世界選手権-世界選手権新人戦 第15章
『バルトガンショット』の決勝ラウンドは午後1時から。
ホテルに戻って軽く昼飯食べて、少しストレッチで身体伸ばしてから競技場に行くか。逍遥もいないけど、1人でも大丈夫・・・。
そう思いながらテケテケと軽くスキップしながら競技場から出ようとしたとき。
ぬっ、とデカくて黒いスーツを着たファシスネーターみたいな男性が2人、俺の前に立ちはだかった。
いや、真面目にファシスネーターだよ、これ。
俺に用があるのか?
それとも、周りの誰か?
それとも、会場の見回り?
男性たちを避けるように右側に寄る。
でも、男性たちもすぐ右の方に寄ってくる。左に避けるとまた左側に。
うーん・・・やっぱり、用があるのは俺みたい。
声かけて理由尋ねても答えてくれるかな・・・無理っぽい。
どうしようか。
あんまり体力使いたくないんだよねえ、決勝ラウンド前だから。
俺が後ろに引き返そうとすると、後ろからも同じ黒いスーツのデカイ男性が2人、近づいてくる。
おいおい、なんだってんだ、いったい。
全員ゆうに2mはありそうで、囲まれたら俺なんて姿が見えなくなる。大人と子供状態だよ。
周囲には人がほとんどいなかった。というより、囲まれてしまい周りの人が見えない。
俺は即座に瞬間移動魔法を使いたかったが、ホテルの部屋までファシスネーターモドキの男たちが付いてくる可能性もあることを考えると、魔法を使うことを躊躇していた。
この男たち、俺をどうするつもりなんだろう。
まさか・・・誘拐?
でもこの状況下、誰かが俺を試合に出したくなくてどっかに誘拐、あるいは命まで脅かされるかもしれないという推論が導き出されるわけで、いの一番に俺が考えるべきは、ここから姿を消す、というものだった。
ファシスネーターが瞬間移動魔法を使えるのかなんて知らないけど、彼らに両腕を掴まれた時、とにかくこりゃ逃げなくちゃと思い、俺は心の中で叫んだ。
「俺だけが帝国プラザホテルまで、GO!」
そこに冷たい風が吹き荒れて、俺はブルブルッと震えあがった。思わず目を閉じ左手で顔を覆う。
次の瞬間、俺は帝国プラザホテルの2階フロントにほど近い椅子の前に立っていた。
辺りを見回しても、あの黒服の男たちはいなかった。
あー、良かったー。
俺は近くに会った椅子に思わずよろよろっと座りこんだ。
誰がこんな真似をするようファシスネーターに命じたのか。
今までの出来事を総括してみれば、あれは拉致に間違いなくて、それを命令したのは北京共和国関係者、キム・ボーファン、あるいはワン・チャンホということになる、のか?
俺、また事件に巻き込まれそうになってるー。
急いで誰かに連絡しなくちゃ。
この際、体力を温存するよりも自らの身の安全の方が大切だ。
まず逍遥に離話を送ってみたが、砂嵐のような音が聴こえるだけで、一向にでやしない。もちろん透視も効かない。
それなら数馬か聖人さん。2人はまだ一緒にいるだろう。
なのに、2人とも連絡が付かない。
ダメだ。スクランブルがかかってる。スクランブル掛けてるのは、スーツ男たちか。
アンビリーバブルなこの事態、俺、いったいどうすりゃいいんだよ。
しばし放心状態で椅子に座っていると、エスカレーターの上り口にファシスネーターの黒いスーツが見えた。
まずい、やばい。
辺りをきょろきょろと見回しても、知ってる人もいなければ誰も俺のことを気にしていない。
うわー、エスカレーターに乗った、こっちに近づいてくる。
逃げなくちゃ、でも、どこに?
俺は急いで椅子を立つと、一目散に食堂を目指した。
なんとか食堂入口に辿り着き、すぐさま中に入った。そしてドアの陰に身を隠す。
心臓はバックンバックンと激しい音を立て汗が額から噴き出した。俺の居場所がばれてしまうんではないかと危惧してたので、もう必死になって身体をよじる。
食堂に入ってくる学生たちの中には俺に気付く者もいて、不思議そうな表情で俺を見る。そりゃそうだ。
こんなところでかくれんぼなんて、小学生じゃあるまいし。
今、あの黒スーツ軍団はどこにいるんだろう。あいつらも透視とかできんのかな。できるからここまで追ってきたのか。
瞬間移動魔法を使ったのかあの足の速さで走ってきたのかは知らないが、俺が何か魔法使ったら魔法の痕跡が残ってしまい、また追われる羽目になる。
その時だった。
「海斗、今どこ」
逍遥からの離話だった。
「助けてー」
「どこにいるんだよ」
「ホテルの食堂。黒スーツのファシスネーターに追われてる」
「今すぐそっちに行く。待ってて」
それから5秒と経たないうちに、逍遥は食堂入口から中に入ってきて俺の前を通り過ぎようとする。
「逍遥、ここ、ここ」
焦って俺から離話を仕掛けると、逍遥はドアの陰に隠れてる俺を見つけた。
「何してんの」
「黒スーツのファシスネーター見なかった?」
「いや、見てない」
「おかしいな、エスカレーターに乗るの見たんだけど」
逍遥が首をゆっくりと傾け俺の目をじっと見た。
「ファシスネーターは大会事務局で魔法を掛けた人造人間だから、大会事務局からの魔法連絡しか受け付けないはずだ」
「わかんねーよ。国立競技場出る時囲まれて、腕押さえられたんだぞ」
「腑に落ちないなあ。取り敢えず、数馬も聖人もホテルに戻ってるから、601に行こう」
「わかった」
ようやく心臓のバクバク音は通常の状態に戻り、汗も引いてきた。
俺は逍遥と連れ立って、601の生徒会部屋に足早に歩く。エレベーターも使いたくないので、階段を2段抜かしで上って行く。最後の方は足取りに疲れが見えたが、そんな陳腐なこと言ってられない。どっからかまた出てこないとは限らないから。
ようやく6階の廊下に出て、逍遥は俺の後ろを歩いてくれて、601に着いた。そっとインターホンを押すと、「はい」と言葉少なにサトルが出た。
生徒会の役員連中はほとんどその中にいたが、絢人の姿は見えなかった。皆、内情をご存じなのか、そのことを殊更ほじくり返す人はいない。
もう、絢人は向こう側に行ってしまったか。
それにしても、戦闘の手引きの他にも何かしら北京共和国に情報を流したんだろうけど、何を流したんだ。紅薔薇の戦力となる人物の経歴や現状?
いまひとつ、しっくりこない。
明るくていいやつだと思ってたのに、裏切られた感が半端ない。
そういえば、黒服騒ぎで昼飯を食うのを忘れてた俺。
601の部屋には弁当が何個か置かれていて、南園さんが熱めのお茶を持ってきてくれた。
「お飲みになりますか?」
普段なら自分の買ったドリンク類しか飲まないところだが、サトルも逍遥も午後の決勝ラウンドを控えているというのにグビグビ飲んでいるモノだから、少し安心しながら俺も一緒にお茶を口にした。
黒スーツ軍団から逃れて急に腹が減ってきたので、弁当も一緒に箸をつけた。あー、やっと生きた心地がする。
俺が椅子に仰け反って座り疲れを癒していると、沢渡元会長が現れた。俺は慌てて通常パターンの着席態度に戻る。
「さきほどこちらで過去透視させてもらった。大変だったな、八朔」
あー、俺の言い分を信じてくれる人がいたー。
「あれはいったい何だったんでしょうか」
「あれこそが魔法なのだ」
「魔法?」
「そうだ、ファシスネーターに魔法をかけ、自分たちの思い通りに動かす魔法」
「同化魔法みたいな魔法ですか」
「系統的には違うが、命令系統の部分で似たところはある」
数馬が音も立てず俺にさささと擦り寄ってきた。
「なんで逍遥と一緒に競技場出なかったんだよ。君のSPする、って言ったでしょうが」
「人の波が凄くて、見失ったんだ」
「なら、僕か聖人に連絡してくれれば良かったのに」
「通じなかったよ、みんなへの離話とか。スクランブル掛かってて」
「スクランブル?」
「砂嵐みたいな音で、全くダメ。透視も出来なかったし」
「なるほどね、そういうことか」
俺はもう、決勝ラウンド大丈夫かというくらい疲れ果てていた。
魔法とか体力とかそういう問題じゃない。気力を均一に保っていけるかどうか。今さっき俺の身に起こったことは俺のメンタルにとってかなりのウェイトを占めていて、すぐに『バルトガンショット』を撃てと言われても上手くクレーに当てる自信が無くなってきた。
一度立ち上がった数馬は俺の前まで来ると腰を下ろして、俺の目線まで目線を下げて話し出した。
「君は大丈夫。決勝ラウンドはきっとうまくいく。ホームズもそれを望んでいるし、君はホームズに笑って会いたいだろう?」
確かに。俺は半べそかいた顔でホームズには会いたくないし、この身が安全になったところでホームズを迎えに行きたい。
「そう。君の安全は僕らが保証する。だから君は何も考えずに決勝ラウンドに出るんだ」
なんか新手の催眠術みたいだなと思いながらも、俺は「OK」と返事をしていた。
601で弁当を食べ終わったのが11時30分。
決勝ラウンドの開始は午後1時から。
出場組は逍遥とサトル、南園さん、俺。
今度は予選ラウンドの順位が低い方からスタートするはずなので、20位の南園さんからとなる。
飯を食い終わりひと息ついた俺たち4人はタクシーをホテルまで呼ぶと、次々と乗り込んだ。
南園さんを男どもの間で狭苦しく暑苦しくさせるのも悪いので、男子3名は後ろに乗って南園さんは前の座席に座ってもらった。
数馬たちは後からくるというんだが、午前中のあの態度を見てると大方の予想としてはたぶんベンチには入らないだろうし、聖人さんと一緒に会場警備するはず。
今度は北京共和国の連中、どんな手を使ってくるんだろう。
「ワン・チャンホは何位だったっけ」
サトルが予選ラウンドの順位表を見ながら教えてくれた。
「んー、10位だね」
ああ、そうだった。アナウンスを俺も聞いていた。あのあと黒服に追いかけられたからすっかり忘れていた。
今度こそ、ワンの本来の姿を見せてもらおうじゃないか。
俺は黙りこんで目を瞑った。
国立競技場にタクシーが到着し、俺たちが降りるとどうも雲行きがおかしくなってきた。
春の嵐というやつか、風が出てきて木陰の枝が激しく揺れている。
まだ雨は降ら無さそうだけど、試合は大丈夫なのかな。
20名の予選ラウンド通過者がいるから、もしかしたら少し早く試合が始まるかもしれない。南園さんと別れ、俺たちはロッカールームで日の丸日本のユニフォームに着替え、お揃いのジャンパーを羽織って各自のショットガンを手にグラウンドへ出た。
風はビル群の中であちらこちらにぶつかりながらグラウンドへ流れてくる。
とても寒いというわけでもないが、リアル世界にいたときは普段外に出るということが無かった俺にとって、少し冷たい風に感じた。
天気の状況が思わしくないからだろう、案の定、試合は15分ほど早めて行われることになり、選手へのアナウンスが場内に響く。
「出場者は、メイングラウンドに集合してください、繰り返します・・・」
俺はサトルとアイコンタクトで「頑張れ」と互いに激励しあった。逍遥は誰とも目を合わせようとしなかった。1人で集中してるんだと思う。
南園さんは後からきた鷹司さんと一緒にショットガンに新しい魔法を注入しているようで、俺の方には気付かない。集中を欠いてもいけないので、言葉はかけないことにした。
バン!バン!と勢いよく鳴る花火。
いよいよ、魔法大会世界選手権新人戦決勝ラウンドが始まった。
トップバッターは20位の南園さん。
午前中と違ってその顔は自信に満ち溢れていた。
デバイスの調整が上手くいったのだろう。
号笛を待つ間、笑顔も見られた。それに呼応するように、南園ファンのギャラリーから大きな声援が飛ぶ。
バン!
いよいよ南園さんの射撃が始まった。
元々正確なショットで速さも申し分ない南園さんの射撃は、予選ラウンドとは違い次々とリズムを刻むようにクレーは粉砕され落ちていく。
こりゃ、結構な記録が出そうだ。
いいぞ、南園さん!
最後までリズムを失わず射撃を続けた南園さんに、場内から歓声と拍手が湧きあがった。微笑みながら場内に向かって手を振る南園さん。
結果がアナウンスされた。
「ただいまの結果 4分30秒 100個。 4分30秒 100個」
凄い!
予選の悔しさを決勝で晴らした結果だ。
クレーも全て撃ち落としている、なんという鍛練。女子はこの競技が苦手な傾向にあるようだが、南園さんに限っては苦手な種目などないのかもしれない。
出だしにすごい記録が出て緊張したからなのか、それともそれが元の実力なのか、19位から先は10分程度の記録しか出ない。たまに8分台の記録が出ると場内がざわつくくらいで、ギャラリーとしても燃える記録を欲しがっているように思える。
11位の選手が終わり、結果発表を待つまでの間、グラウンドの中央に進み出たのは、ワン・チャンホだった。
さて、どんな射撃を見せてくれるんだ、ワン。
号笛とともに始まる射撃。
俺は驚いた。
これは10位の選手の技術ではない。トップレベルのそれだ。
真っ直ぐに伸ばした先に握られた2つのショットガンはクレーをひとつも逃さず粉砕していく。
待てよ、こりゃー午前中の俺たちよりいい記録出るんじゃないか?
さすが、北京のエース。
日本にちょっかいさえ出さなきゃいい友人になれそうなのに。
自分の射撃が終わると、さっさとベンチに下がったワン。どうやら、記録には興味が無いようだった。
「ただいまの結果 3分15秒 100個。 3分15秒 100個」
今日一番の記録が出て、ギャラリーは熱くなっている。当の本人は喜ぶ素振りも見せず、淡々としたものだった。
徐々に上位の選手が出てくる時間帯となった。
次の射撃は、サトル。
いつみても、美しい立ち位置。そこから生まれるスピードと正確性はサトルの真骨頂と言ってもいい。
順調にクレーを粉砕しながら、最後の100個目を撃ち落とすと、サトルは深呼吸するように大きく息を吐いてギャラリーに頭をぺこりと下げた。
そんなサトルを横目に見ながら、俺はグラウンド中央へと向かった。サトルの結果が発表されるまでクレーの発射位置を目を開いて確認したり、ショットガンを向ける方向を確認したりして時間が過ぎるのを待つ。
サトルの射撃記録が発表された。
「ただいまの結果 4分15秒 100個。 4分15秒 100個」
やった、さっきより1分も速くなっている。
おめでとう、サトル。
次の射撃は俺の番。
昼に体力気力をかなり浪費したので、内心はどうなることかと気持ちも急降下だったが、はっきり言って、誰に負けてもいいからワンには負けたくない。
「カイト・ホズミ」
俺の名前がコールされた。
所定の位置に着く際、市立アリーナで一緒に練習した人たちが来てくれていたのが目に入った。
ありがたい。
俺は、持ちうる限り全ての力を出し切るつもりだ。
みんな、応援よろしくお願いします。
「On your mark.」
「Get it – Set」
号笛とともに俺は目を閉じ、クレー発射音のみを聞き分けて音のした方へと1秒の遅れもなく、ショットガンを向ける。そして間髪入れずにクレーの発射付近に撃ち込み続けた。
目を閉じて発射音を聞き続け撃ち込みを続けるうちに、段々と、それでいて緩やかに俺の全神経は研ぎ澄まされた。
そして、自分がある種の不思議な感覚に達していくのが判った。
左右から出てくる発射音がMAXに耳に届くと同時に、目を瞑っているはずなのに前方が明るくなり、クレーの発射される場所が俺の動体視力に引っ掛かりクレーが姿を現す。
なのに、目がクレーを追うことはなく俺は発射音のした場所にショットガンを向けトリガーを目一杯引いている。
これが、いわゆるところの、ゾーン。
本来なら目を瞑っているのだから動体視力も何も関係ないはずだが、俺の目にはひとつひとつのクレー発射サインが見えるようになった。それなら、そこに向けてショットガンをぶっ放すだけ。
俺の射撃は2割ほど威力を増し、射撃スピードも予選ラウンドとは全く違うことが自分でもわかる。
それなのに、まるで自分の目で確かめながら確実にクレーを捉え撃っているような、そんな感覚だった。
俺にとって、最初で最後の新人戦が終わったのはその直後のことだった。号笛が2回鳴り、やっと自分が目をずっと目を瞑っていたことが判別できた。
目をゆっくり開けると、ギャラリー席の興奮状態が伝わってくる。
誰もが、俺の記録を見るためモニターに目を向けていた。
逍遥が、俺とすれ違いにグラウンドに進む。
もちろん、こういった時は友人=ライバルにもなり得る話で、俺たちは言葉も交わさず逍遥は所定の位置へと進み、黙ってショットガンを上衣のポケットから取り出した。
その時、モニターに記録が発表された。
「ただいまの記録、3分10秒01 100個。3分10秒01 100個」
一番驚いたのは俺自身だった。
ここまでの記録は終ぞ出たことがない。
数馬にガッツポーズは止めろと言われていたので、心の中で静かにガッツポーズする。これで、ワン・チャンホの記録は塗り替えた。
次の逍遥も、今までに見たことの無いようなスピードでガンガンとクレーを撃ち落としていく。
これが逍遥の本気の顔。
俺に触発されて、本気モードに入ったか。
今日一番の楽しみだった。
俺が逍遥に対しどれだけ肉薄することができるのか。逍遥の本気度100%は、どこまで記録が伸びるのか。
逍遥の射撃は、あっという間に終わった。
物凄いスピードで尚且つ失敗がない。
こりゃ、かなりの記録が出そうだ。
逍遥は一旦所定の位置から離れベンチに戻っていた。
でも、かなり緊張しているというか、話しかけづらいオーラを漂わせている。
グラウンドではドイツのエンゲルベルトが所定の位置に入っていた。
逍遥の記録がアナウンスされた。
「ただいまの記録、3分10秒02 100個。3分10秒02 100個」
またもや場内は歓喜の渦が湧いたが、逍遥は無表情のままベンチに下がっていた。
俺と0.01秒の僅差。
まさか、俺が逍遥の記録を上回るなんて、青天の霹靂とも言うべき出来事じゃないか。何かの間違いでは?としか俺には思えなかった。
あと一人で、『バルトガンショット』の決勝ラウンドは終わる。
最後に登場したのは、GPFの『バルトガンショット』で優勝したエンゲルベルト。
だが、俺と逍遥の記録に並ぼうと躍起になったのか、1,2度クレーを撃ち損じ、そこから調子を崩して3分30秒台に終わった。
エンゲルベルトは茫然とし、頭を抱えたままベンチに下がった。
これで全員の射撃が終了した。
なんと、1位はこの俺、八朔海斗。
2位には逍遥、3位はワン・チャンホ、4位はエンゲルベルト、5位はサトル。南園さんは20位から盛り返して6位。
俺にとっては考えられないような衝撃の結末だった。
逍遥はしばらく不機嫌そうな顔をしていたが、気をとりなおしたのか、俺の前に進み出ると右手を出して「おめでとう」と俺を祝福してくれた。
サトルや南園さんも、俺と逍遥の記録を心から喜んでいるようで、ギャラリーに顔を見せろという。俺はちょっぴり恥ずかしかったが、意を決してギャラリー席が見える場所に移動し、皆に手を振った。
ちょうど真ん前に数馬がいて、ガッツポーズを決め込んでる。
何だよ数馬、俺には止めとけって言ったのに。
場内アナウンスが流れる。『バルトガンショット』グラウンドで表彰式を行うとのことで、俺と逍遥はまたグラウンド中央に移動した。
そこで、俺は金色のメダル、逍遥には銀色のメダルが授与された。
俺にとっては、これが初のメダルとなった。一生に一度しかもらえないこのメダルは大切な大切なものとなるだろう。
場内ギャラリーからの声援を受けて、また手を振り答える。逍遥も滅多に見せない笑みを漏らして皆の声に答えていた。
明日の『デュークアーチェリー』も、この調子で結果を残したい。
その夜、俺は夢を見た。
ホームズがニッと笑って俺を見ている。俺は金メダルをホームズの首にかけてあげていた。嬉しそうに「ニャニャッ」と鳴くホームズ。
夢を渡ってきたのかもしれないな、ホームズが。
俺はなんとなくそう思った。