世界選手権-世界選手権新人戦 第8章
翌日朝。
数馬はくるかこないか。
復讐が済んだ今、数馬にとって学校生活など本当につまらないものになっているだろう。
様々な攻撃用魔法や防御魔法をも極め、今更、数馬の望むものが紅薔薇にあるとは考えにくい。
数馬は一体、何を望んでいるのか。
そして、何処へ行こうとしているのか。
俺には見当もつかなかった。
「海斗、アホなこと考えてないで。今寮の前。ジョギング行くから準備して」
アホとな。
それはなんと、数馬からの離話だった。
「あ・・・わかった。着替えてすぐ出る」
「あと、猫に謝っといて。こないだボロクソに言ったこと」
「ホームズは気にしちゃいないと思うよ」
「いや、絶対に気にしてる。昨夜僕の夢に出て来て「呪ってやる」っていわれた」
「まさか。夢でしょ」
「あの猫、夢を渡るんだよ」
「なにすや?」
非常に驚いた時に出る仙台弁。正確には仙台市というよりは宮城東北部を指すと思うのだが。
今、そんなことはどうでもいい。
俺はホームズが夢を渡るなんて聞いたこともない。本人も話さなかったし。
数馬はホームズを消すつもりだ、なんて言ってたけど、俺よりもホームズのことがよくわかるなんて、まるでストーカーみたいだ。
事実、ストーカーしてたんだけど。
俺は急ぎジャージに着替えホームズに触って様子を見る。わずかだが、定期的に息をしている。猫ご飯、トイレをチェックし「行ってくる」とホームズに声を掛けて部屋の戸を開けた。
廊下にはもう、数馬が着ていた。
外が寒いので廊下に避難してきたという。
いつもと全然変わらない数馬。
昨日の凄惨なシーンを伴う数馬の発狂ぶりは、それこそ俺の夢だったのだろうか。
俺は人が死んだとこなんて見たこと無くて。
広瀬は砂になったからそんなに死体見た気分でもなかったし。
昨日は俺、宮城の家の2人を近くから見ることすらできなかった。
「残念。夢じゃないよ」
数馬は笑っているのだが、目が不気味というか、笑っていないというか。
それでもって昨日のこともリアルだと離話で俺の脳裏に迫ってくる。
やっぱり夢じゃなかったか。
聖人さんがどうして親の犯行を消す様な真似をしたのか、数馬に語ったのは俺の想像だ。真実を数馬に知らせない限り、本当の手打ちとはいかないのかな。
どう見たってアレは聖人さんが悪いし・・・。
数馬は自転車で寮に来てて、俺の伴走をしつつもたまに俺より早くなったりゆっくり走ったりと、心ここにあらず。
まあ、俺としては特に自分のペースを守れれば伴走がどうあれ問題ないのだが。
俺の中では、昨日の事件を胸の奥底に仕舞い込み、心の壁を作って誰にも話すまいと決心していた。
無論、数馬も聖人さんもそう考えているはず。
本当は、宮城の父が俺に向けて破壊魔法を仕掛けた殺人も厭わないという事件であり、結果、その破壊魔法に対して、数馬が放った鏡魔法が海音に当たって海音は死に、数馬に殺される寸前だった宮城の父は、聖人さんによって生かされた。だが宮城の父は、それが我慢ならなくて自殺を図るに至った。
あのあと警察が宮城家に入ったようだが、宮城の父の無理心中ということで事件は片付けられたようだった。
俺たちは魔法の痕跡や自分たちがそこにいた痕跡を変則の隠匿魔法で全て消し、過去透視魔法に引っ掛からないよう変則魔法の応用や、隠匿魔法で俺たちのいた痕跡も消して瞬間移動魔法で魔法科の寮に戻ってきた。もちろん、瞬間移動魔法の痕跡を消すために聖人さんと数馬は俺を最初に魔法科寮に戻して、自分たちは隠匿魔法の応用であそこから姿を消したと数馬が言っていた。
魔法の重ね掛けというやつかもしれない。
今の俺にはちんぷんかんぷんだった。
後日、聖人さんは家族の一員として警察に呼び出されたが、夏に勘当されて以降家には寄りついていないという近隣住民や親族の証言を得て、完全にシロ扱いされ無罪放免となった。
いやあ、元々俺たち宮城の父や海音に何かしたわけじゃないし。
ただ単に、俺が殺されかけただけの話だ。
それでも、数馬と聖人さん、この2人の間に流れた溝は埋まっているとは言い難い。
数馬も聖人さんも、あれらはもう終わったこととして表面上明るく振舞っているが、いつまた火花を散らすかわからない。
でもさ、2人とも世界選手権の新人戦が終わるまでは何もトラブルを起こさないでほしい。
俺は何かがあるたびに的にされて死にそうになってんだから、こっちの気持ちも考えてくれ。
てか、早く攻撃系魔法教えて欲しい。
その前に両手撃ちマスターしないと。
ああ、面倒な。
今日は数馬にやる気が見られないので、3キロほどでジョギングを止めた。通常なら数馬は紅薔薇の制服やら紅薔薇サポーターのユニフォームやら一式揃えて持ってきて、そのまま市立アリーナに行って練習してるんだが、今日は見事に全部忘れてきたらしい。
今日はたまたま予約に空きがなく紅薔薇のグラウンドや借りてる中学校のグラウンドで『バルトガンショット』の練習を予定していた。
みんなにこんなに呆けた数馬を見せるのも忍びない。
アイドルかつ冷静沈着なのが数馬の売りだったから。
俺は1人で紅薔薇のグラウンドに行こうか迷ったが、俺には時間が残されていないのもまた事実で、早く両手撃ちをマスターしないと新人戦で勝ち抜いていくことなど無理に等しい。
そう言えば、数馬は宮城の事件前に「任せとけ」みたいなこと言ったよな?
でも、あの事件でそんな高校生のお遊びに付き合う気も失せて、何も考えていないか。その可能性はかなり、高い。
俺の場合、3D画像構築と過去透視魔法のコラボで右手は非常に軽々と動く。タイムも良い。
しかし左手は右手と同じような射撃ができない。
左手だけなら微かなクレー発射音に反応して撃てるし、目を瞑っていると余計に気が研ぎ澄まされるしタイムもそこそこに出る。
どっちかに絞って練習しなければいけないのだが、左手を右手に合わせることはこの上なく難しい。
となれば、右手を左手に合わせるしかないのか。
目を瞑りながら、タイムを稼ぐことを意識して。
大丈夫か?俺。
数馬からあとは1人で練習してくれとソフトとともに放り出され、俺は一抹の不安を心に抱えながら紅薔薇のグラウンドに出掛けた。
紅薔薇のグラウンドでは、新人戦用のソフトが開発され誰でも『バルトガンショット』の練習ができるように補佐されている。とはいっても、1年で新人戦に出場が内定している逍遥、サトル、あとは俺の3人しか使用しないのだが。
海音の親衛隊が逮捕された今は俺に友好的な態度の紅薔薇生が多く、ブーイングを浴びることもほとんどない。
俺はソフトのスイッチを押すと、その場に立ち止まり目を閉じた。
生徒たちが話す声、風の音、遠くで鳴り響く汽笛。
周囲の雑音が俺の耳を悩ます。耳で聴き分けるのはとても難しく感じられ、俺は直ぐにソフトのスイッチを2度押しして解除すると目を開けた。
目を閉じている間に聴こえる雑音はそのほとんどが聴こえなくなる。
随分違うものだなと溜息を吐きながら、スイッチオンして俺はまた目を閉じた。
微かなクレー発射音を聞き分けることは困難を極めた。
試合になればもう少し雑音は少なくなるだろうか、いや、ギャラリーが集まれば話し声でもっと雑音は多くなるだろう。
その日の紅薔薇グラウンドでは、クレー発射音を聞き分けられずに練習を終えた。
直後にグラウンドに入ってきたサトルが不思議そうな顔をする。
「海斗、調子悪いの?」
「両手撃ちに挑戦してるけど上手くいかないんだ」
サトルはスピードこそ俺に負けるが両手撃ちが得意のようで、ゆえに個数を稼いで早く上限の100個を撃ち崩すことができる。
右手で片手撃ちしてる時は全然気にしなかったことだが、両手撃ちとなると急にハードルが上がりついていけない。
やっぱり俺、新人戦に出てもろくな結果残せないでフェードアウトするかも。
そう思うと国分くんに申し訳ない。
国分くんに出場権譲ろうかな、どうしようかな。
また、俺のもぞもぞしたお悩みコーナーが始まるのだった。
寮に帰ると、猫ベッドで大人しくしているホームズに話しかけて自己完結する日が続いた。ホームズは何も返事はしてくれないけど、たまに「ニャニャ」と鳴いて俺に前足を伸ばして爪を立て猫パンチを浴びせる。ホームズなりに心配してくれてるのかな、そう思う。
自分が調子悪いのに、俺が愚痴ったらホームズは心配しちゃうよな、また魔法を使いかねない。俺は段々ホームズに話しかけるのを止め、1人でバランスボールに乗って考えることが増えた。
それから何日経っただろう。
数馬は朝こそ俺に付き合ってジョギングの伴走を行うのだが、終わると風のように消えていく日々が続いた。
俺はと言えば、紅薔薇にいてもクレー射撃できないので、色々な場所を散歩しながらソフトを起動しクレー発射の音を聞き分ける不毛な実験を続けていた。これなら、目を開けて右手だけで3D画像を展開するほうがよほど時間を稼げる。
もう、諦めムードが俺の中で大半を占め、毎日朝に会う数馬に「もうダメだ」コールをしようとするのだが、数馬は俺の心中などお構いなしに自転車で爆走しては早く走れと俺を呼ぶ。
やる気があればジョギングも辛くなかったが、ここまでやる気を失くすと走る気にもなれない。息も上がってきて、3キロも走れなくなってきた。
今日こそ数馬に言わなければ。
朝、起きてジョギング用ジャージに一応着替え、数馬が来る5分前に廊下に出る。今日は遅れて出るわけにはいかない。大事なことを伝える日だから。
数馬はいつもの時間に、いつもと同じ荷物を持って自転車を寮の前に停めた。
「おはよう、海斗」
「おはよう、数馬・・・あのさ・・・」
「今日は素晴らしい報告があるんだ、聞いて」
数馬の大きな声を前にして、俺の小さな声と言葉は掻き消された。
「君が持つデバイスをバージョンアップしたものができあがったんだ」
「え?」
「両手ともだよー」
亜里沙が来たのか?それともまた米国から仕入れた?
「今度のは僕がプログラミングして銃そのものは亜里沙さんたちから譲り受けたよ。受け取ったショットガンに魔法を注入してある」
「魔法を注入?」
「そう。やってみればわかるよ」
数馬はジョギングを止めてすぐに紅薔薇のグラウンドに足を運び、俺にも来いという仕草を何度もする。
「早く早く」
「待って、そんなに急がないでくれ」
グラウンドに入った俺たち。まだ学校のソフトが起動する時間ではないため、数馬は俺が持ってるソフトを俺から乱暴に取り返したかと思うと、スイッチをこれまた乱暴に入れてソフトを起動した。
あ、クレーの発射音が聴こえる。
それも、かなり大きく。
左右どっちから出てくるのかもわかる。
目を閉じてもそれは変わらず、俺はショットガンを使う前に手でその方向を指さす。
全てのクレーが発射されると、数馬は嬉しそうに声を上げた。
「ね?発射音が大きく聞こえるだろ?」
「なんで?今まで風の音や人の声にかき消されてたのに。今はギャラリーいないから聞こえるのか?」
「ちーがーうーよー」
「じゃ、なんで?」
「このショットガンに組み込んだんだ。クレーに特化して、発射された時の音が大きく聞こえるように」
「そんなこと可能なの?」
「これこそ発想の転換だよ。君は音を聴き分けるのに苦労してた。音さえ聴こえればその方向に向かって撃つことができる。なら、聴き分けられない音を聴こえるようにすればいい。目覚まし音のアラームがスヌーズの度に大きい音になるのを応用して、ショットガンに組み込んだ」
これなら、目を閉じて神経を集中させれば両手でクレーを撃つことができるのではないか。
数馬はもう一度ソフトを起動して、俺は受け取ったショットガンを両手で持ち、各々のトリガーに手をかけた。
音がいつも以上に大きく聞こえるし方向もわかるので、右手と左手を交互に撃ったり同時に撃つことができそうだった。
これは俺の悩みというかイライラ感を一掃してくれる優れものだった。
数馬はこれを仕上げるために毎日俺をほっぽりだし部屋に篭ってたというわけか。予選会のときもそうだったが、俺にとって、たまに悪魔のように怖いけど最高のパートナーだなと胸を張りたいと思う。
新人戦まであとひと月。
このままクレーの発射感覚を耳で感じ取っていけば、かなりの好タイムが出ると予想された。
ここからはもう、数を熟し上達させていくよりほかない。
俺は朝のジョギングを済ませるとまず紅薔薇のグラウンドで練習し、午後は市立アリーナで練習、夕方は借り切った中学校のグラウンドで練習を行うという短期決戦型のメニューを組み、『バルトガンショット』を自分のモノにしていった。
最初こそ、両手で一緒にトリガーを引いたりバラバラに引いたりすることに違和感があったが、目を瞑って音とともに聞こえた方向の手のトリガーを引くことで、目でクレーを追わない分だけ時間に余裕ができて、違和感もだいぶ和らいできた。
タイムも、最初こそ100個のクレーを撃ち抜くのに8分ほどかかっていたが段々と射撃時間は短くなり、やがて6分を切り、たまに5分を切るあたりまでできるようになった。
逍遥やサトルには練習を見せない秘密主義を採り、ほんとに調子がいいときには4分ジャストほどのタイムで練習を終わらせることができるようになっていった。
第一のデメリットはこれで克服した。第2のデメリットは、まるっきり違うスタイルで射撃をすることにより、もうデメリットの範囲ではなくなっている。
よし。
あとは『デュークアーチェリー』の練習も重ね精度を上げていかなければ。
2つの競技を並行させてタイムを上げ、成功率を上げていくことにより上位に食い込む下地を盤石なものとするのが今の俺の目標だ。
俺は、『バルトガンショット』で戦うスタイルがやっと掴めたことにより、練習に対する気持ちや寮に帰ってからの体幹をコントロールする基礎練習にも身が入っていき、身体の重心の安定を実感した。
そんな中、寝ているホームズはたまに「ニャッ」と楽しそうに寝言を言っていた。
俺が充実した時間を過ごしていることが嬉しかったのかもしれない。
でも、本当は俺、ホームズの近くでゴロゴロしていたいんだよな。
無理なんだ、ごめんな。今は休み返上で練習に励んでいるから。
休み無しの練習時は、聖人さんにホームズの世話をお願いしていた。
逍遥のサポーターであることを忘れてしまったかのように、2人はいつも別行動を取っていた。
逍遥にしてみれば、近くにいるサポーターだけがサポートをするとは限らない。近くにいなくたって最高の演武なりが出来るに違いないし、聖人さんも何だかんだ言いつつ逍遥を心の底から信じているからこそ、一緒にいなくても互いの心の安定を得ることができているのだ。
この2人だからこそ、こんな形でも出来得るんだろうな。
俺なんて自分ひとりで練習やってたらどんどん不安になるし、数馬もまた、俺に付いてないと記録が乱高下するのを知っているから近くで見ざるを得ない。
サトルと譲司は和気あいあいと練習を進めているようだ。
お互いの不可侵部分もあるんだろうが、どちらも相手を尊敬しているという意味では、俺や逍遥とさして変わらないはず。
何かこう、周囲にも不安を感じさせない関係性をサトルと譲司は保っている。
サポートする側にも色々な形があって、される側にも同様の思いが心を埋めつくしてる。
だから、紅薔薇チームは其々の個性がありつつも上手くまとまっているのだと思う。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
世界選手権のビッグタイトルがもうすぐ開催される。もう一つのビッグタイトルは2週間遅れで開催となる。
俺は『バルトガンショット』の方はまさかの練習方法で順調にタイムを短くすることに成功していた。あとは、緊張から来る本番補正で自分を見失わなければそれなりのタイムを稼ぎ出すことができるはずだ。
ただ、『デュークアーチェリー』ではどうしても予選会時の逍遥やサトルのような完璧な演武を超えられないでいた。
俺と彼らの間にある溝は、なんなのだろう。
『デュークアーチェリー』ではGPSからGPFにかけて培った戦略があったにも関わらず、GPFでも予選会でも3位に留まった俺。
ホセやアルベールにあって俺に無いものがあるはずで、そこに割り込んできたのが逍遥とサトルということになる。
今のままでは、俺は『デュークアーチェリー』で最高でも5位に沈んでしまう。
3Dイメージ記憶を効率的に使用するには、何か掛け違えている部分があるような気がしてならない。
そうだ、ここでも3Dイメージ記憶を使用しながら『バルトガンショット』のように目を瞑って的の中心を捉えることができないだろうか。
俺は早速数馬の元に駆け寄り、俺が考えた策戦の前段階を話した。
数馬は意味が分からなかったようで、目を大きく見開いていた。
『デュークアーチェリー』の場合、的はいつも同じ場所に出てくる。矢が刺さると次の的が出るまでは約1秒。目を瞑り人さし指デバイスでそれに合わせ発射できるようにすれば、一々的を見て確認する作業は減る。
今まで的の真ん中を確認していたのが、時間の無駄だったということになる。
目を瞑りつつ3Dイメージ記憶を駆使して主体的に的へ撃ちこんでいければ、タイムを縮め、的のど真ん中に当てる射的は楽になるはず。
俺はすぐさま、『デュークアーチェリー』の練習場である市立アリーナに数馬を引っ張っていき、俺の策戦を実戦形式で数馬に説明した。
目を瞑り姿勢を15分間一定に保ち、3Dイメージ記憶を使い100の的に対し次々に矢をド真ん中に命中させていった。
数馬も、ど真ん中に当たった時のドン!という音がする直前に次の矢を放つという、俺のやらんとしている方法をやっと理解したようで、競技会場が当日物凄い歓声に包まれることを危惧しながらも、方法としてはアリだろうとの結果に落ち着いた。
ショットガンを使う競技ではないため、『バルトガンショット』のように音を大きく変化させる方法が今のところみつかっていない。
本番補正が俺を包み込んだ場合、悪い方向へと俺を導く可能性も大いにあり得る。
でも、目を瞑るかどうかは別として、3Dイメージ記憶を駆使して、矢が突き刺さる前に矢を発射するば、飛躍的にタイムを縮め成功率を上げるということだけは2人とも意見の一致を見ている。
あとは、音の捉え方や発射タイミングを一定にするための方策だけが残った。
数馬はまた、練習中の俺を放り出して寮に帰り、何とか方法を探りだしたいという。
またか・・・。
でも数馬なら俺のリクエストに応えるべく、色々と方策を練っていることだろうし。
俺は市立アリーナで目を閉じてどのくらいのタイムで何枚の的に当たるか練習を試みていた。
そりゃ、俺だって今までの9分100枚という自己ベスト記録はあるものの、他の選手は皆、もっと時間を短縮してくるだろう。
ただ、現状のトレーニングでは、いくら姿勢を正し的だけを見て人さし指という身体的デバイスを用いて3D記憶を加味したとしても、自己ベストを超える成績を出すことはできず、少々俺は焦っていた。
3日後、朝8時。
数馬が久しぶりに魔法科寮に姿を現した。
「見つかった?例の件」
いそいそと手を揉み尋ねる俺に、数馬は小さくOKポーズを見せる。
「たぶん。トレーニングに組み込んでみないと何とも言えないけど」
そこから4kmほどジョギングした俺たちは、紅薔薇の体育館ではなく市立アリーナに直接向かった。数馬的には、体育館で校内の皆に見せるのが恥ずかしいのかと思ったら、他国の選手たちに情報が流れるのが嫌だという。
え、スパイ紛いのことしてる人、いるの?
「たくさんいるよ。魔法科にもいるし、普通科にだっている」
「そうなんだ、知らなかった」
「市立アリーナは普通のギャラリーが多いからね。こっちの顔すら解って無い人だって多いだろ?」
「そりゃまあ」
「で、僕の考えを歩きながら聴いてくれよ」
そういって、数馬は自転車を降りて引きながら、走っていた俺はウォーキングにシフトした。
「人さし指をデバイスにするということは、右手しか使えないということだよね」
「確かに」
「で、海斗の感じる発射の重圧も人さし指が一番感じるわけだ」
「そうだな」
数馬は自分手もちのショットガンを着ているコートの右ポケットから出すと、俺に説明して見せた。
「この先っちょが人さし指と仮定して」
ショットガンを的に当てるように真っ直ぐ構える数馬。
「ねえ、海斗。的に当たると新しく出てくる的はいつも同じ場所になる。だから、速ければ速いほど、1枚撃てる時間は短縮される計算になる。1秒未満で射的することも不可能ではなくなる」
「理論的にはそういう計算も成り立つってことだ、俺の言った通りじゃないか」
「君の理論より的が出る時間は速くなると思う。それを勘案して、時間を刻むバングルを作ってみた。大会事務局に了承はとってる」
「どうやって了承とったの」
「時計です、って」
「時計じゃなくて、それはストップウォッチでしょうが」
「なにそれ、そんなものはこちらの世界にはないよ」
「え、ないの?」
「うん、ない。それよりほら、試してごらんよ」
数馬と俺の考えが一致を見た。
でもさ。
1秒未満で1枚の的を射抜くなんて、それも100mも離れてる的に当てるんだぞ。
いくら時を刻む魔法をいれたところで早々上手くいくわけもないんだけどね。
でも隣では、フンフンと鼻歌を高らかに歌ってるサポーター殿がいる。
俺は、肩を落としてはあーっと息を吐きだすと、その時間を刻むバングルとやらを右手に嵌めた。リアル世界にあるようなお洒落なものではなく、腕時計のような、手首にしっくり来るよう金属でバンド止めしている感じで、着けていても重くはないしじゃらじゃらしないので、さほど邪魔にはならない。
数馬が数日前に俺の手首が何cmあるか計ったのはそのためだったか。
自分の腕時計を俺に見せ、今何時何分だか数馬は確認する。
数馬の時計は10時ちょうどを指していた。
そして俺に早く演武を行うようにと指示した。
とにかく、いつもどおりではなく目を瞑って的を射るよう、サポーター殿の命令通りに円陣の中に入りいつもどおり足から姿勢を正して目を瞑る。
汽笛の音と同時に、俺は第一の矢を放った。
するとすぐに右手のバングルからリン、と1回ベルが鳴る。
おっと、ここで発射か。
ベルに後押しされるように、第2の矢を放つ。遠くで的に刺さる音、手前ではバングルからのベルの音。
どちらも聞こえてきて何か紛らわしい感じもするのだが、とにかくベルに合わせて人さし指デバイスから矢を放つことに終始した。
それにしても、音だけを頼りに集中すると疲れが早く来るのは確かで、姿勢にも敏感にならざるを得ない。『バルトガンショット』はある意味スピード勝負で少しくらい姿勢が崩れても何とかなる。姿勢が良いに越したことはないけれど。
でも『デュークアーチェリー』は元々の姿勢が良くないと俺の場合、的に当たらない。逍遥のように姿勢が少しくらい悪くても的にねじこんでいくような魔法力を俺は身に着けていないから、少しでも姿勢に気を遣わないといけない。
汽笛の音が鳴って練習が終わった。
さすがに、10分以上目を瞑っているのは辛いものがある。
今までの練習よりも時間がかかっているのは確かだと思う。
俺は溜息を自分の中に溜めこんで、数馬の前に着くと一気に吐き出しながら聞いた。
「タイムは?」
ちょっと機嫌が悪くなりかけた俺の近くで、数馬がほくほく顔を見せる。
タイムは決して良くないはずなのに。
なんだ、この笑顔は。
「僕と君の理論は正しいことが証明されたね」
?
「何分かかった」
俺がぶっきらぼうに数馬の目をみると、数馬はほくほく顔を崩さないで俺に向かって答えた。
「8分」
「嘘だろ、そんなに速かった?自分では随分遅く感じたけど」
「時計は嘘を吐かないさ、ほら」
見せてもらった数馬の腕時計の針は、10時8分をさしている。
「なんでだろ、かなり遅く感じたけど」
数馬の表情は、さっきのほくほく顔からきりりと真面目な顔に変化する。
「最後の方はやっつけ仕事にみえた。姿勢も悪くなりかけたしね。モチベーションの問題かな」
俺はだらりとしたまま、壁に背中をつけて少し長くなってきた癖のある髪をむしゃくしゃとかき上げた。
「目を瞑ったまま10分もいたらしんどくて、目ぇ開けたくもなるわ。『バルトガンショット』は短期決戦型勝負だしクレー発射音がはっきり聴こえるからモチベーションも上がったけど」
数馬はふんふんと俺に感想を求めながらメモを取っている。
「そうか、バングルや音はどうだった?」
「バングル自体は邪魔には思わなかったけど、矢が的に突き刺さる音とベルの音は不協和門に感じられてさ。モチベーションが下がる切っ掛けにもなる感じがした」
俺の腕からバングルを外した数馬は、別のバングルをバッグから取り出すと俺の右手首に付けた。
「これは鍵盤の音だから、ベルよりは聴きやすいと思う」
そして俺はまた円陣に放り出され、練習が始まった。
汽笛の音が俺の耳に鳴り響き、練習開始。
今度は鍵盤の音がする。
これは、ドレミでいうところの「ファ」かな。決して高い音階ではない。高いと不協和音になる。が、低すぎると今度は聞き取れない。
モチベーションは、どうにかこうにか最後まで維持できた。やっつけ仕事はしてないつもりだ。
結果、先程よりも1分速いタイムで演武を終了した俺は、数馬じゃないけど段々とほくほく顔になっていく。
でもほんとに、このバングルで戦っていいのかな。
なんか俺だけフライングしてみんなの前を独走してるような気がするのは気のせいか。
すると横で数馬が誰に話してんだかわかんないような独り言を言ってる。
「みな禁止薬物飲んだり、禁止魔法を自分に掛けない、その代わりに、戦略には相当な力を入れてくるはずだ。それに備えるためにも、戦略を練りに練ることはとっても大事なんだ」
禁止薬物、禁止魔法。
そうだよな、一生に一回のビッグタイトルともなれば、誰に何があってもおかしくない。
タイトルホルダーになるために、みな努力し戦略を練り凌ぎを削りながら前を目指していることだろう。でも『デュークアーチェリー』は残念ながら両手撃ちは認められていない。
このビッグタイトルはまるで椅子取りゲーム。
自分が椅子に座るためには何だってあり。
GPFの時のように周囲を追い落としてまでも自分がその席に着こうとする者まで現れないとも限らない。
このバングルは大会事務局が認め、数馬は戦略としてバングルを使用しているに過ぎないのだから、俺が心配することではない。
「数馬。あと1回だけ練習するわ。ただ、同じ姿勢でほぼ動くことができずに7分間も目を閉じてるのは至難の業なんだ。何かいい方法あったら教えてよ」
「OK。海斗」
俺はもう一度円陣の中で姿勢を正し目を閉じると、ソフトのスイッチを静かに押した。