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異世界にて、我、最強を目指す。  作者: たま ささみ
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世界選手権-世界選手権新人戦  第7章

予選会は無事に通過した。

あとは、3月下旬の新人戦が俺を待ってる。

やらなきゃいけないことはたくさんある。


まず、両手撃ちをするためのショットガン。

ちくしょー、亜里沙に頼んでおけばよかった。

数馬は両手打ちを推奨していないのか、見つけてくる気配が全然ない。


透視しても離話をしても、亜里沙には全然通じなかった。

どこで何してるかもわからない。

向こうが出てくるまで待つしかない。

そしたら新人戦が終わっちまう。


そして、もうひとつ。

これも新人戦前に終わらせたい。

国分くんを襲った犯人を捕まえることだ。

逍遥(しょうよう)が、俺とサトルを連れて低空飛行で国分くんの家の近くにある病院を目指す。

前だって空飛んだり電車で連れ回されたりして国分くんの家にいったけど、俺は方向音痴だ。まったく覚えていない。

方向音痴で何が悪い。


国分くんは、明日から自宅療養に入るとかで、毎日リハビリに時間をかけていくという。

逍遥(しょうよう)が突然国分くんに聞き出す。

いや、逍遥(しょうよう)。せめてお見舞いの言葉くらい言おうよ。


「襲われたとき、単独だった?複数だった?」

「複数だった、さすがに怖いと思ったよ」

「相手の顔、見た?」

「見てないんだ、急に後ろから殴られたから」

「どの辺やられたの」

「まず肩を棒のようなもので殴られて、あとは右腕。最後に後頭部」

 サトルが眉を下げながら悲痛な表情を見せる。

「どうして西日本大会終わって帰って来た日に襲われたんだろうね」

「僕が白薔薇の制服着てたし、演武の成績が思ったより良かったからかもしれない」

「じゃあ、君の行動を知り尽くしててやったとも考えられるんだ」

「それは・・・わからない」


 俺は努めて明るく接しようとした。

「でも、リハビリ次第ではエントリーも可能らしいじゃないか」

 国分くんは下を向いて、しんみりとした声を出す。

「今回の成績、さっき電話で聞いたんだ。僕の自己ベストではとても敵わない。だから八朔(ほずみ)くん、僕の分まで頑張って」

「わからないよ、こればかりは」

「僕は運が悪いっていうか、いつも大事な試合前に事件に巻き込まれるんだよね・・・。全日本の時だってカレーに混ざったアンフェタミン中毒で出られなかったし、今回はこの怪我だ。悪運が付いて回ってるとしかいいようがない」

 俺ははっきりと言ってのけた。

「君をこんな目に遭わせたやつらは許せないし、絶対に犯人を捕まえて見せる」

「ありがとう、八朔(ほずみ)くん」


 さして重要な手がかりもなく、俺たちは国分くんが入院してる病院を出た。

 その時だった。

 俺の頭の中にある光景がビリビリとした感触とともに浮かんできた。

 夕方の暗闇の中、誰かが国分くんに後ろから尾行している。3人、いや、4人か。そいつらの中の3人は鉄パイプを持っていた。

 国分くんが不審な影に用心して立ち止まり、後ろを振り向こうとしていた時、一人が鉄パイプで右肩付近を殴打した。

 そして、後の2人が右腕の上部を2回殴打し、最後に、肩を殴った1人が今度は国分くんの後頭部を殴った。

 国分くんがその場に突っ伏して倒れると、4人は周囲を見回し、バラバラに散って逃げていった。


 俺の心を読んでいた逍遥(しょうよう)とサトルは、一緒に叫んだ。

「それだよ!その場面、3D画像に降ろせないか」

「いや、そういう練習してないから・・・ただ、警察に行ってこの場面をもう一度流せれば。犯人の顔はある程度見えていたよな」

 サトルが小声で叫ぶ。

「そいつらって、宮城海音(かいと)の取り巻きっていうか、親衛隊じゃない?」

「ホントか?でかした、サトル!」

 逍遥(しょうよう)がサトルを羽交い絞めにして腹をこちょこちょする。サトルはくすぐったいと大騒ぎしてその場に倒れ込んだ。


 逍遥(しょうよう)が真面目な顔になる。

「でも、僕は白薔薇生徒会に聞いたんだ、誰も過去透視できないと。変則魔法が使われて、まるで砂嵐のように画像が乱れて見えなくなるって」

 俺は初めて聞いた言葉だ。

「変則魔法?」

「過去透視魔法を無効化する魔法なんだ。よほどの上級者しか使えない」

「まさか、宮城海音(かいと)の周辺にいる人物が変則魔法を使ったとしたら?」

聖人(まさと)か、聖人(まさと)の親父しか考えられない」

「そんな・・・海音(かいと)本人が魔法使ったということは考えられないの」

「宮城海音(かいと)には無理だ。あいつは魔法力が弱いから」


 いまだ聖人(まさと)さんが宮城家に関わっていたなんて信じがたいけど、父親のいうことが絶大な宮城家において、何かしら命令されるような立場に追い込まれたのかもしれない。何か新たに秘密を握られたとか。それとも、ただ単に家族の血がものをいうのだろうか。

 

 親を捨てた俺が言える立場ではないけれど、聖人(まさと)さんはあの日、直ぐに会場を後にした。そういえば、戻った気配も感じなかった。

 どこで何をしてたっていうんだ。

 俺たちはどうしていいかわからず、俺がもう一度さっきのビリビリ過去透視をできないか試してみたけど、今度は無理だった。


 そんな俺たちの前に、予選会の後始末が終わった数馬が現れた。

「どうしたの、海斗。ホームズの世話しなくていいの?」

聖人(まさと)さんに頼んだから大丈夫」

 


 逍遥(しょうよう)が簡単に事の顛末を数馬に話した。

 数馬はすごく興味を持ったようで、このまま警察に行こうという。

 でも、俺はさっきの過去透視を二度できない。行ったって邪魔になる。

「大丈夫、僕がその魔法打破して魔法の痕跡を見つけてその画像を流せばいいんだろ?」

「それなら国分くんを襲った犯人がわかるな」

「ただし、変則魔法を使ったのが誰かまではわからない。多分二度と正体を現そうとはしないだろう。それでもよければ」


 俺は、自分たちが壁にぶつかり何もできないのを悟った今、数馬に協力してもらうしかなかった。いや、別に数馬の協力が嫌なわけじゃないけど。

 大会事務局日本支部と白薔薇高校生徒会を呼ぶよう求めた数馬に対し、逍遥(しょうよう)とサトルは手分けして事を進めた。

数馬は俺の左胸目掛けて右手を翳し、俺はなんだが眠くなってきた。


 数分後、どうにも起きてられなくなった俺は、ばったりとその場に崩れ落ちた。


 起きると、俺の周囲には10人以上の人間が集まってて、じっと俺を覗いている。

は、恥ずかしい・・・。

「大丈夫、裸にはなってない」

 数馬がまた、ヘンなフォローを入れてくる。


 結局、そこにいたのは警察と大会事務局日本支部と白薔薇高校生徒会。

白薔薇高校の人は、以前見たことがある。俺に嫌疑をかけた2人だ。

 数馬はもう一度、俺の左胸に右手を翳すと、過去透視した場面をスクリーンに投影した。

 さっきのビリビリとした記憶が戻ってくる。あまり気分のいいもんではない。


 国分くんを襲ったのは、やはり宮城海音(かいと)の取り巻き連中、俗にいう親衛隊だった。もう、身柄を確保してあると警察の人が言ってるのが聴こえた。

なぜ襲ったのか。

簡単に言えば、俺に責任を押し付ける為だという。


過去透視画面が砂嵐のようになって過去透視ができなくなる変則魔法も確認されたが、皆が過去透視した際に起きたその魔法を数馬が打破し、魔法の特性とでもいうべきか、魔法師の癖による魔法の痕跡を見つけたのだという。

しかし、変則魔法を使った人間の特定はできなかった。

親衛隊のやつらは、誰が変則魔法を使ったかまでは知らされていなかったのだ。


とうとう親衛隊は逮捕された。こちらの刑法では、15歳から逮捕されるという。リアル世界では、確か15歳では逮捕されなかったと記憶してる。いや、俺の勘違いかもしれないが。

でも、こちらの世界は家裁調停などを経ず3週間ほどで一気に裁判で有罪を申し渡されることを知り、ここまで違うものかと驚いた。

裁判終了当日、紅薔薇に裁判結果の連絡が入り次第、その連中は全員退学処分となると聞いた。

何のために、誰のために高校生活送ってんだか・・・。


俺は親衛隊逮捕のニュースを得て、皆と別れ直ぐに寮へと戻った。聖人(まさと)さんに面倒を見てもらってたホームズが心配だったからだ。

部屋に入ると、ホームズと床で一緒に寝ている聖人(まさと)さんがいた。

本当に、あの変則魔法とやらを過去透視に対して使っていたのは誰なんだろうか。

もしや、聖人(まさと)さんが俺を嫌って、国分くん殴打事件の犯人に仕立て上げるつもりだったのか?とも訝ってしまう始末だ。


そう考えると、人間て、信用できないモノなんだな。


俺が部屋に帰ったことを知ったホームズが、毛布からよろよろと起き上がる。

「ホームズ、起きなくていいよ」

 ホームズはまたもや透視で試合を見ていたらしい。

「自己ベストおめでとう、海斗」

「喋んなくていいから、寝てろ」

「大丈夫だ、今日は調子がいいから」

「無理しないでくれ、長生きも大事なんだぞ」

「猫の寿命が短いのもまた真実さ」

「そんなこと言わないでくれ」


 ホームズが水を飲みに立ち上がると、聖人(まさと)さんも目を覚ました。

 起き抜けにバッサバッサと俺の疑問に答えていく。

「俺は宮城家を出た人間だ、あんな変則魔法なんて使わないね。それより有効な魔法なんて、今どきたくさんある」

「じゃあ、今回使ったのは」

「親父だろ」

「俺を嵌めるために?」

海音(かいと)の要望だろう。あいつはずる賢いからな、そういう事件なら絶対に表に姿を現さない」

「国分くんを潰して、俺に罪擦り付けてエントリーから外しても何もあいつに得は無いのに」

「もう損得の問題じゃないくらい、お前を憎んでるのさ。俺も憎まれてるけどな。いやだねえ、男の嫉妬は」

「随分ライトに言うんだね」

「まーな」

 水を飲み終えたホームズは、ニャーニャーと猫語で鳴いている。ああ、良かった。

 もう普通の猫でいいんだ、ホームズ。

「そうだな、もう人の都合で未来予知なんぞしなくていいさ」

 俺は少しばかり驚いた。聖人(まさと)さん、知ってたのか。

「何もかも知ってたんだね」

「そりゃ、昔魔法部隊にいたことあるからな」

「脱走猫の話?」

「猫に脱走される軍隊も軍隊だよ」

 そういって、あはは、と笑う。

 

 しばらくして、俺は聖人(まさと)さんに向けぽつりとつぶやいた。小さな声だったので、聞こえたかどうかは分からない。

聖人(まさと)さん、軍からオファーきてんでしょ」

「まーな」

 短い返事。

「どうすんの」

「わかんねえ」

「そっか」


 もう、これ以上は聞けない。あれ、この話、前にも聞いた気がする。そん時もだった、聞くなオーラが半端ない。


 決めるのは聖人(まさと)さん自身だし、俺には関係の無い話かもしれないけどさ、こうもあからさまにお前には関係ないムードを漂わせられると、なんか悲しいよね。

 俺ってその程度の人間なんだなあって。


 聖人(まさと)さんは目尻を上げてプチ不機嫌な顔をすると、人間様用の毛布を畳み、自分の部屋に戻ろうとしていた。

 これからホームズの様子を見てもらう時、誰にお願いすればいいのかわからなくて、俺の目には涙が浮かんだ。生徒会という手もあるけど、ホームズを移動させなくてはならない。

 どうしよう、国分くんの家で飼ってもらうには、あまりに状態が悪すぎるし。


「大丈夫だ、何かあれば俺が面倒見てやるから」

 ドア付近から聴こえた聖人(まさと)さんの言葉に幾許(いくばく)かの優しさを見いだし、俺の目からは大粒の涙がポタッとこぼれおちた。

 聖人(まさと)さんは俺の頭をポンポン叩くと、自室に戻っていった。


この世界で生きるのは決して楽ではない。

幼馴染の亜里沙や(とおる)も、近頃はとんとご無沙汰で俺の悩みを受け止めてくれる人がいなくて。結局、仲良くしてるのは生徒会関係者だけ。ここは俺に嫉妬するどころか力を認めてくれているので俺だけが浮き上がることもない。


 こっちの世界にきたばかりの頃は魔法力が上がれば皆が認めてくれるかも、と思ったこともあったが、競技大会でいい成績を出せば出すほど、嫉妬の情が俺の周りをぐるぐる回る。

 

 どうすりゃいいんだよ、俺は。


 聖人(まさと)さんが畳んだ毛布をまた広げて、ホームズの猫ベッドの隣に敷き、かけ布団を上からどさっと落とす。毛布しか敷いてないのでちょっとゴツゴツするが、そこは仕方ない、誰か、マットの不用品持ってる人いないかな。生徒会にないかな。

段々図々しくなる俺がいて、俺は生徒会部屋をさらりと透視し、サトルや譲司がいるのを確認後、離話をかけた。

「サトル、学校に不用品のマットレスないか」

「体育館にしかないから、今から透視してみるよ。折り返してもいい?」

「うん、ありがとう、サトル」

「床に置くの?」

「ああ。ホームズの隣で寝るつもり」

 

 離話の向こう口で、サトルが声を失くし哀しみにくれているのがわかる。

 でも次の瞬間、サトルは努めて明るい声を出し、俺の要望に対する答えを探しに出掛けた。

 1時間ほどしてから、サトルから離話があった。

「見つけた。でも少し年期モノだから、修復魔法で綺麗にしてから渡すよ」

「ありがとう、サトル」


 サトルは完璧な奴だ。こういうときも完璧な物を渡さないと気が済まないようで、表裏の無いその性格は知れば知るほど魅力的に思える。

 一方の逍遥(しょうよう)は一瞬阿呆に見えるが、あれは自分を悟られないためのフェイク。何が本当の逍遥(しょうよう)なのか、俺たちには想像もつかないところに本当の逍遥(しょうよう)が存在するような気がしてならない。



ここまで違う二人と新人戦で争うのは、とても楽しみだ。

俺のように何段階か落ちる奴もごろごろいるだろうけど、ホセやエンゲルベルトといった種目別優勝者とどこまで渡り合えるのか、新人戦は楽しみが尽きない。

しかしどうしてか、世界選手権や世界選手権新人戦は嵐を呼ぶ大会になるのではないかと、俺の胸の鼓動は小さく波打っていた。



◇・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 予選会も無事に終わり各大会のエントリーが発表されると、今度は市立アリーナ及び県立体育館は、海外からの選手が来日するまで、日本でエントリーされた男女約20名が優先的に練習できるようシフトが組まれた。その期間、約1~2か月。

 世界選手権及び世界選手権新人戦は国立競技場で行われるため、大会主催国である日本の選手とて、国立競技場での練習はできない。

 予選会で出場が確定した選手たちは、そのほとんどがホテルに泊まり込み練習を始めている。

 外国の選手団が来日するのは2月下旬から3月初め。

 競技の3日前に公式練習が開催され本戦へと通じる予定だ。


 数馬がやっと左手撃ち用のデバイスを見つけてきた。

「生徒会に左手用のデバイスが無いか確認したけどみんな冷たくて。伝手(つて)辿(たど)ってアメリカから輸入したんだけどさ、税関で引っ掛かって3日ばかり説明する羽目になった。山桜さんたちが君用の両手デバイスを作製してくれるといいんだけど」

「残念、あいつらには離話も効かないようなんだ。全然出ない」

「僕が透視しながら離話してみる?」

 お茶目系の笑顔を見せながら、数馬はそっと目を閉じた。

 その間、約3分。

 数馬は前よりも人懐こい笑顔を見せ俺にウインクする。

「繋がったの?」

「もちろん。君用の左手デバイス、すぐに準備してくれるそうだ」

「なんで俺の時は出ないで数馬の時は直ぐ出るんだ?」

「たまたまさ」


 俺は予選会終了後も右手用デバイスのみで練習していたのだが、4分35秒の壁を打ち破れないでいた。それ自体俺の中では凄い成績で、もう2度とできない予感はしているのだが、数馬はもっと記録を縮めることが可能だと言って俺の言葉を聞かない。聞こうとしない。


 左手用デバイスが増えることにより、メリットデメリットも出てくる。

 最初は左手も使えることが嬉しいというか、いっぱしのハンター気取りで鼻高々にしていた俺だが、段々と心の隙間から不安が生じてきた。

 俺の中では不安半分といったところだが、数馬はメリットしか考えていない。大丈夫か?


 左手で発射する作業が増えれば、右手との撃ち分けが必要になる。

 ピアノでも弾くように両手をバラバラに動かすことができればいいのだが、生憎と俺はそんなに器用じゃないので両手をバラバラに動かせない。もちろんピアノも弾けない。

 まずこれが第1のデメリットだ。


 それから、どうしても撃ち損じるクレーがある以上、左右に振り分けて3D画像を構築した場所に過去透視しなければならないのだが、左右一緒に過去透視しなければならない場合が出てくるはず。それが上手くできるかどうか。 

これが第2のデメリット。


 メリットはと言えば、やはりクレーを捉えるデバイスが多ければ多いほど、時間を短縮できる。時間の短縮は新人戦において強力なパワーとなるだろう。

 だから、出場者はほとんどの選手が両手撃ちにシフトしてくると思われる。

 勝ち抜くためには、両手撃ちの出来如何が大きく結果を左右するというわけだ。

 

 俺、不安が胸に渦巻いて大事なことを忘れているような気がする・・・。


 先に宣言したとおりホームズの世話のためホテルに行かないと言ったら、数馬から大目玉をくらった。

 猫と新人戦、どっちが大切なんだと火山噴火よろしく火砕流まで起きていて、俺は数馬に近寄ることさえできずにいた。

 無論、新人戦は後にも先にも1回きりしか出られない。

 その大いなるチャンスを猫如きで潰すとは、というのが数馬の言い分なのだが、ホームズとの生活だって、あとどのくらい残っているかわからない。


 どっちも大切であるがゆえにどちらも選べない俺を、数馬はアホ呼ばわりしている。

 そんなに怒るな、これは俺だけの胸にしまっておくつもりだが、数馬、君はホームズに嫌われていて拉致できないからそう思うんだ。

 俺だってホームズが元気ならホームズもホテルに連れて行って面倒を見たいと思う。でも、まずもってホテルは動物禁止。

それに、ホームズは移動の苦しみに耐えられるほどの体力がない。

 自分では大丈夫だ、なんて言ってるけど全然大丈夫じゃないのはホームズが一番分かってることだと思う。


 どうすればこの問題が解決するのか、俺は両手撃ちのデメリットとともに悩むことになった。

 第1のデメリットは、数を熟すしかないという結論に落ち着いた。

 そりゃそうだ、考え抜いて両手がバラバラに動くなら考える時間も必要だろうが、今の俺にそんな悠長な時間は残されていない。とにかく数撃ちゃ当たるの精神で、まずは挑戦してみようと思う。でも、右手の軸がずれそうで、なんとなく・・・怖い。


 第2のデメリットは、両手撃ちが出来てからでないと話にならない。

 だから、後回し。



 本筋のホームズの世話だが、競技期間中は魔法動物を診てくれる病院に預けることにした。ペットホテルのような病院だから費用は決して安くは無かったが、生徒会が全生徒に告知してくれてみんながカンパしてくれた。

 今でいうところのクラウドファンディング、クラウドソーシングというやつだ。

 紅薔薇は、結構お坊ちゃまやお嬢様も多いので(南園さんのように元華族出身者もいるくらいだから)その辺は心配なかったようで、俺は一安心。

これで、競技期間中はホテル住まいで競技に集中することができる。それでも、ホテルに入るのはギリギリまで待ちたい。ホームズの様子を見ていたい。3月下旬の大会だから、3月半ばを目安にホテルに宿泊し始めようと思ってる。


 1週間ほどは数馬がやっとの思いでアメリカの知り合いから手に入れたデバイスを使って、左手だけで練習してみる。

 ここからが苦労の連続だった。

 もう、右手一本でもいいやと思えるくらい。

 なんでこんなに当たらないんだろう。

 俺は毎日毎日朝から晩まで左手一本でクレーを追い続け、失敗し、膝をついて悔しがった。

 どうしたらクレーに当てることができるのか。

 なんで右手と左手でこうも違うのか。

 右手はすぐにクレーに当たったのに。


 数馬は悩み落ち込み凹んでいる俺に対し優しい言葉をかけるわけでなく、あと1秒早くクレーを追ってみたら、とか、3D画像に落とし込んでみれば何か変わるかも、とか技術的なサポートをしようと色々アドバイスしてくれるんだが、イライラしてる俺にそのアドバイスは届かず、酷い言葉を返してしまうこともザラだった。


 俺は、落ちこむとすぐに練習を止めて寮に帰ることが多くなった。

 ホームズの顔を見て落ち着きを取り戻し、優しい眼差しをホームズに向け、寝てばかりいるホームズから癒しをもらっていた。


 隣では聖人(まさと)さんが酒浸りになっている時があった。また逍遥(しょうよう)と喧嘩か?まったく、俺のようなヘボなら喧嘩にもなるだろうが、あんなに出来のいい選手預けられて何を喧嘩の種にしてるんだ。俺のサポートしてる数馬のほうがよほど酒浸りになりたい気分じゃないか。

 

 酒浸り、か。

 明日、数馬に謝ろう。

 今日はもう寝よう。


 その繰り返しで2週間が過ぎた。

 もう俺は試合出場を諦め国分くんにエントリーを変えてもらおうなどと自分勝手なことを考え始めていた。

 国分くんのリハビリが上手くいってるのをサトルから聞いていたから。


 そんなある日、紅薔薇のグラウンドで『バルトガンショット』の練習をしてたら、春一番の突風がグラウンドを包んだ。

 俺は左手にショットガンを持ちクレーを目で追っていたんだが、砂が目に入り、目を開けていられなくなって思わず目を閉じた。

 普段ならここでクレーが出てきて当て損ね、またふて腐れるんだが、この日はなぜか風の音とクレー発射音を聞き分けていて、目を瞑っているときにクレー発射音が聞こえた気がして、音のした方に向け1発発射した。

 カシャーン。

 クレーが砕けた音がする。

 一旦目を開けたんだが、もしかして、という思いでもう一度目を閉じクレー発射音を待った。

 カシャ。

 小さな音ではあったが、間違いなくクレー発射音だ。俺はホームズ並に耳が良い。

 俺は音のした方向に素早くデバイスを向け、また1発発射した。

 カシャーン。

 またクレーが粉砕された。


 5分の時間内でずっと目を閉じたまま音だけでクレーを撃ち落としていた俺。

 これだ、そう思った。

 

 数馬も驚いたようで、風を避けながら俺の元へきて笑顔を見せる。

「何か吹っ切れたようだね、どういう方法を採ったの?」

 俺はもう、左手でもクレーに触れたことが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

「音だよ数馬、音」

「音?」

「クレー発射音を聞き分けて撃ったら当たった」

「こんなに風がぴゅーぴゅー吹いてたのに、クレー発射音を聞き分けたって?」

「ああ、目で追っても速さに負けるだけだったけど、耳はその瞬間を捉えるから、音が聴こえた方向にショットガンを合わせれば当たるんだ」

「まさか」

「そのまさかなんだよ!!」


 俺の採った方法を証明するために、もう一度練習時間を、今度は3分だけ取ってもらった。

 カシャ、とごく僅かな音だけど、聴こえた方向にデバイスを合わせ発射する、俺の思惑通りクレーは次々と砕け散った。


「な?数馬、嘘じゃないだろ?」

「へえ。これなら右でも左でも音がした瞬間に合わせればいいから過去透視魔法も3D画像も必要ない」

「究極の方法だよね。でもさ、これ、魔法じゃないよな」

 アハハと笑う俺に、数馬は首を傾げた。

「果たして両手撃ちした場合にこんなに上手くいくかな」

「やってみる。右手用のデバイス貸して」


 俺は両手にデバイスを持ち、3分の練習時間を取って目を閉じた。

 カシャ。

 咄嗟に左手で対応したが、左右どちら側から出ているのか見当がつかない。右側から出たクレーを右手で、左側から出たクレーを左手で撃つのが理想的なんだが・・・。

 結果、全て左手で処理したため個数を重ねることはできず、右手が疎かになっているのが露呈された。


 どうもちぐはぐな俺の両手。

 もう、どうにでもなれという気分になってきて、俺はまた凹んで土の上に座り込んだ。数馬がお疲れ様と言って、俺の肩を叩く。

「海斗、それでも耳で聴き分けるという方法を見つけて前に進んだのは事実だ。あとは、サポーターである僕がまた何らかの方法に飛躍的に前進させるから、少し時間をくれ」

そういうと、数馬は俺をグラウンドに残したまま、バタバタと校舎の方へ走っていった。



 俺はちょっと凹み気味ではあったが、左手でクレーを撃つことができたので、それはそれで嬉しかった。練習を終わらせそのまま、寮に戻った。

 ホームズは、ベッドの上で目を開けて起きていた。

「ホームズ―、今日はいいことあったんだ。やっと左手でクレーに当たったんだよー」

 

すると、ホームズは飛び起きて突然オッドアイになり俺に向け「予知」をぶつけてきた。

「これから嵐が来るぞ。中心に巻き込まれないように気を付けろ」

「ダメだよホームズ、魔法はよしてくれ」

「嵐の中心から抜けろ、何としてでも」


 それだけ告げると、またホームズは猫に戻りもたげていた首をベッド脇に置いて浅い眠りに就いた。

 ホームズ、頼むからオッドアイは止めてくれ。お願いだからお前の寿命を縮めないでくれ。


それにしても「嵐」、「中心に巻き込まれるな」「嵐の中心から抜けろ、何としてでも」。

なんとも穏やかな話じゃない。それどころか、また俺、何かに巻き込まれるわけ?

 あーあ、練習どころじゃなくなるってか。ただでさえ練習遅れてんのに。

 いったい、どんな話だってんだ。


「それは僕の過去のことじゃないかな」


 急に数馬の声がして、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。

 振り返ると、そこには私服姿の数馬が立っていた。

 瞬間移動魔法で俺の部屋に飛び込んできたらしい。

「海斗。最初から知ってたの、僕の過去を」

「い、いや、これはだな」

「その猫に教えてもらったんでしょ。だから始末しようとしたのに」


 ホームズを始末するだと?

カッチーンときた俺は、怒りに肩を震わせて数馬に物申した。

「実際、俺とホームズしか知らない秘密だ。なんでホームズを拉致して消そうとまでするんだよ。お前、端から消す気だったんだろ」

「僕の秘密を知ってしまったら、これからの計画の邪魔になる」

「俺たちはお前の計画なんて興味ない。ホームズが誰にも何も話さず何もしなかったのだって、そういうことじゃないか」

「君がこいつを飼う時から、何かがあると思ってた」

「俺たちは関係ないっていってんだろ」


 数馬の目には徐々に光が無くなってきて、まるで悪魔に魂を売り渡したかのような容姿に見えてくる。

「誰も僕の復讐に邪魔はさせない。邪魔立てする奴は、消す」

 俺は数馬のこんな顔を見たことがない。生気の無い、それでいて蒸気が漂っててまるで悪魔の下僕。

「いいだろう、海斗。本当のことを教えてやるよ。ただし、冥途の土産にね」


 くっくっくと笑う数馬に、薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。

 冥途の土産というからには、ホームズはおろか、俺まで始末する気なのか。


 俺が部屋の真ん中に突っ立ってると、不思議なことに嵐のような突風が吹き、その勢いに負けた俺は思わず目を閉じた。風が止み俺が目を開けると、何処かわからない場所にいた。何処かのリビングルームのようだった。

 数馬は俺を強制的にどこかに瞬間移動させたのだ。近くにホームズはいなかった。

ホームズの言った「嵐」って、これか?

 いやいや、もっとすごいのが俺を待ち受けていそうな気がする。

それにしても、なぜ、今。

「満を持して、というやつだね。その時がきたのさ」

「その時って?」

「あいつらを始末する時」

「あいつらって・・・もしかして」

「そう、その“もしか”」


数馬はもう顔が変形しているように見えていて、餓鬼ってこういうもんなのかなと思ったり、悪魔の面構えだと思ったり。

なぜか俺はそんなに緊張も恐怖も抱いていなかったのだが。

いつも何かに守られているような気がするんだ、俺は。

それにしたって、なぜ、今。

「なんで新人戦の大会前に敵討ちやるんだよ、大会後でもいいだろ」

「僕は新人戦なんかはっきり言ってどうでもいい。学校生活なんて関係ない。宮城の家にあの2人が揃った。ただそれだけ。だから今が行動を起こすべき時なんだよ」

 なんだ、海音(かいと)は留学でもしてるのか?

 それにしてはちょくちょく国内で顔を見た気がするんだが。

 ああ、親父の方が入院したとか、そっちかも。

 そういうことなら、海外に行かれる前に復讐を終わらせてしまおうという気持ちがわからないでもないが、やはり、なぜ今、という思いがぐるぐると頭の中を回る。


 学校生活に興味がないなら、サポーターして頑張ってんの、おかしくない?

「なら、サポーター降りればよかったのに」

聖人(まさと)の動向が気になるから。寮で君の部屋の隣はあいつの部屋だ。サポートしてれば近づきやすい。ただそれにはあの猫が邪魔でね」

数馬はどうやら宮城の血を根絶やしにでもしたいような口ぶりだった。


 俺としては、数馬がこんなつまらない学校生活など終わりにして、宮城家に復仇をとげるつもりなのは理解した。

しかし、力勝負で聖人(まさと)さんに勝てる相手はほとんどいないと思っている。たぶん、色々な魔法を研究してきた数馬だとて、聖人(まさと)さんをねじ伏せ組み伏せるのは無理だろう。

 あとは、聖人(まさと)さんがどう出るか。

 今は勘当の身だから。

 宮城家の面々がどれくらい魔法に長けているのかは知らないが、宮城家<数馬<聖人(まさと)さん、の方程式が成り立つであろう今、数馬の復讐は無謀な行動に思えたのだ。ホームズ、全部知ってたのに黙ってやがったな。


「あの猫はもうすぐ死ぬ。君を助けるために魔法を使えば死期も早まるってものさ。時に海斗、いつ僕の秘密を知った」

「ホームズがお前を威嚇した時。数馬には、何か秘密があると確信したよ」

「僕はね、沢渡から誘われ紅薔薇に来たといった。あれは本当。でも沢渡は僕のことなど一つも知らなかった。最初は恨んだよ。誰かが沢渡の名前を無断で使ったとわかったのはつい最近のことさ」

「こないだ睨んでたじゃない」

「犯人とグルなんじゃないかと疑ってるのさ」

「犯人?」

「猫と一緒に見たんじゃないの?僕の父が殺される場面を。僕の父は交通事故で亡くなったと言ったけど、あれは嘘。魔法部隊の中で事故と言ったのも嘘。君たちの見たのが本当のこと。あれが事実だ。父はね、軍の中で上官である宮城の父と対立した。理由はどうあれ、奴は絶対に使ってはいけない消去魔法で僕の父をこの世から消した。君も知ってのとおり、母は鬱になり将来を悲観して自殺したよ」


 ?

時系列がはっきりしない。

「そのあと沢渡元会長から入学勧誘の手紙が届いたのか」

「そうだ。最初は中身を信じたが、接触したら無視されてね。そりゃ恨んださ。でもそのあと、もしかして僕に手紙を寄越したのは別の人間じゃないかと思うようになった。消去魔法を使った奴じゃないかとね」


 数馬の目に光が戻ってきた。

 良かった。悪魔に魅入られて我を忘れているのかと思っていたから。俺は話を引き伸ばしながら数馬が完全に元に戻るのを待った。


「手紙は別の人間が出したものだったのか?」

「ああ、大当たり。沢渡は僕を無視するし、もう魔法科にも入りたくなくて魔法技術科を選んだけど、授業はつまらないものだった。これが天下の紅薔薇かとがっかりしたよ」


 なぜ数馬はホームズに会ったことがあるんだろう。ホームズは軍から脱走していたはずなのに。


「そのことか。つまらない学校生活を送るうちに、3年前の軍隊脱走猫の話を聞いたんだ。噂では長崎にいるということだった。見た者もいた。僕は授業そっちのけで長崎まで追いかけ、あの猫を捕まえて過去透視させた。君らが見たあの場面をね。そうして僕は父の死の真相を知った」


 俺は何も言えず、言葉を選ぶのがやっとだった。

「あれは不運だったよ」

「不運?違うね、あれは最初から宮城の父親が仕組んでたことだ。だからそのあと聖人(まさと)が来て魔法の痕跡を消したんだ」

「違う、あの人はそんな人じゃない」

「君は聖人(まさと)に入れあげてたから見えないんだよ、あいつの正体が」


俺はちょっとカチンときたが、ここで争ってはいけない。

俺のやるべきは、ホームズを守ること。聖人(まさと)さんが魔法の痕跡を消した以上、聖人さんにも罪の一端はあるから、俺が口出しすることはできない。

だから必要最小限のことだけ数馬にお願いすることにした。

「もうホームズには手を出さないでくれ」

「あんな老いぼれ、もういいよ。未来予知はもうできないようだし」


 カッチーン。老いぼれとはなんだ、老いぼれとは。未来予知だってまだできる。やらせないだけだ。事実、今の状況だってホームズは予知した。

 だが面倒は避けたい。

 俺が冷静にならなければ。

「で、これからどうするんだ」

「もちろん、宮城家には崩壊してもらうよ」

「なんでそこまで飛躍するんだ」

「ま、2年半放浪した時の金も宮城家から出てたけど」

「そしたら半分は恩人だろ」


 俺の顔を見て、数馬はケケッと笑った。また、悪魔に魅入られてきている。

 大丈夫か、数馬。

大丈夫なのか、俺。


「僕はね、海斗。放浪する中で、魔法力を格段に磨き魔法を熟知し宮城父に復讐しようと決めた。だが魔法を極めるまで2年半の時間を費やすことになった」

「魔法を極めたから戻ってきたのか?」

「違う。魔法はもうほとんどマスターしてた。今回戻ったのは、日本に帰るいい口実ができたからさ。本物の沢渡からサポーターの話がきたからだよ。この話を蹴るのは勿体無い。ジャストなタイミングだったからね。当然引き受けた。で、サポートする選手が君だったというわけだ」

「どうしようもない劣等生だけどな」

「今はね」

「少しくらい否定してくれ」

「海斗、今は笑い話してる暇はないんだ」

 

 そこで俺は気付いてしまった。

 まさか・・・。

 

「数馬、もしかしたら君は同化魔法に身体と心を蝕まれたわけじゃなかったのか」

「もちろん。広瀬が僕を襲い同化魔法をかけたのは、真実を知ったら僕が復讐するかもしれないと震えあがった宮城の父の気持ちを汲んだものであったようだけど」

「が、実際には数馬のほうが魔法力が上だった」

「そりゃそうさ。僕は広瀬を殺すために広瀬からの同化魔法を受け入れた。同化魔法はね、ある種の浄化魔法を使うと防げるんだ、だからほとんど同化していなかった」

「破壊魔法受けて苦しんだのは数馬じゃないのか?」

逍遥(しょうよう)から受けた破壊魔法?広瀬には効いたみたいだけど僕自身には全然効いてなかったね」

「宮城家の崩壊が目的っていうけど、どうするつもりなの」

「宮城の家に入り込むために広瀬を利用したけど、使えなくなったからあいつはお払い箱にした」

「俺が同化されてきたからでしょ」

「それが面倒だったのもあるかな。このまま君が同化されたら僕が出ていけなくなるから。だから広瀬をくたばらせて、あとは・・・」


 そのとき数馬が口ごもったので、俺は辺りを見回した。

 この景色、どこかで見たことがある。どこだっけ・・・。

 そこに、何やら人の話し声が聞こえてきた。

 誰だ?家主か?

俺が声のする方に顔を向けると、唐突に宮城海音(かいと)と宮城の父親が姿を現した。

 そうか、そうだよ、前に透視した宮城の家だ。


 宮城の父は、そりゃ驚いた様子だった。当たり前だよな、知らない人間が2人も家に入り込んでんだから。

「な、何だお前たちは。警察を呼ぶぞ」

 数馬はかん高い声で笑い、一呼吸おいて、冷たい声で言い放った。

「どうぞ、それまであなたが生きていればですが」

「何を、この若造が。やっ・・・お前は、八朔(ほずみ)海斗だな?」

 

宮城の父は、数馬とともにいる俺に気が付いたようだった。そして途端に、その口元にニヤリと狡猾な笑みを漏らした。


海音(かいと)が嫌ってる俺を何とかするいいチャンスだと思ったらしい。

そう、俺を新人戦に出場させまいとする、いいチャンス。


突然宮城の父が、上衣のポケットからショットガンを取り出すと、まず俺に向けて銃口を構えた。

なんだ、これは。

俺に何をしようとしてる?


傍らで数馬がせせら笑っている。

「こんなところで破壊魔法ですか」


 は、破壊魔法?

 あの、一発受けたら死ぬって亜里沙が言ってた、あれか?

 おいおい、いくら息子が俺を嫌ってるからって、何もできない学生に対して破壊魔法使う親がどこにいる。

とはいえ、これは夢では無くて目の前に繰り広げられている事実で、俺はどうしたらいいのか一瞬迷ってしまった。

 瞬間移動魔法で逃げ切れるものなのか。それでは抜本的解決になってないような気もするんだが。

俺が考えている間にも、キレてる相手はもう、超本気モード。

その銃口は俺の左胸に当てられて、照射光が赤く俺の心臓を照らしている。


マズイ。


ショットガンの発射音と俺が宮城の父の後ろに瞬間移動したのが同時だった。しばらくの間俺は瞬間移動魔法で宮城の父の後ろに回り込み、破壊魔法から逃げていた。

しかし、これは解決法には程遠く、1時間も続くと、俺の動きにも粗が見え始めた。同時に瞬間移動できなくなってきたのだ。


数馬はその間何もせず、笑いながら俺たちを見ていた。


受けたら死ぬとも聞いた破壊魔法。

なのに今の俺は体力的に逃げ切れなくなり、肩で息をするようになっている。

今、俺が相手にかける事の出来る魔法は、ない。俺は攻撃用の魔法を何も習っていなかったから。ショットガンで何かできるのか知らないけど、寮の部屋から直接ここに飛ばされたからショットガンも準備していない。


こんなことなら、あのとき逍遥(しょうよう)に土下座してでも破壊魔法と消去魔法を習っておくんだった。


段々と俺は動きが鈍くなり、肩や足にショットガンが炸裂し始めた。

一瞬、ショットガンが当たった場所に、これまで体験したようなことのない鋭い痛みが走る。でも今は命がかかってるから痛みを然程感じていない。

人間て、土壇場になるとそんなに痛み感じないモノなんだ。


そうこうしているうちに、宮城の父は俺の正面に回り込み、俺は真正面でショットガンを受ける格好になった。

俊敏に動けない俺がいる。

もう、身体は疲れ果てていた。


俺はもう、死を覚悟した。

嵐の中心から抜けろと言ったホームズの言葉が身に染みる。

中心て、このことだったのか。

 遂に俺の心臓目掛けて発射されたショットガン。

破壊魔法。

目を閉じ、その時を受け入れようとしていた俺。



 すると数馬が俺の前に出てきて全て受け止めた。

だが、数馬に破壊魔法は効かなかった。

数馬は魔法を反射させるような魔法を用いており、それにより破壊魔法は弾き返され、宮城の父の隣にいた海音(かいと)の心臓を貫いた。

壁際で笑いながら俺を見ていた海音(かいと)はもんどりうってその場に倒れ、意識を失った。

 数馬は、鏡魔法だと俺に告げた。

 宮城の父は驚いて海音(かいと)に駆け寄り人工呼吸を施すなど一生懸命に息子の安否を気遣ったが、もう、遅かった。

 宮城海音(かいと)の命は、永遠に尽きた。


「破壊魔法真っ向から受けたら、普通に死ぬでしょ」

 数馬は宮城の父の背中を見ながら冷たく一言だけ発した。


大切な者の死を宮城の父に与えた数馬は、笑いながら次のターゲットである宮城の父に対し両手を組んで2本の人さしと中指を揃えて、自分の父親がされたように消去魔法を繰りだそうとしていた。

反対側に逃げる宮城の父。


そのときだった。

「止めろ!」

 聖人(まさと)さんの声が響き、宮城の父の前に聖人(まさと)さんが現れ、父親を庇いだてした。

ホームズが透視したのか、逍遥(しょうよう)らが透視したのかはわからないが、なぜか聖人(まさと)さんは絶妙のタイミングでここにいた。

「お願いだ数馬。止めてくれ」


 数馬は冷徹な眼差しを聖人(まさと)さんに向ける。

聖人(まさと)、どけ」

「君が殺人犯になるまでの相手でもない」

 でも聖人(まさと)さんの瞳の奥には、血の繋がった父に向ける思いが観取され、その結果として命乞いしているように見受けられた。

それは俺も、そして数馬も心のどこかで感じていたと思う。


 俺と数馬、聖人(まさと)さんが三つ巴になり相対している時だった。

「お前に生かされるなどこれ以上の屈辱はない。去れ」

 そういって、宮城の父はショットガンを自分のこめかみに当てた。

聖人(まさと)さんは「あっ」と声をあげ父親に近づこうとしたが、その手を押さえ付ける時間は無かった。

一瞬間。

宮城の父はショットガンで頭を撃ち抜き自ら死を選んだ。そして海音(かいと)とは反対側の離れた位置に倒れた。ああ、数馬に狙われ反対側に逃げたんだった。


 海音(かいと)も死に、最後まで聖人(まさと)さんを嫌い、まるで現世にはもう興味が無くなったかのような、無表情な死に顔だった。



 聖人(まさと)さんは茫然自失に見えたけれど、その瞳にはまだ光が宿っていた。

「数馬。お前は宮城家を崩壊させた。もうこれでいいだろう。海斗を解放しろ」

「海斗は大事な人質というお客さんだから。僕はね、あの時魔法の痕跡を消した聖人(まさと)、君も同罪だと思ってるんだよ」


 聖人(まさと)さんは言い訳を口にすることなく、黙ってその場に立ち尽くして数馬の罰を受けようとしてるのか。少なくとも俺にはそう見えた。

 しかし、違った。


数馬は、コートの内ポケットからショットガンを出した。最後のターゲットは、宮城聖人(まさと)

 聖人(まさと)さんもいつの間にかショットガンを手にして、臨戦態勢に入っている。戦う気なんだ。でも、どうして?何のために?


「なんだよ、少しは俺を信じろ。お前を人質から解放するためじゃないか、海斗」

 聖人(まさと)さんは俺に声をかけると、やがて数馬と対峙した。

2人は戦闘状態に陥り、お互いに瞬間移動魔法で逃げながら相手の心臓目掛けてショットガンを発射し続ける。

俺は部屋の端で2人の争いを見る羽目になった。もう、止めろと言っても2人の耳には届いていないだろう。

 目にも留まらぬ動き、そういう形容でこの様子を上手く伝えられるだろうか、とにかく、物凄いスピードと技で2人は互いを傷つけあうつもりでいるらしい。

 

 両者譲らず、戦いは続いていく。

一旦は落ち着きを見せたように相対した状態になったが、それもつかの間、またもや両者は魔法合戦へと突き進んだ。


 数馬の魔法はそれほどでもないと思ってた俺がバカだった。途轍もない魔法力。

 2人とも一歩も引かない状況で戦っている。

 しかし、今はそんなことで争ってる場合じゃない。

 2人ともよく考えてくれ。


 3月下旬には世界選手権の新人戦があるんだよっ!!


 俺はなんでか知らないけど、2人に対しすごく怒りたくなってきて、自分でも知らぬうちに身体がムズムズと動き始めた。

そして素早く拳を握った両手をクロスさせ左右の手のひらを広げて両者の間に割り込み双方に翳した。

するとキラキラと光が反射し、2人の持っていたショットガンは使用不能になった。たぶん、一時的なものだとは思うんだが。

結局、俺が放った魔法で、両者は完全に我に返った。

 こんな魔法は使ったことが無かったが、2人とも一瞬動かなくなり、戦闘は回避された。

 魔法の固有名称は・・・わからん。


 数馬がアハハと笑い出す。

「君はどこでそれを覚えたんだ?カタルシス魔法じゃないか」

 キョトン。

「俺、誰にも今の魔法教えてもらってないよ、身体が勝手に反応しただけ」

 数馬は大袈裟な振りで上を向き、額から目にかけて片手で覆った。

「亜里沙さんたちが君をリアル世界から第3Gとしてこちらに連れてきた理由がわかるような気がするね」

 

 向かい合ってる聖人(まさと)さんは、まだ数馬の動きを警戒しているようではあったが、使用不能なショットガンは一応Gジャンのポケットに仕舞い込んだ。



 数馬は、聖人(まさと)さんを無視するように、2体も遺体があるこの状況をどうするか、合理的に話し出した。

「このままの状態なら、何らかの親子喧嘩の末に宮城の父が放った破壊魔法が海音(かいと)に当たったようにみえるだろう。僕の鏡魔法の痕跡は残ってないし。疑われることもない。ほら、海斗、早く行こう」


 数馬は俺の手首を掴んだ。でも最後に、俺がしなければならないことが一つある。

 聖人(まさと)さんの過去を数馬に伝えなければ。

「数馬。聖人(まさと)さんは罪を犯したかもしれないけど、父親に認めてもらいたかっただけなんだ」

「なんだよ、それ」


 俺は聖人(まさと)さんの生い立ち、父親との関係、母親たちとの関係、海音(かいと)の奴隷として全日本や薔薇6で俺を執拗につけ回した過去、などを全て話した。

あれは、聖人(まさと)さんの出来が良すぎることから始まった父親の嫉妬だったと思う。数馬同様の天涯孤独ではなかったけれど、母親たちが亡くなって以降、聖人(まさと)さんは孤独以上のモノに(さいな)まれて生きてきたのだ。

聖人(まさと)さんは俺の話を黙って聞いていた。


なまじ奴隷みたいな生活して生きていた分、辛く酷い時期もあったかもしれない。父から受けた嫉妬をどうやって流してきたのか。

父親を消された数馬にはわからない話だったかもしれないが、俺は懸命に説得した。


今はもう、自分の息子に嫉妬する宮城の父もいないし、自分の異母兄や俺を異常なまでに嫌う海音(かいと)もこの世からいなくなった。

孤独には変わりないが、数馬にも聖人(まさと)さんにも仲間がいるのだ。

それを忘れないでほしい。



数馬は聖人(まさと)さんを睨みながらもポロッと一言漏らした。

聖人(まさと)もまた、宮城の父の犠牲者だったんだな」

「そう。それはそれで辛かったと思う」

「僕はこれからアメリカの墓に行って父と母の墓前に報告してくる。全て終わった、とね。君もすぐに聖人(まさと)とともに寮へ帰るんだ。警察が来たらまずい」


 ああ、もう数馬の復讐劇は終わったか。

聖人(まさと)さんへの復讐心が無くなったとは言い難いが、今ここで争いを起こすことは無いだろう。

 俺は安堵というか、さっき宮城の父にショットガンで撃たれた傷がとんでもない痛みに変わり、その場にへたり込んだ。


 いっでーーーーーーーーーーーっ!!

おっかねがったーーーーーーーー!!

 もう、まぐれっかど思ったわ。

 いや、まぐれるどごの騒ぎでねーし。


 さすがに、今の状態なら仙台言葉だしてもいいだろ。

なんでこう、事件が起きるたびに俺が死にそうになるかわかんない!



数馬は悪魔の顔からアイドル顔へといつもの数馬に戻ったように感じる。そして素早く姿を消した。

米国にある父母のお墓参りをすると言っていたから、瞬間移動魔法でそちらに行ったんだろう。

 聖人(まさと)さんが俺に肩を貸すと、そこにゆるやかな風が吹いた。

 次の瞬間、俺は、寮の自分の部屋に戻っていた。

 だが聖人(まさと)さんの姿は隣にはなかった。

 

 猫ベッドにホームズがぐったりとして寝ている。

恐る恐るホームズに触ってみると、まだ身体は温かかった。予知をして身体が疲れ切っているのか、猫ベッド脇の毛布には珍しく吐いた後が見受けられた。


 子供用の予備毛布を一枚ホームズに掛けて、ホームズ用毛布をシャワー室でさっと洗い、寮にある洗濯機にぶち込む。


 自分の部屋に戻っているのだろうが、俺は聖人(まさと)さんの心の傷が気になった。

 本当は、父と弟を守りに行ったのではなかったのか。もし俺が人質としてあそこにいてもいなくても、聖人(まさと)さんは数馬と一戦交えたような気がする。


「それは無いね。俺はもう宮城家とは関係ないんだから」

 聖人(まさと)さんの声がドア付近で聞こえた。

 床に目を移す俺に、どうして下を向く、と小声で囁く。

「関係ないのに怖い思いをさせたな。すまない」

「本当にあれでよかったの?」

「あれでいい、もう誰にも迷惑はかからない。もう全て終わったんだ」

 聖人(まさと)さんの目は泣いて腫れているようにもみえたが、俺が指摘することでもないのだろう。あのことは、俺も全て心の中に仕舞っておこう。なるべくなら、俺だって全部忘れてしまいたい。


 数馬がこれからもサポートをしてくるかはわからないが、俺は明日からまた新人戦の練習をしなければ。

 それにしても、数馬の怒りは尋常じゃなかった。顔は悪魔のようになるし、ホームズを老いぼれ猫などと不愉快極まりないことまで言って。

数馬はもう終わったと言ったような気もするけど、聖人(まさと)さんも含めた宮城家への怒りが全て消えたとは到底、考えられない。いつかまた、聖人(まさと)さんを狙うような真似をするのではないか。

 しかし、復讐に身を(やつ)しボロボロになった数馬を見るなんて、これ以上辛いことは無い。


そのときは、数馬を人間に戻す。

 悪魔になんか、させない。



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