世界選手権-世界選手権新人戦 第16章
翌日は『デュークアーチェリー』予選ラウンドが開催される日だったが、小雨がぱらつく生憎の天気となった。
まあ、アリーナの中なので特に競技には差し支えない。
昨日の今日で疲れの溜まりがちになる俺の身体を心配し、今日の大一番まで体力を温存させたいことから、朝のジョギングはしなくていいと数馬は許してくれたし。
俺は朝7時に起きてまず熱めのシャワーを浴び制服に着替えると、隣で寝ていた逍遥を起こす。
「逍遥、一緒に食堂行かないか?」
「ごめん、もう少し寝かせて。数馬と一緒に食べてきて」
逍遥は朝に弱いのか(弱いはずはないんだが)、昨日色々あったから疲れているのかわかんないけど、俺の方が体力気力共に疲れ果てているのは確かだと思う。
だって俺、昨夜9時になる前にベッドに横になったらそのまま朝まで爆睡したもん。
でも逍遥も北京共和国のことや試合で疲れているのは間違いないし、そのまま寝せておくことにした。
俺は数馬に向け離話してみる。寝てる顔を見るのは失礼かと思い、透視はしていない。
「数馬、朝飯いかない?」
もう数馬は起きていたようで、すぐに返事が返ってきた。
「いいよ、今身体を伸ばしてたところ。着替えてそっちの部屋に行くから」
5分もしないうちにインターホンが鳴った。俺は逍遥を起こさないよう、爪先立ちでドアを開けに行った。
ドアが開くなり大声を出す数馬。
「逍遥は?」
「しっ、まだ寝てるんだ」
「起こさなくていいの?今日も9時から試合なのに」
「それはそうなんだけど」
数馬は静かに静かに逍遥に近づくと、突然「起きろ!!」と耳元で叫んだ。
飛び上がる逍遥。
「うるさーい、寝かせててよ」
こんな朝っぱらから良いのか悪いのか、数馬の説教が始まる。
「規則正しい生活をしてこそいい結果が出せるんだぞ」
「結果でなくていい」
「海斗のSPはどうなった」
ハタ、そういやそうだ。俺を守ると大見得切っといて、ほったらかしはないだろう、逍遥。
「そういやそんな約束したな」
逍遥は怖い顔をしてむっくり起き上がると、俺と目を合わせた。
「あと10分待って。シャワー浴びてくる」
いや別に、もう数馬もきたし俺一人の移動じゃないからいいよ、と言おうとしたら数馬が俺の口を塞ぐ。
数馬としては、逍遥が自分の役割を全うしてくれれば、聖人さんと一緒に北京共和国に関するデータ集めに動きやすいということなんだろう。
俺と逍遥は数馬によって部屋から追い出され、ヨタヨタ歩く逍遥を心配しながら俺たちは食堂へ向かう。
どっちがSPなんだかわからんぞ。
それでも寝起きから15分ほどが経ち食堂が近づくにつれ、やっと頭脳の方に血流が回りだしたらしく、逍遥はキリリとしたいつもの顔に変化していく。
おもしれー。
俺は寝起き悪くないからそういう顔の変化とかないし、いつでも朝からテンションMAXで行ける。
何はともあれ、食堂に着いた俺と逍遥は、軽めに洋食系のパンやスープ、サラダを食べ終えるとゆっくりと席から立ち上がり、食堂を後にした。
その時俺は絢人が視界の隅に入ってきたような気がした。
驚いて周りを見回してもその顔を見つけることができない。見間違えかな、まさかここに戻ってくるわけがない。戻れば拷問モドキが待ちうけていることくらい、生徒会役員部屋を透視すればわかることだから。
今日俺がしなくてはならないことは何だ。
そう、競技に出場し願わくば優勝することだ。願いとか何とじゃなく、力の限りを尽くし優勝を手繰り寄せることだ。
今は北京とか裏切り者のスパイとか、そんなこと忘れて9時から行われる『デュークアーチェリー』予選ラウンドの策戦というか、戦い方をもう一度おさらいし、イメージトレーニングであの流れを思い出して3D画像で頭に叩き込まなければ。
デバイスからいくら速く矢が飛び出したところで、当たらなきゃ何にもならないから。
俺も逍遥も何も話さないまま、15階にあるツインルームの方に到着した。
715と716には俺たち各々の胴衣が置いてある。
それを部屋から持ちだして、国際競技場のアリーナへと向かう予定だ。
キャリーバッグを持つまででもないので、リュックに胴衣を仕舞うため俺と逍遥は7階に降りた。
部屋の前で別れて、胴衣を探しに部屋のカードキーを差し込む。
なんでか知らないが、俺はその時嫌な予感がした。
何がどう、というわけでもない。
ただの第6感。勘繰ってみても何も出そうにない事実。
考え過ぎるな、試合の前に。
そう自分に言い聞かせ、部屋の中に入った。
げっ。
部屋が荒らされてる。
胴衣がない。
まずくない?これから試合だってのに。
俺は部屋を出て715で準備してた逍遥に告げた。
「部屋荒らされて胴衣が無くなったから生徒会に行ってくる!」
そして6階への階段を2段抜かしで飛び降りながら生徒会役員室に向かった。
やられた。
犯人はたぶん、絢人。
絢人なら生徒会で下働きしてたから俺の泊まる部屋も知っていたはず。
瞬間移動魔法使えば部屋にはすぐに入れるし、廊下にある防犯カメラにも映り込まないで済む。
このホテルが何らかのコソ泥対策を施してるかどうかはわかんない。
魔法の痕跡が残るから最後には誰が犯人かわかるけど、その時にはもうトンズラしてるという算段か。
とにかく、胴衣なしには試合に臨む気構えも違ってくるし、焦って記録に影響しないとも限らない。
そういったことを全て予想しながらの、今回の狼藉ってか。
お前、北京共和国の連中に騙されてるだけじゃないのかと思いつつも、ちょっと腹に据えかねてしまって怒りで俺の顔が歪む。
コンコンコン。
生徒会役員室のドアを叩きながらインターホンを何回も鳴らす。
「はい」
サトルが出てきた。
行かなくていいの?試合。
「今出るとこ。どうしたの、息が荒いよ」
「部屋荒らされて胴衣が見つからない」
そこに、後ろから逍遥が追いかけてきた。
「どっかに予備の胴衣ないのか」
サトルはすぐに状況を掴んだようで、自分が予備を持っている、それで大丈夫だろうと言い、7階へと走り出した。俺も逍遥も急いでサトルの後をついていく。
717のサトルの部屋は、やはり荒らされてはいなかった。
サトルは自分の分と、予備に持ってきていた胴衣を俺に渡すと、譲司に離話していた。
そして、俺の方を向いて焦らないようにと肩を叩く。
「これから3人でタクシー掴まえよう。南園さんは黄薔薇高校の選手たちと一緒に出たから」
「実は食堂で絢人を見たような気がして、それから部屋に行ったらこのありさまさ」
「海斗、犯人捜しは試合が全部終わってからにしよう」
逍遥もサトルに同意する。
「君の心のバランスを崩すのが目的かもしれない。相手の思う壺にはまっちゃいけない。ここは、試合のことだけ考えて」
俺は如何ともし難い気持ちに襲われたのも確かだったが、サトルや逍遥の言うことは正しい。
今、犯人捜しをしてみても記録には結びつかない。
ふう、と溜息を1回ついて、俺は背伸びをして身体を勢いよく伸ばした。
「わかった。試合に集中しないとね」
俺たち3人はホテルの入り口近くで客待ちをしていたタクシーの窓をそっとノックしてドライバーさんに乗りたいアピールをして、ドアが開くと勢いよく乗り込んだ。
もう、8時を過ぎていた。
「国立競技場まで急いでお願いします」
ドライバーさんは今日新人戦が行われることを知っていて、混んでる大通りではなく誰が知ってるこんな道、と思われるような小道をぐんぐん飛ばしていく。
普段なら黙って20分以上かかりそうな混み具合のルートを選択しなかったことで、8時15分前には国立競技場に着いていた。
ドライバーさんに皆で頭を下げると(逍遥にも無理矢理下げさせた)俺たち3人は走りながらアリーナに入った。
アリーナでは、100人からの選手が犇いてて、どこで受付しているのかもわからない状態だった。
サトルが目を閉じ透視しながら、受付だけは見つけることができた。
受付に行くと、現アリーナだけでは試合時間が取れないことが説明された上で、30名を1グループとして3グループに分け、市立アリーナに1グループ、県立体育館でも1グループ、残りの選手40名は国立競技場で予選ラウンドを開催するとのことだった。
受付番号を見ると、俺と逍遥は市立アリーナ、サトルは県立体育館で予選ラウンドを戦うことがわかった。女子たちの会場も見たかったのだが、混んでいてあとからあとから人が受付に押し寄せるため、確認することができなかった。
ごめん、南園さん。
それにしても、絢人が、いや、北京共和国がそういう嫌がらせをしてくるということは、まだ戦闘状態には到達しないということか。
新人戦の最中に戦闘を仕掛けてくるなら、こういう嫌がらせなど必要あるまい。
戦闘に対する北京共和国の意思決定が随分悠長だなと思ったが、そこには何か理由が隠されているのかもしれない。
諸外国の選手を危険に晒し世界大戦の火種にならないよう考えを巡らせているのかもしれないし。
それは充分にあり得る話で、実際世界選手権が終わり自国に戻った2,3年もいるはずで。観光を兼ねて日本に滞在している外国人も多数いるとは聞いたが。
そんな中で併合戦争を繰り広げたくはないのだろう。
どうやら、世界中の魔法師を敵に回す度胸は無いらしい。
だから世界選手権の開催中に戦闘は起こらなかったとみて間違いない。
と。
俺はまた余計なことばかり考えて集中することを忘れていた。予選ラウンドでへぐったら、決勝ラウンドに行けなくなる。
俺としては、そういう自堕落な成績だけは残したくない。
そこで、今まで考えてた北京共和国のことは頭の隅に追いやって、試合のイメージトレーニングを始めた。
矢が的に刺さるその瞬間を思い起こすだけでいい。
あとは、バングルが時間を教えてくれる。
今回、胴衣と一緒にしておいたはずのバングルだけは盗まれずに済んだ。
たぶん、アクセサリだと思ったのだろう。実際、端からみればデバイスに類するもののようには見えないから。
数馬の策戦がちだな、これは。
バングルだけは失くさないように、手に嵌めて移動することにした。
市立アリーナや県立体育館までは、バス会社の観光用バスを4台ほど借り上げ選手やサポーター他が乗り込み全員で2カ所へ分散、移動することになっていた。
小雨の降るじめじめした天気だったので、各自での移動にならなくて良かった―。
数馬や聖人さんの姿を探したが、2人とも国立競技場には姿を見せていない。その代りと言っては非常に失礼なんだが、亜里沙と明の顔が見えた。
亜里沙は『バルトガンショット』で俺が優勝したのがよほど嬉しかったらしく、ご満悦な顔で俺と逍遥に対しジョークを飛ばしてくる。笑えないから何もいうなというんだが、止らない。
明は俺のバングルを見て不思議そうな顔をしていたが、その使用法を教えると深く感銘を受けた模様で試合が終わったら分解させてくれという。バラバラにされたら敵わないので、数馬に相談してからな、と釘を刺しておいた。
2人とも元気そうで良かった。
魔法部隊は日本軍所属のエリート集団だそうだから、色んな意味でプレッシャーも多いだろうし、中にはパワハラもたくさんあるんじゃないのかなと思う。
そんなことを皆はねのけて淡々と魔法を磨いていくのは容易いことじゃない。魔法の切れ端しか知らない俺でもそう思うのだから、本職はめちゃめちゃ大変なんじゃないかな。
ああ。また、試合以外のことを考えて時間を無駄に使ってしまった。有効に活用するようにと亜里沙から言われたばかりなのに。逍遥は、先輩魔法師である亜里沙たちにフランクに話しかける訳にはいかないのだろう。ずっと黙ってバスに乗っていた。
もしかして、寝てる?
有り得るな、朝は眠くて食事より寝ること優先しようとしてたし。
でもま、このくらいは良いだろう。
逍遥の力なら予選ラウンドは100%間違いなく突破することができるはずだし、その魔法は俺にとっても参考になる・・・いや、前に1回みたが、あのように姿勢が崩れても魔法を繰り出し的に当てる芸当は、俺には絶対にできない。
申し訳ないが、見かけから入るならサトルの方が参考になる。
バスはすぐに市立アリーナに到着した。
俺と逍遥、亜里沙と明はバラバラにバスを降りて、俺と逍遥は試合場に向かう。亜里沙たちはギャラリー席に座るのが見えた。
何だよ、アドバイスとかそういうの無いわけ?
一応全日本ではサポーターしたやんけ。
あ、あの時は絢人に仕事任せっぱなしだったか。
気付いてなかったのかな、絢人の正体に。あとで亜里沙に聞いてみよう。
演武順を決めるためのくじ引きが行われる。
俺は目を瞑って一枚の紙を掴み、大会事務局関係者に渡した。
げっ、1番かよ!
最初の演武かー、緊張するかもー。
逍遥は18番。ほとんどの生徒が演武を終わってからの射的になる。
ある程度の演武が終わってからの方が断然有利に働くと思うんだけどなあ。
まあ、逍遥に言わせれば順番なんて全く関係なくて、“人のふり見てわがふり直せ”じゃないんだから、人の演武なんて見る必要はないそうだ。
俺も見習いたいが、どうしても見てしまう、比べてしまう、緊張してしまう。
そしたら逍遥は、比べて緊張するくらいなら絶対に見ないか、緊張しないように何か策を講じているのかと詰め寄ってくる。
全然策なんて講じてないと返答したら、間が抜けてると平気で言ってのける。
逍遥、演武前なんだからそれ以上言わないでくれ。
国立競技場から市立アリーナまでの移動時間があったので、午前9時開始予定の試合は時間が間に合わなくて、午前9時30分から試合が開催されることになり、1番の俺はほとんど練習する時間もなく、心を落ち着ける時間もなく、所定の円の中に入らされた。
深呼吸を2回、3回と繰り返しながら自分の中に息づく余計な雑念を振り払い、俺は姿勢を正し、的が出てきて、もう矢を放つばかりになっていた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号砲が鳴り、俺は第1の矢を放つ。
ドン!と的に矢が刺さる音がする直前、バングルがピリッと振動した。
俺は躊躇することなく第2の矢を放った。
放物線を描きながら、的へと近づく矢。
2秒ごとにバングルが振動すると、次々と矢を放っていく。
テンポはそれなりに良い。
姿勢も悪くないはず。
撃ち損じた的は無い。
予選ラウンドは4分台で良いと数馬に言われていたこともあり、俺は射的成功を優先させて余裕を持って演武を行ったつもりだ。
最後、100枚目の的が出終わりど真ん中に矢を的中させ、俺の演武が終わった。
外した的は一枚も無かった。
右腕が突っ張っている。午後に向けて、身体を解さなければ。
昼休みに数馬を部屋に呼んでマッサージくらいお願いできないかな。
試合の結果より、マッサージを優先させてる俺。
ていうか、まだ20位以内に入れるかもわからないのに、午後に向けてなどと片腹痛いわ、なーんて数馬に笑われそうだ。
俺の射的結果を知らせる声がアリーナ内に響く。
「ただいまの結果、4分18秒25 100枚 4分18秒25 100枚」
よし。まずまずの結果だ。
この記録なら、たぶん、20位の中には残れるだろう。
俺が出した記録でちょっとハードルが高くなってしまったのか、次から撃つ人たちは調子を崩してしまった人が多かったようで、時間、枚数ともに伸びず10分を超えたり、7割しか的に当たらない人もいたり。
でも焦ってしまうその気持ちはよくわかる。
俺だって、毎回のように焦ってる。その焦りが周囲に伝わらないだけ。今もまだ身体が小刻みに震えてる。自身の演武は終わったというのに。
他の会場での結果も、逐一報告がなされているようで、市立アリーナのロビーに置いてあるモニター画面に結果だけが表示されていた。
国立競技場で演武を行っていたスペインのホセは、予選ラウンドとは思えない3分50秒00という記録を出していた。さすがGPFの王者だ。
南園さんや黄薔薇の設楽さんも国立競技場組だったようで、もう結果が出ていた。南園さんは5分30秒10。もしかしたら決勝ラウンドに残れるかもしれない。設楽さんは7分6秒30。5分台が決勝ラウンドに進めるボーダーラインと見られていて、もしかしたら設楽さんは脱落するかもしれない。
県立体育館に行ったサトルと黄薔薇の惠さんの結果も出ている。サトルは4分20秒50。俺とほとんど同じタイム。的はもちろん全部射抜いていた。惠さんは8分10秒30だったらしく、設楽さんよりも記録が伸びなかった。
決勝ラウンド進出はかなり難しい状況だろう。
こちら市立アリーナでは、そろそろ逍遥の演武が始まろうとしていた。
いつものごとくどんな姿勢になっても繰り出される矢は、的のど真ん中を射ぬく。俺よりも放物線はかなりシャープで、まるでショットガンの軌道のようだ。これも逍遥の魔法力の為せる技、というところか。
あれよあれよという間に終わった演武の記録は4分00秒。
俺が知る限りでは、ホセに次いで第2位の記録だったと思う。
逍遥の次に出てきた選手は、前の選手が途轍もない記録を出したのに焦ったのか、2人とも良い成績を残すことができなかった。
ところで、ワンはどうなった?
市立アリーナにはいない。
ロビーのモニターにもまだ記録は出ていない。
県立体育館もそろそろ全員の演武が終わっただろうから、残りは国立競技場しかない。
市立アリーナ組は演武が終わり、20人の選手やサポーターは、みな帰り支度を始めている。
これから国立競技場に行って、決勝ラウンド進出者の名前が読み上げられるから、早く移動する必要があるということで半ば急かされながら俺は胴衣を脱いで制服に着替える。逍遥はどこだろう。1人になるとまた誘拐されかねないから早く探さないと。
透視もしたくないので只管アリーナ内を歩いて探す。
いたいた。
アリーナの事務のお姉さんと談笑している。
おい、お前の仕事はナンパではあるまい。
「逍遥、探したぞ」
俺の声に気付いたお姉さんが駆け寄ってきた。逍遥も後ろからついてくる。
「こちらでずっと練習されてましたよね、ほら、一度素行の良くない人に絡まれて・・・」
「あ、はい。あのときはご迷惑おかけしました」
「いいえ、とんでもない。今日もいい記録でましたね、おめでとう。私たちも応援してたんですよ」
「ありがとうございます。こちらではいつも良くして頂いて。本当に感謝しています」
「お2人とも、午後も頑張ってくださいね」
激励の言葉を残し、お姉さんは仕事に戻っていった。
俺たち2人は記録からして20名の中には選出されるだろう。4分台出す生徒は数える程なんだから、当然名前を読み上げられるはずだ。
そこから昼休憩に入って、決勝ラウンドは午後1時開始予定。
「さ、バスに乗ろう」
荷物を担いだ逍遥が俺を急かす。
おーい、どさくさに紛れてお姉さんに声かけてたのは逍遥、お前だろうが。
俺たちが乗ったバスはものの10分で国立競技場に到着し、生徒は2分化しかけたが、全員外に出ないよう繰り返しアナウンスされる。
ああ、そっか。
自分が決勝ラウンドに出られないと思えば、そのまま帰りたくもなるよな。なんで他の生徒の名前が読み上げられるのを聞いてないといけないんだ、って。さっさとホテル帰って観光でもしたくなるその気持ち、よーくわかる。
俺も記録が伸びなければそう思うだろう。
何のためかは知らないが、大会事務局では、早い段階から生徒をバラバラにしたくないらしい。
全員が国立競技場メイングラウンドに集合し、決勝ラウンドに進む20名の猛者たちの名前と予選ラウンドの記録が読み上げられた。
予選1位通過はホセ、2位は逍遥、カナダのアルベールが4分15秒35で3位に食い込み、俺は4位でサトルが5位。
ワンの名前が読み上げられて、俺は耳を大きくした。予選の成績は、どうやら5分ジャストだったようだ。順位は10位。
GPFでは3位に入ったイングランドのアンドリューが11位、GPFで4位のドイツ、アーデルベルトが続けて12位で予選ラウンドをクリアした。
2人とも、なぜ日本ごとき国の選手が2位と4位、5位に入っているのか理解に苦しむといった表情で俺たちを見ている。
女子は南園さんが5分30秒10で15位に入ったほか、アメリカのサラが5分50秒15の18位で決勝ラウンドに進出することになった。
20名の決勝進出者が決まるとグラウンドでは午後からの予定がアナウンスされ、予定通り午後1時から決勝ラウンドが始まるという。今は午前11時45分だから、あと1時間と15分。
ホテルに帰って軽い食事くらいなら食べられるだろうと、サトルが俺と逍遥に声を掛けてきた。
女子は南園さんが中心となりホテルに戻るという。午後も女子とは別行動になるという。
なんでも黄薔薇高校の惠さんと設楽さんが南園さんの技にぞっこんで、師匠と仰いでいると聞き、俺は少し可笑しくなった。
国立競技場脇のタクシー乗り場で1台のタクシーをつかまえてホテルに戻った俺たち男子3人は、一旦部屋に戻った。
また逍遥にジャンケンで負けた俺は、逍遥がシャワーを浴びている間ストレッチで身体を解しながらイメージトレーニングを行っていた。
「海斗、シャワーどうぞ」
その声も聞こえないほど集中していた俺の耳を掴み上に引っ張り上げる逍遥。
「いでーっ」
「ほら、早く浴びてきて。サトルの部屋に行かなくちゃ」
「わかったわかった」
予選ラウンドで背中にじんわりと汗が流れていくのを感じ取っていたので、俺は全身を念入りに洗い、頭を振りながら洗面所を出た。
「乾かしかよ、頭。風邪ひくぞ」
そうだよな、今の季節、桜も芽吹きもはや春とはいえ時折風が冷たい日もある。
試合が終わったら早くホームズを迎えに行って、桜が満開の公園で日向ぼっこしたい。
ホームズ、あと少しで終わるから、待ってて。
食堂に降りた俺と逍遥、サトルの3人はすぐさま料理に手を伸ばし、各々の昼食をトレイに載せ一緒のテーブルに座った。少し離れて南園さんたちが座っていて、俺たち3人に向かって黄薔薇組の2人が手を振っていた。
サトルは恥ずかしがるし、逍遥は興味がないので手を振らない。
こういうときは俺の出番。
爽やかでにこやかな顔を目一杯作って、向こうのテーブルに手を振った。
キャハハ、と笑いが起こる女子のテーブル。
なんだよ、これが数馬ならもっとキャーッと黄色い声が飛ぶんだろうが、黄薔薇組は学校で黄色い歓声ばかり聞いているらしく、ホテル内は平和だと、南園さんに半ば零しているらしい。
その時俺はまた食堂内で絢人の後ろ姿をキャッチした。
「おい、あそこ、絢人じゃね?」
サトルも気が付いた。
「ほんとだ、生徒会に連絡しないと」
そういって離話を始める。
逍遥はめんどくさいと言いながら、絢人の後ろ姿に向かい右手を翳す。
ああ、歩けなくする魔法。
そして5秒もかからないうちに譲司と若林先輩、光里会長が食堂に瞬間移動してきた。
「八神はどこだ」
光里会長の問いに答えるサトル。
「出口付近で固まってます」
「そうか、でかした。良く見つけた。これから拷問して北京共和国との関係を詳らかにする。お前たちは心配しないで、午後からの競技に向かえ」
サトルの心配そうな顔を見ていた逍遥は、拷問と言っても、沢渡元会長が真実を告白させる魔法を使うだけだと諭して、俺たちは食堂を離れた。
さて、胴衣を盗まれ1枚も持ってない俺は、決勝ラウンド用の胴衣が無い。逍遥は予備を持っていなかったので、俺は午後どうしたものかと悩んでいた。
「自己修復魔法掛ければいいじゃない」
いくら俺が忘れているからといって、結構手厳しい逍遥の発言。
ま、今はそんなことどーでもいい。サトルに教わった自己修復魔法で「ホーリー」と唱え右手を上から下になぞるようにすべらせると、胴衣は元のパリッとした肌触りに変わった。
それをバッグに詰め込み、俺たちは急ぎホテルを出た。玄関先にいた1台のタクシー。客待ちをしていたような様子も見られず、俺たちを乗せてくれるという。
逍遥は少し歩くというが、そんな時間は無い!!と言って、俺は無理矢理逍遥をタクシーの中に引きずり込んだ。
「国立競技場までお願いします」
「承知しました」
一言も話さないドライバーさん。
めんどくさくなくていいやと初めは思っていたのだが、どうがんばっても、国立競技場に向かうには通らない景色が続いた。
サトルが後部座席から身を乗り出す。
「国立競技場ですけど」
ドライバーさんは無言で車を路肩に寄せ、車を降りた。
次の瞬間、ドライバーさんを押しのけてあの黒服男が運転席を占拠し、車のギアを入れた。
咄嗟に叫んだのは逍遥だった。
「海斗!サトル!国立競技場へ移動しろ!」
慌てて瞬間移動魔法で国立競技場の門前へと移動した俺とサトル。だが、逍遥の姿だけが無い。
サトルは姿の見えない逍遥を心配し、受付に行けないでいた。
「連れて行かれちゃったのかな」
「逍遥なら相手を再起不能にして戻ってくると思うけど」
「海斗は考え方はポジティブすぎる」
自慢じゃないが、俺がポジティブだったのは小学生の頃だけだ。
「サトル、俺、透視しようか」
「うん、できることなら」
とほほ。決勝ラウンド前に力使いたくないんだけど。
逍遥のためだ、致し方ない。
俺が目を瞑ったその瞬間、後ろから俺の肩を掴んだ者がいた。
「うわーーーーーっ」
驚いて大声を出す俺。
相手は無言で、もっと強い力で肩を掴む。
やばい、黒服のやつらか?
「海斗、海斗」
サトルの焦った声。
「サトル!君だけでも・・・」
次の瞬間。
「何が“うわーーーーーっ”だよ」
え?
誰?
恐る恐る後ろを振り返ると、そこに立っていたのは逍遥だった。
「無事だったの?大丈夫か?」
「あんなのショットガンでマージかければ倒れるよ。まったく、君は気が動転すると何も見えなくなるタイプのようだな」
俺はほっとするとともに、いつもの逍遥節に安堵して溜息を吐いた。
「ショットガン、持ち歩いてるんだ」
「何があるかわかんないからね。君は持ってないのか?」
「持ってる。数馬に言われて」
「だったら頭働かせて相手を再起不能にするような手立て考え付かなくちゃ」
「焦ったんだよ」
「焦りと油断は禁物」
逍遥の言うとおり、焦りと油断が今の俺に憑依してるのは確かかもしれない。
「とにかく、中に入って受付済ませないと」
サトルの言葉に導かれ、俺たち3人は競技場内の受付に走った。
受付終了時間の3分前に受付に到着した俺たち。
焦った―。
「ドライバーが買収されてたんだよ、海斗は気付かなかったろう」
「そういうこともあるのか?」
「世界選手権ではしょっちゅうあるみたいだけど」
「なんで俺たちが?」
「北京共和国の差し金でしょ」
「ああ、なるほど」
「僕は変だなと思って、あのタクシーには乗りたくなかったんだ。なのに君は気を付けないでさっさと乗るもんだから」
俺はサトルに助けを求める。
「サトルは気付いてた?」
「ん・・・まあ」
がーん。
気付かないでバタバタしてたの、俺だけだったの?
でもって別なとこに連れて行かれそうになってるし。
「逍遥、サトル、迷惑かけてごめんな」
「海斗、もういいよ。全部想定内だったから大丈夫」
サトルの言葉を受けて、俺は態度をころりと変えた。
「さ、練習しよか」
まったくもう、と言いたげな逍遥を尻目に、俺はバングルを手に嵌め更衣室で胴衣に着替えた。
更衣室ではホセやアルベールもいて、英語で何やら話している。
どうやら、ワン・チャンホのことらしい。
やはり北京共和国のエースがどういった活躍を見せるのか期待していたようだが、期待外れに終わりそうだと嘆いていた。
んー、自信の表れだよね、人のこと気にしていられるんだから。
俺だって気にはなるけど、それは別の意味で。
やつらがいつ行動を起こすのか、今頃沢渡元会長が真実を語らせる魔法を用いて絢人を取り調べている頃だ。
絢人さえこちらで捕獲、いや失礼、保護してしまえば北京共和国の併合策戦も出だしで躓くことになろう。
ホセやアルベールにさらっと会釈して更衣室をでた俺。
逍遥とサトルは、当の昔に着替えを済ませていたようで、俺が更衣室から出るのを待っていた。
逍遥が目くじら立ててる。
「遅い」
「ホセとアルベールがワン・チャンホのこと期待外れだって言ってたんだよ」
「あの人たちの目は節穴なのか?」
キツイ一言を用いる逍遥。
「あいつは俺たち以上の力を持っている可能性が高い。今回は、これから起こすコトに構えて目立たないようにしてるだけだ」
「向こうの魔法師引き入れるため日本に来たのが目的ってこと?」
「たぶんそうだろう。純粋な試合目的でないことだけは確かだ」
「絢人の口から真実が漏れてんじゃないか、今頃」
「さあ、どうだか。絢人はただのパシリ役かもしれないし」
「計画の中枢にはいないかもだけど、いつそれが起こるかくらいはわかるだろ」
逍遥は眉間に皺を寄せたまま。かなり不機嫌なのがわかる。
「うーん。僕はね、海斗。絢人の役目は些細で軽いことだと思えてきたんだ」
「というと」
逍遥は押し黙ってしまい、決勝ラウンドに向けた練習をしようと言う。
それはそうなんだが、今、重要なこと言おうとしてなかった?
逍遥がそれについて口を閉ざしてしまった中、サトルに水を向けてみるがサトルも詳細は知らないらしい。
「僕は生徒会の光里会長に絢人を見張れ、って言われただけ。詳細は一切教えられてないんだ。父からの情報も途絶えてるし」
サトルまでが知らないとなると、俺もこれ以上事件に頭を突っ込むことは止めなければならない。この2人が一番の情報通なんだから。
逍遥やサトルの2人から離れると、俺は気分転換も兼ねてストレッチで思い切り身体を伸ばした。
今は戦闘のことを考えている場合じゃない。
個人として、金か銀かどちらかのメダルが欲しい。GPFでは3位でメダルがもらえなかったから。
ストレッチが終わると近くに会った椅子に座りイメージトレーニングを重ね、的に矢が当たる場面を何度も何度もシミュレーションする。そして徐に立ち上がり、開く足の幅や腕の角度などを今一度確認してそのままイメージトレーニングに入る。
それを繰り返していると、アリーナの廊下で演武順の抽選が始まった。
あれ、『バルトガンショット』は成績順に射撃しなかったか?
今度は抽選なのか。
今度は1番を引きませんように・・・。
でも、それこそが1番を意識してる証拠なのかそうでないのか。
俺の引いた番号は、見事にというかなんというか、またしても1番だった。
試合開始まであと10分しかない。
逍遥は10番、サトルは15番。
途中南園さんが俺を見つけて走ってきた。
「1番ですか、なんとなく緊張しますね」
「ほんと、予選ラウンドも1番だったんだ」
「あら、そうでしたか」
「南園さんは何番?」
「7番です」
「それでも早い方だ」
互いに笑って別れた後、アリーナのモニターに試合順が掲載された。ワンは5番。
ホセやアルベールの試合運びはGPFで見ていたからわかるが、ワンだけはそういった場面を見ていないから想像のしようもない。
果たして、どんな射的を見せてくれるのか。
併合戦争のことはひとまず置いといて、ひとりの選手として、ワンに興味惹かれる俺がいた。