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異世界にて、我、最強を目指す。  作者: たま ささみ
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世界選手権-世界選手権新人戦  第11章

数馬に遅れること10分。

 ようやく俺は市立アリーナの入り口に立っていた。

 息ができない程自分の力を使い果たしてダッシュしてきたので、もう立っていられない。

 床にペタンと腰を下ろした俺は、数馬を見上げて10分休憩させてくれと申し出た。

 数馬の目は鬼の教官よろしく吊り上っていたが、俺の様子を見て練習しても結果を残せないと踏んだのか、10分間の休憩を許してくれた。


 あ、足が・・・足がパンパン・・・。


 数馬は何やら真剣な顔をしてじっと前を見ている。何を考えているかは読み取れなかった。心の壁を高くしている。誰にも知られたくないことを考えているようだ。

俺はふらふらしつつも、それだけは理解した。


 持ち合わせていたドリンクを飲み干してもまだ喉が渇く。もう一本ドリンクが欲しい。

だが俺は今日財布を持ち合わせていなかったんで数馬に金を借りるしかない。そろそろと数馬に近づき下から数馬の目を覗き込んだ。


 最初俺に気付かなかった数馬は、口元をへの字に歪め目を細めて何か考え込んでいる。

 キムの顔を見てからだと思う、数馬の表情が変わったのは。

 旅先で因縁の対決でもあったのか?


 おいそれと声をかけることすらできず、俺はまだ喉の渇きを癒しきれずにもぞもぞしていた。

「海斗、なんでそんなにもぞもぞしてんの」

 おお、神よ。やっと数馬が俺に気付いてくれた。

「喉が渇いて。お金、貸してくれないかな。ドリンクが欲しいんだ。それ飲んだら練習始めるから」

「OK。いいよ、今日は僕のおごり。何でもいいから2本買ってきて」

「ありがとう、恩に着るよ」

 そう言いながら俺は数馬に背を向けてドリンクの自販機が置いてある廊下のつきあたりをゆっくりと歩きながら目指す。ちょうど自販機の前に着いたら、後ろから大声が聴こえた。

「炭酸は禁止!」

 はいはい。わかってます。

 とはいえ、実は俺、炭酸飲料大好き。

 エナジードリンク系の炭酸バージョン、たまんなく好き。これが数馬でなかったら約束反故にするとこだけど、金出してもらってそういう態度はいただけないなと。

 数馬の言うとおり炭酸系は避け、さして甘くもない色の付いた水飲料を2本買って数馬に投げた。

「よろしい」

 俺はもう、ぐびぐびと一気にその水を飲み喉を潤してから練習場へと入っていく。


 さ、練習開始。

 大きく息を吸い心臓の鼓動を鎮めながら、バングルを手に嵌める。

 足をちょうどいい幅に開き姿勢を正して右腕を上げる。

 ソフトの号令とともに、シュツ、シュツ、シュツ、と音を立て2秒単位の均一な時間を正確に刻んで、的に矢を放っていく。

 的の中央に矢が辺りすぐにまた的が現れる、その繰り返し。

 100本の矢を放ったところでバングルからの信号は出なくなり、的も消えた。


 今日の成績は・・・すげっ、3分50秒で100枚。

 体力的にきつかったのにこの数字を出せたのは進歩だ。

 本番では体力を温存した上で矢を放つから今日よりもタイムが良くなるはずで、俺は思わず「よっしゃ―」と叫んでガッツポーズしていた。

「海斗、お見事」

「今日のは嬉しいわ、4分切ったし」

「でも、本番でガッツポーズはよしてくれよ」

「なんで」

「自分の力を鼓舞するため」

「鼓舞するからガッツポーズが出るんだろ」

「違うね、ガッツポーズは出したことがない記録が出ると嬉しくてついやりがちだけど、自分の力はまだまだこんなもんじゃない、っていう風に見せないと」

「相手になめられないように?」

「そう。君、逍遥(しょうよう)がガッツポーズしてんの見たこと無いだろ」

「ない」

「そういうこと」


 なるほど、一理あるわな。

 ここでガッツポーズしてんのは良いけど、実際の試合では自分を大きく見せるための方策が必要ってことか。

 でもなー。

策士策に溺れるじゃないけど、あんまり考え過ぎるのもどうかなとは思う。

 ま、ギャラリーが唸るような射的をすれば、おのずと成績も付いてくるってことだよ。

 その時は遠慮なくガッツポーズさせてもらうから。


 その日はそれが最高で、あとは4分台から5分台の演武しかできなかった。

 走りすぎて身体がガタガタになってたんだと思う。

 さすがに数馬もそこは反省したようで、これからは俺のペースで走っていいと言われた。


 市立アリーナから寮への帰り道は、速めのウォーキングで家路を急ぐことにした。

 数馬は走りたがっていたけど、俺にもう体力は残っていない。

 明日は世界選手権の試合がないので丸1日練習できるし、俺としては体力をこれ以上使いたくない。明日に残しておきたい。いや、残す体力すら今はない。

 

 広めの歩道を俺と数馬は並んで歩きながら、また読心術で会話していた。

「数馬―。ホームズの予知のことだけど」

「ああ」

「何かしらの理由があって争いになるわけだよな」

「そうだろうね」

「その理由ってなんだろう、でもって、相手は誰なんだろう。協力しあえってホームズが予知するくらいだから、大人数での争いに発展するんだよね」

「そうだろうね」

「数馬、何か俺に隠してない?」

「何が?」

「予選ラウンドの最後のゲーム見てから途端に口数少なくなってるよ」

「そうかな」

「顔も渋いし」

「たまにそんなこともあるさ」

「何か怪しい。ところで、北京共和国ってリアル世界には無いんだけど、こっちではどういう国なの」

「大陸を飲みこみ強大になってる国、とでもいうべきかな」

「戦争で?」

「そうだね、朝鮮国も飲みこまれたし、今はロシアや西の方に向けて国土を拡大しようとしてるらしい」

「そういう国から世界選手権に選手派遣してくるんだ」

「僕の疑問はそこにあるんだ。あそこは今まで一切魔法大会に人を派遣したことがない」

「そうなの?何で今年は派遣したんだろ」

「キムが今回の世界選手権に出たのが不思議でね、ずっと考えてたんだけど」

「けど?」

「答えが出ない」

 数馬は珍しく、長い溜息を吐いた。

「ただし、小耳にいれたことがあるんだ。北京共和国では強力な魔法師訓練を行っているって」

「そうなの?」

「ああ、それが本当なら、こんな世界選手権どころじゃない魔法師がゴロゴロしてるはず」

「高校生のクラスでも?」

「そうだろうね、魔法軍隊においてはかなり強力だと聞いたから」

「数馬は色々旅して歩いたんだろ、北京共和国に行ったこと無いの?」

「入れなかったんだ。で、香港民主国に行き先を変更した」

「キム選手のことはどこで聞いたの」

「香港民主国にいるとき、噂を聞いた。北京共和国の未来のホープだ、って」

「それは魔法、という意味で?」

「そう」

 また数馬は顔を歪めた。噂を聞いたというより、一戦交えて勝敗決着しませんでした、みたいな顔をしている。

「数馬、もしかしてキム選手と・・・」

「ん?まあ、そうだね」

「数馬とやって勝敗つかないの?じゃあすごい手練れだよ!」

「手練れというか何というか・・・。顔覚えてる?」

「記憶の箱に仕舞い込んだ。いつでも思い出せる。今は疲れて忘れたけど」

「おいおい、頼りないな。あいつの顔は絶対忘れるな」

「了解。腹減った」

 数馬が目を剥いて怒りだす。怒った顔もイケメンだけど、数馬は怖い。

「ホントにわかってんのか?あいつは危険人物なんだぞ」

「数馬と勝負付かない段階で敵となれば相当な危険人物だってわかるよ」

「ならいい。決勝ラウンドが終わってもこっちにいるようなら、何かしらあるとみるべきかと思ってるよ、僕は」

「数馬、お願いがあるんだ」

「何?」

「ホームズには一切黙っててほしいんだ。ホームズ、キムのこと知ったらまた遠隔透視とか予知とか魔法使いそうで。このままだと、桜観ずに逝ってしまうかもしれない」

「そんなに弱ったのか」

「うん。自分では大丈夫だっていうんだけど、全然」

「俺が追い掛け回した功罪は決して小さくなかったか」

「別にホームズは気にしちゃいないと思う。魔法は使ってナンボだ、って言ってるから」

「わかった。もし会うことがあっても、魔法を使わせたりはしない。約束するよ」

「ありがとう、数馬」


 そんな会話をしているうちに、魔法科寮が見えてきた。

 数馬が自転車を駐輪させていたので一緒に駐輪場に行き、自転車のロックを外してから公道へと自転車を引きながら歩く。

 最後まで緊張感を隠さない数馬にこれ以上の心配をかけないようにと、俺はガッツポーズで数馬を見送った。


 北京共和国。

 夢に出てきた、あの国。

 夢の中では日本近海のレア・アースを横取りしようとして、日本と戦闘状態に入ったと記憶してる。

日本海周辺に俺たちがバラバラに配置されていたのが鮮明に思い出される。


 いずれ、理由がなんであれ、北京共和国は俺たちの平和に影を(もたら)す存在になるのかもしれない。


 キム・ボーファン。

侮ってはいけない相手だ。

決勝ラウンドが終わってからも日本に滞在し続けるというなら、何かしら危険信号だと数馬は思ってる。

俺も段々と気になってきたし顔も思い出した。あの細く長い目。何を考えているか飄々としていてわからない口元。

全てが怪しいと言えば怪しく思えてくる。

決勝ラウンドでの戦い方を見れば、またキムに対するイメージが固まってくるかもしれない、そう思った。



 魔法科寮に戻ると、俺はシューズクローゼットに靴を乱雑に押し込み、足早に部屋へと戻った。

 聖人(まさと)さんが、猫ベッドに丸くなっているホームズの横でマットレスに毛布だけ掛けて寝ていた。

 また抜き足差し足でそこを通りすぎようとしたら、誰かが俺の左足首をむぎゅ、と掴んだ。

 だ、誰―。止めて―。

「俺に決まってんじゃん」

 聖人(まさと)さんが毛布を退()けて起き上がった。

「お帰り、海斗」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

「いや、お前の帰り待ってたんだ」

「そうなの?ホームズ、今日はどうだった?」

「寝てばかりでペースト状の飯もほとんど食ってねえ」

「大丈夫かな、病院連れて行った方がいいかな」

「こないだも治療できない、って言われたんだろ。飯食わないことには体力だって消耗するし」

「ホームズ・・・」


 するとホームズがベッドからヨタヨタと起き上がり、小さな声で「ニャニャ」と鳴いた。

 俺は新しく買ったペースト状のご飯を皿に移し、ベッド脇の食器置き場に据えた。水と一緒に。

 ホームズは最初匂いをクンクン嗅いでいたが、食べようとはしなかった。

 不味いのかな。でも、一口でも食べてもらわないと。俺は自分の机に置いてあるスプーンでご飯をすくい、ホームズの口元まで持っていった。

 ホームズはなおも匂いを嗅いでいたが、コクンと頷くとスプーンからご飯を食べ始めた。

 

 もう、俺はそれだけで涙が出てきてスプーンが空になるとまたご飯をいれ、ホームズの口元に運ぶ。それを何回か繰り返し、1本のペースト状ご飯をほとんど食べ終わった。

ご機嫌な声を出すホームズ。

聖人(まさと)さんも、明日からその方式で最低朝晩はご飯を食べさせると約束してくれた。

 水をがぶがぶ飲み、口の周りを自分で器用に拭うと、ホームズはまた専用猫ベッドに丸くなった。

 

 聖人(まさと)さんが後ろから俺の背中に文字を書く。うひゃひゃ。こそばゆくて身体を捩って笑ってると、後ろから囁かれた。

「俺の部屋に来い。ヒーターは火力弱めればそのままでいい」

「大丈夫かな、火事とか」

「心配ないって、近くに何も置かなきゃ大丈夫だ」


 俺は聖人(まさと)さんに急き立てられるように立ち上がった。ホームズの寝顔をもう一度チェックしてから自分の部屋を出て、隣の部屋のドアを叩く。

「おう、入れ」

 聖人(まさと)さん、すごく顔色が悪い。真っ青と言っても過言では無いくらい。

「どうしたの、ホームズのこと?」

 俺の目下の心配事はホームズの病状だけだ。

「いや、違う」

「じゃ、何かあったの」

「魔法部隊から情報を得た」

 聖人(まさと)さんは、小声になって俺に顔を前に出せと言う。

 言われた通りに身体ごと前に出し、顔を近づけた。


「北京共和国だ」

「え」

「あの国に怪しい動きがあるそうだ」

聖人(まさと)さん、今日の予選ラウンド透視した?」

「いや」

「キム・ボーファンて選手が出てて。光里(みさと)会長以上の魔法力で決勝ラウンドへ進んだんだ。数馬は、やつは危険人物だ、って」

「俺も魔法部隊にいるとき噂は聞いたことがあるな。神童、キム・ボーファン。北京共和国の未来のホープ、ってな」

「数馬、こうも言ってた。決勝ラウンド終わっても帰らないようなら何かある、って」


 聖人(まさと)さんは一旦俺から離れて立ち上がった。何か考えているように見えたがもしかしたら魔法部隊に現状を報告しているのかもしれない。

 新しい報告事項があるとすれば、キム・ボーファンの来日。


 しばらく後ろを向いたままで俺にはその表情を窺い知ることはできなかったが、また俺の方に向き直った聖人(まさと)さんは、いくらか顔に色が戻っていた。

「みんなに知れるのも時間の問題とは思うけど。お前の口や心から流出することだけは避けてくれ」

 そういって、数馬が俺にしたように右掌を広げ俺の左胸に翳した。ホント、何も変わりがないから魔法を受けた気がしない。「フォース」って念じてるんだろうな。

「俺が何やってっか聞かないんだな」

「数馬が国立競技場で俺にしたのと同じだから。「フォース」でしょー」

「そうか、聞いたのか。じゃあ話を進める。北京共和国はどうやら日本政府に対してちょっかい出してるらしい。何かと引き換えに、魔法力の高い魔法師を寄越せと言ってきたんだそうだ。政府ではもちろん断ったようだがな」

「S級魔法師いなくなったらすぐにどっかの国に併合されるよね」

「そうだ。そういった施策を政府は採る気もない。ところが、だ。反対に魔法力の高い魔法師を全滅させればどうなる?」

「やっぱりどっかの国に併合される」

「狙いはそこなんだよ。日本を併合する気でいるのさ」

「えっ??」

「日本という国そのものを欲しているんだ、北京共和国は。日本は気候もいいし勤勉な国民が大多数だ。そのために、力のある若手と魔法部隊を潰すだろう、やつらは」

 俺は絶句したまま言葉が出てこなかった。

 国を併合?

 20世紀の戦争を繰り返す気か。

 いや、朝鮮国も併合されたと聞く。今は西方の国々やロシアに手を出しているとか。やはり、そう考えれば本気で潰しにかかってくることも十分に予想される。


 聖人(まさと)さんがもう一度俺にくぎを刺す。

「いいか、お前の口からは誰にもいうな。お前は只でさえ目立つ存在なんだから」

「う、うん。了解」


 自分の部屋に戻った俺は、まずホームズに近づいた。

 「ニャー」と小さな声の寝言が聴こえる。

 また夢見てんだな。今日は誰の夢に渡ってるんだろう。

 猫が夢渡るなんて信じられないけど、もし本当なら、体力は大丈夫なんだろうか。


「長生きしろよ、ホームズ」



 翌日はいつもどおりの練習メニューを熟し、夕方寮に戻った。

 聖人(まさと)さんは出掛けているのか、俺の部屋にはホームズだけがいた。一応ガスヒーターを消して、その代り毛布を2重にかけてホームズを温めていってくれたらしい。

 俺は直ぐにガスヒーターのスイッチを入れた。一気に部屋が暖かくなる。

 ホームズは俺が帰っても起きようとはしなかった。

 ご飯を食べた様子もない。

 もし目を覚ましたら、またスプーンでご飯を食べさせよう。

 そう考えていた矢先のことだった。


「海斗、聴こえる?」

 数馬からの離話だった。

「どうしたの、数馬」

「香港経由で情報が入った。多分聖人(まさと)からも情報入ってると思うけど、北京共和国は日本を併合するつもりでいる」

 俺は誰にも話すなという聖人(まさと)さんとの約束があったので一瞬躊躇したんだが、数馬に嘘は効かない。

「昨夜聞いた」

「そこで僕は仮説を立てた。キムは世界選手権の決勝ラウンド以降も何食わぬ顔でこちらに残るだろう。自国の魔法軍隊を手引きする役目さ」

「でも、日本のこと詳しくないと手引きできないんじゃないの」

「そう。手引きできるほどあいつは日本に詳しくない。となれば」

「となれば?」

「海斗、前にスパイの話はしたことあったよね」

「聞いた」

「僕の得た情報では、紅薔薇にもスパイがいるらしい」

「えっ!!」

 驚いたなんて言う生半可な感情ではない。併合の危機にある日本に対する逆賊じゃないか。それがなんと、紅薔薇にもいる?本当なのか?

「数馬、名前判るの、スパイの」

「いや、情報源でもそれはわからないらしい」

「情報源?」

「色々あるんだよ、世界を股にかけて旅して歩いたのは伊達じゃない」


 それ以上、数馬は語ろうとしなかった。

 数馬からの情報は引き出せそうにないし、俺としては聖人(まさと)さんとの約束も破りたくない。

「俺、関わるとろくなこと無さそうだから新人戦終わるまで静観してていい?」

「君は殺されかけることが多かったからなあ、まずは新人戦優勝を目標に頑張れ」

「頑張れ、って、数馬は練習にこないの?」

「時間の許す限り行くよ」

「げっ、じゃあ時間無かったら来ないんだ」

「国の危機とあってはねえ」

「了解、ただ、朝の走り込みだけは付き合ってくれよ」

「わかった。じゃ、明日の朝。7時に迎えに行くから」


 わーっと1人で話すだけ話して、数馬からの離話は途絶えた。


 俺としては、数馬に言ったとおりこの件に関しては新人戦が終わるまで関わりたくないのが本音だった。

 なんでか知らないけど、俺が標的になりやすいのは周知の事実だ。

 魔法力もそんなにないまま首突っこんだら、恰好のエサになるのは目に見えてる。そしたら皆に迷惑がかかるのはわかりきったことだ。


 だから、知りたいけど知りたくない。

 関わりたいけど関わりたくない。

 魔法力つけるまでは、我慢我慢。


 

◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 数馬とはそれ以来、朝のジョギングでしか顔を合わせていない。

 もちろん、日本併合の野望を持つ北京共和国のことも一切聞いていないし、向こうも殊更話そうとはしなかった。

 数馬はジョギングが終わるとどこかに姿を消してしまい、俺はまた一人で練習する羽目に陥るのかと溜息が出てくる。

 誰かが近くにいた方が練習の甲斐があるんだよねえ。

 これもまた、俺の我儘なんだろうか。


 さて、今日は3月8日。

世界選手権の決勝ラウンド第1日目。

 種目は『プレースリジット』。

 

 号砲とともに20名の選手と100体のファシスネーターが国立競技場の周辺施設を舞台に逃走追撃を始めた。

競技時間は30分。

それでも勝者が決しない場合は、15分ごとの延長戦となりまた100体のファシスネーターが出てきて逃走追撃が再開される。

選手が1名残った時点で優勝が決まるというルールだそうで、準優勝はない。かなり体力を使う試合になりそうだ。


その中でも、沢渡元会長は容赦のない追撃をかわしながら、自身も反撃の手を緩めることなく選手たちやファシスネーターを倒していく。

 俺は競技場内にある特大モニターでその様子を見てたのだが、その中でキムの顔を見つけた。これまた手際の良い攻撃でファシスネーターを何体も倒している。

ただ、優勝に興味がないのか、選手たちを見つけてもさっと隠れてしまい専ら魔法攻撃の対象はファシスネーターのように見受けられた。

 なぜ?

 普通なら優勝目指してここにいるわけで、ファシスネーターをやり過ごして選手を狙う輩の方が断然多いのに。

 目立ちたくないのか?

 それにしては手際が良すぎる。

 まるで、選手の顔を覚えていく準備か何かのように俺には見て取れた。

 この20名だって、明後日3月10日に開催される『エリミネイトオーラ』に出られない選手はそそくさと自国に帰るかもしれないじゃないか。


 いや、たぶん、キムにとっては日本人だけが重要な敵ではない、ということなんだ。

いつの日か暗殺対象にすべき相手の顔をこの『プレースリジット』で覚えること、そして強力な魔法の実戦練習とでもいうべき「マージ」の発射。それだけがキムの目的ではないのか。

そう考えれば、一切人間を倒そうとしないキムの戦術も理解できる。

 俺のように考えている人はギャラリーの中にはほとんどいないのだろうが。


 ん?

 ギャラリーの中に数馬がいた。

 また目を細めてモニターを凝視している。キムが映ると尚更目を細め口元がへの字になっている。

 キムの目的を悟っているんだろう、数馬も。


 ホープ、期待の星。

 なるほどね、こういう戦法でくるとは思いもよらなかった。

 優勝から遠ざかってもいいから「マージ」だけを発射している選手なんて1人もいない。

ある意味かなりヤバイやつだ。

 

 と。

 光里(みさと)会長がキムと平行に走ってる。どちらかが気付けば撃ち合いになるかもしれない。

 ところがキムはまた隠れた。

 ここで「マージ」を使えば大会憲章に反したとして強制送還されるはず。そうなったら侵略戦争で手引きをする人間がいなくなる。

 やはりそこは避けたいのだ。

 俺はその戦法を見切ったけど、数馬はどうなんだろ。数馬だもん、気が付いてるよな。


 俺は沢渡元会長や光里(みさと)会長よりもキムの姿を追い続けていた。

 別の角度から撮っている何種類かのモニターと特大モニターで色々な場所を映しているので、沢渡元会長や光里(みさと)会長も応援することはできるのだが、やはり数馬のいうことを思い返してみると、どうしてもキムに目がいってしまう。

 もう、時間は30分を経過しようとしていた。


 一旦号砲が2回鳴った。

 これまで残った5名の選手の皆は一旦立ち止まり、汗を拭きながら休んでいた。

 ファシスネーターは消えた。


 15分の延長戦がもうすぐ始まる。

 残っていた選手は、沢渡元会長に光里(みさと)会長、キム、ドイツのヨーゼフ、スペインのラファエル。

 

 延長戦開始の号砲が一回鳴り、また選手たちは走り出した。ファシスネーターも競技場の入り口から選手たちを追って走り出す。

 沢渡元会長は逃げる方に戦術を変えて、誰からも見つからないようビルとビルの間をうまく使って隠れている。


 光里(みさと)会長がビルの角から出過ぎてしまいファシスネーターに見つかった。必死に逃げる光里(みさと)会長だったが、脚力はファシスネーターに敵わない。

30分走り通しの人間に比べファシスネーターは新たに配置されたもので疲れを知らない。50m5,0秒で近づくと聞いた。

 あ、見つかった。「バルス」の魔法が解き放たれ、光里(みさと)会長はファシスネーターの餌食になった。残念!

 

 その後は4人の人間がファシスネーターから逃げ惑っている形式に見えたが、キムは先程と変わりない戦法で人間を撃とうとはしない。

 ドイツのヨーゼフ、スペインのラファエルは続けざまに沢渡元会長と相対して「バルス」魔法の前に膝を折って気絶した。

 あとは、キムだけが残っている。

 キムは戦法を変えようとはしない。

 沢渡元会長も、キムよりファシスネーターを倒すことにプレイバックし遠くからでも確実な一発を放ちギャラリーをどよめかせていた。


 100体のファシスネーターは、いなくなった。

 制限時間まで、あと2分。


 また延長戦になるのかと皆が思った時だった。

 キムが沢渡元会長の前に躍り出た。

「バルス」魔法を使って射撃すると皆が思っていた。


 だが、キムが使ったのは「マージ」魔法だった。間違えた、という言い訳を考えてのことだったはずで、ギャラリーからは激しいブーイングも巻き起こった。

 誰もが、沢渡元会長が凶弾に倒れると目を覆った時、沢渡元会長は一瞬にしてショットガンを持った左右の手で拳を作るとクロスして胸部分に当てた。

 そしてカウンターアタックで「バルス」魔法をキムに当て、キムはよろよろとその場に倒れ込んだ。

 

 その瞬間号砲が2回鳴り、ギャラリーは総立ちになった。誰もがキムの危険魔法に苛立ちを隠さなかったし、防御魔法からカウンターを仕掛けた沢渡元会長の雄姿に大きな歓声が上がった。


 優勝、沢渡剛、日本。



 やった!

 キムの攻撃をあれだけの速さで凌ぐなんて、やはり沢渡元会長は凄い。強い。

 その後国立競技場メイングラウンドに姿を現した沢渡元会長は、疲れも感じさせない足取りで表彰式に臨み、大会事務局から授与された優勝トロフィーを高々と宙に揚げた。

 大会開催国の学生が優勝したこともあり、ギャラリーは割れんばかりの拍手で沢渡元会長を迎えた。


 俺もキムのことは頭の片隅に押し込めて沢渡元会長の優勝を祝った。

 これで沢渡元会長が明後日の『エリミネイトオーラ』で優勝すれば、総合優勝のトロフィーを手にすることができる。

 

 誰もがそう信じていたに違いない。


 ただ、俺はキムが『エリミネイトオーラ』で何をしてくるかわからないという不安な気持ちも手伝って、周囲ほど喜びに浸ることはできなかった。

 まさか、本当のオーラを攻撃したりしないよな。

 キムの今日の魔法を見ると、充分に有り得る話だ。相手は日本の若手。潰すには絶好の機会だ。


 沢渡元会長に北京共和国の情報は入っているのだろうか。

 魔法部隊がホームズの予知を耳に入れたとすれば、大会事務局から紅薔薇や白薔薇、黄薔薇の各校に現状や今後の動向が示されないとも限らないが、そこまで話が広まればパニックになる恐れだってある。

 俺から沢渡元会長に話すことはできないけど、せめて亜里沙や《とおる》から話が通っていればいいのだが。


 俺はギャラリー席を立ち、競技場入り口へと向かった。

 まだ興奮冷めやらぬ競技場内は熱くなっていた。

 本当は使用不可の鳴り物がドンドン音を立てている。


八朔(ほずみ)、聴こえるか」

 離話が飛んできた。誰だ?

 俺を八朔(ほずみ)、と呼ぶ人間は少ない。

 離話の相手は沢渡元会長だった。

「おめでとうございます、沢渡会長」

「ありがとう」

「最後、大変でしたね」

「あの攻撃は予測していた」

「そうだったんですか」

「お前の耳にも入っているだろう、情報の一辺が。俺と光里(みさと)は『エリミネイトオーラ』でも狙われるだろう」

「大丈夫なんですか」

「防御魔法や浄化魔法で乗り切るしかない。鏡魔法も使えない試合だからな」


 情報の一辺、か。

 やはりもう情報は筒抜けというわけか。

 スパイの存在も知っているんだろうか。

「ああ、そういう情報も入っている。本来なら新人戦が始まる前に片付けておきたい案件だが、新人戦の練習のために横浜入りしている選手もいる。世界的なイベントなので成功させたいというのが大会事務局の本音なのだ」

「本音、ですか。併合とどっち大事なんですかね」

「本当にな。だが、我々しか知らない事実を広める訳にはいかない」

「あの・・・どこまで広まっているんですか」

聖人(まさと)さんと大前(おおさき)、俺とお前と光里(みさと)だけだ」

逍遥(しょうよう)も知らないんですか」

「いや、山桜さんや長谷部さん、四月一日(わたぬき)は魔法部隊経由で情報を得ているだろう」

「サトルは?」

「生徒会の者には知らせていない。スパイが誰かわからない限りは知らせることはできない」

「そうですね」

「お前も大変だろうが、新人戦に向けて魔法を学問と定義づけ研鑽を積んでくれ」

「承知しました」


 沢渡元会長からの離話は切れた。

 そうか、今知っているのは8人。いずれも紅薔薇最強の7人と俺。争いが起きる頃にはサトルや譲司も味方に入るだろうからもっと人数は増えるだろうが。

 そんな若干名で向こうからの攻撃をかわせるのか?それに、場所はどこで?俺の夢が正しければ、迎え撃つ場所は日本海なのだが。

 やはり、各国のエキスパートに残ってもらって加勢してもらうことになるんだろうか。

 各国との情報連携は取れているのか?


 俺も試合前の練習だというのに、今日は全然身が入らなかった。

 いかん。

 争いに身を投じるわけでもない俺がどうしてそこまで気にする必要がある。

 今はとにかく新人戦で優勝することを目標に練習に励むだけだ。

 しかし、その日の『デュークアーチェリー』の練習は、よくて5分台の成績に留まった。

 切り替えて、もっと高みに上らなければ。

 だが次の日丸一日の練習でも、『バルトガンショット』も『デュークアーチェリー』も5分台の壁を破ることは叶わなかった。


 何か気分転換が必要だ。

 このままでは、「5分台」が俺の中で固定化してしまう。


 本当はやるべきではなかったのだが、俺は市立アリーナで防御魔法とカタルシス魔法を練習していた。

 そして寮に帰ると逍遥(しょうよう)のドアをノックした。

 疲れたような顔をしながら逍遥(しょうよう)が出てくる。どうしたんだ、逍遥(しょうよう)

「久しぶりだね、海斗」

逍遥(しょうよう)、鏡魔法教えて」

「反射魔法なんて新人戦に関係ないじゃない」

「どうしても今知っておきたいんだ」

「鏡魔法は、反射魔法とかクラシス魔法とも呼ばれている。心の中で「クラシス」と念じて両手をクロスさせたまま前につき出す。ショットガンを持った手でもできるからやり易い」

「カタルシス魔法は?」

「一度手を広げなくちゃいけないからショットガンを持ってるとやりにくいかも。元々争ってるとこを引き離す魔法でもあるし。浄化魔法なら、「カタルシス」と念じて両手を左右の胸に当てるだけだから、ショットガン持っててもできるしその方が早いね」

「ありがとう」

「どの魔法も、上達すると念じて左右の手を使うだけで効力が発生するよ。新人戦が終わってからトライしてみるといい」

「それじゃ間に合わないよ」

 逍遥(しょうよう)は急に真面目な顔になった。

「今の状況を知ってるなら尚更だ。外では絶対に練習しないように。ホームズの前でもだ。心配して予知しないとも限らないんだから」

「俺も魔法部隊に入れればなあ。練習場とかあるんだろ?」

「あるけど一般人は入れない。還元では入れるけど、今時季入ったら情報が漏れてるって誰かが処分されかねない」

「そうか、それはダメだな。君の部屋で練習してもいい?」

「その前にホームズの様子見ておいでよ。かなり弱ってんだろ」

「わかった・・・」


 俺は自分の部屋に戻り、ホームズの顔を見ていた。

 痩せて、こんなにやつれて。

 それでも俺が近づくと、今日は頭を上げた。

「ニャ?」

 そんなホームズを抱っこした。軽い、前よりも。

 俺は不甲斐ない気持ちで一杯だった。

「ご飯食べたか?食べよう」

 今日もスプーンにペースト状の猫ご飯をすくって食べさせる。

 今日は袋の8分目くらいしか食べられず、水を少し飲んで食事は終わった。


 動物病院併設のペットホテルではちゃんと食べさせてもらえるんだろうか。

 それが心配だった。

 やはりギリギリまで・・・とも思ったが、こんな寒い部屋に朝と夜だけの食事では身体も持たないだろう。

 聖人(まさと)さんも新人戦になればホテルに泊まり込だし。

 ペットホテルにお願いして、小分けに何回か食べさせてもらえるようお願いしてみよう。お金がかかったとしてもカンパしてもらった金額で済むはずだ。


 もう、魔法の練習どころじゃなくホームズの身体が心配になって、俺はその日もマットレスの上に毛布と布団をかけて、ホームズの脇で静かに眠りについた。


 

 翌日、3月10日。

 空は快晴、風もない。

 少し空気が冷たく感じるけど、絶好の競技日和だ。


 数馬と朝に寮の前で待ち合わせて、国立競技場まで30分かけてゆっくりと走った。

 競技場に着くと、数馬は俺に手を振って走りだしみるみるうちに競技場から遠ざかっていった。


 今日は『エリミネイトオーラ』決勝ラウンド。

 出場選手は10名。

沢渡元会長、光里(みさと)会長、キム。俺の知っている選手は3人だけだったけど、他の7名もみな予選ラウンドの各ゲームを勝ち抜いてきた猛者ばかりだ。

 今日は一体どんなドラマが待ち受けているんだろう。

 俺はとてもワクワクしながら特大モニターが良く見えるギャラリー席を見つけて1人、座った。

 今日もギャラリー席は早くから席の取り合いとなっている。先日の『プレースリジット』の時のように数馬がどこかにいないか探したが、人が多すぎて見つからなかった。


 午前9時。

 バン!と号砲が辺りに響き渡る。

 さ、試合が始まった。


 沢渡元会長は予選ラウンド同様に、上からものすごいスピードで降りていく戦術でオーラを正確に撃ち抜き、5分も経っていないというのに、あれよあれよという間に選手は5名に減った。まだ光里(みさと)会長やキムは脱落することなく空を舞っていた。


 光里(みさと)会長は予選ラウンドこそ沢渡元会長の戦術と違った戦い方をしていたが、今日はポテンシャルの高い選手ばかりですぐに後ろを取られるリスクを避けたのか、沢渡元会長同様に上空高く舞い上がり、MAXのスピードで急降下していく戦法を採っていた。


 俺が見る限りキムは後手後手に回っている印象が否めなかったが、なぜかオーラを撃ち抜かれることなく今も残っている。

 キムらしき人物をよく見ると、瞬間移動魔法を使っているような気がした。それも、微々たる距離で周囲にはわからないように。後ろを取ろうとする選手から寸でのところで逃げている。他の選手を自分から倒しに行こうとはしていないように思えた。

 なぜ?

 もしかしたらターゲットを絞っていて、また卑怯な方法を使うつもりでは?

 

 俺はモニターに映るキムの顔を凝視していた。

 その間にも沢渡元会長が1名、光里(みさと)会長が1名のオーラを撃ち抜いて空の彼方に残ったのは、沢渡元会長、光里(みさと)会長、キムの3名になった。


 問題はここからだ。

 もしキムが狡猾な方法で日本人のどちらか、あるいは両方を魔法使用不可能にする計画があるとしたら、ターゲットは沢渡元会長、光里(みさと)会長になる可能性が非常に高い。

 一昨日の『プレースリジット』で見せたように、間違えたふりをして本物のオーラを強い魔法で攻撃するつもりかもしれない。

 

 数馬じゃないけど、俺の口元は渋くなりへの字型に曲がってきた。目を細めてグラウンドを見ずにはいられない。


 残った3人は三つ巴の様相を呈して飛行魔法を自在に操り攻撃の瞬間を見極めているように見えた。

 残り時間、3分。

 トライアングルラインに変化が起きた。

 体力があるはずの光里(みさと)会長。

しかし上空から滑り落ちる際の運動量はそりゃもう半端なく身体に重圧をかけるらしく、運動量が少しずつ減ってきているのがわかった。

 

 沢渡元会長はキムを徹底してマークしている。一昨日の一件で日本人に被害を与えようとしていることがある意味証明されたことも手伝ってなのか、光里(みさと)会長には見向きもせずにキムのオーラを狙っている。

 片やキムは、2人の日本人のうち力のある沢渡元会長を本気で潰しにかかってきているのではないかと疑われるような行為が目立ってきた。

 そう、ショットガンの命中先が頭上のオーラではなくもっと下の本物のオーラに近づいていた。

 

 ギャラリーから鳴り物も含めて強烈なブーイングの嵐が巻き起こる。

 中には名指しで「キム、引っ込め!」「消えろ、キム!」と騒ぎ出す連中までいて、競技場内は野次と怒号につつまれた。

 

 そんな中でも沢渡元会長は冷静だった。

キムに追いかけられても縦横無礙であるかのように飛行魔法を駆使してキムの後ろに回り込もうとしている。

キムと沢渡元会長の底力の差がラスト1分で如実に表れた。

沢渡元会長はキムの攻勢を振り切り一旦上空に飛び上がったかと思うと、下を向き間髪入れずにキムに向けてショットガンをぶっ放した。

両者の距離はかなり遠く離れていたので、誰もがショットガンでの攻撃を「撃ち損じ」と思ったことだろう。


ところが、キムの反応が一瞬遅れた。

体力の差、精神力の差、魔法力の差。

キムは未来のホープと呼ばれ自分が一番であると舞い上がっていた部分もあるのだろう。沢渡元会長が放った一撃をかわすことができずにキムのオーラは弾け飛び、キムはそのまま地上に真っ逆さまに落ちていった。


バン!ババン!

30分経過したことを知らせる号笛が競技場内を包む。

残ったのは沢渡元会長と光里(みさと)会長。

休む間もなく15分間の延長戦が始まる。

だが光里(みさと)会長が体力的にへばっているのは誰の目から見ても明らかだった。

光里(みさと)会長は3分も経過しないうちに沢渡元会長に背中を捕られショットガンを突き付けられた。光里(みさと)会長の頭上のオーラを撃つことなく、2人はゆっくりと地上に舞い降りた。

その瞬間に、また号笛が鳴り響いた。

競技場内全体が割れんばかりの拍手と喝采に沸く。


こうして『エリミネイトオーラ』の決勝ラウンドは沢渡元会長の優勝で幕を閉じ、沢渡元会長は『プレースリジット』と合わせ総合優勝を勝ち取った。


俺も最後の方は興奮して、自分でも何を言ってるかわかんない言葉で応援していた。

さすが沢渡元会長。

世界ナンバー1高校生の称号を授与されたことになる。

キムは2種目すべてで沢渡元会長に負けたことが悔しそうではあったが、それを隠すかのように口元に不気味な笑みを浮かべ、沢渡元会長に近づき握手を求めていた。


俺はその顔を見て、これから起こる戦闘をキムは念頭に入れているのだと確信した。なぜそう思ったのか、口では説明できない。この場合、第六感とでもいうべきか。

北京共和国はいつ行動を起こすのか、どこが攻撃のターゲットになるのか、俺には分らないことだらけだったが、キムの平常心を装った顔からすると攻撃まである程度のインターバルを取り戦力を整えるのではないかと思われた。


俺の勘が正しければ、北京共和国は新人戦の最中に乗り込んでくるか、または終了直後に日本の何処かを襲う。決して明日明後日というわけではないだろう。日本中が何かに浮かれ冷静な心を失っている時、やつらは来るに違いない。

タダの勘であり、憂う根拠は何もない。

何もないから他の人には言えないけど、嵐の前の静けさのようなものをひしひしと感じる俺だった。



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