の空母及び航空機を全て破壊するとともに航空機が周辺を旋回し敵の空母や航空機がいないことを確認していた。
陸上部隊は、上陸し損ねたボートの兵士たちを消去魔法で砂にする。
こうして北京共和国の残党は制圧され、稀に生き残った者は魔法部隊陸軍部隊の捕虜収容所に連行された。
この併合事件、誰が言いだしっぺなのかわかんなくていいのかな、と思ったら、亜里沙が傍にやってきた。
「言いだしっぺは国の中で温かくしてんの。死んだこいつらも捕まったあいつらも、ある意味じゃ犠牲者」
「もう少し死者に敬意払えよ」
「あんたに言われたかないわね」
「なんだよ」
「札幌でうじうじ悩んでたじゃない。あんたあのままいたら殺されてたわよ。ワン・チャンホは本気だった」
「そいや、キム・ボーファンは?」
「逃げられたわ」
「ワンがああいう形で使えない人間になっただろう、どうなるんだろ」
「使えない人間はそれなりの生活しかできないのよ、あの国は」
俺のせいかも。
ワンにしてみれば、ああして生かされるより死んだ方がマシだったかもしれない。全ては俺の独りよがりなのかもしれない。
「それは違うんじゃないか、海斗」
数馬の声だった。
「大丈夫だった?数馬」
「お蔭様で。自分の魔法力の限界を知った気分だよ」
「短期集中型なんだな、数馬は」
「君は体力もあるし、これから魔法に磨きがかかれば、もう怖いものなしだね」
「褒めなくていいって」
「ところでさっきの話だけど。僕も殺人を犯しそうになった経験から言うと、自分の業を受け入れて行くしかないんだ。その後に何が待ち受けていようとも」
「そんなもんかな」
「そういうものだよ。じゃ、僕はこれから寮に戻って休む。おやすみ」
あ、そうだよ、俺も早く帰りたーーーーーーーーーい。俺は事もあろうに沢渡元会長に帰っていいかと尋ねてみた。恐れ多い質問をぶつけるのは俺くらいのもんだろう。
「ああ、今日は疲れただろう。寮に戻って休め」
「ありがとうございます!」
でも、ランドマークタワーからペットホテルは別の方向にある。歩いて開業時間に間に合うかな・・・。
「八朔、今日くらいは車を使え」
沢渡元会長が俺に渡してくれたのは、1万円札だった。
俺は何度も礼をいい頭を下げると、その金を握りしめ街を流していたタクシーを拾いホームズがいる動物病院の名を告げ、急いでくれとドライバーさんに頼んだ。
ホームズ、これでやっと迎えに行けるよ・・・。