世界選手権-世界選手権新人戦 第10章
2月下旬。
俺が『デュークアーチェリー』でへぐり初歩的な部分から練習を余儀なくされていた頃、世の中では魔法大会のビッグイベント、世界選手権が開催の運びとなり、外国からも続々と選手団が来日していた。
俺は朝から晩まで自分のことしか考えられない時期だったので詳しくは知らなかったのだが、この世界一を決める戦いには世界中から総勢100人ほどがエントリーしていたらしく、試合も予選ラウンドから始まり決勝ラウンドへ進めるのは20名ほど。
100人ものエントリーで練習場の確保が難しく、県の競技場や市立アリーナ、各大学の施設なども時折予約が取れない状態になっていた。多くの外国人が神奈川以外に練習場を求め、東京あたりでグラウンドを借り上げトレーニングに当てていると聞く。
ま、『プレースリジット』も『エリミネイトオーラ』も屋外で行われる試合形式なので、ちゃっかり俺は市立アリーナの屋内で『デュークアーチェリー』の練習を毎日させてもらっていたけど。『バルトガンショット』は紅薔薇のグラウンドを優先的に使用できたし。
それでも、午前中は紅薔薇のグラウンドで『バルトガンショット』を練習していたにもかかわらず、グラウンドにいたはずの先輩方の練習風景を見た記憶がない。自分の練習が終わるとすぐに市立アリーナへと移動していたこともあるだろう。
自分のことで手一杯だった俺は、他の人の練習を見学する余裕すら無かったんだと思う。
今も技術的に余裕があるわけじゃないけど、『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』に出場する先輩方の雄姿を見学しておきたいと思う。
俺自身の練習時間を削るのは数馬が許さないのだが。
でも試合当日なら「今後のための見識」と願い出ることは可能かもしれない。
現1年は、来年からは世界選手権の方にエントリーされるよう新人戦後は練習を積むわけだから。
俺は数馬の顔色を窺いながら、先輩方の予選ラウンドと決勝ラウンドどっちも見学したいなーと思っていた。だって、日本から出場するみんなが決勝ラウンドに残れるとは限らないし。
新人戦だって同じで、100人前後の精鋭がここ、横浜に集結する。
新人戦と言えば、ホームズの予知でそのころにドでかい嵐がやってくるらしい。近代魔法が滅ぶとかいってたから、まさか天候のことじゃないだろう。
どっかの誰かが争いを仕掛けてくると考えるのが常套だ。
日本に?それとも新人戦に?
また争いかよー、俺、そういうの苦手なのに。
でも、その時が来るまでは心の壁に魔法を重ね掛けして誰にも知られないようにしなくては。数馬に言わせれば、ただでさえ俺は口が軽いらしいから。
ホームズが予知した時、聖人さんと約束した。試合が終わるまでは絶対に口外しないと。魔法部隊から箝口令が敷かれたということもあり、第1級の秘密事項として魔法部隊内でも扱われているようだった。
もし、何か異変が起きたら魔法部隊が動くらしいから俺たち高校生は安全地帯に逃げ込めばそれでいいと聖人さんは言ってた。
心配な事柄ではあるが、俺一人が考えてもどうしようもないし、下手に知られて皆に不安を与えないよう気を遣っていかなければ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日も市立アリーナでの練習が終わり、俺は数馬と別れて寮へと急いだ。
俺たちのホテル入りは3月半ばだから、それまでの期間はホームズと一緒に居られる。
聖人さんに今日のホームズの様子を聞いたあと、風呂に入って、体幹矯正してからホームズと寝る生活が続いた。あれ以来、ホームズは魔法を使っていないという。
余程あの予知で疲れたのか、もう体力が残っていないのか、この頃は鳴く回数も減り寝てばかりいる。
ただ、少量ではあるがペースト状のご飯を食べることは食べているし吐くことも無くなったと聖人さんから聞いているので、その辺だけは安心しているのだが。
俺はホームズの頭をそっと撫でながら小さい声で呟いた。
「ホームズ、もっともっと一緒にいような」
するとホームズはそっと目を開け、小さな声で「ニャウ」と鳴く。まるで「そうだな、海斗」と言われているような気がした。
翌日も、俺のトレーニングや練習メニューは今までと変わりなく、朝は走り込みとストレッチ運動。午前は紅薔薇グラウンドで『バルトガンショット』を、午後は市立アリーナで『デュークアーチェリー』の練習を行っていた。中学校のグラウンドは主に外国から来日した選手たちに抑えられたため、夜も走り込みの時間に充てた。
今までよりも練習時間そのものは短くなったが、寮に帰ってから体幹を鍛えるためにバランスボールが不可欠要素となっているので心配は要らないと思う。
数馬からは最後の1か月間、筋力をつけるスクワットも提唱されたが、副作用ともいうべき筋肉痛は今の俺の動きにメリットがないと言うか、別にムキムキになる予定もないし、スクワットですぐに筋力をキープできる状況でもない。
それよりも筋肉の痛みは結構辛くて、思うように身体が動かないのは俺にとってのデメリットポイントになりかねないので、数馬の提唱は言葉だけ有難く頂戴することにした。
その代りに、バランスボールに乗る時間を増やすことで数馬と意見の一致を見た。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
世界選手権の予選ラウンドが2月末から始まった。
今年から新人戦を同地で組み込んでいるため時間が押してしまったのだろう、公開練習は行わないことが明らかになった。
俺にとっては公開練習見るだけでも参考になるのだが、大会運営に支障をきたすとあっては非公開練習のみでも仕方があるまい。
男子の代表は紅薔薇高校から2人、白薔薇高校から1人。女子は紅薔薇高校から1人で白薔薇高校から2人。
『プレースリジット』では男女100人のエントリー者が20人ずつ5つのチームに割り振られ、各チームごとに合計100体も出てくるファシスネーターと呼ばれるスーツを着た人造人間のレプリカも入れ総勢120人で互いにショットガン片手に30分間の撃ちあいを制していくわけだが、ショットガンは3段階の攻撃魔法「バルス」「メガ」「マージ」を撃ちこむことができ、生身の人間に対しては一番弱い攻撃魔法「バルス」を一度だけ胸に撃ちこめばOK。まず間違いなく気絶する。
ただしファシスネーターはちょっとやそっとの魔法では倒れてくれない。ゆえに魔法も「バルス」では足りず、「マージ」を撃ちこめば倒れるのだが、ここが問題で、ビル間からたまたま人間同士が顔を突き合わせてしまった時、驚いて「マージ」を生身の人間に撃ちこんでしまうと気絶だけでは済まされなくなる。よくて大怪我、最悪相手を魔法使用不可能な植物状態にすることもあり、防御魔法や透視魔法などを駆使しながら魔法の選択を誤らないようにしなければならない。
もちろん、生身の人間に対する故意のオーバーアクションは、どういった理由があろうと一切認められておらず、大会事務局による判定で故意と認められた場合、即刻退場、学校は退学、魔法師資格はく奪という厳しいルールがある。
ファシスネーターは動くカメラの役割も果たしており、事故に見せかけた故意の射撃を取り締まるためにも必要とされているのだという。
毎年大怪我をする人間が出る割に競技そのものは無くならないんだな、と俺は思っていたのだが、もしかしたらこの競技は実戦経験のない高校生が実戦モドキの射撃を行うことにより万が一の事態に備えた訓練を兼ねているのではないかと思うようになった。
そう思えば競技の開催も解るし、その功績も計り知れないものとなる。
だからこそ、スキルを兼ね備え選抜された学生だけが出場を果たすことができるのだろう。
さて、今年の予選ラウンドが始まった。
数馬は見学させてくれないだろうと思っていたら、ことのほか俺の練習態度や練習結果が良かったというご褒美で、各種目の予選ラウンドと決勝ラウンドは試合中に限り休みをもらえることになった。
俺は『プレースリジット』予選ラウンドの日、朝は通常のジョギングをこなしたが、午前9時から始まる『プレースリジット』を数馬と一緒に見学するため紅薔薇のグラウンドを出て国立競技場へと足を向けた。
予選ラウンド第1ゲームでは、沢渡元会長が20分程の時間で119人全員を振り切り気絶させ、ダントツ1位でゲームを抜け出した。
なんとも速い身のこなし。使う魔法もことごとく大当たりで次々と他の学生やファシスネーターをバッタバッタと倒していく。
数馬は沢渡元会長があまり好きではないのでしらけたような顔つきでいたが、俺はもう特大モニターを見ながらの応援で大騒ぎしていた。
予選ラウンド第2ゲームでは、光里会長が出場した。元々GPSの『プレースリジット』にエントリーしていたこともあり、見事な策戦とこれまた秀逸な動きで30分の激闘を勝ち抜き、決勝ラウンドに駒を進めた。第2ゲームで予選ラウンドを通過した学生は5名。
さすがは光里会長。
両手撃ちが冴えている。
白薔薇高校の白鳥さんは予選ラウンド第3ゲームに登場。だが、運悪くファシスネーターに見つかってしまい防御魔法をかけるも「バルス」攻撃が一瞬早く胸に当たり気絶してしまった。
?
そんなら試合開始直後に防御魔法掛ければいいのに。
俺が単純に考えそうなことだと数馬は思ったらしく、隣で笑いながら説明してくれた。
「防御魔法は、一度かけてから時間が経つと効力が薄れていくんだ。だから重ね掛けが必要なんだけど、余りに重ね掛けが過ぎると動きが遅くなる。1対1の対戦にしても、こういう対戦形式にしても、身体が重いのは得策ではないだろう?」
「それでギリギリまで防御魔法をかけないというわけか」
予選ラウンド第3ゲームは20名皆がファシスネーターの前に屈してしまい、決勝ラウンド進出者は0名だった。この中には、白薔薇の弥皇さんも入っていた。
予選ラウンド第4ゲームでは、7名の学生がファシスネーターから逃げ回り決勝ラウンドへと進出した。でも白薔薇の七尾さんは途中でファシスネーターに捕まって予選通過ならず。
予選ラウンド第5ゲームでも7名の学生が堂々とした射撃術でファシスネーター100体を全部倒し、決勝ラウンドへと進出した。女子の三枝先輩が健闘していたが、ファシスネーターの威力は物凄い。最後の最後で、ファシスネーターに見つかってしまった。残念、三枝先輩!
結果、『プレースリジット』では総勢20名の決勝ラウンド出場が決まった。
俺は第3ゲーム以降、日本人の先輩がいなくなったんで上の空で競技を観ている部分もあったんだが、数馬は1人ずつ決勝ラウンドに進出した面子の顔をモニターで確認して、ノートにメモしていた。誰か知った顔がいたのかもしれない。
そうだよね、数馬は世界中を旅して色々な人と出会ったはず。
知った顔がたくさんいただろうし、何名か決勝ラウンドに残ってもおかしくはない。
競技は午後1時に終了した。
『エリミネイトオーラ』は明日午前9時試合開始というアナウンスを受けた俺たちは、国立競技場を出て、その足で市立アリーナに移動した。
今日は『デュークアーチェリー』を重点的に練習するという数馬。
俺も毎日練習していたので、1日でも練習しないと身体が鈍るような気分になっていた。
寮にいる聖人さんに言わせれば、「海斗は練習のし過ぎ」とのことだが、どちらかと言えば『バルトガンショット』の方が得意というか、身体が慣れている俺としては、『デュークアーチェリー』の練習を怠るとまたタイミングがずれタイムが悪くなるのではないかという危機感に捉われている。
数馬はそれをお見通しで、1日の間に少しでも『デュークアーチェリー』の練習を入れるように取り計らっていてくれた。毎日市立アリーナを自由に使えるのは、GPFで3位に入った俺自身の功績も大きいところではあるのだが。
功績か・・・。
タイミングがずれた時はお先真っ暗と言った風情で魂が抜け花が散ったような顔をしていた俺だったが、ようやくタイミングを元に戻しタイムの短縮を計れる状態まで進んだことは、喜ばしいの一言だけで片づけられるもんじゃない。
世界と戦うまでに成長したと数馬がいうとおり、俺は徐々に自信を取り戻し演武に集中できるようになっていた。
今日もソフトを使いながら規則的で速いスピードに乗り矢を繰り出す。バングルのピリッという感覚は俺の中で昇華、と言っていいのかわからないけど、より純粋で高度な技を完成させるための1アイテムになっていることだけは確かだった。
特に逍遥がそうなのだが、アイテムも使わずにどうやったらあんな規則的リズムで発射できるんだろう。聞いてみたいような気もしたが、そこは専売特許というやつで新人の世界一を決める大会前に俺なんぞに教えないだろうし、聞く気もさらさらない。
俺は、俺と数馬のやりかたで世界を目指す。
その日も夕方のジョギングを済ませてから、明日朝8時半に魔法科寮の前で落ちあうことを約束して、俺は数馬と別れ寮に戻った。
部屋のドアを開けると、マットの上に聖人さんとホームズが一緒に眠っていた。ホームズがベッドから抜け出て人と一緒に眠っているのを見るのはこれが初めてだった。
俺は聖人さんとホームズを起こさないように抜き足差し足で部屋に入り、ガスヒーターで暖められた部屋の中、軋む音がしないよう自分のベッドに静かに腰かけた。バランスボールに乗ってもシャワーを浴びても何をしても起こしてしまうような気がして、ゆっくりとベッドに身体を横たえる。
起きているつもりだったんだが、さすがに毎日の練習でオーバーワーク気味になっていたんだろう。そのまま寝落ちしたようで、目が覚めた時には聖人さんは部屋から消えていて、ホームズも猫ベッドに移り丸くなって寝ていた。
俺は起き上がり「ただいま」とホームズに声をかけてからシャワーを浴び、熱い湯で頭から足の先までまんべんなく洗うと、濡れた髪をタオルで拭きながらガスヒーターの前に陣取りぷるぷると頭を振りながら髪を乾かしていた。
「お帰り」
後ろから声が聞こえる。聖人さんかと思ってベッドを見ても誰もいない。
ま、まさか・・・また怪奇現象か?
「んなわけあるか、アホ」
俺に向かって読心術で話しかけていたのはホームズだった。
だめだ、魔法だけは使わないでくれ。
お願いだ、ホームズ。
何度も言って聞かせるんだが、ホームズは頑として俺の言うことを聞こうとしない。そのまま読心術を進めるホームズ。
「あと半月もすりゃお前ホテル住まいになるだろ。それまでの間だけでも一緒に話そうじゃないか」
「命を縮めるようなことに加担はできない」
「俺は今調子を崩してるだけで、このまま死ぬわけじゃない。毎日毎日ニャーニャー鳴いてさ、フツーの猫のフリも疲れんだよ」
「それでも、俺は一日でも永くホームズに生きててほしいから」
「海斗、太く短く生きるのが猫たる俺様の運命なんだ。お前は優しいからいつまでも一緒にって言うけどよ、魔法猫である俺様の身にもなってくれ」
俺はホームズが読心術という簡単な魔法を使うことでさえいい気はしなかったが、ホームズが話したがっているのにそれを無視して猫のフリをしろとは言えなかった。
「で、なんだ?話したいことって」
「まず、あのペースト状のエサ、不味い。聖人に別なヤツ買ってくるよう言っといてくれ」
「我儘だな。でもま、そうだよな、不味い飯は誰しも食べたくないもんな、結果、痩せて病気の回復が遅れる。それって本末転倒だし」
「そうだ。それから、誰もいなくなる時でも部屋のガスヒーターはそのままにしといてくれ」
「火事のリスクが高くなるからそれは無理」
「ちぇっ、寒いの苦手なんだよなー」
「毛布大目に掛けようか?」
「仕方ねえな、それで手を打つ」
ホームズは器用に前足で自分の額をカリカリと掻いている。
久しぶりにホームズらしい仕草を見たな、と思いつつも、このままでは3月いっぱい身体が持つかどうかわからないというジレンマの中、俺はホームズに暖かな眼差しを向けていた。
「眠りたくなったら言えよ、俺も隣で寝るから」
「悪いな。でも、心配いらない」
こないだの予知のことを聴いてみたかったが、また高度な魔法を使って身体や神経を消耗させてはいけないと思い、俺は何も聞くことができなかった。
「ああ、こないだの予知のことか」
だから、読心術使うなっって。
「お前が考えるから悪いんだ。あれな、新人戦終わるまでは動きがないと思うんだけどな」
「けど?」
「終わってもここにはすぐに戻れないかもしれん。俺様の病院ホテル住まいも長くなるかも」
「襲われるのは確かだろうけど、規模とかわかんないし」
「今からでも見るか?」
俺は大きく手振りを交え、ホームズを引き留める。
「もう予知はいいから。でも、すぐに魔法部隊が来るから安心なんだろ。聖人さん言ってたよ」
「うーん、微妙」
そういうと、ホームズはスコ座りしてお腹を舐めだした。
「微妙って何さ。魔法部隊来ないの?」
「わからん、としか言えない」
「ま、なんとだってなるさ、世界選手権終わったからって皆が皆さっさと国に帰るわけじゃないだろ。もう今年度の試合は無いから新人戦見てから帰る人が多いように思うけど。少しでも外国勢が残ってればこっちの手数は相当増えるわけだし」
「魔法部隊から大会事務局に待機の命令下るかもしれない。でも外国勢がどこまで助けてくれるかは疑問の残るところだな。俺様そっちにいくことできないのが残念だ」
「なんだよ、ホームズも魔法で敵の相手するつもりでいたの?」
「お前、俺を誰だと思ってる。軍隊にいたのは予知するためだけじゃねーぞ」
「攻撃系魔法使えるのか」
「あったりめーよ、お前にも教えてやろうか?」
「いや、ホームズの命縮めてまで教えてもらおうとは思わない」
俺の本心から出た言葉に、ホームズは照れ隠しのように呟く。
「あとで後悔すんなよー」
「後悔なんてしない。ホームズはまたここに帰ってきて俺と一緒に暮らすんだ」
「・・・そうだな・・・」
また急にホームズは大人しくなった。
「俺様、もう寝る」
猫の目に涙?ホームズはそっぽを向くと、猫ベッドに走りすぐに丸くなった。
俺はその姿を見て、悟った。
今は調子が悪いだけ、なんて嘘ついて。
もう身体もいうこと利かなくなってきてんじゃないのか。
だからもう、魔法を使わないでくれ。
いいじゃないか、猫として暮したって。誰に遠慮することなく平和に暮らそう、ホームズ。
その夜は、ホームズのことが気になりしょっちゅう猫ベッドに目をやっていたから、なかな寝付けなかった。
ホームズ、お願いだからもっともっと長生きしてくれ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝7時。
スマホのアラームがけたたましく鳴り、俺に起きろと命令してる。
連日の特訓で疲れていたのか、はたまたホームズのことを考えていて寝不足気味になったのか、俺はすんでのところで寝過ごすところだった。
なんで目覚めたかって?
聖人さんが起こしにきたんだよ。数馬が時間にうるさいって前に泣きごといれたから。
元気が良かった時のホームズは俺を叩き起こしたもんだけど、もう、その余力さえ残っていないのかもしれない。今朝も、ホームズは浅い息をしながら猫ベッドに横たわっていた。
聖人さんに礼を言うと、俺は急いでジャージに着替えジャンパーを羽織る。
シューズクローゼットから自分の靴を取り出し、履くと慌てて外に飛び出した。
もう梅春なのに、外の空気は俺の肌をさすように吹き抜けていく。
桜が咲くころまでホームズは生きていられるんだろうか。
それを思うと、なんだか涙が目に溜まってきて、不覚にもポロっと涙の雫が頬を伝う。
それから5分ほど。数馬が自転車に乗って現れた。
どうやら寝坊したらしい。
俺は手で涙の痕をふきとって「おはよう」と笑顔で数馬に対応した。
数馬が魔法科の寮に自転車を置いていく、というもんだから空いてる場所を探して自転車にロックをかけた。
数馬、自転車にロックかけるなら国立競技場まで自転車で行っても盗まれないんじゃないの、と思うのだが、数馬は頑として聞かない。
相変わらず、頑固だなあ。
「僕は頑固者じゃなくて合理主義者なの。ほら、競技場まで走ろう」
とほほ。
今日もあそこまで走らされるのか。
「体調万全にしておきたいでしょ。走るのが一番」
「わかったよ、行くから」
「よろしい」
数馬が最初に歩道へ飛びだしていく。
俺はその後を追いかけて歩道へ走りだした。
国立競技場まで、ゆうに5キロはあるんではなかろうか。
あ、ドリンク忘れた。
「途中のコンビニで買っていけばいい」
「今、なるべく金使わないようにバームドリンク作ってんだよ」
「ホームズの看病?」
「うん、大会期間中は動物病院に預けるから金掛かるし」
「じゃ、今日は僕のおごりで」
そういうと数馬はスピードを上げて俺の前に位置しながら走っていくのだった。
今日は途中コンビニ休憩を挟んだりしたから、俺たちは30分以上かかって国立競技場に着いた。もう試合開始の直前で、競技場には人が溢れていた。
俺は肩で息をするくらい猛烈に疲れていて、グラウンド前のギャラリー席に着くころには、もう記憶が飛ぶくらいヘロヘロ。
数馬はシャンとしたもので、俺の体力がないのか数馬の体力が底なしなのか今は判断もつかないくらいで、座席を探す数馬の後を追うのが精一杯だった。
特大モニターが良く見える場所に席をとると、俺はがっくりと腰を下ろした。まだ息が苦しい。いつもこんなに苦しかったっけ。今日は数馬が飛ばしたのにくっついて走ったからこんなに疲れてんのか?
数馬。もしかしたら運動神経抜群?
イケメンで魔法力高くて運動神経抜群なんて、もう王子様キャラ確定。
たまに悪魔に魅入られるけど。
宮城家でのあの悪魔のような行いを俺は未だに忘れていなかったし、俺が宮城の父に追い掛け回されている間、ケケッと笑ったあの不気味な顔を夢に見る時すらある。
どこまでが本当でどこからが仮面なのかわからない。
だからホームズも「闇が深い」「火傷する」って言ったんだな。
でも、数馬がいなければ『バルトガンショット』も『デュークアーチェリー』も完成形には程遠い状態で新人戦を迎えていたと思う。予選会までは単純な力比べで押し切ることができたけど、新人戦本戦は俺が敵わない程の猛者が数多くいるのも確か。
彼らに勝利するために数馬は苦心してくれているし、俺も持てる力を120%出して競技に臨みたいと思ってる。俺たちのタッグは、必ず実を結ぶと信じている。
さて。
その思いは一旦おいといて。
今日の『エリミネイトオーラ』は、逍遥がGPSからGPFにかけて対戦した競技で、俺も何度か逍遥の応援に行ったから覚えてる。
追いかけっこみたいに飛行魔法で空中を自由自在に飛び回りながら相手のオーラ(本物のオーラじゃないけど)目掛けてショットガンを当てて最後まで残った1人が優勝する、といった競技だ。
予選ラウンドでは、10チームに分かれ10人ずつの学生が一緒に空を飛び回ることになる。その中で最後に残った1人だけが決勝ラウンドに勝ち抜けし、決勝ラウンドも10人で争うというわけか。
なるほど。
でも、飛行魔法を続ける体力やオーラへの正確な射撃術、後ろを取られないよう工夫する段取りなど、やはり1年がチャレンジするには相当難しい競技だと思う。
逍遥だからこそ2,3年の上級生を打ち破り勝ち抜くことができたんだよな。
思えばこの競技も、ある種戦闘状態に陥った際には攻撃魔法として使える基礎を含んでいると思う。
高度な魔法を駆使して敵と戦うにはまさにうってつけの競技。
やはり魔法部隊から大会事務局に当てて、対人戦闘スキルが試される『プレースリジット』と高度な魔法に挑む『エリミネイトオーラ』の決勝ラウンドに残った学生は、そのまま待機するよう指示されることもあり得るかもしれない。
ホームズは「皆で協力し合わなければ、近代魔法は滅ぶ」と言った。
世界の何処かの国が日本に対し争いを仕掛けてくると仮定して、ホームズの言うように関係性の薄い外国選手がその争いに身を投じるかどうかは甚だ疑問だとも思うんだが。
近代魔法という定義がわかんないからだけど、「皆で協力する」「近代魔法が滅ぶ」というフレーズが世界を巻き込むものだとすれば、ここで待機するよう指示、いや、命令されることは大いにあり得る。
誰が言ったか忘れたけど、GPSとか世界選手権といった世界最高峰の競技会に出る選手の中には、各国の魔法部隊や魔法軍隊に所属している人間だって多いというじゃないか。
もしそうだとすれば、もう学年とかの括りじゃなくなってくる。
俺、こっちに来て時間がなかったからだけど『プレースリジット』や『エリミネイトオーラ』の練習、しておきたかったな。
みんなの陰でただ隠れているだけのお荷物にはなりたくない。
ホームズが予知したことは外れないって聖人さんが言ってたからには、争いは必然的なモノとみて間違いなさそうだし。
今の俺に何ができるんだろう。
俺は、何もできない。
「大丈夫、戦闘が始まったとしても、君にもできることがある」
数馬の口からでた言葉に俺は心臓が飛び出るくらい驚いて、ばくばくという鼓動が数馬まで聴こえるんじゃないかと思ったほどだった。
だって、俺の心読んだっていうことは、ホームズの予知の内容まで解ってしまった、ってことだろ?
こないだの予知は俺と聖人さんしか知らないこと。
あの場面に出くわしたのは俺たちだけだったはず。
どうして数馬が。
いや、数馬は今俺の心を読んではいるが、ある程度のストーリーはおぼろげにも組み立てられるだろう。
俺と聖人さんしか知らないあのことは、数馬は知りようもないはずだ。
「ホームズは『皆で協力し合わなければ、近代魔法は滅ぶ』と言ったんでしょ」
「え?」
俺の心の壁が剥がれ落ちたのか?じゃあ、みんなに俺の心が知られてしまったということか?
「いや、君の心の壁は十分にその機能を果たしてる。実を言うと僕の破壊魔法はね、心の障壁さえもぶっ飛ばせるんだ」
信じられないような、数馬からの爆弾発言だった。
「じゃあ、今までのこともホームズの予知も、全部知っていたと?」
「んー、まあ、そんなところかな」
「なんでお父さんのことで『いつ知った』なんて脅してきたんだよ」
「あの時は気が立っていたからね。宮城家の崩壊を目の前にしてたし」
「破壊魔法っていつ掛けたんだよ」
「さっき」
「嘘つけ。ショットガンだって持ち出してないじゃないか」
「そんなもの使わなくても僕は破壊魔法を発動できるから」
「数馬―。そんならそうと言ってくれればよかったのに」
「こっちの手の内晒したら何が起こるかわからなかったし。僕は障壁は壊せるけど予知はできないんでね」
「数馬が心の壁壊したらあの予知はみんなの知る所になっちゃうだろーが。勝手に壊さないでくれよ」
「大丈夫、魔法の重ね掛けでまた塞いでおいた」
え。そうなの?
「数馬、君の魔法力には脱帽だよ。とても敵いやしない」
「お褒めに預かり光栄です」
俺は深く深く溜息を何回も吐いて、ようやく心が落ち着いてきた。
数馬は顔だけは前を向いて、俺に小声で話した。
「海斗。ここからは心の壁作って読心術で話そう。誰が聞いてないとも限らない」
「今の会話がショックでどうやるか忘れた」
「僕が作ってあげるから」
数馬は自分の右掌を広げ俺の左胸に翳した。ただそれだけ。チカチカと光が舞うでもなく、魔法を受けた気がしない。
「こんだけで壁作れんの?」
「僕の場合、こうやって胸の中で「フォース」と念じるだけだけど、普通の人間には無理だと思うよ」
「俺やったらできるかな」
「君の魔法吸収力は目を見張るものがあるからね、少し特訓すればできるかもしれない。僕に対して魔法をかけてみるといい」
俺は数馬がやったように、数馬に向けて右掌を翳して心の中で「フォース」と念じた。
「まだ。もう一回」
それを5回ほど繰り返した時、数馬がにこっと爽やかな笑顔を見せた。
「OK。できたね」
「よしっ」
俺はガッツポーズで応じた。
その時、周辺地域にも聞こえるのではないかと思うくらい大きな音で号笛が鳴った。
『エリミネイトオーラ』の予選ラウンドが始まった。グラウンドから空に向かい一斉に飛び出していく第1グループの選手たち10名。
俺は数馬との読心術会話を一時中断し、誰か知ってる顔がいないか目を凝らした。
あまりに俊敏すぎる動きで、人の顔さえも見えない。
だが、10人のうち一人だけ、明らかに動きが違う選手がいた。
特大モニターの映像を頼りにその人物の顔を確認する。
いたっ、沢渡元会長だ。
沢渡元会長は自在なポジショニングをとって縦に横にと高速で飛び回り、次々と周辺選手のオーラを撃ち抜き、10分もしないうちに勝負は決した。
こうライトな語り口だとなかなか情景を捉えてもらうことが難しいんだが、ワシや鷹が獲物を捕らえる際に一直線で急降下するだろ?
あれだよ。
上空からあんな風に追ってこられたら、普通は一撃でお陀仏となってしまう。
1分に1人の割合で他選手を捉えていくあたり、やはり只者ではない。
数馬は沢渡元会長のことを嫌っているが、正直なところ、魔法力は周囲に比べ格段に上だし、決勝ラウンドに行っても誰も敵わない程だと褒めていた。
第2グループの選手たちの中には紅薔薇女子の三枝先輩が出場していた
第1グループが10分ほどで終わるとは思っていなかったらしく、慌ててベンチコートを着たままグラウンドに走っていく選手もいて、ギャラリーから「焦るなよ!」と声が飛んでいる。
んー。外国の方々に日本語で焦るないうても、伝わらないんじゃないかな。
第2グループは30分ギリギリのところで勝敗が分れた。三枝先輩は直ぐにオーラを撃たれ姿を消していた。
第3グループには白薔薇の七尾さんが、第4グループには白薔薇の弥皇さん(3年の弥皇先輩の妹ね)が出場していたが、第2グループ同様に30分の時間がかかっていた。もう選手たちは最後は飛行魔法を操れなくなっていて、最後の最後で後ろを取って勝負を決めた、という感じ。
七尾さんも弥皇さんも特に目立った動きはなかったのだが、それが仇となったようで集中的にターゲットにされ背中を取られて予選ラウンド通過はならなかった。
第1グループの戦術があまりに鮮烈だったので、ギャラリーとしても飽きがきていたように思われる。
第5グループでは光里会長が出場した。
沢渡元会長ほどではないにせよ、光里会長もシャープな切り口で戦術を組んでいて、上から倒す沢渡元会長とは違い、少し距離を取って後ろに回り込みオーラを撃った後すぐに選手のいない上空に飛び上がる、というものだった。
結果、20分ほどで勝ち抜けし決勝ラウンドへと駒を進めた。
20分も高速で飛び回る体力が半端ない。
それだけでもこのゲームは十分に見ごたえがあった。
あと日本人では白薔薇の白鳥選手が第6グループに出場したが、運悪くすぐに後ろを取られてオーラを攻撃され、予選ラウンド敗退に沈んだ。
俺と数馬は第6グループのゲーム終盤辺りから読心術で会話を始めた。
「やっぱり世界選手権ってすごいな。逍遥は別格としても、みんな策戦に違いがあるのがよくわかるよ」
「海斗は飛行魔法得意?」
「ほどほどに」
「なら、すぐに慣れるさ。このゲームは飛行魔法で飛びまわる体力と正確な射撃術が勝敗の分かれ目だから」
「でも俺、『プレースリジット』の方が得意になると思う」
「どうしてそう思う?」
「右手翳しただけで建物の向こうにいる人がクリアに浮きあがって見えるんだ」
「ほう、そりゃすごい。君の前では隠れたことにならないんだ」
「うん。あとはそこにいるのがファシスネーターか生身の人間か区別できれば魔法も早く選べるし。区別は容易につくと思う」
「海斗はどこでそんな魔法手に入れたんだ?」
「全日本のラナウェイ」
「魔法始めたばかりの頃じゃないか、透視魔法は君の特性なんだろうな」
「そうかな」
「人それぞれ特性は違うからね。僕の場合は防御魔法。鏡魔法とかね」
「数馬の使ったあれって攻撃魔法じゃないの?」
「僕の十八番は鏡魔法、別名反射魔法とも呼ばれてるけど。反射させることで身を守る防御魔法なんだよ、あれは。あとは浄化魔法かな。どんな魔法を受けてもクリアに消すことができる」
「そうなんだ、攻撃魔法だって得意だろ、破壊魔法だって難なくこなすし」
「破壊魔法は得意な方ではあるよ、消去魔法もね」
「数馬。攻撃魔法教えて」
「どうして今攻撃魔法を知りたがる」
「ホームズの予知どおりなら、俺たちは争いに巻き込まれることになる。俺は誰かの背中に隠れて何もしないのが嫌なんだ」
「さっきも言ったろ、君にはやれることがある、って」
「数馬、あれ、どういう意味だったの」
「それこそ君の特性魔法でクリア透視すればいいじゃないか。あとは読心術で周りにそれを知らせるだけで戦況はかなり違ってくると思うけど」
「それでも破壊魔法や消去魔法を使えるようになってないと。消去魔法はやり方解ってるけど、破壊魔法がわからない。ただショットガン向けるんじゃ空砲になるだけだし」
数馬はあまりいい顔をしなかった。今教えるべきではないと言いたげな表情。
でも、俺の気迫に押されたのか、今の俺でも戦力になると思ったのか、渋々話し出した。
「破壊魔法か。ショットガン相手に向けて、心の中で「クローズ」と念じるだけでいい」
「数馬はショットガン無くてもできるんだよね?」
「僕の場合は、右手翳せばそれで。聖人あたりもそうじゃないか?こないだの宮城家ではショットガンで相対したけど、コイツは破壊魔法使ってないとすぐわかった。事実、僕も破壊魔法は使ってなかったし」
「そうなの?あれ、すごく怖かったんだけど」
「聖人が父親に好かれるためにやったこととはいえ、あれが無ければ宮城父の犯罪は立証できたはずなんだ。僕にはそれが悔しくてならなかった」
「聖人さん、小さな頃から父親に疎まれてたんだよ、きっと」
「僕のように幸せな家庭に育たなかったのは可哀想とは思うけどね」
ふと特大モニターに目をやると、そろそろ第10グループの試合が始まろうとしていた。特に目新しい選手はいないだろうと思ってたら、光里会長をも凌ぐのではないかと思わせるような東アジア系の選手が目に飛び込んできた。
思わず口に出す俺。
「あれ、誰だろう、どこの国の選手かな」
数馬も特大モニターに目を移す。
そしてまた読心術に戻った数馬。
「あれは北京共和国のキム・ボーファン。北京共和国からこの大会に学生が派遣されるなんて思っても見なかった」
数馬のやや否定的な言行に、俺も迂闊に口に出すことを止め読心術を再開した。
「GPSにも出て無かったと思うんだけど、北京共和国の選手は」
「仰る通り。なんか嫌な風を感じる」
「嫌な風?」
「たぶん、要注意人物となるよ、彼は。この競技でもそうだし、何企んでるかわかんない顔してるだろ」
「それって目が細いからじゃないの。数馬はパッチリお目目してるから目が細い男子の気持ちなんてわかんないだろうけど」
「そういう問題じゃなくて。腹黒い顔してるだろ、キムは」
「まあ、言われて見れば」
「あの顔、しっかりと頭に焼き付けておきな、得意の3D画像で」
「そんなに要注意人物なの」
「たぶんね」
俺たちが会話している間に、第10グループの勝者は決定していた。
北京共和国のキム・ボーファン。
数馬はむっつりと目を細めて、グラウンドからギャラリーに手を振るキムを見つめていた。
俺が数馬の肩を突っつくと、気が付いたように横にいる俺を見た。
もうここには用がない、といった表情だ。
「どれ、予選ラウンドはお終いか。決勝ラウンドは沢渡と光里、あとはキムの優勝争いだね。光里が一歩劣るかな」
「沢渡元会長もすごかったけど、今のゲームも15分しないうちに終わったんじゃない?」
「そうだね、やつは強敵だよ」
吐き捨てるように言うと、数馬はすぐさま席を立った。俺も遅れて席を立つ。数馬はその後何も話さないまま心の壁を閉じて歩き出した。
いったい数馬は何を考えているんだろう。俺にはさっぱりわからない。
『デュークアーチェリー』の練習のため、俺たちはすぐに国立競技場を後にし、市立アリーナへと向かった。
また数馬が全力ダッシュするので俺はもう付いていけず、市立アリーナで落ち合おうと提案したが、数馬は首を縦に振らない。仕方なく重い足を引きずりながら俺もオールダッシュするのだが、その差は瞬く間に広がっていくばかりだった。