世界選手権-世界選手権新人戦 第13章
いよいよ公式練習の日になった。
俺たち男子選手3人は、早めの朝食を摂ると送迎用のミニワゴンに乗り国立競技場に向け車は走り出した。サポーターは後から来るということで、俺たちは先発隊。
女子選手は、南園さんが心配だったが思いのほか黄薔薇高校の選手と仲良くなったらしく、鷹司さんも交え6人で別のミニワゴンに乗り込んだ。
国立競技場まで、およそ20分。朝はとにかく道路が混む。
目的地に着いた俺は他の日本選手から離れて、まずストレッチで20分ほど身体を解し、競技場の周囲を走ることから始めて、その後競技会場となるグラウンドまで移動した。移動後もう一度身体を伸ばして各々が『バルトガンショット』の練習体制に入った。
今日の公式練習は魔法W杯Gリーグ予選と同じく世界をアジアエリア、北南米エリア、欧州エリア、中東エリア、アフリカエリアの5エリアに分け、エリアごとに時間割を区分し学生たちが集まり公式練習に参加することになっていた。
新人戦にはエリアごとに20名ほどの学生が参加するらしく、総勢100名が一生に1回しか獲れないメダルを目指して頂点を競い合う。
俺は、もちろん自分の練習はきっちりと熟すつもりでいるんだが、北京共和国から出場するというワン・チャンホの動きが非常に気になっていた。
ワンは、キムと違って切れ長の目と中性的な雰囲気が非常に見目麗しい男子で、あと5~6年で大人になったら超のつく美男子となること間違いなしの顔をしていた。
逍遥曰く、民族が違うのだろうと。
元々いたリアル世界での中国は26だか50以上の民族で国家が形成されており、一番数が多いのは漢民族だと聞いたことがある。
こちらの北京共和国と香港民主国も同様の民族形成により国家を樹立していれば、漢民族が主体となるのだろうが、ワンがどの民族出身かまでは俺にはわからない。ただ、キムとは違った民族なのだろうな、ということだけはぼんやりと俺の脳裏をかすめていた。
自分の練習にだけ専念しろと逍遥は数馬と同じことを言う。
でも、俺はワンの『バルトガンショット』がどれだけのモノなのか見てみたくて、ずっとそちらを気にしていた。
自分の練習も忘れて。
すると、いきなり誰かが俺の後頭部をポカポカ連打した。
「いっでーな、誰だよ!」
別にそんなに痛いわけじゃなかったが、つい、口からついて出る言葉。
ぐるりと後方を向く俺の後ろに立っていたのは亜里沙だった。
「何、あんた他人のこと意識できるくらいの魔法力増したの?」
途端に、ヒューヒューと口笛を吹き俺は誤魔化した。
またもや前頭葉をパカッと叩く亜里沙。
「久しぶりに来て見れば、この為体だもんね。大前はどこ?」
「後から来るって」
「なら、来るまであたしが見てるから練習しなさい」
「はいはい」
「返事は1回!」
「はーい」
「伸ばさない!」
「へい」
亜里沙に『バルトガンショット』を見せるのは初めてかもしれない。
俺は2丁のショットガンを取り出すと両手でトリガーに手を掛け、号令の合図とともに目を閉じて、クレーの出現場所に狙いを定めショットガンでクレーを撃ちだした。
周囲はうるさかったが、クレーが出てくる音ははっきりと聞こえる。
よし。
いける。
数馬がプログラムを組んだショットガンは、クレー発射音に特化した魔法を注入してある。クレーが発射された瞬間に魔法で音量を上げるようになっているから方向さえ判れば簡単に粉砕できる仕組みだ。
実際の本戦では速さ競争になるだろうが、今は全てのクレーを撃ち落とすことを第一目的として練習を続けている。余力を残して本戦に臨めというのが数馬の指示だった。
全てのクレーを撃ち落とし、100個全て撃ち終えた時に出る2回の号令の音とともに俺は目を開けた。
そしてどうだと言わんばかりの表情で後ろを向き亜里沙を見る。要した時間は4分20秒。速く撃とうと思えば、もっと速く撃てるから3分台に載せることは可能だし、今は時間を気にせず撃てている。ここで焦らないのがミソだ。
「あんた、目閉じてんの?よく判るわね、飛んでくる方向とか」
「数馬が苦心して俺のために組み上げたプログラムだから」
「へえ、やるじゃない、大前」
「会ったら褒めといて」
「わかったわかった。『デュークアーチェリー』はどうなの?」
「それなりに」
「そう、じゃ心配ないわね。周りばかりに気を取られちゃダメよ、海斗。誰がどんな記録だそうとも、あんたはあんたなんだから」
「わかってる。ありがとう、亜里沙」
久しぶりに亜里沙に会った。
さすがに、公式練習には顔を出しに来たか。明も一緒なのかな。明は魔法部隊でこき使われてるイメージ先行してるからなあ。
さて、1回目の練習を終えた俺は周囲を見渡す。
サトルや逍遥は実力通りの出来で、速さも4分台前半。俺と同じくらいだ。ま、逍遥は実力隠してんのが丸わかりだけど。
ワンの練習を見たいと思っていた俺だったが、ワンはどこかに姿を消していた。しばらく待っても戻ってこないので、俺はもう一度『バルトガンショット』にトライした。今度も100個の上限全てを目を閉じたまま撃ち落とし、所要時間は4分15秒。
公式練習なら、こんなもんだろう。
1種目ひとり2回までとされる公式練習のうち、『バルトガンショット』が終わった。
俺は1人で移動しようとしたとき、南園さんの射撃が見えた。
『マジックガンショット』であれだけの動きをしたのだからこっちも大丈夫だろう、と思っていたらショットガンを新調したばかりでトリガーの位置が手に合わないらしい。
途中で射撃を止め、鷹司さんと2人、どうするか議論を重ねているようだった。
俺が輪の中に入っても何の役にも立たないし、遠くから心配することしかできないけど、ガッツだ!南園さん。
何か良い解決方法が見つかりますように。
ワンはもうここにはいない。
もしかしたら2回の練習を終え『デュークアーチェリー』の練習をするために体育館に入ったのかもしれない。
俺は足早に体育館へと向かった。
サトルや逍遥は、当の昔に2回目の『バルトガンショット』の練習を終えていたようで、俺が体育館に入ると、もう『デュークアーチェリー』の準備に入っていた。
2人とも、予選会で見せた華麗な動きと正確なショットで射的が進んでいく。速さは・・・4分台前半。
俺も発奮し1回目の練習モードに入った。
後ろで亜里沙が見ているのを知っていたが、亜里沙に贈る『デュークアーチェリー』とでもしておくか。見て驚くなよ、亜里沙。
腕に数馬が準備したバングルを嵌め、いつもどおりの動きで足を肩幅に開き腕の位置を決め、合図とともに的が出てくるのを待つ。
1枚目の的が出てきてからは、2秒ごとにバングルが時間の経過を知らせてくれるのでそれに基づき矢を撃ち込み、これまたパーフェクトな100枚ど真ん中達成。時間は4分20秒。
後ろを向くと、壁際で亜里沙が首を捻ってこちらを指さしている。なんかしたか、俺。
まあいいや。
間髪入れずに2回目の練習に入った。
今度も全てど真ん中に決まった。よし。時間は4分15秒と先程より5秒短縮された。
よし。
こっちもいいくらいの時間で進んでいる。
周囲では4分の壁を破ろうとしっちゃかめっちゃかに矢を放つ学生も見受けられたが、そういう人に限って、肝心の的に当たらないという侘しい結果が待っていた。
こちらにもワンはいなかった。
来て会場を見ただけで帰ったのか?
練習を終えたサトルに、ワンの姿を見たか確認する。
「随分ご執心だね。目立つ選手の映像は生徒会にあるから601にくると良いよ」
「ありがとう、あとでお邪魔するから」
ところで、数馬は俺が練習してる間、競技場には来なかった。
サポーターなのに大丈夫か?
俺は今のところ精神的には落ち着いていると思うし、ショットガンやバングルに何の問題もない。ゆえに数馬がいなくてもどうにかなる。と思う。
思い出すよな、薔薇6。
ショットガンにいたずらされたりしたっけ。
聖人さんは忘れて欲しい過去だろうけど、俺にしてみれば懐かしい過去になりつつある。
っと、そういう聖人さんも競技場に顔を見せていない。
2人とも、北京共和国の関係で情報を取りまとめているのかな、明がここに来ないのもそういうことが関係しているのか。
亜里沙は脳天気だからここに来たんだろう。
「誰が脳天気よ」
また、亜里沙から後頭部にポカっとメガホンが飛んできた。
「うん、上々の出来じゃない。まだ本気出さないでここまで来れば大したもんよ」
「わかる?」
「そりゃあんた、12年もの付き合いは伊達じゃないわ。本戦いつだっけ」
「3日後」
「そう。こっちはもうてんやわんやよ。ターゲットも場所も期日も不明とあっちゃ嘆きたくもなるけどね」
「だろうなあ。ただ、キムとワンは手引き役に間違いないと思う」
「しっ、大きな声出さないで」
亜里沙が口で話す代わりに、俺に離話してきた。
「この方が安全だから」
「離話だって盗聴されんじゃねーの」
「あたしのは大丈夫。スクランブルかけてあるから」
「どうやればスクランブルかけられんの。俺もやりたい」
「片方が掛けてあればそれでOK。両方とも掛けたらノイズで話せなくなるわよ」
「そんなもんなのか。ところでさ、紅薔薇にいるスパイってもう目星付いてんの」
「まだ。それがわかれば拷問して吐かせてるわよ」
「拷問ってお前、中世ヨーロッパや中国じゃないんだから」
俺たちは顔を見合わせ笑ったが、亜里沙は目が笑ってない。こいつ、本気だ。
「ああいう拷問じゃないけどね、きついのは確かかな」
「こえーな」
「魔法使えば何とでもなるのよ」
俺はそこで不意に思い出したことがあった。
生徒会内での絢人への仕打ち、というか沢渡元会長の言動。
なんかおかしいんだよな、って思ってたから、亜里沙にぶつけてみた。
「あのさ、沢渡元会長ってなんで絢人のこと遠ざけてっか知ってる?」
「知らない、報告受けてないわよ」
「あの人むやみやたらと人を嫌わないだろ、でも、絢人に仕事与えてないって聞いたんだよね」
「ふーん、何かありそうねえ。正確な情報しか上に寄越さないからね、沢渡くんは」
「ちらっと調べてみて。ああ、サトルからの情報なんだけど、ソースは内緒にしといて」
「内緒になるかどうかはわかんないけど、水向けてみる」
俺は亜里沙と別れ、体育館の中でストレッチ運動してるサトルと逍遥を見つけて近寄った。
「もう終わったんだろ。帰ろか」
逍遥が首を振る。
「もう一度競技場周囲を走り込みしてから帰ろう。あと3日しかないから、本戦まで」
「そう言われればそうだな」
俺たちは3人でまた国立競技場の周囲を1周して、その足でタクシーを捕まえた。
「帝国プラザホテルまで」
いつも逍遥はこの調子。
敬うという概念はないのか、君には。
「言葉尻を捉えて概念の話をされても困るな。僕だって敬ってるよ」
げっ、こういうときに限って読心術かよ。
「まあまあ、ふたりとも」
サトルが間に割って入り、俺たちの険悪ムードはひとまず消えたかのように思われた。
ホテルに着き、俺は部屋でシャワーを浴びて着替えてから、逍遥の部屋のインターホンを押した。
「俺、海斗。今からワンの射撃とか射的生徒会に見に行くけど、一緒に行くか?」
「遠慮しておくよ。あいつには興味ないから」
へー。
逍遥に興味がないと言わしめる北京共和国のエースは、一体どんな仕事をするんだ?
俺は興味津々で601の部屋を訪ねた。
インターホンを押すと、沢渡元会長の声が聞こえた。
げげっ、忙しいのかな、それとも皆いないのかな。
「いや、たまたまだ。岩泉が先ほど来て報告を受けた。ワン・チャンホの試合を見たいのだろう。入れ」
「はい、お忙しいところ申し訳ございません」
俺はコンコンと3回軽くドアを叩き中に入った。
沢渡元会長が腕組みしてモニターを見ている。
「実はな、奴の国際大会出場は初めてなのだ。で、映像が全くない。これがさきほど国立競技場で奴が練習した際の動きだ」
「そうだったんですか」
「身体はみたとおり中性的で細身だが、どちらかといえばパワー型の魔法師だな。各1回ずつしか練習をしていないところを見ると、よほど自信があるのだろう」
「もうご覧になりましたか?」
「いや、俺もこれからだ」
「では、ご一緒させていただきます」
俺は沢渡元会長の隣に座り、モニターを食い入るように見つめていた。
ワン・チャンホ。
射撃の腕はいかほどか。
まず、『バルトガンショット』の映像が目にはいってきた。
・・・これをエースと呼ぶのか?
察してくれ、俺の言いたいことを。
見間違いではないかと思い、今度は『デュークアーチェリー』の映像に切り替え目を凝らした。
いや、やはり間違いない。
エースとは名ばかりの動きしかしていない。
矢に向かっての構え方も独特というか、それで射的できればいいが、3分の1ほど的から外している。
あるいは、わざとやった可能性が無いでもないが、試合の3日前にへたっぴのふりをしてどうする。今日は最初で最後の試合会場での調整の場として公開練習が設けられているんだぞ。
キムは魔法で沢渡元会長を潰そうとしていたからまだ強い魔法が使えたし実際動きそのものはしっかりしていた。
なのに、なんだ、このワン・チャンホの動きは。
沢渡元会長は一言だけ呟いた。
「こいつはとんだ食わせ物だな」
?
「というと」
「基本はしっかりしている。今日はやる気を見せていないだけのようだ」
「そうなんですか?」
「八朔はいつも最大限の力を出して練習していたか?」
「そういえば、1回だけです。あとは命中率を上げる方に注力して体力を温存していました」
「そうだろう、こいつもそうだ。体力を温存している」
「となると、どういう戦術でくるまったくわかりませんね」
「まあ、こいつがどこまで伸びるかわからんが、八朔は八朔の最大限を出し尽くせ。それが結果となって現れるだけだ」
「はい、わかりました」
俺はすぐに生徒会役員部屋を出て自室のある7階に向け階段を上がっていた。
7階に上がると逍遥が俺の部屋の前に佇んでいるのが見えたので、俺は走って716の前にいる逍遥に声をかけた。
「どうしたの」
「君はワン・チャンホの動きみてきたんだろ、どうだった」
「今日は全然力出さずに体力温存してるって。相当自信があるんだな、って沢渡元会長が言ってた」
「やっぱりね」
「逍遥、知ってたの?」
「実物を見てたから」
「なら言ってくれればよかったのに」
「生徒会の連中が逸れに気付いただけでもいいかなと思ってさ」
俺はもう食事に行くばかりだったので、逍遥を誘って食事に出た。
「不穏だな」
逍遥のワンフレーズが俺を不安にさせる。
「試合中にくるかな」
「いや、ワン・チャンホを巻き込むことはしないだろうから、試合のあとだろう」
俺たちは食堂ではその話を一切せずに黙々と食べ続け、すぐに皿を空にして食堂を後にした。
「僕の部屋に行こう」
逍遥はそういうと、早足で715に向かい、俺を手招きして部屋に入れた。
直後に部屋のインターホンが鳴り、俺は不穏な空気に凄く驚いてしまい、ビクッと肩が動くほどだった。
「怖がらなくて大丈夫だ。君は僕や山桜さんが守るから」
「いや、自分でも・・・ところで、誰?インターホンの主」
「聖人と数馬」
「あの2人、すっかり意気投合したみたい」
「元々の考え方が反対だからね、無い物ねだりなんだよ、きっと」
「誰が無い物ねだりだって?」
部屋に入ってきた聖人さんが逍遥に睨みを利かせながら数馬をも招き入れる。
数馬はちょっと心配そうに俺の顔を見ていた。全然練習に顔を出していないから、そりゃ心配にもなるだろう。
「海斗、今日の公式練習はどうだった?」
「どっちも4分くらい。数馬、俺いつ頃から本気出して練習すればいいんだ?」
その話を聞いた逍遥が目を丸くした。
「おや、今日のは本気じゃなかったんだ」
「今日よりも練習では若干いい成績出せたから。やっぱりスピードも欲しいだろ」
「あれでもかなりな速さだったと思うけど」
「命中率重視だよ、今日のは」
「成長したねえ、君も。あとは魔法をどれだけ吸収できるか、それだけだ」
俺はげんなりとした顔を逍遥に向けた。
「魔法を吸収する前に中国に吸収されたらどうすんだよ」
「中国?」
「北京共和国だよ、元いたリアル世界じゃあの辺は中国っていうんだ」
聖人さんが俺たちの会話を制して間に割って入った。
「スパイの正体はわかったか、逍遥」
「だいたいはね」
え?逍遥わかってたの?
なんで今まで黙ってたんだよ。
まさか、俺をも騙してたわけ?
「いや、君を騙したわけじゃない。君が気付かなかっただけの話」
「俺が気付かなかった?」
「そう、サトルの話で君は気付くべきだったんだ」
「何を?」
「スパイの正体」
「へ?サトルには何も話してないし、何も出てきっこないじゃない」
「これだから君は・・・」
閉口した逍遥を聖人さんが揺さぶる。
「で、誰」
「八神絢人。1年魔法技術科の生徒さ」
?
??
逍遥、何言ってんだお前。
絢人がスパイ?
何を根拠に。
ありえねーだろ。
いくら気が合わないからって。
逍遥は大きく深呼吸して、俺の肩を何回も叩く。
「サトルから聞いた時、本当におかしいと思わなかったの?」
「何を?」
「沢渡元会長が絢人に仕事を与えない、って聞いたんだろ」
「うん。なんでそれがスパイに繋がんの」
「重要事項が詰まってる生徒会の中に怪しい奴がいたら、即刻辞めさせるか相手の正体見極めるだろ、普通」
「辞めさせてないじゃないか」
「正体を見極めてるんでしょうが」
「亜里沙も全然そんなこと言ってなかったよ。あいつら前に一緒に仕事したはずだけど」
「その頃はまだ純粋な紅薔薇の生徒だったんだよ」
「じゃあ、いつからスパイになったのさ」
「GPS。僕と絢人の相性がおかしくなって絢人は結局生徒会の書記になった。その時からだと思う」
「意味わかんないんだけど」
逍遥は頭を抱えて悩んでいる。どう話せば俺が納得するのか考えているらしい。
逍遥を押しのけ、今度は数馬が俺の前に座った。
「海斗、生徒会は結構重要な仕事も多いよね」
「だと思う」
「僕たちはただでいつもホテルに泊まってるように思うだろうけど、これ、全部生徒会が中心になって宿泊予約取ったり部屋番号決めたりしてるのわかるか?」
「そうか、言われて見ればそうだね、でも絢人のスパイ疑惑とそれは繋がらないんじゃない?」
「今、北京共和国では誰を狙ってると思う?」
「日本人」
「となると、このホテルはテロの現場になり得るわけだ」
「そうかも」
「八神絢人は、沢渡が情報を把握してから生徒会付にはなってるけど全部仕事を外された。これが意味するものは何だと思う?」
「わかんない」
「泳がせてるんだよ、きっと」
「泳がせてる?」
「そう、例えば、キムやワンと接触する瞬間を狙って式神で尾行してるはずだ。八神絢人は必ず接触する、北京共和国の人間と」
「なんでそんなこと断言できんの」
「あいつ、といったら失礼だけど、1回電話してるの聞いたことがあってね、綺麗な北京語を話していた。北京共和国に日本人は入れないはずなのに」
「たまたまじゃないの」
「たまたまで北京語の発音やイントネーションを完璧に話せる日本人はいないよ」
「向こうにいたとか」
「向こうにいたら捕まって死刑になってる。そういう国だから。だから僕も入国を諦めた」
「でも・・・」
「八神の八という数字は北京共和国や香港民主国では縁起がいいと言われてる。そういったところからも、彼は向こうに溶け込みやすかったんだと思う」
「八の付く名字なら魔法技術科に八雲駿皇だっているじゃない。俺だって八朔で八の字ついてる」
「君は皆に見張られてるからそういう役は無理。それはそうと、八雲?そんなやつ魔法技術科にいたっけ」
数馬が首を捻るのを受けて、脇から顔を出した逍遥がフォローする。
「僕も八雲の線は考えた。あいつのことだからより強い奴に阿る可能性は大ありだからね。だが奴は魔法W杯Gリーグ予選で無様な失態を晒した後、紅薔薇を辞めた」
今度は聖人さんが右手を上げて俺に向かって大きく振る。話させてくれとばかりに。
「その後北京共和国に関係したところに出入りしてないか足取りを追った。結果、八雲は北米に居を移しそこからアジア圏に移動してる様子もない。完全にシロだ」
「そうなの?」
「ああ、魔法部隊の情報だから精度は限りなく高いはずだ」
数馬は床に座り込んでる俺の膝に手を置いて、静かに話し出した。
「君、山桜さんの拷問の話聞いてビビってるだろ」
「ビビッてはいないけど・・・」
「あいつを泳がせてるのは山桜さんも承知してる。あとはいつ捕まえるか、キムやワンとの接触が掴めたらすぐにでも魔法部隊に引き渡すことになってるんだ」
絢人が疑われていることはなんとなく理解した。
でも、なんでそれを誰も俺に告げなかった?
「だって君、この件には関わりたくないって僕に言ったでしょうに」
あ・・・そうだった。
「だから君抜きで動く予定にしてたけど、事情が変わった」
「事情?」
「ワン・チャンホの登場さ」
「ワンが出てきて何が変わったっていうのさ」
「あいつが君を拉致る、あるいは攻撃する可能性が出てきた」
「俺の魔法力が弱いから?」
数馬は少し考えているようだったが、ふぅ、と小さく息を吐きだすと俺の目を見つめゆっくりとした口調で話し出した。
「君の潜在能力はとても高い。今回の新人戦でそれが全世界に高評されることになるだろう。絢人は最初から知ってたんだ。君の能力の高さと、魔法部隊にいる山桜さんや長谷部さんが君の後ろ盾についてることをね」
「そいえば3人は全日本で1年をサポートしたから互いに知ってても不思議じゃないけど、俺の潜在能力が高いってのは数馬の贔屓目じゃね?」
数馬はすっかり俺を無視して言いたいことを並べ立てる。
「だから。北京共和国としてはいの一番に君を確保したいんだよ。力の強いものは、捕まえるか、殺すかのどちらかなんだ」
「なんだ・・・やっぱり危ない目に巻き込まれるんだ、俺・・・」
「そういう星の下に生まれたらしいね」
聖人さんが真剣な顔で俺に迫る。
「とにかく、身の回りに十分気を付けろ。国立競技場では逍遥がSP役を担う。その他の場所では俺たち以外の人間とは絶対に接触するな」
「サトルや譲司は?」
「その時は逍遥を帯同させろ。あの2人には事情を説明できないから」
「サトルのお父さんは魔法部隊の人だよね、そっちから情報が漏れることはないのかな」
「向こう、魔法部隊のことな、向こうでもトップシークレットで知ってる隊員は少ない。サトルの父親が戦況を知ろうとも、少数精鋭部隊が鎮圧にあたることになってるから早々息子に知らせることはないだろう」
「いやあ、だからこそ息子に一大事を知らせて身を守らせると思うんだけど」
逍遥は、俺の考えに対しいとも簡単に言ってのける。
「サトルの心の中覗いてみたらわかるでしょ」
「また勝手に覗くのか」
「海斗。この中では君が一番透視力があるけど、なぜか君はサトルに気付かれやすいのもまた確かなんだよね。いいや、僕が透視してみよう」
しばらく逍遥は目を閉じ神経をかなり集中させているように見えた。30秒ほどが経過した頃、逍遥は「パスト」と消え入るような小さな声で呟いた。
どうやら過去透視を行っているらしい。サトルと父親の接点を探っているのだろう。
今度は2分ほど時間がかかっているが、その間に聖人さんが俺に説明してくれた。
「現在の魔法部隊では1個小隊約30名が守備することになっているが、敵襲の人数が多すぎて守備範囲を超えたとか想定外の事件が起こった場合は情報が下部に降りる手はずになってて、そうなると一個中隊200人程度、足りなきゃ1個大隊1000人程度が派遣されるだろう」
ちょうどその時逍遥の透視が終わった。
「ああ、疲れた」
「逍遥、過去透視そんなに疲れんの。俺が代われば良かったな」
「大丈夫。遠隔透視と過去透視を同時に行ったから。こりゃ体力消耗するわ」
遠隔透視と過去透視を同時に行えるなんて初めて知った。あとで教えてもらわなくちゃ。
無邪気だった俺は、遠隔魔法教えろ、なんてホームズに言ってしまったことがある。いくら知らなかったとはいえ、ホームズには申し訳ないことをした。
逍遥は一旦自分の部屋に戻ると自前のドリンクを持ってきて、ゴクンゴクンと飲み干し、やっと顔の汗を拭いた。すごい集中力だ。
「サトルの件、結論から行くと彼は騒動の全てを父親から説明されてる。ただ、黙っているようにとキツく言われたのもあるし、彼自身父親が苦手なことも手伝って、我々に話していないのが実情みたい。ま、戦闘になったらサトルの力を借りることになるだろうから、適切なオケージョンを待ちながらサトルに接触しよう。今はまだ早い。絢人に知られかねない」
その時聖人さんが何やら目を瞑った。10秒ほどの出来事だった。
「俺の式神が八神絢人とワン・チャンホの接触を感知した。この部屋テレビあるだろ。モニター代わりにそれに映すから」
俺は部屋の壁際にあるテレビの電源を入れた。少し慌てていたので、メインスイッチがどこにあるかわからない。あたふたと探していると、やっと脇に付いてるメインスイッチを見つけた。ポチッ、とスイッチに手をやる。
「テレビつけたよ」
「ありがとう、海斗」
そこに映し出されたのは、あの中性的な魅力を持つワン・チャンホと紅薔薇高校1年魔法技術科、八神絢人の姿だった。
最初は後姿からはじまり、徐々に式神は前方に回り込み2人の顔を映した。どちらも笑いながら北京語?で話しているらしい。口唇術は使えなかった。
ところが、ワン・チャンホが式神の存在に気付いたのか硬い表情に変わり絢人も同様に顔をヒクつかせていた。
と、ワンが式神に向けて右手を翳してくるのが見えた。
ザザーッとテレビ画面は砂嵐状態になり、2人の姿は次の瞬間モニターが付いた時には消えていた。
「確定だな」
聖人さんの一言に俺は反論する。
「でも、元々友人だって言われる可能性もあるんじゃないの」
「あそこに友人がいる奴は身柄を確保されるよ、国交樹立してない国なんだから」
「で、警察に突き出すの」
「いや、捕まえようと思ったけど、今のでバレたはずだ。もうこのホテルには帰ってこないだろう」
スパイの面が割れた。
仲間だとばかり思っていた八神絢人。
これで、北京共和国が日本上陸するための手引き役が発覚したことになる。
いつ、どこに現れる。
それが俺の部屋に集まる4人の一番知りたい事項には違いなかったが、数馬が急に立ち上がった。
「さ、僕らは試合に向けて準備していくしかない。海斗、逍遥、明日は市立アリーナに行くだろ」
「俺行く。逍遥は?魔法部隊で練習するんじゃないの」
「市立アリーナに行くよ、君のSPだもん」
数馬も頷き俺と逍遥を交互に見た。
「僕もサポーターとして君らに付いていくから。海斗は朝のジョギングサボらないように」
逍遥が立ち上がって聖人さんにちょっと懇願するような声を出した。
「聖人は?」
「引き続き情報収集に当たる。数馬、逍遥の方も見てやってくれ」
「了解」
聖人さんと数馬は、外を気にしながら廊下に出て自室に戻っていった。
逍遥が手に嵌めた時計の針はもう午後10時を指している。
「さて、僕らも寝ようか」
「ああ、俺隣に帰るわ」
「待って、海斗。君はやつらに拉致される可能性もある。僕が一緒に行くから、キャリーバッグに必要な物全部入れて僕の部屋にくると良い」
「狭いよ」
「じゃあ、生徒会にこっそり頼んでツインルームを宛がってもらおう」
俺たちはひとまず俺の部屋の荷物をすっかり片付け部屋を綺麗にしてから荷物を715の逍遥の部屋に運び込み、その足で6階の601の前まで早足で歩いた。
インターホンを押す逍遥。
中から応じたのは、やはり沢渡元会長だった。もうとっくの昔に消灯時間は過ぎていたが、沢渡元会長は優しく出迎えてくれて、直ぐに俺たちは601の応接セットに通された。
「どうした、こんな夜に」
結構もじもじくんの俺とは対照的な逍遥はズバリ核心から入っていく。
「沢渡会長、お願いがあって伺いました」
「なんだ」
「八神絢人はこちらに戻っていますか」
それを聞いた沢渡元会長は一瞬驚いてしかめっ面になったが、素直に首を左右に振った。
「八神に何かあったのか」
「いえ、緊急事態ゆえに、生徒会の方でツインルームをご準備いただけないでしょうか」
周りにいたサトルや譲司、鷹司さんも顔を上げた。
「緊急事態とは、もしかしたら八神に関係のあることか」
「申し訳ございません、そちらにつきましては即答いたしかねます」
この一言で、沢渡元会長は俺たちが話さんとしていることの内容を理解したらしい。
光里会長はいなかったが、沢渡元会長が譲司に命じ、フロントに掛け合って空いているツインルームを探してくれることになった。
空き室が見つかるまで結構時間がかかるかに思われた。
最初、空き室がないと言われたためだ。
それでも譲司は粘り、キャンセルの出た部屋をもチェックして欲しいとフロントに何回も頭を下げ、やっと一部屋、ツインルームが見つかった。
ただ、逍遥は新しく見つけた部屋に俺たちが泊まるとも何とも生徒会役員に告げていない。
7階は一括借り上げなのでキャンセルの手続きもないし、誰が入っても問題ないということになり、俺と逍遥はツインルームのある15階に移った。